花遠養成学校の三回生は、一年の半分以上を外の国で暮らす。
 自らの眼で世界を知り、自らの腕で世界を知り、自らの体で世界を知る。
 雪国である花遠を旅立ち、他の地をその眼で見、その地の猛者と闘うのだ。
 戦闘だけでなく、何事も吸収しやすい若い内で、世界をその体で体験するためだ。
 勿論、その一年体験は表向きとして武者修行だが、実際は立派な実技演習である。
 それを監視する委員―――卒業生が絶えず尾行して、三回生を点数付けする。
 そして、三回生が卒業した後、彼らの中でも限られた人たちだけが、王宮騎士団に推薦を許される。

 それは、例えケンオウと言えども、例外ではない。
 同じ三回生や教員が実力的に認めていても、この【海外研修】だけは絶対に行わなければならないのだ。
 ――――――そう。花遠が誇る剣王・川澄舞でもだ。


「…………………」


 剣王は今、枯れない桜が代名詞でもある【D.C.ディーシー】に来ていた。

 枯れない=Not die。
 桜=Cherry blossoms。

 頭文字のNとCではなく、DとCを数えたことに一体何の意味があるのか。
 国名をこの名にした人は既に亡くなっているので、その真意を知るものは誰もいない。
 何も考えていなかっただけかもしれないが、何か深い意味が隠されているかもしれない。

「……………佐祐理、気付いてる?」

 森の中、剣王は周囲を警戒しつつ、隣を歩く友人に声を掛けた。
 声というかは、ボソリと呟いた独り言のように小さく、余程集中していないと聞き取れるものではなかった。
 木々の先が揺れる小音より遥かに小さかったにも関わらず、佐祐理と呼ばれた女性は声を返す。

「………うん、舞も感じる…? 気配は一つですけど、これは……」
「強い。それだけは解かる」

 小声で会話。
 二人は共に感じていた。森に入ってからずっと誰かの視線を感じる、と。
 魔力で持って貫通する殺意でもなく、魔力を広げて雲が如く覆うような悪意でもない。
 嫌悪感を抱くような視線ではないが、どこか二人にとって戦闘中の緊張感を思い出させる視線がそれにはあった。
 だから、彼女たちは立ち止まり、覚悟を決めた。


 ――――――カチッ!!


 木々に囲まれて静寂が木霊する中、唯一つの金属音。
 金属製の手甲が、剣王の持つ銀色を放つ抜き身の両刃剣を持ち直した音だ。
 響く音に反応追尾するように、己が武具を握りしめた剣王の両手も下段へと流れるように構える。
 その動作に音は生まれなかったが、肌がざわめいたのを佐祐理は感じた。


「――――――Eagleイーグル


 下段構えのまま深く一歩踏み込む。
 獲物を狩るが如く腰を落として重心を下げたまま、両手を振るう。
 剣王自身から溢れ出た魔力を纏った剣を、生まれ出た風と融合させて地面と平行に薙ぎ開く。


Clawクロウ――――――!」


 名を叫び、刃は加速する。
 自らを中心とし、円を描くように低空で真空刃を巻き起こして、障害物を排除する。






 聖剣戦争

  Act02〜招待状〜










 花遠の地下にある闘技場。
 中央の闘技石は粉々に割られ、隣接する隔壁に大穴が空き、随分と荒れ果てた部屋。
 激しい戦闘が繰り広げられたような凄まじさが残る部屋で、場を制しているのは唯一つの静寂。
 一瞬か、それとも数分か、沈黙だけがその場を支配している。

「……………そういうことかよ」

 やがて、倭庵からの使者折原が口を開く。
 擦れたような乾いた声で吐いた言葉は、どこか確信を突く表情をしている。

「相沢、貴様が聖剣を―――」
「愚脳」
「それはないねー」

 青葉と春花が、折原の言葉を遮るように繋げる。
 更に青葉が容赦なく追撃する。「彼は、聖剣が誰の手にあるか知っているだけでしょうから」
 確かにその言葉が真実なら、相沢が持っていなくても不思議ではない。
 現に相沢の手には剣≠ナはなく杖≠ェ握られているのだから。
 だが、青葉の言葉が真実だという証拠はどこにもない。
 本当は聖剣なんて物は知らないかもしれないし、その逆の可能性も有り得る。
 ……………つまり、彼自身が聖剣を持っている・・・・・・・・・・・・ということ。

「心配しなくても見せてやるさ――――――聖剣戦争本番・・でな。
 そのときになれば嫌でも見れるだろう。何せ、全て・・が出揃うわけなんだからよ」

 含みのあるアクセント。
 意図的に差し向けた言葉は止まることを知らない。

「本番を待たずに今欲しがるというのなら、俺の口を無理矢理割らせるしかないが…?」

 それは、倭庵の折原、高屋敷の青葉と春花の両軍に言ったのだろう。
 これ以上は、この俺と闘ってから言え、と。
 如何にも挑戦的な言葉を放ち、相手を煽るように見下すような瞳。
 唇の端を吊り上げて、フフッと少し不気味に笑う彼は明らかに余裕だと訴えていた。

「――――そうね。なら、少しお相手願えるかしら?」
「「「え…っ!?」」」

 風が舞い叫ぶ。
 問い掛けた返事を待つことなく、魔力が灯った青葉の躯は地を駆ける。
 いや、駆けるより跳ぶと言ったほうが正しいかもしれない。
 それほど踏み込みが速く、蹴り脚に充分な力が蓄えられていることがわかる。
 無手の手の掌には、揺ら揺らとした橙色の炎を生み、周囲には小さな火の粉が舞い散っている。
 諸手に形成しているその綺麗過ぎる炎は、まるで一日の終わりを告げて沈む夕やけのよう。
 橙の灯りと共に、彼女は低空を滑る様に一直線に猛進したまま、

「――――っはぁぁぁ!!」

 炎を纏った掌打を突き放つ。
 手に収まっている焦点の橙が、光槍の如く刺し貫こうと真っ直ぐ敵に向かって迫る。
 差し出した腕が完全に伸び切る前に、更に一歩。
 ……………いや、そのモデル並に長い足で踏み込むのは、二歩だったのか。
 瞬きの合間、たったそれだけの時間があれば、敵との間合いなんてものは途端に無と化する。
 彼女・高屋敷青葉の前では……。

 手の掌に生えた炎が相沢を打つ寸前まで、青葉は確信していた。
 一歩も動かない敵は、自分の踏み込みの速度に反応出来ずに硬直しているものだと。
 そう、見誤っていた。

 事実、熱気を纏いし掌打は何を掠めるわけでもなく、唯の空を貫いたに過ぎなかった。
 そこに何の手応えを感じることもない。

 ――――――躱されたッ!?

 その認め難い事実を知るよりも、視界に映ったのは真横にいる相沢の視線。
 明らかに自分を侮蔑した微笑がそこにはあった。
 射抜くような鋭い視線に青葉は耐え得ることが出来なく、全筋神経をある一動作に集中させる。

 一歩。
 その距離を真横に移すだけで、青葉は敵の間合いに入れる。
 攻撃するまでもない。そんな表情をしている敵をどうにかして地に叩き付けたい。
 その一心から、青葉は跳ぶ。
 爪先を支点として蹴り脚の方向を変えて、獅子の脚が如く獲物に跳び掛かる。

「――――げ」

 なんて言葉とは裏腹に、相沢は余裕を持ってそれを難なく捌く。
 斜め上空から振り下ろされる炎の鈎爪を杖で防御して、肩での当身をフッと吐いた息を共に打ち込んだ。
 その中りは、まるで巨大な木芯で放たれた突き。
 まだ地に脚が着かない、空中の青葉に打たれた当て身は、彼女の躯を吹っ飛ばせるだけの力があった。
 地に叩き下ろされたように倒れ込む青葉には、何が起こったのか全く解からないと言った様子。
 とにかく、自分は攻め負けたということしか解からなかった。
 だが何より凄いのは、相沢がした直前の体捌きと当身まで持っていく腰を落としての潜り込みにある。
 明らかに武術の基本動作、それも近接での闘い方が躯に染み付いていた。

「元気なのは良いことだ。それに瞬時に物事を判断して最善の方法を考える才能もある。けど」
「――――闘い方が雑過ぎるとでも言いたそうね」

 すぐさま立ち上がった青葉は、脇腹を押さえて続きを言う。
 おそらく言われるであろう相沢の言葉を先読みして。

「そ。………最善を考えても、攻撃方法が少し大雑把だ。もう少し回り道をしてもいいんじゃないか?」
「………………五月蝿い黙れ。言われなくても解かってるわ」

 それとも何? 私なんかご教授しなければ闘う意思すらないというの?
 青葉のそんな苛立ちが籠もった物言いにも、表情を崩すことなく淡々と相沢は答える。
 迷いもなく「いや、単にそう思っただけだから」と。
 少なくとも余裕の発言に変わりはなく、青葉はついに覚悟を決めた。

「春花。少しくらい暴れても構わないから、そこの名ばかり・・・・の拳王と遊んでなさい」
「おけー。あっちの男はどうするか、アオバ?」
「………ふん。あんな小物放って置けばいいわ」

 春花の顔など見向きもせずに、青葉。
 大きな怒りを乗せた凝視は、敵である相沢を捕らえて離さない。
 青葉のそんな気持ちを知ってか知らずか、一つ返事で足を“そちら”に向ける春花。
 釈然としない表情の拳王へと。

「……………やはり一筋縄ではいかないようね。司の言うことも偶には当てになるじゃない」

 癪だけど、なんて最後に繋げる青葉の表情はほんの少し穏やかだった。
 本心ではない本来の天邪鬼な性格が垣間見えた瞬間が、そこにあった。
 そして、魔力で生成した手の掌の炎を消して、不敵に微笑みながらこう言った。

「アナタのその余裕。必ず剥がしてあげるわ」











「…………………私、が………名ばかりの……拳王………です、って…………」

 握り締めた拳を震わせながら、香里は叩き付けられた侮辱の言葉を復唱する。
 眠るように深く閉じた双眸で一体何を考えているのか、それは本人にしか解からない。
 必死に理性を抑えようとしているのか、闘うために精神を集中しようとしているのか。

「……………冗談、じゃないわ…ッ」

 その強い意思に呼応するかのように、意識して抑えていた魔力が次第に露になる。
 そこに遠慮は微塵も存在せずに、高まる魔力に闘志もそれに応える。
 ………いや、それはおそらく逆だろう。
 意思が闘志に伝達され、応えたのが魔力なのだろう。

 ゆっくりと見開いた瞳で視界に映すのは他の誰でもなく唯一人。
 ――――高屋敷青葉。

「………ッ!?」

 豪腕で振り下ろした巨斧が斬り裂いたような低い風音。
 それを感知した香里は靴の上から足の指で床を掴むように力を入れて、真横に跳んだ。
 受け止める…………そんなこと思考するまでもなく、回避しなければ危険だと経験が告げていた。

 ――――瞬間、轟という音が香里の耳に聴こえた。

 神経を通さずに、脳からの命令はなしに、無意識のうちに、躯は動く。
 着地した足首を軸にして回転させ、香里は有り余る闘志を剥き出しに攻撃態勢に移っていた。
 ギラ付いた瞳で見つめるのは紙一重で躱した踵落とし――――ではなく、その先の春花。

 躱すか否か。その境界線は唯一つ。無に等しいほど刹那に感じる時間。

「まだ終わらないよ」
「……ッ」

 その言葉通り、春花が掲げた手には魔力が集まる。
 長い詠唱を全く必要としない、ド素人が最初に覚えるような超初級の攻撃魔術の一つである。
 体外に搾り出した魔力を四大から成る元素に変換して放つという、至極簡単な攻撃方法。
 春花の手には魔力が具現化した、何にでも浸透するような薄色の風の刃が存在していた。
 それは視認できる無数の真空刃。

 ――――――この、遠近の不得意がないバランス型タイプ…ッ!?

 数歩後ろに下がり、香里は春花のタイプを見極める。
 半身構えで隙があまり見られない武術の型に、無数の風系統の攻撃魔術。
 しかも、遠距離可能な攻撃魔術の一番の代表例でもある風。
 様子見として距離を取ったが、果たしてその判断が良い結果に結んだのかどうか香里は一瞬悩む。
 最初香里を襲った竜巻のような風乱舞も、今考えれば春花の魔術だと解かる。

 どうする、どうする、どうする………。
 その言葉だけが躊躇した香里の頭を延々と駆け回る。
 今ある距離を縮めて得意の接近戦に持ち込むのか、それとも相手の魔術を捌きつつこの距離を保つのか。
 だが、その答えを出す前に、春花が動いた。

 手――――というより、腕自体を真横に薙ぐ春花。
 その動作が魔術発動の決め手になったのか、真空刃は一つ残らず一斉に乱れる。
 真っ直ぐ最短経路を辿り香里に向かう刃があれば、大きな弧で目標を見失ったように放物線を描く刃もある。

「せえ――――」

 真空刃の背後。
 薄色の風の影に隠れるように、春花は溜めた足を蹴り出し、真っ直ぐ進める。
 風に着かず離れず、何より、唯速く猛進する。

「………これで、牽制のつもりッ!?」

 半身の躯のまま両手を段違いに構えて、香里。
 その諸手にははっきりとした赤が腕を満遍なく纏っていて、踊る。
 薄色の風に合わさるように、全てが交わることが運命付けられていたかのように、踊る。
 赤の軌跡が空を縦横無尽に踊る演舞は、迫る風に蛇の如く絡みついて、その全てを例外なく叩き弾く。
 上半身だけで“振り”を舞った香里は、畳の上を摺り足で歩むように一歩踏み込んで、一言。

「吹っ飛びなさい!」
「――――のッ!!」


 ブンッ!


 肩の位置から真っ直ぐ放たれた赤の拳は、無情にも春花の服を掠めることすら適わない。
 寸前のところで低く潜った春花は、刺突のような拳を躱して更に一歩踏み込む。
 二人の躯がぴたりと密着しそうなほどの距離から、最速の一手。
 両肩から腕先に巡った力を、手の掌から突き放つ。

 ――――諸手での双掌。

 香里の両脇を確実に捉えた掌底は《剄》を含み、衝撃を内部に振動させ、臓腑を破壊する。
 肋骨は所々罅割れ、内側に捻じ曲がる。

「く……ああぁぁぁッ!!」


 ズン!!


 痛みを訴える叫びがその耳に入っていないのか、春花の動きはまだ止まらない。
 一瞬引かれた両腕が、もう一度同じ箇所を衝く。
 連続で衝かれた衝撃だが、今度は《剄》を含む掌底ではなく外部そのものを破壊する双拳。


 ゴキッ!!


「ああぁぁぁあぁぁ――――――ッ!!」

 苦痛に歪む顔は、言葉を最後まで出させてくれない。
 目元に皺が寄り、口は開いているはずなのに、何故か声は発せない。
 内部と外部に受けた衝撃が言葉すらもぶち壊したように、香里はただ痛みに悶えるだけ。

 肋骨はぽっきりと折れ、曲がった先端が内臓を刺す。
 そこに我慢することなど出来るわけがなく、香里は狂ったように言葉にならない言葉を叫ぶ。
 まるで、盲目であるかのように、ふらふらと行き場を失った足取り。
 目的地は存在しなく、その足はただ彷徨う。











「ふん。安い挑発だ」

 折原は自らを小物だと罵った青葉の意図を理解していた。
 青葉の放った言葉が軽い挑発だとすぐさま判断して、今はとりあえず現状を見守ろう、と…。
 おそらく、青葉と春花の二人は折原が思っていた以上の強さを持っているのだろう。
 折原一人がどちらかに参入しようと、事態は何ら変更しないことを青葉は理解した上で、挑発したのだから。

 ――――――だが、相沢アイツだけはこのまま終わらせねぇ。

 納刀した鞘をぎゅっと握り締め、固く誓う。
 昂ぶる気配を波風立たない水面のように殺して、地を滑るように歩む。
 一歩、唯ゆっくりと。
 一歩、唯真っ直ぐに。
 気配だけでなく存在さえも希薄。
 視えているのに、視えていない。

「――――黒に集え 常世に存在す数多の――――――チッ!?」

 鞘から素早く抜刀。
 その速さ、刹那の如く瞬を超えて。

「クソがぁ!!」

 詠唱を途中で中断しての、袈裟斬り。
 舌打ちと苛立ちを籠めた言葉と共に断ち切るは魔力を孕んだ気配。
 ………いや、それは攻撃魔術、そのもの。


 シュウゥゥゥ………。


 魔力の塊でもある火炎球は超速の一刀にして、見事に断ち割られた。
 真っ二つに分断された魔力は、まるで空気に混じるように霧散し溶ける。

「…………ち。また貴様かよ」
「悪かったですね。不本意でしょうが我慢してください」
「で? 今更何の用だよ、負け犬魔術師が」
「えぇ――――」

 普段通りの何てことない表情のまま、無手で再び*wヘ光を生み出す。
 諸手で生成する数は、ざっと三つ。
 美汐の周囲を一定の間隔で周回する魔力光は、宛ら発光体に群がる夜光蝶のよう。
 魔力光の発する光は勿論だが、魔力の桁で言えば彼女の持つ光に敵う筈がないのは至極当然。
 なぜなら、

「――――――少しばかり復讐リベンジを」

 彼女は人の持つ魔力・・・・・・を遥かに凌駕しているのだから。


 不敵に微笑む―――はっきり言って全然似合ってないが―――と、それを皮切りに両手と口が忙しなく連動する。
 片手は闘技場の天井を突き刺すように天空へと掲げ、指先で魔方陣を描き始める。
 微かな魔力を指先から徹して美汐の頭上に生成するのは奇怪な二重円。
 その一方で、別の手は真っ直ぐ前方を向いて、的を射ている。
 敵という唯一つの的を。

 一つ。二つ。三つ。
 周回していた三つの魔力光が、それぞれ水と風と土の元素へと変換されて速射する。
 時間差攻撃など考えていないように、火以外の三つの攻撃魔術は特攻する。
 水の元素へと変換された魔術は、凝固作用をしたように鋼鉄の氷柱へと。
 風の元素へと変換された魔術は、春花のそれより遥かに大きな風刃へと。
 土の元素へと変換された魔術は、大人の顔よりも大きく分厚い岩塊へと。
 その全てが決して交わることなく唯一点に集束する。
 導かれたように。意図的に差し向けられたように。それぞれが競争するように。
 …………まぁ、彼女の狙いが其処なので当たり前なのだが。

 両手は異なる行動を取っていて、更にそれは無駄なことをしてるわけではない。
 現状の攻撃をしつつ、後手のための高度魔術を考えている。
 ――――魔方陣と魔術変換。
 この二つを同時に頭の中で進行させて動作を手助けしているというのに、彼女は更に異なる動作を行った。
 それは、


「――――東に雷龍 西に麒麟 南に鳳凰 北に大亀
     御手の持つ小さな奇蹟ヒカリを、瞬刻セツナだけ我に貸したもう――――」


 魔力増幅に於ける高等詠唱である。
 詠唱工程が短く簡単な初等詠唱ではなく、より工程を踏み、より精神集中を必要とする、より高度な高等詠唱。
 それにより魔力増幅の桁は段違いに変わるだが、それを三種の行動と同時に行うとは………。
 一端の魔術師では到底不可能の領域であり、はっきり言って尋常ではなく異常の他ならない。
 だが、それでも、

「………………へ、もう一度やられたいらしいな」

 折原は驚いた様子など微塵も見せずに、三つの攻撃魔術に向かって疾駆する。
 倭庵独特の特殊法で精製された黒塗りの鞘から抜かれた、刀身までも全てが黒で塗り潰された刀。
 それは本当に黒い、真黒の翼。
 鋭く磨かれた黒の片翼は最小の払いで以って水と風の攻撃魔術を斬り裂く。
 風を裂く音は全く聞こえず、耳に届いたのは固められた水が分離する音だけ。
 一瞬の遅れで追撃してきた土の攻撃魔術。

「………そーらよっ!」

 もう一つの黒い片翼。鞘。
 瞬時に逆手に持ち替えたそれで、何の躊躇も感じさせずに分厚い岩塊の中心を貫いた。
 折原は尚も前に進むのを止めずに、地上を翔ける翼を左右に開いて更に加速する。
 彼が持っているのは、刀と鞘で一対になる黒い両翼。

 ――――『一太刀五年』という言葉が倭庵には古来より伝わっている。
 それは文字通りの意味を持ち、一太刀を完全に極めるまで丸五年の時間を要するということである。
 太刀を“振るう”と“極める”は全くの別物であり、その太刀に於ける全てが違う。
 威力は上半身の筋肉に影響するが、速度はそれまでの修練の賜物が全てだ。
 太刀によっては抜刀から、躯を巡る細胞一つ一つすら敏感に感じ取れるほどの感覚で無駄一つなく太刀を振るう。
 無駄な動作が微塵もなく振るえたそのときこそ初めて極めたと断言出来る。
 ――――――それに至るまで五年。
 たった今折原が水と風の攻撃魔術を斬り払ったのは、そのまさに“極めた”二振り。
 彼が振るうのは太刀ではなく刀だが、若いその身で太刀を振るうことの真意を理解している。
 以上、閑話休題――――。

「……………まだ“あれ”は出さないのですね」
「この程度に“あれ”を出すなんて無意味だろ」
「………そうですか。では、こういうのはどうです?」

 真っ直ぐ折原を見据えていた手の掌をぎゅっと閉じる。
 途端、


 シュゥンシュゥンシュゥンシュゥン………!!


 無風空間に風が舞う。
 斬り払ったはずの風刃が、幾つもに分裂した状態で折原目掛けて襲う。
 三百六十度全方位から集うような無数の小さな風刃。

「――――ち。ざけんなよッ、これくらい――――ッ!?」


 シュパッ……!!


 何ともない……そう、言葉は続きたかったのだろう。
 だが、次に口を吐いた言葉は全く違うものだった。

「…………ッ!?」

 掠めた頬に手を当てる。
 地に落とされた水は散り散りだが、そのある一点から彼目掛けて小さな氷柱が射出されたのだ。
 瞬時に上半身を反らして氷柱を躱したが、まだ風刃が残っている。

「やられたぜ。……だがッ! うおおおぉぉぉぉッ!!」

 腹の底から噴き出した裂帛の気合は、怒涛の連撃の幕開け。
 狭い空間を最大限に利用して軽やかなステップを踏む姿は、決して止まることを知らない。
 上空に大きな弧を描いての斬り上げから、円を描くようにそのまま斜めに斬り下ろす。
 下ろされた後、圧倒的な腕力でもって右薙ぎ。
 固定された軸足を捻り、真横に体重移動するその動きは、右薙ぎに掛かる負担を減らすものだった。
 忙しなく瞳が、腕が、足が、唯の一度も止まることないその躯は、彼を中心とする暴風竜巻。
 真後ろの風刃に鞘での刺突。薙ぎ払い。叩き下ろし。
 円運動しながら折原は全ての風刃を、捌き、弾き、突き刺し、薙ぎ払い、斬り返す。
 その足は最後まで止まることなく、彼は無数とも思われた全ての風刃を、

「これで、―――終いだッ!」

 唯一つの傷を負うことなく切り抜けた。
 微塵も息切れしない躯を更に駆使して、彼は抜き身の刀を納刀して美汐を視界に収めて疾る。
 絶好とも呼べる間合いでの抜刀をブチかますために。
 左手は鞘を。右手は柄を。


「――――――火の中の火 業火を喰らいし爆炎の獣
       其の身は紅より生まれ紅に死す 其は総てを燃やし尽くさん――――――」


 練り上がった魔力と描き終わった魔法陣から、その詞≠魔力に乗せる美汐。
 魔術に於ける出力装置は武具や手の掌など様々だが、彼女のそれは天空へと掲げていた手全体。
 その手にもう一方の手を寄せた後、前方へと向けて気≠放つイメージ。
 限界まで撓らせた弓ごと目一杯引いた矢を放つイメージだ。


焔群之狼フレイ・ド・ウォルフ――――!!」


 彼女にしては吠えるように高々と口にした言葉。
 召喚術と魔術の合成術のような、複合を思わせるように見事に融合している高等魔術を解き放つ。
 練り上げられた圧倒的魔力を一気に全解放してそれ≠放出した。
 躯のあちこちで小さな火種が燻っているのではなく、躯が巨大な炎に飲み込まれたような、一匹の獣。
 熱の衣である炎を纏った唯一匹の中型の狼。
 華奢な両腕の先――――両の手の掌から生まれたその《焔狼》は、隠すことをしない爪や牙を前方に突き立て、
 まるで貪欲に獲物を“燃やし狩る”かのように、一跳び襲い掛かる。

 だが、折原は眼前に広がる《焔狼》を前にしても不敵に笑う。


夢喰ゆめくい――――!!」


 火を纏った獰猛な獣は、たったその一言。
 折原が言ったその言葉一つで姿形残さず無≠ヨと還った。
 いや、正確には言葉と同時に放った鞘での一撃で、消滅しただけだ。
 ………まるで初めから何もなかったかのように。

 強打の力で強引に消し去ったわけではなく、同等の極対魔術をぶつけたわけでもない。
 右手で柄を、左手で鞘を持った両手を回し鞘≠ナ火を纏った獣を薙いだだけに過ぎない。
 そこに衝撃は存在せずに、触れた瞬間に文字通り消滅。

「な――――っ!?」

 だから、美汐も驚きの声を挙げ、そこに隙が生まれた。
 今までに対応してきた他の誰とも違うその対応・状況に、しばし混乱せざるを得ない。
 それは解かるが、武具持ちの戦士と武具を持たない魔術師との間合いを、このとき彼女は完全に忘れていた。
 魔術師である彼女は、常に一定の距離を保ちつつ魔術で応戦しなければならないはずが、足が止まっていた。

 鞘で魔術を消し去った後、すぐさま次の行動を取り、迫ってくる折原。
 やや遠い間合いから、刹那の一閃。


 ――――――我流黒鮫 がりゅうくろさめ刀鞘一体 とうしょういったい変異抜刀 へんいばっとう


 腰ではなく、鞘を持つ手を胸辺りまで上げての、抜刀。
 上半身と下半身の境である腰を捻り、それを戻そうとする反動・遠心力を利用して、最速で抜刀する。
 そうして抜かれた刀は、黒塗りの刀身にも関わらず魔力独特の光が奔っていた。
 風刃を捌いてたときには見られなかった、鮮やかな光沢が今ははっきりと存在感をアピールしている。

 ――――――この光は………魔力ッ!?

 それも、美汐が先ほど放った魔術《焔狼》と同等の魔力・・・・・を、抜かれた刀・・・・・から感じる。
 一瞬にして、魔力武具ではないモノが、魔力を持つ武具へと変貌した。

「…………今度こそ、死にねむりなッ!!」

 生き残す気は毛頭ないとでも言うべきか、全力で斬り掛かる折原。
 高めから抜刀した刀を最上段から真下に叩き下ろすように、隻碗に宿る力全てを駆使して斬りつける。
 まるでブッた斬る武具は刀ではなく巨斧であるかのような重圧が美汐を襲う。
 黒い残光の軌跡を描きながら、魔力を孕んだ刀は唯猛然と斬り掛かる。
 全ての風の斬り裂いて辿り着くのは彼女、天野美汐。

 ――――――ったッ!!

 そう思った折原。
 それは自分の力による自信からの確信か、そうなって欲しいと願う気持ちからの願望か。


 ガキイイィ―――ィィンッ!!


 折原が《変異抜刀》で美汐に攻撃するのは本日二回目・・・・・になる。
 先ほどは致死に到るまでの傷ではなかったから、傍観していた相沢に治癒を施された。
 では、どうすれば殺せるのか…?
 答えは実にシンプル、単純明解。
 …………一撃で命そのものを断てばいい。
 今のは、だからこその一振りだった。

 ――――だが、
 ――――なぜ、

「………………キ、サ…マァ…!」

 魔力を帯びた刀は美汐に一切触れてはなく、折原と彼女の間に割って入った一人の男によって邪魔されていた。
 突然吹いた風のように現れて無慈悲に彼女を蹴飛ばしたその男、相沢。
 呆れと憂鬱が入り混じった表情の彼は瞬く間に杖に魔力を灯して、魔術を行使する。
 それは物語っていた――――――仕方ないな、と。
 そうして自身の周りに張った対魔力防壁マジク・バリアと魔力で鋼鉄化した木彫りの杖で、魔力刀を物理・魔力の両面から防ぐ。

「――――何故だッ!? 貴様は一体何者だッ!! 答えろッ、相沢!!」
「………ぐっ、そんな意気がんなよ」

 刀の威力、魔力の堅さ、折原の重量。
 何より折原自身の気迫が全てを上乗せするかのように凄まじい重圧となっていた。
 血圧上がるぞ、なんて苦し紛れで減らず口を叩く相沢の声など、全く入ってないような折原。
 それに反応するように、ピシリと音を立てて薄皮の対魔力防壁に小さな亀裂が入る。

「……………ち。このままじゃ持たない」
「何故それだけの能力を持っていて無名だッ! 答えろッ!!」

 折原所属の倭庵では、花遠で要注意人物として挙げられていたのは、三人のケンオウと一人の女性だけだった。
 世界でも屈指の諜報部隊が集まる倭庵の情報が間違っていたというのだろうか。
 おそらくこの相沢の男はケンオウに負けず劣らずの実力であることは既に判明している。
 それどころか、更に上を行く強さの可能性が濃くなってきた。

「ぐ―――、ああぁぁぁああ――――ッ!!」
「……………………限界…が、近い。このままじゃ、……腕ごとられる」

 獣の雄叫びのような激しい咆哮と共に、鍔迫り合う刀と防壁に包まれた杖が音を立てる。
 刀が押す度に防壁からは一つ、また一つと罅が入る。

 二人の会話は成り立っていない。
 既に対魔力防壁の亀裂は半分以上にまで達していて、これが破られるのは時間の問題だった。
 腕力と魔力で押し斬られるのは、それほど遠くない。

「………も、もう――――」

 ――――限界だ。とは続かなかった。
 なぜなら、

「――――はあぁッ!」

 冷静さを取り戻して状況を把握した美汐が相沢の援護に回ったからだ。
 瞬時に放つ魔術は高威力のものでなくても良い。
 たった二本で支えている、その両足のどちらかの機能を暫し奪ってやれば良いのだから。

「ッ!? クソったれがッ!」

 大地を踏みしめている両足の内の片方。
 それを簡単な攻撃でもして、体勢を崩してやれば良いだけだ。
 …………そして、その思いは上手く成功した。
 鋭利な刃物と化した真空刃が折原の足を襲うが、咄嗟に刀を水平に流して、その足で真横に跳んで躱す折原。
 それを見計らってから、相沢も後ろに下がり間合いを取る。

「――――相沢さんっ!!」
「あぁ、大丈夫だ、天野。……にしても、お前でもそんな慌てることってあるんだな。初めて見たかも」
「……い、今はそういう冗談を言ってる場合ではなくてっ…!」
「賢王の言うとおりよ、アナタ。逃げてばかりで少しは闘ったらどうなの」
「……………………そう言われてもな――――ん?」

 遅れて追って来た青葉が文句を言うが、相沢は特に気にした様子もなく闘技場に入る扉に目をやっていた。
 いや、扉に立っている“女性”を見ている。
 息が切れていることから、おそらくつい先ほど着いたばかりのその女性は、険しい表情をしていた。


「―――――――――秋子、姉さん」


 女性の名は、水瀬秋子。
 彼女は相沢の姉の昔馴染みでもあり、この冬転校してきた彼の面倒を看ている花遠養成学校卒業生である。
 僅か五年前に卒業した彼女は現在、その花遠養成学校の講師を勤めている。

「へー、そうか。アンタがあの・・水瀬秋子さんってわけか。色々と聞いてるぜ」
「…………ケンオウを遥かに凌ぐほどの実力者というのは本当なの…?」
「…………んー、ホントに強いかなー。試してみる価値はあるかもね」

 倭庵、高屋敷からの使者は知っているようだ。
 花遠で生まれた奇蹟の体現、特異能力者【水瀬秋子】の名を、彼らは耳にしたことがあるようだ。
 その噂は現在養成学校最強の名を欲しいままにしているケンオウ以上だと各国に知れ渡っている。
 折原が聞いた要注意人物というのが三人のケンオウと、彼女・水瀬秋子である。

「…………………倭庵はやはり情報網が流石ですね。動き出すのが早いです」

 折原の鞘に彫られている紋章を一目見てすぐに察したのだろう。
 深呼吸を一回した後、しっかりと息を整えてから一歩折原に向かい歩く。

「それとも、上からの命令ではなく個人的用件なんですか――――――退魔士ウィザード・バスターさん…?」
「――――ッ!?」
「ふふ、そんな驚く必要ないですよ。その黒塗りの鞘と刀身を見れば解かります。
 …………それが有名な刀匠【志摩月暁しまつきさとる】作、刀鞘一対の一振り『黒鮫くろさめ』………なんですか」

 倭庵と同様に、花遠にも情報が入っていた。
 黒一色の鞘と刀を持つ者、四峰には及ばないが要注意人物を。
 魔術師に於ける天敵の術を持つ彼には、おそらく賢王ですら歯が立たないことも解かっていた。

「魔術効果を完全に吸収≠キる鞘を持つ、対魔術師のスペシャリスト。情報通りですね」

 ここで、高屋敷の春花と美汐が折原を見るのを秋子は見逃さなかった。
 二人はおそらく初耳だったのだろう、驚きの顔をしている。
 そして、先ほどからずっと敵対心をぶつけてくる青葉に向かうと同時に、一目美汐を見る。
 …………何かを目で伝えた。

「………貴女方が高屋敷の人たちですね。小国でありながらも最近序々に勢力を強めてきた彼≠フ同志……」
「姉さん、高屋敷に知り合いがいるのか?」
「……えぇ、一人だけ知っています。…………尤も、彼の本気は不明ですけど」
「ねーアオバ、どっちだと思う?」
「………………さぁ? 別にどちらでも良いわ」

 しばらくの沈黙の末、出た言葉は抑揚のない声。
 考えるのが面倒くさいだけなのか、それとも全く興味ないことなのか………兎に角、春花の問いに答える青葉。
 この瞬間、美汐は一人苦しむ香里の容態を看ていた。
 秋子は一人青葉と春花、折原の注意を引いているのだ。
 魔術師としての素質、魔力の大きさ、冷静な対処がこの中の誰よりも出来ると踏んだ美汐にそれを頼んだ。
 一目アイコンタクトしただけだが、彼女はその意味を瞬時に察知して行動に移した。

「それにしても驚きましたよ。まさかゆういちさん≠ェこれほどの魔力を隠し持っていたなんて」
「…………あー、やっぱ離れてても俺の魔力って解かるもんか」

 実力を隠し通したかったのか、彼【相沢】は「あちゃー」なんて言って、小さく舌打ちをする。
 その表情は何てことない、無邪気そのもの。
 だが、他国の三人は皆それぞれ目を見開いて、何かを言いたがっていた。

「……………おい、今なんて………言った…?」
「………ゆう、いち…? そう、言ったの……かしら?」
「まさか…………あの……ゆういち…?」

「……相沢さん?」
「どういうことですか?」

 耳を傾けていた美汐、その場にいた秋子は何のことか解からず不思議な顔をする。
 彼の名前がゆういち≠セとしたら何かあるのだろうか…?
 そういう思いが二人の頭を駆け巡る。
 だが、結局のところ、何一つとして思い当たる節が見つからない。

 折原、青葉、春花はどこか恐怖を訴えるような視線を彼に送りつけていた。
 先ほどまで苛立ち、憎しみをぶつけていた折原や青葉の態度は思いっきり急変していたのだ。
 それはやはり相沢の名前がゆういち≠ニいうことが関係していると断言出来る。

「情報網が凄い倭庵の折原は兎も角、高屋敷の二人までもが知っているとは思わなかったな」

 長い間騙して来た大事な秘密が漸くバレてしまったかのように語る。
 閉じた双眸と、肩を上下に揺らせて不敵に低く笑う声はどこか得体の知れない誰かを想像する。

 ――――ゾクリ。

 聞こえるのは生理的に悲鳴を上げた肌。
 天野美汐、水瀬秋子の二人は、未だ嘗て見たことない相沢の笑いに冷たさを感じる。
 凍らされた氷で背筋を撫でられたように鳥肌が、それでいて嫌になるほどの悪寒が、皆を走らせる。

「相沢と言うのは、かーさんの旧姓さ」
「………………やはり、そういうことなのね。アナタはあの……」

 その続きの言葉を言うのを躊躇う青葉。
 認めたくない………その感情が、本来出すべき言葉を見事に停止させている。
 だが、その願望とは裏腹に、本能ははっきりと告げている。
 ………………それは真実だと。

「………アイは……あの、ゆういち……なの?」
「あの、っていうのがどれを指しているのか解からんけどな。たぶん、コイツはそれだろう」

 それは世界でも極少数の存在にしか情報公開されてない話だ。
 世界では珍しく、グループという連盟・同盟・集団を組まず唯の身内だけで構成される唯一つの個=B
 誰とも関わりを持たないことで自らの技術を高め、生涯魔術の鍛錬に生きる異常の家系。
 その知識は、群れを成した魔術師協会を凌ぐ最高レヴェルだと云われている。
 だが、それはあくまで知識に関してだけだ。
 魔術師としての才能・資質、予め持っている魔力の大きさ・桁。
 それらを総合させるとその家系は、協会最高レヴェルには劣るとされている。
 ――――唯一人を除いて。
 その家系最古の魔術師【幽一】だけは例外だった。
 知識や魔術師としての才能・資質、産まれ出でたときから多大な魔力を持っていたという。
 以降、代々その家系では総合して類稀ない魔術師としての能力があるものには【幽一】と名付けられた。
 他国の三人が驚いたのは、おそらくそれに違いない。
 ここ三百年ほど産まれなかった【幽一】襲名者の出現に。

「…………そ。認めたくはないけど俺はアイツ≠フ息子さ。だが、俺の名は――――」
















「白河祐一」










 心底憎らしそうにアイツと、この場にいる誰もが知らない親のことをそう呼び捨ててから彼は答えた。
 最も可能性ある忌み名である【幽一】ではなく、彼が持つ名である【祐一】と。
 奇しくも名誉ある先祖の名である【ゆういち】と同じ読みの名を。

 輪廻は転生することなく、名は彼自身の歩みを望んでいた。










 (物凄い長い)あとがき

 初期プロットの2/3ほどしか書けませんでしたので、聖剣の在り処自体は全然進んでません。
 そんなこんなでAct02前半です。

 舞と佐祐理さんの戦闘描写は書いてはいけない理由があったので、次回に持ち越し。
 ちなみに舞の技は全部あのような名ですので「俺的設定と違う」や「舞はやっぱ漢字読みの技だろ」
 などと言ったツッコミは遠慮願います。
 舞の武器は『片刃の刀』ではなく『両刃の剣』ですので、西洋の武器に漢字名は合わないと思うのです。

 今回の話のメインは浩平VS美汐、そして秋子さん。
 ここで前回、何故香里と美汐しか出なかったか解かったと思います。
 祐一の呼び名が、この二人だけ苗字だったからです。
 秋子姉さんという設定は単純に私の趣味です。妄想です。文句は言わせません。

 魔力増幅というのは、人が持つ総魔力を増幅するものとは別の魔力増幅です(ややこしい
 攻撃時に練られた魔力を放つのですが、この練る魔力を相乗させる効果を持ちます。
 それは魔術自体の威力を高めるだけでなく、詠唱に到るまでの時間の短縮にも繋がります。
 ですが、その副作用として魔力増幅中は、人が持つ総魔力がどんどん減っていくという諸刃の剣。

 先日、とある方から浩平の口調についての質問を戴きました。
 ずっとあのままの口調なのですか? と訊かれたのですが、それについて。
 確かに原作の浩平というキャラはどこかふざけている口調でしたが、
 前回と今回の話では真剣さ漂う戦闘シーンなので、このような口調にしています。
 生死を分ける戦闘中にふざけた行動や口調を取るのはどうかと思ったので、このようにしました。
 まぁ、それでも「こんなの浩平じゃない」という人がいましたらすいません。

 そして最後に祐一の苗字である白河はどの版権から持ってきたものなのか。
 D.C.の白河ことり?
 水夏の白河さやか?
 MemoriesOff2ndの白河ほたる?
 同作品の白河静流?
 おそらく考え付く版権モノはこれらが多く占めると思います。
 この中からか、それとも違う別の版権からかはまだ秘密です。

 前回感想メールを戴いた中に、聖剣戦争の元ネタについて教えて欲しいという言葉がいくつかありました。
 この元ネタは『風魔の小次郎』という昔の漫画から引用したものです。
 あの『聖闘士星矢』を描いた車田正美さんの漫画です。

 そして、今回もパロったネタを使ってます。
 龍と麒麟、鳳凰、亀の四聖獣ですが、これらを選んだのにも、方角にもきちんとした理由があります。
 分かる人には分かると思いますが、今十代の若い人には分からないと思います(苦笑
 まぁ、物語には何も関係してないので知っていなくても特に支障はないです。



 ――――――以下、設定や解説。

D.C.

 一年中桜が咲いていて、絶対に枯れることない桜が目玉の小さな島国。
 高屋敷より規模が大きいが、それでも花遠や倭庵と比べると人口は少ない。
 一昔前まで生きていた長老と呼ばれる管理者は、魔法を使いこなせるほどの魔法使いだったと噂されている。
 現在では習得方法や要魔力の大きさの関係上、ほとんど見ることがなくなった魔術の上を行く魔法を。
 今では新しい管理者の下、選りすぐりの部隊を結集させつつあるらしい。
 風の噂では、その管理者は歳の割りに子供のような背格好だということだ。



退魔士

 倭庵で呼ばれている折原浩平の別名。
 二つ名のような大層なものではなく、いつの間にか親友からそう呼ばれていたことから、
 次第とその呼び方が世界に浸透しただけに過ぎない。
 対魔術師用の侍……の対魔士ではなく、魔術師を退治するのにこれ以上ない人選という意味の退魔士らしい。
 そのことを親友から聞いた浩平は、正直思った。
 ――――別にどっちでも同じだろ、と。



志摩月暁

 現代に生きる最高の刀匠。
 髭をたっぷりと生やした、自分勝手で傲慢で大食らいで大酒飲みで何より女好き。
 例えどこかの国王相手でも、自分が気に入った人にしか依頼は受けない頑固一徹なクソ親父。
 気に入らない人にはとことん冷酷だが、気に入った人にはとことん馴れ馴れしい。
 その判断基準は本人しか解からない。
 刀鍛冶としての腕は超が付くほどの一流だが、彼を良く知る人はこう言う。
 現代に生きるセクハラ魔人だと。



黒鮫

 志摩月暁作、黒塗りの刀と鞘で一対になる武具。
 その鞘には特殊な技法が施されていて、魔術効果を完全に吸収してしまう魔術刻印が刻まれている。
 鮫肌のように細かい模様のような魔術刻印があることからそう名付けられた。
 ちなみに、これは聖剣ではない。
 志摩月暁が作った武具は全て一般に出回っている武具よりは優れているが、聖剣には及ばない。
 所詮、最高の刀匠と言えど、彼も一応人間ということだ。



EagleClaw

 剣王・川澄舞の遠距離での波動攻撃技。
 その名の通り、鷲の爪を彷彿させるような低く鋭い横薙ぎ。
 捻った躯から腕を振るので、二百度以上に渡る超扇形の真空刃が全てを薙ぎ開く。
 これは舞の持つ剣『Claw』と舞自身が放つ気が合致してないと打てない非常に難しい技である。
 ちなみにこの技を放つときに技名を口に出したのは、単なる癖だから。
 魔術を必要とする技ではないので、態々口に出す必要はないのだが、昔からの癖なので中々抜けないらしい。
 舞の持つ剣も『黒鮫』同様、志摩月暁によって作られた武具の一つ。



黒に集え 常世に存在する数多の魔力の欠片よ

 浩平が紡ぎたかった、黒鮫固有魔術の詠唱。
 黒鮫を媒介として、独自の攻撃方法を持つオリジナル技。
 刀技や魔術、そのどちらにも該当しない固有技。
 大気に存在する魔力から少しずつ魔力を刀身に集束させて、その衝撃波を放つという技である。
 詠唱後、どれだけ溜めるかで威力が全然違う、どちらかと言えば個人戦向きではなく集団で発揮される技。
 敵の足止めがない限り、全く使えない技に成り得るからだ。
 DBに於ける元気玉の魔力版と考えてください、とは作者談。



焔群之狼

 四大要素の一つ、火の高等魔術の一種である。
 赤く燃え上がる炎をその身全身に纏った一匹の狼。
 練りあがった魔力をそれに変換するその魔術は、もしかしたら召喚術の理をどこか内包しているのかもしれない。
 木造の建造物などあっという間に炭になるほどの、何百度かに達する高温の炎、鋭い牙、抉る爪。
 火に対する防護壁がない限り、触れることは死を意味するその魔術はある意味地獄の番犬を想像させる。



夢喰

 納刀状態、それを口にするだけで鞘に触れた魔術効果を吸収してしまう優れた魔術である。
 重要なのはこれが魔力を必要としない刀技ではなく、必要とする魔術ということだ。
 故にたくさん使わせて浩平の魔力を零にしてしまえば、これは使用出来なくなるかと言えば、答えはNoだ。
 吸収された魔術効果の内、何割かは体内に魔力として変換されるので浩平の魔力が零になることは有り得ない。
 よって、何らかの方法で浩平魔力が零になってしまってはこれは使用不能になる。
 だが、そんなことは実際にはほとんど起こらないだろう。



我流黒鮫・刀鞘一体・変異抜刀

 これは夢喰に続く派生技である。
 魔術の後に続く刀技であるこの技は、吸収した魔術効果を持った刀を抜刀するというものである。
 構造は不明だが、鞘で吸収した魔力と同等のそれを刀身に宿らせることが出来るのだ。
 この技は、抜刀して魔力を孕んだ刀で斬るだけという単純なものである。
 これによって、物理・魔力の両方の意味で防ぐことが必要となる。
 尚、派生ということでもう一つの技があるが、それはまだ解かっていない。
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