精霊と人の詩。
第二十七話 だから貴方は微笑んで〜ペルセウスの鏡〜
名雪が歩いてたどり着いたのは真っ白の壁に囲まれた一つの部屋だった。
入った瞬間に今まであった扉は消え去り、全てが真っ白になってしまう。
その部屋の中心には一人の男が立っている。腰には名雪が持っている双剣と同じものを携えて。
「お父さん!?」
「……名雪か?秋子に似てきたな。」
「何でこんな所に居るの!?」
「ペルセウスの鏡。入ってきた侵入者の絶対に勝てないと思うものを守護者として召喚する。というわけだ。」
「……本物なの?」
「祐一君には全て私の技を見せている。動きは本物と言っても過言ではない。」
「お父さん……そこを退いて。今は祐一を助けないといけないの。多分、今は一人で泣いてるだろうから。」
「さて、私は我侭娘にお仕置きを与えなくてはいけないようだ。誰が人の心に勝手に入り込んで良いと教えた!」
神無は名雪を睨みつける。名雪は寂しそうな顔をしたあとに嬉しそうに笑った。
「何が可笑しい?」
「嬉しいの。またお父さんと剣を交える事が出来るが。また、お父さんと手を合わせる事ができるのが。例えそれが偽者でも。」
「なるほど……」
「昔のままの私じゃない。お父さんに勝ってからここを抜ける!」
同時に詠唱を始める神無と名雪。それは全く同じものだった。
「「私が求めるのは、風の力。最も早く、最も強い。そして何よりも優しい風。」」
風が二人の体に纏わりついていく。名雪の髪は大きく舞い上がり、揺れ動く。
神無は服の裾がばたばたと暴れていた。
「「私はその風を、風の鎧として身に纏い大地を行くもの。今ここに風を。ウェアーウインド!」」
お互いの体に見えない何かがまとわりついているのが分かる。
二人は詠唱が終わったとたん、剣を交えた。
カシィィィン。
剣と剣の澄んだ綺麗な音がする。全く同じの二振りの剣が火花を散らしていく。
剣を何度も何度も打ち付け、二人はそれと平行して現在進行形で詠唱をしていった。
静かに詠唱するのは神無。力強く詠唱するのは名雪。
「「私は断罪するもの。純粋なる風の刃を持って罪を断罪する。風よ、私に純粋な風の刃を。」」
風の力が互いの右足の甲の一点に集中されていく。瞬く間に暴風の塊となった。
「「その身に刻め!己が罪を!ライトニング・ストライク!」」
ガキィ!
上段を狙った回し蹴り。互いの左足が空中で激しくぶつかり合う。
暴風と暴風のぶつかり合い。力の威力は全く同じ。蹴りの威力も全く同じ。
違うとすれば、名雪は蹴り動作でフィニッシュだが、神無はフィニッシュではない。
神無には連続した動作があり、名雪は流れが途切れてしまった。
「その身に刻め。その罰を。ライトニング・ビート。」
「え?」
ごキャン。バスン!ドさぁ。
名雪が知らない詩の続き。もっとも、知っていたとしても使えない詩。
神無の右腕が名雪の胸を捉えていた。暴風を纏ったそれが当たった瞬間に、風の鎧の大部分は削がれた。
そして、地面に叩きつけられる際に名雪の衝撃の殆どを殺して、名雪の風の鎧は消滅した。
「ま…だ……大丈夫なんだよ!」
一撃で自分の鎧を消滅させられたショックは抜けきらない。
起き上がって詠唱を続ける。またも同じ歌だった。
「「貴方は私を求め、私は貴方を求める。そこに貴方が居るから私はここにいる。私の隣には貴方が、貴方の隣には私が。」」
名雪は剣をがむしゃらに叩きつけながら、神無はその剣を軽くいなしながら詠唱する。
「「何かが、私と貴方を引き裂くというなら。何者かが、貴方と私を引き裂くというのなら。」」
体を捻り、蹴りを繰り出す体制になる名雪。それを迎え撃とうと体を沈み込ませる神無。
名雪は右足の踵に風の塊を作り、神無は左足のつま先に風の塊を作りあげた。
先ほどの風の量とは比較できないほど圧倒的な量。先ほどの風が暴風ならば、今回の風は爆風だろう。
「私は風の力を借りてその全てを否定しよう!デットロック!」
「私は貴方と共に歩むために全てを否定する。デットロック。」
ガッ!
踵落しとそれを迎撃するハイキック。その風の力は拮抗し、力と力はその場で反発している。
「っくぅ!」
「私と貴方に風の加護があるように。ここに誓う。これからの長い道を貴方と共に歩まん。デットエンド。」
ドン!
またも名雪の知らない詩。詠唱が終わった瞬間に風の力は一方的になっていた。
踵落しをしていた名雪が力負けをしてしまった形となって天井にぶち当たった。
どさぁ。
「私に勝とうと言うなら、自分の詩を出せ。でなければ死ぬだけだ。」
圧倒的な風の鎧を着込む神無は静かに名雪を見つめてそう言った。
栞がたどり着いた先も名雪と同じく真っ白の部屋だった。
そこには香里が佇んでいた。栞は香里に気がついてそちらへ走っていく。
「お姉ちゃん!」
「栞!?ここは一体どうなってるの?」
「あのピエロさんの事です。まだ祐一さんの心の中でしょう。」
「そう……」
一瞬感情の抜け落ちた顔をする香里。栞は不可解な物を見たと言う顔をする。
そして、栞はすぐに後ろに飛んだ。元居た場所には香里の篭手が振るわれている。
「気がついていたのね?」
「……何となくですけど。」
「そう……」
「あなた、お姉ちゃんではありませんね?」
香里はため息をついた。その動きは香里そのものと言って良いほど自然だった。
「仕組みを知っているわけね?」
「……精神防壁のスタンダードな形ですよね。」
「そうね。私はペルセウスの鏡に映し出された祐一君の守護者。」
「残酷なシステムです。」
「えぇ。そして、先ほど言っていた、その覚悟はあるのかしら?」
「どういう事ですか?」
「言葉通りよ。」
「通しては……くれませんね。」
「通ろうと言うなら私を殺してから通りなさい。」
栞は香里を見て動きが止まっている。
見間違えようも無い姉自身の姿。それを殺そうと思うのはやはり躊躇いがあった。
栞は決心を決めて姉の偽者を睨む。香里はそれを涼しそうに受け流した。
「仕組みを知っているのだから、躊躇う事なんて無いでしょ?」
「それは……」
「あなたには、私を殺す方法がある。違うかしら?」
香里が栞との距離をじりじりと詰め始めた。
(拙いです。お姉ちゃんに距離を詰められたら勝てません……)
「なら私がどんな存在であるか解っているわね?」
「えぇ。分かっていますよ。私の記憶をベースに祐一さんの影響を受けた虚像という所でしょうか?」
「なるほど。そこまで解ってるんだ。」
香里は足を止めてニタリと笑った。
(お姉ちゃんと殆ど変らないのなら、詠唱で勝負がつくはずです。)
「栞は今こう考えている。お姉ちゃんと全く同じ存在ならば、力を行使すれば負けないと。でも、それはどうかしらね。」
「……」
「なら、試してみるかしら?」
栞は距離をとって、詠唱に入る。香里も篭手を手にはめ直して詠唱に入った。
「さて、焔。分かっているわね。」
『大丈夫だ』
「天狼。いきますよ!」
『先ほどのあれですか?』
「そうです!」
『……分かりました。』
二人は同時に詠唱に入った。片方は熱量が膨大に集まっていくのが分かる。
もう片方は冷気が急速に集まってきているのが分かった。
「我こそは炎の化身、イフリートなり。全ての炎の精霊に告ぐ。我に答えよ。我に付き従い、我が声に応えよ。」
「大地にいる冷厳なる冷気よ。目に見えない水の精霊達よ。我に力を。呼びかけに従いてその力を見せしめよ。」
「炎、その化身たる我に火の剣を抜かせるか。悲しきかな、悲しきかな。その身の無力、無知、思い知れ。レブァテイン・セイス。」
「さぁ!我が声に我が盟約に応えよ!!我はそなた等を率いてその力を用いて彼の者達をを打ち砕かん!!アブソリュート・ゼロ!」
香里の両手から放たれるのは、オレンジ色の光の束。
栞が身に纏って突進するのは、光り輝く青色の光。
相反する方向性を持つ二つの力は、初めは拮抗していた。
しかし、じりじりと栞が押され始める。そして……
「きゃぁ!」
「まぁ、この回路の強さではこれが限界ね。」
ドカァ!
栞が端の壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられた。
全ての熱量は相殺できたため熱による火傷は無いが、威力は残っていた。
つまりは、奇跡の力の行使で栞が負けた事を意味している。
「けほ!けほけほ!」
「さて、どうかしら?」
「……さすがお姉ちゃんモドキ。」
「そうね。あなたは勘違いしているから説明してあげましょうか?お姉ちゃんモドキは優しいから。」
「……………お願いします。」
「まず一つは詩を知っているからと言って、その力を全て行使できるわけではないわ。」
「……知っています。」
「回路の強さ、魔力の回し方、詠唱の呼吸、回路の位置、魔力の量・質。全てが揃ってようやくその力が行使できる。」
「えぅ!?」
「今の私に足りなかったのは、回路の強さ。栞に足りなかったのは魔力の回し方、詠唱の呼吸の二つ。」
「……ふふふ、やっぱり借り物の詩は所詮、借り物でしかないわけですね。」
「そうでもないけど、栞のその二つは致命的ね。」
「これにはあまり頼りたくはありませんでしたけど……しょうがないですね。」
「魔族の知識ね。そんな物に頼らなくても栞は十分強いわよ?」
「でも、ここを抜けるには必要です。」
「そう。なら遠慮はいらないわね。こちらも遠慮なく本気が出せるわ。覚悟なさい。」
栞は悲壮なほどの決意を表して立ち上がった。
香里はただ歩いていた。その先はただ暗い道が有るだけ。
道の両脇にはうっすらと白い線が引いてあるような気がした。
ポツリ、ポツリ、と香里の肩に水滴が当たった。
「雨?どういう事?」
突然の雨に香里は戸惑っていた。頭を落ち着けていろんな考えを纏め始めた。
その時、道の先。その遠く先から嫌にはっきりとした声が聞こえてきた。
「すごい……まさか、自分の心の中で勝てないと思う人が居ないなんて……」
香里は一旦思考を切ってそちらの方を向く。
遠くから聞こえたはずの声の主は目の前に居た。
「あなたが香里さん?」
「そうよ。そういうあなたは?」
気がつくと雨は本降りになっていた。
目の前に居るのは名雪に似た人物。その体は小さく、髪はショートカットだ。
右目だけが真っ青になっている。まるで宝石を埋め込まれたように真っ青だった。
香里は気がついた。右目が見えていないという事に。光をただ反射をしているだけだという事に。
「相沢祐夏。お兄ちゃんの妹だよ。」
「貴女の右目は……」
「うん。見えてないよ。外から見ればまる分かりだよね?」
「えぇ……」
「やさしいんだね。香里さんは。」
え?っと言う顔で祐夏を見る香里。香里の顔には戸惑いの色が浮かんでいる。
その反応が面白いのか祐夏はころころと笑った。
「私はこの目が好きだよ。」
「……」
「だって、お兄ちゃんは綺麗だって言ってくれるんだもん。」
言葉も無い香里を無視するかのように祐夏は続けた。
「誰だってこの目を見たら、気持ちが悪いと思うよ。でも私は好きなの。だってお兄ちゃんは綺麗って言ってくれるから。」
「祐一君が?」
「そう、お兄ちゃんだけは私を気味悪がらなかったの。力を行使しても。あ、お父さんとお母さんも気味悪がらなかったかな?」
キラリ、と水滴が真っ青の目の上を通った。
「お兄ちゃんは私が無くした物を繋ぎとめてくれたんだ……だからこの目は嫌いじゃないの。好きなの。」
「……消えなさい、幻影。今はあなたを相手をしている暇は無いわ。」
香里は意識を切り換えた。先ほどのピエロの見せる幻影だろうと考えを変えたのだ。
「残念だけど、私は幻影じゃないよ。私が死んだときによく分からないけど、気がついたらお兄ちゃんの中に居ただけだから。」
「なんですって?」
「お兄ちゃんが神降ろしをして戦えるのは、私が居るから。何故お兄ちゃんに力を貸すのかというと、お兄ちゃんが力を望むから。」
「じゃあ、今まで祐一君がどんな事をしてきたか知っているのね?」
「うん。しっているよ。」
無邪気な答え方に歯をギリッと鳴らす香里。
「なら!……いえ、私にはそれを言う資格は無いわ……」
「そうだよね?香里さんにはそれを言う資格が無いよね?」
「栞を助けてもらえたのは、あなたと祐一君の力が有ったから……そうよね?」
「もし、私が力を貸さなかったら、お兄ちゃんは死に、お兄ちゃんが死ねば、今まで助けた人たちは死ぬ運命にあった。」
「……そうね。」
「私はお兄ちゃんにはどんな事をしても生きて欲しかった。だから、力を貸してあげてたんだ。」
「そう……ありがとう。」
「香里さんとは生きて会いたかったな。良い友達になれたと思う。でもね……」
声を区切る。今まで穏やかで無邪気だった視線が怒気の含まれたキツイ物に取って代わった。
「人の心に土足で入り込んでくる人なんて嫌い!」
「……」
「貴方達はいつもそう、何時も誰かに助けてもらえると思ってる!お兄ちゃんがどんな思いでいるのか考えもしないくせに!」
「あなたね……」
「うるさい!うるさい!お兄ちゃんが!どんな気持ちで!助けた人を見ていたと思うの!?」
「それは……」
「この人たちは助けるだけの力は有ったのに、何でこの力が無かったんだって!思ってたんだから!」
「っ!」
「それなのに!半端な気持ちで、お兄ちゃんの心の中に踏み込んでくるなんて!」
「黙りなさい!私は、半端な気持ちでここに入ってきているわけではないわ!」
「例え、どんな気持ちでも!お兄ちゃんの心は誰にも触れさせない!絶対に赦さないだから!!」
「貴方に赦して貰おうとは思っていないわ!」
「うるさい!侵入者!」
ヒステリックな叫び声は力を持って香里を切り裂いた。
「えっ?」
たん。
距離を置いて祐夏を観察する香里。
(何かがおかしい。あの子には精霊が居ない……ちょっと待ちなさい?)
「香里さん。貴女を殺します。」
(もしかして……直接、精霊の力を行使できる術を知っている?さっき見ていたあの記憶の中で似たような事を言っていたわね)
「侵入者は存在した証拠すら残さないんだから。例えそれがお兄ちゃんの知り合いでも。」
脅威。そんな言葉が香里の頭の中によぎる。
必殺。いや、即死できるだけの威力であろうそれは静かにそして素早く纏め上げられていく。
それは一人の少女の元に集まりつつある。年端もいかない祐一よりも小さな女の子にだ。
「この剣、この力は何のためにあるのか、ひとつは無いも持っていない私のために。そんな私に涙を流しているお兄ちゃんのために。」
この詠唱は人の身では受けきれない。本能がそれを訴えかけている。
「私は何も持っていないから。失うものなんて何一つ無いから。何も持つことは出来ないから。だから私はこの一撃を放つ事が出来る。」
今から詠唱しても間に合わない。否、間に合ったとしても威力が喰われるだけだ。
「大切な物、大切だった人達、大切な思い出、手に入れたかったもの全て、その全て失ってしまったから。もう持つことは出来ないから」
必死になって頭を働かせる。避ける、迎え撃つ、先に手を出す。
色々な考えが香里の頭の中で組み立てられるが、どれも先が見えている。
視界の隅にある者が映った。香里はそれを藁を掴むつもりで手を伸ばす。
「悲しくない。痛みも無い。何も感じない。だから私は自分の全てを賭けてこの一撃を放つ事が出来るんだ!ディザスター!!」
その一撃は災害と言って良いほどの威力だった。それに曝される前に香里の手はある物に触れた。
(意識をしっかりと保たないと!飲み込まれては駄目!)
香里はまた体験する。祐一の記憶の何かを。
知らない広場、知らない色の空、知らない町並み。その広場の真ん中で自分は何かを喚いていた。
多くの精霊達を相手に自分は喚き散らしている。周りの精霊達は一様に諦めた顔をしていた。
「なんで?そのまま、諦めるの?」
『人間に我らの何が解る!』
「しらない!僕、一人だけでも戦うんだから!何もしないのに諦めるなんてそんな事できない!」
一番、偉そうな女王だろうか?それが拒絶の意思を表した事で自分のやるべき事が固まってくれた。
広場での集まりは道を譲るというよりも恐怖で自分の行く先の道を開いていった。
広場の中心から歩いて町の外に出る扉まで歩いていく。途中で交わされる視線は諦め、恐怖と悲しみだった。
「間違ってる。僕は失うって事が嫌なだけなんだもん。それが他人の事でも!」
『本当にやるのか?』
「嫌だったらウィッシュ、僕の守護から外れて良いよ。僕、一人でも行くって決めたから。」
『最後まで付き合うさ。主が朽ち果てるその時までな。』
「……ありがとう。ウィッシュ。」
扉に近づくにつれて体が恐怖で震えてくる。それでも、体を前進させ、扉の外に出る。
自分が外に出たとたん、扉は慌てて閉められた。自分は振り返らなかった。
目の遥か先には地平線を埋め尽くすのではないかと思われる、魔物と魔族の一団。
扉から歩いて、その一団に分かる距離にまで歩いていく。相手が自分に気付いてこちらに向かってくる。
「ウィッシュ。同調を。」
『……解っている。』
見たことも無い魔物、いや、これは魔族というのではないかと香里は思った。それほど凶悪な存在。足が竦むほどの恐怖。
ざす。自分の胸に腕が突き刺さった。痛みが全身を駆け巡る。その身を引きちぎるくらいの痛みが。
こふ。血を吐きながら、相手の腕を掴む。そこから起こる戦いは凄惨の一言だった。
魔力が尽きて気絶しそうになるとワザとダメージのきつい場所に攻撃を受ける。
その痛みで気絶するのを防いで、戦い続ける。遠くから火の玉が体に当たり、腕を砕かれては再生し、足を引きちぎられては再生する。
気が狂いそうな痛み。体の全身の神経が全て悲鳴を上げている。でも、戦うことはやめない。空の容量から無理やり魔力を搾り出す。
体に有る痛みに新たな痛みを重ねて自分の意識をしっかりと保とうとする。普通の人間なら何度死んでいる事だろうか。
自分に幸いだったのが、自分ひとりを倒さない限り敵は前には進めないという事だ。
「嫌だ……嫌なんだ!だからここから先には行かせない!!」
叫び、吼える。向かってくる相手の攻撃を全て受けながら、向かってくる相手に全て攻撃を入れる。
もちろん子供の腕力で、ナイフ一本では魔物に魔族は一撃では死んでくれない。相手も何度も何度も立ち上がってくる。
避けという動作は何も考えない。もとより、自分よりも強いもしくは速い動きが出来る者の攻撃を避けれるほど技術は持っていない。
腕が消されようが、下半身が消されようが、無くなった部分の為にまた転んでも、立ち上がる。
何度も膝をついては、地べたに顔をつけては、倒れては、立ち上がる。そして向かってくる相手をする。
3日3晩、それが続いた。時間の感覚も体の感覚も既にない。あるのは体に奔る痛みとあの誓いは守るんだという意志だけだった。
どうして、あの一団が帰っていったのか分からない。でも目の前を埋め尽くしたあの一団は居ない。
自分の持っていたナイフは既にもう無い。体は変形し、既に腕かどうかも分からない。右腕は手がなく骨が槍のようになっている。
自分の体が認識できない何故視点が高いのか分からない。自分が立っている事が解って立てているのが不思議でしょうがなかった。
「もう居ない?」
『あぁ、主よ。敵の第一陣は過ぎ去ったようだ。』
自分の耳はウィッシュの声を捕らえていない。ウィッシュはそれには気が付いていないみたいだ。
既に周りには何も居ない。自分は周りを見回し、これは自分の体なんだと解ってくる。そう意識したとたん力が抜けて膝が地面についた。
「静かだね……こんなにも良い町なのに……」
『主よ、大丈夫か?』
力が膝に入らない。そんな自分の体に戸惑いながら、一人で微笑んだ。そのまま、地面にうつ伏せに倒れた。
視界がどんどん狭まっていく。周りが黒い膜に包まれていく感覚。
「こんな僕でも、この町を守れたんだ……良かっ…た……」
何かが耳元で騒いでいる。そんな事を感じながら、一気に周りが黒くなり、真っ黒になった。
真っ暗な暗闇の中。香里は自問自答する。ただ、自分が嫌な思いをしたくないが為にそこまで命をかける事が出来るのかと。
(力が有れば、っか。私は一度逃げ出してもっと簡単な道を選んだのね)
栞と、自分の関係は栞は居ない者として生活していた。そうすれば自分は傷つかないと信じていたから。
居ないと信じ込めば、意識を締め出せば、それが出来れば自分は苦しくないから。
(笑っちゃうわ。祐一君の事を知らないで私は……)
歯が砕けるくらいに噛み締める。悔しかった。何も知らなかった自分が。
(祐一君は私を見て許せなかったのだろう。助けれる可能性が有るのにそれを見ないなんてね……)
悲しかった。心がバラバラになりそうな大きな傷を背負って居るのにそれをを見せずに生活をしていた事に。
情けなかった。そんな事も知らないでその傷を癒してあげようとしなかった自分自身が。
(私の傷は癒されつつある。でも、祐一君の傷は癒されていない。)
どこか似ている所があると思っていた。でも決定的に違うのは助かったか助からなかったか。
もし栞が自分の目の前で事切れたなら、多分祐一よりもひどい事になっていたと思う。そんな確信めいたものが有った。
(私は……)
意識をしっかりと持つ。祐一が持っている記憶をこれ以上覗き見する気は無かった。
体の痛みは気が狂うほど痛い。体中に無数の刃物が刺さってそれを捏ね繰り回している様な感覚。
(この痛みは祐一君の心の痛み。これは知らなかった私への罰。)
痛い。でももっと心の方が痛かった。
視界が開けてくる。それと共に痛みがひいていく。
激しい雨が体を打っている。それが自覚できていく。
視界がはっきりしたとき、目の前には驚いた顔をした祐夏が居る。
その先には雨に打たれ、鎖で暗闇に縛り付けられている祐一がいる。
「なんで?なんで、生きてるの!?」
ヒステリックな叫び。理解できないものが目の前にあるといわんばかりの叫び声だった。
声は力を持って香里に襲い掛かる。
「残念ね。私は諦めが悪いの。」
それを打ち払いながら香里は言う。
「私は諦めない。悲しんだ顔をされるのも嫌。私を救ってくれたあの人を諦める?冗談じゃないわ!」
技説明
ウェアーウインド:風で鎧を形成する。敵に飛び込むときに自身を加速するときに使ったり、
相手の攻撃のクッションになるなど、用途は多様。
ライトニング・ビート:神無の詩は本来2対1組。ライトニング・インパクトは足技用。
神無は手にも回路があるために連続で風の塊を打ち込む事が出来る。
デットロック:元々は神無の詩。この次に繋がるサンライズで本来の威力となる。
デットロックの時点でもかなりの威力を持つ。名雪は踵落しだが、神無は今回は蹴り上げ使っている。
元々は威力・風を固定させるため技で、蹴り上げに使ったりはしない。
デットエンド:神無最強の威力を誇る技。1対1用なので、如何せん地味に見えるが威力は地味に高い。
デットロックの次に控える技で、この技も2対1組。
ちなみに名雪がサデットエンドとライトニングビートを知らないのは神無が教えるの前にお亡くなりになったから。
ディザスター:意識した範囲の物を全て破裂させる。その意識した範囲が大きければ、
地面も抉るし、その場の空気さえも存在させない。感情が高まって魔力をコントロールできなくなると、
一時的に真空の場所を作り上げる事もある。
人物説明
相沢 祐夏
力の種類:災害 回路の位置:右目 能力:物を原子から破裂させる。 媒介:必要なし。
相沢家の正当な跡継ぎだった女の子。享年6歳。天才的な神降ろしの才能が有った。
それが災いして、災害の精霊に体を乗っ取られる。右目はその神落しのときに変化した。
それ以来彼女の右目は何も映す事が出来なくなる。災害の精霊に体を乗っ取られたときの記憶があり、
精霊が居なくても力の行使が出来る。生前、その力は一度として人や動物、植物に向けられる事は無かった。
あとがき
神無さんの人物紹介は9話の所にあります。その時点では出る予定は無かったんですよ。
後は今回はちょっと長めです。何故か長引いてしまいました。
同時進行という形を取っていますが、どうでしょう……こんな書き方しか出来ません。
それではここまで読んでくださった人に感謝します。ゆーろでした。