「おはよーございまーす」

「おはようございます、祐一さん。―――あら? 今日は随分と大荷物ですね」



 今日も今日とて、基本的に何の変哲もない朝のひととき。

 ただ違うのは、いつも鞄ひとつで登校する祐一が珍しく大荷物を担いで居間に下りてきたことだろうか。

 いつもと同じように祐一を出迎えた秋子は、やや意外な顔をしながら、やはりいつも通り微笑んでいた。



「えぇ、ちょっと仲間でバンド組むことになりまして。それで」

「そうなんですか。見る限り、ギターかベースですか?」

「はい、ベースです。本来ギターやってるんですけど、穴埋めでベースやることになって」

「いいですね、バンド。こう見えても私も昔やってたんですよ」

「秋子さんが? なんかイメージ湧かないなぁ。やっぱりボーカルとかキーボードですか?」

「いえ、ドラムです」

「…………」



 一番予想していなかった、いや、ある意味予想していた事実に祐一唖然。

 メタルが好みなせいか、どうしてもツーバスを踏みっぱなしで炸裂ビートを叩き刻む秋子を想像してしまう。

 予測BPM210。死神。



「祐一さん、コーヒーはどうします?」

「あ、お任せします」



 返事をしつつも、祐一はあの微笑の過去には何があったのか内心若干気になっていた。

 しかしそこは相沢祐一、そんなことは数秒後に微塵も覚えていなかったりする。



「おまたせしました」

「ありがとうございます。―――それにしても秋子さん、今日も綺麗ですね」

「あらあら、ありがとうございます、祐一さん」

「結婚してください」

「こんなおばさんでいいのなら……喜んで」

「本当ですか!? 幸せにします!!」

「―――おかーさん、ゆういち、おはよーございます」

「名雪、おはよう。突然だけど、新しいお父さんを紹介するわ」

「このたび水瀬家に婿入りした、ユウイチ・ミナセだ。娘よ、パパと呼んでくれ」

「なぁ―――――――――――――――ッ!?」



 一部では有名だが、水瀬名雪の寝起きは結構悪い。

 祐一と秋子によるこのアホなコントは、名雪をしっかり覚醒させるためにやっているのだった。

 ……が、実際はただ単に二人が遊びたいだけだったりする。










□■□■□■











 登校中、ベースやエフェクターのせいで普段より無駄に重い思いしつつも、祐一はなんとか教室に辿り着いた。

「おーっす」

「おはよう、相沢君。……あら? 名雪は?」

「ああ、なんか職員室に用事だとかなんとか」

「そう」



 そう、香里は周囲に割とモロバレな感じで微笑んだ。

 教室に祐一が入ってきた途端に雰囲気が急変したため、分かり易すぎの恋する乙女17歳。



「うす、相沢。ちゃんと持ってきたな」

「当たり前だ。てかだるい。だるすぎる。思わずこれで北川を撲殺したくなるほどだるい」

「それだるさの他にいろいろ怨念雑じってね!? つかベースとか普通に凶器だからやめれ」

「そうだな、先輩からの借り物だからやめるわ。代わりにこの椅子で―――」

「や、やめろ! 金か!? 金が目当てか!?」

「ふん、金などで解決できたらどんなに平和な世界になっていただろうな」

「ま、まさか―――!? やめてくれ! なんでもする! だから家族だけは助けてくれ!!」

「この絶望感、貴様にも味あわせてやる―――恨みはらさでおくべきか!!」

「SATSUGAIッ!?」

「―――――あんたたち、そうナチュラルにコント始めるのやめてよね」



 先程の雰囲気と一変、香里はややウンザリしながら半目で二人を遠巻きに見つめていた。

 ―――――そして放課後。



「よし、いよいよ初練習だな、相沢!」

「お前ノリノリだな」

「いやぁ、ここんとこドラム叩いてなかったから、ウズウズしてるわけよ」

「まあ、ドラムは家では練習しにくいからな」



 ドラムはセットを置くための広いスペースが必要なため、よほどの家でないと練習は難しい。

 また打楽器であるが故にボリュームの調整が難しい。

 更にバスドラムに至っては低音でアタックが強いため、いくら小さくても響いてしまう。

 スペース+騒音対策ができてないとドラムの練習は難しいため、スタジオなどで練習する他ない。

 まあ、雑誌などを重ねるなどしてドラムに見立てて練習する方法もあるにはあるのだが、如何せん迫力に欠ける。

 以上の事があるため、北川は思いっきりドラムを叩ける環境で気がすむまでドラマーを満喫したいのである。



「それにしても、スタジオ借りなくてもよかったの?」

「問題ない。確かに機材は学校よりスタジオの方が数段良いけど、タダに越したことないだろ」

「それもそうね。結局、演奏するのは学校の機材なんだしね」

「……あれ? 北川は?」

「先に行ったみたいね」



 祐一と香里が話してるうちに北川さっさと離脱。

 どうやらドラムが待ちきれなかったのだろう。



「あたしたちも行きましょうか」

「そうだな。―――ああ、先に行っててくれ。俺は天野迎えに行ってくる」

「わかったわ。ベース持っていってあげるから、早く来なさいよ」

「へいへい」



 香里と別れた祐一は、二年の教室に向かう。

 その途中、よく見知った顔に遭遇。



「あ、祐一さん」

「よう栞。急いでるからまた今度な」

「…………え!? 即行サヨナラですか!?」



 栞と別れて暫くすると、美汐のクラスに到着する。

 祐一はドアの取っ手を掴むと、思いっきり開け放った。



「美っ汐ーっ!! 彼氏が迎えに来ぐふっ!!」



 発する文も侭ならぬうちに崩れ落ちる祐一。

 その腹部にはハードケースに収められたギターが突き刺さっていた。



「おまっ、突きは反則だろ突きは」

「ヒトの教室に突然乱入した上に妙なこと叫ばないでください!!」

「俺は天野のためを思ってだな」

「私のことを案ずるなら黙っててください。ほら、さっさと練習に行きますよ」



 ズルズルと美汐に引き摺られ教室を退散する祐一。

 残っていた生徒には何が起きたのかさっぱり理解不能な出来事であった。



「お、遅かったな相沢」

「ああ、ちょっと災厄に見舞われてな」

「……は?」

「気にしないでいい」



 軽音部の部室に着いた二人を、北川はドラムセットに囲まれて若干興奮気味に迎えた。

 美汐がさっさと準備を始めるのを横目に、祐一も香里からベースを受けとり準備を始める。

 と、そのとき祐一の携帯が着信音を叫びだした。

 ディスプレイには『里村先輩』の文字。



「もしもし先輩?」

『もしもし、祐一ですか』

「はい、どうしました?」

『今から帰ろうと思います』

「え、今からですか?」

『はい、昨日はそのまま帰る予定が詩子に無理矢理一泊させられたので』

「詩子先輩らしいですね。それで、例の件はどうなるんです?」

『浩平に話さないとどうにもなりませんが、とりあえず詩子に任せてみます』

「それじゃあ詳細が決まったら連絡してください。当然協力しますんで」

『ありがとう、祐一。それじゃあ』

「はい、見送り行けなくてすまんです」

『気にしなくていいですよ、また会うんですから』

「そうですね、それじゃまた」



 電話を切ると、3つの視線が祐一に向かっていた。

 そして、妙な沈黙。



「いや、ベース貸してくれた先輩。今から帰るって」

「そうか。じゃ、テキトーに音出してくか」

「そうだな」



 そう言って祐一が弦を弾くと、アンプからは太っとい芯のブーストサウンドが叫びだす。

 そして、唐突にテンションが一気に溢れ出すようなスラッシュビートを刻みだす。

 北川はその一瞬で何かを把握したのか、合わせてドラミングを炸裂させる。

 ―――完璧な同調。

 それがこの二人の仲にはあった。



「ィヤアァァァァァァァァアアアァァアアァァァァ―――――――――ッッッ!!!!!!!!」



 そして祐一の咽から口からマイクから放たれる絶叫。

 その瞬間、確実に相沢祐一の身にトム・アラヤが宿った。

 ―――Angel of Death。

 それこそがこの曲名であり、スラッシュメタルの帝王Slayerの代表曲でもある。



「ちょっと! ストップストップ!!」

「……なんだよ香里。人がせっかく気持ちよくシャウトしてたのに」

「別に勝手に演るのはいいけど、あんたたち止めなきゃフルでやりそうだったから」

「あ、バレた? てかギターソロとかどうしようかと思ってた」

「それ以前に、何よその歪みまくったベースは」

「いや、美汐ちゃん乗ってくれなそうだったから、自分メインでやるために」



 そう美汐を一瞥すると案の定、美汐は呆れ半分で祐一を見ていた。



「とりあえず、『Long Live Rock'n'Roll』を通してみましょうか」

「だな。各々の癖とかわかるかもしれんしな」



 ―――北川の力強いドラミングから曲は始まる。

 続くは美汐の心地よく歪んだギターによる軽快なリフ。

 その裏で祐一は安定感のあるベースを、香里はアクセントとなる音を奏でる。

 そして、高音でいて伸びのある歌声を祐一が紡ぎ出す。

 伝統的でありながら、決して古臭くない。―――これぞRock'n'Roll。

 自然と体がビートを刻みだす、そんな魔力がこの曲には込められていた。



 ―――Long live rock and roll

 ―――Long live rock'n'roll

 ―――Long live rock and rock



 最初だからか、やや精細を欠きながらも、祐一は永遠のロックンロールというテーマを打ち出していく。

 それに呼応するように、完璧とは言えないまでも3人もついていく。

 そして、見せ場とも言えるソロタイム。

 まずは美汐と香里のハーモニーから始まり、次いで美汐のギターソロ。

 クラシカルで流れるようなソロは、思わず息の呑むほどの美しさである。

 常日頃リッチー・ブラックモアの音楽に触れているせいか、ミスもさほどなく優美なプレイ。

 ―――次第に曲はフィナーレへと向かう。

 祐一によるサビのリピート。合間合間に変化をつけながら、自らを、そしてメンバーを乗せていく。

 これがライヴならば、最高に盛り上がるであろう場面。

 美汐、香里、北川の3人もプレイに集中しつつも、コーラスで盛り上げる。

 本来CDで聴ける音源ではフェードアウトで曲が終わるため、メンバーは目で終わり時を合図しあう。

 そして、心が一致すると、北川のイントロよりも派手で強烈なドラミングで曲は幕を閉じた。



「―――まあ、最初にしてはいいんじゃないか?」



 気持ちよく歌い終えて、柄にもなく興奮気味の祐一は笑顔でそう評価した。



「相沢は若干高音キツそうだったけどな」

「うるせー。咽がまだ慣れてないんだよ」



 お互いの悪いところや気になったところを指摘しあう。

 これはバンドならではの良いところだ。

 自分一人では気付かないところ、客観視できる人物がいれば、それだけで技術の向上に繋がるからだ。



「ところでリーダー」

「……あたしがリーダーなのは決定なのね」

「新しい曲の案を持ってきたのだが」

「まだ2曲しか決まってないものね、大歓迎よ」

「なんだ、新曲か? 相沢」

「もしかしたら、俺たちのこの構成に最も合ったバンドの曲かもしれん」

「誰の何て曲なんですか、相沢さん」

「―――Nightwish、『Wish I had an Angel』」

「Nightwishって確か……」

「ボーカルはもちろん女性―――天野に歌ってもらう」

「え……私、ですか―――?」






written by 柊 神

 ファズのエフェクターが欲しいです。

 ちなみに今回出てきた楽曲はこんな感じでようつべ。
 Rainbow - Long Live Rock'n'Roll
 Slayer - Angel of Death
 Nightwish - Wish I had an Angel


 

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