先日、美汐にバッサリと斬って捨てられた祐一は街を闊歩していた。

 今日は週末なので授業はない。

 なのでそろそろ集まって練習をしたいところなのだが、肝心のベースがないのでそれも先送り。

 金がないのでどうしようもないのだが、じっとしていては何も始まらない、ととりあえず街に出てきたという経緯。



「この北国に楽器屋が存在するかは別にして、とにかく金をどうにかしないと……」



 軽くこの街を嘗めた発言をしながら、祐一は歩く。

 バイトしようにも、時間は足りない。日払いのバイトだって、そうそう見つかるもんじゃない。



「金、金、金―――――あ」



 何か思い当たるものがあったのか、祐一は急に立ち止まる。

 そして、先程とは別人のように、寧ろ若干引くような足並みの軽やかさで来た道を引き返していった。



「えっと……この部屋だよな」



 祐一の着いた場所はとある結構レトロな外観にどこか心惹かれるアパート。

 彼の目の前にある部屋の表札には、『倉田 川澄』と書かれていた。

 ―――ピーンポーン

 暫くすると、住人がドタドタと慌しく扉へ向かってるのがわかった。



「はーい、どちら様で―――」



 出てきた女性が言葉を言い終わるかどうかというところで、祐一はその女性の腰に手を回し、一気に抱き寄せた。



「佐祐理さん、お金貸してくれないかな」

「あ…ゆ、祐一さん…………佐祐理でよかったら」

「ありがとう、佐祐理さん」

「い、いえ……おいくら必要ですか?」

「そうだなぁ……5万ほど」

「わかりました―――どうぞ、祐一さん」

「流石佐祐理さん。頼りになるね」

「いえ、そんな……。祐一さんのお役に立てるなら……」

「それじゃ、ありがとう佐祐理さん。また来るよ」

「は、はい……それじゃ……」



 時間にして僅か数十秒の出来事。

 祐一の財布には諭吉が5人、居座っていた。

 やってることは半ば犯罪に近いが。



「はぁ……―――――祐一さん、素敵です……」



 そして、被害者である倉田佐祐理は少々頭が弱かった。

 まあ、本人は気にしてないので問題はないのだろうが。

 死体の見つからない殺人事件は事件に非ず、である。……少々違うか。



「―――佐祐理? 誰か来てたの?」



 未だ悦に浸っている佐祐理に、自室から出てきたらしい舞が問いかける。

 そして、佐祐理の悦顔にほんの少しだが、引いていた。



「あー、舞っ、聞いて聞いてっ。祐一さんがね―――」

「祐一が来てたの?」

「うん。それで、佐祐理に『お金貸して』って」

「いくら?」

「5万円」

「……貸したの?」

「うん、祐一さんだもん。当たり前でしょ? 舞」

「……佐祐理」

「なあに?」

「佐祐理はこれから来客に応対しない方がいい」

「何で?」

「佐祐理はちょっとバカだから」



 ―――訪問販売とか、危険。

 そう付け加えて、舞は自室へと戻っていった。

 川澄舞。―――クールな佐祐理の保護者である。



「あ、ちょっと舞ー。待ってよー」



 流石の佐祐理も、舞の一言に言いたいことがあるのか、舞を追いかけるように部屋に戻っていった。



「祐一さんがね、佐祐理に『愛してるよ、佐祐理さん』って。きゃーっ」



 そんなことは一言も言ってない。

 そして前言撤回。

 舞を追いかけてったのはただその捏造した事実を自慢したいだけだったらしい。










□■□■□■











「さて……どうすっかな」



 5万を佐祐理から借りてホクホク顔の祐一だったが、今は困っていた。

 ―――楽器屋が、見当たんねー。

 正直、文化祭程度でわざわざベースを買う必要はないし、買うにしても5万は高すぎるのだが。

 はっきりいって、中古で充分だ。

 しかし、その中古さえ見つからないこの状態。

 繰り返して言う。相沢祐一は、困っていた。



「……あ、そうだ」



 何やら思いついたらしい祐一はポケットから携帯電話を取り出した。

 電話帳から相手の電話番号を検索、検索、検索。そしてプッシュ。

 目当ての人物は呼び掛けに程なくして応えた。



「―――あ、もしもし? 先輩? お久しぶりです―――あ、はい―――ええ―――で、実はお願いが―――」



 ―――――後日。

 いつも通りの学校の休み時間に、名雪を除く美坂チーム―――いや、美汐を除くバンドメンバーが談笑していた。



「なあ相沢。ベース、今日届くんだって?」

「ああ。地元の先輩に頼んでな、安く送ってもらうことになってる」

「その人、何かコネでもあるの?」

「実家が楽器屋―――ってのもあるけど、地元じゃちょっとは名の知れた剛腕ベーシストだからな。知り合いは多いし、コネクション関連では事欠かないらしい」

「剛腕って……凄そうだな」

「先輩はどんな速いテンポの複雑なリフでも必ず指で弾く主義だから。ピックもほとんど持ってないみたいだし」



 3フィンガーはもちろん、たまに4フィンガーに進化する、と祐一は懐かしむように笑った。

 更に言うと、ビリー・シーンのようなテクニカルさに加え、クリフ・バートンのようなタフさまで兼ね揃えてるらしい。

 ……それが真実とするならば、明らかに日本に留まっている器ではないことは確かである。

 っていうか、そんなベーシスト、鬼だ。人間じゃねぇ。



「ああそうだわ、今のうちにあなたたちに二曲分の楽譜渡しとくわ」

「おお、サンキュー香里」

「自分のパートアレンジしてもいいんだろ?」

「ええ。自分で演ってて楽しければそれが一番だからね」



 そう笑いながら、香里はコピーした楽譜を二人に渡す。

 もちろん、曲は『Long Live Rock'n'Roll』と『Soldier Of Fortune』だ。



「じゃあオレはブラスト入れまくろ。あとドラムソロとか」

「じゃあ俺はベースソロを入れる。12分くらいの」

「やめなさい」



 ひとつ余っていた楽譜で、スパーンと二人を順に叩く。

 抜群のタメからのしなやかな筋肉の伸びが一体化した、見事な技だ。

 ただ、香里は楽譜の原盤を所持してるので、スパーンした楽譜のコピーはどう考えても美汐のものなのだが。



「っていうか、今更なんだが、俺個人としてはRainbowだったら『Kill The King』の方がライブ映えする気がするんだが」

「まあ確かに。30年近く前の曲なのに、古臭くなくてカッコいいしな」

「オープニングナンバーとしてこの曲据えれば、かなり盛り上がると思うんだけど、どうよ?」

「名盤『On Stage』なんか凄すぎだしな。―――で、この相沢さんの意見、リーダーの美坂さんはどう思う?」

「何であたしがリーダーなのよ」

「「発端だから」」

「あのね……そりゃあたしがやろうって言ったけど……まあいいわ。『Kill The King』だっけ?」

「「おう」」

「いいんじゃない? どっちでも」

「「超テキトー!?」」



 判決を下すリーダー香里からは、んなもんどっちもやりゃあいいじゃん的なオーラが出ていた。



「ん?」



 そんなとき、祐一の制服のポケットに入っている携帯がブルブルと震え出す。

 取り出してウインドウを見ると、そこにはメール受信の文字が。




「―――――え、嘘だろ」

「どうかした? 相沢君」

「い、いや。なんでもない」



 不信そうな香里を軽く躱し、そそくさと何ごともなかったように携帯を仕舞う。

 しかし、その顔には厄介事に見舞われたような苦笑いと、反対に少し嬉しそうな表情が浮かんでいた。






written by 柊 神

 佐祐理さんらぶりー。おねいさん最高。

 文化祭ライブって何曲やるんでしょうね。
 まあ2,3曲でしょうが、こいつらは5曲くらいやらせます。……まあSSだし(ぉ


 

BACK



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送