夜、闇は人に何をもたらしてくれるでしょうか。


――それは恐怖? 解らない。

―――家族が無事だったという安心を。それは、私に今日という一日を振り返るきっかけをくれます。


 朝、光は人に何をもたらしてくれるでしょうか。


――それは安心? 判らない。

―――愛しい人の微笑みを。それは、私に今日も頑張ろうという気持ちを与えてくれます。


 一日の終わりは人に何をもたらしてくれるでしょうか。


――それは反省? 分らない。

―――優しき眠りを。それは、私に明日の事を夢見る、描く事を与えてくれます。


 一日の始まりは人に何をもたらしてくれるでしょうか。


――それは期待? ワカラナイ。

―――新たなる出来事を。それは、私に色々な感情や気持ちを与えてくれます。










物置部屋の不思議な箱

   日曜日の午前中。当然学校が休みならば、会社だって休み。  リビングに居るのは水瀬家の家主の水瀬秋子だけだった。  当然、ねぼすけな娘は起きてこない。  居候の青年もテスト前で昨日は夜遅くまで起きていたようだったので起きてくる気配が無い。 「ふわぁ……暇ですね」  ちょっと大きなあくびをしながら、つまらないTVの電源を消す。 「さて、お昼まで時間が有りますし、どうしましょうか……2階の物置部屋の掃除でもしましょう」  最近、掃除のしていなかった2回の物置の事をふと思い出して掃除用具を持ち出す。  水瀬家の居候、相沢祐一の引越しの時に出たダンボールを放り込んでから全く整理整頓をしていない事を思い出したのだ。  掃除用具一式を持って二回の物置部屋の前に立つ。  少し気合を入れて扉を開けた。 「あら?」  扉を開けてみてびっくり。  物置部屋は綺麗に片付いていた。 「どうしたのかしら?」  不思議な思いで一杯の秋子。きょろきょろと部屋の中に視線を動かす。 「掃除の必要がありませんね……」  ふと、ダンボールの上に置かれた箱が目に入る。  箱の下には紙がひいてあり、『触るな危険』と赤文字のマジックで書いてあった。 「触るな危険……何でしょうか? この箱は……」  ちょっとした興味に引かれて箱を手に取る。  その箱は、15cmほどの立方体だった。  持ってみると、意外に重たい。 「こんな風に書かれると気になりますよね」  くるくると箱を回しながら、何が危険なのか検分する。  しかし、箱の外側には危険な所など毛ほども無かった。 「……危険なのは中身でしょうか?」  振ってみる。中身は軽くカラカラっと音がするだけだった。  どう見ても人畜無害な箱。でも何故危険なのか気になる。  箱を詳しく調べていく。箱には一つだけ金属の留め金がある。  ただ、それは蓋と箱の切れ目が入っている所に跨っていないのだ。 「これは……留め金の意味があるのでしょうか?」  軽い気持ちでこそこそと留め金をいじる。ポロリとその留め金が外れる。  カチャン。乾いた音を立てて留め金が地面に落ちた。慌ててその留め金を拾う。  留め金を元の場所につけようとして秋子は何かに気が付いた。  留め金の後ろに『もう泣きそう』と書いてある。 「もう泣きそう?」  頭の中に盛大な?マークが現れた瞬間だった。  頭の中で留め金を擬人化して、『もう泣きそう』台詞と一緒にポーズをつけて再生してみる。  手の生えた留め金は目らしき部分に手を当てながら『もう泣きそう』と言っている風景が思い浮かんだ。 「いぇ……こんな事しているのではなくて! 元に戻さないと」  頭にはり付いた愛嬌のある留め金を追い払いつつ、元に戻そうとする。  元にあったであろう場所に留め金を押し付ける。  カチャン。くっ付かずにまた留め金が落ちた。  また、手の生えた留め金は目らしき部分に手を当てながら『も、もう泣きそう』と言っている風景が思い浮かんだ。  もう一度、元にあったであろう場所に留め金を押し付ける。  カチャン。秋子の努力もむなしくまた留め金が落ちた。  今度は、手の生えた留め金は鼻を盛大に啜りながら『ほ、ほんとうに泣きそう』と言っている風景が思い浮かんだ。 「泣きそうなのはこっちです……」    頭にこびり付いた愛嬌のある留め金を追い払う為に2、3回頭を振る。  そして、元に戻そうとする。  3度目の正直という言葉があるようにそれにかける秋子。  しかし、現実は過酷だった。  カチャン。 「これは祐一さんに後で謝りましょう。私には無理です」  手の生えた留め金は目から涙を流しつつ『も、もう諦めるの?』と言っている風景が思い浮かぶ。  半ば、意識的にその風景を無視しつつ、留め金を元にあった場所におく。  箱の持ち主と言っても、この家に住むのは居候の祐一か、娘の名雪しかどちらしか居ない。  こんな変った事をするのは祐一にしか居ないからだ。   「謝ると決まったら、この箱を開けてみましょうか」  行動がどんどん大胆になっていく秋子だった。  カパリと蓋を開ける。箱の中にはまた箱が入っていた。  そして、蓋の裏には『あぁ駄目、まだ間に合う! 引き返して!』と書いてあった。  蓋を擬人化しようとして慌てて頭を振る。  今回は擬人化されなかったが、なぜか刑事ドラマの似たようなシーンの音声が流れた。 「ゆ、祐一さんやりますね……」  箱の蓋を丁寧に落ちた留め金の横に置く。そして箱の中から一回り小さい箱を取り出した。  先ほどと同じように、くるくると箱を回し観察してから箱を振って音を確かめる。  先ほどとあまり変らない結果だった。ただ、留め金が無い事だけが違う点だ。    ちょっとワクワクしながら、箱の蓋に手をかける秋子。  カパリとまた蓋を開ける。しかし、箱の中にはまた箱が入っていた。 「む……」  何だか納得のいかないものを見るようにその箱を見る。  蓋の裏には『鏡を見て考え直して! 苦しい事があっても相談すれば楽になれる!』と書いてある。  何だか、駅のアナウンスのような声でその声が再生されて秋子は焦った。  半ば、意固地となって箱を取り出す。何の変哲も無い箱だった。 「ここまで来て退く事なんて出来ません」  また蓋に手をかけて、呼吸を整える。  今度こそ!という意気込みで蓋を開ける。  今度もまた、中には箱が入っていた。  蓋の裏には止まれの道路標識の絵が描いてあり『この意味解るよね?だから、ここで止まってまだ間に合うから』と書いてあった。  どうせまた、中に箱が入っているのでしょう?という感じで蓋に手をかける秋子。 にゅ〜!  軽快かつ不思議な音が箱からする。  通称びっくり箱という感じで箱の中から飛び出たのは蛇だった。  それが秋子の腕の上にボトリと落ちた。  心なしか、動いているような気がする。口から舌がチロチロと出ているような気もする。  状況を把握するのに頭が追いつかない。 がちゃ。 「秋子さん?」 「きゃぁぁぁぁぁ!!」  物置部屋に祐一が入ってきたと同時に、状況を把握できた。  腕を動かして、蛇を払い飛ばす。  そして、部屋から飛び出ようとする。   どすん。  当然部屋から飛び出ようとすれば、扉を開けた所にいる祐一とぶつかる事になる。  秋子が祐一を押し倒したような形で倒れた。 「あ、秋子さん?」  困惑する祐一。秋子は、祐一の胸の中で泣きじゃくっていた。  どうしたんですか? とも言えずに秋子の頭を撫でながら、泣き止むのを待つ祐一。  秋子の泣いている姿を見てどうして良いか解らずにただただ頭を撫で、優しく包み込むように片腕で抱きしめる。  少ししてまだ泣き止まないものの、ポツリポツリと口を開いた。 「蛇が……蛇が……」 「蛇が?」 「私の腕に……」 「……蛇?もしかして……封印してあった『あれ』ですか?」 「『あ、れ』?」  舌がちょっと足りてないような感じ、ちょっと幼いような声で鸚鵡返しのように祐一の言葉を反芻する秋子。  そして、ちょっと涙目で祐一の指差した箱を見る。  その目にまた、涙がたまりだした。  祐一の顔が、あちゃっという感じで歪む。 「もしかして箱の中に箱があって……」 「気になって開けていったんです……ぐず」 「中から、蛇が飛び出してきたと?」 「! 蛇は! 何処に行きましたか!?」  今まで忘れたかのように祐一を強く抱きしめ辺りを見回す。  祐一の声はちょっとバツが悪いような響きを持っていた。 「その蛇、多分作り物ですよ?」 「え?」 「箱の中から出てきましたよね?」 「……はい」 「危険だから開けるなって書いてありましたよね?」 「でも、あんな書き方されたら気になりますよ?」  まだ涙目で祐一を強く抱きしめたまま、見上げるような秋子。  もちろん、祐一は秋子の下のままだ。  もしこの光景が名雪に見られたらあらぬ事を勘ぐられたであろう。  でも、まだ起きてくる気配は無かった。 「親父が、海外の土産で面白い物があるって変な物を送りつけてくれたんですよ」  頬をかきながら、ばつの悪そうに話し始める祐一。 「本物そっくりの蛇の人形を使ったびっくり箱なんですけどね」  いやーあの時は困ったといった表情で祐一は続ける。  秋子は、ただただその事を聞いていた。 「あまりに本物そっくりだったんで、警告文を書いて、箱詰めして隠しておいたんですけど……」 「ゅ、祐一さん!」  大音量。  この声を聞いて起きない名雪はすごいよっとのちの祐一は語っている。 「な、何で、そんな事するんですか!?」 「秋子さんは、見て開けないと思ったのからで……」  相変わらず、祐一を倒したままそして祐一に抱きついたまま、秋子の詰問は続く。  祐一はこの体勢のせいもあって、しどろもどろだった。 「あ、あの……」 「なんですか!?」  私、誤魔化されませんと怒った顔を見せる秋子。 「いつまで、この体勢なのでしょうか?」 「ぇ?」  視線を祐一の顔から、自分の体へ。そして、体から腕へ。  体は祐一に密着し、肩腕は祐一の腰に回されている。  まるで外から見たら押し倒しているようではないかという結論に至って、秋子は慌てて起き上がった。 「え、えっと」  慌てる秋子さんも可愛いなぁ、なんて事を思いながら祐一は立ち上がる。 「私を泣かせたんですから、責任とってくださいね!」 「良いですよ。望む所です」 「え?良いのですか?」  呆気に取られる秋子。箱について何も言わなかった祐一も確かに悪いが、箱を開けてしまった秋子も悪い。  こんな反応が返ってくるとは思ってみなかった。 「俺が責任を取ると何か不都合な事があるのですか?」 「いえ、有りません」 「なら、俺はちゃんと責任を取りますよ。どんな事でも」 「了承」  嬉しそうにその言葉を『了承』する秋子。  そんなある日曜日の午前中だった。    ちなみに存在を忘れ去られた蛇の人形(ほぼ本物と同じ)は物置部屋の片隅にいる。  それは、秋子が今回と同じようにその蛇の人形が本物だと思い、祐一に抱きつくまで放置された。  祐一さんは私に何をもたらしてくれるでしょうか。 ――それは祐一さんにはわかりません。 ―――私を心温かにしてくれる出来事、気持ち、言葉をもたらしてくれます。   
あとがき 香里さんに続いて秋子さんのお祭りSSを書きました。ゆーろです。こちらもほのぼのを目指しましたが…… ほのぼのっぽくで終ってしまいました。むぅ……ほのぼのって難しいです。 しかも短編はもっと難しいですね。何だか、色んな事に気がつかされた気がしました。
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