夜を翔ける永遠の使者



 ビチャビチャ

 血のしたたり落ちる音が、何もない虚空の闇に響く

 たった今

 そう、ほんの僅か時計の針を右に動かすだけで心臓を収縮させていたはずなのに

 もう動くことはない。

 なぜならば、既に生きているというたった一つの定義が覆されたのだから







 ――永遠に























 
夜を翔ける永遠の使者













「本日未明、五体をバラバラに引き裂かれた上に各部に裂傷の見られる死体が街の外れで発見されました。
 これで同じ殺され方をした死体が続けて二十五体発見されたことになり、市民の間にも動揺が広がっています」

 ニュースのアナウンサーが紙に書かれた情報を読み上げる

 読むだけならば簡単だ

 死体も見ず、現場も見ず、相手も見ず

 ただカメラに向かって読むだけ

 そこに何ら経験を伴った実感などは入ってはこない

「未だに犯人を捕らえられない治安当局に対し、批判が相次いでいます
 このために設けられた特殊警察も何ら功績を上げることはありません
 市民の安全をより守るためという謳い文句通りの働きを一刻も早く見せてもらいたいものです」

 訳知り顔でアナウンサーが喋る

 お前に何が分かる、とテレビに向かって叫びたくなる衝動を何とか抑えておく

 そんな子供じみた行動を取るよりは、このテレビを消す方がより生産的だと考えて

「当番組ではこれを機に、特殊警察の実態についての取材を―――」

 これ以上の耳障りなセリフは夜に差し支える

 迅速にテレビのリモコンを使ってスイッチを切った後、ため息を吐きながら座っていたソファーの背もたれに背中を預けた

 窓から覗く空は相変わらずの曇り空

 ここ最近の街の雰囲気を現すかのような陰気な空に、さらに気分は鬱になってくる

 とはいえ、鬱な気分のままでいるわけにもいかない

 軽く頭を二、三度ほど振って気持ちの切り替えを促す

 それで空が明るくなるわけでもないが、少しぐらいは雲が薄くなった気がした

 これから夜になるにつれ、徐々に本当の『闇』に入っていく空

「闇……。夜……。いつから、俺たちはこうなっちまったんだろうな?」

 遠い昔に決別した友に意味もなく問いかけてみる

 間隔はまちまちなものの、それなりに対面はある

 果てしない空の向こうにいる友と、果てしない地の底にいる自分という大きな壁がある上でだが

「言ってもしょうのないことだとは分かってはいても……」

 新しい雲が流れてきた

 今度の雲は先程よりも分厚くて黒い

 まるで、夜の闇であるかのように

 カチャ

 後ろでドアの開く音がした

「よぉ、祐一。そろそろ時間だぜ」

「ああ、わかった」

 短い会話を交わした後で持っていくものを確かめた彼は立ち上がり、仕事へと向かう

 彼の名は相沢祐一

 近年になって頻発するようになった対過激犯専門として結成された組織、特殊警察にその名を連ねる男である






















 誰もいない公園

 住宅地のど真ん中にある公園というものは、夜中になればめっきりと人の往来はなくなってしまう

 今宵もその例に漏れず公園には人の気配は微塵も存在しない

 近道とはいえ、今現在この道を通っている少女は戦々恐々の思いで足を進める

 ただでさえ暗くて恐いのに、最近は残虐な殺人事件までこの街では起こっている

 内申のためとはいえ生徒会なんて入るんじゃなかったと今更ながらに後悔してみたり

 中途半端に崩された砂山のある砂場の脇を通り、随分とくたびれたブランコの前を横切る

 昔、よく登っていたジャングルジムはそのままだし、シーソーもペンキを塗り替えたものの記憶どおりの場所にあった

 あとは水飲み場と電話ボックスを過ぎれば公園の出口が見えてくるはずだ

 夜の公園にたった一人でいるという恐怖感を隠すかのように、ただそれだけを思いながらいつの間にやら早足になっていた歩きでもって先を急ぐ

 冬の真っ只中にあるせいか、虫の鳴き声ない静かな夜

 そんな中を得体の知れない恐怖感を抱いた少女の足音だけが響き続ける

「ハァ……ハァ……」

 もはや走るのと同じぐらいのスピードで歩く少女

 何がそれほどまでに彼女を焦らせるのかは本人ですら分からない

 ただ、何となく恐かった

 まるで後ろから何かが追っかけてきているような気がして、何度も振り返ろうとして思い留まる

 振り返りたい。でも、恐い

 押し問答を心の中で幾度も繰り返しつつも、少女の足は止まらない

 一歩。また、一歩と出口が近付いてくる

「もうすぐ……」

 目と鼻ぐらいの距離に公園の出口であることを示す垣根の途切れた場所が見えた

 安心感に胸を躍らせる

 あと一息

 それだけに少女は専念してしまっていた

 一つのことに集中してしまうと人は他の事が目に入りにくくなる

 だからだろう、彼女が出口のすぐ近くにあるベンチに悠然と座っている人影を見逃したのは

 彼女が安全と安心のある世界への入り口をくぐろうとする、まさにその瞬間

 夜の使者が彼女に気さくに声をかけた

「やぁ、美しいお嬢さん。俺と一緒に季節外れの月見でもしないかい?」

 ゆっくりと覆っていた雲が流れていき、月が姿を現す

 少しずつ、少しずつ人影を覆っていた闇のベールが剥がれていく

 少女の足は自然と止まり、まるで彼が運命の人であるかの如く食い入るように浮かび上がってくる輪郭に目を向ける

「なんだ、返事もなしか。まったく、最近の若いモノは…って、俺もまだ若いか。ははは、困った困った。俺って結構年寄り臭いんだなー」

 ちっとも困っていないような風で笑う彼の顔

 何かを企んでそうな感じを受ける面構えに、やけに自信満々な笑み

 だが、それよりも少女の意識を集めたのは月の光に照らされる彼の神秘性

 予定調和のように光に照らされた彼は何もかもが満ち足りていた

 空に浮かぶ月のように、水面に映える月のように

「おいおい、少しぐらいはなにか喋ってくれないと場がもたないじゃないか。いくら天才の俺でも、黙ってばっかの相手と長時間は話すネタはないぞ?」

 不満そうに立ち上がる男

 その際に、手に持っていた何かが月の光を受けて煌く

「ふむ。どうやら、オジサンとは口も聞きたくないみたいだな〜。じゃ、悪いけど向こうに行ってもらおうか。俺と妹のために」

 赤い紅い綺麗な花が今宵も、また一輪









 











 歯車が一つ欠けただけで、世界はこんなにも美しくなる

 その事に気付いたのは十七の時だった

 高校二年という多感な時期において、運命とでも呼ぶべき出会いを果たした二人がいた

 彼らは最初からそう決まっていたかのように、初対面から妙にウマがあった

 以後、二人は蜜月であるかのように共に学園生活のほぼ全てを費やす

 常に騒動の真ん中に位置し、時には自ら騒動を巻き起こすトラブルメイカー兼ムードメイカー

 騒がしくも楽しき学園生活の終焉は、他ならぬ彼らの片割れによって起こされた




 友人八人を五体バラバラにした上で自宅の居室に運び込んで逃走

 そんな事件が起きたのは二人のうちの片割れが北の街へと転校していった一月後に起きた

 そして、その犯人が追ってきた警察を全て返り討ちにしたことも続いて報道された

 四十三人

 最初の一年間で出た犠牲者の数はそれだけに上る

 圧倒的ともいえるその力は、既に『人間』という領域を超えた『怪物』とでも呼ぶべきものになっていた

 次の年には八人

 警察が必死に威嚇射撃を繰り返して実のならない説得をマニュアル通りに行っても、犯人は止まらなかった

 その次の年は九人

 七人

 九人

 四人

 犯人が積極的に殺した人間の数はこれだけであるが、追ってきた警官などの消極的殺人を合わせると総計では百人を超す人間が殺されている

 その手口は至ってシンプルなものである

 相手が学生ならば下校中に待ち伏せ、相手が会社員ならば帰社中に待ち伏せる

 証拠の有無、目撃者の有無なんてものには頓着のない彼は偽装工作も何も行わないのである

 そして、彼が狙うターゲットは全てある人物に関わりのある者ばかりであった

  














「祐一、今日は満月みたいだぜ」

 見回り中に相棒が空を見上げ、見てみろよと言わんばかりに空を指差す

「ん? ああ、ホントだな」

 同じように空を見上げる

 覆っていた雲が風に流されて顔を出した満月がそこには輝いており、見回りをしている二人を包み込むような優しさを放っていた

 夜の街に人気はない

 流石に殺人が相次いでいるこの現状で夜間外出をしようという勇者はいないらしく、ただ街灯に照らされた道が伸びているばかりである

「今日は静かな夜っぽいな」

「ああ」

 さぁっと風が一陣吹き抜け、二人の頬を撫でる

 今宵はいつも五月蝿いばかりに喧嘩をしている猫達の鳴き声も聞えないし、場違いなまでに騒音を響かせるトラックの通行もない

 静かな夜だ

 カチッ

「仕事中に喫煙はやばいと思うぜ?」

「気にするな」

 風でライターの火が消えないように手で覆いながら咥えた煙草に点火する

 暗闇に一点の赤の彩りが寸刻加えられ、すぐにそれは消去された

「ふぅ〜」

 煙を空へと吐き出す。

 見回りの大部分は済ました。あとは住宅街の方を回れば終了だ

「……今日は、もう何もないかな?」

 煙草を指で挟んで口から離す。

「さあな。そんなことはやっこさんに聞け。俺の知ったことじゃあねぇ」

 祐一の問いに投げやりに答える相棒

 確かに彼が殺人を犯すかどうかを相棒が知る由もない

「ま、最近は夜に出歩くような奴もいないだろうから大丈夫だろ」

「そうだな。殺人鬼がここら辺りに出没しているというのに外を出歩くような愚か者はいないよな……」

 夜道を歩きながら煙草をふかす。

 目の前にちらつく煙草の赤い光が、まるで自分をどこかへと誘おうとしている蛍のようにも思える

 果たして行き着く先はどこなのか、つらつらと思い浮かんだ空想に思いを馳せるべく今にも雲に覆われそうな満月を見上げる

 あの時から時間が随分と経った

 後悔しようにも仕切れない痛みを抱えてから早や六年

 以降、毎年のように新しき痛みを抱え続ける彼は出会いによって傷を癒し、そしてまた抱えてきた

 安住の地が見つかった途端、それは夢芥のようにぱあっと消え去ってしまう

 彗星のように。いや、彗星はバァーッと一瞬で過ぎてくれるだけマシだろう

 お湯の温かさを堪能しかけようとしたところで、いきなり冷水の中へと突っ込まされるのだから

 他ならぬ彼によって


 プルルルルル

 胸のうちで電話が震える

 それによって彼は夜空を見上げていた首を再び地上へと向きを変えさせられ、手は懐へと入り込んで震源を引っ張り出した

「仕事中は電源を切っとけよ」

「そう言うな。アイツとっては俺だけが頼りなんだから。電話が通じなかったら物凄く不安になるんだ、アイツは」

「お熱いこってすな」

 ひゅ〜と口笛を鳴らした相棒にはそれ以上構うことはせず、祐一は携帯電話の通話ボタンを押して耳に当てる

「どうした? こんな時間に――」

「奈美が! 奈美が家にまだ帰ってこないの!」

 当てた途端に祐一の挨拶を遮って相手の悲鳴のような絶叫が鼓膜に絶大なダメージを与える

 切羽詰った声に相手が錯乱していることを察し、とりあえず話ができる状態にしようと落ち着かせようと試みる

「ま、待て。とりあえず落ち着くんだ」

「落ち着けるわけがないでしょう! たった一人の妹なのよ! たった一人の家族なのよ! あの子がいなくなったら、私一人になっちゃうのよ!」

「分かったから、まずは落ち着け。奈美ちゃんがまだ帰ってきてないっていうのは本当か?」

 電話の向こうの相手に見えるはずはないのだが、なぜか落ち着けという言葉と一緒にポンポンと落ち着かせるために肩を叩くジェスチャーをしてしまう祐一

 電話をしている時によく見られる現象である

 相手には見えないのに電話で何かを説明したりなんかしようとするとジェスチャーをしてしまうのだ

「……。ええ、本当よ。今日は生徒会の事務がたくさんあるから遅くなるって言ってたけどこんな時間になるまで帰ってこないなんて……」

 一度息を大きく吸い込んでゆっくりと吐くという行為をして落ち着いたらしい電話の相手は、今度は比較的穏やかな口調で話す

 こちらが地なのだが、両親が既に他界していて唯一人の肉親の危機となっては錯乱しない方が異常だろう

「確かに学校から帰るにしては遅すぎる時間だな」

 腕時計の針に目をやると、長針は今にも「8」という数字にかかりそうな場所にある

「でしょう。で、私が探しに行きたいんだけど、探しに行った後に奈美が帰ってきたりなんかしたら逆に奈美に心配かけちゃうし……」

「オッケー。俺が見回りついでに通学路を辿って学校まで行って見つけたら送ってやるよ」

 言葉の裏を感じ取って望みどおりの回答をしてやる。

 祐一は自分が行動することによって相手が安心できるのならば喜んでそれを行う男である

「ありがと。じゃ、奈美に会ったら電話して」

「ああ。また、後で」

「うん」

 プチッ

 そこで電話を切ると、終わるのを待っていた相棒が声をかける

「恋人さんはなんだって?」

「奈美ちゃんがまだ帰ってきてないらしい。生徒会で遅れるとか言ってたらしいが、今の時間まで帰らないのはおかしいし危ないんで探して家まで送る」

「ほぉ〜。そら、危険だな、お前の関係者だし……やべーな」

 ポリポリと頬をかく相棒

 祐一の表情も自然と険しいものになっていく

「……急ごう」

「りょーかい。それじゃ、まずは学校に――」

「きゃあああああぁぁぁぁあああっっっ!!!!」

 突如、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った

 純然たる恐怖への悲鳴であることが感じられるヒステリックな叫び声に、思わず二人は身を強張らせてしまう

 更に今しがたの電話が嫌な想像を二人に掻き立てさせた

「まさか……」

 ポロッと携帯電話が手の平が滑り落ち、地面と激突して転がる

 携帯電話と同様にして指に挟んでいた煙草も落ちているのだが、そのどちらにも祐一は気付くことがない

「くそっ!」

 それだけを言い捨てて、祐一は落ちた携帯電話を拾うことなしに悲鳴の聞えた方角へと走り出したのだった


















 
「あははははは。永遠に行くのに、邪魔なものは全て取っとかないとなぁ」

 笑いながら嬉々としてナイフを使い、数分前には女子高生だったものの四肢を切り落としていく

 無理矢理にナイフをゴリゴリと肉に埋めていく様は、斬るというよりも寧ろ引きちぎるという表現の方が正しいようにも思える

 ゴリゴリゴリゴリ

 骨とナイフがこすれる音が静寂の公園に響き、それが男の笑い声と奇妙なコラボレーションを遂げた

「♪〜〜♪〜〜」

 笑いから鼻唄へと移行した男は四肢を完全に斬り落とすと、次は血で真っ赤に染まっていた少女の上着を剥ぐ

「これも、邪魔だよなぁ〜」

 ナイフを腹部に沿わせて上へと持ち上げていき、やがてぶつかる右の柔らかな丘と身体の密接な関係を断つべくめり込んでいく

「ふんふんふ〜ん」

 男の口から漏れるのは呑気な鼻唄

 男の手が行っているのは凄惨な切断

 カンナで木を削るように身体から胸を削る

 屑のかわりに鮮血を撒き散らしながら

「お、とれた♪」

 女性の象徴であったものが大きなピンク色と血の赤を残して分離する

 一仕事なし終えたという喜びの声を出した男は斬り離したそれを手に取り、ポイッと無造作に投げ捨てた

「さて、次だ次。この世のしがらみは無くしておかないと向こうには行けないんだ。我慢してくれな〜」

 今度はナイフを左の丘の麓に当てる

 そして、ナイフを持って右手をのこぎりのように左右に動かして少しずつではあるが確実に胸へと埋めていく

 無論、そんなやり口では綺麗な切り口になるはずもなく、切断面は所々肉や皮がめくれ上がったりしていている

 男はそれを直視しているにも関わらず、全くそれを気にする様子がない

 常人がそれを見たならば必ずや目を覆ったり、嘔吐感を引き起こさせたりするというのに

 逆に楽しそう且つ嬉しそうな笑顔まで浮かべる始末だ

「はっはっはっはっはー。これで君も<えいえん>の世界の新しい仲間だ。みんな君と同じ人と親しかった人ばかりだからすぐに慣れるさ」

 最後に首を斬ってコンパクトにする作業はおしまい

 後は向こうの世界で誰かが繋げてくれることだろう

「任務完了っと。次は姉さんの方だな」

 ピッとナイフを数度振って付着していた液体を払う

 ここから立ち去るべく少女が生前目指していた出口へと向かおうと踵を返そうとして、途中で止めて少女の顔を覗き見る

 死の間際まで刻み付けられていた恐怖感を示すかのように目は大きく見開かており、恐らくは殺した男への呪いの思いの一つでもあろうことは想像に難くない

「……」

 数秒自らがこちらの世界での活動を止めさせた少女の顔に魅入られるかのように見つめる男

 その瞳は悲しげとも哀しげとも区別のつかない複雑な色と光を放っていた

 しかし、世界はそんなことには関係なしに今も回り続けている

 たった数秒男が留まったことにより、嘗ての親友同士が邂逅を果たす













(くそっ! 無事であってくれ……)

 天に祈りを捧げながら、ただひたすらに祐一は悲鳴の聞えてきた方角へと足を走らせる

 悲鳴の聞えてきた方角は住宅街の先にある比較的大きな公園

 そこは自分の知っている奈美の帰路と見事なまでに一致していた

「はぁ……はぁ……ぜぇっ……ぜぃ……」

 息が荒くなり、ついには呼吸が困難になるまでの限界に到達しながらも足だけは止めない

 公的な機関に属する人間としては不適当ながらも、

(人違いであってくれ……)

 心中で切にそう願いながら

 時とともに足が進み、風景が後ろへと流れていってやがて前方には公園の出入り口が広がる

 暗闇の中、街灯の照明の恩恵にを受けている場所にこちらに背中を向けている男の姿が目に入った

(ヤツだ! 畜生ぉ!)

 直感的に奴だと祐一は理解した。あの見慣れた後姿を、親友であった祐一がそうそう間違えるはずもない

 確信に満ちた推測だった

 限界に達していたはずの足がドンドン加速していく

 20m……10m……5m……

 3m……

 そこで男が振り返って一言



「よぉ、久しぶりだな? 祐一」



 時があなたを止めた

















「よぉ、久しぶりだな? 祐一」

 今までに自分が成したことを全て忘れ去っているかのように軽い挨拶を昔の親友、今のターゲットに対して行う男

 そんな挨拶をされた祐一の足は自然と止まり、手を精一杯に伸ばしても届かないような距離で二人は向かい合う

「ぜぇ……はぁ……ふぅ〜」

 足を止め、相対している男を強く睨みつけながら息を整える

 男の足元に見えているバラバラに壊されたレゴはきっと自分の想像通りに違いない

 そうではない、と信じたい気持ちで一杯なのだが

「……お前の足元にいるのは誰だ?」

 ホルスターに手を伸ばし、銃がいつでも引き出せるような態勢を取る

 相手が肯定の返事を返したならば即座に引き抜いて引き金が引けるようにと

「さぁて、ね。誰だったかなぁ〜」

 銃を持った相手と向かい合っているにも関わらず、男は余裕綽々といった体で肩を竦めて首を横に振った

「名前なんてさ、意味がないことだった思わないか? 俺だって今じゃ美男子星から来た美男子星人っていう名前で世間を賑わしてるんだぜ? そこに俺の名前はないのに」

「俺の質問に答えろ!」

 ホルスターから銃を引き抜き、撃鉄を下ろす

 彼我の距離は2、3mといったところ。この距離で外すことはまずないと言ってもいい

 それでも相手は悠然とした態度を崩すどころかピクリともしない

「焦るなよ祐一。それにツッコミがないのはボケとしては悲しいぞ? ほら、学生時代みたいに突っ込んでこいよ」

「うるさい! 俺の質問に答えろよ!!」

 引き金に指をかける。

 もう何度も行われてきた行為。そして、もう何度も立ち止まった行為

「ったく、お前は一度熱くなると考えなしになっちまうんだよなぁ。いつもはれーせーな態度なのに」

 ほじぼしと小指で耳の穴をほじくり、その指を引き抜いてフッととれたゴミを飛ばす

 落ちた先は足元の少女だったもの

「まあ、そんなに質問に答えて欲しいなら答えてやろう。この子はな、お前の想像通りの子だよ」

 刈り取った首を祐一の方に顔が見えるように持ち上げ、ニヤリと笑う

「ははは、この子も幸せだよなぁ。お前と知り合ったおかげで<えいえん>に行けるようになったんだ。ホント、お前は幸せの青い鳥みたいな奴だよな」

 パッと手を離すと少女の首は地球の重力に従って地面へと落下していき、グシャッと嫌な音を立てて着地した

 地面に激突した際の衝撃で男のズボンに血が飛び散るものの、それを男は気にしない

「……いつまで、いつまでこんなコトを続けるんだよ! 何が目的なんだ!」

「小学校に上がるぐらいの時かな? よく歌わされなかったか、幼稚園の保母さんのピアノに合わせて」

 激昂している祐一の問いには答えず、男は自分のペースで話を続ける

「一年生になったら、一年生になったーら、友達百人できるかなって」

 やや音の外れた歌を歌う男。

 足元の死体と銃を持った男に血塗れの男がいるというこの場面で、『一年生になったら』を歌う青年期の人間

 なんともいえない状況だ

「あれってさ、友達百人できることに意味があるんじゃなくて周囲に百人の人がいるという幸せを歌ってるんじゃないかって思えるんだよ」

「何が言いたい?」

「つまりさ、周囲を百人ぐらいの人に囲まれていれば寂しさなんてものを感じなくて済むってことなんだよな」

「それが、いつもいつも俺の周りの人間を殺していくのにどう関係があるんだよっ!!」

 悲痛なまでの叫び声を祐一が上げる

 五年前、自分の親しい人間を殺した後に男が殺したのは北の街に住む祐一と親しい人たちだった

「関係あるさ。向こうでみさお一人なのは寂しいだろ? かといって俺一人が行った所で二人じゃそのうち寂しくなる。
 ついでに俺と親しい人間ならきっとみさおとも仲良くなれるだろうと思って向こうに行かせた。んで、そこでさっきの歌を思い出したんだ」

 もう一度、先ほど歌った部分を繰り返す男

 街灯は相も変わらず、無惨な少女の姿を隠す闇を照らしている

「百人いれば向こうも寂しくなくなると思ったよ。同時に、向こうに送るのはみさおと仲良くなれそうな人間じゃないといけないとも考えた
 そこで俺はみさおと接点の多かった二人……ああ、これは俺とお前な。二人と仲の良かった奴らならきっとみさおとも上手くやれると思った
 それが理由さ」

 淡々とした口調で語る男と逆に感情が燃え上がっていく祐一

「それに、百人目指すにはお前という存在は非常に都合が良くてな。普通なら、親しい人間をこう何度も殺されれば人との交わりを絶ってもいいはずなんだがな。
 お前ときたら、生来のお人よしが災いしてそんなことが出来ないときてる。しかも、天然プレイボーイなだけにすぐに親しい奴がポンポンと出来てくれる
 無視すりゃいいのに、無視されると相手が不快になるから無視できないってのが笑えるよなぁ」

 引き金を引いてしまえば不幸な連鎖は終わるのに、祐一の指はいつも一定のところで止まってしまう

 それを見て再び男が笑い声を上げた

「ははは。親しい人間をこれ以上失いたくなかったら、そこからほんの少し力を込めるだけで済むんだぞ?
 それが出来ないってところがお前がお人好しっていう確たる証拠ってわけだ。本当に、俺はそんな友を持てて誇りに思うよ」

 祐一が撃たない、いや、撃てないことを十二分に男は理解している

 結局の所、こいつは自分の手で何かを壊したりすることが極端なまでに拒否するのだ

 だからこそ、あの北の街で複数の女性に言い寄られても誰か一人に絞ったりなんかしなかったのだ

 つくづく、甘い

 男はそう結論を下すと、一層笑みを深くすると同時に心の片隅で残念だと思った

「俺は指名手配中だから、いつまでも同じところにいられないんだ、悪いな。もっと話したいことはあったんだが、タイムオーバーだ」

 祐一を超えた向こうから、大きく引き離された祐一の相棒がこちらに走ってくる様子が見える

 最初はただの点にしか過ぎなかったものが大きくなっていくのを視認しながら、男は胸の内ポケットへと手を伸ばす

「やめろ……やめてくれぇ」

「やめさせたかったら、引き金を引くんだな。そりゃ!」

 男から金属製の何かが全力疾走中の男に向かって飛んでいく

「やめろーーー!!!」

 引き金を引く指は動かず、叫び声だけが漆黒の夜空にだけ響き渡った



「はっは。これだけやられても、まだ引き金を引けないのか。ふぅ……とことんまで甘いぜ、祐一」

 ドサリと誰かが倒れる音が耳に届く

 振り返れば、きっと夢のような光景が広がっているはず

「もう、俺とお前は親友同士じゃないってのによ。ま、その辺についてはまた今度語ろうぜ。今日はここでお開きだ」

 スッと夜の闇に消え入るように男の身体が消え行く様を、祐一はただ引き金にかけたままの震える指先で見送った

 そして、完全に姿が消えて余韻が消え去った後……

「くそったれがぁーーーー!!!!」

 バン バン バン バン

 上空に向かって銃の引き金を狂ったように引き続けるのだった

















 夜の闇は<えいえん>と繋がっている

 全てを覆う昏き悲しみと暗き暗闇は良く似ているとは思わないかい?

 だけどさ、この二つには決定的な違いがあるんだよ

 それはなんだと思う?




 それはね、<月>という光だよ

 <月>は昏き悲しみを照らしはしないけど、暗き暗闇は照らしてくれるんだよ

 解き放つって言えばいいのかな?

 全ての呪縛から、彼にとっての<あれ>から

 ふふ、僕はもう彼と直接話したりなんかはできないけど眺めることだけは今でもできるのさ

 ほら、彼が月を見上げてなにか言うよ

 それが今の彼の心情の全てさ

 さあ、耳を傾けてご覧

 彼の言葉が聞けるから

 ふふっ






 今宵の満月は美しく、全てが満たされている

 けれど、月を眺める俺は決して満たされることなんてない

 あの時から

 だからか、妙に月が恨めしい

 いつもは欠けていて親近感を持たせるくせに、こういうことがありやがる

 本当にむかつく

 つい、こんな言葉を吐き出しちまった



「ちっ、小汚い月だぜ」

















 あとがき

  どうも、こちらのサイトでは初投稿になるE.Kというものです

  最後のセリフから生み出したこの物語、如何だったでしょうか?

  それでは








 
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