「よし、こんなもんだろ」 さっきよりはそれなりに綺麗になった教室を眺める。 3年に進級してもまた担任になった石橋に教室の掃除を押し付けられたのが数十分前。流石に時間がかかりすぎたのか、校内にいる生徒も疎らだ。しかも窓からは朱日射してるし。 ったく、恨むぞ、終わるまで監視してやがる石橋と汚すぎる教室。……大体、春だから、とかいうわけわからん理由で俺を指名するな。他の奴らは普通に掃除当番なのに。 「……名雪、ちゃんと録画してくれたんだろうか」 実は、本来ならリアルタイムで見れるはずのテレビが石橋の所為で涅槃に逝かれたので、名雪に録画を頼んでおいた。……のだが、正直期待してなかったり。機械オンチだからなぁ、あいつ。 そんなことを考えてるうちに、昇降口に着く。 無意識でも辿り着けるとは、転校初日からは考えられない。……俺もすっかりこの学校の生徒、ってことか。 「じゃあな、相沢」 「おう」 苦行を共にしたクラスメートに軽く手を挙げて応える。―――名前は正直覚えてなかったり。 いいんだよ、これから覚えるんだよ。クラス変わって初対面なんだからしょうがないんだよ。 「―――ん?」 下駄箱を開けると、見慣れない紙が足元に落ちてきた俺はそれを拾い上げると、訝しげに見渡す。 見た目―――手紙。 宛名―――相沢祐一。つまるところ、俺。 差出人―――不明。 「これは―――絶滅危惧種のラブレターってやつ?」 筆跡もいかにも女の子らしい柔らかい形だし、ハートの封が如何にも。 「ふーん……俺に、ね」 そういや、北川のやつがよく貰ってたな。何だかんだであいつ、容姿も良いし、面倒見も良いからな。後輩に憧れの念を抱かれてるし。―――そういうのって、羨ましい。 別のクラスになってしまった親友の顔を思い出しながら、再び手紙に視線を戻す。 ―――貰うのは初めてだが、案外嬉しいもんだな。 「なーに、ニヤついてんのよ」 「……香里か」 突如後ろからかけられた声に振り向くと、香里が半目でこっちを見ていた。 香里とは、また同じクラスになった。まあ、理系進学クラスは俺らの一クラスしかないので妥当だろうが。ちなみに、名雪とは別のクラスになった。結局、美坂チームは俺と香里を除いてバラバラになったってわけ。 「まだ帰ってなかったのか」 「まあね。―――それより、それってもしかして?」 「恐らくお前が思ってるものだろうな」 まあ、下駄箱に入ってる手紙の時点でわかるだろうし。……果たし状という解答も無きにしも非ずだが。 「モテモテね、祐一クン?」 「茶化したいのか?」 「さあ、どうでしょう?」 俺の言葉と視線を躱すように、香里は意味ありげな笑みを浮かべる。 「それで、読んだの? それ」 「いや、まだ」 「早く読んであげなさいよ」 「わかってるよ」 手紙を取り出し、一通り目を通す。 ……やはり差出人の名はなかった。内容はというと、ごくありふれた文体でありながら、差出人の個性が出ていると思わせる巧い文章だった。 「さて、帰るか」 「あら? もういいの?」 「ああ」 ここでさっさと返事を出す必要も、考える必要も、全くない。 俺は改めて靴を履き替えると、香里を連れ立って昇降口を出た。 「ねえ」 「何だ?」 「手紙貰って、嬉しかった?」 「……まあな。好意を向けられて困るもんじゃないし」 「―――……そう、嬉しかったんだ……」 「何だ、嫉妬か?」 「違う…ちょっと複雑なだけよ……」 「自分の恋人がラブレター貰って喜んでる様が、か?」 「だって、知ってるでしょ? あたしが独占欲強いこと。そんな振る舞いされたらちょっと不安になるの」 ちょっと、不安、ねぇ……? そんな香里の様子に、俺は半ば呆れながら、さっきの手紙を取り出す。そしてそれをボーっと眺めながら、香里に話しかけた。 「……ま、この手紙は特別だしな」 「え?」 「なんたって、俺の一番大好きな人から貰った手紙だからな。―――なあ、香里?」 「―――っ!?」 「香里から貰ったもんだ。嬉しくないはずがないな」 「え、あ、いや……」 「にしても、こんな回りくどいやり方で俺を試さなくても」 「し、知らないっ! あたし知らないわよっ!!」 香里は真っ赤になりながら、慌てるように俺の先を歩いていく。 ……ま、そういうことにしてあげるか。 俺は心の中で嘆息すると、香里の後を追いかけた。 「しっかし、あれだな」 「何よ」 「春だってのに、今日はやけに寒いな」 「そうね」 「んじゃ、ラーメンでも食いにいくか」 「……は?」 「いや、だって暖まるじゃん?」 「暖まるって、そんなに寒いの? さっきまで石橋の元で掃除してたんでしょ?」 「まあな。だから俺は別にそこまで寒くはないぞ」 大体、あの鬼のように目を光らせてた石橋から逃げる方法なんてなかったしな。嫌でも掃除に熱中せざるをえなかった。結果、汗もそれなりにかくってもんだ。 「じゃあ、何でよ」 「香里」 「はい?」 「香里が寒いかな、と」 「どういうことよ」 「言葉通り、だな」 「……別に、そこまで寒いわけじゃないわよ」 「そうは言っても、身体は冷たいぞ? ―――流石に、俺が帰るまで昇降口で待ち続けるのは失敗だったな」 「―――どこまで知ってるのよ……」 「全部」 香里は観念したように、溜息を吐く。 「祐一が悪いのよ? 他の女の子に頼み事とかされると、嬉々としてついていくし」 「そりゃ、女の子に頼りにされて邪険にするわけにはいかないし、なにより嬉しい。男ってのはそんなもんだ」 「わかってるわよ。あたしだって、あたしだけを見てほしい、って束縛することはしたくないわ。―――それだからこそ、あたしは不安なの」 確かに、香里は無理矢理俺を自分の方に向けようとはしない。本来は独占欲の強い香里は、その思いと束縛したくないという意思で葛藤してる、ってことか。 「―――別に、束縛してくれたって構わないんだけどな」 「え?」 「香里があまりに反応してくれないんで、俺も不安になってた」 まあ、つまり……そういうことだ。二人して同じようなことして相手の気を惹こうとしてたってわけ。―――ホント、俺も香里のこととやかく言えないな。 「―――ふふっ」 「どうした?」 「何か可笑しくってね」 「そうだな、二人してバカみたいだ」 「あら、あたしは祐一よりマシだと思うけど。他の女の子と仲良くしてあたしの気を惹こうだなんて、子供っぽいわよ」 「そういう香里だって、あんな手紙なんてマンガみたいなことするか?」 「…………」 「…………」 「……ぷっ」 「……ふっ」 『あははははっ!!』 俺と香里は黙って顔を見合わせると、一気に笑いが込み上がった。 ―――大爆笑。 お互いがお互いを、そして自分を原因とせんと、笑う、笑う、笑う。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない、と思うほど、俺たちは笑った。 「はぁはぁ―――それじゃ、帰るか?」 「そうね。―――ラーメンでも食べに行きましょ」 「身体を暖めにか?」 「身体は存分に笑ったから温まってるわ。これはデートよ、デート」 「デート、か……久しぶりだな」 「えぇ。だから、祐一の奢りね」 「だから、ってどういう意味だよ」 「―――言葉通りよ」 そう言って笑顔と共に翻る香里を追いかけ、俺も学校を後にする。 「それにしても、面白かったな」 「何が?」 「香里の芝居」 「―――……う」 「いやあ、迫真の演技だった」 「―――うるさいっ!!」 そんなやりとりをしながら、俺たちは笑い合って歩く。 今回の出来事は、相手のことを深く考えすぎないで、ちょっとは自分のわがままもぶつけた方が良い、ということをお互いに気付かせてくれた。そこからは二人で考えていこうと思う。 ―――でもまあ、とりあえずはラーメン食ってから、ってことで。 |
ウチの香里さんは独占欲強いのが基本スペック。 |
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