今日も今日とて日が昇る。

 カーテンの敷かれた窓からは日の光が漏れ室内に朝を告げる。


『あさ〜、あさだよ〜、朝ごはん食べてがっこういくよ〜、あさ〜、あさだ カチッ 』

「むぅ…朝か…」


 目覚まし時計から聞こえる声に打ち勝ち目を覚ます祐一。

 明日、彼がこの北の街を離れることになるとは知らずに……



























     Baby Panic!? 前編






















「そういや今日休みじゃねーか」


 寝癖の付いた頭をかきながら階段を下りながら気付く。

 あー寝損したな、くそ。


「お早う御座います」


 キッチンに入るとエプロンで手を拭いながら秋子さんがいた。

 相変わらず一児の母には見えんな。


「お早う御座います、秋子さん」

「今日はお休みなのに早いんですね」

「いや、間違って目覚ましセットしちゃって」

「あらあら」


 太陽のような笑顔でいつものポーズをとる秋子さん。


「朝ご飯、食べますか?」

「はい、お願いします」


 食卓にある自分の席に座り朝ご飯を待つ。

 随分静かだな。

 まあ、名雪は寝てるのは当たり前だがあゆと真琴もまだ寝てるみたいだな。


「パンでよかったですか?」

「あ、はい」


 テーブルの上に程よく焼かれたトーストが2枚、それとサラダにコーヒーの入ったコップが置かれる。

 トーストにはマーガリンを塗る。


「祐一さん、甘くないジャムもありますけど…」

「い、いえ、マーガリンで十分です!」


 マーガリンを塗る速度を速める。

 だってそりゃ死活問題だし…


「あゆと真琴はまだ起きてないんですか?」

「ええ、やっぱり今日はお休みですから。祐一さんが一番早起きですよ」

「そうなんですか」


 トーストを頬張りコーヒーで流す。


「でもやっぱり早起きは得ですね」

「どうしてですか?」

「こうして秋子さんと二人っきりでいられるからですよ」

「ゆ、祐一さん(照」


 顔を真っ赤にする秋子さん。

 か、かわいい…


「も、もう。こんなおばさんをからかってもなにも出ませんよ」

「いやいや秋子さんの可愛い顔を見れるだけ儲けものです」


 なんか歯の浮くようなセリフが出てくるな、俺(汗。

 秋子さんは秋子さんでぽー、とした表情で俺を見つめるし…

 ああ!可愛い!!





「うぐぅ…おはようございます」

「…あぅ〜」


 秋子さんと楽しく?朝食を取っているとあゆと真琴が起きてきた。

 まだ眠いのか目をしきりに擦っている。


「あゆに真琴。そんなに擦ってると目傷めるぞ」

「うぐぅ? 祐一君、早起きだね」

「まあ、そんな日もあるさ。それより眠いなら顔洗って来い」

「うん。そうするよ。行こ、真琴ちゃん」

「あぅ…」


 真琴の手を取り洗面所に行くあゆ。

 そんな二人を見送った秋子さんはキッチンへと戻り二人の朝食の準備に取り掛かる。










「うぐうぐ」

「あうあう」

「なんて声で食べるんだ、この二人は…」


 口いっぱいにトーストを頬張り一生懸命食べる二人。

 秋子さんはその様子を笑顔で見ている。

 ああ、今日も平和だ。















 ピンポーン

 リビングでテレビを見ながらくつろいでいると来客を知らせるチャイムが鳴らされた。

 ソファに座り紅茶を飲んでいた秋子さんがはいはい、と言いながら玄関へと向かう。


「あらあら、皆さんお揃いで」

「すみません、大勢で押しかけてしまって…」

「いいんですよ。上がってください」

「「「「「お邪魔します」」」」」


「なんだ!随分大勢だな」

「誰かきたの?」


 テレビの前で寝転んでいる真琴が顔を上げる。


「みたいだな」


 だいたい誰が来たのか予想が付くのでそのままソファに座っていることにする。


「あら、相沢君もう起きてたの?」


 リビングに来訪者その1、香里が入ってくる。


「えぅ〜残念です。せっかく私が起こしてあげようと思ってたのに〜」


 続いてその2、栞が香里に付いてくる。


「……祐一、おはよう」

「あははー、おはようございます」


 その3、4の舞、佐祐理さんペアがいつもと変わらず登場。


「お早う御座います、相沢さん」


 その5、天野は1人だけ挨拶が漢字表示だ。

 やはりおばさんくさいな。


「…………」

「どうした、天野?」

「いえ、何かそこはかとなく悪意を感じて…」

「気のせいだろ」

「そうですね」


 そう言い残すと寝そっべている真琴を諌めに行く。


「しかしどうしたんだ。こんな朝早くに皆そろって」

「あたしたちは…」


 俺に話しかけながら香里が隣に座る。


「栞がね、どうしても相沢君のうちに行くって聞かなくて。その途中で舞さんに佐祐理さんに天野さんに会ったのよ」

「そうなんです。それで皆して祐一さんに会いに来ちゃいました♪」


 栞が香里とは反対に座り両隣が美坂姉妹となる。

 これで俺も裏返りになり美坂祐一に!!

 ってオセロじゃないよな…


「あら、いいじゃない、美坂祐一。あたしは大歓迎よ」

「美坂祐一!!いい響きです!」

「あの…ひょっとして…」

「ええ、声に出しでてたわよ」

「はぁ〜〜どうにかならないのかね、この癖」

「あきらめなさい」


 落ち込む俺の頭をぽんぽん、とたたく香里。


「子供じゃないっての」


 香里の手を振り払うように立ち上がる。


「何処に行くんですか?」


 栞が服の裾を掴む。


「名雪を起こしてくる。皆来てるのに一人だけ仲間はずれじゃ可哀相だろ?」

「はぇ〜名雪さんまだ寝てらっしゃるんですか?」


 机をはさんで反対側のソファに舞と並んで座っている佐祐理さんが聞く。

 時刻は午前9時。

 佐祐理さんにとっては起きていて当たり前の時間だろうな。


「名雪にとってはまだ活動時間じゃないんですよ」


 苦笑を浮かべつつ部屋から出て行く。

















 名雪の部屋。

 ぱっと見は年頃の女の子の部屋だが、いかせん目覚まし時計の数がすごい。

 その数は俺が借りているのを合わせ28。

 俺がこの水瀬家に居候し始めたときには27個だと名雪は言っていたが1つ増えている。

 それは、まあ、あれだ…うん。

 名雪に借りてたやつに勝手に俺の声を吹き込んだのがあるわけなんだが、それをあわせても27。

 その時計を名雪は、宝物だよ、と大切に保管されている。

 で、保管されている時計の代わりに新しく時計を買ってきたというわけだ。

 今思えば別の借りればいいだけじゃないか…

 まあ、いいか。


「く〜〜」

「相変わらず能天気な顔だな」


 ベットの上でけろぴーを抱きしめ寝ている名雪。


「おい!起きろ名雪!」


 布団の上から体を揺さぶる。


「うにゅ…く〜」


 起きる気配0。


「起きろ〜!」


 さらに揺さぶる。


「うにゅ…く〜」


 起きる気配、変わらず0。


「いい加減起きろ!」


 力いっぱい名雪を揺さぶる。


「う、う、うにゅ、にゅ〜〜」


 揺さぶられるせいで声が震えるが、なおも起きない名雪。


「ああ、めんどくさい!」


 ゴッ


「だおっ!!」

「起きたか、名雪」

「う〜〜…いたい」


 目じりに涙を溜め睨んでくる名雪。


「酷いよ、祐一」

「起きないお前が悪い」

「でも今日お休みだよ」

「皆来てるんだよ」

「皆って?」

「香里に栞に舞に佐祐理さん、それに天野も」

「わっ、びっくり」

「だから着替えてお前も下りてこいよ」

「うん」


 名雪の部屋を後にして一階へ下りていく。










「ご苦労様、相沢君」


 リビングに戻ると香里が労いの言葉を投げ掛けてくれる。


「名雪、起きた?」

「ああ、強硬手段を使って無理矢理起こした」


 テーブルを挟んでいる二人がけのソファはすでに香里、栞姉妹に舞、佐祐理さんペアが座っているので一人用のソファに座ることにする。


「あら、どうしてそこに座るの?ここが空いてるのに」


 香里は栞との僅かな隙間を指差す。


「あははー、それならこちらも空いてますよー」


 朗らかな声で舞との隙間を同じく指差す佐祐理さん。


「いやいいですよ。狭くなるでしょう」

「そんなこと私も舞も気にしませんよ。ね、舞?」

「…………祐一の隣、かなり嫌いじゃない」


 舞が秋子さんが出したのであろうお茶とお菓子を食べながら答える。


「気持ちだけもらっておくよ」


 ソファに深く座り、姿勢を崩す。

 秋子さんに入れてもらったお茶を飲んでいると2階から名雪も下りてきて朝食を取る。

 その際トーストに塗られていくイチゴジャムの量に舞と朗らかに話していた佐祐理さんと真琴と遊んでいた天野、それに香里とじゃれあっていた栞が表情を歪めた。

 あゆに真琴に香里は名雪の偏食を知っているのでさほどダメージはなかったようだ。

 舞は……一人もくもくとお菓子を食べていた(汗。














 10人そろったリビングでは笑い声や賑やかな声が絶えない。

 あるときは俺があゆや真琴をからかおうとしてそれを秋子さん、天野、香里に手痛い突っ込みを受けたり、香里と手を組み名雪や栞をからかったり、あるいは佐祐理さんが舞をからかいチョップされたりと楽しい時間が流れていった。

 昼からは秋子さんが物置から引っ張り出してきたボードゲームを皆でやった。

 途中、コマが『結婚をしてみんなから$100もらう』というマスに止まったときに皆から冷たい視線を送られたり、そのせいで持ち金を根こそぎ奪われたりと散々な目に合わされた。


 それはゲームも終え一息ついた頃だ。

 玄関に置いてある電話から機械的な電子音が聞こえてきたのは。

 すぐさま秋子さんが出に行きそれから懐かしむような、それでいて嬉しそうな声が聞こえてきた。

 しばらくしてリビングに戻ってきた秋子さんが、


「祐一さん。姉さんからですよ。何か大切な話があるとかで…」


 と伝えられ電話に出る。


「もしもし、母さん?」

『祐一〜〜、元気だった? 風邪引いてない?』

「ああ、俺は大丈夫だよ。元気にやってる」

『そう、良かったわ』

「それで、どうかしたのか?」

『どうかしたって?』

「今まで連絡をよこさなかったのに今頃電話なんて、何かあったんだろ?」

『うん、実はね…』

『……で………で……だから…なのよ♪』

「………な」

『な?』

「なんだって〜〜〜!!!」

『ちょっと、祐一!いきなり大声出さないでよ!!』

「無茶言うな!何でそんな大事なこと今まで黙ってたんだよ!」

『いや、だって』

「だって?」

『驚かせようと思って……てへっ』

「な〜にがてへっ、だ。いい年して」

『何か言った? 祐一』

「い、いえ、何も」

『そう。じゃあ、さっさとこっちに着てね。チケットも送ったはずだからそっちに届いてるでしょう?』

「こっちに着てね?、今すぐにか?」

『確かチケットは明日のはずだから』

「明日って、いや、すぐに準備してそっちに行くよ」

『ゴメンね、祐一』

「いいよ。俺にとっても大切なことだし」

『ありがと』

「いいって、じゃあ切るよ? 準備とかもあるし」

『ええ、それじゃあ待ってるから』


 その言葉を最後に電話を切る。















「祐一、伯母さんどうかしたの?」


 リビングに戻ると名雪をはじめ皆が詰め寄ってくる。


「ああ、まあ、ちょっとな。それよりも秋子さん、俺宛の手紙って届いてないですか?」

「そう言えば今日一通届いていましたよ」


 ぱたぱたとスリッパを鳴らしキッチンへ入っていく秋子さん。

 その後を追いキッチンへと入る。


「これです。すみません、朝に渡そうと思っていたんですけど忘れてしまって」

「いえ、いいですよ。今日はごたごたしてましたし」


 秋子さんから封筒を受け取り中身を確かめる。

 そこには明日付けのアメリカ行きのチケットが一枚入っていた。


「祐一、それって」


 肩越しに覗いていた名雪が声を震わせる。


「ああ、アメリカ行きのチケットだ」

「祐一さんアメリカに行くんですか? それなら私も行きたいですぅ〜」

「あぅ、美汐、アメリカって何?」

「アメリカとは海を越えた向こう側にあるところですよ」

「はえ〜アメリカですか。旅行でもするんですか?」

「……佐祐理、私も行きたい」


 栞、真琴、天野、舞、佐祐理さんが口々に会話をしているが名雪に香里、それに秋子さんだけが黙っている。


「ね、ねえ、相沢君。どうしてそんなものがあるの?」


 恐る恐る、といった感じで香里が聞いて来る。


「ちょっとな。母さんに呼ばれてあっちに行くことになった」


 空気が凍りついた気がした。

 皆が皆その場に凍りついた。

 …3

 …2

 …1

 解凍。


「「「「「「「「「ええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!!!!」」」」」」」」」


















 翌日。


「それじゃ、そろそろ」

「はい、姉さんたちによろしく伝えておいてください」


 玄関で秋子さん、名雪、真琴、あゆが見送りしてくれる。

 飛行機の時間からして5時に家を出るのだが頑張って名雪が起きてくれているのが嬉しい。


「祐一〜おみやげよろしくだお〜」


 訂正、まだ寝てるな。


「うぐぅ、祐一君。早く帰ってきてね」


 涙目で俺を見上げるあゆ。


「さっさと行きなさいよぅ!」


 言葉では強がっているが秋子さんの服を掴み何かを耐えている真琴。


「なるべく早く帰ってきますんで。あゆも真琴も秋子さんに迷惑をかけるなよ。名雪はさっさと起きろ」

「うにゅ」

「うぐぅ、ボク、子供じゃないもん!」

「あぅ〜、真琴だってそうよぅ!」


 しみったれた空気を吹き飛ばそうとあゆと真琴の頭を乱暴に撫でる。

 あゆはちょっと困ったように真琴は口ごたえしながらもされるがまま。

 最後に名雪の頭を撫で玄関の扉を開ける。


「じゃあ、行って来ます」


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