光を撒き散らかす銀閃が蝶の如く縦横無尽に飛び交う。
 その軌跡は直線や曲線、更には弧線さえも混ぜ、躱す敵目掛けて光自身が猛進するよう。
 短く空気を伝わる風斬り音は一切止まることを知らず、永続的に鳴り続ける。
 右から左、上から下、音は素早く力強く響かせて、意思表示を止めなかった。
 左に躱せば曲がり追尾し、上に躱せば跳ね上がり追尾し、常に標的から離されることなく付き纏う―――“剣閃”。

 剣王・川澄舞が持つ抜き身の愛剣【claw】は正にその名の通り『爪』のようだった。
 獰猛な肉食動物の大きな鈎爪を思わせるような刀身。
 銀色の輝きを走らせた刀身に長く幅広い両刃の剣を振るう剣王は、明らかに女性の体付きをしていた。
 とてもじゃないが、女性が持つような剣ではないことは確かだった。
 刺突用途の細剣ではなく斬撃用途の大剣は、明らかにその細身の体に不釣合いな代物。
 だというのに、自分の手足を扱うようにその愛剣を自在に振るうその姿は重さを全く感じさせない。
 踏み込みの足は止まらずに、振るう腕も止まらない。

「……逃げ回ってばかりで、闘う気ないの?」

 だが、目の前の敵に、抉り薙ぐような爪は一向に当たらない。
 別に彼女の調子が悪いというわけでもなく、振るう剣筋が悪いということでもない。
 全て躱してしまう敵が異常なだけに過ぎない。
 というより、気配を察知する見切りのための第六感と、ギリギリまで見極める動体視力が異常過ぎた。

「いや、さっきも言ったけどさ、闘うつもりなんてないし」

 半歩後ろにステップしながら言う。
 少し苛立っている舞に同じ言葉をぶつける。
 出会ったときのように戦意がないことを、放たれた横薙ぎを躱しつつ言う。
 数分前、森林で舞が放った真空刃で敵の姿が露になったが、そいつは見つかったというのに堂々とこう言った。

「……あら、バレてた…? あ、でも俺は監視役なだけだから気にしないでくれ」

 闘う理由がないのに闘うのってかったるいしな、と木の影で苦笑しながら言い放った一人の男。
 監視することに全てを賭けているかのように、彼からは全く殺意が感じられない。

 敵対する気は毛頭ないとでも言いたげそうな物言いだが、その右手に握り締めた武具はそう言ってなかった。
 矛部分が二十センチ、全長二メートル以上の長槍を持った監視役が一体どこの国にいると言うのだ。
 単独行動をしているところは確かに諜報隊の一員かもしれないが、だがそれだけだ。
 その所持している武器は、明らかに先陣を切る特攻隊の一員を示しているようにも思える。
 意図も簡単に舞の真空刃をその槍で受け止めた彼は、明らかに諜報隊員ではなく戦闘要員であると断定できる。
 それは他の誰でもなく、彼本人の行動がそう教えたに違いない。

「…………ふむ。でも、もう一人は俺の言うことを分かってくれてるみたいだな」
「佐祐理…?」

 舞と動向していたもう一人の女性・倉田佐祐理は確かに闘うという意思を持っていなかった。
 だがそれは決して彼の言葉を信用したからではない。
 …………だが、彼女が闘う意思を持ってなかったのは事実だ。
 それは、

「………佐祐、理…?」

 空である彼女の手がそう教えていた。
 花遠でも名の通った魔術師≠ナある彼女が、武器を構えてないことからそれは明白。
 未だ彼女の武器である短剣≠ヘ腰に下げたまま、無手の手の掌を握ったり開いたりしていた。
 それを繰り返して何かを確かめるように手を見ているが、それと交互に彼をも見ていた。
 ……いや、見ていたのは彼ではなく、

「先ほど感じた貴方の魔力…………」

 ――――――彼に感じた違和感の謎・・・・・・・・・・

 佐祐理が感じたのは、自分自身とどこか波長が合致したような魔力の波動。
 小さな指先や髪の毛先から大脳や心臓まで電気が走ったようなピクリと感じた刺激。
 それは、喩えるなら捜し求めた己の半身を漸く見つけたような言葉に出来ないほど奇妙な感覚。
 全く同じでありながら、似たような仲間だと思えるような共振。

 ………そして、辿り着いた答えは、昔父親から聞かされたある一つの話だった。

「――――唯一つの血と剣を持つ者、」
「同にして異なる者を見つけ出さん――――」

 佐祐理の言葉を途中で遮り、不思議な顔をする舞を余所に、佐祐理が本来口にすべき言葉の続きを述べた男。
 しかし、何故目の前の彼はそれを知っていたのだろう。
 そんなこと、それすら聞いたことない舞は勿論、佐祐理にも解からなかった・・・・・・・
 ………彼が溜息混じりに、次の言葉を吐くまでは、解からなかった・・・・・・・

「……ふーっ、やれやれ。どうやら彼女も俺と同じ・・・・、聖剣の持ち主≠轤オいな」
「――――佐祐理ッ!?」

 庇うように佐祐理の前に踊り出る舞。
 片腕を盾のように真横に広げて、もう片方の手にはやや下方から伸剣構えにした愛剣。
 先ほどは攻める姿勢だった剣王・舞だが、今は逆に守る姿勢に入っている。
 ………何よりも大事な″イ祐理を守るために。

 ――――――口伝を知っていましたし、やはり彼も聖剣所持者……。

 解からなかった…?
 いや、それならば何故佐祐理は驚かなかったのだ。
 もしかしたらという予想が頭の中で働いていたからではないのか。

「………まさか任務遂行中に聖剣に出会えるとはな。
 今日の収穫は剣王だけかと思っていたけど、これはとんだ大物が引っ掛かったみたいだ」

 一歩。
 彼はその言葉と共に、音を立てずに摺り足で一歩前に歩み出る。
 少し腰を落として半身構えで長槍を両手で持つその姿は、明らかに違った。
 水面に広がる波紋のように、戦意を全面的に晒す彼は先ほどとは別人かと思うくらい違っていた。
 その気配から、監視役でないことは一目瞭然。

 彼が聖剣を所持しているのは感じた魔力から絶対。
 それは同じ聖剣所有者として、自分と似たような魔力の波動を感じ取った佐祐理には確信があった。
 だが、彼が今手にしているのは“剣”ではなく“槍”である。
 確かに聖剣の魔力は彼から感じるが、その姿は彼女に見えていない。

 ――――――………そうかっ!

 一瞬の思考の後、佐祐理には彼の真意が読めた。
 彼の今までの行動。
 戦意が感じられない監視役という立場。
 聖剣の在り処。
 本当の任務。
 以上四つの点を繋ぐキーワードが、つい先ほど彼自身によって暴かれたのだ。
 …………そこに彼女は気付いた。

「……理事長が出立前に言ってた。聖剣所有者とだけは闘うなって」
「へぇ…。それじゃどうする? このまま尻尾振って帰るか?
 天下の剣王様≠ニ聖剣所有者≠フ二人が数で優れているにも関わらず逃げ帰って来ましたって」

 含みがあるような物言い。
 ある言葉を強調して、二人相手にも臆することなく不敵に笑う彼。

「――――ッ!」

 舞が跳ぶ。
 右足で大きく右前方へ踏み込んだかと思ったら、その次の瞬間には左に跳んでいた。
 一歩目はある程度遅く踏み込み、態と右に移動したことを見せたのだ。
 そして、次の二歩目はそれより速く跳び、彼の目を完全に一歩目の位置に置き去りにしたフェイント。

 そうして出来た死角からの斬り上げ。
 地から伸びたように掬い上げるような斬撃は完全に彼の右腕を捉えていた。
 両手で振り切られた剣速から考えるに、腕だけでは足りず胴体まで一刀両断する!


 ――――――と思い込んでいたのは剣王・川澄舞だけに過ぎない。


 確かに視界には映っていないはずの、死角からの攻撃を難なく躱す彼。
 まるで見えていたように、軸足一本で難なくこれをあっさりと躱した彼は、豪快に槍を振るう。
 身の丈以上の長槍を高々に掲げると、唇の端を僅かに吊り上げながらニヤリと笑う彼。
 経験に基づいた確信があったのだろう。
 軸足一本で躯を捻って躱した彼は、舞から離れずに躱したと言ってもいい。

 ――――そして、至近距離から豪腕一振りの叩き下ろしが舞を襲う。

「つぁ―――ッ!」

 だが、奇声のような声と共に、舞は剣を振るう。
 斬り上げた大剣を流れに逆らわず上空から真下へ下ろし、更にもう一回斬り上げる体勢に入った。
 その刹那………いや、それは刹那と言う瞬間すら長いと感じるような刻。
 一瞬の時間差など生まれることなく、同時と言ってもいい。
 その刻、二人の武具の軌跡は、まるで二人の境界に鏡を置いて映したように全く同じになった。
 互いの武具が集束する位置。
 互いの武具が描く軌跡速度。
 …………互いの腕力が相乗された武具の強さだけは同位ではないが、おそらく大きな差などはない。
 そして、鏡に映した“二つ”は究極にまで惹かれ合った。


 ――――――振動するほどの衝撃音を弾ませて反発する二人の躯。


 回転する風車の如く、一回転して遠心力が乗った逆風をぶつけた舞。
 敵の槍を躱すということを考えることはせずに、攻撃の姿勢を崩すことなく意志をぶつけた。
 それが、ほぼ同威になった衝撃によって二人の躯を大きく後方に弾かせたと言っても過言ではない。

 弾かれ叩き付けられた躯で咄嗟に受身を取り、すぐさま起き上がる男。
 顔を顰めながら長槍を地面に突き立てて、両手をぶらぶらと左右に振りながら、一言。

「…………痛ってぇ。この強引過ぎる超反応は反則だろ」

 何故舞のフェイントからの攻撃が簡単に躱されたのか…。
 それは彼の飛び抜けた能力である第六感でも、益してや動体視力でもない。
 その二つを駆使する見切りではないが、今の攻撃は目に見えずとも、感じることが出来た。
 それは感覚で視るという感じに近い。
 意思が具現化した姿ではなく、意思そのままの気配を感じ取ることが出来れば充分だった。
 侮辱されたという怒りの感情では、どれほど巧妙なフェイントでも気配が残り、全くその意味を為さない。
 彼は舞の動きを目で追う必要などなかった。
 気配だけを感じ取り、その方向、攻撃の瞬間を察知すれば躱すことなど造作もないことのだから。
 故に、彼が舞の攻撃を躱したのは当然であり、狙い通りのこと。

「くッ………」

 舞も弾かれた躯を起こし、両手で持った大剣を再び構える。
 その動作はまるで倒れ掛けても何度も撓り元に戻る柳の枝のよう。
 地に倒れたときに付着した頬の砂を拭き取ることなく、その眼は唯一つ敵だけを見据えていた。

 その躯………中段構えから一歩前進――――。

 二歩目は爪先で地を蹴り飛ばすように弾け、
 ――――風を纏い、

 三歩目は足裏で空を舞い跳ねるように弾け、
 ――――光を纏い、

 四歩目は大剣で躯を捻り曲げるように弾け、
 ――――熱を纏い、

 熱い閃光が一つの巨躯となり、風が混じった奔流となる。
 それは一種の彗星。
 光の塊。


「――――――Silverシルバー


 刹那。
 まさに刹那だ。
 瞬きさえ遅いと思えるその刹那、祈るように小さく紡いだ言葉。
 と、遠近の距離さえ感じさせないほど光によって伸びた煌く剣閃。
 斬り、裂き、抉り、剥ぎ、削り、薙ぎ、…………。
 槍を手にした男はこれを捌きつつ、佐祐理にも目を向けていた。

 ある意味、花遠最強と言われるケンオウより、彼女のほうが数倍怖い・・・・・・・・・・・・・・・・・と男は感じていた。

 だが、男がそんなことを考えているとも露知らず、舞は剣を振るう。
 諸手での袈裟斬りから一歩手前に踏み込み、上半身を少し倒して横薙ぎに真一文字。
 光を纏った大剣が空を舞う度に、母体である彗星の輝きが序々に増していく。
 そして、輝きを増すことで疲れを知らないのか、流れるように続く剣閃にも終わりはない。
 悉く斬撃を躱され、舞はその性格からか口には出さず、心の中でチッと舌打ちをして、一動作。
 横薙ぎから一歩後ろに下がり、剣を片手で持ち、伸剣の構え。
 片手は男を射すように前へ伸ばし、片手は弓を引くように肘を曲げて剣を地と平行に構えていた。
 だが、これは弓ではない。
 後方からの援護目的という弓ではないので、精神集中して一射一射を放つということはしない。
 集中は常にしているし、この動作も一瞬に過ぎない。
 なぜなら、舞が持つ武具は剣なのだから、

 ――――刺突ッ!

 躯を高い柔軟性を持つバネのように撓らせてから、風を纏った巨弾はその光を伸ばす。
 光自体が巨大な槍の如く、射抜かれたその風光は正面を突き抜けた。

「ぐ―――ぅう…ッ!」

 男は瞬時にその光を躱したが、僅かながらその腕に掠っていたようだ。
 ほんの少しではあるが皮膚が裂け、赤い血がその腕を蔦って地に落ち、緑の草を赤々と染めたてる。
 腕に感じた痛みに身を縮ませる男。
 ――――だが、それを見逃す剣王ではなかった。
 間合いを考えず突き抜けた所為で男との距離が離れてしまったが、“今の舞”にとっては距離など無関係。
 大剣を両手で持ち直し、“最後の”一声――――。


Lightningライトニング――――――!」


 長く溜めていた魔力を解放すると共に、一歩踏み込む。
 その足で大地を噛み締め、深く重心を落として、裂帛の気合を両腕から両手首、手の掌に移した一振り。
 ――――途端、舞の躯全体を大きく纏っていた巨大な光が、振り払われた大剣から迸った。
 躯全ての光力をその振り翳した大剣に集束したそれは何かの魔法のよう。
 それは、光の塊。


 ――――――ガ、――――キィィィィィィンッ!!


 男に向けて放たれた銀の光は見事槍によって阻まれたが、それは一秒にも満たない一瞬のこと。
 食い止めたのは瞬きにも似た、ただの一瞬だけに過ぎなかった。
 圧倒的な暴力で差し向けられた光の弾丸は、槍程度でどうにか抑え切れるものではなかっただけのこと。
 槍を喰らって突き抜けたのは、銀光の塊であり、光の弾丸であり、巨大な真空刃でもあった。
 故に、舞のこの技はこう名付けられた。

 ――――Silver Lightning――――。
 ………………銀の閃光、と。

 彼女が敵とどれだけ離れていようとも、この技に掛かればその距離は無に等しい。
 至近距離の“零”ではなく、距離という概念自体が存在しないように“無”へと化する。
 目前にいようとも、視界に映らないほど遠くにいようとも、それは全く関係ない。
 放たれた銀色の一矢は、音を破って真正面を突き抜ける波動光なのだから。
 技を放つ…………その動作は速さを超えた、最速にして最強の一手。
 光は間合いという距離を殺して、敵を喰らう風と光の爪。

 だが、この技の攻撃性はそれだけではない。
 仕向けられた矛先は敵だけではなく使用者本人にもあった。

「…………は……ぁ…………は…ぁ」

 躯全身を襲ったのは筋肉繊維がズタズタに引き裂かれたような虚脱感。
 思わず前のめりに倒れてしまいそうになる体を、両手で辛うじて掴んでいる大剣で支える。
 ザンッと地面に突き刺して、杖代わりにして膝を必死に起こそうと耐えている舞。
 自分の四肢のはずが、それは全くの別人のモノで、言うことを聞かない。
 舞にはそう感じた。
 加えて、虚脱感とはまた別物の疲労感も感じている。
 額や両腕には水玉のような汗が疎らに浮き出たのは、魔力の消費量が余りにも大きすぎたからだ。

「………………じょ、冗談…だろ…」

 そして、男も足が止まっていた。
 鳥肌が立つほど舞に脅威を感じ、冷や汗は未だ溢れ出るのを止まない。
 忘れようとしても、今一瞬の光景が網膜に焼きついたまま離れず、記憶から抹消することは不可能だった。
 槍を掻っ攫った光の波動は男の躯に直撃することはなかったが、驚異を植え付けるには充分過ぎるほど。

 ザッ――――

「「……ッ!?」」

 落ち葉を踏み分け、佐祐理。
 戦意が感じられなかった先ほどとは全くの別人であるかのように錯覚させられる。
 その理由は、練り上げている魔力の桁が体内だけに留まっていないと感じたからだ。
 舞と男―――二人は、佐祐理の魔力が体外にまで溢れ出ているのを肌で感じている。

「…………監視役、ですか」

 腰に下げた短剣≠手にして、佐祐理。
 確かに彼は自分のことを監視役と“偽った”。
 その理由も目的もはっきりした今、佐祐理は次なる行動を取らねばならない。

 左手に握られたその小さな剣≠ノ、魔力を浸透させていく佐祐理。
 だが、その目に映すのは彼ではなく、その斜め後ろにある先ほど彼が防いだお陰で無傷の木。

 ――――――天空そら飛翔かけ覇者ものよ。

 短剣の刀身が青白く煌く。
 佐祐理の体内に練り上げられた大量の魔力を瞬間にして吸い取った£Z剣。
 人間が酸素を吸うように、一種の呼吸であるかのように、佐祐理の魔力はその聖剣≠ノ浸透する。
 そして、光。
 魔力光が灯ったその聖剣は、佐祐理の前で光の軌跡を描きながら踊る。
 二重の真円の中に三角形と逆三角形を重ねたそれは、誰が見ても六亡星を形成していた。
 そうして、半分。
 大まかな縁取りの次に描いたのは、紋様。
 肩より下を自由自在に踊らせ、複雑な装飾のような紋様を光の筆で描く。

「――――不現律を破れ」

 発動を奏でる前唱。
 現世に存在しないとの理を、真っ向から否定するような口述の旋律。
 今一つ大きく吐く息と共に、佐祐理はその聖剣で魔方陣の中心を力一杯―――打ち抜く!


「“幻獣剣――――!”」


 十に存在する一の誇り名・・・・・・・・・・・を高らかに叫んで、佐祐理はそれ≠解放した。

 魔力の流れが、突き破られた魔方陣から外気に漏れ、曝される。
 そこから“生まれた”のは、一つの魔力。
 唯一にして巨大な塊がそこには存在していた。

「――――――グ、―――ルルゥアァァ………ッ!!」

 生誕の喜びに奮える咆哮。
 目に見えない音の衝撃波が、“それ”を中心に全方位を駆け回る。

「………ッ!? ば、化けモンめ……」

 咄嗟に口を吐いた言葉は、まさに一片の隠し事がないように率直な感想だった。
 だが、驚きの表情をしている男を無視して、佐祐理は“召喚した”それに命じる。
 唯一つ、それの名である、

「――――――Gruda」

 ガルーダ、と。
 召喚した黄金鳥の名をはっきりを口にした。
 水平にして狙いを定めた聖剣の切っ先を、無傷の木へと示して、“彼”の名を言ったのだ。
 彼の名であり、彼の存在意義であり、彼の行動理念であり、彼の絶対命令であり、彼の全てがそこにはあった。
 召喚者佐祐理は、己を生み出した母であり、己に命令を下す父でもある。
 主従の関係がそこにはあった。

 ――――ォンッ!

 低く唸った音は唯短く。
 音を置き去りにした彼はその姿を眩ませ。
 光の如く、炎に包まれた黄金躯は無傷の木へと吸い込まれた。
 それは正に…………主の命を迅速に遂行する特攻兵そのもの。

 ――――轟ッ!!

 大地が震えるほどの振動を振り撒き、黄金鳥は標的を貫いた。
 燃え燻りながら消滅するか、あまりの衝撃に彼方へふっ飛んだか。
 ……兎に角、一瞬前までそこにあったはずの“木”は見る影すらなくなっていた。

「――――――眞子ッ!?」

 男が叫んだ。
 その表情からは、舞や佐祐理と出会ったときの余裕はどこにも感じない。
 悲痛な思いが声となって溢れ出たそれに反応するのは、

「心配しなくてもギリギリで躱したわよ―――朝倉」

 男――朝倉と呼ばれた男性――の背後に立っていた女――眞子と呼ばれた女性――だった。
 服や顔に煤が付いているところから、本当に紙一重で躱したのだろう。
 軽く朝倉に言葉を掛けた眞子は、憎たらしく佐祐理を睨みつける。
 怒気ではなく、唯純粋に気に食わないと言う表情のままの彼女は、一声。

「……………その顔、全て分かったって顔ね」

 諦めにも似た確信を吐いた。

「……佐祐理?」
「D.C.の監視役は、彼じゃなくてこの人だったんです。
 だって、彼の性格、武器、言動、全てが諜報活動員としては違和感だらけですし」

 佐祐理は舞に告げる。
 彼の性格は、確かに面倒くさがりやかもしれない。
 だが、彼の瞳は確かにそれを否定していた。
 戦闘はしたくない、と言いつつも、その瞳は戦闘を望んでいた。
 そして、彼の武器。
 身軽に動かなければいけないはずの監視役が何故超重武器を持っているのか。
 さらに、彼の言動。
 これが決め手になったと彼女は言う。
 まず一つ。
 何故、監視役が相手を挑発するようなことを態々言う必要がある…?
 それが情報を曝け出す意味を持つのならまだしも、状況は一触即発だったはず。
 …………彼は戦闘を望んでいた。
 だが、彼は戦闘狂ではない。
 では、一体何のためか。
 傍にいる仲間―――監視役にそれを見せるためだ。
 躱す足運びは、敵の動きを全て監視役に見えるように配慮してのこと。

「……それと、もう一つあるの。何故彼があの木を護ろうとしたのか。
 それは、その木の陰に貴女がいることを事前に知っていたからです」
「ご名答。あの一瞬でその状況判断力はホント見事なもんね」
「だが、それだけで…ッ!」
「…………これは理由にはならないかもしれませんけど、私は貴方に違和感を感じました。
 舞は自分から剣王だって一言も名乗ってません。それなのに………」

 あっ……、と朝倉が口を手の掌で押さえる。
 そう、確かに佐祐理の言うとおり、舞は一言も自分が剣王だと名乗っていない。
 だと言うのに、彼は既に舞を『剣王』と表現していたのだ。
 剣を持っていたから?
 いや、剣を持つ戦士など世界に数え切れないほどいる。
 まして、剣王と言うのは花遠国の人にしか当て嵌まらないことだ。
 今の舞が花遠出身の人である証拠はどこにも見当たらない。
 つまり、予め彼は花遠の剣王がどういう人物なのかを知っていたということになる。

「……そんな初歩的なミスをする諜報隊は三流です。ですけど、彼は三流の監視役というより―――」
「一流の戦士だった?」

 眞子の苦笑しながらの問いに静かに頷く佐祐理。
 そこで、漸く舞にもどういうことなのか少しずつ納得し始めて来た。

「…………つまり、この男は囮?」
「そう。笑っちゃうでしょ? まさか聖剣に選ばれた・・・・・・・男が囮役だなんて」

 そう他人事のように軽く言って、眞子は背中に隠し持っていた“短剣”を朝倉に手渡す。
 朝倉の手に戻った≠サれの魔力の波動に佐祐理は気付いた。
 いや、気付かないわけがなかった。

「おまっ、これ……ッ!?」
「……ふふっ、私の足は知ってるでしょ?」

「――――聖剣ッ! まさか貴女は舞のアレに反応して聖剣を…?」
「佐祐理。どういうこと?」
「……舞、彼は紛れもなく聖剣を持ってたんです。
 短剣の聖剣を、槍の穂先に埋め込んだ見た目は槍と変わらない聖剣を」

 そして、Silver Lightningによって彼方へとふっ飛ばした……はずの聖剣を奪った。
 自らの足で波動に追いつき、その穂先だけ奪った、と。
 彼女の言葉を信じるのならそうだと、佐祐理は舞に伝えた。
 ……だが、舞は勿論佐祐理自身それは信じられることではなかった。
 二人とも知っている。
 あの波動光がどれほどの速度でどれだけの威力を持っているのか、分かっている。
 だからこそ、信じられなかった。
 あれに追いつき、喰らい付いてる槍の穂先だけを掠め取ることが出来たなんて。

「―――さて、これで二対二になったな」
「莫迦。私を数に入れないでよ。私の戦闘能力なんて高が知れてるじゃない」
「……冗談じゃありません。もう“一人”忘れてますよ」

 指先を朝倉と眞子に向ける佐祐理。
 その体勢――指先が狙いであること――で彼らは、一つ忘れていることに気が付いた。

 ――――ゥンッ!!

 いつの間にか上空に移動していた黄金鳥が、超音波のような咆哮を上げながら急降下する。
 先ほどと同様にその身に炎を纏い、緋色に輝いた両翼も誇り高く掲げていた。
 熱さを生み出す熱気が、多数に飛び散る火種が、圧迫された空気が、意思を持った強大な魔力が、


「ガアアアァァ―――ッ!!」


 全てを燃やし尽くそうと“言っている”ようだった。



 轟、と言う爆音が木々を揺らした。
 大地が振動して、
 足元が熱くなり、
 空気が重くなり、
 直撃地点を中心に半径五メートルは草木の欠片も感じられないほど、何もない炭になっていた。



「…………た、助かった…ぁ」

 朝倉は眞子に引っ張られて黄金鳥の直撃を回避できたことを確認した。
 だが、安堵しているのは朝倉だけではない。
 いや寧ろ眞子のほうがほっと安心の息を吐いていた。

「―――……せッ!」
「ッ―――!?」

 だが、それも束の間。
 振り向きざまに、声と共に感じた殺気の塊を、持っていた聖剣で防御する朝倉。
 黄金鳥との時間差攻撃を考えていた舞の一撃は、まんまと防がれた。
 真横に斬りにいった舞と、振り向きざまに振り下ろした聖剣とが、激しく甲高い金属音を鳴らす。
 短い刃の聖剣で、朝倉は大きな舞の剣を見事に封じていた。
 力の方向性や二つの剣の接点を上手く合わせることで、互角の力を生み出した朝倉。
 ―――だが、そんな朝倉に小さく「ふっ…」と自分自身にしか聞こえないような声で、一言舞。
 初めから今の攻撃が上手くいくと思っていなかったのか、舞はすぐさま次の行動に移っていた。
 二つの武具の接点を軸に器用に躯を回転させて、朝倉の力の向きとは九十度違う方向から、強引に聖剣を―――弾く。
 滑るように、流れる水のように、その動きは見事に精錬されていた。
 そして、振り払うように捌いた後、舞は一言。


「…………Silver――――」


 再び光を纏った。
 朝倉と眞子も瞬時に察知した、それ――――本日二度目の技を放とうとしていた。

 ――――――莫迦なッ!!

 そう、朝倉の言う通りだ。
 先ほど一度使った後の舞の状態を見ているだけに、朝倉には信じられない。
 もう一度使ったら、体の筋肉繊維と魔力回路がどうなるか想像するに難くなかったからだ。
 明らかに《Silver Lightning》とは少なくても一日に二回も使えるものではないと。

 煌々と鮮やかな光は、舞の身をまるで極薄のヴェールのように、一切の隙間なく包み込む。
 熱を生み、風を生み、光を生み―――その代償に彼女は自身に残された魔力を搾り出す。
 勿論、全てを搾り出す必要などない。
 そこまでする必要なく、敵を葬れると思っていた彼女は、それを放出する気でいた。
 標的―――D.C.に於ける聖剣所有者・朝倉目掛けて……。

「……なら、その前に」
「―――よせ、眞子ッ!!」

 舞の攻撃を止めようした眞子に制止の声を掛ける朝倉だが、
 届くはずのない距離の眞子に手を伸ばすが、


「――――Lightning」


 ―――遅いッ!

 心の中でそう叫んだ舞の行動のほうが一瞬早かった。
 振り向いた彼女は、地面に足首が減り込むかと思うくらい強い踏み込みをして、それを解放する。
 それは刹那。
 先ほどより“溜め”が短かった波動光は、近づいた眞子目掛けて発動した。

 光だ。
 凄まじい剣速で振り下ろされた刀身から、光が翔ぶ。
 先刻より明るさも大きさも大したことない光が、光明の矢となる。
 ―――銀光輝く一矢。
 ほんの少しの雲間から照らす斜陽のように、それは眞子という一点目掛けて衝き抜け―――

 ガンッ――。

 ―――なかった。

 眞子目掛けて射られた光は、直前でその勢いを完全に無力化する。
 溜めは確かに一度目より短かったが、それでも並大抵の防御壁で耐えうる威力ではないことは間違いなかった。
 だと言うのに、放たれた銀光―――銀の波動は何らかの壁≠ノよって遮られたのだ。
 ――――有り得ない。
 そう。それはとてもじゃないが、有り得ない………そう断言できた。
 この場にいる誰もがそう思ったはずだ。
 ………………唯一人、“彼”を除いて。

「え―――っ?」

 それは眞子か、舞か、それとも佐祐理か。
 誰の呟きだったのか。
 戦場であることを忘れたかのように、とても気の抜けた声。

 やがて、壁≠ノよって往き場を失い勢いを止めた光が、大気へ染み渡るように霧散していく。
 何十何百と集まった蛍が散り散りに別れるように。

 ……そうして光が消え、舞と佐祐理の瞳に映ったのは、

 ――――――朝倉…ッ!?

 二つの瞳以外の全身を白い何かで覆った£ゥ倉だった。
 魔力で覆った何かではない。
 聖剣の魔力は朝倉から発せられるが、その白い何かからは全くと言いほど魔力が感じられないからだ。
 だが、かといって硬い対物理耐性を持つ何かでもない。
 関節は自在に動かせるくらいそれは柔らかい素材であるし、何より物理耐性の防具であの波動光を防ぐことなど不可能だからだ。
 《Silver Lightning》とは、魔力攻撃であることから、対物理防具でどうにかなるモノではない。


「………………白い繭」


 ポツリと小さく紡いだ言葉は風に乗って朝倉の元まで届いた。

「……ちっ、やっぱ花遠で恐い・・・・・のは佐祐理アンタか」
「ごめん朝倉。私の所為で力≠―――」
「その先は言うな。……俺は自分のしたことに後悔してないから」

 眞子の口を自分の手で塞ぎつつ、その白い繭に覆われた真剣な瞳は続きを語る。
 謝られたら俺自身の行為を否定されるということだからな、と。
 そして、微塵も照れなど見せずに、

「お前をらせはしないさ――――――アイツが悲しむ」

 護ると公言して、小さな聖剣を構えた。
 そんな彼の後ろで眞子は誰にも聞こえないほどの声で寂しそうに言う。

「貴方はどうなのよ…?」

 誰に向けられた言葉なのか………その返事は聞こえない。



「さぁ……続きをやろうか」

 白い繭―――ではなく、朝倉は舞と佐祐理に迎え撃つ体勢を取る。
 その発せられた気を感じ取り、寡黙な剣士・舞も愛剣を構える。
 筋肉繊維はズタズタに千切られ、魔力残量も僅かだと言うのに、闘志だけは衰えてない舞。
 だが、誰がどう見てももう限界だと言うのは歴然だったが、顔の表面だけはそんなことはないと虚勢を張っていた。

 ――――――舞。

 ちらりと横目で確認する佐祐理。
 その眼は、互いを護り合い、互いを信頼し合うタッグパートナーとしてではなく、一人の親友として見ていた。
 佐祐理が抱いた思いはたった一つ。
 そのためには………どうすればいいのか。
 命題を解くための時間は一秒にも満たない時間で、とても単純明解な答えだった。

「…………Gruda」

 握り拳を真上に掲げて佐祐理。
 その様子に、朝倉だけではなく眞子にも険しい表情がはっきりと灯される。
 ―――黄金鳥の攻撃に備えるために。
 朝倉は勿論のこと、眞子も必死に気を張る。

 だから―――、

「帰還しなさい」

 佐祐理が何を言ったのか、全く理解できなかった。

 彼女を中心に、舞が隣に、黄金鳥が足元に―――。
 舞は疲労し切った体を無理矢理動かしたようにゆっくりと、黄金鳥は展開していた緋色の炎を打ち消してゆっくりと―――。
 “三つ”の生命体は集合した。

「何をするつも―――………ッ!?」
「気付くのが後一歩遅かったですね。――――――いい土産も出来ましたし、そろそろ」

 何かに気付いた眞子を嘲笑うかのように、佐祐理と舞の二人はそれぞれ片手ずつ天へと掲げる。
 それ―――言葉と動作―――が合図になったのか、

「朝倉ッ! あのクソ鳥を足止めしてッ!」

 叫ぶように声を荒げる者。

「………退いて」

 刀身からの真空刃を地へ潜らせ、砂煙を巻き起こす者。

「ちッ、これじゃ前が見えねぇ」

 どうにも動けなくなる者。









 濃霧のように目眩まし効果の砂煙が晴れた後、朝倉が見たのは、

「……いないッ!?」

 そこにいるはずの敵が跡形もなく消えていた光景だけだった。
 ―――逃げられた。
 砂煙が晴れて、漸くそのことを理解した。
 目眩ましは煙に紛れて奇襲用のためではなく、追っ手を撒くための退却用だったということを。
 勝てるか分からない相手だったにも関わらず「クソ、逃げられた」と、真空刃で減り込んだ地を踏み付ける朝倉。
 眞子も悔しそうな表情をして遥か空を見つめている。
 舞が真空刃を放つ前に佐祐理の行動が分かっていた眞子にすれば、数瞬の動作の違いが大きな差になったと言える。

「悪いな眞子。もう少し俺が早く行動してたら」
「……あれは仕方ないことだわ。あの佐祐理って子、この状況に於ける最善の手を見事に導いたのよ」
「あ? 最善? そりゃ仲間を気遣うってのは当たり前―――」
「じゃないわ」

 当たり前じゃないわ、と眞子は言い切った。
 それに、彼女が取った行動は仲間を気遣った故の行動とは言えない、とも朝倉に言い放つ。
 それは非情な考えと同意。

「将として最も重要なこと、朝倉に分かる?」
「……強さ、じゃないのか?」
「…………はぁ、だから貴方は将になれないのよ」

 その言葉にムッと眉を顰める朝倉。
 眞子の態度から、まるで自分の答えが全然見当違いだと言われたことが気に食わないようだ。
 髪を掻き揚げながら「いい? 良く聞きなさい」と教え子を諭すように眞子。
 だが、そんな彼女から放たれた答えは、とんでもないものだった。

「将の器はね、仲間の命を切り捨てることが出来る者・・・・・・・・・・・・・・・・・か否か、それだけよ」

 朝倉は何を言われようとも反論しようと思っていた。
 何を言われても言い返す自信があり、自分の考えが間違っているとは思えなかったから。
 だが、実際眞子の口から告げられた言葉が、ある程度想定していたものとは大きくかけ離れていたので、思考が停止した。

「ちょ―――、どういうこ」
「重要な闘争が長丁場になって、戦場の分が七対三になったと仮定するわね」
「は―――?」
「当初五対五だった分が、今七対三で勝っている。朝倉が将ならこの先どうする?」

 突然何の前触れもなく、話題の関連性を無視して、例え話を持ち出した眞子。
 あまりにも真剣な表情をしている彼女を見る限り、その質問に無意味なことはなく、その重要さは絶対的だと言うことが分かった朝倉。
 だが、重要だと言うことが分かったとしても、それに答えを出すことまで辿り着けない。
 この質問が“将の器”との関係があるのかどうか、余計なことが頭を支配して、中々自分の答えを用意できないでいた。
 ……答えは出ずに、ただただ沈黙。

「…………あ、その闘いで私や音夢が死んでいる、又は瀕死ですぐにも治療が必要って設定も追記で」
「そんなの…ッ!」
「―――治療優先という考えなら、朝倉に将は無理よ」
「な―――ッ!?」

 ビンゴね、と眞子。
 朝倉の思考を先読み―――いや、確信のある予知―――して、しかもそれが外れるという予想は一切なかったのだろう。

「……答えわね、この場合、戦場の流れから攻撃の手を休めたら駄目なのよ。寧ろ攻撃に回す人数を増やすべきなの」
「それじゃ―――ッ」
「親しい人が死んでも、それが大きく重要な闘いなら勝つことが出来ればいいのよ。これがさっきの意味」

 さっきの意味とは―――仲間の命を切り捨てることが出来る、ということだろう。
 確かにそれがこの命題に対する正解だとするのなら、朝倉が将になることは可能性として絶対にありえない。
 それに納得出来ないからだ。

「それは、劣勢に見せかけて敵の罠かもしれないだろ」
「……屁理屈ね。これは元々仮定の話なんだから、そんなIFを持ち出したらキリがないわ」
「ならッ、お前のそれも所詮は理想論だろ? ……実際問題そんな将の下に俺はつきたくない」

 最後の朝倉の言葉に、眞子は胸が痛んだ。

「…………ふーっ、貴方何にも分かってないわね。将と言うのは親しい人だけの将じゃないのよ? 自分の下にいる仲間全員の将なのよ?
 私情は考えたら駄目。何が何でも勝つ……そんな気持ちがない者じゃあ一生勝てないわよ」

 要するに貪欲に勝利を欲しない将など恐るに足らない≠ニ、眞子は朝倉にそう言ったのだ。
 “理想論”じゃなく“根性論”だと。

「ま、いいわ。朝倉の言いたいことも分かるしね。でも、今の本題はそこじゃなくて」
「あの召喚士≠ゥ」
「えぇ。彼女凄いわよ。将になれないかもしれないけど、軍師にはなれるかもね」

 佐祐理は舞を気遣って戦線離脱した。
 普通ならそう見るのだが、眞子は少し違った見方をしていた。

「―――最後の手まではまだこっちの惜敗か引き分けだったのに、最後の最後で完敗したわ」

 眞子は言う。
 明らかに佐祐理たちが優勢だったにも関わらず舞一人を気遣って逃げた、と勘違いしては駄目だ、と。
 確かにガルーダという化け物が召喚してから、戦況は圧倒的だったと言える。

 ………………それを惜敗や引き分けと言えることは、眞子と朝倉にそれを打破する手があったと言えるのだが。

「問題は見た目のダメージじゃないわ」
「どういうことだ?」
「………私たちの情報」

 そこで漸く朝倉にも、眞子が何を言おうとしていたか気付く。
 D.C.軍は眞子を中心とした優秀な諜報員が複数いるので、花遠のケンオウは勿論、倭庵の四峰のことも知っていた。
 対し、その花遠軍にはまだ他国の軍や要注意人物についての情報があまりない………D.C.のことなど全く知られていない。
 お互い十の聖剣の内一人―――担い手―――を見つけたという点は同じだが、その重要度は全然違う。
 花遠陣営にして見れば、D.C.国のレヴェルが垣間見れただけでも土産物だろう。
 眞子と朝倉の最大の失敗は、それを知った人物を逃がしてしまったことにある。
 その点に関しては、ダメージ以上に痛手。

「………………私が恐ろしいと思ったのは、彼女はあのまま戦力に頼り力押ししなかったことよ」

 圧倒的強さとも言える化け物を飼っているのに、それを戦力としてではなく逃げる手段として使ったこと。
 傍から見ても佐祐理の優位と言うことは目に見えていたが、敵を倒すことより逃げたということが何より大きかった。
 舞を気遣っただけで、D.C.陣営の情報を持って帰ることを重点に置いてないとすれば、大したことなかったのだが……。
 二人は耳にしてしまったのだ。
 ―――いい土産が出来た、と。

「闘う意思を見せつつ、向こうも“観察”していたようね」
「化かし合いは引き分けってとこか」
「……ったく、何てキレる頭してるのよ」

 愚痴りながらこれからのことを考える眞子。
 朝倉と一緒に、D.C.の将がいるいつもの場所へ帰ろうとする。

「兎に角、過ぎたことは仕方ないから、一旦帰るわよ」

 今後の対策を練らないといけないから、と。
 ……そして、言おうか迷ったが彼女は、


「――――――あ、そうそう。私たちの将は、作戦のためなら仲間の命を切り捨てる覚悟があるわよ」


 一瞬立ち止まり、それを言葉にする。
 あの小さい体でその覚悟を背負っているのって凄い重圧だと思わない? と付け足して。

 朝倉が足を止め、声も出ないほど絶句したのを後ろの気配で確認した後、眞子は一人帰路へ着いた。
















 黄金鳥の足首を掴んでD.C.国を抜けた港町まで飛行している最中の舞と佐祐理。
 その道程も半分は超えたかと言うとき、舞が口を開いた。

「………佐祐理。朝倉のあの白い繭は一体何?」
「確信はないですけど、佐祐理の家にあった書物にいくつか聖剣の詳細が載ってたました。その中の一つに酷似してるのが……」

 そして、佐祐理は目を閉じて、その書物を思い出しながら、


「―――――――――聖剣・陰陽剣“小太刀・陽”」


 その名をはっきりと刻んだ。

 佐祐理は言う。
 その聖剣は攻撃剣ではなく防御剣だと。
 聖剣特有の固有技・固有能力は、十の聖剣全てに備わっていて、各々異なるが、“陽”以上に攻撃能力がない剣・・・・・・・・はないと。

「……つまりね、舞。―――あの剣は防御のためだけ≠フ剣なの」
「…………あの《白い繭》の能力さえ除けば、普通の小太刀と同じってこと?」

 少し考えるようにして答えた舞に、肯定の意味で首を縦に振って頷く佐祐理。

「―――でも」
「……??」
「それは、あくまで佐祐理が知っている範囲でのことですし、隠された能力がまだあるのかも知れません」
「……そう」

 つまり、結局のところ、陽と言う聖剣の表面しか解かっていないと言うことに過ぎない。
 だが、聖剣を所有している人物がいたこと、その聖剣の特徴が解かっただけでも大きな収獲だったと言えよう。

 佐祐理は考える。
 花遠に比べてD.C.側は情報量が圧倒的に多く、その差は数日で詰めることが出来るようなことではない。
 つまり、前々からD.C.と言う国は、他国の情報を集めていたと言うことになる。
 …………果たして今の花遠は、他国のことをどれだけ知っているのだろうか…?
 閉鎖的・保守的の花遠国王の思想は、この先大きな痛手の第一歩となるのではないだろうか…?
 その一歩を皮切りに、他国との差を埋めるどころか、広げられるのではないか…?


「―――本番までにこの差を何としても縮めないといけませんね」


 黄金鳥の足首にぶら下ってる彼女の小さな思いは、隣の親友に届くことはなかった。










 ――――――以下、設定や解説。

Silver Lightning

 刀身―――いや、西洋剣だから剣身なのか(あまり詳しくない
 兎に角、刃に魔力を溜め込み、それを“振り”によって、光の波動に変換して撃つ技。
 Lightning……と言う言葉まで魔力はどれだけでも溜め込むことが出来る。
 魔術で説明すると、Silverまでが詠唱と言うことになる。
 魔力量がイコール技の威力に繋がる単純なものだが、今の舞では破壊力ある威力で換算するなら一発が使用限度だろう。
 今回二発放ったが、二発目はとても技≠ニ言うレヴェルまでは程遠い波動だったと言うことだけ。
 舞はSilver Lightningを二発放てるほど魔力量がない。
 そのことは本人自身自覚していて、絶対魔力量を増加させようとしているが結果が付いてこないことに苦労している。



幻獣剣

 世界に存在する十聖剣の内の一本。所有者は倉田佐祐理。
 名前の通り、幻獣と呼ばれるヒトを超越したモノを召喚出来る能力を持つ聖剣。
 呼び出す獣のランクは担い手の絶対魔力量に比例し、その獣の強さによって消耗する魔力量も比例する。
 余程魔力量に自信ある者でも、召喚出来る獣の数は最大で二匹か三匹までが精一杯。
 現在の佐祐理では、調子が良くても二匹までが限界。
 悪いときでは一匹すら満足に召喚して制御出来るか危ういと言ったところ。
 勿論、聖剣とあるが、剣自体の殺傷能力は普通の短剣と同等。
 これが聖剣に分類されるのは召喚能力にあるだけなので、前線を張る戦士ではなく後方支援の魔術師に相性が良い。



Gruda

 佐祐理が幻獣剣で召喚した獣。ガルーダ。
 全身黄金で染められたような色合いの躯に、灼熱を羽織ったような大鳥。
 その身で対象となる敵目掛けての特攻や、圧倒的火力を圧縮したような火炎球を吐き出す攻撃方法がある。
 召喚獣としては、とてつもなく弱い部類ではなくとてつもなく強い部類でもない。
 強さランク的には至って普通程度。



陰陽剣 小太刀・陽

 幻獣剣同様、十聖剣の内の一本。
 白い繭……それを破る方法……その他の特殊能力……現時点では全てが謎。
 相沢祐一や倉田佐祐理が言った本番≠ナ全てが明らかになる。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送