「――――■■■ね」
あ、あんにゃろう俺の天使になんばしよっとかこの■■■野郎め!(登校してきた某S君の叫び)
誰だろう。

暗雲すらも飲み込む、闇色。

眼前の少女の顔がぼやける。こんなに近いのに、果てもなく遠ざかっていってしまう。

「――――ご■■ね」

少女はそれだけを繰り返す。

苦しそうに咳き込み、纏わりつく鈍い煙に苛まされ、目尻に涙を溜め込んで、それでもそれだけを、うわ言の様に。

闇が開けた。けれどそれは救いではない。明かりは過ぎた熱を持って俺たちを哄笑していく。

「――――ごめ■ね」

段々と、言葉だけがクリアになっていった。

フィルターがかった映像は尚も続く。

背を撫ぜる灼熱も、けれど少女は意にも介さず俺だけを真っ直ぐ見つめていた。

「――――ごめんね」

それが、きっと始まりで、終わり。

俺はただ赤で満たされ、

彼女はただ紅に埋もれ、

世界はただ――――――――――赫に、屠られた。





































Jack-O'-Lantern 第一話【B】  追憶ときどき御徴

「――――――もう朝の教室でなんか寝てやらんぞ。誰が寝てやるもんですか」 半端にキレながら、俺はむっくりと体を起こした。 冷え切った手を見つめる。今の夢――――既に記憶から消えかかっている、最悪の夢。 あれは十年前の映像だ。俺が両親を亡くし、新しい兄弟と家族を得た、ターニングポイント。 だが、今のはなんだ? さっきよりも既に薄くなりつつある夢の追憶。 消えるなと願っても、最早少女の声すら思い返すことは願わなかった。 「忘れたってことは……別に重要なことじゃないんだと信じたい――――」 ――――だけで、それが忘れてはいけないことだなんて、理解しきっているくせに。 ああ糞ッ。なんで朝っぱらからこんなぐちゃぐちゃ考えなきゃいけないんだ名雪のくせに。(八つ当たり) 「おはよー」 と、イメージの中で名雪をいじめていた時に、当の本人がご登場あそばれた。 恐らくは朝練があったのだろう。眠気を墨に追いやった極上の笑顔で、こっちの苦労も知りもせずのほほんと。 「あ、祐一おはよ〜」 「おうおはよう。ついでに一ついいか?」 「なに?」 「なんか癪だから、つねらせろ」 是非なんて聞くまでもない。 自分でも目つきは最悪だろうな、などと思いながら名雪の頬を軽くつねる。むぅ、軟らかい。 むにむに。まだやめない。 八つ当たりだとは解っている。ならば、イメージの中での一回を差し引いても後七回なのだ。 許せ名雪、この罪深い俺を。 むにむにむにむに。 「い、いひゃいよゆういひ〜」 「はははは、聞こえんなぁ」 むにむにむにむにむにむに。 こ、この新触感はもしや!? 知っているのからいで……脳内相沢A!? 名雪の頬だ! なるほどなッ! むにむにむにむにむにむにむにむにむにむに。 俺って馬鹿だなぁ、と思いつつ、こねくる。いじる。さわる。まわす。蹂躙はさすがにやばいな、とか思う。 ……俺って馬鹿だな。 「いひゃいよ〜」 「む、すまなんだ。ということで今日はこれくらいにしておいてやろう」 ていうか、そろそろ斉藤が来る頃だからな! 「うー、朝練終えたばっかりなのに……なんでいきなり……」 「フッ、生き神と唄われる俺に直に触ってもらって嬉しかろう?」 「むしろ障りがないか不安だよ……」 それと祐一の脳内が神的に素敵だね、なんて小癪なことを言いやがる。 ちくしょう、ちょっと傷付いちゃったじゃないか馬鹿野郎。俺の心はブレイクしたぞ。 「あなたたち、いつも楽しそうでいいわね」 「ていうか相沢、お前それセクハラだぞ? 「む、香里か。いやさ香里。まして香里だなッ!」 「……本当、楽しそうね」 「おい、俺はとりあえずシカか?」 うちの学年の「逆らってはいけない人」トップ3の三番手、美坂香里女史が重々しい嘆息で締め括った。どいつもこいつも失礼な。 ちなみに、一番は遠坂で二番は美綴だ。むしろ遠坂に至っては逆らう奴の方が少ないだろうが。 「で、君誰? クラスが違うんでないかい?」 「く、貴様十年来の友の顔を忘れるとは……裏切ったな! 僕の! 気持ちを!」 金髪アンテナ鬼太郎もどきがガッデムと拳をあげる。 人の事を棚に上げてみるが、まったく朝から騒々しい奴である。 女三人よれば姦しいというが、こいつは男一人で姦しい。 「冗談だ斉藤」 「北川だ!」 「何だ、下の名前北川っていうのか。珍しいな」 「違う、苗字だ苗字!」 「む? 斉藤・北川・潤か? なんだ。日系日本人だったのか」 「いやそれ意味分からんから」 「まったく五月蝿い奴だ。どうしてほしいんだよ?」 「だ・か・ら! 俺は、北川! 北川潤! どぅゆーあんだすたん!?」 「ねえ、皆見てるからやめてくれない? 恥ずかしい」 チッ。 香里の奴め、わびさびを理解していないな。 やれやれ、と露骨に肩透かしのポーズをとってみる。 ……むぅ……その眼はやめれ香里。人一人殺せるぞ。 「ん? うっわ、おい相沢、お前、何やったんだ?」 「は?」 「断」じて金を集めるならやはり「商」人。略して「談笑」をかましていた中で、芝居がかった北川の声。 ちなみに談笑はそんなものの略ではないが、閑話休題。 「は? じゃないだろ、気付いてないのか?」 「目的語をはっきりとさせような北川?」 疑問に疑問で返す奴は失礼だが、疑問に答えを求めていない奴こそもっと失礼だ。 俺の必殺のベアクローが北川の頭上を掠める。チッ、咄嗟にかがみやがった。 「腕腕、右腕見てみ」 右……腕? 言われたとおり見てみる。いつも通りだ。ちゃんと指は五本あるし、爪もある。変な腫瘍だってできていない。 「あら、穏やかじゃないわね、それ」 「だ、大丈夫ッ? シップシップ……ほ、保険委員〜って私だよッ!?」 「……お前が大丈夫か、名雪」 ポコン、と頭を小突くと、名雪は恨めしそうに上目遣いで半泣きした。色々と許してやろう、可愛いから。 「っておお、いつの間に俺はこんな立派な勲章を」 伸ばした時に少し捲くれた袖から、痣黒く変色していかにも痛そうな俺の二の腕が見えた。 丁度手首の反対側だ。内出血をしているにしても結構でかい。しかしまったく痛みがない。どこでこんな傷付けたんだ? 「ゆ、祐一、痛いよ……じゃない。痛くないの?」 「全然まったくこれっぽっちも。しかしこの痣も根性無しだな。どうせなら北海道か知床半島でも描いてくれればいいものを」 痣はぼんやりと、不気味な紋様のように広がっている。 「はいはい。ロシアに喧嘩売りたい相沢君の言い分はわかったから、保健室行きなさい。結構大事じゃない」 「えー」 「えー、じゃない。なんなら是が非にも保健室に行きたくなる体になってみる?」 言いつつポケットをまさぐる香里。 そこから何が出てくるのかは非常に興味が尽きない所だか、残念なことに人命っていうか俺は自分が大事である。 両手を挙げて戦意がないことを示し、さっさと保健室に行くことにした。ただ、朝のSHR前である。保険医がいるかどうか心配だ。 「って、何故にお前がここにいますか」 「なにさ、その言い方。俺がここにいちゃいけないってのか?」 「いや、そういうわけじゃないが」 俺の不肖の兄弟分、衛宮士郎その人が、何故かしたり顔で保健室にいましたとさ。 「……もしかして、痛むのか?」 怪訝な顔を隠す意味もないし、隠し通せるほど俺は出来ちゃいない。 士郎の右肩に向ける露骨な視線に気付いたのだろう。士郎は、皮肉にもならないほど軽く唇を吊り上げて首を横に振った。 「いや、もう大丈夫だ。ありがとな」 「礼を言われるこっちゃないだろ」 とはいえ、これが原因で弓道部を辞めるなんて言い出した時は焦ったが。 もうあの時は大変だったなぁ。桜と俺と美綴と、北川や名雪とかまで引っ張り込んでの説得大作戦。 頑固一徹だとは思っていたが、まさかアレほどとは思わなかった。 ま、今こうして弓道しているんだから、結果オーライということにしておくが。 「で、祐一はどうしたんだ?」 「うん? ああ、これだ」 保健室に来たからには、それ相応の理由が必要なのだ。 もちろんそれが正当である必要はない、とは仮病を作り出した人に感謝する不良生徒全ての思う所だと俺は信じている。 「……なんだ、祐一もか?」 「その口ぶりから察するに?」 「おう。昨日藤ねえと一戦やらかしたから、その時かとも思ったんだが……」 言いつつ、士郎は左手の甲をぴらぴらと振って見せた。 で、予想通りというか何と言うか、そこにあるのは酷く内出血を起こしたような酷い色した皮一枚。 「痛くはないから大丈夫だって言ったんだけど、桜に珍しく押されてな。そんなに心配することでもないってのに……」 桜は心配性だ、と言うが、お前は朴念仁であほんだらだ、士郎。 一年半前からうちの家政婦と化した桜を思い一人涙する。知らぬは当人ばかりなり。ていうか気付いてやれ、いい加減。 それに……お前も荊の道を選んだもんだな、桜。 「あ、そうだ祐一」 「ん?」 「今日の放課後、ちょっと頼まれてくれるか――――――?」
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