この喜びは誰のもの? 決まってる。わたしのもの。 暖かで、ふと顔が、唇が微笑んでしまう。 嬉しいという感情がこれほどに、心地よいものだとは知りはしなかった。 この喜びは確かに私のもの。

 夜中、いつもの定位置。  遠野のお屋敷のとある部屋近くの木の枝の上。  純白の姫君が顔をニヤニヤさせながら、一つの窓を眺めていた。  その表情は幸せそのもの。夜なのに太陽を思わせる笑顔だった。 「ふふふ」  明け方まではまだ時間が有る。  朝まで待ちきれずに、この木の枝の上で目的の主が目を覚ますのをまっているのだ。  出来れば、その主の近くが良いのだが、それで問題を起こしてしまって遊べる時間が短くなるのでは本末転倒。  そう、アルクェイドは思っている。 「もうそろそろ良いかにゃー」  少し声を出して、木の枝から立ち上がろうとする。  そこへ、弾丸のような速さで3本の剣が飛んできた。  そこに飛んでくることが解ったように純白の姫君はそれを避ける。  しかし、目的の窓から離れてしまったことにちょっと顔を悲しそうにゆがめた。

感情の欠片を手のひらに。

 あーもう何なの、気分台無しって顔をしながらアルクェイドは振り返る。  その先には目的の窓の先に居る遠野志貴の自称恋人、シエルが居た。  半目にして、もううんざりだよという顔のアルクェイド。 「このあーぱー吸血鬼……何度言ったら解るんですか!」 「にゃんのことかにゃー」 「く、今日こそは浄化してあげます!」  言いたい事が山ほどあるはずだが、シエルはぐっと唇を噛締める。  アルクェイドは意識を切り替えて、徹底的にシエルをからかう事にした。  なんにせよ、あまり暴れるのは好ましくない。  いや、五月蝿くすることのほうが好ましくない。  五月蝿くすることと暴れる事の関係は比例関係ではあるが。  志貴に嫌われるということ一点において、暴れるイコール嫌われるという方程式がアルクェイドの中にある。  もっともそれは、最近構築されたばかりだが。  そのピカピカな方程式にしたがってここではあまり五月蝿くしないように心がけた。 (メイド姉妹に妹が出てきたら、また志貴と遊ぶ時間が無くなるしねー)  どうやって、シエルをからかい尽そうかアルクェイドは考える。  効果的にかつ、徹底的に。そこまでするかって程の事を考える。  そんな風に片手間に考えていたのがいけないのか、頬に黒鍵がかすった。  アルクェイドが避けの動作をしていなかったら顔に突き刺さっていただろう。  かすった黒鍵はアルクェイドの居た木の幹に突き刺さっている。  シエルは本気であることをすっかりと忘れていたみたいだ。  うっすらと線の入った頬の切れ目から、小さな血の雫が出来る。

この憎しみは誰のもの? 決まってる。わたしのもの。 苦々しく、口を真一文字に結んでしまう。 憎しみという感情がこれほどに、辛いものだとは知りはしなかった。 この憎しみは確かに私のもの。

 すぅっと意識が鋭くなる事がアルクェイドにも、シエルにもわかる。  スイッチが入りかかる直前といったところだ。  もう一押しすれば、完全にスイッチが入るだろう。  しかし、頭の冷静な部分が、気分を落ち着かせる。 (あんまり周りを見ないで暴れるとまた妹が五月蝿いし……)  状況を見る。志貴の部屋の窓の近く。  遠野家の庭であってもこの位置で暴れれば確実に秋葉もしくは琥珀、翡翠には絶対に察知される。  いや、怒りに来る。そしてなぜか志貴が説教されるのだ。  ふむっと言った感じでアルクェイドは考え付いた。 「しえる、メガネー」  ぼそっと緊張の糸が途切れる声でアルクェイドは言う。  そのあまりにやる気の無い声にシエルは一瞬だが、構えが下がった。 「シエル、なんちゃって女子高せー」  何だと思って構えが下がっていたものが、すぐに元に戻る。  その意志からはっきりと怒っていますという事がわかった。  もしかしたら、ぶっちんという音が聞こえてくるかもしれない。 (最近、シエルは沸点が低いんだよねー)  アルクェイドはそんな事を思いながら、森の奥のほうへと走り出す。  普段のシエルならここで追いかけるという事はしないだろうが今回は追いかけた。  それも無言で、片手に黒鍵を3本セットして。 「しえる、もみあげー」  アルクェイドはこんな調子でおちょくりを続けていく。  シエルはシエルでそんな調子のアルクェイドを全速で追い始めた。

この苛立ちは誰のもの? 決まってる。わたしのもの。 いらいらして、歯をぐっと噛締めてしまう。 苛立たしいという感情がこれほどに、腹が立つものだとは知りはしなかった。 この苛立ちは確かに私のもの。

 遠野のお屋敷から、かなり離れた森の中。  これでも、まだ遠野家の敷地内なのだから驚きであろう。  アルクェイドは琥珀のマジカルガーデンを避けてこの場までシエルを誘導した。 (琥珀の飼育してる庭園は洒落にならないんだにゃー)  その時の状況を思い出したのかアルクェイドは身を震わせる。  息を多少切らして、シエルがアルクェイドの目の前に現れた。 「絶対に浄化してあげます!」  頬を真っ赤にして完全に怒っている。  ここならどんなに派手に暴れても五月蝿くはならないだろう。  秋葉が起きたり、秋葉が現れたりとかはしないとアルクェイドは思った。 (妹は厄介だからにゃー次に厄介なのは、琥珀かにゃー)  もっとも、派手に暴れて見渡す限り更地にしてしまってはいけないのだが。  木の10本や20本は我慢してもらうしかない。  その程度なら、気がつきはしないか、気が付いても溜息一つで許してくれるだろう。 「はぁ!」  シエルの手から飛ぶ3本の黒鍵。  1本は手で弾き、その他2本は避ける。   「しえるー、もう不死じゃないんだから無理しないデー」  棒読み、全く感情の篭っていない声がシエルに届く。  アルクェイドは心配半分、からかい半分で口にしている。  それが半分以上、火に油を注いでると知っていてだ。  その間、雨のように黒鍵はシエルの手を離れ続けている。  止る気配が見えない。 「……大丈夫です! 遠野君を残して死ぬようなへまはしません!」 「でた……自称恋人」 「”自称”じゃ、ありません!」  ぴたりとシエルは動きを止めて、アルクェイドに反論する。  これだけは譲れませんっと動きを止めてアルクェイドに向かって声を張り上げる。  もし、屋敷の近くなら間違いなく秋葉が出てきたであろう音量だった。  この場所に移動してきて良かったとアルクェイドは思う。 「じゃー、その根拠は何かにゃー?」 「ほら、遠野君は……」  語尾がどんどん小さくなっていく。  顔を先ほどまでの怒気で真っ赤にするのではなく、羞恥で真っ赤にしていた。  両手を頬に当てて、首を振っている。本当に恥ずかしそうだ。 「フーン……シエルは志貴と肉体関係を持ったから恋人って言うんだー」  いまだに何かを思い出しているのか頬を真っ赤に染めたまま首を何度か振るシエル。  アルクェイドは冷めた視線でシエルを見ていた。  今まで、志貴と出会う前ならこんな会話も成立せずに殺しあっていたのだが、今は違う。  志貴という共通の人物を得て、そして、その人物の願いから本気で殺しあうことは無くなった。 「じゃあ、時間の問題だねー」  アルクェイドのその一言にシエルは固まる。  その目は、ドウイウイミデスカっと言っていた。  目は口並みにものを言うということは本当らしい。 「えー? だって、志貴この前キスした時にすごい気持ちよさそうな顔してたよ?」 「な、な、なぁ!?」 「えー? 何々?」  意地悪そうな笑みを浮かべてシエルに迫るアルクェイド。  シエルは顔をうつむけて、肩を震わせていた。 「ふ、ふ、ふ、不浄者〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」  大音量を森に響かせて、くるりと体の向きを反転するシエル。  シエルの発した大音量はまだ夜明け前で寝ている野生動物たちを起こすのには十分だった。  驚いて目を覚ました野生動物たちがその場から逃げていく。  体の向きを反転させたのは、どうやら事の真相をその本人に問い詰めに行くようだ。 「駄目だよーシエル。先走っちゃ〜」  アルクェイドは嬉しそうな顔で、無防備になったシエルの背中に狙いを定める。  首の付け根辺りを狙って当身を当てる。ようやく、シエルを気絶させたアルクェイド。  周りを見渡して、あまり被害が無いと確認する。 (うん、これなら志貴も褒めてくれるよね!)  褒めてもらえる事を想像して、アルクェイドは嬉しくなる。  気絶したシエルを抱えて、走った。夜明けまではもう少しといった時間帯だ。  もうそろそろ、志貴が目覚める時間だと心持ち焦りながら、自分の心を抑えながら走る。  木の枝に飛び乗り、目的の窓を静かに開ける。  キィッと軋んだ音も立てずに窓は開いていった。  その先で志貴付のメイド、翡翠と志貴の使い魔である黒猫のレンと目が合った。それも、同時に。  またですか? という視線を受けるがアルクェイドは笑いながら手を振って誤魔化す。  翡翠はやれやれといったしぐさを見せるが、それだけで具体的な行動を示そうとはしなかった。  羨ましそうにかつて保護していた使い魔を見るアルクェイド。  レンもレンで尻尾でかつての保護者をあまり歓迎していないという感じでフルフルと振った。  貴女には興味無いから出て行けといった感じにも取れる。それも、志貴の胸の上で尻尾を振っていた。  なんだかちょっとした敗北感がアルクェイドの中に出来上がるが、志貴が居るのだからといって押さえ込む。  志貴の寝顔を見てちょっと幸せな気分になったアルクェイドだった。  もっとも、余計なオプションが3つほど付いているが。

この愛しさはだれのもの? 決まってる。わたしのもの。 柔らかくて、一つの方向にしか向いていない。 愛しいという感情がこれほどに、楽しく喜ばしいものだとは知りはしなかった。 この愛しさは確かに私のもの。

 翡翠の性格には負けてしまったものの、静かにしていれば翡翠に追い出されないことは知っている。  レンに関しては追い出す術があまり無い。  それに、志貴も言っていたことだ。  静かにしているなら、追い出さないで欲しいっと。  だから、そのことに間違いは無い。  どさりっと気絶したシエルを床に下ろして、志貴の眠るベットのふちに顔を乗せる。  足をパタパタと嬉しそうに振りながら、まだ起きないネボスケの顔を見て顔が微笑む。   「んふふふ〜」  このくらいなら、翡翠もレンも許してくれるだろう。  もっとも、秋葉は許してくれないだろうが。  秋葉は今ごろ居間で琥珀の紅茶を楽しんでいるだろうとアルクェイドは見当をつけた。  事実そうなのだから、この場でゆっくりとしてられる。  これで秋葉が居ようものなら、この場は戦場になっているだろう。  それこそ、部屋を壊す勢いで。   (早く目が覚めないかなー)  なんて事を思いながら、アルクェイドは寝顔を嬉しそうに見つめていた。  さりげなく、レンにお願いしてシエルに悪夢を見せる事も忘れない。  この点で、かつての保護者の面影は無きに等しい。  レンの中では志貴>自分=翡翠=琥珀>アルクェイド=シエル=秋葉っといったパワーバランスという感じか。  実際には志貴の力は一番下に来ると思われるが、少なくともレンの中ではこんな感じだろう。  その志貴のベット横の床でシエルがう〜んっと、うなされていた。  天罰よっと言った感じのアルクェイド。  幸せそうに志貴が起きるのを待つ。

志貴に殺されるまで、この感情というものは殆ど無かった。 必要の無かった感情。 機械のように、そして、何も感じないようにしていた時間。 それが味気なく、馬鹿馬鹿しいものに思えてしょうがない。 これほど面白いものが。 これほど楽しいものが。 これほど悔しいことが。 これほど苦しいことが。 これほど愛しいことが。 有るなんて知らなかった。 必要が無いと決め付けてこぼれ落ちていった感情の欠片。 その欠片の一つ一つが綺麗に光っていく。 拾わなくても良い。このままこぼしたままで良い。   だって、一つ一つが元々は私のもの。 放って置いても、いずれ私の元に返ってくるもの。 心地よく、これからの私のために。 さて、今日はどんなことをして志貴を困らせようかな?


 あとがき  ほのぼのを目指して書きました。ほのぼのになっている様ななっていないような……どうもゆーろです。  初めて月姫SSを書きます。いや、書きました。口調がおかしいところとか無いと良いのですが……  どうでしょう? 自分の中ではこんな感じです。シエル先輩好きなんですけどね……  なぜかこんな形になってしまいました。何故だ? ではここまで読んでいただいてありがとうございます。ゆーろでした。
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