Angel Love 前編

 

 

 

 

 

 

 

喧騒に包まれる教室

子守唄のような古典の授業が終わり、生徒達は活気を取り戻し始める

さて、次の授業は体育なのだが外は生憎の雪

体育館は女子が使用、男子は校庭が使えなく、間もなく学年末テストとあって自習となっている

何れにせよ、男女共に教室移動しなければならない

人数は減っていき、残るのは机に突っ伏している祐一と彼を起こしている香里だけになった

 

「相沢君。移動だから起きなさい」

 

体を揺すって声をかけるも反応がない

再度やっても顔がこちらに向いただけだ

彼のあどけない寝顔を見て、香里の行動は停止

まじまじと見つめてしまう

 

「結構可愛らしいのね、相沢君って」

 

微笑みながら祐一の前髪に触れた

その時、彼女の目が捉えたのは祐一の唇

薄く、淡い桃色が自分を誘っているみたいだ

ゴクリ

生唾を飲む香里

緊張もピークまで高まり、身体が上手く動かない

彼女は何をしようとしているのか?

それは――――

 

「この場には誰も居ない……ということは相沢君と2人きり。私がちょっと間違いを起こしても大丈夫なのよね。

 けど、いざこんな美味しい状況になると勇気が出なくなる。卑怯だとは思ってるけど………。それでいいの?美坂香里。

 栞の時のように目の前の現実から逃げるの?いいえ、もうそんなことはしないわ。私はあの頃の私じゃない。

 相沢君のおかげで大きな一歩を踏み出せるんだから。さあ、準備はいい?言葉や理屈なんていらないの。

 思うがままに動きなさい。それじゃあ、いただきます」

 

祐一との距離がだんだん縮まっていく

10cm、9cm、8cm、7cm、6cm、5cm………というところで彼の双眼がゆっくりと開かれる

 

「きゃあっ!!」

 

突然の事でびっくりしてしまった香里は尻餅をついてしまった

 

「んっ……あれ?香里か。どうしたんだ?」

 

声から、表情から、いや雰囲気全体から祐一に元気がないのが分かった

顔色も血の気が引いたように青褪めていて、体温があるのかどうか疑ってしまう程

 

「あ、え、えっと、そのっ、教室移動だから、起こそうと思って……」

 

もしかしたら自分の行動についてバレたかもしれないと、香里は動揺しまくる

顔を赤めらせて身振り手振りをする彼女は普段から想像出来ないもので、とても可愛い姿だった

 

「悪いな…。自習なのか……日本史でもしよう」

 

日本史の勉強道具を持って席を立つが、足が縺れて膝を折る

 

「ちょっと大丈夫?」

 

ばら撒かれた教科書類を拾っている香里に返事をしようとした

しかし、口から言葉が出ない

腹から激痛が全身に走り、異物が喉へとこみ上げてくる

そして代わりに出てきたのは――――真っ赤な血

 

「ゴボッ…ガハァッ…!」

 

咳と共に吐き出された血が押さえていた指を抜けて床に落ちる

独特である鉄の味が口内に、教室に広がっていった

 

「あ、相沢君っっ!!」

 

予想さえ出来なかった事態

制服を血で染めていく彼が、つい最近までの妹と重なる

故に嫌な予感が、最悪の結末が頭を離れない

そんな事を考えてはダメッ!

自分を奮い立たせて黒い不安を一時的にでも振り払う

苦痛に顔を歪ませる祐一を支えようとするが、再び吐血し、辺りに鮮血が散る

零れた血の量は目に見えて明らかに多い

この状況を打破する方法は助けを呼ぶ事だ、と判断した彼女は既に授業が始まっていた隣の教室に駆け込んで叫んだ

 

「先生っ!すぐに来て下さいっ!」

 

急に言われて戸惑った教師であったが、香里の制服に血が付着していたのに気付く

彼女と共に行くと、自ら吐き出した血溜りに沈む祐一の姿

 

「と、とにかく救急車だ!」

 

教師は走って廊下に消える

香里は祐一を抱き上げて叫び続けた

 

「ねえっ!しっかりして、相沢君!相沢君っっ!!お願いっ!返事をしてっ!」

 

涙は流れ、拭う事もせずに悲痛な叫声を発する

校内に響き渡り、あまりにも五月蝿いので他クラスの教師が見に来ると、すぐに表情を変えて寄ってきた

誰かが読んだのか、隣には気付かないうちにいた保健医

処置を施そうとしても外傷ではなくて内臓器官の損傷である為、迂闊に行動を起こせない

5分程して聞き慣れたサイレンの音が耳に届く

野次馬の垣になっている生徒逹の騒ぎも次第に大きくなっていく

それでも香里の声は痛々しい程に透き通っていた

救急隊員が数名駆けつけ、祐一を担架に乗せて運ぶ

無論彼女も一緒に同伴

救急車は彼らを乗車させるとただちに発車

 

「相沢君…」

 

無事を祈るように彼の手を握っているその時間は香里にとって、とても長くて辛く感じられた

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ白な壁紙に沢山の機械

白いカーテンに白いシーツ

ほのかに漂う薬品特有の匂い

機械的に空気の出し入れがされている音以外、聞こえてくるものはない

ベットを使用している者以外、室内には誰1人としていない

もう察しがつく通り、此処はとある病院の一室

人がいないのはこの部屋が個室である為

静かなのはこの辺りは個室だけという病棟で、救急で運ばれて来た者や重い病気、怪我を患っている者だけに割り当てられ、

今は然程患者がいない為である

そしてこのベットの、部屋の主の名は相沢祐一

学校で吐血し、病院に運び込まれた者だ

血で染まった制服は青の服に着せ替えられていて、体に付着していた血も綺麗に拭き取られていた

失った分の血液は補給したが、彼の肌は普段より一層白い感じで、少し痩けた気もする

口にはレスピレーターが装着され、先程から音がしているのはこれが機能しているからだ

弱々しい姿で眠っている祐一が何の予兆もなしに、ふっと瞼を開く

まだ眠いのか、はたまた窓から射し込む日光が眩しいのか半分は閉じたまま

暫くはその状態でぼーっと天井を見上げていた

時間は流れ、思考能力を取り戻しつつあるところで呼吸器の存在に気付き、外す

自身で呼吸出来るが胸に異物があるみたいでつっかかりを覚え、何処かし難い

祐一は漸く病院にいることを認識

今日、学校に登校した部分から記憶を辿っていく

 

「俺は…香里に起こされて、それで……。病院に……運ばれ…たのか……」

 

途切れ途切れに言葉を紡ぎながら両手に力を込めて、状態を持ち上げる

弱っている為に上手く力が入らなくてプルプル震えていた

一息ついた時、左腕から管が通っているのを視界に映す

袋に何かの液体が入っていて、それが銀の棒に吊り下げられている

――――点滴だ

ベットから降り、裸足だったのでひんやりとした刺激が下から上へ駆け昇る

管が邪魔で引っこ抜く

理由も無く、多分暇だったのだろうがふらつきながら病室を出て行った

ナースコールがあるのだから使えばいいものを………まぁ、目覚めたばかりだかりで仕方が無い………のか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚束ない足取りで歩いていると何時の間にか外に出ていた

と言っても敷地内にある中庭だが

そこまで動いていないのに大きな疲労が圧し掛かる

近くにあったベンチに重く腰掛けた

 

「何かの病気なのか?俺は」

 

空は雲一つない快晴なのに、自分の心は不安でいっぱい

考えれば考える程満ちていく

 

「栞もこんな感じだったのかもしれないな」

 

ふと思い出すはストールを纏う儚き少女

運命の悪戯で姉との仲を引き裂かれた悲しき後輩

優しさ故に今まで擦れ違いが、平行線が続いていた

根本の原因となるのは、病気

長い間彼女はそれに悩まされ、苦しんでいた

祐一自身も切っては切れない関係になってしまったのかもしれない

 

「もっとポジティブに考えないと」

 

強引に気分を入れ替えてもいまいちパッとしなくて、すぐにだるくなってしまう

身体が心に追いついていけないからだ

気が滅入って仕方が無い

 

「腹減ったな。でも何か食欲が湧かない………その前に今何時だ?」

 

空腹感が襲い、そんな事を考察してみる

祐一が倒れたのは1時間目が終わった後の休み時間

大体9:40〜9:50の間だ

朝食はしっかりと言えないが食べて来たのでそこから推測するに正午は過ぎているはず

病院内を歩いている時、昼食を食べている様子は見受けられなかった

つまり2時〜3時と考えるのが妥当な線だろう

 

「まさか自分が病院に世話になるとはな…」

 

ベンチの背に体重を預けて空を仰ぐ

周りに人はいなくて、車の走る音と木々の揺れる音が微かに耳に届いてくるぐらいだ

冬の陽の光を全身に浴びて、暖と冷が混合することで意識が微睡み始めた頃、

パタパタと駆け足が自分に近付いてくるようで、次第に大きなものになる

自分の真横で止まり、誰だろうとそっちを向くと見慣れた姿が………

 

「はぁ…はぁ……ゆっ、祐一さん…」

 

膝に手をついて苦しそうに呼吸をする祐一の叔母、秋子だった

 

 

 

 

 

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