しおりん細腕繁盛日記
一月一日 水曜日 入院している時にほぼ毎日つけていた日記を見つけました。 けれど、中身は「日記」というよりも“入院記録”。その日あったことを、ただ漠然と並べているだけの物。 あの頃に比べて世界の色合いが増したといっても、これでは酷すぎですね。 なにせ食事の時間と終身時間くらいしか書いてません。不出来です、不出来。 その日の感動や発見を閉じ込める。それが日記。そんなカッコイイ台詞には憧れます。 その言葉を聴いたのが姉からだっていうのが気に入りませんけど。 えぅ、いいんです。お姉ちゃんは市のコンクールでも金賞とるくらい文章巧いんですから。 まあ、毎日のようにハーレだのクイーンだの見てればそうなりますよね。 ちなみに私のドラマ好きやロマン好き。実は姉経由なんですよ? ……閑話休題です。兎に角、今日から日記をつけましょう。 ――――――む、お姉ちゃんのお年玉、私より多いです。 一月二日 木曜日 おもち、美味しいです。 お節も、美味しいです。 そして、そして、今年初めてのバニラアイス。アイス、もいっちょアイス。 幸せです。お母さんが高いやつを買ってきてくれました。お父さんも、お姉ちゃんもです。 あのケチなお姉ちゃんが奮発したものです。あ、例によって多くお年玉もらったからっていい気でいますね? そんなお姉ちゃんは知りません。アイス一口頂戴なんて可愛い声でいっても、目の前でそっぽ向いて食べてやりました。 いい気味です。 …………。 ………………。 ……………………夢、でした。 元旦じゃない日に見た初夢だって、無効じゃありません……よね? 一月三日 金曜日 後四日で、私も晴れて高校二年生になります。 実は一年の頃なんて入学式くらいにしか出てないんですけど、それはそれ。 病院学習(造語)はたくさんやりました。お姉ちゃんや名雪さんにも勉強を教えてもらいました。 完璧、ザ・パーフェクト。最早何もいうことはありません。 うふふ、 そして、 ええ、 そして、 祐一さんに進級を祝ってもらってもうそのままアダルティな世界へお姉ちゃんごめんなさい栞は一足早く大人への階段を……。 「そうそう、栞。七日の入学式だけど、あんた検査ですって。ご愁傷様ね」 ――――お姉ちゃんなんて嫌いですッ! 一月四日 土曜日 お薬、苦手です。 良薬口に苦しなんて言いますけど、だったらコーヒーは良薬ですか? 渋柿は良薬ですか? ゴーヤなんて人間の味覚を破壊し尽くす悪魔の手先が、こともあろうに良薬だなんて言うんですか! お姉ちゃんにそれを言ったら、「そんな事言ってるから胸が(以下自主規制)」だと言われました。 屈辱です。お姉ちゃんだって、名雪さんと同じスタイルのくせに一キロ太っているくせに。 あ、ここオフレコで。 あまりにも悔しいので、祐一さんにそれを電話でぶちまけてみました。 「精神年齢がお前より随分年下のあゆでも、薬ぐらい我慢するけどなぁ……」 ――――――――――薬もお姉ちゃんも祐一さんも、大っ嫌いです! 一月五日 日曜日 何でも明日は、真琴さんの誕生日なんだそうです。 明後日はあゆさんの誕生日だったはずですし、水瀬家は大変そうですね。 ですね、なんて言っておきながら、その当事者になりつつある私とお姉ちゃん。 おめかしおめかし。 けど、お姉ちゃんみたいな大人の化粧は、残念極まりないことにまだ私にはほんのちょっぴり早いようです。 ていうか、なんで友人の誕生パーティーだからってそこまで気合入れる必要があるんですか。 なんで新しい服なんか買いにいっちゃいますか。 楽しみね、って、本当に真琴さんの誕生パーティーが楽しみなんですか? お気に入りの下着(紫ッ!?)を抱きながらにやける姉を見て、お姉ちゃんの親友の従兄の人がぽかんと浮かびました。 ……ま、負けませんよ、勝つまでは。 一月六日 月曜日 乾杯、と高らかに響く喚声と、次々に打ち鳴らされるグラス。そして、今日一番の当事者の不遜万歳な立ち振る舞い。 出てくる料理はどれも眼を見張るものばかり。けれど、祐一さんや名雪さんたちは少々観念が捻じ曲がってしまっているらしい。 私やお姉ちゃんから見れば「高級レストラン」でも、祐一さんたちから見れば「今日の秋子さん、気合入れたな」。 えぅ〜、私もまだまだ甘かったようです。 今度から祐一さんに作るお弁当は、倍にしようと心に誓う。 ちなみに私から真琴さんへのプレゼントは、ストーリーを暗記しているほど読み返した少女漫画。 名雪さんは時計、あゆさんはお財布、秋子さんは手作りのぬいぐるみ、美汐さんはマフラー、お姉ちゃんはアクセサリーでした。 ……えぇと……舞さんは何故か「肩たたき券」。真琴さんはその場で一回使いました。三十枚綴り。一枚十分。 佐祐理さんはどうしてかお酒。あの、これアルコール度数45度って書いてあるんですけど? そして、ですけど、真琴さんは当たり前のように祐一さんに誕生日プレゼントをせがみます。 祐一さんは「良い物だ。ツボじゃないが」と謎の言葉を発し、ラッピングされたそれを取り出しました。 ――――今お茶の間の女の子に人気(らしい)、魔法少女変身セット ¥4880 無駄な努力と労力だけは惜しまない。それこそが「相沢流祝賀術」なんだそうです。 真琴さんは凄く微妙な顔をしてそれを受け取りました。 でも大丈夫ですよ。相沢さんの座っている後ろに、もう一つ……小さな袋が、見えてますから。 恐らくはあれこそが本当のプレゼント。怒っている真琴さんを宥めながら、祐一さんはそれを隠しました。 後で、二人きりで、多分皆が帰った後に渡すのでしょう。「恥ずかしいから」とか、そんな理由で。 料理はとても美味しくて、皆はずっと笑顔で、私はきっと今日という日を忘れません。 来月の私の誕生日、頼みますよ、祐一さん? あ、ちなみに先の変身セット、あゆさんが半額で売ってくれないかと真琴さんに頼んでいました。 ……そういえば、あゆさんの精神年齢って……。 一月七日 火曜日 注射、痛いです。 お薬、やっぱり苦手です。 でも、我慢、我慢です。一日中ベッドに縛り付けられていた日は、もう来ないんですから。 それはそうと、検査は無事終了。結果は全くの健康体で無問題、です。 検査からの帰り道、お姉ちゃんたちと同じ制服の女の人を何人も見ました。 明日からはあの制服を堂々と着て、堂々と授業を受けて、堂々と「出席」扱いになるんです。 思わず笑みがこぼれました。 それに今日はあゆさんの誕生日。また、水瀬家で二日連続のパーティーです。 二日連続でそこらのファミレスなんかよりはよほど美味しいものが食べられるんですから、嬉しい限りです。 昨日は食後のデザートにアイスクリームがありました。もちろん、美味しかったですし、今日も楽しみです。 ――――――と、そのときまでは、私含め全ての人間が今日を楽しみにしていたはずだったのです。 佐祐理さん経由の、真琴さんへの誕生日プレゼント。 アルコール45度のエクストラ。銘柄でなく、酒柄でいえばロシア・ウォッカだとかなんとか。 もちろん、水瀬家での成年者は秋子さんただ一人。 佐祐理さんがどのような思考回路を展開させたから知りませんが、少なくとも不適切なプレゼントだったはずです。失礼ですが。 まあ、それは兎も角、祐一さんは所謂、ちょっと好奇心を先行させすぎる人間なわけで。 秋子さんも、記念日くらいハメをはずすことを赦しちゃう人間なわけで。 ――――阿鼻叫喚の地獄絵図は、病み上がりということで飲酒を免れた私、美坂栞主観で思ったただ一つの感想でした。 ……明日、学校ですよね? 一月八日 水曜日 入り乱れる生卵の一気飲み。 そんな異様な場面を眼にしながら、私と名雪さん、そして美汐さんは元気に水瀬家を後にしました。 未成年者飲酒禁止法を後ろ盾に、最後の最後まで折れなかった美汐さん。またの名を鉄壁。 血中アルコール濃度やばいんじゃないですか? と問いたいくらい飲んだのに、ダメージのない名雪さん。別称天然。 さすがは美汐さん。そしてさすがは名雪さん。特に名雪さん、秋子さんの娘なだけはあります。 それを言ったら祐一さんは秋子さんの甥なんですけど……たぶん今頃は、トイレか洗面所でしょう。 ちなみに皆さんの制服ですけど……まあ、「秋子さんだから」の一言で皆納得してしまいました。 別に、誰も泊まっていく用意はしていなかったんですけど……。 ていうか、秋子さんの左手に現れたあの小瓶! あの小瓶ッ! アレを見せられたら……たとえ理解はせずとも、納得だけはするしかないじゃないですか。 「祐一……二日目から欠席して、大丈夫かなぁ?」 「今日はまだ四時間授業で、朝は全校集会、二限はLHRですからね。さほどの痛手ではないでしょう」 それを言うなら、不良生徒の祐一さんよりも優等生のお姉ちゃんの方が心配です。 舞さんたち大学生は明後日まで休みだからいいですけど、高校生じゃそうもいかないですし。 ……あれあれ? 飲酒ばらさない代わりに、アイス奢れってこれ使えたりするんじゃないですかこれ? それはそれとして、どうして二人とも、こんな明らかに人体への挑戦みたいな走りかたをしていて、喋っていられるんでしょう? ――――――それと名雪さん、あなたの部屋は、既に広範囲超音波兵器と化しています。 一月九日 木曜日 木曜日。 Thursdayです。 ……いえ、特に深い意味はないんですが。 強いて言うならば、昨日のお姉ちゃんの形相はアイス奢れとかそんな軽口叩けるものじゃなかった、ということです。 良かったですね、ファンクラブの皆さんが見ていなくて。 一月十日 金曜日 きっと今晩のおかずは揚げ物です。 ……ああ、いえ、だから深い意味はありませんよ、ええ。浅くならばありますが、気にしないように。 登校できるようになって今日で三日目。クラスメイト全員の名前と顔を即覚えした私にも、何人か友達が出来ました。 美汐さんとか、あややんとか、みーちゃんとか、きょーちんとか。 ちなみに私のあだ名、「しおりん」なんです。 ……良かった、「しおしお」じゃなくて。 …………――――深い意味は、ありませんけど、単純故に深刻なんです。 もっとちなみに、美汐さんは「みっしー」と呼ばれた瞬間赤面してかなり取り乱してイスにすねをぶつけて痛がってました。 みーちゃんはそんなにそのあだ名が嫌だったんだ、と誤解したのか理解したのか、普通に天野さんと呼ぶようになりました。 美汐さんのそんな珍しい痴態(略して珍痴……な、なんか卑猥です)に、男子の九割九部は燃え尽きていました。 それを見た女子の男子に対する興味も、恐らく炭か灰の如く燃え尽きていました。 むぅ、折角私がお姉ちゃんを見習って学級委員長になったというのに、前途多難です。 一月十一日 土曜日 命短し恋せよ乙女。 片思いでも両思いでも、普通自分の好きな人というのは同じ学校にいることが殆どデス。 だから、好きな人がいる場合、週休二日制という五文字は嫌悪される定めなのデス。 とまぁ、語尾の最後を中途半端にキャラ付けしてみましたけれど、イマイチですね。やめておきましょう。 で、その週休二日制。こんなローカルチックな街に、そんな最先端技術が入ってくるわけもなく、今日は所謂半ドンというやつです。 まあ、私としては、ですね。祐一さんに会える口実を政府側が作ってくれるんですから万々歳です。 ただ……敢えて表記はしてませんでしたけど、この雪の中を歩くって言うのは辛い物がありますね。 お父さんなんか、雪のせいで帰れないし通えないしで、ここずっと社宅在住です。 でも、雪は嫌いじゃありません。いえ、むしろ好きな類のわけでして。 雪玉に石を入れるのは反則らしいですから、今度はビー玉でも埋め込んでおきましょう。 さて、学校についたなら、まず祐一さんたちを雪合戦に誘わなくては。 一月十二日 日曜日 ごめんなさい、祐一さん。ビー玉は、立派な凶器でした。 うわわ、祐一さんの肩、あ、赤く腫れちゃってます……反省。 一月十三日 月曜日 今日はとてもとても暇でしたので、学校帰りにお姉ちゃんと水瀬家に寄ってみました。 アポなしなのに出迎えてくれた秋子さんに聴けば、祐一さんはリビングで何かの再放送をまったり見入っているとのこと。 こんな時間にドラマか何かの再放送なんて、やってたでしょうか? 姉と二人で顔を見合わせつつ、リビングに顔を出します。 そしてそこに広がる宇宙の壮大な物語。 『馬鹿な……十二機の(以下略)』 『あの壷は……(以下略)』 『僕がガンダムを一番上手く(以下略)』 『坊やだか(以下略)』 『連邦の白い悪魔』 『赤い彗星』 『足なんて飾りで(以下略)』 ――――――お姉ちゃん、オペレートしてください! 美坂栞、出ますッ! ――――――貴女の感じているそれは、精神的疾患の一種よ。それとオペレートは死んでもしないから。 私はそれこそ必死で嫌がるお姉ちゃんを引き連れ、レンタルビデオ屋へ。 面白いじゃないですか、ねぇ? 一月十四日 火曜日 仏滅。 カレンダーに書いてあったその一言を、何とはなしに口から漏らすとお母さんに「だからどうしたの?」といわれました。 どうもしないんですけど、朝っぱらからテンション下がります。 私はどうも機嫌が悪いとそのことを人に吹聴したくなるようで、とりあえず近場にたお姉ちゃんにそのことを漏らしました。 「あのね栞、テンションは本来糸に働く張力のことで記号はT。だから高い低い、下がる上がるじゃなくて大きい小さいが正解よ」 わ、私は現代っ子なんです。 いいじゃないですか、最近の辞典では気分の上げ下げのことを指すって感じの事が書いてあるんですから。 そんなことを知らないお姉ちゃんじゃないでしょうに……どうにも私の周りには、Sな人が多すぎます。 お姉ちゃんとか祐一さんとかお姉ちゃんとかお姉ちゃんとか祐一さんとかお姉ちゃんとか。 「そんなお姉ちゃんなんて、進化したニューしおりんにやられちゃうのがオチなんだから!」 ――――とりあえず合掌捻りで留めてくれているうちに、私は何度も謝り倒しておきました。 一月十五日 水曜日 早いもので、日記を付け始めてからもう半月が経ちます。 半月も経てば、結構変わったこともあるのです。 例えば、友達が増えました。 あややん、みーちゃんと、きょーちんの他にも、ゆかぽんやミサミサなどです。 ちなみに新しい友達のミサミサ、ノートを広げると人の名前が書いてあるって噂なんです。 実際ノートを見てもそんなことはないんですけど……なんでそんな噂が広がったんでしょうか? 一月十六日 木曜日 ばるーん、ばるーん。 どごごごごー。 ばしゅっ、ぎゅ〜ん、がしゃんがしゃん。 こんな感じの夢を見ました。 私、美坂栞はどこぞの組織のトップパイロット。小さい体に熱い思いを詰め込んだ超有能戦士なんです。 決め台詞は「これが、俺さ」でした。カッコイイとは思うんですけど、何か違います。 ていうか、こう、アレですよ。確かにパイロットにも憧れますけど、私はオペレーターっていう役柄の方が似合いそうです。 むしろ、パイロットはお姉ちゃん。いやいやお姉ちゃん。やっぱりお姉ちゃん。 だってほら、あの顔で「これが、あたしよ」とか言われたら、もうたまりません。 きっと武器は重火器とか刀剣類でなくて、鞭とか蝋燭です。絶対そうです。 そして顔には、眼の周りを隠すマスク。これ必須。これ重要です。 ……まあ、所詮夢なんですけど。 一月十七日 金曜日 弁解をするわけじゃ、ありませんけど。 むにゅむにゅ。 予備知識がなかった。ただ、それだけだと思うんです。 むにゅむにゅむにゅ。 いやいやいや、だってそうだと思いませんか?  むにゅむにゅむにゅむにゅ。 いくら病弱スキル保有とはいえ、姉妹であれだけ発育が違うはずがなかったんです。 むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ。 はふぅ……な、なんか変な感じになってきましたね……ぁぅ、ゆ、ゆういちさん、そ、そこはだめですよぉー。 むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ。 むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ。 むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ。 「栞ー、豊胸体操なんて、あんなの嘘っぱちよー?」 「溺れる私は藁だろうが爆弾だろうが掴む気持ちなんだからーーッ!」 「はぃ?」 虚しいなんて、言わせません。 むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ。 むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ。 むにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅむにゅ。 ………………くすん。 一月十八日 土曜日 む、胸が、痛い……です。 一月十九日 日曜日 今日も相変わらずの空模様。つまり、雪です。 寒いです。凍えます。あ、でも祐一さんが人肌であっためてくれたら……はふぅ、幸福死とかってあるでんでしょうか? それに思うんですけど、うちの制服のスカートはちょっと異常だと思うんですね、はい。 あんな短いの履いてたら、色々と大変ですよ。特に月一のお客様が来なさった時とか。 私は真横で揺れるスカートを見ながらそんなことを思います。 長い足は、私よりも一歩の幅が大きいです。だから自然、私よりも大きいお尻が……こう……ぷるんと。 ていうかお姉ちゃん、なんでそんなモデル歩きなんですか。アレですか。私へのあてつけですかこんちくしょう。 「でかけりゃいいってもんじゃないことをきもにめいじておきなさい」 「は?」 むぐぐ、と言葉に詰まった瞬間、思わず飛び出た言葉に怪訝な顔をするおねえちゃん。 「……わ、私のそれが世界の基本水準になればいいんですッ!」 「……栞、頭わいた?」 失礼なッ! ――――――あ、これは美汐さんの台詞でしたね。ごめんなさい。 一月二十日 月曜日 さてさて、皆さん疑問に思ったでしょう。何故昨日は日曜日なのに、制服を着ていたのか? ぶっちゃけただの部活です。私は美術部、お姉ちゃんは……何部なんでしょうか? 実は知りません。 ただ、朝から部活があるということなので一緒に学校に行ったんです。 もちろん美術部は土日に部活なんてありませんけど、冬季のコンクールが近いですからね。 それにしても部長、いくら人員が足りないからって、私を「蝦夷ピカソ部門」に出すなんて酷いです。 「適材適所、ね」 「なに? お姉ちゃん」 「言葉どおりよ」 大人っぽく微笑むお姉ちゃん。こ、こら、なに敗北感を感じてますか私ッ! あ、お姉ちゃんたらグロスなんか塗ってます。えぅ、全校指導の先生に言いつけてやりましょうか。 一月二十一日 火曜日 「俺のこの手が真っ赤に燃える! アンテナを燃やせを轟き叫ぶ!」 「流派とーほー不敗はぁ! 北ッ風だぁぁぁぁぁぁ!」 相変わらず、テンション高いですね、二人とも。 「脇、隙だらけね」 お姉ちゃん? 一月二十二日 水曜日 「ばぁくるぇつぅぅぅぅ、アイザーワフィンガー!」 「グフトハチガウノダヨ、グフトハ!」 まだ引っ張るんですか。 「マンネリもある意味、アレよね」 お、お姉ちゃん? 一月二十三日 木曜日 「名雪ブルータス……お前もか」 「え?」 「いや、違うな……このプレッシャー、貴様シャアか!」 「え? えッ?」 まあ、どれが誰の台詞とは言いませんが。 いい加減かぶせすぎじゃありません? 「天丼は基本よね」 「え、ええ? えええぇッ!?」 お、おねえ……ちゃん? 一月二十四日 金曜日 なんで「きにょうび」で変換すると金曜日になるんだろうとかいう些細な疑問の残る一日でした。 いえ、まあ、多分明日になったら忘れてるんでしょうけど。 それよりも……えぅ、育ってません。神様は残酷です。真実は優しくないです。 何でですか? だって私、これでも高校生なんですよ? だったらこう……あんれまーって感じに育つのがデフォってもんじゃないんですか? 「ん? どった、舞?」 「……牛丼」 「まかたよ……あんまそればっか食ってっと、そのうち母乳ならぬ牛乳が出てくるんだぞ?」 「……!?」 「あははー、舞は牛さんですかー」 「ぐしゅぐしゅ……やだ」 「いや、嘘だから」 「……ホント?」 「牛乳が出てくるんじゃなくて、尻尾が生えるんですよー」 「……!?」 「だからそれ嘘……佐祐理さん、舞のこと嫌いなんですか?」 「いいえ、(あんなところが)大好きです♪」 ……なるほど。 一月二十六日 土曜日 げっぷ。 おっと、失礼しました。けど、これやらなきゃ嘘だと思うのですよ。 「ねえ、なんですき焼きがおかずで牛丼が主食なの?」 「やんごとなき事情のためです」 我に秘策あり、です。 一月二十七日 日曜日 山本山って、反対から呼んだらまやともまやですよね? 日曜日って文字を見ながらふと思う。りおかかさみ……ぷ、かさみだって。 「あんたもじゃない」 「ぷ、プライバシーの侵害断固反対!」 「口に出してたじゃないのよ、もう」 ……ぜ、全部祐一さんが悪いんです! ええ、きっと! 一月二十八日 月曜日 「コアラだよ」 「北川くん、何の話?」 「いや、ナマケモノだって」 「祐一?」 「コタツがあるなら猫じゃないか? 丸くなる」 「ねぇねぇ、なんのことー?」 「どっちかといえばコウモリな気がするんだよな、俺。ほら、あの超音波の素質辺りが」 「うー、二人とも酷いよー」 「……いや、待てよ。あの人の子だぞ? もしかしたら悪魔超人かもしれん」 「香里ー」 「お前、それ水瀬のおばさ……秋子さんの前で言う勇気あるのか?」 「二人が酷いんだよ」 「はいはい」 「あるわけなかろう馬鹿者め」 「いいもんいいもん。香里と遊ぶもん」 「「――――レズのかほりがする!」」 「こんなことにだけ反応してんじゃないわよ馬鹿」 結局、一体何について話してたんでしょうか? 一月二十九日 火曜日 「名雪を動物に例えたら。略して「ナドー」だ」 昨日のことを祐一さんに教えてもらいました。なるほど、ナドーですか。 そこはかとなく祐一さんという個人のセンスが現れてますね。 「結局、名雪さんは動物に例えたら何なんですか?」 「むぅ、それがだな。今のところコアラ説と猫説が学会で有力なんだが、賛否両論あって決まっていない。  これからも俺たち調査員は名雪の実態を推し量る実験を惜しまないつもりだ。楽しみにしていてくれ」 「はい」 どこの学会って、ツッコンだら負けな気がした会話でした。 名雪さん、絡まれておいしい役取りで、いいなぁ……。 一月三十日 水曜日 「「断然女王様!」」 「女王様は動物じゃないでしょうが!」 ぺぺん、と二人を叩くお姉ちゃん。 ていうか、なんで私も当たり前のようにこの教室にいるんでしょうか。 略称ナドーの実態を推し量るはずの二人は、新たな獲物(と書いてネタと読む)を求めていたようでした。 「馬鹿野郎! 美坂、女王様だって人間だ! 人間だって、動物だ!」 「そうだ! 馬鹿野郎美坂略して馬鹿美坂! いやさ香里。  たとえば名雪がアメショなのかスフィンクスなのか、つまりそういう違いが人間と女王様というカテゴリにはあるんだ!」 いや、ないと思います。 馬鹿美坂の「さ」まで言ったところで殴られ始めている二人を見ながら、私はうんうんと納得しつつ頷いた。 殴られても最後まで言い切る姿勢だけは、褒めてあげないといけませんよね。 「馬鹿」 「阿呆」 今度は二人、互いを動物に例え始めました。ちなみに相沢さんが馬鹿で阿呆は北川さんのことのようです。 それはもう生物のことじゃないわよ、とツッコムはずのお姉ちゃんは、殴りつかれたのか自分の席で溜息をついてます。 「的確で面白い意見ありがとうよ、相沢」 「なら笑いやがれ、北川」 そして繰り出される必殺のこーくすくりゅー。 見事なダブルノックダウンの後、教室に現れた「先天的酸素欠乏症患者」という石橋先生の意見に皆賛同していました。 糸目で船をこいでいた名雪さんですら賛同していました。ちょっと、可哀想です。 頭をこくこくと振りながら、私はそんなことを思いました。 あ、HR、さぼっちゃった。 一月三十一日 木曜日 明日は私の誕生日。 羊水と血に塗れ、肺の活動を開始し、えぅーおぎゃあとこの世に生まれた日。 ああ、私を生むことに助力してくださった名も知らぬ産婦人科の誰かさん。ありがとうございます。 栞は苦節的に色々とありまたが、現状に満足です。えぅ、ごめんなさい少し嘘つきましたでも育ってないのは明日に期待です……。 「ドキッ☆栞だらけの誕生会! 〜バニラの香りは異次元への誘い〜 でどうだ?」 やです。 「ありきたりじゃないか? それに、それならどこかに“湯煙”のワードを入れたいしな」 「湯煙栞殺人事件クイズ。バニラに乗っ取った狂気! 正解者には豪華商品をプレゼント」 「提供は倉田佐祐理と久瀬ごらんのスポンサーでお送りします、だな」 やですってば。 何ですか、そのもう末期に陥って視聴率がすぽーんと抜け出た企画のネームは。 「……相沢さん、何で私はここに?」 「むぅ、聡明なみっしーらしくないな。面白イベントには狂気と理屈がなければダメなんだ」 「……誰がみっしーですか」 「ちなみに、美汐は狂気担当な」 「誰がきょう……み、み、みみ、みし!?」 「ミシシッピ?」 「みみみみみし? みみみみみしい? なんて意味だ?」 「ち、違います! と、突然、その、み、みしを……こほん、美汐などと呼ばれて、驚いただけです」 「聞いたか北川。天野はみっしーと呼ばれるよりも、名前で呼ばれることの方が驚きらしいぞ」 「美汐」 「北川さんは黙っていてください」 「うんボクハダマルヨ」 えぅ、主役差し置いて何やってるんですか。 そう言いたいけれど、実は三人に隠れて廊下の方で様子を見守っているのでそうもいきません。 どうやら私にサプライズしてくれるようですし……ここは帰って、本番を楽しみにしておくべきでしょうか? 「真琴やあゆさんと同じ、普通の誕生会ではいけないのですか?」 「あゆのアレを普通と呼ぶとは。歴戦の猛者だな、天野」 「俺、アルコール分に追いかけられる夢見た……」 北川さんの夢は非常に気になりますが、確かに猛者ですね、美汐さん。 「……言葉の絢です。兎に角、普通に祝うだけではいけないのですか?」 「普通? 笑わせてくれるな、天野」 「俺たちが普通になんて染まったら、それこそ世界の終わりだよ」 ババーンと決める二人。男の友情は、男女のそれよりも単純で、だからこそ美しいです。 まあ、あの二人の友情は果てしなく黒に近い灰色ですし、たまに極彩色にもなったりしますけど。 「で、質問なんだが天野」 「何ですか?」 「栞へのプレゼントって、アイス一年分でいいと思うか?」 そこは非常に肯定したいところですけどそれは北川さんからのプレゼントということで! だって祐一さんからのプレゼントがアイスだったら……食べようか食べまいか迷って、私はきっと知恵熱でも出しちゃいます。 そりゃもちろん食べるためのものでしょうけど、誕生日プレゼントなんです。 祐一さんの愛が詰まったものが欲しいんです。 あ、でもやっぱアイスも捨てがたいんですけど。 「それは、本気で言ってますか?」 「冗談だ。一応もうプレゼントは買ってある……ううぅ、俺の、俺の貯金通帳が……」 「泣くな相沢。一月後はその悲しみを俺とともに泣き濡らそう」 ああ、再来月の頭はお姉ちゃんの誕生日ですからね。 それにしても祐一さん……そこまで切羽詰っているんだったら、私は別に安物でも全然気にしないのに……愛さえあれば、ですけど。 「……そろそろちゃんとした段取りを考えませんか?」 「ん、そうだな」 「とりあえず、俺(美坂のために)近頃カードマジックかじってるから、出し物は任せろ」 私はその時点で、踵を返し教室を後にました。 最善を考えていてくれるなら、お膳立てはすべきです。ここでカンニングなんて無粋は許されません。 「うし、んじゃ我等が美坂栞嬢のために、いっちょイベントを勃発させてやりますか」 ――――――――勃発? 一抹の不安が、胸を過ぎりました。 あとがき 日記じゃないが、という言葉はキコエマセン。 あと、これは短編。
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