相沢祐一には義姉がいる。まぁ、これだけならば別にどうと言う事はないのだが困った事に、

その義姉と言うのが祐一以外の男には近づこうともしない。唯一の例外が、祐一の父親である

相沢獅道と水瀬秋子の夫の水瀬宗次だけだ。

その水瀬宗次は祐一達が子供の頃に病死している。よって、その義姉が付き合うのは必然的に

父親と自分の弟だけだ。しかし、獅道と祐一は何とかその義姉を更正させようと必死だった。

結局のところ、全て徒労……無駄に終わったのだが。








そして、相沢祐一には義姉の他にちゃんと血の繋がった実の姉がいる。こちらは義姉と違い、

他の男性に近づかないといった事はない。

だが、この実の姉は世間一般で言う所の『不良』と言うところに位置している。学校サボりは

常習犯。煙草は吸う、喧嘩はする。しかし、男遊びや無断外泊、覚せい剤などのドラッグに手

を出す事は一切しない。なんとも中途半端な不良なのだ。

しかし、父親と母親は注意しない。基本的に相沢家の教育方針は放任主義で、人様に迷惑を掛

けなければALLOKと言う素晴らしい家庭である。喧嘩している時点で人様の迷惑ではない

のか? と言うツッコミは無許可。この実の姉が喧嘩をする相手は、人に迷惑をかける暴力団

といった『裏の組織』であり、無問題なのだ。





何の接点もないこの義姉と実の姉。ただ、この2人には1つだけ共通点があった。

それは、弟である祐一の事を異常なまで溺愛している事である。









第1回祐一争奪戦。俺はひたすら逃げまくろうぞ!









「匿ってくれ!」


「…………は?」


突然、家に訪ねてきた相沢君の第一声がそれだった。その日、家に両親がいなく私は1人でゆ

ったりと紅茶を飲んでいた。紅茶にレモンを入れるのはデフォである。

窓際でお気に入りの小説『空の境界』を読んでいると、不意に呼び鈴が我が家の平穏を破った。

誰かと思い、私の家に訪ねてくるのは北川君か相沢君、もしくは斉藤だけだと気付く。少々う

んざりしながらドアを開ければ、先程の相沢君の一言だ。


「……こんな休日の夕方近くに、人の家に訪ねてきての最初の言葉がそれとは、君は本当に変

な人だな」


「変でもなんでもいい。頼む、匿ってくれ! 俺の貞操いのちに関わるんだよ!」


「……なんだって?」


少々聞き逃せない台詞を口にされ、流石に相沢君の話を真面目に聞こうと彼を家の中に招きい

れ、座らせる。すこし、何か彼の言った事が変なニュアンスを含んでいるように聴こえたが気

のせいだろう。

紅茶を出そうと思ったが、彼はコーヒーの方が好きだという話なのでコーヒーを入れ、彼に差

し出した。


「ほら、これでも飲んで気を鎮めたまえ」


「すまん」


渡したコーヒーをゆっくりと飲み干す。どうやら、かなり動揺しているらしい。

普段の彼を見ているとそうは思えないが、相沢祐一と言う男は意外と冷静沈着な所がある。そ

れは、1年ほど前の私が起こした生徒会の問題……通称『雪月花学園・冬の陣、生徒会動乱の

項』の時に気付いた事だ。

……一体、誰がこんな名前を付けたのだろう。大方、北川君か斉藤辺りかと思うのだが、確証

はない。


「で……一体何があったんだ? そこまで慌てるという事は相当の事が起こってると思うが」


「……実はな、今水瀬家に俺の家族が来てるんだ」


「相沢君達の?」


それは非常に興味深いな。一体、どんな両親ならこんな奇想天外、予測不可能、空前絶後な人

間を生めるのか是非問い質してみたい。それとも、その両親からして既に変なのか。


「それで?」


ただそれだけならば、相沢君の命に関わるという事はないだろう。その後に、何らかの要因が

彼をここまで慌てさせているのは明白だ。


「俺には母さんと父さん、それと姉さんが2人いるんだ」


ほぅ、初耳だ。


「1人は実の姉で、もう1人は義理の姉なんだけど……ちょっと苦手なんだよな。決して嫌い

じゃないんだけど」


「ふむ……」


なるほど、それは特に珍しい事じゃない。家族内で苦手な人物がいるのは至極当然。私だって、

父親は苦手だけど嫌いではない。だけど、それが相沢君の命に関わるのと何が関係があるんだ?

どこにも危険な要因が見つからないが。


「で、命に関わるとは?」


「……母さんが俺を先に捕まえた奴が俺と付き合う資格を上げるとか言い出してな。それに姉

さん達も何か張り切りだして……」


「……(汗)」


もしかして、その2人のお姉さんは相沢君の事が……。だけど、義理の方ならまだしも実の姉

は問題がありすぎるだろう。いや、そこは相沢君の『実の』お姉さんには問題ないのだろう。

むしろ、それを良しとしていそうにも感じる。


「はぁ、何でこんな事になったんだよ……」


祐一は今朝の事を頭の中で思い出していた。












「祐一さん、姉さん達が来るそうですよ」


酷く寒い冬が過ぎ、暖かな風が吹く春になり暫く経ってからのある日。祐一は唐突に居候先の

家主、水瀬秋子から自分の母親達が来る事を知らされた。

普通の人間ならば、あまりの唐突さに一瞬我を忘れるか驚きが強すぎて信じられないとそれを

否定する。だが、彼は少なくとも“普通の”人間ではなかった。


「……そうですか。いつもながら、何の前振りもなく現れようとしますね」


あまり動じない祐一に秋子は少し驚きながらも、それを微笑みで覆い隠す。


「久しぶりに義兄さんや真奈美さん、夜薙さんに会えるので嬉しいです」


真奈美と夜薙と言うのは、祐一の義理の姉と実の姉である。前者が義理、後者が実の方だ。真

奈美は祐一が幼少の頃、親がある事件に巻き込まれて殺されてしまった際に引き取られた女性

であり、祐一にとっては気弱ながらも頼りになる義姉であった。

ただ、少々対人恐怖症……いや、男性恐怖症の気があり、祐一と父親以外の男には近寄らない

のが祐一にとっての懸念材料だったが。


「で、一体何しに?」


「何でも、姉さんが祐一さんに会いたくなったそうで」


あぁ、と祐一は妙に納得してしまう。確かに、あの母親ならばたったそれだけの理由で出張先

の国から遠路はるばるこの日本までやってくるだろう。


「……まったく、あれじゃどっちが親か分からんぞ。見た目は妙齢の美女なのに、中身は下手

したらどっかの箱入りの令嬢だからな」


心底不思議気にぽつりと漏らす。

彼の母親、名を相沢祥子と言うのだがこれがとんだツワモノなのである。まず、彼女を見た者はあ

まりの美しさに言葉を失う。そして、彼女を手に入れたいという黒い欲望を心の内に滾らせる。

しかし、あれほどの眉目秀麗の女性だ、さぞ頭の切れる人物だろうと相手は予測し諦める。そ

の時点で既に彼女に対する見解を間違えているのだ。

彼女の中身は完全な箱入り娘。俗世の黒い部分など露にも知らず、ただ純粋な、無垢な心のま

まなのである。良く今まで誰にも汚される事なく生きてこられた物だ。

ただ、純粋な心を持っているのだが純粋すぎる為、天然な所がある所も否定できないのも確か

だ。そして、彼女は愛する最愛の夫……相沢、旧姓七夜獅道と出会った。二人は互いに惹かれ

合い、そして結ばれた。その果てに出来たのが今の祐一だ。


――――閑話休題。


「もうすぐ来ますよ」


「いや、流石にこんな早くには……」


ピンポーン。


「……来たみたいですね」


脱力。座っているソファに体を沈める。改めて自分の家族が人間離れしていると感じた瞬間の

祐一だった。それを言えば、彼も人間離れしてるのだがそこは無視する。


「……祐一、久しぶり……!」


リビングに入ってくると同時に祐一に抱きつく影。母親の相沢祥子である。そんな母親に苦笑

しながら、祐一も抱き返す。なんだかんだ言いながら、家族に会えるのは嬉しいのだ。

ましてや、息子ですら心配するような天然思考の持ち主である為目が離せない。父親と義姉達

がついているとはいえ、やはり心配なものは心配なのだ。


「母さん、久しぶりだな。元気だったか?」


「……えぇ。獅道さんがいるから、何とかやってれたわ」


祥子の少し後ろには苦笑した相沢獅道と2人の女性。片方は控えめな微笑を浮かべて、もう片

方は煙草を咥えて祐一を嬉しそうに見ている。この2人が相沢真奈美と相沢夜薙だ。


「よっ、祐。元気そうで何より」


「祐ちゃん……良かった、元気で」


「夜薙姉、真奈美姉、久しぶり。そっちこそ元気そうで良かった」


未だに祥子を腕に抱きながら祐一は姉妹との再会を喜ぶ。腕の中の祥子は、祐一の感触をこれ

でもかと言うほど堪能しようとめいっぱい抱きついている。祐一からすれば祥子は心配の対象

だが、祥子からしても息子である祐一は心配の対象だ。それと共に、獅道の次に愛する一人の

男でもある。


「まぁ、祐一である限りこいつがそうそうくたばる訳はないだろう」


「親父様、久しぶりに会ったプリティな息子にいきなり暴言ですか」


呆れたように獅道から紡がれた言葉に、祐一は不満を露にする。まぁ、所謂『親子のスキンシ

ップ』であり、本気で怒っている訳ではない。


「な、何やってるのよ祐一!」


「……祐一君が女の人と抱き合ってる」


いつの間にかリビングのドアが開いており、そこから水瀬家居候2.3号の月宮あゆに水瀬

(旧姓・沢渡)真琴が顔を覗かせていた。祐一と祥子が抱き合っているのを見て、あらぬ誤解

を生んだらしい。


「あぁ。お前ら知らなかったな。俺の今俺に抱きついてるのは相沢祥子って言って、母さんだ」


「祐一君のお母さん? じゃあ、そこにいる人達は……」


「俺の父親と姉さん達。相沢獅道、相沢真奈美、相沢夜薙って名前だ」


真琴とあゆの2人はまずは獅道に挨拶をし、真琴が真奈美と、あゆが夜薙と相対する。


(……あれ、真琴ちゃんとそっくり)


心の中で疑問に思う。真奈美の言う『真琴』とは、祐一達が住んでいた前の街にいた真奈美と

夜薙の同級生である真琴のオリジナルとなった『沢渡真琴』の事だ。そして、目下最大の強敵

でもある。


「あぅ……水瀬真琴、よろしく」


妙にびくびくしながら真奈美に喋り掛ける真琴を見て、少し可笑しな気持ちになる。姿形こそ

知り合いの『沢渡真琴』と同じだが、どうやらこちらの真琴は人見知りをするらしい。向こう

は人の迷惑なんのその、ただひたすらに暴走の限りを尽くす一種の悪魔だ。


「うん……よろしくね」


人見知りをする真琴と、元々気弱な真奈美。その内に真琴も緊張が取れ、美汐と話すような感

覚で真奈美と接するようになった。野生の勘か、真奈美に気を許してもいいと察知したのだろ

う。


さて、問題はあゆと夜薙である。夜薙を見た感想は人により様々に変わる。

――曰く、暴力女。曰く、動物好きの優しい人。曰く、怒らせると修羅を見る。曰く、荒野に

咲く一輪のセントポーリア……などなど。

ようするに怖いのか優しいのか分からないのだ。ただ、祐一と同じくこの夜薙も人をからかう

のが三度の飯より好きな為、よく真奈美やその友人が被害に遭う。良くも悪くも祐一の姉と言

うが実証されるのだ。


「えと、あの、その……月宮……う、うぐぅ……」


「……月宮うぐぅって、珍しい名前だね」


軽く苦笑しながら牽制のジャブ。さぁ、幕は開いた。ショーの始まりだ。


「う、うぐぅ! 違うよ、ぼくの名前は月宮あゆだよっ」


変な風に自分を覚えられては適わない、とあゆは必死に訂正する。色々な意味で。


「月宮あゆ……? そっか、祐の『忘れ物心残り』って君の事だったのか……」


「『忘れ物心残り』……?」


良く分からないようで、小首を傾げる。そんな姿を見て、夜薙の中の悪戯心が刺激される。祐

一から色々電話で聞いていたが、一番からかいやすい対象がこのあゆという少女か。確かに、

からかいやすそうだ。



即ち、――――ターゲット、ロック。



「……ふーっ。ちょっと、あゆだっけ?」


「は、はい」


煙草の煙を吐き出しながら、あゆの眼前へ顔を突き出す。


「……家の祐に手を出してみな。生きている事を後悔するほど苛めるよ?」


「うぐぅ!?」


案の定、怯えてしゃがみこみ震えるあゆ。祐一の事は好きだ。でも、もし自分が祐一の『彼女良い人

なんかになったりすればこのお姉さんに苛められる……。それは嫌だ。でも、祐一の事は諦め

られない。

そんな永遠のループ状態に入ったあゆを見て、夜薙は薄く笑う。煙草を吸いながら笑っている

為、何処かニヒルに見える。


(あたしに勝てないようじゃ、祐の彼女とは認めないからね。……ま、誰も認める気はないけ

ど)


どうやら、夜薙は祐一に対してかなり過保護な模様。最近では珍しい姉だ。尤も、この姉だけ

でなく相沢家の人間が変わってるだけなのだが。


「久しぶりだな、秋子ちゃん」


「はい、義兄さんも元気そうで良かったです」


手持ち無沙汰の獅道は、自分の妻の妹の秋子へと挨拶を済ます。こうして実際に会うのは、8

年振りだ。


「お仕事は順調で?」


「問題無いよ。そういえば、名雪ちゃんは……まだ寝てるのかい?」


半分確証半分確認で秋子に確認を取る。


「はい……。変な所で宗次さんに似てしまって……」


申し訳無さそうな、それでいて呆れたような溜息を吐く。件の名雪は、今も自室で惰眠を貪っ

ている。いつもの事なので、祐一と真琴、あゆは諦めている。それこそ、こんな時間に起きて

くれば人外魔境顔負けの混乱を招きかねない。


「やっぱり宗次の娘だな。アイツそっくりだ」


宗次と付き合いの長い獅道は、その弱点を受け継いだ名雪に苦笑する。抱きしめられていた祐

一は、祥子を引き離し4人をソファへと座らせる。多少、梃子摺ったが。


「で、秋子さんが言うには母さんが俺に会いたいから来たって言ってたけど、どうやら本気で

そうらしいな」


「まぁ、祥子だけではなく真奈美や夜薙もなんだがな」


横目で2人を見やる。真奈美は頬を赤く染めて祐一を見、夜薙はわざと祐一に妖艶な笑みを見

せる。それを無視し、祥子へと向き直る祐一。

そんな息子の姿に、こっそり獅道は溜息をつく。


「で、本当にそれだけか?」


「……ううん。祐一、この前電話で話してた人達、今ここに呼べる?」


少し剥れながら祐一の言葉に答える。祥子としては、もう少し祐一との抱擁を楽しんでいたか

ったのだが。


「は? ……多分いいだろうけど、北川は男だぞ?」


びくっ、と真奈美が震える。流石に自分の親友までそんな風に怯えられると、少し気分を害す

るが仕方ない事だと諦める。

真奈美は昔、不良達によって暴行されそうになった事があり、それ以来男性恐怖症となってい

る。無論、それは未遂に終わりその不良達は祐一と獅道によって地獄すら生温い制裁を受けて、

肉体的にも精神的にも完全に痛めつけられ、今はとある某精神病院に隔離されている。

しかし、真奈美の男性恐怖症はそのままでは日常生活にも支障が出るだろうと、獅道と祐一は

治そうと試みたが結果的に無駄であった。


「……その北川君はどっちでもいいよ」


酷い扱いだな、北川よ。


「真琴、あゆ。お前らは家の電話で佐祐理さん達を呼んでくれ。俺は北川を呼んで、名雪を起

こす」


「分かったよ」


なんとか夜薙のいじめから復活したあゆは、祐一の言う通りにしようと電話を取る。


「真琴ちゃん、私の携帯使って良いよ。はい」


話を聞いていた真奈美は懐から携帯を取り出し、仲良く……と言うか懐かれた真琴にに手渡す。

真琴はあぅ〜と唸りながらそれに誰かの携帯番号を拙い手つきで入力して、耳に当てる。


他の面々は2人に任せて祐一は2階へと移動しつつ、携帯を操作しグループ検索から『親友』

グループを呼び出し、そこから『北川潤(アンテナ)』の番号をダイヤルする。


Trurururururru……、Trururururururu……ガチャ。


2コールほどして、北川は電話に出た。


『おう、何だ相沢?』


声ははっきりしており、少なくとも今起きたようではなさそう。となると、かなり前から起き

ていたようだ。


「いや、悪いな。朝早く。今から俺の家これるか?」


『あぁ、別にバイトもないしな。構わないぞ』


「みんなも来るから。後、俺の家族が来てるんだけど、1人は極度の男性恐怖症だから理解し

ててくれ」


そう言うと北川はあぁ、と明るい声を出して納得する。


『この間話してた義姉さんって人か。OK、すぐ行くよ』


すまん、じゃあと通話を切り名雪の部屋の前へ立つ。すぅ……、と大きく息を吸い込みドアを

思い切り叩いた。


「こぉらぁ! 起きろぉぉぉ、名雪! けろぴー自爆させるぞ!」


「……うにゅ


案の定、まったく起きる気配はない。覚悟を決めて、地獄の中へと飛び込んでいく。



時計、時計、時計時計時計時計時計時計時計時計時計時計時計時計時計時計……もう時計が部

屋にあるのではなく、時計がある所に部屋を持ってきたような気さえする。


「相変わらず、人間離れした睡眠力だな……」


呆れた溜息――ただ、それしか出ないのだ――をついて、祐一は名雪へと近づき肩を掴んで思

いっきり揺らす。がっくんがっくん、と名雪の頭が揺れてまるでヘッドバンキングでもしてい

るように見える。


「おい、こら。起きろ寝ぼすけ」


「マグネシウムの元素記号はMgなんだよ〜……」


余談だが、Mnがマンガン、Mdはメンデレビウムと言う。特に説明の意味は無い。


「いきなり元素の名前を言い出すなっ! Ca……カルシウムぶちこむぞ!」


「どんとこい、だよ〜」


本当は起きてるのではないだろうか。祐一は揺するのを止めて、じっと名雪を見下ろす。にゅ

〜、と気持ち良さそうに口をもごもごさせて寝返りを打つ。

100%寝てるな、これは。そう判断する。


「……」


仕方がない、と諦めと呆れと幾分の恐怖をこめた溜息を吐きゆっくりと、名雪の耳元へ自分の

唇を持っていく。


「……マカダミアオレンヂの邪夢」


低く抑揚のない声でその言葉を口にする。その言葉に気持ち良さげに眠っていた名雪の体がび

くりと跳ね…………………………………………………がばぁっ、と布団を跳ね上げて起き上が

った。


「ゆ、祐一っ! その名前だけは言っちゃ駄目なんだよっ!」


珍しく焦ったような声を出し、自身を襲う強烈な寒気と悪寒と恐怖、そして未知の物体の名を

思い出し名雪は震える自分の体を掻き抱く。そんな名雪の姿に、流石に罪悪感を感じたのか祐

一はバツが悪そうに頭を掻き謝罪する。


「あー……悪い。でもさ、起きないお前も悪いぞ。ほら、さっさと着替えて下に来い。今、俺

の母さんと父さんと姉さん達が来てるから」


きょとんと名雪は目を点にする。


「叔母さん達が? 分かったよ」


「急げよ。何か知らんが、皆に話があるらしい」


そういい残して、祐一は部屋を出る。


暫く……正確には30分後ぐらいの後、水瀬家には祐一の関係者全員が揃った。総勢、3人の

男と12名の女がリビングに集っているのはある意味……というかもろ不気味だ。北川は祐一

の実の姉の方……即ち夜薙と話して意気投合し、


「良し、気に入った。アンタ、今日からアタシの舎弟になりな」


「うぃっす、姐さん! よろしくお願いします!」


等と、義兄弟……この場合師匠と弟子とも言える……の杯を交わしていた。しかも、北川は妙

に嬉しそうだ。それは、ただ純粋に自分の慕うべき人を見つけた喜びであり、夜薙のような美

人の舎弟になれたことを喜んでいるわけではない。……少しはあるが。

そんな北川の姿を見て、香里は少々嫉妬する。これで分かる通り、この2人は付き合っている

のだ。


「で、一体私達は何の為に呼ばれた訳ですか?」


痛い痛い美坂耳を抓るなっ、と言う彼氏の抗議の声を無視して香里は元凶……今の状況では適

切ではないが、後々そう呼ばれる相沢祥子に理由を問う。


「香里ちゃん、ラブラブね。大切にしないと駄目よ?」


「そ、そんな事はいいですから何の為に呼ばれたんですかっ?」


思わず赤面する。まだ祐一みたくからかうのなら、開き直って答える事が出来るがこうも笑顔

で……しかも本当に少なからず真剣に言われると流石に照れざるを得ない。


「ごめんなさい。で、話って言うのは……」


そんな祥子を、祐一と獅道は壁にもたれ掛かって眺めていた。


「なぁ、親父。……何かとてつもなく嫌な予感がするのは俺の気のせいか?」


ある種、もう既に未来予知にまで達していると思われる自分の勘が猛烈に嫌な予感を彼に知ら

せている。そのせいで祐一の顔は不自然に引き攣っていた。七夜の血……とでも言うのだろう

か、それが彼に『ニゲロニゲロドアヲアケロー』と頭の中で警告を鳴らす。


「祐一、お前のその自身に不利益な事だけを感知する勘だけは感服するよ。それに……今お前

が感じている嫌な予感も正しいし、これからも外れる事はないだろうな」


遠い目……その中に同情と哀れみと楽しげな感情を含ませながら獅道は明後日の方向を見つめ

る。その表情にさらに祐一の顔が引き攣る。



―――――――嫌な予感は、既に嫌な確信へと変わっていた。



「もう祐一も18歳だから、そろそろお嫁さん候補が欲しいのよ。だから、今いる人達の中で

…………」



だだだだだだんっ!



最後まで言葉を聞くことなく祐一はリビングを飛び出し、外の世界へと逃げていった。そんな

祐一の後姿を呆然と見送る少女達と祥子。獅道は頑張れよ、といったような眼差しで息子の姿

を焼き付けた。まるで、最後の別れを惜しむように……。


「………急遽予定変更。この場で祐一を射止めた子を祐一の許婚にしようと思ったけど、今逃

げていった祐一を今日までに捕まえたらその人が祐一の恋人と認めますよー」


祥子のその言葉を聞いた少女達は……


『祐一(相沢)(さん)(くん)!』


我先にと逃げていった祐一を追っていった。その場に残るのは、自分は関係ないとばかりに居

座る水瀬秋子、北川潤とその恋人、美坂香里。騒ぎの元凶、相沢祥子とその夫相沢獅道。そし

て、自分の姉達である相沢夜薙と真奈美だけである。


「あれ、夜薙と真奈美は追わないの?」


心底不思議、と言わんばかりに祥子は自分達の娘を見る。


「う、うん……。私は、祐ちゃんの事好きだけどお姉ちゃんだから……」


「真奈美はともかく、アタシは祐の実の姉だよ。道徳的に許されるわけないじゃないか」


表情は澄ましているが、内心では拗ねている夜薙。


「それがどうしたの?」


『え?』


「血が繋がってるからって、関係ないでしょ? 夜薙も真奈美も、祐一の事が好きなんだった

ら追いかけて捕まえてでも物にしなさい」


その祥子の言葉に、夜薙と真奈美は暫く固まる。そして、大きく頷いて水瀬家を飛び出してい

った。二人の笑顔は、妙に晴れ渡っていた。








「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ、走れ俺の体よっ!! 友の為に走るメロスのよ

うにぃぃぃぃぃぃぃ!!

俺はまだ、この年で結婚はしたくねぇぇ! 俺は追いかけてくる奴ら全員を振り切る為に獣道

すら迷わず進んでいく。


「祐一ぃぃ! 出てきてよー!」


「祐一、素直に捕まる!」


「あははーっ! 祐一さん、佐祐理と舞の未来の為に出てきて下さいー!」


じょ、冗談じゃない。俺の未来は俺自身の手で決める。佐祐理さんや舞達には悪いが、俺は俺

自身の保身の為に逃げ切ってみせる。気配が遠ざかるのを確認してから、俺は隠れていた木の

上から飛び降りる。いや、人間やれば出来るもんだな……。やはり、命懸けの状況に陥れば普

段は出せない力を出せるんだろう。


「さて……どう逃げるかな……」


下手な逃走ルートを使えば、戦闘で培った勘を発揮する舞と異常なまでの情報網を持つ佐祐理

さん、野生の勘が鋭い真琴、そして商店街を根城(?)とするあゆに見つかってしまう。……

どちらにせよ、俺の知り合い全部まともな奴が一人もいない気がするのは何故だ。


「ここは灯台下暗し、裏を掻いて水瀬家の近くにでも隠れるかな……」


今来た道を辿って、俺は気配を殺しながらゆっくりと歩く。隠密行動お手の物、まさか親父の

扱きがこんな時に役に立つとは思わなかった。今のところ、俺を追うのは名雪、栞、舞、真琴、

あゆ、佐祐理さん、天野といった所か。北川は面白半分で参加しそうだが、常識人の香里がそ

れを阻むとして可能性ゼロ。秋子さんも除外。一番厄介な姉さん達は……参加する理由がない

か。しかし、母さんも何でいきなり嫁の話しなんて……


「祐」


「祐ちゃん」


「ひっ……って、何だ姉さん達か」


気が付けば、夜薙姉と真奈美姉が俺の少し先に立っていた。はぁ、びっくりした。見つかった

かと思ったぞ。


「どうしたんだ、姉さん達。何でこんな所に?」


もしかして、俺を助けに来てくれたのか!? やっぱり持つべきものは弟思いの姉さん達だよ

なー。



………………しかし、何だろう。この胸の中に渦巻く嫌な予感は。これは……そう、さっき母

さんが話そうとした時と同じ感覚だ。まさか、名雪達の中の誰かがすぐ近くにいるのか?

キョロキョロと不審者に見間違えられても仕方ないような動きで、俺は周りの気配を探りつつ

名雪達の姿を探す。だが、姿どころか気配すらない。

というか、この嫌な予感は俺の前にいる姉さん達から感じるのは何故でしょう……。


「あの〜……姉さん達は何故にこのようなところにおるとですか?」


一抹の望みを託して、俺はそんな“無意味”な質問を我が目の前におられる姉さん達にする。

どうか……どうか、この嫌な予感がただの杞憂でありますように……そんな淡い願いに縋った。



―――――しかし、親父が言ったように俺の勘は未来予知(自分にとって不利益な事限定)に

まで達しており、それが外れる事などありはしないのだ。あぁ、認めよう。

……相沢祐一は自身の保身に特化した存在。完全なる未来予知を行う事が相沢祐一に許された

たった一つの特技なのだから……!



「祐、大人しくアタシに捕まりな。大丈夫、アンタはアタシしか見えなくなるから……!」


「祐ちゃん……ごめんね? 私達も参加しちゃった……。疲れるから、早く捕まってね」


予感的中! その言葉が発せられ、姉達が走り出す頃には俺はもう走り出し目に止まった曲が

り角を曲がっていた。


「俺の人生は、俺が決めるんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」


生存への雄叫びを上げて、俺こと相沢祐一は雪の降る街……いや、かつて雪が降っていた街の

中を駆け抜けるのであった。









「あの、姉さん」


「なぁに? 秋子」


「もし、祐一さんが今日中に捕まらなかったらどうするつもりですか?」


「んー……その場合は、私が貰っちゃおうかな。祐一の事は獅道さんの次に愛してるから」


『………………』


(相沢、お前の人生ここで終わるかもな……。捕まれば水瀬達の恋人に、捕まらなければ祥子

さんの夫第二号に収まるからな)


頑張れよ相沢、と心の中で呟き北川は自分の親友の冥福を祈った。

終わり






ダダダダダダダダッ!!(逃走音)


オーディン「『大神宣言グングニル』!!」


祐一「(士郎に投影してもらった)『約束された勝利の剣エクスカリバー』!!」


士郎「『是、射殺す百頭ナインラヴズブレイドワークス』!!」


ズドドドドドドドドドドドドッ!


祐樹「ぴぎゃああああああああああああああ!!!?」


祐一「おいこらっ! なんじゃこの混沌SSは!」


士郎「中身滅茶苦茶、キャラ滅茶苦茶、設定滅茶苦茶、全部滅茶苦茶」


オーディン「『この世の全ての悪アンリ・マユ』以上の混沌だな」


祐樹「し、仕方ないだろう……。あまりに時間がないうえに急いで書いたんだから」


祐一「にしてももうちょっと見栄え良くしやがれっ!」


士郎「俺、藤ねぇにご飯やりに帰るから後よろしく」


オーディン「マスターに伝えておこう。ではな」


祐樹「構想だけならなんとでも出来ますよ! それを書けないんだよっ!」


祐一「それを何とかするのがお前の仕事だろう!? このヘタレ!」


祐樹「ヘタレ言うなぁ!」


オーディン「………最早、雑談ではなくただの口喧嘩大会だな」


祐一「その構想中のSSを書いて名誉挽回しやがれ!」


祐樹「貴様に言われずとも、やってやるさ!」


オーディン「今回ばかりは、作者を許してやってくれ。では、次回作があれば閲覧をしてや

ってくれるといい」


2人「……って、もう終わりかよっ!?」




キャラ設定

相沢夜薙(あいざわやなぎ)

身長・体重 女はミステリアスが一番

3サイズ 知る時はアンタの最後だよ

好きな物(事) 煙草 喧嘩 人をからかう 酒 祐一 友人

嫌いな物(事) 覚醒剤 祐一に敵対する者 意味の無い口論 友人が傷つく事

捕捉
相沢家の長女。祐一とは血の繋がっている実の姉。いつも煙草を吸っており、喧
嘩を好む。祐一をこよなく愛し、溺愛している。親の事は呆れた目で見ているが
決して嫌いではない。自分の友人が傷つく事を極端に嫌う。
祐一の事は、弟としてではなく異性として認識している。



相沢真奈美(あいざわまなみ)

身長・体重 恥ずかしいから秘密です……

3サイズ 祐ちゃん以外には教えません

好きな物(事) 祐一 祐一と一緒にいる事 祐一と寝る事(笑)

嫌いな物(事) 男性 祐一が傷つく事 祐一に嫌われる事

捕捉
相沢家の次女。祐一とは子供の頃からの付き合いで、祐一にとっては義理の姉に
当たる人物。何年か前に、不良達数人によって襲われた経験在り。未遂に終わる
も、本人は男性恐怖症に。その後、両親が他界し相沢家に引き取られる。祐一と
獅道だけは男性恐怖症の対象にならず。獅道は純粋に父親として慕っている為、
祐一は異性として意識している為である。

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