高校で二度目の春休みに突入してから、一週間強といったところか。
祐一は、声の好みなら今、祐一としてなら昔の方が好きでした(余談)
部活もやってなければバイトに勤しむ事もなく、勉学なぞ親の仇だと現実から目をそらす相沢祐一の日々は怠惰に尽きた。

無事三年に進級できた祝い。

無事二年を卒業できた祝い。

まだやってきていない悪友北川の誕生日祝い。

とりあえず桜が綺麗だから、花見と称した祝い。

既にこれだけのランチキ騒ぎが勃発し、恐らく本番を祝ってもらえないだろう事実に北川はひっそりと涙したものだった。

そう、こんな日常。少々賑やかで、でもどこか憎めない日々。

だからこそ相沢祐一が朝放つ一言は、「おはよう」でなくてはならなかったのに。

「あ、そういや俺、実家に帰る事になったから」

子猫の戯れるカレンダーを見て、ふと思い出したように祐一が呟いた。

響いた絶叫が誰の者かは分からなかったが、少なくとも家主である秋子さん(敬称デフォ)の物ではなかった事だけは、確かだろう。




































ロンド・ろんど・rondo
「由々しきことだわ」 「由々しきことです」 綺麗にハモる美坂姉妹に、北川が一人場違いに拍手して、拍手したというのに殺意を伴った視線を受けて硬直した。 来週にはエアリード機能でも搭載しようと心に決める。 ところで“ゆゆしき”って漢字でどうやって書くんだっけ? とか考えている辺り、そんな高等な機能は付けられそうも無いが。 ちなみに、ここは久瀬邸の客間である。ここならば祐一も来ないだろうと満場一致の末の結果だった。 残念な事に本人の了承をとるという、ごく一般的な過程が存在していなかった事だけが悔やまれる。 それでも、その久瀬といえば佐祐理を見ながらだらしなくお茶なぞ注いで回っているので、恐らく無問題。 「名雪、月宮さん、沢渡さん、それは間違いないのね」 むしろ間違いであってほしい。 名雪は青ざめた顔のままで頷いた。あゆも真琴も、程度の差こそあれ同じようなものだ。 「……ぐしゅぐしゅ」 「大丈夫だよ舞。祐一さんは佐祐理たちを置いていったりしないから」 ところでそんな佐祐理の後ろでは、黒服のグラサンマッチョがなにやら指示を飛ばしている。 海陸空全てを封鎖しろとか聞こえるが、それはただの幻聴であり実際は「今日の晩御飯なに?」とかそんな感じのはずだ。うん。 「理由は分かりますか?」 アールグレイを茶碗で飲むという、なんとも間違った大和魂溢れる美汐だが、顔には若干焦りの色があった。 ポーカーフェイスは得意であると自負していても、意中の人間が離れていってしまう事実。乙女らしく焦りだってする。 「わかんないわよぅ。朝いきなり言うんだもの」 ちなみに、理由を話す前に胸倉を掴み、一般男子高校生を三途の川まで丁寧にご招待したのはこの少女だ。 「思い当たるところとしては、相沢くんのご両親が戻ってくるってところね」 毎日毎日毎日毎日、それこそ海馬が祐一という文字で埋まるまでのろけられた香里は、それなりに事情通だ。 当然、目の前でたれ名雪と化している親友から祐一が居候することになった原因も聞き及んでいる。 「じゃ、まだ向こうにいてもらいましょうか」 栞があっけらかんと言い放ち、そして刹那右手には注射器が握られていた。 もちろんそれは玩具であり、今のも場を和ます栞なりの心意気だ。それを読めない奴はここにはいない。 つまるところ冗談なのだ。栞の手に、吸い込まれるようにして現れた注射器はマジック、イッツアマジックである。 「そういうのは置いといて。北川くん、相沢くんから何か聞いてない?」 「何か?」 「だから、近々帰る予定だったとか、そんなのよ。女には話せない事だってあるでしょう」 それを女の身分で語るのもどうかと思ったが、言ったら言ったで今度こそ大学病院のお世話になりそうなので口を閉じる北川。 非常に賢明な判断だ。病院の世話になるなら兎も角、気付けば坊主が経を読んでいたなどという事態になりかねない。 「いや、俺は聞いてないな。ていうかそういう事は水瀬のおば……秋子さんに話しているんじゃないか?」 ちらりと名雪を一瞥し、北川は至極真っ当な返答をした。面白みもなさすぎてあまりにもつまらない。 「……祐一、またいなくなっちゃうの?」 「大丈夫だよ舞。祐一さんは優しいから」 後ろのマッチョがいつの間にか三人に増えてるし、とても優しそうには見えない強面だがそれは今関係ないだろう。 いざとなったら実力行使でも構わんと聞こえてくるが、そんな人は耳鼻科に行くことをオススメする。 「そうですね。確かに秋子さんにはお世話になっているでしょうし、話の一つくらいはしているのでは?」 いつの間にかアールグレイを飲み干し、ダージリンの香りに酔っていた美汐も賛同した。 「お母さんも何も聞いてなかったって。私達が出ていく時に、事情を聞いてみるわって言ってたけど……」 しかしながらその時祐一はまだ昏睡状態だったわけで、どうやって事情を聞くのか非常に興味の尽きないところだ。 だがまあ、日本には好奇心は猫をも殺すという、古き良き時代の先達が残した言葉もある。 秋子さんに手にかかれば全ての事がケセラセラ。大事なのは手段ではなく目的デス。 「ていうか名雪、普通に相沢くんに、その事情とやらを聞いてみればよかっただけじゃないの?」 「だって真琴が……」 「あ、あたしは悪くないわよ!」 「犯罪者って皆そういうよね」 水瀬三姉妹が内部分裂した。 朝から一般男子高校生を締め落としといて悪くないというのが罷り通れば、日本は近いうちに崩壊するだろう。 「ていうかさ、相沢が帰るってのは恐らく決定事項なんだろ? こうやって集まって意味あるのか?」 「北川くん。やらないで後悔するのはあたしの美学に反するわ」 「佐祐理は少し頭の悪い、不可能を可能にしたがったりもする女の子ですからー」 「諦めなければ、思いもよらぬところから勝利が転がり込んでくるものです。かの織田信長もそうでした」 言葉は十人十色で千差万別だが、ようするに祐一に自由意志がない事だけは北川にも理解できた。 あと美汐さん、多分信長は関係ねーです。 「……しかし、聞けば家主にも話を通してないというのもおかしな話だな」 一瞬、皆は誰が口を聞いたのかと辺りを見回した。 男のそれであったが北川のではなく、佐祐理の後ろで「言葉の最初と最後にサーを付けろ糞共」と激を飛ばす彼らの物でもない。 しかしこの場に、他に男などいないのだ。よもや幽霊かと、生霊もどきであったあゆがげっ歯類チックに涙をため始めた。 「――……すまないが、そこの木陰で泣いていいかな」 久瀬だ。 そう、久瀬である。場所提供者以上でも以下でもなく、ただ淡々と産地直送の紅茶を注ぎまわっていた久瀬だ。 舞は驚愕のあまり泣き止んで抜刀しそうになったし、真琴は真琴で「なんだってー!?」の顔をしていた。 「こほん。で、久瀬先輩、何か言い案でもありました?」 年上にはデフォでさん付けの栞がわざわざ先輩呼びしているのは、さん付けで呼ぶ価値もないと言いたいのか。 ちなみに北川の夢の一つは、この少女に敬語なしで「お義兄ちゃん」と呼ばれることだ。 現状を顧みるに、守護霊をとりかえてお百度参りを十度繰り返し、栞と香里の記憶が突発的になくなればギリギリ叶う可能性もある。 「いや、ご両親が帰ってくるという話なら、普通そのご両親が息子を世話している家に連絡の一つでも入れるだろうと思ってね」 なるほど、確かに道理だ。 なにせ祐一の親だからどんな破天荒でノーマナーな人間かは知らないが、それくらいの事はしても良さそうである。 「つまり、ご両親凱旋ではない、と」 海外出張から戻る事を凱旋と呼ぶ辺り、栞の語彙力も常人とはかけ離れた物がありそうだ。 「あ……」 「何北川くんさあ話しなさいここまで来て明日予約していたゲームの発売日だったとか言ったら眼球抉り飛ばすから」 ノンブレス。 「明日予約していたゲームのはつばぎゃぁぁぁぁぁぁ――――――――!!!!???」 ノン躊躇。 さすがにリアルB級スプラッタが舞い降りることはなかったが、北川は股関節を押さえてくず折れた。 佐祐理の後ろの(以下略)と、ついでの久瀬がなんともいえない顔をしている。 「じょ、じょ、冗談、でぃす、み、さか」 「よろしい。で?」 「ッつつ……いや、その、な。あ、言っとくけど、これ相沢が言ってた事を思い出しただけだからな!」 俺が言ったんじゃないから鉄拳制裁は勘弁してください。 北川の後ろで、北川の生霊が土下座をかましながら心の声を代弁しているのが誰の耳にも届いた。 「北川さん、私、まだるっこいの嫌いです」 「……早く言って」 二の腕の静脈に注射針、喉元には両刃の洋剣。 これで一人は裏を疑いたくなる笑顔で、もう一人は涙目で充血しているのだから、混沌もここまで来るといっそ清々しい。 「あ、あー……その、な?」 「なあ、北川」 ――んー? つか最近お前やつれたな。昼もあんま食ってないし 「……ついに俺の貯金が残り一桁になったわけだけど、いやいやその事実は全く関係ないが女って怖いよな……」 ――あー……。 香里が、美汐が、佐祐理が、名雪を、あゆを、真琴を、栞を、舞を見た。 つい、と視線を反らす瞳が十個。筋が通らなくもない。そういえば、確かに祐一は痩せてきていた。 買った弁当が食べきれないというなら病気だろうが、そもそもパン一つ。悪い時はパックジュースのみといった日もあった気がする。 「申し開きはある?」 「だってイチゴ「発言は許可をとってからにして下さいねー」……そ、その、異議あり……?」 「異議は却下します」 かつてこれほどまでに公私の混同した裁判があっただろうか。いやない。 そもそもメンバーが悪い。最強の三人が手を組んでしまった。 逆らえば香里の手により圧砕、美汐の口により精神が病み、佐祐理のお家柄的な手腕によって暗黒世界を旅する事になるだろう。 「ぼ、ボクここ最近奢ってもらってないよ!」 事実だった。あゆお気に入りのたいやき屋が営業するのは、十一月の頭から二月の頭までなのだ。 つまり今も営業していれば奢ってもらう気満々だったという事実でもあるが、ありもしない仮定は必要ない。 大魔王三人娘が一瞬視線を合わせ、あゆを天使か何かを見間違う程の笑顔で手招きした。 これであゆのステータス爛を開けば、入手アイテムで貴重品爛に「免罪符」が堂々と鎮座していることだろう。 ととと、と子犬よろしく走り寄るあゆの頭を、佐祐理が優しく撫でている。 女は身の振り方一つでこうも違うのかと、暗澹とした面持ちのまま北川と久瀬は祐一に同情した。 「あゆちゃんずるいよ!」 「た、単価は一番安いもん!」 「裏切ったわねッ!」 「うぐぅ……だ、だって怖いもん!」 「あゆさん、私を敵に回すなんて、もっと聡明だと思ってました」 「う、うぐぅ!」 「……斬る」 「うぐぅ!?」 本音トーク全開である。銃刀法違反? それって美味しいの? 「ま、まあ待てよ。ほら、何もそうって決まったわけじゃないだろ?」 北川が窘めるが、それにしたってこの心臓が破裂しそうな程の緊張感を、同年代の女子高生が出しているとはとても思えない。 このメンバー相手に今まで笑顔で付き合っていたのだから、実は相沢ってすごいやつ? とか思ったりもする。 自分ではああはいかない。せいぜい今の久瀬のように、震えながら嵐が去るのを待つのみだ。 「……そうね。確かにそうって決まったわけじゃないわ」 目に見えて安堵する四人。 「ですが……」 美汐の接続詞で、緩みかけた場に緊張が戻る。 「そうじゃないと、決まったわけでもありませんねー」 佐祐理の笑顔は酷く眩しくて、何かここ最近でトラウマでもあるのか、舞など生まれたての小鹿ごっこのように足を震わせている。 しきりにお仕置きは嫌だとか、そこはダメとか呟いているがそれもまた佐祐理発舞行きの愛情表現なのだ。まる。 「お、おっけ。分かった。なら俺が今から相沢に、それとなく理由聞いてみるから」 「ちょっと待って北川くん、言いながらさり気に携帯取り出したけど、水瀬家の番号知ってるの?」 名雪が露骨に嫌な顔をしたのを、北川は見ない事にした。 だって涙が出ちゃうもの。 「いや、相沢の携帯にかければいいだろ?」 「え? だって祐一、携帯なんか持ってないよ?」 首を傾げる名雪に賛同する少女達。それに疑問の声を返したのも、やはり北川だった。 「何言ってるんだ? ちょっと前に買ったって。俺何度か電話したし、メールだってしてるぞ?」 そういや学校内じゃ使ってなかったが、なんていっている。 「北川くん」 「ん?」 「相沢くんに、死刑執行人が来るって伝えておいて」 「……了解です、マム」 ――……――♪――♪――プッ ――あ、相沢? 『何で一々確認するんだ、そうに決まってんだろ』 ――癖なんだよ。ところで、今大丈夫か? 『ま、なんか知らんが気付けば名雪たちもいないし、お前の話し相手になってやる時間的余裕を見繕ってやれないでもない』 ――暇なんだな……なんか声かすれてるな。どうかしたか? 『分かるか? ちょっとうちの居候二号に胸倉つかまれて、喉絞められながら地獄のヘッドバンギングを強制的に食らわされてな』 ――お前も飽きないな。また何か馬鹿な事でも言ったんだろ? 『北川、良い事言った。確かに俺は今日馬鹿な事を言ったんだ』 ――……なんか妙な言い回しだな? 『馬鹿なことを言ったんだよ。お前、今日が何日か言ってみ』 ――今日? 今日は今日は四月の最初なんだから……あ。 『そ、今日はエイプリルフール、四月馬鹿の日なのだよ、ワトソン君。  それで名雪たちに実家に帰るって嘘を――――あれ? 北川? おーい? 北川ぁ? 馬鹿ぁ? 先天性酸素欠乏症?』 「お、おい待て香里!? やめッ! 佐祐理さんも笑ってないで止めてって栞! それはちゃんと許可が出てる薬品だろうな!?」 その日、北川は本当に久しぶりに夜空をしげしげと眺めた。 月の横に大きく、凛然と輝く星ひとつ。ああ、きっとあれは相沢の星だと、涙を拭いながら十字を切る。 後日それが火星だと知る事になるが、少なくとも悪友を祈る気持ちに偽りは、なかった。 あとがき 勘がいい人は一番最初に気付いたかな、という程度。そうじゃない人も違和感くらいは感じてもらって、逆に気持ち悪い作品に。 大人数を動かす練習でしたが、どうにも上手く行きませんね。結局は個々をバラにすることでしかバランスがとれませんでした。 ジャンルはほのコメ? 例によってオチはない。 しかし書き方が統一しない私、どうすればいいってどうしようもないと自分でも思います。 ちなみに、タイトルに深い意味はありません。ていうか語感で適当にくっつけただけで、物語とはほぼ無関係。 本当はカタカナのところを回旋曲としたかったんですが、無意味な上に詠みづらいタイトルになるのでこうしました。 しかしこうしてみると言い訳だらけのあとがき。勘弁してつかぁさい。 では。
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