第十四話 傷〜月蝕、魔物〜
場所はものみの丘。飛鳥は、初めて外に出た事で興奮して走り回っている。それを真琴と幸大が鬼ごっこのように追って走っている。
それを祐一と美汐が少し離れた所で眺めていた。祐一はさっきまで追って走っていたが、疲れたので休んでいる。
真っ先に疲れたのは体の出来ていない祐一だ。真琴も幸大もまだ息すら乱していない。飛鳥は多少、息を切らしているが
今まで一室の中で生活していたのが信じられないくらいの体力だ。つい半月ほど前まで歩けなかったと誰が想像出来るだろうか。
平和な追いかけっこが続いたがものみの丘の異変に初めに気がついたのが祐一だった。
「精霊達が怯えてる……」
呟いた一言は美汐の耳に入ったが、横に居た美汐は何の事かさっぱりだった。
美汐は辺りを見回すが、おかしな所は動物達の数が普段に比べて少ない事が気になった位だった。
その時、奥の森から魔の因子に取り付かれ体が変質してしまった狼達、ヴァイスウルフが飛び出してきた。
同時刻、学院の教官室。その場所で月宮美晴と石橋彰雄はチェスをしていた。
「さて、チェックメイト」
「……うぐぅ。」
がら!という音共に、その扉は開かれて、久瀬圭一が切羽詰った顔で飛び込んできた。
「月宮先生!自警団員の緊急招集をかけてください!」
「圭一。どうした、お前らしくも無い。」
彰雄は落ち着いた感じで圭一を見る。美晴は驚いてそっちを見ているだけだった。
「とにかく!これを見てください!」
圭一は手に持っていた本を彰雄に渡した。それを彰雄は見る、その横から美晴もそれを覗き込んだ。
みるみる彰雄の顔が険しくなっていく。横から覗いた美晴も同じような感じだ。
「月宮先生、緊急招集をかけてください。出来れば、祐治達にもお願いします。」
その本には、町の地図と魔物を示す赤い斑点。そしてその次のページには魔物の特徴とその数が書いてあった。
「うん、わかったよ!」
事の重大さに気がついた美晴が、急いで詠唱の準備に入った。それを横目に、彰雄は圭一に質問する。
「ところで圭一。これはいつ記録した物だ?」
「ついさっきです。それを見て急いで自警団室からこっちに来たので、時間的にはそんなにたっていないと思います。」
「こんな時期だが、この規模だ……」
圭一は顔を顰めながら、彰雄の話しを促す。
「やはり、この規模ですと、月蝕ですか?」
「そうだ。まだ昼間だがな。」
そう言って、圭一と彰雄は本を見ながらその対応策を練っていった。
「一番、戦力の集中しているのは何処だ?」
「今の所分散しています。まだ一箇所には固まっていませんし、各個撃破していけば何とかなる数です。」
その報告結果に幾分、安堵の色が混じる。彰雄は圭一の奇跡の力に絶対の信頼を寄せていた。
「そうか。」
「強いて言えば、グラウンドに戦力が集中しつつあります。ただ……」
「ただ?なんだ?」
何かに躊躇うように圭一は一息入れた。そして本に描かれている地図の一点を指して言う。
「ものみの丘の、この一点に関してはデータが無いのです。こんな事は今まで無かったので……」
場所は戻って、ものみの丘。元々、群れを成す動物だったとはいえ異常な数の狼だった物が群がっている。
真琴、幸大、祐一の三人は飛鳥を中心に、円陣を組みそれに対抗している。美汐は退路を確保しに行った。
真琴は鞭をもって近づいてきたをヴァイスウルフを、はじき、その肉を抉る。
祐一も近づいてくるヴァイスウルフに左手を振るう。それの背後では飛鳥が腰を抜かしたように座り込んでいる。
幸大はポケットから『歩』を全て取り出して詠唱を開始する。途中、腕と肩に咬みつかれてしまったがそれでも詠唱を止めない。
「我が呼ぶ、その者達は勇敢なる戦士。その姿形を持って魔を殲滅せよ!コールソルジャー!」
幸大は落ち武者の格好をした、『歩』の戦士達を18人召喚した。
「さぁ、皆さん!周りの魔物たちを殲滅してください!」
その命令に、『歩』は一斉に動き出した。『歩』は飛鳥を中心として周りのヴァイスウルフ達を殲滅を開始した。
統率されたその『歩』の戦士達の勢いは凄まじく、斬られる事を嫌ってヴァイスウルフ達は後退していく。
みるみるうちに、ヴァイスウルフを出てきた森のほうへと追い込んだ。
追い詰めた、そのときにおかしな事が起きた。森の奥から一匹の色の違ったヴァイスウルフが、出てきたと思ったら、
追い詰められたそれを食べ始めた。共食いである。魔物の世界ではそんな事はありえない。
その異様な光景に、『歩』の戦士達も、真琴達も動きを止めた。祐一は幸大の怪我の治療をしていたので、気がつかなかった。
一方、美汐は退路を確保の為に、魔物の出てきた反対側の道を走っていた。確かに魔物はいるものの、その数は少ない。
『自警団員に連絡します。』
その一言が美汐の耳に届いた。耳の奥に響くその音を聞きながら、退路の安全を確認していく。
『月蝕が起きました。至急、学院または、守護者の元に集まってください。』
(この声は月宮先生ですね……。月蝕とは、ついていないにも程がありますね。助けは絶望的ですか……)
目の前の退路の安全を確認し終えた美汐は元来た道を引き返す。
魔物が大発生しているのはここだけではないのだと知ってしまって、その足は速くなっている。
『魔物に遭遇してしまった人は、危険ならば撤退を。可能ならば殲滅をお願いします。』
(殲滅は無理ですね。とにかく安全を確保するために撤退です。最も簡単に逃げさせてくれる相手ではありませんけどね……)
美汐は魔物がヴァイスウルフだという事を知っていたので、切り札である付箋をある程度退路に貼っていく。
(とにかく、これで諦めてくれると良いのですが……)
美汐は付箋を貼り終わると、祐一たちの元へ急いだ。
場所は戻り、祐一達はヴァイスウルフだったもの達を見ている。
一匹がくちゃくちゃと音を立て、血を撒き散らしながら他のヴァイスウルフを食べている。
それを食べるにつれて、その一匹は大きく、禍々しいものになっていく。
食べられている側は逃げるわけでも、悲鳴の声を上げるわけでもなく、ただただ食べられていった。
そして、さっきまで居た、ヴァイスウルフ達は一匹の色の違うものに全て平らげられてしまった。
しかし、その一匹が大きく、そして凶悪になってしまった。そこにちょうど、美汐が戻ってきた。
「なんですか……これは……」
あまりに圧倒的な大きさの魔物に、皆が声を失っている。祐一は声を上げた。
「逃げるよ!」
その声に、我に返った美汐がすばやく指示を出す。
「真琴は、飛鳥と私と共にものみの丘の入り口まで!私に考えがあります。幸大は時間稼ぎをしながら、入り口まで来てください!」
その声に、幸大が元気良く返事をする。魔物に指を指しながら、命令を発する。
「がってん承知ですよ〜!皆さん!あれをやっちゃってください!」
その命令に、『歩』の戦士たちは一斉に魔物に斬りかかる。傷は作るが浅く、見る見るそれは塞がっていく。
魔物はその攻撃・傷が気にならないのか最後に残った頭蓋骨をしゃぶっていた。
「僕も、時間を稼ぐよ!だから美汐ちゃん達は早く入り口まで行って!」
「わかりました!行きますよ!真琴!」
「祐一!死んだら許さないんだからね!」
縁起でもない事を祐一に言いながら飛鳥を背負い、走って美汐の後を追った。祐一は苦笑いである。
「真琴様〜、僕には何も無いんですかぁ〜?」
真琴に声をかけてもらえなくて寂しかったのか、走っていく真琴の背後に大声を投げかけた。
「あんたなんかしらない!」
その声に、かなり凹んだみたいだが、魔物の前という事を思い出したのか、それに向き合う。
そして、祐一と幸大はまだ動かない魔狼の前に距離を置いて立つ。魔狼は、まだ頭蓋骨をしゃぶっていた。
その間に幸大は『歩』の戦士を集めて元の将棋の駒に戻した。そして、銀を4つと金を四つ取り出す。
「我は呼ぶ、その者は魔を求めたもの。その姿形を持って間を殲滅せよ!コールマジシャン!」
取り出された4つの銀の駒は、銀色の服を着る魔道士になった。手には月を象った杖を持っている。
「続いて、我は呼ぶ、その者は剣を極めしもの。その姿形をもって魔を殲滅せよ!コールソードマスター!」
そして、4つの金の駒は金のひたたれをつけた、侍になった。腰には太刀と小太刀が差してある。
「良いですか、時間稼ぎです!戦力の低下は避けてください!」
幸大は召喚した駒の侍と魔道士に対して指示を出した。その間、祐一は魔物を観察していた。
大きさは地面から頭まで4メートルほど。ねっころがっているので頭から尻尾までの長さは分からないが10メートル位有りそうだ。
姿形は狼を凶悪にした感じで、目が赤く、体毛が殆ど黒で、光が当たって反射している所は赤紫に光っている。
「…承知」
「はいは〜い」
『銀』の魔道士のやる気の無い返事のあと、ちらりと、『金』の侍が『銀』の魔道士に視線を送る。
「援護を頼む……」
「言われなくても解ってます」
その掛け合いが終わった瞬間、『金』4人が、魔狼に斬りかかった。それぞれが太刀を抜き放つ。
そして太刀で後ろ足と前足をそれぞれ一本ずつ一閃をしたと思ったら、全ての駒が手を引いて距離を置いた。
「おかしい……斬っているが斬れていない……」
明らかに『金』の侍達は戸惑っていた。斬っている感触はある。しかし、斬った箇所を見ると、斬れていない。
「ありゃ〜、進化系のくせに再生しちゃうなんて反則じゃない?」
斬っていた『金』の侍よりも離れた所でその様子を見ていた『銀』の魔道士はそう言った。
つまり斬れてはいる。しかし斬った直後に再生している。しかし、それは異常な事だと結論したのだ。
通常、進化・強化系の魔物が再生する事はありえない。その事は幸大も承知だった。祐一は、授業で習ったばかりだったので半信半疑だ。
しかし、この魔物は進化・強化系の魔物なのに、ゴーレム系の特徴を持っている。
「これってもしかして、神話の怪物じゃないの?」
そんな事を言い、『銀』の魔道士達に非難がましい目に見つめられて、幸大は居心地が悪そうだった。
「神話の怪物?」
まだ、頭蓋骨を舌の上で転がしている魔狼を取り囲みながら、祐一隣に居た『銀』の魔道士に聞いた。
「お坊ちゃんのために思い出してあげようかしら。私の記憶が確かならば……」
「お坊ちゃんじゃないよ……」
と抗議する祐一を無視して、額に人差し指を当てながら何かを思い出すようにな仕草をする。
「……フェンリル」
『銀』の反対側の祐一の隣に居た、『金』の侍の一人がぼそっと言った。
その行為がよっぽどショックだったのか、美味しい所を取られたっと言う表情で祐一の近くにいた『銀』の魔道士がそちらを向く。