花遠養成学校の地下闘技場。
 つい先ほどまで戦場と化していたその場所は、現在静寂だけが支配する空間になっていた。
 白河の名に驚く者。白河の名に恐れる者。白河の名を知らない者。
 各自思っていることは全く異なるが、誰のことを考えているかは全く同じだった。
 ―――相沢……と偽った、幽一ではなく祐一。

「……幽一、か」
「………………アイは、違うの?」

 春花のその質問に対して、両の瞳を閉じて微笑を浮かべるだけの相沢―――いや、祐一。

「その質問はノーだ。過去何百年の歴史を見ても、白河一族で幽一称号を与えられた者は僅か三人だけなんだからな」

 アンタたちが俺をどう評価しているか知らないが、俺はそこまでの器じゃないさ、と祐一。
 それは、幽一という名前がどれほど凄いことかを証明しただけに過ぎない。
 並大抵のことでは、その称号は与えられないと。

「でも―――」

 そう言って、言葉を区切る。

 他人の胸の鼓動すら聞こえてきそうなほど静かな空間に、意味深な言葉。
 何か重大なことを告げる予兆…………誰もがそう感じた。
 閉じていた瞳をゆっくりと開く祐一。
 ゴクリと、誰かの息を飲む音が部屋に響いたのは果たして気の所為だったのだろうか。

「―――四代目幽一は、確かに存在している」

「…………そ、れは……お前じゃないんだなッ?」
「……しつこい男は嫌われるぞ、折原」
「なら、一体誰なのよ」

 青葉は聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちに揺れていた。
 警戒しないといけない相手の情報を知るためにはどうしても訊くことは必要不可欠だ。
 が、同時にそれを知ると言うことは、また一人恐怖で縛られる相手を知ってしまうと言うものだ。
 白河と言う一族、幽一と言う称号にはそれだけの影響力がある。

 そして、祐一に与えられなかった称号を与えられた人物の名、

「――――――姉さんだ。俺の姉さん……真琴姉さん」

 自分の姉である、女性≠フ名前を口にした。
 白河の姓で女性初と言われる幽一の称号を得た、今代最強の魔術知識≠持つ名を。

 知識は直接的な強さに非ず。
 魔力量でも、魔術の制御でも、天性の才能でもなく、知識とは間接的な強さに繋がる。
 知識とは―――知を識る。
 その“識”ったこと一つの差が、どうしようもない劣勢を覆すことや、追い込まれた窮地から脱出することも可能だ。
 ……いや、寧ろ、そういう状況に於いて、絶大な魔力を持っていても使い道を識らないと全くの無駄になることがある。
 それは正に、食材が眼の前にあっても、それを調理する手段を知らないのと同意だと言えるだろう。
 だから、知識がない者は強くはない。
 その論理は魔術だけに通じるわけではなく、武術にも通じ、何事にも通じる。
 ―――無知は弱者。
 だが、知識量がそのまま強さかと問われれば、答えはノーだろう。
 実際の戦争に於いて、知識から生まれる戦術は大事だが、それを実行に移すのは別人だ。
 ……故に、世界一*op知識を持った者が最強とは一概には言えず、決定事項でもない。

 ――――――白河? 幽一? どういうことですか…。確かに祐一さんのご両親は離婚していますが……

 その中で、秋子は現在の状況が正確に掴めないでいた。
 祐一の姓である相沢が母方のものであることは知っていたが、父方については一切知らなかったからだ。
 ついでに、花遠が倭庵に比べて閉鎖的だった国際情勢の所為で、白河一族という名がどういうものか全く解からないでいた。
 唯一つ解かったこと、それは、

 ――――――祐一さんの言う真琴とは、あの“真琴”……ですよね…?

 真琴、と言う名前。
 祐一の姉の名に秋子は心当たりがあった。
 ……と言うより、良く知っている“親友”のことだと、すぐに理解した。

「……祐一さん。真琴とはあの……」
「あぁ。秋子姉さんもよく知ってる人だよ。今は白河の姓を名乗っているけど、昔の名前は―――沢渡真琴」

 やはり……、そんな思いを抱いた秋子。
 秋子と同じ年齢で、昔はよく二人して遊んだ記憶も残っている幼馴染。
 共に魔術について語ったこともある二人だが、当時から秋子より魔術に関する応用が上をいっていたのが真琴だった。
 基礎的なことはそれほど変わらなかったが、一を聞いて三を知る秋子と、一を聞いて七を知る真琴では、明らかに何かが違っていた。
 難解な応用魔術の制御や、その仕組みについて、真琴は初めてのことでも間違えたことはなかった。

 ここ花遠で講師をしている秋子は、美汐の天性の才能、潜在魔力量の多さに気付いたとき、思った。
 彼女は真琴と比較しても決して劣らない素質を持っている、と。
 真琴並みの魔術応用力はないが、もしかしたらそれを超えるモノを持っている、と。
 確信のような手応えは確かにあったのだ。

「…………は、……ははっ」

 奇妙な笑みを浮かべつつ、折原は言う。

「あれだけの実力を持ったお前が幽一じゃないだと…? でも、幽一がいる…? しかも女…?」
「……幽一と言うのは、名前の後に付く称号みたいなものさ。男だとか女だとかそんな小さいこと関係な―――」
「ふざけんなッ!!」

 折原は祐一の言葉が信用できなかったのだろう。
 その言葉と全く同時だった。
 ―――疾る!
 その瞬発力を活かした一歩目の踏み込みから、速度は速かった。
 惑わすためのフェイントや牽制などの小細工を一切駆使しないで、ただ一直線に祐一目掛けて爆進する折原。
 粉砕された小粒のような瓦礫を蹴散らして、ひたすら直進。
 爆発したかのように飛び出した大きめのストライドから、僅か三歩目で片手を柄に添えて、居合いの構え。
 その瞳は、祐一自身は勿論のことだが、さっきの言葉すらも斬って捨てよう……そんな激しい意思が伺える。

 ―――だが。
 ―――だがッ!

 ―――魔術効果を吸収する・・・・・・・・・武具を持つ折原に、魔力を高めて・・・・・・“両手”を突き出す祐一。

 何をしようとしているのか、言うまでもない。
 その行動はまるで予想していなかったのか、一瞬驚きの表情になる折原だが、すぐさま鞘を構える。
 夢喰―――そう呼ばれる、魔術効果を吸収して、自分の魔力に変換する魔術の体勢に。
 それを眼前で確認した祐一だが、特に変わった様子なく、行動に移った。
 詠唱すら必要とせず、前方へ翳した“片手”の先から魔力を解放する。

 …………だが、実際放たれたのは、小手先魔術以下の砂塵が折原の足元に舞い、視界を悪くしただけに過ぎなかった。

「これで俺の攻撃を躱せるとでも思ってるのか…ッ!」

 目眩ましは通じない―――そう言いそうな物言いは、一瞬にして折原の剣を抜かせた=\――。

 抜刀から、剣舞。
 出鱈目かと思わせるほどその両足は周囲を遊ぶように踊り、片腕から振るわれる剣は優雅に空を舞う。
 袈裟斬りから横薙ぎ、斬り上げ、逆薙ぎ、逆袈裟斬り…………と、その両足で上手く体重移動した体に遠心力を上乗せして、

「―――邪魔だああぁぁッ!」

 叫びと共に、砂塵を消し去った。
 そうして、折原は祐一に近づこうと足を踏み出した―――

 ヒュゥン……。

 ―――が、それはたった一歩。
 急ぎ足な折原の足が、二歩目の地面を踏むことはなかった。

「飛びな」

 砂塵を舞わせた片手―――ではない方の手を前方へ向け、強く握り締めた後、祐一はそう言った。
 終わりだ―――と言う意味合いを篭めたその言葉を。
 若干自信に満ちた笑みを浮かべて。

 それだけ。
 ……ただそれだけの動作が―――折原を背後の外壁近くまで、遥か二十メートルほど勢いよく“吹っ飛ばした”のだ。
 何かとんでもない力によって強引に連れて行かれた…………そんな光景すら思い浮かべさせる。
 ………………その身に直接触れることも、魔術で間接的に触れることもなく、折原は空を舞い飛んだのだ。

 ――――――が――ァッ! ……ッ、ぇ? い、今、何が起こっ……た…?

 背中を強く打ち付けられ仰向けになって倒れている折原も、何がどうなったかさっぱり理解出来ていない様子で、事態の把握を急いでいた。
 …………尤も、まるで自分が仰向けになっていることも分からない様子から、その応えは無理そうなのだが。


「さて―――」













 ……一体、どういった原理で彼の躯が吹き飛んだのか。
 きっと賢王の美汐ちゃんですら、すぐには理解出来ないでしょうね。
 高度な魔術や特別な魔術を使ったわけではなく、それほど魔術制御が難しくない風の魔術……。
 それ≠フ具体的な仕組みは知っていても、それを実践に活用すると言う機転の良さは素晴らしいです。

 …………やはり模擬戦では本気を出していなかったと言うことですか、祐一さん。
 前々から疑問でしたが、おそらくそうなんですね。

「さて―――」

 面倒事が片付いたように、祐一さんの顔は妙にすっきりしています。

「―――まだやるかい? 命を無駄に散らすか、“俺”のことを知っただけ儲けと考えて帰るか…?」
「……そうね。聖剣の在り処を知っている貴方の口を割らせないのは不本意だけど……」

 聖剣ッ!?
 彼女たちの目的は幻獣剣―――ッ!?

「そうそう。命あっての物種ってモノダネ」
『…………………………』

 …………つまらない冗句に思わず誰も口を開こうとせず、しばし沈黙。
 春花ちゃんのダジャレは、その場にいる誰もが言葉を詰まらせるほど、つまらないと思えるものでした。
 戦闘前の静けさとはまた違った静寂が、……欠片すら草木もない荒野を想像させるように虚しい。
 まさに、駄目な洒落の典型的…………いや、王道とも言うべきでしょうか。

「………ったく、寛さんは一体何を教えてるのよ」
「うん? ヒロシに教えて貰ったこと? 他にはねー………猫が寝ころ――」

 顔を手の掌で包み込むようにして、呆れ口調で愚痴を言う青葉さんは、もう一つの手で春花ちゃんの口を塞ぐ。
 背中を丸めて、肩を落として、とても疲れたように見えるのはきっと私の気の所為ではないでしょうね。
 言わなくてもいい……と言うのは、青葉さんだけではなく私たちも同意。
 まさに駄洒落=c……です。

「相沢……貴方が知っている聖剣を奪うのが少し遅くなっただけと思い、今日のところは引き上げることにするわ」
遅かれ早かれ・・・・・・聖剣所有者が集まる・・・・・・・・・ときがくるもんねー」

「今の勝負の続きはそのときに……か?」

 祐一さんの言葉は、彼女たち二人に向けられたものではなく、

「本番では絶対にお前を殺してやる…ッ!」

 殺意すら表面化している倭庵の折原浩平に向けられたものでした。
 高屋敷の二人の気持ちは既に承知だったので、残る一人にそれを訊いたのでしょう。
 でも、気になる点がいくつもあります。
 何故祐一さんが―――………。


 ――――――花遠でも知る人が限られている聖剣のことを知っているのか。


 継承者の佐祐理ちゃんから聞いた…?
 いや、例えどれだけ親密な友達であっても、彼女はそう簡単に重要機密を喋るような人ではないはず。
 …………すると、一体どこで祐一さんは聖剣のことを―――。

「―――ちょ、ちょっと待って下さい相沢さん。彼らを逃がすと言うのですかッ!?」
「逃がすつもりの有無は関係ないのさ。どうせ逃げられる。と言うより、逃げてくれたほうがこっちとしても都合いい」
「え―――?」
「……天野。お前が何を考えてるかは分かるつもりだ。でも、今の俺たち“だけ”じゃ彼らを倒すのは難しい」
「祐一さんの言うとおりです。でも、彼らが私たちを倒すのも容易じゃありません。そうなると、必然的にそうなりますよね」
「何故ですかッ!?」

 美汐ちゃんは納得いかないようですね。
 ……どうやら私が思っていたより、美汐ちゃんは状況判断力がないのかもしれません。

「ふんッ。殺せないのなら、その相手の情報だけでも持って帰るのが仲間のため≠セからだ」
「……そこの愚坊の言う通りよ。若干不本意だけど、私たちは一人で闘ってるわけじゃないの」
「で、逃がさないための手段を、アイたちは持ってない」

 つまりはそう言うこと。
 私たちは易々と倒すことも出来ませんし、倒されもしません。
 祐一さんが知っていると思われる聖剣の在り処も、祐一さんは口を割らないでしょう。
 では、今この現状で取る行動は、何が最善か…?

 …………祐一さんの情報を仕入れた彼らからすれば、それだけでも充分価値あることで、これ以上長居する必要性がない。
 そして、私たちには彼らを逃がさないための方法が思いつかない。
 援軍を呼べばこちらに分がありそうな気はしますけど、そこまでの“時間がない”のが現状。
 香里ちゃんの怪我の具合が解からないとなると、あまり援軍を呼ぶ時間を割きたくないですしね。
 ……それと、今のままでは真っ先に狙われるのは、その足手まといの香里ちゃんになることは明白。
 彼ら相手に、身動き取れない香里ちゃんを護りつつ迎撃するのはかなり厄介なことは祐一さんも理解しているはず。

「…………ッ!」

 漸く事態が飲み込めたのか、悔しそうに俯く美汐ちゃんは滅多に見れない顔をしていました。
 獲物が目の前にあるのにも関わらず、どうしようも出来ずに逃がすしか選択肢がない……そんな様子。

「……ま、アンタらも“最低一本”は持ってるみたいだし、本番で決着をつけようじゃないか」
「祐一さんッ!? 何故そう言え―――」
「そうですよ。彼らは“魔力を感じた”としか―――」

『あ―――ッ!』

 折原浩平さん、高屋敷青葉さんの二人がほぼ同時に同じ言葉を、思い出したように上げた。
 その表情は動揺と驚愕。
 ……待って。その前に……美汐ちゃんは今何て言ったんですか…?
 魔力を感じた―――と言ったの…?
 それは…………聖剣の魔力を感じたから花遠に来たと言うこと、でしょうか…?
 だとしたら、


「姉さんも気付いたみたいだな。聖剣独特の魔力を感じ取れるのは・・・・・・・・・・・・・・・同じ聖剣所有者しかいない・・・・・・・・・・・・と言うことを」


 倭庵にも高屋敷にも、佐祐理ちゃんと同じく聖剣に選ばれた人がいることに。
 これで、最低でも十本の内、三本の所在が解かったことに。

「………………ま、隠す必要もないか。何れバレることだろうし」
「……折原?」

 失言失言、と困った表情の彼は開き直っているよう。

「あぁ。お前の言う通りだ。倭庵おれたちは聖剣を所有している。………何本かは言えないがな」
「…………私たちも同じく」
「惚けても無駄だしねー」

 …………恐ろしい。
 佐祐理ちゃんが持つ聖剣の能力を知っているだけに、彼らが持っている聖剣の怖さが良く解かる。
 神々が生み落としたと云われる十の聖剣の一つですから、幻獣剣と比べても優劣の差などほとんどないのでしょうね。
 折原さんの剣は聖剣でないことは承知ですし、高屋敷のお二人は無手ですから、彼ら三人は現時点でシロと言うことになるんでしょうか。
 ………………尤も、自国に置いて来たと言う考えも否定は出来ませんけど。

「…………さて、と。春花、帰るわよ」
「今度は船酔いしないようにねー、アオバ」

 船酔い……?
 彼女たちは船で花遠まで来たと言うの…?
 そんな私の考えなどお構いなしに、触れただけで外壁を炭化させる青葉さん。
 上へ登る階段に通じる部屋まで一瞬にして壁を無力化。

 ―――あ、あつい。

 心臓の鼓動が妙に激しく響いている錯覚を憶えます。
 …………握った拳に汗が滲む。
 ……青葉さんの手の掌に練られた魔力が物凄く大きいことを、本能が理解しています。
 彼女はとても危険だと、止まることない信号が私に報せています。
 耐熱性の金属ではないにしても、決して木造ではない物質を一瞬にして炭化させたのは、おそらく余興の一種。
 造作もない、それすら思わないほどの…………壁に触れたら勝手に炭化したとでも言うべき、ですか。
 その余興は果たして誰に見せるためなのか―――考えるまでもない。全員にだ。

「……………………あぁ、そうそう」

 隣室へ足を掛けた青葉さんが、何か思い出したように、
 何てことない頼まれ事をたった今思い出したように、
 振り返った表情は大胆不敵に寒気すら感じる微笑を浮かべて、
 ―――ただ一言。

「………“龍”には気をつけなさい」

 りゅ、う…?

「……アオバ、言っていいの?」
「ふん。何を言ってるのよ春花。この私は高屋敷最強にして最高の魔力を持つ高屋敷青葉よ…?
 ついでに言うと、この世に二度と誕生しない絶世の美女」
「あはー、アオバ美人美人」
「………………話がずれたわね。兎に角、“アイツ”を倒すのはこの私なの。司を侮辱したアイツだけは……ッ。
 全員を平伏せる私の野望を邪魔する奴は、この私自ら制裁しないと気が済まないのよ」

 龍…………何かの代名詞なのでしょうか。
 本物の龍が襲ってくるとは到底考えられることではないですし、可能性としては龍のような容姿・攻撃方法………名前に関係があるもの―――。


 ……と、気が付いたら、二人は既に脱出していた後でした。

「…………龍、か」
「折原浩平…さん。貴方も青葉さんが仰っていた龍について何か」
「……へ。フルネームで呼ぶんじゃねぇよ、賢王・天野…美汐」

 二人は互いのことを気に喰わない様子で、一度睨み合い、どちらからともなく目を逸らす。

「俺なんかより情報通のヤツがいるだろ。そいつに訊けよ―――なぁ、白河? アンタは何か知ってんだろ?」
「……俺? そうだな………もし俺が知っていたと“仮定”しよう」
「あ?」
「だが、その知っている情報をお前に言う義務はあるのか?」

 いや、ないだろう? と祐一さんは言います。
 確実に相手に敵対する気でいるのか、相手の神経を逆撫でするように言葉一つ一つに煽りが入ってる祐一さん。
 ニコニコといつも通り…………いや、いつも以上に笑顔を向けて、不自然なほどの笑みで浩平さんに喧嘩を売っているようです。
 ………………解からない。
 祐一さんの真意が全く読めません。
 何を考え、何を知っていて、何を知らないのか。

「………そうだな。確かにお前の言うとおりだ。言う必要なんてないな。――――――でも」

 浩平さんはそこで一旦言葉を切ると、その場から一歩踏み出す。
 青葉さんたちが使った、穴の開いた壁に向かって。

「彼女が言った龍ってのは知らないけど、“虎”なら知ってるぜ」
「虎…?」
「四峰の一人はその虎にやられて未だ重傷だ。“ヤツ”がどこの国のかは知らないが、強い。それだけは間違いなく……桁違いにな」

 怒っているのでしょうか。
 浩平さんは両手に力を入れて、握り拳のまま悔しそうに言う。
 でも何故、

「何故、自分に不利な情報を私たちに?」

 そう。
 美汐ちゃんの言うとおり、四峰の一人が重傷だと言うのは、かなり大きい情報です。
 …………と言うことは、その情報自体ハッタリの可能性も無きにしも非ず……ですか。

「―――何故…? ふふっ、可笑しなこと言うんだな、天野美汐」
「え?」
「俺たちにとって不利な情報? その認識からして大間違いだ」
「…………それは」

 どういうことなんですか…?

「水瀬秋子か……。四峰の残る三人、その誰が来ても、一人いればケンオウ全員倒すのは難しいことじゃないってことさ。
 それは四峰以下の俺が対戦した賢王、間近で見せてもらった拳王を見れば解かる」
「…………確かに、四峰より遥かに劣る折原が天野を圧倒していたのは事実だ。
 で、その折原より強い者がいればケンオウ全員を倒せると言うのは、決して嘘じゃないだろうし、難しいことじゃないだろうな」

 ………………祐一さんの言うとおりかもしれません。
 浩平さんの言葉を全て信じると仮定したなら、の話ですけど。
 でもそれは、魔術師としての美汐ちゃんと退魔士としての浩平さんだから、相性の問題も否定出来ないと思います。
 もし、浩平さんと闘ったのが美汐ちゃんではなくて、香里ちゃん、もしくは舞ちゃんでしたら違う結果になっていたはず。

「そう、白河の言うとおり。だから俺たちにとって不利な情報じゃないんだよ。ま、口からでまかせと思うのもアンタたち次第だけどな」
「不利な情報じゃないと言うのは解かった。でも、それを俺たちにその情報を言う必要性はあったのか?」

 祐一さんの質問は聞こえてなかったのか、浩平さんは歩いて隣室に通じる壁穴に辿り着き、身を乗り出す。
 やはり彼も同じ場所から脱出するようですね。
 ………っと、突然振り向き―――ぇ? 私?

「必要性? 俺は白河アンタと違って、人間が出来てるからな。これくらい教えてやろうと思ったまでだ」

 私―――の後ろの祐一さんにそう言って、彼も地下から脱出する。
 祐一さんに向かって対して特別な感情を向けて。
 殺すと言っていた相手にそんなこと言う彼の思考も、祐一さんと同じくらい理解不能でした。



「…………ふぅ、俺は白河じゃなくて相沢なんだけどな」



 ぽつり、と。
 祐一さんが誰にも聞こえないように呟いたのが印象的でした。

 それから少しして、美汐ちゃんが救援要請した救護班が闘技場に駆け付け、香里ちゃんを急いで医務室に連れて行きました。

 バタン…。

「………あーっ、もうっ! すげー疲れたー」

 その場に座り込み、仰向けに倒れる祐一さん。
 外壁や床石が砕けてたので大量の砂が散らばっているにも関わらず、そんなことは二の次とでも言うべきなのか。
 愚痴と安堵を吐き、肉体も精神も疲れ果てた様子がはっきりと伺えます。
 怒涛の波のような出来事が過ぎ去り、漸くゆっくりと話す機会が出来ましたので、気になることを訊いてみましょうか。

「……祐一さ」
「白河と言うのは……魔術に於ける知識を膨大に持っている、陰に生きてきた魔術師の家系のことさ」
「………………賢王の私よりも、ですか?」

 天井を見ながら、祐一さんは私の問い掛けようとした答えを先に言ってのけた。
 白河一族……。
 聞き慣れない名前ですが、初めて聞く名前でもないのは気の所為でしょうか。
 私が幼い頃、祐一さんと出会った頃にその名を聞いたことがある所為でしょうか。
 美汐ちゃんよりも、と言うのは魔術知識のことですね。

「知識の量だけなら、間違いなく賢王の天野より俺のほうが持ってるだろうな」

 瞳を瞑り、穏やかな表情で祐一さんはそう言い放った。

「…………ならッ! 何故相沢さんは私から賢王の名を奪い取ろうとしないのですかッ!!」
「ゆっくり休みたいのに、怒鳴るなよ。……俺はさ、賢王の名前に興味ないんだよ」
「え……」

 休憩中の真横で騒ぐな―――そう言うように、上半身を起こします。
 確かに祐一さんの腕や足は筋肉痛でも起こしているかのようにプルプルと震え、魔力もほとんど残っていません。
 それに、私が口添えをするなら…………賢王と言う名は知識量からくるものではないです。
 誰が最初に言い始めたのかは解かりませんけど、それは“魔術師の美汐ちゃん”を見て誰かが付けた代名詞に過ぎません。
 だから、祐一さんが美汐ちゃんに勝っても、賢王の名が移ると言うことはないはず。

「……あ。かと言って、天野を格下に見てるわけじゃないぞ?
 と言うか、俺はお前と闘っても絶対に負けるから、奪おうと思っても無理なのさ」

 え? と私と美汐ちゃんの声が重なる。
 祐一さんの本当の実力はどれくらいなのか、全く読めない。
 強いのか弱いのか……。

「…………魔術師として勝負しても俺は天野以下さ」
「何故……?」
「んー、あまり自分の欠点を言いたくないんだけどな。……魔力が人並み以下だからさ」

 本当に困った顔をして、祐一さんは少し言い難そうに答えます。
 ……とても嘘を付いているようには見えません。

「…………折原浩平と互角の勝負をしていましたよね?」
「ん? 今度は武術のことか? 俺は拳王や剣王とは比べものにならないほど身体能力はないし、持久力もないぞ」
「……ぇ、祐一さんは浩平さんと互角に闘ったんですか…?」

 見た目魔術師の祐一さんが、魔術師相手のスペシャリストの浩平さんと互角…?
 それはきっと、先ほどの一瞬の攻防以外のことを言っているんだと分かります。
 つまり、武に於いて祐一さんは魔術師レヴェルを超えているということですか。
 その実績がありながら、身体能力がないと言うその根拠は一体どこからくるのでしょうか…?

「――――――もしかして、二人とも勘違いしてる?
 俺が何故賢王に勝てないのか。それは絶対魔力量が少なく放出魔力量も少ないからだ。
 俺が何故拳王や剣王に勝てないのか。それは特別な能力もないし、ずば抜けた身体能力もないからだ」

 魔術師として、美汐ちゃんを超える人物は花遠全域を探してもいないでしょう。
 一般魔術師三人分の絶対魔力量をその身に秘めているのですから。
 そして、魔術の詠唱時間の短さも若干ですが違います。
 魔術師に於ける重要スキルは二つありますが、そのどちらも美汐ちゃんはずば抜けています。

 拳王には《セキシ》と呼ばれる技が、剣王には『claw』と呼ばれる特別な剣が、それぞれあります。
 勿論、凄まじい修練の果てに《セキシ》を会得したのでしょうし、『claw』を自由自在に扱うこと自体一つも努力してないことなんてないでしょう。
 身体能力に関して、剣王は文句ないですが、拳王のほうは若干問題がないわけではないです。
 ただ、二人を全く同じに比べるわけにはいきません。
 鍛錬に一年の差があるわけですし、これから拳王にはその辺りをきっちりと教えないと……。

「俺はさ……」

 祐一さんの腕や足腰の鍛え方が不十分だと言うのが充分伝わります。
 プルプルと震え、本当に体が疲れたと言っているようです。

「……知識だけなんだよ。技の仕組みや武器を構造を知っていたり、剣士との闘い方や魔術師との闘い方を識ってるだけさ」
「相沢さん……」
「だから、たったあれだけの動きをしただけで、コレだ」
「祐一さん……」

 苦笑いしながら祐一さんは自分のことを話してくれます。
 足腰が悲鳴を上げてる…………んだと解かります。
 何でしょう……。
 そのことが、何だかとても悲しくて。

 …………それは、本当に悔しがって自分に苛立っているみたいに見えて―――。















 ――――――二週間後。

 倭庵の折原浩平や、高屋敷の高屋敷青葉、春花たちが花遠を訪問―――いや、襲撃を仕掛けた日から二週間。
 他国からの侵入者と言うこともあり、天野美汐や水瀬秋子から、秋子以外の養成学校の講師に襲撃者の申告があってから二週間が経った。
 その情報は当たり前だが、学校長の耳まで届くのに二日を要しなかった。

 そして、その日から始まった話し合いも幾数日経ち、今に至る。
 聖剣所有者・倉田佐祐理の父親でもある学校長・倉田弘毅ひろきは苦悩していた。

「…………何てことだッ。まさか本当に・・・・・・佐祐理の聖剣が狙われるなんてッ…」

 時刻は、夕陽が西空へと沈んでから数時間が経っていた。
 誰もいないはずの時間の会議室には、選りすぐりの数人が椅子に座って、彼是一時間あまり話し合いをしている。
 花遠の都市部から少し離れた田舎に建てられた養成学校……その代表でもある倉田弘毅。
 国直属の軍隊に勝るに劣らずと言った実力ながら、国防大臣の推選を蹴って養成学校の講師をしている水瀬秋子。
 花遠が誇る三ケンオウの内の賢王でもある、常人の約三倍にも匹敵する魔力の持ち主でもある天野美汐。
 高屋敷春花に折られた肋骨がまだ完治していないはずの、花遠の三ケンオウが一人拳王・美坂香里。
 …………以上、このたった四名で、会議室に集まり対策を練っていた。
 二国から狙われた佐祐理が持つ聖剣をどのようにして護るか、二国と花遠の戦力状況などの分析。
 佐祐理が持つ幻獣剣のことや、その能力、効果のほどを数日前秋子から聞いたケンオウの二人は、ただただ驚いた。
 ……だが、そこで、今まで無言だった倉田弘毅が漸く口を開いた内容にも、同等に驚くものだったのだ。

「……学校長。それはどういうことですかッ!?」
「もしや―――…………無礼を承知で失礼します。学校長は事前に聖剣が狙われていることを知っていたのですね…ッ!?」
「香里ちゃん、美汐ちゃん。……少し落ち着いてください。ね?」

 香里や美汐は思わず椅子から立ち上がり口を荒げる。
 その表情からは、焦りと動揺…………それに若干の怒りが露になっていた。
 だが、それを努めて宥めた秋子。
 彼女も気持ち的には二人と同じだったが、四人しかいないこの現状で秋子まで責める立場に回ることは許されることではなかった。
 誰かが制御役に回らなくてはいけない……そう思い、二人の気持ちを察知しながら冷静に止めようとした。
 気持ちをリセットするために、深呼吸――。

「学校長。どういうことか話してくれますね?」
「……………………あれは一ヶ月ほど前のことだ」

 学校長・倉田弘毅は暫くの沈黙の後、そのときの記憶を辿り寄せるように語り始める。
 一月ほど前に、差出人不明のある封筒が、倉田弘毅家の自室に転送魔術で届けられた、と。
 転送魔術の類は物だけでなく人までも物体移動を可能にしてしまうので、倉田家の周囲にはそれを妨害する結界がある。
 それを突破した転送魔術を行使した術者は、相当魔術に長けている者であることがすぐにでも解かる。
 だからこそ、その術者が送った書類は危険だと弘毅自身解かっていた。
 魔術に長けた術者ならば、『封筒に触れるだけで爆発を起こす』と言った魔術を生成することも可能だから……。

「念入りにその封筒を検査して、無害だと解かった後、その中身を確認したのだ」

 複数の宮廷魔術師たちに懇願し、送られた封筒を隈なく調べてもらったと弘毅。

「な、中には何が…?」
「…………一枚の手紙が入っていただけだ」
「手紙……ですか」
「あぁ。『聖剣が狙われている 何としても護れ』……と、ただ一文しか書かれてなかったが」

 弘毅は机を叩き潰すかのように、両手で握り拳を振り下ろす。
 ガンと言う突然の音が、全く心の準備をしていなかった彼以外の三人を驚かせた。

「名前を明らかにしない文面だけで、私に顔も見せない奴のことだから、性質の悪い悪戯だと思った……ッ!」

 弘毅の愛娘である佐祐理は、今頃花遠の外―――海を挟んだ先の外国にいることだろう。
 こちらから学生に連絡を取ることは出来ない。
 学生の点数評価をする卒業生―――学生たちには極秘だが―――からは連絡出来るが、こちら側から連絡を取ることは不可能だった。

 ―――佐祐理の聖剣………………いや、佐祐理自身が危ない。

 父親・弘毅は勿論のことだが、講師秋子、拳王香里、賢王美汐も声には出していないが不安だった。
 知識として聖剣と呼ばれる存在の大きさを理解している彼らにしてみれば、それは当然のことだろう。
 聖剣を奪われたら、その瞬間に佐祐理の命が狙われるのだから。


 聖剣―――。
 所有者でない者がそれを扱うとき、本来聖剣の発揮出来る能力を満足に解放出来ない。
 数値にして約二割程度だと言われている。
 それどころか、所有者以外の者に触られることを極端に嫌う聖剣は、自身が認めた存在以外の者に振るわれるとき、何らかの呪いを掛けると言う。
 何とも可笑しな話ではないか…?
 人が剣を選ぶのではなく、剣が持ち手を選ぶというのだから。
 聖剣には意思があると言うのだろうか…?
 故人曰く、「十聖剣とは、何てことない物質に神々が精霊の魂を抽入した、剣ではなく人以上の存在」だと。
 …………まぁ、それに異を唱える人は大勢いるのだが。
 結局のところ、聖剣に意思があるのかどうかは未だに定かではない、と言うことだ。


「…………私たちに出来ること。今は佐祐理ちゃんの無事を祈るしかないんですね」
「水瀬くん……」
「だ、大丈夫ですよ。佐祐理さんにはあの舞さんが傍に付いているんですから」

 香里の言葉に、若干ではあるが最悪の状態ではないと思える皆。
 ここにいない三ケンオウの最後の一人、剣王・川澄舞と同行しているのだ。
 花遠最強の一人に数えられる舞と一緒なら安心出来る、そう信じて疑わない弘毅。
 だが、


「――――――それはどうだろうね」


 それに反論の言葉を投げかける人物が一人。
 一同がその声の主、室内ではなく廊下に通じる会議室の扉に目を向ける。

 果たしてその言葉は何に対してのものなのか。
 秋子に対してのものか、香里に対してのものか

 カチャと、躊躇した様子も見せずにドアノブを回す音。
 誰もいないはずの校舎に、そうして“彼”は会議室に姿を見せた。
 弘毅に選ばれた者たちではなく無関係の彼は、全くその四人が醸し出す空気に飲み込まれることなく一歩踏み出す。

「おぉ。君は佐祐理と舞ちゃんの友達の……相沢くん、だったかな?」
「……はい、そうです。どうも、お久しぶりです。佐祐理さんのお父さん」

 祐一の言葉に少し眉を顰める弘毅。
 その理由は二つ。
 一つ目は、関係ない者が勝手に会議室に入ったことと、今までの会話を聞かれていたこと。
 そこは愛娘の友達であろうと、きちんと分にあった人ではない限り、この話し合いに割り込むことは許されることではなかった。
 以前に佐祐理と舞から紹介されたとき、彼は確かにこう言ったのだ。

「…………佐祐理さんとお友達をさせてもらっている相沢と言います」
「ほう。佐祐理が男の友達を連れて来たのは初めてだが、ふむふむ…………中々イイ顔立ちをしているではないか」
「お、お父様ッ……! 何を言ってッ―――」
「―――で、相沢くんは現在何位にいるんだい?」
「えー、非常に申し上げ難いんですけど……」

 ランク外。
 上位どころか、ある程度の順位すら勝ち取れないほどの、弱い魔術師だと祐一は言ったのだ。
 極少数の人にしか知られていないが聖剣所有者の佐祐理と、その親友の川澄舞の友達。
 そこから弘毅は、祐一のことを名の通った実力者だと勝手に連想してしまっていた。
 だが、それは非常に大きな間違いだった。
 ちなみに、弘毅が言った『何位にいるのか』と言うのは、校内で行われている学生たちが腕を競う試合のランキングのことである。
 勝率から弾き出される校内順位、それは少なくても強さの基準に繋がる。

 そして、二つ目の理由として、呼び名である。
 確かに今は陽も落ちた時刻だが、場所は学校内だ。
 佐祐理の父親……と言うより学校長と呼ぶべきだったのだろう。
 そこは、友達の父親と学校長の二つの顔を持っている弘毅にしてみれば、きっちりと分けるのが当然なのだろう。

「こんな時間に何の用だい? 関係ない君が勝手に入ってきてはいけない状況なのだが」
「………………私は一生徒≠ニしてではなく、貴方の娘の一友人≠ニして声を掛けたつもりなんですけど」
「な、にィ……」
「―――お父様ッ!!」

 それはどういうことだ、と訊こうとした弘毅だが、開いた扉の向こう側から佐祐理が飛び出していた。
 突然の出来事に暫し言葉に詰まる秋子、香里、美汐。

「佐祐理! 無事だったのか!?」
「はい。D.C.から逃げ出して独立勢力の港町まで辿り着いたのは良かったんですけどそこでは私たちが賞金首に掛けられていて、
 どうしようもなく困っていたときに祐一さんに助けて貰って花遠まで帰ってこれました」
「―――ちょ、ちょっと待て。もう少しゆっくり話してくれ。具体的にどういう事態で帰ってきたのか説明して欲しい」

 確かに佐祐理の言葉は大雑把過ぎて、当事者でない限りさっぱり解からない内容だった。
 弘毅の言い分は尤もであることは、他の誰もが同じ考えだった。

「……祐一、どこ行くの?」
「ん? どこ行くって、俺関係ないらしいから帰ろうかなと」
「―――駄目」

 会議室の扉を開けて外へ行こうとした祐一を引き止めたのは、佐祐理の友達である剣王・川澄舞。
 絶対に帰さないと言う意思か、祐一の袖をぎゅっと掴む。
 どこか不機嫌な表情の彼女に圧倒したのか、「……はいはい。解かったよ」と言う彼は、顔は廊下に向けて、壁に寄り掛かる。
 そんな彼の頭をナデナデする彼女は、表情はそのままのように見えるが、どこか安心した様子でもある。
 自分の言うことを聞いてくれたことが嬉しかったのかもしれない。






 ――――――数十分後。

 佐祐理と舞の口からD.C.で出会った敵と、そこから逃げ帰るまでの状況を説明された四人。
 港町では、D.C.政府が配布した『生死関係なくその身柄を捕まえた者には、多大な賞金を与える』と言うビラが町中に出回っていた。
 それには、どこから入手したか解からないが舞と佐祐理の顔写真が貼られていて、その下には驚きのことが……。
 一端の大人が半年で稼ぐ金額と同等の額が賞金として掛けられていたのだ。
 舞の疲労と、善悪が解からない港町の住人を無闇に迎撃出来ない佐祐理では、抵抗せずに逃げ回ることしか出来なかった。
 一日、二日、三日、四日…………一週間逃げ回った二人だが、飲み食い、充分な睡眠を取れず二人の体力は限界まで近づいていた。
 そんな状態で、とうとう捕まってしまった二人。
 当然、体力も精神力もない状態で、逃げ出すことも諦め掛けていたときだった。
 花遠にいるはずの祐一が颯爽を現れて、住人たちを全員気絶させて、二人を助け出したと言うのは。
 それから、祐一がその港町に足を運ぶために乗ってきた船に乗って、花遠に帰ったと言う。

「だから、佐祐理と舞がこうしてお父様に会えたのは全て祐一さんのお陰なんです」

 本当に嬉しそうに佐祐理は言う。
 大事な友達を褒めるように、それでいて救世主を崇めるように。
 ……ちなみに、試験管でもある卒業生は、被害を受けないように真っ先に二人から逃げ出していた。

「そうか。先ほどは事態を良くも知らず、辛く当たってしまったようで済まなかったね、相沢くん」
「いえ。もう済んだことですので」
「……それにしても、倭庵と高屋敷だけじゃなくて、D.C.まで聖剣のことを知っているなんて」
「美坂先輩の言う通りですね。しかも、これで聖剣が最低でも四本見つかったことに」

 花遠・倉田佐祐理。
 D.C.・朝倉と呼ばれた男。
 倭庵も高屋敷も、口ぶりからは一本は確実であろう。

「……違う」

 今までほとんど口を閉ざしていた舞が、突然口を挟む。
 そして、倣うように、佐祐理も同じように。

「違うんです。最低でも五本≠ヘ所有者はいます」
「佐祐理…?」
「どういうことですか、佐祐理ちゃん…?」

「――――――祐一。五本目は祐一が持ってる」

『え……っ!?』

 事前に口裏を合わせたわけでもないのに、同時に声を上げる。
 誰かと言う特定の人物ではなく、複数の人の驚きが一斉に溢れたのだ。
 その数瞬後には、祐一の「はぁ」と言う深く重い溜息が会議室に吐かれるのだが、それが聞こえたのは誰もいなかった。

「…………本当は、本番まで隠しておきたかったんだけどな」
「選ばれし所有者が聖剣を手にするとき、他の聖剣を持つ人の波動が感じ取れるんです」

 だから、祐一さんは花遠にいながら海を挟んだ先の佐祐理を探せたんです。
 佐祐理はそう言う。

「ま、聖剣の波動を感知出来るのも人にとって得手不得手があるから他全員にバレたことはないけど、何人か所有者にはバレただろうな」
「…………気が付かなかったです。こんな近くで聖剣に選ばれた人が佐祐理ちゃんの他にいたなんて……」
「秋子さん、それは私たちだって同じですよ。まさか相沢くんが聖剣を持っていたなんて……」
「……ちょっと待って下さい。私は相沢さんが“剣”を持ってる姿を一度も見たことがありません」

 美汐の言葉に、秋子や香里も今までの祐一を思い返す。
 校内での闘いや二週間前の闘いを思い返しても、確かに美汐の言う通り祐一が剣を持ってる姿を見たことは一度もなかった。
 舞や佐祐理は偶に帰国したときしか祐一と会ったことはないが、その記憶でも剣は全く見覚えが無かった。
 だが、おそらく二人は救出されたときに見たのだろう。
 でなければ、確信を持って『祐一は聖剣を持っている』など言うはずがない。
 憶測ではなく、完全に裏付けされた証拠がある確信ついた顔をしていたのだから。

「そりゃ、そうさ。見せたことないし。
 …………香里。栞が無事に快復したのは奇蹟だと思っているのか?」
「え―――っ?」

 子供の無邪気な笑顔。
 悪戯好きの表情の後、唐突に話題を変える祐一。
 それは本当に唐突で関連性すらないようにも思える。

 香里の妹である栞は先日、医者も投げ出すほどの不治の病から突然快復したのだ。
 内臓に病巣があったのでもなく、細胞や神経に異常があったのでもないのだが、栞の体は健康な肉体ではなかった。
 序々に体は痩せ、満足に自分一人で立つことすら叶わなく、体内の魔力が際限なく外に溢れ出ると言う異常現象を起こす病気。
 …………いや、病気と言う言葉すら正しいのか定かではない。
 原因不明、治療方法不明なのだから。
 そんな栞の体が、ある日突然治ったのだ。
 それまで食欲のなかった栞が大食漢かと思えるほど食事を取り、歩くことも難しかった体で運動をし始めたり……。
 今では体重も人並み程度にあり、魔力の漏れも全く見られない。
 本当に今までのことが現実に起きていたのか不思議に思うほどで、本人はもう病気のことは忘れてるのではないか、と思うくらいである。


「……もし、奇蹟を起こすのが俺の聖剣の能力だとしたら…?」


 皆に激震が走る。
 ――――いま、彼は、なんと言った、のか…?
 香里は勿論、栞の事情を知っている秋子や、知らない舞や佐祐理、美汐、弘毅は一同に眼を見開いて祐一をはっと見る。
 どこかその瞳は驚きより期待を多く含んだ、微かな希望が滲む。

「………相沢くん。君は」

「――――――なーんてね。んな都合イイ能力の剣があったら最強じゃねーか」

『…………えッ』

 期待から落胆へ。
 祐一は自分が持っている聖剣の能力が“奇蹟ではない”と明言する。

「剣よ―――!」

 右手を天高く掲げる祐一。
 すると、一秒にも満たない時間の後、一本の剣が祐一の手の掌に出現する。
 佐祐理の短剣よりは僅かに長い剣だが、長剣と言うものでもない片刃の剣。
 魔力は一切生まれなかった今、祐一は一体何をしたのだろう……そんな思いが皆に馳せる。
 だが、聖剣所有者である彼にとってこの程度造作もないことだった。
 どこにいても聖剣をその手に呼び出すことが出来る。
 それが所有者の特権だった。

「……これが俺の剣さ。銘は“不殺剣”」
「不殺…?」
「そう。この剣に殺傷能力はない。人なんてとてもじゃないけど無理無理」
「…………これ、硝子みたいに脆い材質っぽいわね」
「いいところに気がついたな、香里。この刀身は正に硝子と同等の硬さの材質で出来てるのさ」

 人なんか斬り付けても、刀身が壊れるのがオチだと祐一は言う。
 確かに“不殺剣”と言う銘はピッタリ当て嵌まるだろうが、それが何故世界最高の十本の一本に数えられるのか。
 こればかりは佐祐理も不思議そうな顔を浮かべる。

「佐祐理さんも流石に解からないみたいだな。これは物体・物質、形ある物は確かに斬れない剣だけど、それ以外には最強なんだよ」

 曲芸師のように聖剣を宙に軽く放りながら、弄ぶように、楽しそうに、言う。
 そして、秋子をちらりと一瞬視界に収めて言葉を続ける。

「姉さんは気が付いたみたいだな。そう。この剣は眼には見えないモノを斬る剣なのさ。
 ……例えば…………人に巣喰う悪霊や病魔・・・・・・・・・・、とか」

『―――ッ!!』

 香里を見て言ったのは、意図的の他どんな理由があると言うのだろう。
 明らかに意識して、何かを伝えようとして。
 そして、それに気が付かない香里ではない。
 何故、不治の病に倒れていた妹の栞が突然元気になったのか。
 何故、妹の栞が相沢祐一と言う人物と出会ってから元気になったのか。
 眼に見えないモノを斬る剣―――。
 彼の言葉は俄かに信用出来ない出来事だが、信用出来る可能性が出来たことも確かだった。
 でなければ、妹の栞の快復理由が思いつかない。

「――――――まぁ、今はそんなこと・・・・・より、大事なことがあるだろ?」

 祐一が聖剣所有者と言うことか、それとも栞の病気のことか。
 どちらのことを言ったのかは解からないが、祐一は誰かが言葉を遮る前に続ける。

「本番―――つまり、聖剣戦争のことだ。……はっきり言おう」

「……きっと今のままじゃ、私たちは勝てない」
「佐祐理たちはD.C.で実感しました。このまま各国と争いが起こっても、花遠は生き残れません」

 秋子や弘毅、香里、美汐は舞の言葉に思わず反論しかけたが、見事にそれを詰まらせた。
 あの倉田佐祐理から、はっきりと明言されたのだ。
 花遠は負ける、と。

「……そう。花遠は確実に負ける。何故か解かりますか校長?」
「え………え、えっ?」
「いくつか理由はあります。まずは、教える立場の人間が弱いと言うこと」
「……ッ!」

 弘毅や秋子は、思わず椅子から立ち上がりそうになる。
 今の祐一の言葉は、教える立場の最高責任者である倉田弘毅と、教える立場の現役である水瀬秋子に対しての侮辱。
 完全に莫迦にされたことに怒りさえ憶え、その感情を彼にぶつけようとした。
 だが、それを許さなかったのは舞と佐祐理の二人だった。
 眼と手で二人を制した。

「次に、この“学校”と言う制度。二年間学生同士でしか闘わないのは時間の無駄です。
 一年目の後期。この辺りから世界を知らないと実力は伸びません」
「ちょ、ちょっと待って。それだと基礎知識の時間が…ッ!」
「死ぬ気で半年やればそれくらい覚えるさ。他の国ではそれが当たり前だ。
 倭庵、D.C.……この二つは半年の基礎知識を覚えた後、全員世界各国へ行ってるぞ?」

 香里と美汐を見て、祐一は言う。
 どこから集めた情報かは知らないが、その眼は嘘を言っている眼ではなかった。

「……まぁ、それを知らないのも当然か。花遠が負ける一番の要因はこの国の天辺にいる奴らの所為だから」
「てっぺん…?」
「そうだ。他国を寄せ付けない閉鎖的思想・要塞都市を中心とした防衛主義。
 …………国王が何を考えてるのかさっぱり解からない。敵を知ろうとせずに敵から護るなんてどうしろって言うんだ…ッ」

 祐一は少し怒っているようだ。
 国の最高責任者の余りの無能ぶりと、それに気が付かない民に。

「お父様、D.C.は独自の諜報隊を使って各国の情報を集めていました」
「……ケンオウのことも全て知ってたみたい」
「それに引き換えこちらは情報不足、か」

 弘毅はD.C.から帰国した二人の言葉を聞き、頭を抱え、これからのことについて悩む。
 香里から聞いた話によると、倭庵や高屋敷も花遠のことを知っているようだったらしい。
 それに比べて、こちらは他国のことを何も知らない。
 どう対応策を練れば良いのか、全く見えてこないのが現状だった。

「校長。情報なら“ここに”あります」

 祐一は手元の書類の束を弘毅に見せながら、バシバシと叩いて強調する音を鳴らす。
 それが本物か否か、何故持っているのか、どうやって手に入れたのか。
 とりあえず、疑問はたくさんあったが、言うことは一つ。

「……君は、何者だ?」

 目の前の人物がただの一般学生ではないことは明らかで、何者かと言うことを確認することが第一だった。

 もしその書類が偽物だと仮定しても、彼が聖剣を持っていることに変わりはない。
 だが、彼の実績は佐祐理や本人から聞いたところ、弱いとのこと。
 …………なら、その余裕ある表情は、どこからくる自信だと言うのか。

「佐祐理さんの友達ですよ。数年前までは白河を名乗っていましたけどね」
「なッ―――にィ」

 祐一が白河一族だと言うことを知り、一気に表情が急変する弘毅。
 白河一族が何を意味しているのか確実に知っていて、驚きを隠せずに瞳は見開き口は若干開けて、だらしない顔。
 少なくても学校長と言う役職の人間がしていい顔ではない。

「……でも、特に気にする必要ないですよ。称号までは貰ってないですから」

 普通の魔術師と同じですよ、と祐一。
 世間話をするように、重要性が全く感じられないように、軽く調子でそう言う。
 だが、弘毅はそれを軽く受け止めようとはせずに、深く何かを考えているように真剣な表情をしていた。
 それは、称号と言う単語の意味が何を示しているのか、その表情から弘毅には解かっていたからだろう。

「ほ、本当に君は白河一族なのか…?
 ………………いや、そう言えば、白河一族には古来から血族にしか伝わらない“秘宝”があると言う話を聞いたことが……」
「それがこの秘剣と言うことです」

 弘毅の驚いている顔を見て、それを知らぬ顔で祐一は言葉を切ることなく続ける。

「この情報を花遠≠ノ渡しても俺は構わない。これは白河の名に賭けて、正確無比で詳細な情報だ。
 でも、条件が一つある。―――聖剣戦争本番まで皆俺の言う通りに動いてくれることが絶対条件だ」
『……………………』

 祐一は、この学校ではなく、花遠に情報を提供してもいいと言っている。
 それはつまり、国全体にと言うことだ。

 条件―――。
 内容は相沢祐一の言うことを何でも聞くと言うことだが、弘毅には解かっていた。
 これを断ればおそらく花遠は他国に攻め入れられ壊滅するだろう、と。
 事前の情報もなしで、襲い掛かってくる敵から身を護れるほど戦争は甘くない。
 秋子や佐祐理、ケンオウたちもそのことに気付いている。

「………………別に悪いようにはしないさ。
 ちょっとこちら側の戦力を強化する必要があるから、俺の言う通りの鍛錬をして欲しいだけだ」
「……だが、君はこの中の誰よりも」
「弱いですよ? でも、私がこの中の誰よりも弱くても、皆の弱点が解かります。だから、そこを巧く突けば私が勝つことも零ではありません」
「私たちの弱点、ねぇ」

 ここで祐一の言葉に反応する人が一人。
 文句有り、とでも挙手をしているように見詰める香里。

「香里。そう言うお前がこの中で一番弱いってことを理解しているか?」
「なん、ですって…ッ!」
「確かにお前には《セキシ》があるけど、それ以外のコトは並みの訓練生と然程変わらないな」
「く…ッ!」
「近接攻撃の《ケン》しか使えないようじゃ、俺と闘っても勝ち目はないぞ? 敵と離れたらお前はやることがなくなるもんな」

 全てを見抜かれている―――香里はそう感じた。
 何故かは知らないが、祐一は香里がセキシと呼ばれる武術で、ケンしか習得していないことを知っていた。
 そして、それ以外の攻撃方法がないことも見抜かれていた。
 故に、距離さえ取れば香里に勝つことは難しくない、と。

「次に天野。お前は生まれ持った才能……普通の魔術師より潜在魔力が三倍あるけど、それを巧く使いこなせてないな」
「……………巧く使いこなす、ですか…?」
「あぁ。どれだけ貯蔵量があっても蛇口の大きさが並と同じなら、相手の魔力がゼロになるまで優位に立つことは出来ないだろ」

 それと同じことだ、と祐一は言う。
 つまり戦闘はいつも長期戦にならないと勝つ見込みがないと。
 蛇口の大きさを魔力と同じように三倍………とまでもいかないが、それなりに大きくするだけで全然違うのだ。
 今のままでは、賢王と言う名はただ魔術の長期戦に長けた存在にしかならない。
 持ち味をもっと巧く生かせ。
 宝の持ち腐れとは正にこのことだ。
 ……そう祐一は言いたかったのだろう。

 淡々と言う祐一に、指摘された香里と美汐はただただ黙りこくる。
 改めて知らされたこと、他人に言われてしまったこと。
 自分でも知っていたことなのか、知らなかったことなのかは解からないが、二人は俯き顔を祐一に向けることはない。
 それに、秋子や弘毅は確信した表情を浮かべた。
 ―――間違いなく祐一は白河の血を受け継いでいる。
 と、思わざるを得なかった。
 二人の欠点に気がついたことではなく、それを喧嘩を売るような形で告げたことに対してだ。
 明らかに『大物』と言う存在感がそこにはあった。
 香里と美汐の二人は、祐一の言葉だけに圧倒したわけではない。
 祐一が持つ言葉と、その知識からくる格上の存在が、二人を沈黙させたのだ。
 単純に身体能力では祐一に勝つことなど容易いことだが、祐一にはそれを覆す知識がある。
 相手の情報…………弱点や一連の動作と言う名の知識を。
 そしてそこから出た言葉は、今二人にとって一番知らなくてはいけない言葉で、軽い言葉ではなく淡々と言う祐一に無意識ながら“白河”を意識した。
 万物の知識をその頭脳に宿す一族に、二人は圧倒された。

「……舞と佐祐理さんには船の中で言ったよな」

 それに頷く二人。
 この、ある意味最強コンビが、今まで祐一に抗議せずに従っていた理由がこれだ。
 既に解かっていたのだ。
 祐一がどういう存在なのかを。

 ―――純粋な力や魔術で敵わなくても、充分戦力として役立つ能力を持っていると言うことを。

 その能力は短時間で鍛えて何とかなるものではない。
 その質量は一人の人間が所有している範囲を大きく超えている。

「……祐一さん。私にはないんですか?」
「姉さんに? そうだな。あると言えばあるけど、それは俺が言わなくても姉さん本人が一番解かってることなんじゃないか?」

 秋子の肩が一瞬ピクリを動く。
 その反応で、祐一は秋子が何を思ったのは手に取るように察した。

「…………で、校長先生、どうします?」
「……今更拒否する理由もない。上には私が上手く言っておこう」

 情報を公開して、国へは養成学校長の倉田弘毅自身が口添えをする。
 祐一の交渉はこうして見事成立した。

「じゃあまず、知らない人のために聖剣戦争本番について説明しよう。
 折原と高屋敷たち、朝倉たちが何故聖剣を狙ったのか。それは勿論戦争で生き抜くためだ。
 聖剣戦争本番は、十本の聖剣全てが主を見つけてから始まる」

 続けて祐一は言う。
 聖剣戦争は、聖剣が十本担い手を見つけなければその戦場を知らせてはくれない。
 人が剣を選ぶのではなく剣が人を選ぶと言う戦争は、戦場も十本の剣たち自身が決めるらしい。
 いわば、剣は武器であり、担い手にとって主人であり、戦場へと招待する招待状でもある。
 祐一自身十本の内の一本・不殺剣が戦場を知らせてくれないということは、まだ十本揃ってないはずだと推測している。
 では、聖剣が一つの国に多くあれば、その国が勝ち残れる可能性は高くないか?
 そう思った倭庵と高屋敷は魔力反応があった花遠にやってきた。と。

「聖剣戦争とは、敵意ある者同士がいなくなるまで続くサバイバルのようなものなんです。
 ですから、例えば祐一さんと佐祐理が最後の二人になったとしても争う必要なんてないんですよ」
「そう。そして、重要なことがもう一つ。聖剣は所有者から奪うだけじゃ駄目なのさ。
 奪うだけじゃ、聖剣所有者としての“資格”がまだ生きているからな」

 戦争で生き残るためには、聖剣に選ばれた者の“資格”を奪わなくてはいけない。
 その方法とは二つある。

「資格を奪う方法は二つ」

 皆に向かって握った拳から、人差し指と中指の二本を伸ばす。

「一つは、所有者を殺すこと。そうすると、殺した奴に聖剣の資格は移る。至ってシンプルだろ?」

 他人事のように少し軽めに言うと、人差し指を折る祐一。
 その動作と口振りに、少しも躊躇や不自然さと言った見慣れなさを感じさせない。
 だから、皆はそんな祐一に畏怖を思わざるを得なかった。

「もう一つは、所有者が直接手放すと意識すること。これは簡単に言えば資格を譲り受けることだ」

 中指を折り曲げて、祐一。

「でも、それは……」
「あぁ、そうだ。敵意ある者にそんなことをするはずがない。つまり方法は二つあるけど、実際には一つしか実行出来ないってことさ」

 香里の言葉に、肯定の意思を繋げる祐一。
 敵である者が、仲間以外の人間に聖剣を渡す行動を取るはずがない。
 つまり、消去法で方法は一つに絞られるのだ。
 折原浩平、高屋敷青葉、春花、朝倉もそう考えていたのだと、その場に携わったケンオウたちも察した。

「で、俺たちが取る今後の行動だけど…………当面は各々の弱点を克服する鍛錬をしていてくれ」
「ちょっと待ってくれ、相沢君。我々もまだ他の聖剣を探すべきではないのか?」

 確かに祐一や佐祐理は、まだ聖剣から戦場を知らされていない。
 つまり、まだ全ての聖剣が所有者を選んでいないと言うことだ。
 故に、弘毅の言葉を否定するつもりは祐一にはなかった。
 …………だが、

「確かにその通りですけど、今の俺たちの戦力ではそれすらも出来ないでしょう。
 と言うのも、今花遠と言う国の戦力は他国に比べ格段に劣っています。
 闇雲に探して探し出せたとしても、その人に返り討ちにされるのが関の山です」

 それを実行する力が足りなかった。
 今は見つからない聖剣を探し出すより、各々の力を上げることを優先しなくては駄目だと祐一は語る。

「……私たちと他の国では、そこまで戦力差があるんですか?」
「姉さん。信じられないかもしれないけど事実だ」

 祐一は一言そう言うと、一人会議室を後にする。
 もう時間も遅いから話し合いは明日の午後にでも……そう言って、扉を開けて廊下を歩く。




「………………………とりあえず、祐一さんの言う通り、続きは明日にしましょう」
「そうですね。でも、今日一日色々なことがあったわ」
「……特に相沢さんが聖剣を持っていて、倉田さんたちを助けに向かっていたことには……」

 皆して、皆が知っているはずの相沢祐一と言う人物の知らない部分を話し始める。
 ……いや、知っているはずと思い違いをしていた、か。

 弘毅は考える。
 白河一族と名乗った祐一の“底”はまだまだ深く、こんな程度ではないのではないか、と。
 今夜知ったのは相沢祐一と言う人物の謎のほんの一握りのことで、まだまだ彼は何かを隠し持っている……。
 そう思わせる何か―――ミステリアスな雰囲気―――を、弘毅は恐れずにはいられなかった。











 電灯すら点いていない真っ暗の細長い廊下に響き渡る靴音。
 カツンカツンと、一歩一歩硬いリノリウムの床を蹴るその人影。

「―――――――――全ては抜かりなく予定通り、か」

 誰に向けるでもなく、悪意ある笑みを浮かべて人影はそう呟く。

 雲に隠れた月がその姿を現し、その影を窓硝子越しに明るく照らす。
 その人影は、およそ人ではない恐ろしく残虐な眼光と獣染みた形相で、硝子の向こうの木を睨む。
 ガン―――と、握り拳を硝子へ叩き付け、歯軋りが聞こえるほど強く歯を擦り付ける。

「今度こそ………逃がさねえからなッ」

 一旦引いた拳をもう一度窓硝子に叩き付ける。
 今度は手の掌の面部分で、捻り込むように腕を百八十度回転させての、掌底…ッ!

 窓硝子が割れた音が鳴り響くが、人影は全く知らん顔をしてその場を去る。
 ………………十の秘宝が一の硝子のような魔力剣・・・・・・・・・をその手に携えて―――。










 あとがき

 ……はい。お待たせしました。これにて第二話『招待状』終わりです。
 前回投稿から既に半年以上経ってますが、お許しくださいませ。
 何分忙しい身分なので、執筆時間がなかったのです。……と、言い訳してみる。
 世の中には社会人で頻繁に更新している人もいます。ハイ。それは重々承知です。お許しください。
 ……言い訳かもしれませんが、どうも私は複数人数の会話シーンと言うものが上手く書けません。
 今回もそれを痛感しましたので、誰か上手く読者に伝わる書き方と言うものを教えて下さい。

 えーと、二話の中編&後編を同時に投稿するにあたり、一つお知らせがあります。
 分かった人もいるかもしれませんが、一話&二話の前編とは書式が違っております。
 具体的にはフォントサイズを小さく、左右の余白を大きく取りました。
 この半年で私の書き易い&読み易い書式が変わったので、この同時投稿の二つは書式が変わっています。
 そして、どうせだからと言うことで、一話&二話の前編の書式変更したファイルを、柊さんに無理を言って差し替えて貰いました。
 書き直すとか、改定作業は一切してませんので、誤字脱字があればそのままです。
 これからはこの書式で書いていくつもりなので、全て統一したかったのです。以上。

 中編について。
 戦闘シーンですが、少し書き方を変えて以前の私のより読み易い感じにしてみました。まぁ、個人的感覚ですが。
 ただ、人によって感性が違うので、逆の意見を言う人がいるかもしれません。
 そして、それに気付かない人がいるであろうこともまた事実。

 後編について。
 ほとんどが説明になってしまいましたが、こうするより良い方法が思いつきませんでした。
 とりあえず、私が書きたかったのはクソ弱い@S一と言うこと。
 世間一般のファンタジーKanonSSでは、割と主人公祐一=最強というイメージを連想してしまいがちですけど、どうも私は……。
 しかもやたら剣や魔術に長けている完璧な設定が大半だと思いますが、この作品の祐一のコンセプトは違います。
 武術魔術どちらも平均並ですけど、知識だけは誰よりも持っている設定です。
 ……まぁ、これもある理由があるわけですが、それが明かされるのはまだ先のことになります。

 祐一VS浩平で、浩平がふっ飛んだ理由ですが、これはとある魔術の影響です。
 これについて説明させていませんが、これは態とです。
 何てことない一般常識のことですが、この魔術効果に気付いた人は果たして何人いるのだろう。
 というか、そこで詳しい描写はしてないので解かるわけがないのですが。



 ――――――以下、設定や解説。

白河真琴

 旧姓・沢渡真琴。
 その類稀なる応用力を持った頭脳のお陰で、白河に養子として迎えられた女性。
 四代目幽一を襲名した白河が誇る今代最強の魔術師。
 祐一にとって真琴は義姉であり、魔術知識を基礎から教えられた師匠でもある。
 秋子とは幼馴染と呼べる仲であり、祐一とも沢渡姓のときからの知り合い。
 具体的には、白河祐一(まだ両親が離婚する前)が母親の付き添いで花遠を訪れたときに、出逢っている。
 祐一、秋子、真琴、この三名の母親たちは、物心つく前からの大親友でそれは現在もそうである。
 幽一の称号は与えられたが、正式に白河の血を受け継ぐ者ではないことから、『不殺剣』は与えられなかった。



不殺剣

 相沢祐一が所有する、十聖剣の内の一本。
 殺傷能力を全く持たず、刃部分に光沢すらない硝子細工のような装飾剣。
 眼には見えるものではなく、眼には見えないナニカを斬るためだけの能力を持った片刃の剣。
 具体的な能力については聖剣戦争本番で明らかに。
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