海近くの診療所。 彼女はその診療所の主だ。 今日も彼女は制服と化している白衣とTシャツを着ている。 「今日とて、いい天気だ」 季節は秋の終わり。 セミの合唱はすでに終わりを告げて、今は鈴虫など秋の虫に変わられている。 診療所の主はカーテンを開けて眩しそうに太陽に手をかざしていた。 目を細めて外の景色を診療所の診察室から眺めている。 「ふむ、今日は季節に似合わず暑いな」 額の汗を拭うような仕草をする。 だが、決して暑いわけではない。 肌寒いと言っても良い気温。 呟いた後に、彼女は倒れた。起きたら、いや、気が付いたらが正しい。 ともかく、私の部屋だった。 それも自分のベットの上だ。 白衣が、部屋の隅のハンガーにかけられている。 白衣のかわりに、カーディガンが着せてある。 どうやら、誰かが私をここまで運んでくれたのかもしれない。 犯人は一人しか思いつかない。 流石に服は着替えさせていないみたいだが。 部屋に備え付けてある時計を見上げた。 時間で言えば、お昼を少し過ぎた時間帯。 いったい何が起きたのか記憶をたどるが、中々思い出せない。 朝はちゃんと起きて、仕事をしていたのだが…… その後、私はどうなった? コンコンッというノックの音で、その思考を中止させる。 「……どうぞ」 一瞬、誰だと言いそうになった言葉を飲み込んで、部屋に入ってくるように促す。 この時間帯にこの診療所にいる人間と言えば、1人と1匹だ。 誰だと問うだけ無粋だろう。 それに私をここまで運んだ犯人が混じっている。 流石にポテトではないことを祈りたいが。 「おぉ。起きたか、聖」 手に氷枕を持って心配そうな顔の国崎君が私の部屋に入ってきた。 彼の足元には毛玉のように見える犬が居る。 彼らは一度私の部屋に踏み入れてから私の部屋には入ろうとしない。 よほど、私の部屋が面白くないらしい。 最も、医学書を面白いと言って部屋に居座るようならその日の次の日は矢の雨が降るだろうが。 国崎君が居座ろうとしても、そして、ポテトが居座っても。 私はポテトが医学書を読んでいても驚かない。 どうやら、ポテトは我々の言葉を理解している節が有るからな。 しかし、槍の雨が降ったほうが驚かないかもしれない。 おっと、思考がずれた。しかし何故、氷枕なのだ。 「ふむ、国崎君がここに来るのは珍しいな」 「……聖、熱測ったか?」 「ぴこー」 私の怪訝な表情を見て国崎君が私に熱を測れと言う。 ポテトも心配そうだ。 だが、風邪をひいた覚えはない。 確かに頭が少しボーっとするが、そんなに問題はないだろう。 「その必要性がどこにある?」 確かに気がついたらここに居たが、それがなんと言うのだ。 立ち上がろうとして、国崎君に押さえつけられた。 そして、手を額に当てられる。 ひんやりとした手が気持ちいい。 いや、こんな事をされたままではいかんのだ。 私にも医者というプライドがある。 「……まだ熱がある。ゆっくりしてるんだな」 「熱だと? 私が風邪をひいたとでも言うのかね、国崎君は?」 「あぁ。そうだが?」 いや、この場面は拙い。 何が拙いかというと、国崎君は佳乃の彼氏だということだ。 もちろん私とて、悪くは思っていないむしろ、良い感情を持っているから拙いのだ。 このまま、この気持ちを噛み殺して生きていくと決めた決心が揺らいでしまう。 落ち着け、落ち着いて対処するんだ。 「今日は診療所は閉めて「駄目だ」」 拙い、拙い事になったぞ。 これ以上、国崎君に良い感情を持ってはいけない。 意地でも仕事に戻らねば。 いや、少しでも国崎君を遠ざけないと。 しかし、頭はうまく働いてくれない。 立ち上がって、国崎君を見た。 「……駄目だって言ってもな。ポテトに医者でもさせるのか?」 「ぴこ〜?」 そこでやる気になって手を挙げられても困るのだよ。ポテト。 犬が人間の患者を診るのは拙い。 信用問題に発展してしまうからその手を取り下げていただきたい。 人が犬の患者を見るのなら問題はないのだが。 「国崎君、君は馬鹿か? 私が医者をやるに決まっているだろ」 「ぴこぉ〜」 だから、ポテト。君には無理なのだ。 そんな残念そうな声を上げるんじゃない。 「だからな」 「それに、いまにも患者が来るかもしれない。閉めておくわけには」 医者としての正論で納得してくれればいいのだが…… 流石に、ここで引き下がってくれるは思っていない。 いや、思えない。 彼は変なところで頑固だ。 「それならもう遅い。休業の札と一緒に大掃除って札をかけてきた」 「なぁ!?」 「それに今日になって患者が押し寄せるわけではないだろ?」 くっ! 今日の国崎君は冴えているじゃないか! このまま流されてはいかん! しかし、張り出しまでされてしまってはもう諦めるしかないか…… 「ほらほら、ベットに戻っておとなしくしてろ」 「ぴぃこ〜」 ベットに無理やり押し戻されてしまった。 確かに私とて、医者である前に人間だ。 風邪というものを生涯に一度くらいひいてもしょうがないではないか。 しかし、このまま素直に従うのも面白くない。 「その前に、薬を取ってくる。私とて医者の端くれだ。熱冷まし位飲んだ方が良いだろう?」 「そんなの、俺が」 「場所がわかるのか?」 「ぴこぴこ!」 「……ポテト、君には場所はわかってもとってくることは無理だ」 「ぴこぉ〜……」 ぐっと反論できなくなる、国崎君にポテト。 ふむ、助かった。 立ち上がってっと思ったが足腰に力が入らない。 しまったっと思った時にはすでに遅かった。 足がフラッとふらついて捉えるはずだった地面を踏み外す。 「おいおい、大丈夫か?」 「だ、大丈夫に決まっている」 ベットから落ち、倒れそうになった私を国崎君は助けてくれた。 肩を貸してくれて診療室まで付き添ってくれるようだ。 国崎君の肩を借りるのは気が進まない。 何故なら、顔が近い……自分のほほが多分赤くなっていることが自覚できる。 こんな顔を見られたくはなくて、顔を背けた。 「大丈夫だ。少しふらついただけで、問題はない」 「おいおい、少しくらいは俺を頼ってくれてもいいじゃないか」 「ぴこぴこ!」 ……ポテト。君の肩を借りたら多分君はつぶれるぞ。 自分の身を考えて欲しいのだが。 「私が頼ってしまって良いのかい?」 頼ることには問題ないかもしれない。 しかし、人の感情とは難しいものだ。 私にはそれを押さえつける自信がない。 一度あふれ出してしまったら、決壊したダムのようにもう止める事はできないだろう。 だから、怖い。 「私とて、女なのだ」 私はやはり、熱で頭がボーっとしているらしい。 何を言っているのだ。 口と頭が別になってしまっている。 「今頼ってしまったら、君のことを求めてしまうだろう……」 な、何を言っているのだ私は! 早く、何か違う事を言わないと…… 「君とて、困るだろう? 彼女の姉から迫られるのは……」 「…今は別だろう?」 「別だと? 今だから拙いのだ」 うむ、風邪というのも間違いではないのではないかと思える。 こんなに素直に言葉が出てくるとは…… だが、感心している場合ではない。 「言ったであろう? 私とて、女なのだと」 「病人をいたわるのは人として当然だろう?」 「もし、今私が何かの拍子で心拍数が上昇したら、国崎君。君の事を求めるだろう。それでも良いのかい?」 沈黙がつらい。 あぁ、早く佳乃が帰って来てくれないだろうか? このままでは、私は…… 「ただいまー……ってお姉ちゃんどうしたの!?」 助かったこのまま、長引かれてしまったら私は堕ちていただろう。 禁忌を犯して、何処までも深い闇の中へ。 本当に佳乃が帰って来てくれて助かった。 ホッとしている自分と、残念に思う自分が居るのはしょうがないことだろう。 「あぁ、聖のやつが熱を出したんだ」 「本当!? 駄目だよ! ちゃんと休まないと!」 「しかしだな……」 この受け答えが私の意識の方向を変えてくれるのならそれで良い。 私は、国崎君だけは好きになってはいけないんだ。 しかし、彼はいつも私の心をかき乱してくれる。 私の心の柔らかい部分を選んでかき乱して行く、彼には本当に参ってしまう。 本当に困ったものだ。 苦笑している私を怪訝に思った佳乃が私の額に自分の額を当てる。 やはりというよりも殆ど確信に近い感覚が額に帰って来る。 ひんやりとして気持ちが良かった。 「お姉ちゃんはベット!」 「だから言っただろ……」 国崎君はため息を吐いて私に言う。 とりあえず、佳乃にも言い返さないといけないだろう。 「しかし、診療所を……」 「今日は特別! だって、お姉ちゃんが体を壊したら意味がないでしょ!?」 「ぴこー」 ふぅ、佳乃がこう言い出したらもう言う事は聞かないだろう。 今日はおとなしく、休むことにしよう。 ポテト、分かったからそんな悲しそうな顔をしてないでくれ。 「分かった。休むとしよう」 「うん! 往人くんには買い物を頼もうかな?」 「あぁ、分かった。何を買ってくればいい?」 「ちょっと待って、今メモに書き出すから」 「ぴこぴこー」 その光景を羨ましく、そして、誇らしく眺める。 確かに羨ましい。 しかし、それが嬉しく見えるのだ。 私もその輪の中に入っているだけで十分。 それ以上を望むのは贅沢というものだ。 手の届く場所に好きな人が居る。 例え私に振り向いてくれないくとも。 それだけで十分、贅沢だろう。 だから、私はそれ以上を望まない。 いや、望んではいけない。 「お姉ちゃん。熱冷ましってどの棚だっけ?」 「あぁ、左側の上から二段目だ」 「じゃあとって来るね。部屋に戻ってゆっくりしてるんだよ」 「それじゃあ、佳乃、聖。行ってくる。いくぞ! ポテト」 「ぴこー!」 国崎君とポテトが買出しに行くらしい。 怪我でもしないといいのだが。 まぁ、ここら辺に慣れた彼らなら問題ないだろう。 「気を付けて行ってくるんだぞ」 「行ってらっしゃい! お姉ちゃんはすぐにベット!」 「はいはい」 けだるそうな返事を残し、ゆっくりと重たい体を引きずって、ベットにたどり着く。 ぼふっと体をそのベットの上に放り出した。 「……しかし、良いものだな」 ぼそっと呟いた言葉がじんわりと私の中に入ってくる。 心が暖かく、そして部分的に冷たい。 私は国崎君のことが好きなのだろう。 それを思うだけで私は嬉しくなれる。 伝わることがなくても、良いのだ。 だから……だからせめて。 いじめて、からかって、楽しむくらいはいいだろう? そうやって、風邪を引いた一日は過ぎていった。 たまには風邪を引くのもいいかもしれない。 愛する家族に大切にされてそう思った。 医者の不養生
あとがき 頑張って書いていたらなんだか別の方向へ…… なんとなく、企画に沿わないような感じになってしまいました。 これで良いのか悪いのか分からなくなってしまいましたが、大丈夫でしょうと思いたいです。 それになんとなく、ありきたりなお話になってしまいました。ちょっと反省です。 では、ゆーろでした。
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