いつからだっただろう。

 こんなに世の中が味気ないと感じるようになったのは……

 いつからだっただろう。

 子供の頃の不思議を感じる事が出来なくなってしまったのは……

 まだ体が小さかった頃には、いつか夜空の星を手で掴む事ができると思っていた。

  
――気がつけば、そんな事は無理だと知っている。


 まだ幼かった頃には雨は空が悲しんでいるからで、お天気雨はうれし泣きだからと信じていた。

 晴れているのは空の機嫌が良いからだし、曇っているのは不機嫌だからと信じていた。

 雪が降るのは雪の精が空で踊っているからだと信じていた。


――今は、自然現象だと理解している。


 戸棚の上に手が届かない頃には、戸棚の上は未知の領域で物語に溢れていた。

 例えば、戸棚の上にあった缶の箱は小さな小人の住処だと思っていた。

 例えば、コルクで蓋をされたフラスコのような形をした瓶には、何か魔物が封印されていると思っていた。

 例えば、よく分からない文字の書かれた箱の中身は小人の宝物が入っていると信じていた。


――今は、その缶の箱はお菓子の箱だと分かっている。

――コルクで蓋をされたフラスコのような形をしていた瓶はお酒の瓶だと知っている。

――よく分からない文字の書かれた箱は換えの裸電球の箱だった。


 子供の体格では開く事の出来ない扉の向こうには違う世界が広がっていると思っていた。


――今ではそんな事を思わない。


 屋根裏にはネズミの王国があると信じていた。


――もし本当に有ったらそれはそれで困った事になると思っている。


 神棚には本当に神様が住んでいると思っていた。


――今では困った時にしか神様を頼らない。


 人形は夜、自分が眠った後に動き出すと信じていた。


――今では機械の仕込んでいない人形が動くはずは無いと知っている。


 海の水がしょっぱいのは月と太陽が大昔に涙を流してそれが海に落ちたからと信じていた。


――今では水に塩が溶け込んでいるからだと知っている。


 いつか空を自由に飛べると思っていた。


――今では単独で飛ぶ事は無理でも機械や物を頼ればある程度可能な事を知っている。


 月にはウサギが居て、いつもお餅をついていると信じていた。


――今では月にウサギなんて居ない事を知っている。


 いつからだろうか、不思議と物語で一杯になっていた世界がこうも色あせてしまったのは……






夕日とシャボン玉と……

 学校が終わった放課後。 「我ながら、変な事を考えているわね……」  今までの思考は美坂香里が何故か考えていた事である。  苦笑しつつ、彼女は学校の帰りに商店街の方に向かって歩いていた。  その彼女の目の前にひょろひょろっとシャボン玉が飛んできた。 「シャボン玉?珍しいわね……」  シャボン玉は夕日を反射して綺麗に浮かんでいた。  そっと風が吹き、その変化に耐え切れないようにシャボン玉がそっと割れる。 「それにしても何処の誰かしらね。こんな時間にシャボン玉を吹いているのは……」  そんな事を考えながら曲がり角を曲がる。  そこで顔見知りと出会う事になるとも知らないで。 「「あ」」  そんな声が重なった。  片方は、驚きの顔でシャボン玉を作っていた青年を見た。  もう片方は、悪戯が見つかった少年のようにバツの悪そうな顔をして頭をかいている。  シャボン玉を作るストローをくわえている青年の名前を相沢祐一という。  お互いに無言。 「っくす」  沈黙を破ったのは香里の笑い声だった。  よほど祐一の顔が可笑しかったのか、香里は笑い続ける。 「な、なんだよ」  その笑いに祐一は機嫌を悪くする。  顔を歪めて、今にも地面に『の』の字を書きそうだった 「あなたが、そんな物をしているのにギャップがありすぎて……ごめんなさい」 「まぁ、似合わないのは分かっているよ」  口を尖らせながら、文句を言う祐一。ちょっとショックだったようだ。 「それにしても、そのシャボン玉はどうしたの?」 「あぁ、これか?」  よく見れば、祐一は鞄の他に大きめのビニール袋を持っている。  その袋のロゴは解り辛い場所にあるCD屋のものだ。 「欲しいCDを買ったら、ちょうどキャンペーン中だったみたいで」 「キャンペーン?」 「そう。二千円以上買ったらスピードくじを引かせてくれるぞ」 「そのくじとシャボン玉には関係があるの?」 「大有り」    祐一は真面目な顔をして、右手に持つ大きめのビニール袋を上げて香里に見せた。 「くじを引いたら……」 「引いたら?」 「特賞だったんだ」 「すごいじゃない」  特賞という響きに感心する香里。しかし、祐一の顔色は優れない。  何だか、今までに食べた事も無いものであまり美味しくない物を食べさせられたような表情で答える。 「すごくなんて無いぞ……内容はシャボン玉、一か月分……」 「なにそれ?」 「あのCD屋、商売する気があるのか? 店の位置といい、キャンペーンの内容といい」 「普通は千円分とかの引換券よね?」 「それが普通の感覚だと思う。特賞なのにシャボン玉。一体何がしたいんだ!」  両腕を空に突き上げた叫ぶ祐一。  その隣で祐一を無視して香里の興味は袋の中のシャボン玉の液に移っていた。 「本当に一か月分なの?」 「確かめたら本当に30個、有った」  その袋を渡しつつ、祐一はため息をつく。  香里はその袋の重さに驚いた。  いくら小さくても30個も集まればそれなりの重さになるらしい。 「これどうするの?」 「食べるわけにもいかんだろ?」 「それで使って消費していたわけね」 「あぁ、消費しながら、途方にくれていたところだ」 「ね、公園に行きましょ」 「どうしてだ?」 「小さい子が欲しがるわよ。きっと」 「おぉ! それは名案だ! よし! 行こう!」  意気揚々と公園へ行こうとするが、3歩ほど歩いた所で祐一は止まった。 「なぁ、香里は商店街に用があるんじゃないのか?」 「別に急ぎの用じゃないし……せっかくだからご一緒させてもらうわ」 「そっか、ありがとう……っと!そうだ!」  ごそごそと、袋の中からシャボン玉の駅の入っている小瓶とストローを香里に渡す。  香里は戸惑いつつ、それを受け取った。   「何で、私に渡すのかしら?」 「俺一人じゃ馬鹿みたいだろ? 2人なら恥ずかしくない」 「……懐かしいから良いわ」  祐一が一度言い出したら止まらない事を思い出して香里はシャボン玉の瓶を素直に受け取った。 「懐かしい?」 「そうよ。最後に飛ばしたのは多分、幼稚園の頃だもの」 「そうか……その頃は色々と無茶したもんだ」  人懐っこい笑顔を浮かべながら、祐一がそう切り替えした。  香里もその頃のような事を考えていた所なので、シャボン玉を飛ばしながらその話を聞いている。 「例えば、夜中に外に飛び出して空の星を掴むんだーとか言って親を困らせたりしていたらしい」 「あら、えらく行動的なのね」 「否定しない所を見ると似たような事をやっているな?」 「行動は起こしていないわ。いつか掴めると思ってただけ」  ちょっと考え込んでから祐一が話を切り出した。 「海には月と太陽の涙の欠片があるんだから、海に連れて行け〜って駄々をこねたとか」 「それは無いわね」 「冷たい反応だな。だったら、屋根裏にはネズミの王国があるって言い張って屋根裏に秘密基地を作ろうとしたとか」  香里は少し驚きつつ、自分が考えていた事を口にする。 「秘密基地は作らなかったけど、ネズミの王国は有るかもって思っていたわ」 「それじゃあ、神棚に神様が住んでいるから挨拶しようとして神棚を壊したりとか」 「住んでいるとは思ってたけど、神棚を壊したりはしないわよ」 「……優等生しているな」 「学年主席よ」 「その頃は違うだろ〜」  そうこうしている内に公園の入り口まで来ていた。  2人でシャボン玉を飛ばしながら広場の開いているベンチを探す。  そこに腰を下ろして他愛の無い話をしながら幾つものシャボン玉を飛ばす。  作られたシャボン玉は、ゆっくりと飛びながら夕日を映して割れていく。  他愛の無い話の内容といえば、小さな頃に感じた不思議な事、感じた事をお互いに話していた。  二人が話す間に飛ばすシャボン玉はゆっくりと空を飛び、そして割れていく。 「小さな頃感じてた不思議な物語はもう感じる事は出来ないのね」 「そうかもしれないけど……」 「お兄ちゃんにお姉ちゃん!」  話の途中で元気の良い小さな男の子にいきなり声をかけられた。  気がつけば10人くらいの子供達に2人が座っていたベンチが囲まれている。  ここまで囲まれて気がつかないとはっと祐一は頭をかいた。  そんな気恥ずかしさを誤魔化しつつ祐一は少年少女たちに目を向ける。 「何だ、少年に少女達よ」 「そのシャボン玉、良いなぁ……」  先ほど声をかけた小さな男の子の横で小さな女の子が、おっかなびっくりという感じで祐一のストローを指差している。  願ってもない展開に祐一の声が弾む。 「何だ。シャボン玉をやりたいのか?」 「うん!」 「よし! 欲しい子はこのお姉ちゃんの前に並ぶんだ!」  祐一のいきなりの宣言に子供達は一斉に香里の目の前に殺到し、そして並んだ。  香里はその展開について行けずに目を白黒させている。 「え!? ちょっと!」 「良いだろ、協力してくれ」 「もう……」    祐一はシャボン玉の瓶とストローのパッケージを綺麗に剥して香里に渡す。  香里はその瓶とストローを子供達に渡していく。  シャボン玉の液の入った瓶を渡された子供はきゃきゃっと嬌声を上げながらシャボン玉を作っていく。  一番最後に並んでいたのは祐一に話しかけた女の子だった。 「ねぇねぇ、お姉ちゃんとお兄ちゃんは付き合っているの?」 「そう見えるか?」 「うん。お似合いだよ」 「だってさ、香里」 「何で私に振るのかしら?」 「だって嬉しかったし。香里は?」 「……もう」  顔を真っ赤にして俯く香里。それを見た、女の子は不思議そうな顔をする。 「あれ?お姉ちゃんどうしたの?」 「恥ずかしいんだって。」 「それでお兄ちゃん達は付き合ってるの?」  祐一は少し考えてから、口を開いた。 「あぁ、付き合ってる。それよりも行かなくて良いのか? あっちで呼んでるみたいだぞ」 「あ……行かなくちゃ。ありがとう、お兄ちゃんにお姉ちゃん!」  そんな事を言って走っていく女の子。  祐一は手を振ってその女の子を見送る。  見送り終わると、軽く伸びをした。 「さって、帰るか」 「……」 「なぁ。香里、返事してくれるか?」  真っ赤になった香里はまだ固まっていた。  子供たちが作ったシャボン玉が、公園に所狭しと飛んでいる。  シャボン玉の一つ一つに夕日が差し込んで綺麗に反射していた。 「不思議な物語は感じられないかもしれないけど……」  祐一はその光景に目を細めながら香里に話しかける。 「不思議な物語である必要はあるのか?」 「えっ?」 「俺は今日の出来事でも不思議な物語とは違うけど良い出来事だと思うんだけどな。香里はどうなんだ?」  何か不思議なものを見るように祐一が香里を見ている。  香里も祐一を何か不思議なものを見るように見ていた。 「……そうね。今日は不思議な物語じゃ無くても良い出来事が有ったと思うわ」 「だろ?なら、そんなに難しく考える必要ないじゃないか」 「そうね。何が何でも不思議である必要ではないものね」  そう言って立ち上がる香里。  そして祐一の目を覗き込みながら気になった事を切り出す。   「ところで、私と付き合っているって見られて嬉しかったって本当?」 「こんな事で嘘ついてどうするんだ?」  飄々とした祐一の言葉に固まる香里。 「私と付き合ってるって本当なの?」 「……本当だったら嬉しいな」  子供達にシャボン玉を配って軽くなった袋を持って祐一は歩き出した。  少し遅れて香里が駆け出して祐一の腕を掴んで、ちょっと悩んだしぐさを見せてから腕を組む。 「な!?」 「付き合ってるなら、このくらい当然よね?」 「……あぁ」  いきなりの出来事に顔を背けて、頬をかく祐一。 「ほら、そこ、恥ずかしがらない! 私だって恥ずかしいんだから……」  祐一の腕を取りながら香里はボソッと小声で呟いた。 「そうね、その頃とは違う物語を作っていけば良いのよね。私と……の手で」 「うん? 何か言ったか?」 「何でもないわ。あなたは気にしなくて良いことよ」 「そうか?」 「言葉通りよ」  2人は仲良くシャボン玉の漂う公園を後にした。  その後、小さい子の間でシャボン玉お姉ちゃんとシャボン玉お兄ちゃんは付き合っているという噂が流れたのは別のお話。  某妹と某従妹がその事を勘繰った時には既に遅かった事もまた別のお話。    
あとがき 初めて短編を書きました。どうも、ゆーろです。 ほのぼのを目指したつもりですが、どうでしょう。ほのぼのになっていれば良いなぁなんて思います。 あと、内容の所々が意味不明なのは、殆ど思いつきで一気に書いたからです。 ではここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。ゆーろでした。

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