とりあえずバンド名は後回しにして、3人はメンバー集めに東奔西走することにした。

 一応、名雪にも探してくれるよう頼んでみたが、多分無駄だろう。と、祐一は何となくそんな気が。

 しかし、既に皆下校した後なので、それも後日延期となった。



「―――ん?」



 部活だと言う名雪とも別れて、祐一は独り昇降口に向かって歩いていた。

 と、そこで見知った顔を見つけた。



「おぉ、そこにいるのは天野美汐じゃないか」

「……何でフルネームで呼ぶんですか」

「いかんなぁ、天野美汐。挨拶はちゃんとしなければ」

「こんにちわ、相沢さん。……で、何でフルネームなんですか」

「うむ、それでこそ大和撫子だぞ、天野美汐。実に魅力的だ」

「ありがとうございます。……で、何故にフルネームなのかと」

「よしじゃあ天野美汐、せっかくだし一緒に帰るか?」

「そうですね。……それで、フルネーム―――「特に意味はない」―――そうですか……」



 心なしか、落胆する美汐。

 何だかんだ言って楽しんでたみたいだ。



「―――そうだ、相沢さん。これから時間ありますか?」

「ん、果てしなく暇」

「では、良かったら家に寄っていきませんか?」

「ついに俺をご両親に紹介する気か」

「し、しませんっ! 大体、どのように紹介するんですか!」

「もちろん、恋び―――」

「そ、それ以上言うなっ!!」



 ぐしゃ。

 普段からの美汐からは想像できない口調と動きで右手が撓る。

 空を切り裂くコークスクリューが祐一の頬に減り込んでいた。あべし。



「ふーふーっ!!」

「獣みたいに威嚇するなよ。ついでに手加減しろよ」

「だ、だって、相沢さんがあ、あんなこと言おうとするから……」

「まあ、とりあえず落ち着け。―――俺の胸で」

「っ!!」

「はい、怒んない怒んない。ちょっとした冗談だからさ」

「―――!! ……うぅ」



 ポンポンと美汐の頭を撫でる祐一。

 それが原因でもあることを彼は気づく由もない。



「……はぁ。もういいです」

「そうか? お前がそういうならいいが。で、誘った真意はなんだ?」

「新しいお茶が手に入ったんです」

「―――何?」

「実は、あの幻と云われる"伊左衛門"が―――」

「早速行こう即刻行こう間髪なく辿り着こうっ!!」

「あ、ちょっと、待ってくださいっ! 相沢さんっ!!」



 相沢祐一、天野美汐、お茶に目がない高校生。

 週末はお茶三昧。




















「しかし、相変わらずだなー。天野の家も」

「たった3日ぶりの来訪で我が家に何を期待してるんですか」

「いやさ、激動の2日間があったかもしれないし」

「ありませんっ。大体、ウチの家族はそんなハチャメチャピープルじゃありません」

「……いや、お前のおふくろさんなんか結構ソレだぞ?」

「それは言わないでください……」



 そう会話しながら、2人は『天野』と記された表札のかかる門前を潜る。

 そして玄関のドアを開けると、ソレは姿を現した。



「ただいま」

「―――あ、美汐ー。今日、祐一クンは?」

「……母さん、帰宅した娘への第一声がそれですか」

「お帰りー。―――で、祐一クンは?」



 終始笑顔を振りまいている、歳不相応の若々しい容姿の女性。

 彼女こそ、美汐曰くハチャメチャピーポーな母親その人である。

 名前は不明。



「母さんはなんでそんなに相沢さんの動向を気にするんですか。しかも毎日」

「そりゃあ、可愛い娘の将来の旦那様だもん」

「だ、旦那様って……私はそ、その……あ、相沢さんとそういうのでは……」

「あらら、美汐ったら真っ赤になっちゃってまー」

「母さんっ!!」

「ま、それに義母との大人の関係ってのもありだし」

「…………」



 天野母、娘の軽い悩み。



「それで、今日は来てるの?」

「……相沢さんなら今、リビングで我が物顔で新聞読みながら寛いでます」

「え? ―――あら、ホントだ。わたしとしたことが気づかなかったわ」



 美汐母が祐一の人外の行動に驚いてる中、美汐はズカズカと祐一に向かって突き進む。

 そして無言で祐一の首根っこを掴む。



「―――お?」

「母さん、これから相沢さんとお茶を楽しむので部屋に入ってこないで下さい」

「えー」

「黙れ」

「……はい、すいません」



 ぶーたれる母を軽く睨みつけると、そのまま祐一をズルズルと部屋へ引き摺っていった。















「―――そういえば、天野の部屋に入るのは初めてだな」

「あ、あんまりジロジロ見ないで下さい」



 何とか無事に引き摺られ、入った美汐の部屋を眺めながら、祐一は呟く。

 今まではリビングでお茶を振舞ってもらっていたため、ここへ来る機会はなかった。



「では、お茶を淹れてきますが、部屋を荒らさないで下さいね」

「俺がそんなことするように見えるか」

「物凄く」



 美汐は太っとい釘を祐一に捩じ込むように打ち付けると、部屋を出て行った。

 その所為で、暇になる祐一。

 この男、何よりも暇が大嫌いだった。



「―――ん?」



 部屋をぐるりと観察していた祐一は、片隅に置かれたものに目が留まる。

 それは、凡そ部屋には不相応な、ギターのハードケースだった。



「Fender ……ストラトか?」



 これでもギタリストの端くれの祐一は興味が湧いたのか、それに近寄る。

 ケースを開けると、出てきたのはホワイトのボディにローズウッドのネック、黒のピックアップ。



「……リッチーモデル?」

「モデルには違いありませんが、シグネイチャーモデルではありませんよ」



 突然の声に少々驚いた祐一が振り向くと、美汐がお茶をお盆に載せて微笑んでいた。



「どういうことだ?」

「それは、私がリッチー・ブラックモアのギターに似せて作ったものです」

「自作ってことか?」

「まあ、元の型がストラトキャスターなので、自作というより改造の方が正しいかもしれませんが」



 当然、スキャロップ加工も完璧。



「ふーん。で、弾けるのか?」

「……それなりには弾けると思ってますが」



 若干自信なさげに言う美汐。

 まあ、身近にプレイヤーがいないと自分のレベルがどれくらいかわからないものである。

 プロの演奏とは比較基準が間違ってるし。



「じゃ、弾いてみ」

「嫌です」



 天野美汐、即答。



「そんなこと言わずに」

「嫌です」

「いいからいいから。じゃないと駄々っ子にクラスチェンジするぞ」

「わかりました」



 またも即答。

 よっぽど、クラス・駄々っ子に嫌な思い出があるのだろうか。

 美汐はアンプを引っ張り出し、シールドを繋げる。



「お、マーシャルか」

「まあ、王道ですし」



 美汐は言うと同時に弦を掃くように6弦から順に鳴らす。

 ―――ジャーン、と、心地良くサスティンの効いたサウンドがアンプから流れ出す。



「おー、いい音出すじゃん」

「苦労しましたから」

「ところで美汐ちゃんはアンプで歪ませる派?」

「美汐ちゃんって……。そうですね、エフェクターはあんまり使いませんね」



 ますますリッチーな美汐嬢。

 ピックアップを色々変えまくったのだろう。

 そして、美汐は指板に左手を添えた。



 ―――美汐の細く小さな指が指板上を華麗に躍動する。

 ―――同時に、オルタネイトピッキングによって弾かれる弦。

 ―――飛翔するが如く、心地良い美旋律が奏でられる。



 祐一は、完全に美汐の世界に引き込まれていた。

 スケールをなぞるように奏でられるアドリブソロ。

 正直、この程度なら自身も弾ける。

 しかし、この不思議と心に届くような演奏はどうだろう。

 及第点の技術と抜群のフィーリング。

 祐一の目が、光った。



「―――ふぅ」



 演奏を終え、息つく美汐。

 祐一はそれを笑みで讃える。



「凄かった。ただのアドリブなんだけど、伝わるものがあった」

「そ、そうですか?」



 手放しで面と向かって褒められ、照れる美汐。



「というわけで、天野。―――合格だ」

「―――はい?」



 祐一の突然の合格宣言に、美汐の笑顔がわりと引き攣る。



「……何に合格なんです?」



 突拍子もない祐一の発言には碌な事がないので、美汐は恐る恐る尋ねる。

 対して祐一は、笑顔を保ったまま、爽やかに言い放った。



「俺たちのバンドのギタリスト」

「…………………………は?」



 ギタリスト天野美汐、爆誕。





written by 柊 神

 祐一がさりげなく変人。
 しかし、演奏部とか表現きっついな。


 

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