精霊と人の詩。
第二十九話 だから貴方は微笑んで〜嬉しくて泣く時。〜
雨はどんどん強くなっていく。
(ここは心の中なのに。この雨は何より激しくて冷たい。)
心の底まで冷えるような雨に香里は身を震わせていた。
横を歩く少女は手を先ほどよりも、もっと強く握っていた。
それに気がつかないわけでは無い。でも、その事を言ってお互いに不安になるのが嫌だった。
ただただ無言で、お互いを繋いでいるのは繋いでいる手だけだった。
「!」
ありえない気配に二人は後ろを振り向いた。
そこには黒い人型がいる。それは紛れも無く祐一の形をしていた。
香里はそれを不思議そうな顔で、祐夏は出会っちゃいけない者に出会ったという顔でそれを見た。
弾かれたように祐夏は香里の手を引っ張って走り出す。
「どうしたの!?」
「あれに関わっちゃ駄目なの!」
「どう言う事!?」
「あれには絶対に勝てないから!」
焦った顔で走り出す祐夏。それに引きずられるように香里が走っていく。
走りながら、背後に意識を回す。背中を撫でるような嫌な感覚は小さくなる事は無く、むしろ大きくなっていた。
「後もう少しで……お兄ちゃんのところに行けるのに!!」
「しょうがないわね」
手を放して先に行かせようと香里が振り向こうとしたその時、背後の気配が増えた。
「香里、先に行って!ここは私が引き受けるよ!」
「名雪!?」
「振り向かないで!私は後で追いつくから!」
「そんな……事……」
その場で足を止めてしまった香里。祐夏もその場で止まってしまった。
「なに止まっているんですか!?お姉ちゃん!さっさと先に行って祐一さんを連れてきてください!」
「栞!?」
「私と名雪さんでもあまり長く持ちません!だから!」
「……分かったわ!」
体を半身にして顔を二人の方向へ向ける。
もう二人の後ろ頭しか見えない。二人にその場を任せて走り出した。
「祐一君の所までどのくらい!?」
「もうすぐ!」
足元が滑り始めた。足元はどんどんぬかるんで行き、沼地を走っているような感覚に囚われる。
終いには、足が取られるようになってしまった。それでも進み続ける。
目的地はもうすぐそこだった。
「お兄ちゃん……」
祐夏は足を止めて香里を見上げた。
香里はそれに頷いて祐夏を行くように促す。
「お兄ちゃん!」
その先には前後左右、あらゆる所から伸びた鎖に固定された祐一がいた。
顔は俯き、生きている感じがしない。しかし、祐夏は気にせずにそのまま祐一に走り寄る。
その身はどんどんと沈んで行った。胴までぬかるんだ地面に浸かった状態でも祐一に近づこうとする。
「ごめんね。」
その一言で、祐一がゆっくりと顔をあげた。
「ありがとうお兄ちゃん。私、ずっと躊躇ってたんだ。」
「……ゆうか……」
「ごねんね。こんなに遅れて……こんなに簡単だったんだね。気持ちを伝える事って……」
「……祐夏?」
「ありがとう。私、お兄ちゃんの妹でよかった。」
泣きじゃくりながら、祐夏は続ける。祐一の目に意志の光と戸惑いの色が浮かんできた。
「祐夏は……僕の事を恨んでいないの?」
「ううん。私は恨んでないよ。」
「だって、僕は祐夏の事を……守れなかったんだよ?」
「それでも、恨んでないよ。それよりも感謝してるんだ。」
「えっ?」
パキン。
無数の鎖のうちの一つが砕けた。
祐一の顔には明らかに戸惑いの色が浮かんでいた。
「この目を綺麗だって言ってくれたときも。」
パキン。右目を泥にまみれた手で指差しながら続ける。
「私のために怒ってくれたときも。」
パキン。涙を流しながら微笑みながらさらに、続ける。
「困った人たちを救っていくお兄ちゃん。変らないで居てくれ……」
パキン。最後に困ったような笑顔を浮かべて最後の言葉を言い切った。
「ありがとう。祐夏はいつもお兄ちゃんの隣に居るんだから、それを忘れないで。」
「……うん。」
「私は偽者じゃないから。本当に感謝しているんだから。」
「…うん。」
「お兄ちゃんは泣かないでしっかりと前を見て。」
「うん。」
「私の自慢のお兄ちゃんなんだから!」
バキャン。一斉に鎖が砕けていく。
祐一はひたすら泣いていた。
「お兄ちゃん?」
「嬉しくても涙は出るんだね。」
胸の辺りまで浸かっている祐夏を助け起こしながら祐一も微笑みながら泣き続けた。
香里はそれを温かい視線で見守っていた。
「伝えられなかったこの気持ち。祐一君に届けたい。」
ぼそっと、祐一には聞こえないように、自分を奮い立たせるために呟いた。
ぴちゃん。
背中を何かが伝う。嫌な予感。
え?っと見上げた時には既に遅かった。
そこには、消えかかっている名雪に栞。
そして、その何かに飲み込まれようとしている自分。
「駄目ェ!!」
その叫び声は誰の物だっただろう。
兄思いの妹のそれだったのか、それともようやく心を開いた少年による物だったのか。
真っ白な光がそこを包み込んだ。
往人はただ右手だけでその人形を操っていた。左手は持て余した様にポケットの中に入っている。
切り刻まれる白い人の形をした塊。それを切り刻んで行く人形。
見ていて惚れ惚れするくらいの人形の動きだった。しかしそれは人間には出来ない動きだった。
不自然に曲がる人形のそれぞれの関節。そこから繰り出される不思議な剣の軌跡。
剣が、急に反転したりするが、完成されている。人には出来ない動きだからこそ美しいと思えた。
両手両足から出ている刃物。その動きは規則的のようで、全く同じ場所は通っていなかった。
白い塊は少しの時間が有れば、切り裂かれた場所を再生していく。
その再生が、追いつかない。切り裂かれた場所がどんどん多くなっていく。
「それでも、退けというか!?」
息は切れていない。体調はまだ万全。集中力もまだ続く。多少の汗を掻いているが、まだ問題は無い。
往人は自分をそう判断した。白い塊を近づける事は無い。なぜなら、往人の体は普通の人間のものだからだ。
敵は人形と言っても甲冑を強化したような形の人形に攻撃を打ち付けるだけで、それを軋ませる一撃を放っている。
それをその身に直接受けてしまったら、想像するだけでも体に寒気が走る。
(押し切らないと、こちらがやられるといったところか?)
意識を細く、しなやかにして人形を操る事だけに集中する。音が無くなり色が白黒になっていく。
最高に集中している状態だった。無用な物は何一つとして混じっていない。
「切り、刻まれろ!」
その一言で、人形の今までの動きがもっと加速される。
ぱきゃぁ。
嫌に簡単にそして、往人から離れた場所で、白い塊は切り刻まれた。
その数は7つ。それを綺麗に弾き飛ばして1箇所に集まらないようにする。
「ふぅ。」
止めを刺したと、集中力が切れた瞬間だった。白い塊だった破片が動き出したのは。
往人が吐き出した息を確認してから動き始めたと言っても過言ではなかった。
ぴちゃぁぴちゃぁ。
そんな音を立てながら、破片が一斉に往人に向かって集まってくる。
人形を呼び戻すには間に合わない。それでも、往人は不敵な笑みを崩す事は無かった。
「俺がいつ、一体しか人形を操れないと言った!?」
その言葉の途中でポケットに突っ込まれていた左手を出した。
トランクの中に残っていた最後の人形に命が吹き込まれた。
ガキぃ!
一つに戻りつつあった白い塊の破片の一撃をそれぞれもう一体の人形がいなして行く。
往人は集中力がどんどんと無くなっていく事を実感した。
目の前にいる人形を白い塊の迎撃に動かしつつ、置いてきぼりをくらたった人形を呼び戻す。
前後2体の人形で、畳み掛けるように攻撃を仕掛けた。
(流石に……ニ体はキツイ!)
2体になったことで、動きに激しさはあるものの、洗練された動きではなくなってきた。
見ていて惚れ惚れするような動きでは無く、先ほどの動きとは質が違ってきていた。
単純な手数は増えいる。威力も手数が増えているのに、動きに力みが見え始めていた。
(拙い……力が巧くコントロールできない!)
『……主ヨ……』
「無視か!?」
自分の状態を判断しつつ、まだ手を緩める事は無い。白い塊の動きが途中で変った。
今までは往人を行動不能にしようとした動きだったが、今は違う。
ただ、ひたすらに封印されている祐一のほうへ向かおうとしていた。
ばしゃん!
そんな音と共に眩い光が、辺りを包み込んだ。
「くっ!何だこの光は!!」
『主ガ目覚メル』
「何だと!?」
『主ヨ……』
「くっそ!」
眩い光の中で、悪態をつく。相手の位置は気配で分かる。
中に入って行った連中は失敗したのか!という感じで、もてる全てを白い塊に叩きつけた。
人形を1体にして最高の速度で、最高の太刀筋で、最大の威力を叩き込む。
「押し切る!!」
ザスザスザゥ!!
その連撃は確かに白い塊を捉えている。塊の形を崩すように切り刻んでいく。
(この手応え……しかし、手は抜かない!)
往人には見えなかったが、その目の前に人影が入った。
が。
(!?)
今までとは全く違う手応えが伝わってくる。
が、が、が、が!
(なんだと!?)
一体何が起きたのか解らないという感じの往人。
それでも、人形を動かし続ける。最速で最強の剣の舞を舞わせ続ける。
ががががががががががが!
「ごめんなさい。退いてもらえますか?」
その声は往人の耳には初めて聞く音だった。その声にその音に激しく狼狽した。
狼狽した時点で人形を操る手が休まってしまう。一瞬の気の緩みで集中力が途切れてしまった。
『主……』
「うん、これからもよろしくお願いします。」
『了』
光に目が慣れてきたとき、往人は幻想的な光景を目にした。
白の塊だった物が、ばらけていき、それが鎧となっていく。
純白の3対6枚の翼。その中心にいる先ほどまでは意志の無い目をしていた少年にはしっかりと意志の光が灯っている。
(あぁ……コイツは厄介だな。)
往人はなんて事を漠然と思っていた。その往人の顔が面白かったのか少年は笑い顔になった。
こいつはこんな顔もできるのか、と往人は思う。
その顔が、緊張にみなぎる物になっていった。その目は既に往人を見ていない。
「ごめんなさい、あなたの名前は知らないけど、ここから逃げてもらえますか?」
「どういうことだ?」
その視線の先に意識を向ける。
―――ッゾクゥ
まず感じたのは何かによって出来た歪みだった。
そこには圧倒的な威圧感、絶望的な魔力の渦が存在した。
目の前にいる少年には無いものがそこには有った。しかし不完全な感じが否めない。
まだ存在が確定されていない。その為にすぐに行動を開始するというものでは無いだろう。
しかし存在しているという事が、既に反則染みている様な気がした。
「ごめんなさい。自分の不始末は自分でつけるから。巻き込まれないようにして……」
「わかった。あぁっと、その前に「祐一!」」
「恵……寝てたんじゃないの?」
往人の台詞を遮ったのは恵だった。
祐一の首に巻きつく恵。むっつりと不機嫌そうに恵を見る舞にその光景を見て頭をかく往人。
「あはは〜、良かったね舞に恵。」
その後ろから、困ったような笑顔を張り付かせて歩いてくる佐祐理。その後ろには苦笑いを浮かべた観鈴がいる。
「おかえりなさい、祐一さん。」
その佐祐理の一言に弾かれたように舞が続いた。
その間も恵は祐一の首に巻きつき、祐一を実感していた。
「お帰り、祐一……」
「ぐず、ぐず、良かったよぅ……」
「ごめんね、みんな、迷惑かけちゃった。僕はもう大丈夫です。」
そんな事を言って祐一はお辞儀をしてみせる。
「あの、香里さんと栞さんと名雪は?」
「大丈夫。寝ているだけ。」
「あはは〜。目を覚ますまで時間がかかるかもしれませんが、大丈夫ですよ。」
「良かった……」
ホット胸を撫で下ろす祐一。その仕草を見て観鈴と往人は顔をあわせた。
「めでたしめでたし……なのか?」
「にはは、良かったね。」
「あ、ありがとうございました。」
「いや、良い。さて、晴子の奴を迎えに行くか。」
「うん、そうだね。」
「さてと、晴子の奴はまだ神遠だろうからちょっと戻るか。」
「うん。それじゃ、また後でね。」
そう言いながら、取り出された人形を全てトランクの中に片付けていく。
そして、舞達を残して学院の方へ歩いていった。
「あの、申し訳ないんですけど……」
「嫌!」
「……恵。」
「あ、あはは〜」
恵は言いたい事が分かったのか、即答で答えた。
「何で、いつも祐一は背負い込むの?恵に舞達がいるじゃない。もっと頼ってよ。」
「ごめん。こればっかりは自分の手でやらないといけないんだ。だから、僕の我侭を聞いてもらえないかな。」
「……祐一を困らせちゃ駄目。」
「だって!」
「それを言いたいのは私も同じ。」
「でも!」
「それに今回だけ。それ以上は私が許さない。」
「そうですよ。佐祐理達はそんなに頼りないですか?」
「これからはもっと頼らせてもらうから。今回だけは僕の我侭を聞いてください。お願いします。」
その祐一の言った事に満足したのか、佐祐理と舞は頷いた。恵もしぶしぶ舞の中に戻っていく。
「いいですか?必ず帰ってくるんですよ?」
「うん。終わったら学院のほうに行くよ。」
「……待ってる。」
「うん!」
そういってから、佐祐理は名雪を支え、舞は香里と栞を支えて学院の方へ歩き始めた。
その後姿を祐一は見守った。その姿が見えなくなると、声を上げた。
「ウィッシュは居るかな?」
『……主……』
「ごめんね、心配をかけて……それとごめんね。ウィッシュの……」
『言わなくて良い。それは分かっていた事だ。あの仮面に封じられていた記憶は……私の夫の物だ。』
「うん。それでもウィッシュは僕の守護に居てくれるかな?」
『な!?』
ウィッシュの信じられないといわんばかりの反応に祐一が、頬を含まらせて抗議した。
「僕ってそんなに薄情に見える!?」
『いや、そうではないのだが……私は既に主のその体では役に立てない……』
「なに?なんで訳の分からない事を言ってるの?僕が必要としてる。それだけじゃ駄目なの?」
『しかし……』
「精霊と人の契約は、人が必要としているから精霊が契約してくれるのでしょ?」
『そうか、必要としているのか。なら主は主だ。』
「うん。これからもよろしくね。」
『あぁ。』
穏やかの雰囲気はここでお仕舞いとばかりに2人の空気が変る。
その視線は、先ほど往人が感じていた禍々しいものへと注がれている。
歪みの中から這い出るように黒い物が実体化してきている。
祐一の魔力の欠片から構成されているその黒い物。
その姿はまるで、鏡をその場に置いたかのように全く同じ。
ただ、違う点があるとしたら、その姿が全て黒かったという事だけだろう。
「ねぇ、天使達にも心の闇はあったのでしょ?」
『そうだ。しかし天使のそれは強い方が体の表にでる。』
「え?でも僕の今の体は天使じゃ『よく体を見てみろ』」
呆れ顔で祐一の会話を遮るウィッシュ。祐一は?マークを頭に浮かべながら自分の体を調べていく。
「あぁ!」
背中を見て派手に驚く祐一。ウィッシュはやれやれとため息をついた。
「見て見て!背中に翼が生えてる!」
『はぁ……私は、はやまったのだろうか……』
あくまで能天気に自分の変化を驚く祐一に頭の痛い思いをしているウィッシュ。
「そっかぁ……体が天使になっちゃったかぁ……」
『だから、私は役に立てないといっただろうに……』
「それは置いといて。もし、心の闇と自分の心の強さが一緒だったらどうなったの?」
『そんな事は無かったな。片方が強いだけで、全く同じという事は私は見たことが無い。』
「そうなの?」
『そうだ。』
「じゃあこの状態は……」
『私にもわからない』
「多分一緒だったんだろうね。同じなら、同時に表に出ようとする。」
真剣な祐一の声にうむと頷くウィッシュ。
「それで、体に馴染んでいた方が体の表に出て、出て来ていたもう片方は体からはじき出されちゃったって所かな?」
『なるほど。』
「あれだけ念入りに体を作っているという事は……」
『多分全く同じ容ができるだろうな。』
徐々に形がはっきりしていく黒く蠢くもの。それを見て、祐一は顔を顰めた。
「やっぱり、自分で言うのもなんだけど……」
『気持ちの良いものでは無いな。』
「そうだね。それに……」
悲しい気持ちでそれを見る祐一。
「多分あっちも同じだと思うよ。だって同じ心の中にあったもので、同じ自分だもの。」
『主よ……』
「大丈夫。ウィッシュが居るし、それに……」
『それに?』
「祐夏も一緒に居てくれるから。だから、見てて。」
完全に姿を整えた黒い祐一。それが祐一の目の前にいる。
「これが世界か……」
初めに呟いたのは祐一の闇だった。確かめるように両手を見つめて指を閉じたり開いたりしている。
その後に、魔力を全身に回しているようだった。
「そうだよ。これが僕のいる世界。」
「ずいぶんと余裕だな。貴様は。」
「そうでもないよ?」
「まぁ、良い。何故外に出られたなんて事は、二の次だ。」
ニタリという音が似合うほどの冷たい笑いを口に浮かべる。
「今は、果たせなかった事をさせてもらおう!」
ばぁん!
そんな音と共に地面に積もっていた雪が舞い上がる。
舞い上がった雪はキラキラと光を反射してまるで太陽が出ているのに雪が降っているような状態となった。
その舞い上がった雪を切り裂くように突進してくる。祐一の闇。
ガキィィィ!
「流石に俺。この程度は受け止めるか!」
「流石でもなんでもないよ。僕はまだ弱いから……」
「その如何にも余裕が有ります的な口調……虫唾が走る!」
「僕もその乱暴な物の言い方は嫌いだなぁ……」
手と手を組み合って顔をつきつけあって話をする2人。
片方は苛立たしげに。片方は自信無さげに答える。表情は片方は嫌悪を片方は痛々しい表情で互いを見ている。
「俺は貴様が嫌いだ。」
「僕だって貴方の事を好きになれない。」
互いに対極にあったもの。そして祐一の闇は祐一が殺し続けていたもの。それは表に出なかった分、暗くそして濃い。
元々同じ者から派生していったものだ、片方は表にあり片方は裏にある。
普通ならこれほど綺麗に分かれる事は無い。闇が心の中に内包されるだけであろう。
しかし、祐一は違う。心が砕けてしまった時に、綺麗に分かれてしまった。
記憶を忘れる事で、自分に与えられるショックを和らげようとしたものと、記憶を忘れずに後悔し続けようとしたもの。
同時には存在は出来ない。だから、忘れずにいようとしたものは、奥に押し込められてずっと出てくる事は無かった。
唯一その存在を知っていたのは何故か祐一の心の中に住み着く事の出来た祐夏だけである。祐一もその存在に気がついていなかった。
だから今回こんな事態に陥ってしまったというわけだ。互いが嫌悪するのも道理。何故ならお互いに対極にあるから。
嫌いなら近づかなければ良いが、この2人は離れる事が出来ない。元々同じ心の中に居るものだから。
「組み合っているだけでは能が無い!」
バサァ!
そう言って祐一の闇は雪を蹴り上げた。蹴り上げられた雪が祐一の顔に向かって飛ぶ。
祐一は雪が掛かる前に組み合っていた手が解いて距離を空けた。
相手もそれを追撃するような事はせずにその場に留まっている。
「さぁ、喰うか喰われるかの殺し合いの始まりだ!」
祐一の闇はこれ以上も無いという感じの狂気の笑みを浮かべている。
祐一はそれを哀れむような、悲しむような表情で見ていた。
「僕は……負けられない……でも、貴方を殺したくない……」
「何を甘っちょろい事を!!」
仕掛けるタイミングは同時。互いに粉雪を舞い上げて突進していく。
元々が1だった存在の戦いの始まりだった。
あとがき
何となくじゃなくても、展開が強引ですよね?
名雪さんと栞さんの戦闘シーンは書いたのですが、あまりに味気無いのでぼかさせてもらいました。
味気ない上に、何だかワンパターンな感じがしてしまって……駄目ですね。自己嫌悪です。
これも、実力の無い私のせいです。どうもスイマセン……
次がクライマックスのつもりです。そう感じない方も多いかと思いますが、そのつもりで書きます。
頑張りますので、次回もよろしくお願いしますね。ゆーろでした。