放課後。 祐一は他のメンバーに適当に理由をつけて帰路についていた。 ……いや、正確に言うと「帰路」ではないかもしれない。 何故なら、彼の足は水瀬家とは方向の違う、駅前へと向かっていたから。 「ったく、何で直前になって言うかなぁ……」 口では愚痴を零しながらも、祐一の足は確実に、そして徐々に速く駅前へと向かっていた。 表情も言葉とは裏腹に、学校でメールを見た時のように自然と笑みが浮かんでいた。 祐一の視界に徐々にロータリーが見えてくる。 時間帯からか、人の姿は疎ら。 辺りを見回すと、近くのベンチに座っている二人組が目に映った。 特に目立つ格好はしていないが、それでもどこか目を惹かれる二人。 祐一はその姿を見つけると、軽く息をついて、ゆっくりと向かっていった。 「―――――お久しぶりです、里村先輩」 「はい―――久しぶりですね、祐一」 二人組の片方―――栗色の髪の女性はそう言って微笑んだ。 里村茜。祐一がこの街に引っ越して来る前、もっとも世話になった人である。 「やっほー、祐一君。遊びにきたよー」 「―――早速ですが、祐一。頼まれてたベースです」 「あ、どうもありがとうございます」 茜はベンチの背に立て掛けてあったベースを祐一に手渡す。 ―――そう、この里村茜こそ、かの剛腕ベーシストである。 ……鬼のようなテクニックを持った。 「おーい、祐一くーん? 君の大好きな詩子お姉さんだよー?」 「それにしても、わざわざ先輩自身で届けてくれなくても、郵送してくれればよかったんですけど」 「いえ、それには色々と事情が。……まあ、久しぶりに祐一に会うのも悪くないと思いまして」 「あー……そうっすね、最近は全然連絡とってませんでしたし」 苦笑しながら、祐一はケースを開ける。 すると、そこには丁寧に手入れされてるであろう、綺麗な木目のボディが姿を現した。 「うわー……いい音鳴らしそうですね―――――って、これ先輩の愛機じゃないですか!」 「そうですよ?」 「いや、『そうですよ?』って……どうしてまたこれを?」 「新しく買うよりも、ちょっとは使い慣れてる私のベースを貸した方が経済的にも利口だと思ったので」 「まあ確かに……。何度か触らしてもらったこともあるし、タダに越したことはありませんから助かりますけど……」 「気に入らなかったのなら、一応祐一が好きそうなリッケンバッカーも持ってきましたけど」 そう言って茜は再びベンチの背からベースを取り出す。 ケースを開けると、そこには如何にも爆音を出しそうな、ゴツいルックスのベースが剛胆とその腰を下ろしていた。 「何から何までありがとうございます」 「可愛い後輩のためならこれぐらい何でもありません」 「それにしてもわざわざ先輩が持ってきてくれるなんて、メール見た時はびっくりしましたよ」 「……ごめんなさい。内容が『そろそろ駅に着く』でしたからね。祐一を驚かせるつもりはなかったんですけど」 「いや、そのお陰で久々に先輩と会えたんで、どうってことないですよ。―――――まあ、この人は持ってこなくてもよかったんですけど」 「…………すいません。ベースのこと話したら、どうしてもついてくるって言って聞かなくて……」 二人の視線の先には、先程から会話に入れずに『私、怒ってます』オーラを体全体から滲み出している女性の姿が。 彼女―――柚木詩子の今の状態は、会話に入れないどころか、あまつさえ二人に無視され続けたためか、プンプンという形容詞がこれでもかというぐらい似合っていた。……合い過ぎて怖いぐらいに。 「二人とも酷いよ。茜なんてあたしのこと忘れて夢中で祐一君と話してたし」 「……すいません、詩子」 「祐一君も祐一君よ。この詩子さんを無視するなんて。大体、挨拶もロクにしてくれな―――「お久しぶりです、詩子先輩」―――う、うん。久しぶり……」 「……どうかしました?」 「い、いや、何でもないよ。それにしても、祐一君、おっきくなった?」 「そうですね、どこかひと回り成長したような感じがします」 「……そうかな。自分ではよくわかんないんですけど」 ちなみに、祐一はこの街に昨年末に引っ越してきた。 ……いや、それだけ。他に何もないよ? 「それで、詩子先輩はどうしてついてきたんですか?」 「んー、茜一人で行かせるのが心配だった、ってのもあるし、何より―――祐一君に会いたかったから……かな?」 詩子は満面の笑顔で祐一の顔を覗き込む。 自分の顔を少なくとも標準以上だと認知している彼女は、よくこうやって祐一をからかおうとすることがあった。 しかし、祐一は迫ってきた詩子をぞんざいに押し退け、軽く躱す。 「―――はいはい。それで? 本当の目的は何ですか?」 「あーん、茜ー。祐一君の扱いが酷いー」 「わ、私に言われても……」 「そうだよ、祐一君。茜もこう言ってることだし、先輩はちゃんと敬って丁寧に扱わないと」 んなこと茜は一言も発していない。 この光景はいつものことなのか、茜は顔を手で覆って溜め息を吐いていた。 「もちろんちゃんと尊敬してますよ。…………里村先輩は」 「……むっ、何やら最後に不穏で不恩な単語が」 「別に不穏じゃないし、あと大して巧くないですから」 「…………ちっ、クソが」 「…………」 何より今のが不穏だろう、と祐一と茜は心の中で同時に頷いた。 「それよりも祐一君、ずっとここで立ち話もなんだから喫茶店にでも行かない?」 「そうですね、それは賛成ですけど、その台詞は主に俺が言う台詞だと思います」 「いいじゃんいいじゃん。気にしないー」 「……まあ、俺が最初っから気付けばよかった話ですからね」 「そうそう、この甲斐性なし♪」 「満面の笑顔で毒矢を放つな。―――……ったく。それじゃ、俺たちも行きましょうか、里村先輩」 「はい、行きましょう」 どこに何があるのか知らないのに先行く詩子に祐一は呆れの色を隠せない。 そして、さりげなくベースを二つとも背負うと、茜を振り返りながら笑った。 茜もそれに微笑むと、二人はフラフラと進む詩子についていった。 「ところで二人とも、大荷物ですけど暫く滞在するつもりなんですか?」 「はい、詩子が無理矢理……」 「…………詩子先輩、あんたホント何しにこの街来たんですか……」 「うーん……観光?」 「…………大学サボって? ………………ここへ?」 「うん。茜がどうしても『大学なんてつまんない、サボりたーい、わーん』って泣いて言うから」 「泣いてませんし、そんなこと言ってません」 「……詩子先輩らしいですね」 「いやだから、茜だって」 「まあ、とりあえず言っておきますけど、ここ観光地じゃないから、何もないですよ」 「…………マジ?」 「大マジ」 「またまたぁ。ひとつぐらい何か観光施設ぐらいあるんでしょ?」 「んー……あったかなぁ? そんな話は聞いたことないですけど」 「…………」 「へー、祐一君バンドやるんだ」 「……あんた本当に何も聞いてなかったんですか」 美味しそうにケーキを頬張る詩子の発言に、祐一は苦笑しながらコーヒーを啜る。 その隣では、高く重ねられたが故に非常に食べにくいケーキに、茜が悪戦苦闘していた。 「そういう先輩たちはどうなんですか。確かインディーレーベルと契約するとか言ってませんでした?」 「あぁ…あれね……」 いつも元気に突っ走ってる詩子には珍しく、苦笑いを浮かべる。 「あの件はご破算になりました」 「ご破算、ってまた古い言い回しするね、茜……」 「どういうことです?」 「いやあ…それがねー…………解散しちゃったのよ、バンド」 あはは……と力なく笑ってみせる詩子。 対照的に茜は再びケーキ相手に勝負を挑んでいた。 「解散って……。メンバー間の仲ですか?」 「うーん、そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるね」 「どっちなんですか……」 「茜に訊いて。解散はリーダーの決断だったから」 詩子がそう言ったとき、茜は最後の一欠けらを口に運んでいるところだった。 そして口に含んだケーキをよく咀嚼して味わったあと、茜は口を開いた。 「まず事の発端は、祐一の脱退です」 「俺っ!?」 「そうだねー、祐一君が悪い」 まさに、青天の霹靂。 元々、この街に来るまで祐一は茜たちのバンドに参加していた。 しかし、今までの話は全て祐一がこの街に来てから―――つまり、祐一脱退後の話だった。 故に在籍もしていない自分によもや解散の原因があると思うはずもなく、祐一はただ混乱していた。 「そんな気を落とさないでよー」 「あくまでとことん原因を突き詰めていった場合の話ですから……」 「とことん突き詰めないで下さい……」 目に見えて落ち込んでいる祐一を流石に気の毒に思ったのか、フォローする二人。 「……で、何で俺が辞めたことが原因なんですか」 「流石にギターがいなくなるって、重要な問題じゃない?」 「まだ折原先輩がいるじゃないですか」 「私たちの曲は全てツインギターでの構成なので、ギターが単品だと極端に音が薄くなるんです」 「でも、俺の代わりぐらい……」 「身近に祐一君レベルって、そうそういるもんじゃないよ?」 「それに、暫くして浩平もバンドを辞めてしまいましたから」 「…………えっ?」 「『オレ様の相方は祐一しか有り得ねぇ! だから辞める!』と言って去っていきました」 「まあ、それは建前で、本当は彼女が出来て腑抜けになってるからなんだけどね」 「あと、『ピン芸人はすぐ消えちまうからな。世知辛い世の中だ』とわけのわからない言葉も残していきました」 バンドのいろんな意味での中心人物、折原浩平。 祐一とコンビを組んでいたが、祐一の脱退により、上記の理由で脱退。 ちなみに、彼を腑抜けにさせた恋人は幼馴染の彼女。 「優秀なギタリストが二人も抜けたら、探すのだって相当なもんだよ」 「何回かメンバーチェンジしましたが、祐一と浩平なしでは私たちの曲はダメです」 「祐一君が戻って来てくれたら、折原君も復帰すると思うなぁ…………多分」 「多分って……」 「瑞佳さんにベタ惚れだからね。……今までずっと放って置いたくせに」 詩子の零した愚痴に、祐一も苦笑する。 折原浩平という人物の周りにいた人は、その意味を十二分に理解できたから。 「で、祐一君」 「何ですか?」 「バンドに復帰するつもり、ない?」 「…………詩子先輩。あなた何で俺が辞めたかわかってますか?」 「こっちに引っ越すから?」 「わかってんなら訊かないで下さいよ!」 今ここにいることが脱退理由なのに、その状況でバンドに復帰できるわけはない。 そこに、不服を表す詩子の隣からポツリと茜が言葉を紡いだ。 「―――祐一。……大学に上がってからでも構いませんから」 「…………里村先輩が言うなら、考えておきます」 「ありがとうございます……」 「……何? その態度の違い……」 「いや、だって詩子先輩だし」 「何て子なのっ!? 詩子さんはあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよっ!?」 「そんな謙遜しなくてもいいですよ。ちゃんと先輩を反面教師に育てられましたから」 ああ言えばこう言う、祐一と詩子の言葉の応酬を耳にしながら、茜は紅茶を啜る。 今目の当たりにしているのは、ちょっと前まではよく目にしていた光景だった。 そして、少しの寂しさを感じながら、オリジナルメンバーでのバンド再結成への決意を改めて固めていた。 「ところで祐一君。文化祭でバンドやるんだよね?」 「……その歳でもう物忘れですか? さっき言ったばっかですよ?」 「いいから聞く! ―――で、そのステージって、外来も出演OKだったりする?」 「どうだったかな……確かOKだった気が……―――って、まさか!?」 「―――そう、そのま・さ・か」 「詩子……?」 「茜、大丈夫大丈夫。この詩子さんに任せなさい!」 見得を切るように立ち上がる詩子。 その表情は、不敵な笑みで満ちていた。 |
外来出演OKな文化祭があるかどうかなんか知るか(爆 で、大学どうするんでしょうね、この人たちw ……ちなみに、ONEキャラにした意味はないです(ぉ |
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