At One Time

 
 

 
 
 
 文化祭が訪れていた。
 美坂香里は、文化祭に色めく学校の中を、ただ一人、ぶらぶらと歩いていた。
 過去に、一緒に歩く約束をした妹は居らず。一緒に回るかと言ってくれた友人の誘いも断って、ただ一人目的もなく歩いていた。
 擦れ違う生徒達を遠くから眺め、ただ何も考えずに歩く。
 空虚な心を引きずり、虚ろな瞳で物を追い、凪ぐ自らだけを見つめながら。
 ふと、仲の良い姉妹のような二人が、目に入った。
 よく見れば、名雪と、元陸上部の副部長――名前は思い出せないが――だった。二人も、此方に気づいたのか、名雪は大きく手を振り、元副部長は軽く会釈した。
 それに軽く手を振って、二人に近づく。顔には、微笑を浮かべるように自分に命令しながら。
「香里、久しぶり」
「ええ、そうね。久しぶり」
 3年になると、美坂チームは、二つに分かれた。
 相沢君と、私。北川君と、名雪の二つに。
「美坂さん、聞いてくださいよ〜。
 名雪ったら、さっきから北川さんのことでのろけてばっかりいるんですよ?」
「わっわ〜」
 元副部長が、口を尖らせながら愚痴を言う。名雪は、それに顔を赤らめていた。
 そして、ふと思い出す。二人は、付き合っていたっけ。
 栞が死んだ、2週間後だっただろうか。その頃に、聞いた気がする。
「そう、上手くいってるみたいね」
「香里まで〜」
「それじゃ、私にまでのろけないうちに、逃げさせてもらうわ。
 頑張ってね、波野さん」
 忘れていた名前は、思い出したわけでもないのに、口をついて出た。
「はい」
「う〜」
 苦笑する波野さんと、唸る名雪。
 その二人から、逃げる様に歩き出そうとして、裾を引っ張られた。
 振り返ると、名雪が真面目な顔で立っていた。波野さんは、ちょっと離れた場所にいる。
「香里」
「何?」
「祐一、今日歌うんだって」
「…そう」
「うん、それじゃね」
 返事をする暇もなく、名雪は波野さんの方へいってしまった。
 
 私は、ただやるせない気持ちだけを引きずって、再び校舎の中を歩き始めた。
 
 
 
 
 気づけば、体育館に居た。
 今は、名も知らぬ…顔も知らぬ生徒達が、歌っている所だった。
 楽器を鳴らし、それに合わせ歌を歌う。
 カラオケなどで歌うなら…アマチュアとしてなら、十分上手いと思えるであろう歌唱力。
 だが、それに心が動かされることもなかった。
 ただ、見る。
 ただ、眺める。
 それだけでしかない。
 
 そして、5人目が歌い終えてから、相沢君が、クラシックギターと椅子を持ってステージの真ん中へ歩いてきた。
 顔には、どこか愁いを帯びさせて。
 瞳には、どこか悲しさを帯びさせて。

 体育館中が、静かになった。
 元から有名な彼だ。それもありえることだろう。
 私も、その静けさの中に身を任せて、目を閉じた。
 スローテンポのクラシックギターの音が、体育館に響いて、消えていく。
 その間、彼は一度も歌わなかった。ただ、どこか悲しい調べを奏でるだけで。
 そのギターの音も、少しの余韻を残して、消えていった。
 そして、彼の声が、漸く体育館に響く。
「それでは、自作・『消えるぬくもり』、お聴きください」
 今まで以上に、もの悲しげな旋律が、流れ始める。
 そして、それにあわせて、彼の歌声が流れ、漂ってきた。
 テレビに出ている歌手よりも、よほど上手に感じる歌が。
 
 
 
 

消えていくぬくもりが淋しくて 君の体抱きしめた
それでも逃げていく暖かさに 僕は涙を流した
 
まるでドラマのワンシーンのよう そんな出会いの形
雪の降り積もる街路樹の間で 僕らは出会ったね
儚い光を燈した瞳で僕を見上げる君に 一目ぼれした
そんなに昔といえるほど昔じゃない
つい最近といえるほど近くない
そんな中途半端な時間が過ぎて
僕は既に 君の為に涙流さなくなっている
消えていくぬくもりが淋しくて 君の体抱きしめた
それでも逃げていく暖かさに 僕は涙を流した
 
二人だけの世界が出来たかのよう そんな別れの形
雪の降り積もる深夜の公園で 僕らは最後の逢瀬交わした
儚い光の中に微かに強い光宿した瞳 覚えてるよ
君のこと忘れるほど時は過ぎてない
君のこと思い出すには時が過ぎている
そんな中途半端な時間が過ぎて
僕は既に 次のぬくもり探している
消えたぬくもりを忘れて 僕は新しいぬくもりを抱く
君に少し似ている暖かさに 僕は涙を流す
 
今でも昔でも 誰一人守れなかった僕
ただ一人 意味もなく生きているのだろうか
消えていくぬくもりが淋しくて 君の体抱きしめた
それでも逃げていく暖かさに 僕は涙を流した

 
 
 
 
 歌が終わり、余韻も消えていった。
 体育館には、ただ静寂のみが横たわり、深海のように、空の高みのように静かなままだった。
 だけど、私が小さく、控えめに拍手を送ると、思い出したように拍手の音が体育館に鳴り響く。
 彼は、それに照れくさそうに頬を掻き、一度会釈して、裾へと戻っていった。
 一瞬だけ、私に目を向けてから。
 何所までも悲しみの色に澄んだ瞳で、私を射抜いてから。
 
 
 
 
 
 なんとも、懐かしい夢だった。
 今まで、思い出すことも無かった出来事。
 今まで、顧みることも無かった出来事。
 それは、遠い過去の出来事のまま、色褪せずに残っていた。
 今では、彼が何を考えていたのか、知る術はない。
 栞と同じく、消えていった彼の考えていた事を知るなど、誰も出来はしない。
  
 中途半端でない、長い時間が過ぎ去り。
 中途半端で、どうしようもなく微妙な時間が過ぎ去り。
 中途半端でない、短い時間が過ぎ去り。
 
 彼の事を思い出さず。
 彼の事を時折思い。
 彼の事をいつも思う。
 そんな中途な時が過ぎ。
 
 妹の事を思い出さず。
 妹の事を時折思い。
 妹の事をいつも思う。
 そんな半端な時が過ぎ。
 
 それでもただ一人のまま、生き続けている。
 そう、あの詩のように、意味もないままに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<あとがき>
 はじめまして。海影と申します。
 ゲーム・Kanonを元としたSSでは、これが初めての作品です。いかがだったでしょうか?
 もし、楽しんでいただけたのであれば、幸いです。
 それでは、何を書けばいいのやら全く解らないので、以上をあとがきとさせていただきます。
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