二人の風景

 
 

 
 
 
「いつまであの子に縛られてるの?」
 それは、唐突な言葉だった。
 少なくとも、午後三時のティータイムに言うべき台詞ではない。いや、そもそも言うべき時間があるわけでもないが。俺にとって、それはいつの時でも禁句であり、言われたくない台詞だった。
 たぶん、寂しそうな顔をしながら、俺は目の前に座る少女…いや、今では一人の女を見る。彼女の顔は、辛そうに歪んでいた。俺があの人に縛られているように、彼女とて縛られている。いや、あの人を知る人で、縛られていない人など居ない。その心の片隅を、あるいは心全てを縛られている。
 それは何処か業に似て、何処か神の愛に似ていた。己を知るもの全てを縛して離さぬその腕は、まるで神の慈悲に満ちた手のように無差別で優しい。
「…いつまでも、さ」
 いいながら、ティーカップを置き。ソファーの背もたれに体重を預ける。ソファーは音を立てることなく、ただ俺の重さを柔らかく、しかししっかりと受け止めてくれた。それはまるであの人のように。身を寄せればただ黙って柔らかく、しかし安心を与えてくれる確かさで支えてくれたあの人のように。
「あの人が望んでいるいないは、関係ない。ただ、俺は俺のためだけに縛られ続ける。それが契約だ。それが盟約だ。俺が俺に科した唯一つ罰だ」
「……そう」
「それに、マコ姉だってそうだろう?骸に近い俺を見つめるという、唯一つの罰を自分に科している。俺もマコ姉も、形が違うだけで、その中身は一緒さ。自己満足に耽るただの愚者。罪人ではない罪人」
「そう、かもね。でも…」
 口を何かの形に変えてから、マコ姉はうつむき黙り込んだ。その視線の先にあるのは、ティーカップに注がれた紅茶か、それともそこに映る自分か。はたまた…
「過去の残滓か…」
 自分にすら聞こえないような声量で呟いて、置いたティーカップを持ち上げ、口をつける。
 なぜか、淹れたばかりのはずのその紅茶は、冷たく感じた。


 沢渡瑞美。彼、相沢祐一の二つ上の幼馴染。私、沢渡真琴の双子の妹。そして、彼にとって世界で最も愛しき人。あの子が死んで、4年を経た今でも、それは変わらない。彼は彼女に心を囚われたまま、こうして主を失った部屋に座っている。日課ともなった、主の居ない部屋に虚ろに響く彼の独白を聞くのは、正面で向かい合うように、壁に背を預け座る私だけ。この図は、4年前からわずかたりとも変わらない。彼と私が緩やかに成長していくのを除いて。
 独白の内容は、その日にあったことであり、思い出話であり、そして謝罪だった。楽しげに、微笑みながら話を続ける彼の眼は、その見る人全てに安堵を与える微笑みと似つかわしくないほど、深い哀しみだけを湛えている。4年もの間、それを見つめ続けてきた私だからわかる。その哀しみは決して癒される事が無いのだろうと。
 祐一は、自分の心を隠すのがとても上手な人間だった。隙間なく自分を塗り固め、その奥の小波を表面に全く移すことなく、屈託なく笑う。その笑みの裏にあるものに、最初に気づいたのは、瑞美だった。どうしようもないほど大人しく、人見知りをするあの子。私にとっても最愛の妹。あの子だけが、彼の仮面の裏の素顔を見据えていた。優しく形を変えたその双眸で、もう写真と記憶の中の景色でしか見れない、その微笑で。
 祐一が瑞美に惹かれたのは、当然の事だったのだろう。最も近い人であるはずの、両親すら気づかなかった自分に気づいてくれた人に。
 そして、それは私も同じだった。どこまでも静謐で、優しいあの子に惹かれていたのは。いや、惹かれているのは。既に写真と記憶の中にしか居ないのに、今なお惹かれ続ける。それと、同じくらいに祐一にも。
 同族意識なのかもしれない。だけど、それでも充分だった。私が彼を好きと思うには、充分すぎた。
 だから、今日も彼を見つめ続ける。私にできる唯一の事だと、自分に嘘をつきながら。自分を騙しながら…


 素肌で感じる温もりは、安堵と同時に嫌悪感を伝えてくる。どこまでも弱い自分に対する嫌悪を。そしてそれと同じくらいの、安堵を。今ばかりは仮面を脱ぎ捨てて、虚ろな顔で虚空を眺め続ける。そこに記憶の中の景色を映しながら。
 かすかな震えと、嗚咽交じりの謝罪の声と、そして枯れることの無いその眼から零れる涙が、俺の右隣で丸まるようにして寝ているマコ姉から伝わってくる。
 だけど、俺がそれに対してできる事は、何も無い。同じ罪人なのだから。誰も裁く事のできない、ただ自分で裁き続けるだけの罪人なのだから。抱き寄せる事も、口をキスでふさぐ事も、涙を拭ってやる事もできない。
 明日も、同じ日を繰り返すのだろう。

 いつか、この罪を償えるその日まで…






「…これは何?」
 乾いた声が誰も居ない…俺と彼女しか居ない部屋に響く。
「台本」
「……」
 至極当然とばかりに答えた俺に、彼女はこめかみを押さえてため息をついた。
「そんなにつたない文章だったか?」
「いえ、文章自体はそんなに悪くないわ。ええ、別にそれは問題なし」
 怒りを押し殺したような声音。微妙に震えている。
「ただ、何でこんな退廃的なの?」
「今の世間の情勢をつぶさに検分した結果これが一番妥当であり、なおかつリアリティに溢れるという判断に基づき構成したから」
「だからってこんなん高校の文化祭でできるか!大体なんで私とあんたなの!」
 文化祭3週間前の、とある町のとある日の、放課後の演劇部の部室の沢渡真琴と相沢祐一の、破天荒な恋人――彼女の妹と彼の親友談――の二人だった。












<あとがき>
 はじめまして。海影と申します。
 一応、Kanonを基にしたはずなんですけど…全く関係ないですねw
 名前変えれば完全オリジナルで通用しそう。(ぉ
 ん〜と、とりあえずちょっとした説明なんぞを。

 相沢祐一 :16歳の高校一年生。一つ年上の沢渡真琴(通称マコ姉)と交際中。一撃で誰も彼も落とす様な技能はありません

 沢渡真琴 :18歳の高校三年生で演劇部部長。結構メチャな性格…のはずだけども作中じゃ出番無し。一応あこがれのあの人…のはず(ぉ

 沢渡瑞美 :実際は死んでませんよ?な18歳の茶道部部長な高校三年生。性格は大和撫子を地で行ってる感じで

 こんな感じです。全く意味がなかったですが(苦笑
 短い文章ですが楽しんでいただけたらこれ幸いです。
 それでは、これくらいで〜
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