ちなみに、仕送りの九分九厘はあゆのためにつぎ込んでます(Yくんは胸を張って言った)
















曰く惚れた方の負け。いろいろと
鋭く幼い悲鳴は、尚余りある声量で絹を裂くという比喩も妥当だと思わせた。 心がぶるりと震える。少女の恐怖がいつ自分にも降りかかるか、などというチンケな理由ではない。 そう、俺は歓喜しているのだ。いや、狂喜といってすら、御幣ではないのかもしれない。 少女は目じりにいっぱいの涙をためこみ、小学生の頃に習った表面張力の限界を俺にまざまざと見せ付けてくれた。 ああ、そう考えると世の中は理科の実験でいっぱいなのだ、と若輩ながらにして悟る。 少女はこちらを一瞥すらせず、がたがたと肩を震わせて俯いていた。 時折聞こえる嗚咽は本心からのものだろう。少し可哀想なことをしたな、と思う。けれどそれは本当に微かなモノだ。 きっと、俯いても地面を見ることはなく、まぶたを閉じて暗転した視界の中で、今の光景を忘れ去ろうと必死なのだろう。 だが哀しいかな。海馬に留めておける情報は新鮮さが命。 そもそも忘れようと必死な時点でそのことばかり考えてしまっているのだから、結局は恐怖が繰り返されるだけなのだろうに。 もとい、そんなことを考える理性が残ってないのだろう。俺はできる限り自然に微笑み、彼女の震える頭に手を置いた。 「ほら、あゆ。いつまでもここにいるわけにもいかないだろ?」 「う、うぐぅ……怖いよぅ……」 いつもは明るい、明るすぎるくらいの月宮あゆ。そんなあゆの声は震え、掠れ、小さかった。 ああ、だがなんだ、この感じは。 体内の血という血が逆流し、何かをシャウトしている。やばい、これは、反則だ。 お化け屋敷 in 月宮あゆ。 よもやこれほどの適材フィールドがあるとは。 ありがとう日本の夏。 良くがんばった日本の遊園地。 そして怖いもの見たさというものを考え出した古き良き時代の偉人たちに、感涙に咽ぶ言葉を送りたい。 ああ、さて。トリップしている場合ではないのだ。 ここのお化け屋敷は、前の組が入って五分後には次の組が出発してしまう。 いくらあゆが見られて興奮する体質とはいえ……おっと、プライバシーの侵害とは俺らしくもない。 反省の余地ありだ、相沢祐一。 とにかく、いくらなんでも目じりに涙を溜め込んでうぐうぐ言ってる情けない姿は、いくらあゆでも見られたくはないだろう。 彼女が本当に嫌だというのなら、俺はそれを本気で排除する。 彼女がタイヤキを捨てるのなら、俺とてタイヤキなど見限ってやろう。 閑話休題だ。早々に歩き出さなければいけない。 これほどキュートなあゆの姿を、どこぞの野郎に見せてやる気は一欠けらも無いのだ。 「ほら、ちゃっちゃと行けばいいんだって。な?」 「で、でもー……うぐぅ、ね、ねえ祐一くん。幽霊退治できる?」 そもそもそんなことができれば、俺は一介の高校生などやってはいない。 だが、彼女はそれを望んでいる。俺が幽霊を足蹴にし、かつ余裕綽々で追い返すことができる人種だと信じている。 「やってやれないことはない」 「ほ、ホントッ?」 「おうよ。見てろ?」 歩き出したその先には、特殊メイクを施したらしい化け物崩れが何事かを叫んでいた。 ああ、なんてチャチな演出だろう。今日日このようなもので怖がるのは、サンタを信じる少年少女くらいのものだ。 ちなみに、あゆの部屋に一年に一度でも正当に侵入できる言い訳を作るために、あゆにはサンタの存在を信じ込ませている。 「う、うぐッ。お、おお、おば、ば」 「おばばじゃないぞ。多分、オスだと思うし」 問題はそこじゃないが。 ていうか多分、おばばといいたいわけでもないのだろうけど。 わざとからかってみた。むくれるあゆは可愛い。怖いのに、それでも俺に突っかかってくる彼女は女神ですら霞むに決まっている。 俺はあゆの頭に、先ほどのように手を置いた。刹那だけでも緩む緊張感。だが、それでいい。 「見てろあゆ。これが伝家の宝刀だ」 にっこり。 頭から手を離す。愉快、愉快だ。 伝家の宝刀って別に相沢家には銃刀法違反するような物が伝わっているわけでもないけれど。 そんなことは、もうどうでもいい。 腹筋に力を込める。恐怖を意識させるゾンビの動きは単調かつ緩やかで、その間に俺は二度ほど指の間接を鳴らした。 そこにきて、ゾンビの顔がゆがむ。先ほどまで相対していた優男の笑みの質が変わったことに気付いてしまったのだろうか? ならばそれがお前の不運。宵闇のごとき屋敷内。進める歩は確実。ゾンビは小さく「ひっ!?」と唸った。 そしてひっさつのこーくすくりゅー。 畳み掛けるように蹴りを繰り返す。もちろん本気ではない。それなりに力は入れているが、こちらだって殺すつもりなぞ毛頭ない。 だが、それでも。 俺の脚はあゆのために亜音速を超えた。闇を切り裂き、風を飲み込み、蹴る。 蹴る。 蹴る。 蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る。 蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る。 気付けば、俺の脚を空を切っていた。 そして倒れ、白眼を剥いているゾンビ。 良かったなと俺は思う。 これでより化け物らしさにリアリティが出ているじゃないか。客に受けることは間違いない。 ああ、さてあゆ。どうだ? そろそろ行こうか。 「う、うぐぅ!? こわいよー!」 ぬかった。 平伏す化け物もどきは低頭し、びくんびくんと何かやばげに痙攣している。 言わずもがな一生見たくないランク上位入賞ヤッタネ、と言いたくなるグロテスクシーン。 これがゲームなら、三角マークの中にR-15と書かれ心臓の悪い方及び妊婦などはしないほうが言い類のそれだ。 俺は走った。 もうここにはいないあゆに、追いつくために。 必死で、必死で。肺は限界を訴える。足は急激な運動に啼く、心臓は爆発半歩手前だ。 けれど関係ない。今の俺にはあゆだけだ。 涙目で充血しているあゆを見れないなんて恥部が、相沢祐一にあってはいけないのだから。 次々と叫ぶお化けも、仕掛けも関係ない。 一心に走り続ける。世界が回ろうと止まろうと関係ない。 何か後ろから「キャァァァ!」だの「泡吹いてる!?」だの聞こえるが、関係ない。 俺はあゆを見つけるためだけに奔走した。 ――――――その十分後。 「――ええとですね、こう、十歳くらいの女の子です。髪の毛は栗色よりも薄くて、多分泣いてます。あ、違った。絶対泣いてます」 「……よりお越しの月宮あゆ様。月宮あゆ様。お連れの方がお待ちですので至急遊園地西口の――――――」 『今日はなんと言う良い日だろう。たとえ日本に住まうという八百万の神々一人一人に祈っても足りないくらいに良い日だ。  まさか恥じらい赤面、しかも涙目で俺をぽかぽか叩くあゆを実感できる日が来るとは。  名雪ほどではないが、これだけで三年は飯のおかずにできそうだ。ああ、いやしかし、俺の文才の無さが悔やまれる。  あのときの感動を書き尽くすとあれば、恐らくは二日三日では足りないだろう。北川は俺に共感してくれるだろうか?  デジカメを持ってきていなかったことも悔やまれる。  ああ、だが明日はまた五時におきてあゆの寝顔をたっぷり観察しなくてはいけない。そろそろ寝よう』 相沢祐一の日記より一文を抜粋。 あとがき 正直、起承転結という言葉を辞書で引きたくなった。
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