目の前が黒という闇しか視えないのなら、視界に広がるのは唯一つの小さな世界と言えよう。
 小さい箱庭のような世界はどんよりと重く、白光を散らつかせた刃物のように冷たい。
 その世界は、俺の心を映す鏡のようで―――――――――紛れも無く、心象世界。
 
 
 
 視界には何も映らないほどの無しかない。
 矛盾しているが、無しか視えない。
 無い≠烽フが視える≠ネんて、何て奇妙。
 でも、これ以外の表現など俺の小さな辞書にはない。
 前も後ろも左も右も、果てない無しか存在しない。
 ――――それは俺の心をも無へと変えてしまう、闇。
 残酷な闇が獲物を捕らえるように、世界が俺を喰らうそれは空虚への過程。
 
 
―――――――――………………よ』
 
 
 頭の中をノイズが走る。
 壊れたテレビから発せられるような、貫通性のあるノイズが突き刺さる。
 聞きたくないという意思を無視して、それとは無関係に腹立たしいノイズが痛いくらい刺激する。
 鼓膜近くで虫が羽音を立てているように、それは酷く忌まわしく、狂おしいほど鳴り響いている。
 たった一小節の歌詞が、鋭く磨かれたナイフのように俺の心を抉る。
 
 
―――――――――……たし……よう』
 
 
 煩い、黙れ、喋るな、消え去れ、止めろ、響くな、――――――■■■は忘れるんだ!
 
 何度も再生される、破滅へと導く呪文のような言葉。
 躰には幾つもの言葉のナイフが刺さり、その度に心が無へと変換していく。
 左半身は凍ったように感覚がなく、既に無と同化している。
 尽きないノイズは頭全体を駆け巡り、新手のウィルスのように俺を序々に蝕む。
 思わず、両のこめかみを親指と小指で指圧して、頭を握りつける。
 ズキズキと痛みを訴えているのは、頭ではなく心。
 
 
―――――――――……めん、……たしたち……れよう』
 
 
 痛い、苦しい、悲しい、泣くな、耐えろ、――――――■■■を思い出すな!
 
 ノイズは何故か綺麗な音で、そのくせ何故か悲しそうな音で、侵食してくる。
 目尻に涙を浮かべて、放って置くとすぐにでも泣き出しそうな小さい音。
 華奢な体をしている割には、普段はパワーと優しさを兼ね揃えたような音。
 そんな映像が、笑い合っている二人の映像が、はっきりと思い出せる。
 
 
 ―――――――――やめろぉぉぉ!! ■■■は――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――――――……ごめん、………私たち……別れよう』
 
 
 
 
 
 ―――――――――ノイズかのじょのこえが再現映像のようにフラッシュバックした。
 
 
 
 
 
―――――――――………その方が、……いいよ』
 
 
 
 ――――あぁ、そうか。
 妙に冷静だったのか、それともまだ思考能力が無かったのか……。
 おそらく後者だっただろう。 俺はそのときに理解し、不完全な頭で納得した。
 俺の胸に刺さるこの痛みは、彼女が感じている痛みなんだ……と。
 心象世界は俺ではなく、彼女を映していたんだ……と。
 
 
 
 
 
 
 ―――――――――俺、佐原達也さはらたつやの世界は、とても重く、とても冷たくなっていた。
 
 
 
 
 
 


 

 

Loves Only You

 

 


 
 
 
 
 
 
 現在時刻、午後六時二十三分。
 明日が日曜日ということあってか、ネオンが煌く繁華街は見渡す限り人の列しかなかった。
 友人連れ、家族連れ、カップル連れ、と正に形態は様々だ。
 だというのに、一人異質な青年がいる。 一人、というよりは独り。
 街という世界から隔離されたような、彷徨い人。
 陰を落としたというより、陰そのもの。
 表情が暗いというより、死んだ魚のよう。
 
 
 ――――――生きているか死んでいるかわからないほどの、無を象る人形ヒト
 
 
 青年の虚ろな双眸は何を映しているのだろうか。
 青年の覚束ない足は何処へ向いているのだろうか。
 青年の不覚醒な脳は何を考えているのだろうか。
 
 
 降り注いだ夕立の影響か、青年の服はずぶ濡れと表現するしか他ない。
 それはもう、髪の毛は肌にぴったりとくっつき、靴音の代わりにくちゅくちゅと水音が鳴るほど。
 ………その姿は他人から見たらどれほど滑稽なのだろう。
 頭の先から足の先まで全身びしょ濡れの青年が、前も見ずに首を落としてとぼとぼ歩く。
 いや、歩くというより体が倒れる方向に自然と足が進むといった感じが否めない。
 ………その姿は他人から見たらどれほど滑稽なのだろう。
 
「いやぁ、何あの子……?」
「ねぇねぇ顔見た? まるで死んでるみたいだったよ」
「つか、暗い雰囲気がこっちまで移っちまうぜ。 早くどっか行ってくんねぇかな」
 
 疑心、不快、嫌悪。
 そんな負の感情が隠されず、周りの人たちによってヒソヒソと陰口で紡がれる。
 得てして人は、罪悪感を感じるようなことを行うとき大抵集団でいることが多い。
 そして、理解出来ないことに対して人は畏怖し、近づこうとしない。
 彼らは自分勝手で利己的だと、素のまま表現している。
 青年が一歩その足を踏み出す毎に、まるで一定の距離を保つように彼らも一歩下がる。
 一歩踏み出す速度に関係なく、まるで見えない糸で繋がっているように。
 それは、一種の連鎖反応のように。
 
 だが、如何なる時も例外というのは起こり得る可能性がある。
 例外なく誰もが取る行動は一致するとは限らない。
 それは、今この場でもその例外は当てはまる。
 現に千鳥足のようなふらつき状態の青年の眼前には、障害となるオトコ
 腕っ節だけが頼りだと躰が表現している一人の男が――――
 
「おいテメ――――ッ!?」
 
 ――――――居たが、その男は途中まで口にした言葉をとぎらせ、瞳を見開いていた。
 明らかにその瞳は物語っていた―――――――信じられない、と。
 加えて、男の体から滲み出ている冷や汗は正に異常を具現している。
 金縛りにあったように指一本動せず、青年がその真横を通り過ぎても男は微弱にも肩が震えていた。
 意識して体は動かせなかったが、本能で何か≠感じ取ったのだろう。
 脳からの伝達命令が効果を表さず、微動だにしない体。
 だというのに震えていた肩は、矛盾を体現している。
 全ての原因は、青年の顔を一目覗き見たその瞬間にある。
 そこで視界に集められた光景が、絶大な恐怖≠ェ、脳レベルまで支配したのだ。
 その恐怖は喩えるなら、そう、蛇に睨まれた蛙のようなもの。
 
 
 そうして青年は、何事もなかったかのように繁華街を抜けた。
 尤も、今の彼に何かを考える能力が働いているかどうかは知る由もないのだが…。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 立ち竦み震え上がっている男は、大きく息を吐き出した。
 呼吸を忘れていたように苦しく、溜め込んでいた空気を勢いよく外に出す。
 両手と両膝を地に着き、数度瞬きをして体の力を抜く。
 やっと自分に何が起こったのか理解できたようだ。
 
「は――――――ぁ、、、はぁっ、はぁっ、はっ」
 
 落ちつけ――――なんて言葉を無理矢理にでも頭に押し付ける。
 男の思考は最早それしか機能しない欠陥品のように、ぐるぐると巡回する。
 落ち着かせようという意思はあるが、その逆、躰は未だ震えが止まることはない。
 意識して抑え込もうするその努力虚しく、数え切れないほどの喧嘩を経験したその躰は理解していたのだ。
 
 
 
 ――――俺は今、何を見た? 奴の顔はどんなだった?
 ――――今見たことは忘れろ! ■■だったなんて思い出すな!
 
 
 
 異質な雰囲気を持っている青年が、まるで人ではないような恐怖。
 得体の知れない何かに喰われるような感覚というものに恐怖しているのだ。
 生気が感じられない青年は非常に薄く、弱く、儚く、脆く、暗いというのに。
 だというのに、何故恐怖に駆られるような思いをしたのか……?
 
 
 それは、悲哀の湖に溶け込まれたような暗い瞳。
 それは、悪魔に魅入られ魂魄さえ喰うような瞳。
 
 
 凡そヒトではない矛盾を映す瞳。
 その瞳を視る者は、誰しも感じることになるだろう。
 ―――――――――悲哀と恐怖の二重想を。
 
 
 そうして青年たつやは無意識なまま、ある場所へと向かう――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 幾分の日が経とうとも、頭上の月はいつでも微笑んでいる。
 満ち欠けするくせに、その存在自体は常に一つしかない。
 満月も新月も半月も、全てが異であるのに、全てが同。
 
 ――――――私が月が好きだ。
 
 何処が、と訊かれてもそれは実に返答し難い。
 私自身の答えは勿論用意してるけど、それが万人に共感されることかは不明だ。
 理由に対する答えは、唯一つしか持ち得ていない。
 そう、あれほど魅力的な月でさえも、好きになる理由は唯一つしかない。
 でも、私にとってはその理由が全て。
 私にとっての月の魅力がそれしか執着させなかっただけかもしれないし、
 他を寄せ付けないほど凌駕する大きな理由なだけだったのかもしれない。
 
 
 私が月を好きな理由は唯一つ。
 それは――――――月は、太陽のように強く微笑まてらさない――――から。
 
 
 
 楽しいときはそっと歌ってくれるように。
 悲しいときはそっと抱きしめてくれるように。
 泣きたいときはそっと慰めてくれるように。
 
 
 
 強くないのに、何故かその存在感を忘れることができない月。
 都合良く捉えるなら、聖母のように優しく微笑んでくれる月。
 夜という寒空の中、何処かその輝きは温かい。
 暖かい¢セ陽より、温かい′氏B
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――――――だからこそ、月は優しい。
 
 
 
 ――――――だからこそ、私は月が好きだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ほら、今夜の月もとても優しそ――――――ぇ?
 ふと見上げた空には、何時もとは何か違った月が居た。
 ………なんだろう、何処か悲しそうで、何処か泣き出してしまいそうな、月。
 
 そんな憂い思いを胸に抱いて、私――――――――佐原美咲さはらみさきは帰路を歩いていた。
 
 今日の月はとても不思議だ。
 いつもより翳り、存在が薄く、弱々しく視える。
 何か良くない予兆を肌全体で感じながら、月と前を交互に見、帰宅する。
 
 不安な気持ちのときは、如何してこう違和感を感じるのだろう。
 いつも通る道の筈が、気持ち次第で全然違う道のように感じる。
 まるで、不安な気持ちが創り出した迷路のように、道に違和感を憶える。
 
 歩きながら目印になるような建物を一つ一つ見る。
 そうでもしないと迷子になるような、そんな状態にさえなりつつある。
 
 やがて、住んでいる築五年のアパートの外壁が視界に映り始める。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――――――だが、美咲の思いは杞憂では済まなかった。
 
 
 三階にある自分の部屋に通じる扉には、一人の男が座っていたのだ。
 それも、背中を壁に預けて首を落とし、まるで死んでいるかのようにピクリとも動かないのだ。
 それも、その男の顔は見覚えがあり過ぎるという言葉では足りないほどの、見知った顔だったのだ。
 こういうときは冷静に状況を把握して、的確に対処しなければいけない。
 そんなこと頭では理解しているつもりだった。
 だが、現実にそういう現場に直面すると、我を忘れることのほうが多い。
 
 美咲は男の沈んだ両肩を掴み、前後に揺する。
 意識があることを確認するために。
 何があったのか説明を聞くために。
 しっかりと力強くその名を呼んだ。
 
 
――――――ちょ、、ちょっと、何があったの…!? ねぇ――――――達也ぁ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 初めは薄明るい明かりだった。
 瞼の裏に感じるそれは唐突に俺の意識を呼び戻した。
 
「…………ぅん……」
 
 眠りの闇へと沈みかけてる意識を無理矢理起こして、重い瞼を開ける。
 瞳に映るのは、眩しいほどの白い光。
 腕で視界を覆うにも、何故か腕が重く、その動作が途轍もない疲労感を誘う。
 そのときに気付いた。 俺は布団の中にいるということを。
 …………体がだるい。
 
「……………俺は……眠ってたのか…?」
 
 次第に覚醒してきた頭をフル稼働させて、その事実を知る。
 俺は現状を理解するため、順に記憶を遡ることにした。
 今目を覚ましたということは、寝ていたということで……。
 でも――――何処で意識を失ったかを思い出す前に、一つ重大なことを忘れていた。
 
「…………………ここは、どこだ…? 何か見たことあるような気がするんだけど……」
 
 力が入らない体を、沼に浸かったような重い体を起こす。
 上半身を起こしたときに、掛け布団に一つ落ちるものがあった。
 俺の額から落ちたそれは――――
 
「濡れタオル……?」
 
 ガタンッ バシャァァンッ
 
 誰かの息を呑む声と、物が落ちた音が聞こえた。
 どんな現状に置かれてるか理解する前に、そんな突然吃驚するような音が聞こえれば誰だって驚く。
 かく言う俺も、その誰だって≠ノ該当して驚いた口だ。
 だから物音がした方に振り向いた。
 
――――――た、」
「た?」
「たつやぁぁぁぁっ!!」
 
 目一杯水を張った洗面器を落として、中身の水を床にぶちまけて、彼女は叫んだ。
 それはもう、近所迷惑なほど大きな声で悲鳴のように、俺の名前を呼んだ。
 それから、幅跳び選手も吃驚なほどの跳躍力で、布団まで跳んできた――――って、跳んできたぁ!?
 
―――――――――!!」
 
 体が重い上に、圧倒的な重圧に負けてしまった俺は彼女に抱きつかれてしまった。
 しかも、耳元で何かを喋ってる。
 泣いているのか、怒っているのか、それとも両方なのか。
 とりあえず、わけが解からない俺に怒涛の言葉責めを浴びせてくる。
 ただ、感情が邪魔しているのか、早口過ぎるだけなのか、全く以って要領を得ない。
 
 
 
 ――――――数分後、漸く落ち着いた彼女あねから事の次第を聞き出せた。
 
 
 
「でも、ホント吃驚したんだよ。 帰ってきたら達也が玄関の前で座ってるんだから」
「……………あぁ、悪かったよ――――美咲姉さん」
 
 この部屋の住人にして、俺にとって義理の姉。 それが佐原美咲姉さん。
 俺たちは戸籍上は姉弟だけど、血は繋がってない。
 今は一人立ちした姉さんだけ、こうしてアパートを借りて、ここに住んでいる。
 二人とも児童施設で育てられて、今の佐原家の爺さんに養子として迎えられた。
 共に本当の両親の顔すら知らない俺たちだけど、それを悲しいと思ったことはない。
 そんなものよりもっと大切な人たちを知っているからだ。
 
「でも、道理で体がだるいと思った。 まさか風邪を引いてたなんてな」
 
 美咲姉さんの言うには、俺はこの部屋の入り口で死んでるみたいに座ってたらしい。
 それも三十八度五分の熱という要らないものまで付いていたらしい。
 夕方降った雨で、体が冷えていたのが原因だと美咲姉さんは言う。
 
 ズキッ――――
 
 ふと、痛い記憶が閃光のように頭を過った。
 
「…………でも、何で俺は姉さんの部屋の前にいたんだろな。 つか、どうやってここまで来たんだろ。
 姉さんが引っ越す際に手伝いに来た一回きりだから、道なんて覚えてるわけないのに」
「達也………」
 
 ズキッ――――
 
 冷たく刺さる雨の記憶が、鈍器で殴られたように頭を揺さぶる。
 
「夕方くらいからずっと記憶がないんだよな。 俺がどこにいて何してたのか、全く覚えて――――
――――達也!!
 
 俺の声を遮るほど甲高く響いた、姉さんの声。
 有無を言わさないほどはっきりとした、強く大きな声。
 そんな強い意思を持った声の筈なのに、何故か姉さんは悲しそうにしている。
 
「ど、どうしたんだよ、姉さん…? 急に大声出すなんて姉さんにしては珍し――――って、さっきもあったか」
 
 なんて言って、少しおどけて笑う。
 でも、何故か姉さんは少しも笑うどころか、更に表情を暗くした。
 その目は、唯一つの想いを俺に向けていた。
 ――――――悲哀。
 
「…………………何か、あったんだね。 それも、凄く悲しいことが……」
 
 表情が固まった。
 思考が止まった。
 瞳孔が見開いた。
 俺自身が一瞬戸惑ったのが、解かった。
 その一瞬が肯定を指していることを理解した姉さんは「やっぱり」と呟く。
 
「達也の癖。 悲しいことがあっても、絶対に悟らせないように振舞う癖。
 気付いてないかもしれないけど、そういうときって達也饒舌になるんだよ。 知ってた?」
「……………」
「別に悪いなんて言ってないけど、家族わたしの前では弱くなってもいいんじゃない…?
 弱音を吐かずに無理してる達也を見るのは………辛いよ」
 
 思い出すまいと自ら封印していた数時間前の記憶が掘り起こされる。
 それは、痛い出来事。
 それは、悲しい出来事。
 それは、忘れたい出来事。
 
「俺さ…………」
 
 気が付けば、夢のような嫌な思い出を姉さんに喋っていた。
 僅か数時間前に言われたことを。
 突き付けられた痛く重い言葉を。
 落ちる雨よりも冷たい出来事を。
 自然と口に出したそれは、
 
 
 ――――――俺が付き合ってた彼女に振られた事実を認めるということ。
 
 
 誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
 誰かに気付いて欲しかったのかもしれない。
 今までも、こうして慰めて欲しかったのかもしれない。
 
 気が付けば、俺は涙を流していた。
 
 
――――――そっか」
 
 全てを聞き終えた姉さんは、悲しそうにそう言う。
 ………やっぱ、こんなこと言わないほうが良かった。
 楽しくない話は、聞き手を何かしらブルーにさせる。
 
「…………………その人はさ」
「ん?」
「もしかしたら、理想の達也と付き合ってたのかもね」
「……理想?」
 
 姉さんは少し考えて言う。
 俺の外側しか見てなくて、バスケの大会で一躍有名になった俺しか見てなかったんだと。
 俺の全部を見ずに、彼女の中で良いところだけを映して美化させた俺と付き合ってたと。
 だから、付き合ってる内にいろんな俺を見て、間違いに気付いたんだと。
 ――――そう、姉さんは教えてくれた。 それが真実かどうかは不明だけど。
 
「………俺だって普通の人間だ」
「そうだね。 少し我が侭で、どこか子供っぽくて、普段何を考えてるか読めなくて、
 偶に授業サボったりして、バスケが超一流で、時々冷たくて、でも気を許した人にはとっても優しい。
 私が自信を持って胸を張れる、世界で一番大切な弟だよ♪」
「姉さん………」
「ふふっ、伊達に十年以上達也のお姉ちゃんやってないんだから」
 
 何でもお見通しよ、なんて笑う姉さん。
 今日初めて見るそんな姉さんの笑う表情に酔ったのか、俺も少し唇が緩くなる。
 起こした上半身を壁に預けて、姉さんを見る。
 
「でも――――
 
 解かってない。
 肝心なことが解かってないよ、姉さんは。
 
「ん? どうしたの?」
「………いや、何でもない」
 
 これは言わない約束の筈だ。
 あの日の俺と約束した、誓い。
 ……………もう、終わったんだ。
 
「でも、あんなにお姉ちゃん子だった達也も、もう完全に一人立ちしてるんだね」
「姉さん…?」
「嬉しく思うし、少し悲しくも思う。 はは、何言ってんだろね」
 
 複雑な表情の姉さんは、普段より小さく見えた。
 確かに姉さんが一人暮らしする前は、俺はどちらかというと姉さんにベッタリしていた。
 それこそ本当の姉弟のように。
 でも、就職が決まった姉さんは突然一人暮らしを望んだ。
 爺さんはその申し出に二つ返事で了承して、その三週間後に姉さんは家を出た。
 あれから、もうじき二年が経とうとしている。
 
「そうか、もう二年になるんだ。 何かあっという間だった気がするなぁ」
「それだけ姉さんが充実してたからだろ」
「…………………ううん、そんなことなかったよ」
 
 何故か姉さんは辛そうな表情をする。
 それは、さっきの俺みたいに思い出したくない過去だからなのか。
 姉さんの声は泣いているみたいに聞こえる。
 
「だって………私、一人だったもん。
 一人暮らしして一年くらいずっと思ってたよ。 一人の生活ってすごく寂しいって。
 今までずっと一緒だった達也と離れるだけで、こんなに寂しくなるんだって」
「姉さん………」
「達也、知ってる…? 一人だとね、明かりがあっても暗く思えるんだ」
 
 ……………知らなかった。
 普段はそんな様子を微塵も感じさせない姉さんが、実は寂しがりやだったなんて。
 姉さんの印象は、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群。
 と、他人の注目を浴びる要素が三拍子全て揃っている、天才肌の持ち主だと思ってた。
 そう、思ってたのに………。
 
「………俺は姉さんのこと、何も知らなかったんだな」
 
 心の中で呟くように、誰にも聞こえないほど小さく言葉にする。
 姉さんは俺のことしっかり見ててくれたのに、俺は姉さんのこと……ッ!
 ……この二年間、姉さんが寂しがってたときに、俺は何をしていた……ッ!
 
「勝手に自暴自棄になって……………最悪だ」
 
 …………………ん? まてよ。
 なら、如何して姉さんは一人暮らしを望んだんだ…?
 
「………ぁ、やっぱ気付いちゃった?」
 
 そんな俺の表情を読み取ったのか、姉さんは「……ははは」何て乾いた笑いを浮かべる。
 その仕草が、小さくて、弱くて、儚くて……………愛しく思う。
 腕で抱き寄せ、胸の中で抱きしめてやりたいと、そう思わせる。
 俺の抑えている感情を、必死に揺さぶる。
 泣き濡れた小さな子犬のように、俺の母性を刺激する。
 
「もう時候だと思うから言っちゃうけど、私ね……………」
 
 何故か一拍置いて、躊躇する姉さん。
 科白の割に、その顔は真面目そのもの。
 真剣な内容だと言うことが、目の前の俺にもひしひしと伝わる。
 
 溜めた姉さんの口から出た言葉は、俺を驚愕させるものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

――――――達也のこと好きだったんだよ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺の意識が凍結する。
 
 イマ、ネエサンハ、ナンテ、イッタンダ…?
 スキ…? ダレガ…? ダレヲ…?
 
 混乱してる。
 あぁ、そうだ、俺は混乱してる。
 そんなこと考えてる場合じゃないのに、頭は到って冷静……。
 否、冷静だと思わせて、落ち着かせてるだけで、実際は動揺を隠しきれてない。
 口はポカンと莫迦みたいに開けて、長い間固まってたことに気付いたのはそれから随分経ってからだった。
 
「達也、スゴイ顔してるよ」
「…………………………はっ! い、いや、でも姉さんはそんな様子全然……」
「そうだね、隠してたから」
 
 何で隠す必要がある、何て訊くだけ野暮。
 世間では俺たちは姉と弟なのだから。
 
 ――――――そうじゃないだろ。
 
 頭の中で、警笛が鳴り響く。
 五月蝿く木霊する。
 
「………や、やっぱ今の忘れて!」
 
 でも、俺たちに血は繋がってなくて……。
 姉さんは俺のことを好き……。
 
 ――――――問題はそこじゃないだろ。
 
 今まで抑えていた感情の箍が暴れ出す。
 心臓の鼓動もそれに呼応するように、速くなる。
 
「………ほ、ほら、私達也のお姉ちゃんだし」
 
 姉さんが必死で何かを訴えようとしている。
 ただ、積年の想いを整理していることに夢中の頭は、それを聞こうとしない。
 
 ――――――俺の気持ちはどうなんだ。
 
 もう一人の俺が何かを訴えている。
 俺の、気持ち………?
 
「達也、聞いて――――
「姉さん……」
 
 言い掛けた姉さんを遮って、俺は言葉にする。
 心臓が破裂しそうなほど脈動して、この部屋自体が揺れているよう。
 鼓動の音が姉さんに聞こえるかと思うくらいその音は大きく、俺の決意を揺らす。
 静まれ静まれ静まれ静まれ静まれ静まれ静まれ…………。
 
「………俺さ、漸くわかったんだ」
「何が?」
 
 咽喉がカラカラに渇いてる。
 体中の水分が、手の掌や背中に汗となって噴き出しているよう。
 
「無意識の内に姉さんの部屋に辿り着いた理由が、漸くわかったんだ」
 
 俺は何時も通りの表情をしているか…?
 違和感なく喋れてるか…?
 
「俺さ……ずっと探してたんだ。 心の休める場所を………。
 本当に好きな人を。 世界で一番好きな人を」
「………たつ、や…?」
「心のどっかで誤魔化してた。 俺たちは姉弟だから、この気持ちは嘘だって。
 似てて、勘違いした想いなんだって。 そう、俺自身で誤魔化してた」
「………………う、……そ」
 
 五月蝿かった心臓の音が聞こえない。
 何だ、こんな簡単なことだったのか。
 
「………うん、やっぱ俺、姉さんのこと好きだ」
 
 姉さんは両手で口を押さえて、必死に声を抑えているよう。
 姉さんの瞳からは涙が零れ、信じられないと訴えている。
 
「………………で、でもっ!、、私たち姉弟なんだよ…?」
「先に告白してきたのは姉さんだ」
「だ、だって、もう昔のことで時候だと思ったんだもんっ!」
「………なら、今の俺は好きじゃないと?」
「そ、そんなことないっ!! 私は今でも達也のこと――――ぁ」
 
 恥ずかしそうに赤面して、姉さんは背を向ける。
 自分が言った言葉がどんな意味を持ってるか、解かったのだろう。
 でも、そんな仕草の姉さんすら愛しく思う。
 
「……………いつから?」
「………ぇ?」
「いつから俺のこと好きだった?」
 
 それは如何しても訊いておかなければいけない質問だった。
 姉さんは暫く考えているのか、少し黙る。
 後姿しか見えないけど、何故かそれは理解できた。
 それは数秒だったのか、それとも数分だったのか。
 姉さんが返事するまで、とても長く感じた。
 
「……明確にいつからっていうのはわからないよ」
「…………………」
「でも、達也が中学のときは……もう…………好きだった……よ」
 
 恥ずかしそうに首を下げてそう呟く姉さん。
 途切れ途切れに紡いだ言葉は、俺の鼓動を速くするには充分だった。
 
「姉弟でこういう感情を持つのってやっぱ不謹慎だよね」
 
 そう言って、姉さんはこっちを向く。
 あはは、なんて乾いた笑いを浮かべて。
 俺から遠ざかろうとしている。
 今にも泣きそうな顔をしている。
 
「達也は、お姉ちゃんのこと忘れて。 ね?」
 
 あーもうっ! 全然解かってないっ!
 姉さんはこれっぽっちも解かってないっ!!
 
 好きな人が目の前でそんな表情になったら、
 好きな人が目の前でそんな辛そうにしてたら、
 好きな人が目の前でそんな無理して笑ったら、
 
 ――――我慢できるわけがないっ!
 
「きゃ…っ!」
 
 姉さんの腕を掴んで抱き寄せる。
 俺の胸の中に抱いて、逃がさないように両手で抱きしめる。
 
 姉さんの懐かしく甘美な匂いが愛しい。
 姉さんの服越しに感じる柔肌が愛しい。
 姉さんの左胸から伝わる鼓動が愛しい。
 姉さんの全てが愛しい。
 
「俺もだ」
「………は?」
「気付いたら姉さんのこと好きだった」
「ぁ……」
 
 姉さんの潤んだ瞳を覘き込み、どちらからともなくゆっくりと俺たちは近づく。
 ゆっくりと瞳を閉じ、吐いた吐息が交差する。
 何も視えないはずの俺たちの唇が、ゆっくりと触れ合う。
 まるで、初めからそうなることが運命付けられていたように、重ね合う。
 
 何回想像したであろう、姉さんの唇は到って普通だった。
 柔らかい唇は、それだけで俺を官能の渦へと巻き込む。
 姉さんと初めてするキスは、全身が震えるほど刺激的で最高の味だった。
 
 唇同士の触れ合いから、舌同士を絡ませ、互いを貪り食う。
 上唇と下唇、口内を侵食する行為に何ら違和感を感じなかった。
 
 
 そっと離した唇は、彼女の耳元で囁く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

―――――――――美咲………世界で唯一人、愛してる・・・・

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――――――そういえばさ、何で家を出たんだ?
 
 ――――――あれ以上達也と一緒に居たら、たぶん抑えられなかったからね
 
 ――――――そうだったのか、てっきり俺は嫌われたんだと思ってた
 
 ――――――ゴメンね、達也
 
 ――――――まぁ、今となってはどうでもいいことだな
 
 ――――――そういえば、達也は何で彼女いたの?
 
 ――――――何だよ、怒ってるのか
 
 ――――――別にぃ〜、ただ私のこと好きだったんなら何で彼女作るかなぁ〜って思ってね
 
 ――――――それなんだよな
 
 ――――――は?
 
 ――――――今考えるとアイツ、姉さんに似てるとこあるな
 
 ――――――な、な、な、な!
 
 ――――――アイツには悪いけど、俺アイツを通して姉さんを見てたのかもしれない
 
 ――――――ぅ〜〜〜〜もぅ、それじゃ怒れないじゃない
 
 ――――――姉さん
 
 ――――――ん? なぁに?
 
 ――――――誰よりも幸せになろうぜ
 
 ――――――お生憎様♪ もう、なってるよ♪
 
 
 
 
 
 
 HAPPY END
 
 


 あとがき(無駄に長いので読まなくても特に問題ないです
 
 題名の英文法は適当です(のっけから何てことを
 まず初めに、これは私・琉海の書いた初めての一次創作です。
 完成度も然ることながら、出来栄えは満足いくようなものではないです。
 正直、投稿するのさえ悩みました。 個人的にはそんな出来だと思っています。
 最後の方なんて、締め切り時刻の関係上手抜きっぽくなっているような気がしてならないです(汗
 では、簡単にキャラ紹介でも。
 
名前 佐原達也 佐原美咲
性別・年齢 男・18 女・22
身長・体重 178cm・63kg 157cm・44kg
スリーサイズ 不要 88・56・87
趣味 昼寝、愛猫と遊ぶこと 食べ歩き、クラシック音楽鑑賞
特技 バスケ、剣道 水泳、料理、ピアノ
性格 普段はクールで猫被ってるが、
親しい友人にだけは素を見せる
達也といるときだけ子供っぽくなる
正確には良い姉ぶろうとする
ベースにしたキャラ 特になし ごちゃ混ぜ(マテ
 
 キャラ設定は割と適当に決めました。
 二次創作でもオリキャラは使ったことないので、口調に悩んだ思いがあります。
 おそらく統一性はないと思います。 そこのところはご容赦下さい。
 
「確かにそうかもな」
 
 ぐっ、痛い一言を何の遠慮もなくズバッと言わないで。
 しかも、何故アンタがここにいるんですか――――達也。
 
「でも、実際私の口調微妙に違ったりするんですか?」
 
 アンタもいるんですね――――美咲。
 まぁ、別にいいですけど。
 
 達也はともかく、美咲に関してはその場その場に応じて口調が変わる人と認識して下さい。
 例えば、達也が調子に乗ってるときには躾けるように。
 例えば、達也が悲しんでいるときには優しく包むように。
 例えば、達也が歯の浮くような科白を言ってきたときには赤面しつつ照れるように。
 
「………全部俺絡みじゃん」
「私の口調基準は達也にあるんですか?」
 
 そうでもない。 現に、今美咲は私に対して敬語を使ってますし。
 相手によって口調が変わる、それが美咲。
 達也は基本的に変わらないようにしてるけど、時々変わります。
 美咲に甘えたいときには、少し語尾が弱くなる感じです。
 でも、たぶんその辺は私自身思ってても、上手く表現し切れてません。
 
「なるほど。 じゃあそろそろ本題に映るか」
「これは祀りSSに相応しいものなんですか?」
 
 あー、やっぱりそう来ます…?
 書いた自分でも思うんだけど、これって結構厳しい。
 ほとんどシリアスで、何より問題が、
 
「「前半部分」」
 
 そう。
 初期の構想では、流れは以下の通り。
 〜〜〜フラれた達也を美咲が慰めて、二人はそれぞれが好きだったと告白してハッピーエンド〜〜〜
 細かいところを省いて、大まかに言うとそんな感じでした。
 それが、何故か前半で異様に重くなってしまいました。
 
「それだけ重いくせに、後半ではアイツのことを嫌に早く綺麗さっぱり忘れてるよな」
 
 本当はもう少しその重みを引っ張りたかったんですけど。
 でもそうすると、この祀りSSの主旨と外れるんじゃないかと思って…。
 仕方なくこういう形にしたんだけど、これは明らかに失敗………かな。
 
「後、言いたいことは何かありますか?」
 
 んー、そうですね。
 美咲視点で『私は月が好き』っていうフレーズ。
 
「えぇ、ありましたね。 正直意味不明でしたけど」
 
 うっ、や、やっぱり……。
 あれは、私個人が思ってる月への思いなんだけど、解かり難い……かな。
 
 ……………う〜ん、後は達也の最後の科白。
 
「ん?俺?」
 
 そう。
 最後って言っても、『誰よりも幸せになろうぜ』ではなく、『世界で唯一人、愛してる』のほう。
 初めは、『世界で一番愛してる』だったけど、ふと疑問に思って変更しました。
 一番…? それじゃ二番もあるっていう意味になるんじゃ、ってね。
 だから、格付けの意味の番を使わずに、唯一の言葉を使いました。
 
「ふむ、確かにそう取れるかもしれないな。 ない頭にしては頑張ったんじゃない?」
「達也………それは流石に言い過ぎだと思う」
 
 まぁ、ない頭ってのは否定しないから別にいいんですけど(ぇ
 ここで最後に『誰よりも幸せになろうぜ』の補足しときます。
 実は『世界で唯一人、愛してる』の後の科白群は全部布団の中での会話です。
 時間は朝の十時頃、その時間に目覚めた二人が交わした科白です。
 ちなみに二人とも素っ裸で一緒の布団に入ってます。
 ………さて、これ以上は語りません。
 
「「……………いや、それだけで充分だよ」」
 
 では、本当に長くなったあとがきもこの辺で。
 この二人を使った短編をいつか書いてみたいですね。
 後日談や昔のこととか、18禁とか、出来れば書いて見たいですね。
 では、次がいつになるか解かりませんが、さようなら。
 
 

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