Fate/snow night 雪降る街の幻想曲





外伝 『空虚の魔眼』





『影』と出会った深夜。床に就いた俺は、覚醒と睡眠の中をまどろんでいた。

(あぁ……“またか”)

この状況には見覚えがあった。と言うか、昔は結構頻繁に見ていたのだが、この冬木市に来て

からまったく見ていなかったので妙に懐かしい。

「……そこにいるんだろう、七夜」

「……あぁ」

うっすらと目を開けると、そこは衛宮家の一室……ではなく完全な闇。光も、影も、何も無い世界。

当然だ、ここは“俺の心の世界”なんだから。その中に、もう1人の俺がいた。

「久しぶりだな、七夜。いや、お前も俺なんだから祐一って呼んだ方がいいのか?」

「別に七夜でもいいだろう。『相沢祐一』と『七夜祐一』は同一の存在であり、異質の存在だ。どち

らも間違いじゃない」

「……相変わらず無愛想だな」

こいつと初めて会ったのは、確か親父と訓練してて死に掛けた時だったか。それからまったく変わ

ってない。

「これでも十分愛想を良くしているつもりだ。お前以外の人間には冷酷だぞ、俺は」

「嘘付け。8年前のあゆや舞、名雪、真琴に優しくしてたじゃないか」

ニヤニヤ笑いながら、8年前の事を話す。すると、七夜は顔を顰めて明後日の方を向いてしまった。

「……悪かったな」

「悪かないよ。あれが本当のお前なんだろ? 隠す事ないさ」

俺と同じで、七夜は不器用なんだ。人に優しくする術が分からない。だけど、俺は知ってる。

こいつが優しい奴だって。秋子さんや名雪達に言わせれば、俺も優しいらしいが。

「やっぱり、お前には敵わないな……」

微笑を浮かべて、七夜は俺を見る。俺と同じ顔を見るのは、ちょっと妙な気分だ。

「祐一、覚えているか? 俺達が、この『空虚の魔眼』を手に入れた時の事を」

「……あぁ。忘れるわけないだろ」

目に触れる。俺がこの魔眼を手に入れたのは、




――それは俺が8年前の罪を背負いきれなくて、
自分の部屋で“自殺”した時の事だ。








回想・8年前の相沢祐一の記憶



「……あゆ」

俺は泣いていた。涙なんて母さんが死んだ時以来流していなかった。父さんと修行している時に

も泣いた事なんてなかったのに……。

「……あゆ、舞、名雪」

俺は自分を責める。とても償いきれない罪を、俺は犯してしまったから。許されない罪。俺はそ

れを背負い続ける勇気が無くて、今こうしている。

(祐一、止めろ! あれはお前の責任じゃないんだ!)

「ごめん、あゆ。ごめん、舞。ごめん、名雪。ごめん……、七夜」

そうして、俺は左手に持った『七ツ夜』で、ゆっくりと右手の頚動脈を切り裂いた……。

「……っぁ」

意識が混濁していく。右手の手首から、生暖かい血が流れ出ていく。因果なものだ。みんなを

見捨てた俺に、人間のように暖かい血が流れているなんて。俺にそんな資格なんて無いという

のに……。


バン!


「祐一!」

「……と…さん」

父さんが俺の部屋に入ってきた。きっと、血の匂いを感じたからだ。

「祐一、何で、こんな事……!」

あ、父さんが泣いてる……。あはは、駄目だな俺。父さんまで泣かして。本当、駄目だな……

お……。

(祐一!!)

俺の意識は、そこで途絶えた。







暗い、暗い場所に俺はいた。気が付いたら、ここにいた。なら、きっとここは地獄なんだろう。

今の俺にはお似合いだ。俺に天国に行く資格なんて無い。

「相沢祐一……だね?」

「……ぇ?」

いつからいたのか、俺の前には男とも、女とも取れないナニカがいた。否、それに性別なんて

ないのだろう。人間の形をしてはいるが、本当に人間か分からないのだから。

「誰だ? ここは何処なんだ?」

「最初の質問には答えられない。私にも自分が何者か分からないからね。2つ目の質問には

答えられる。ここは『アカシックレコード』と呼ばれる場所。魔術師からは「 」と呼ばれている

場所さ」


アカシックレコード? 「 」? 聞いた事無い。母さんなら何か知っていただろうか?

「平たく言えば、全ての根源がある場所だよ。君も名前は知っているだろう? 蒼崎青子にゼル

レッチ・シュバインオーグ。…有名な魔法使いの名を」

「……あぁ。母さんから訊いた事がある。第2魔法と、第4魔法の使い手だろ?」

『宝石』のゼルレッチ、マジックガンナー・ミスブルーの名前は父さんと仕事をしている時に良く聞

く。『宝石』のゼルレッチは死徒二十七祖らしいんだけど、人を襲わないらしいから俺の中ではい

い人ランクに位置づけられている。……って、ちょっと待て。

「俺は自分の部屋で手首を切ったんだぞ!? それがなんでここに!?」

「……ここにはね、選ばれし者が来るべき場所なんだ。蒼崎青子とゼルレッチも選ばれた。そし

て、君も選ばれた。その切っ掛けが『自殺』と言う行動なんだ」

「……俺にそんな資格なんて無い」

(祐一……)

そんな立派な人間なんかじゃないんだ、俺は。ただの臆病者で、最低の人間だ。

「君がそう思っていても、世界が君を選んだんだ。それは覆る事はない」

「……」

俺は沈黙する。

「さて、今君は死の淵に立っている。それは分かるね?」

「あぁ。どうせならこのまま死にたいけどな」

「君が傷つけた者を捨てて……かい?」

「っ!?」

そいつの言葉に、俺の胸に掻き毟られる痛みが走った気がした。そうだ、俺は逃げたんだ……。

人を傷つけて、その重荷に耐え切れなくて逃げたんだ。

「……別に逃避は悪い事じゃない。この世界に、逃避をしない人間なんかいない。だけど、君は

まだ償える。それからも逃避するのかい?」

「……俺に、償いが出来るのか?」

「当然だよ。まだ、月宮あゆは生きているからね。川澄舞も自らが生み出した『魔物』と戦っては

いるが、絶望はしていない。水瀬名雪も心に影を落としてはいるが、まだ大丈夫」

あゆが、生きてる……? 死んでない?

「どうする? 君は償いたいかい? 彼女達に」

「償いたい。俺があゆを、舞を、名雪を傷つけた。その償いが出来るなら、俺はなんでもしてやる」

「いい答えだ。彼女達が君に好意を持つのも分かる気がするよ」

それは俺に微笑みを向けた。その顔が女みたいで、俺は気恥ずかしくなって顔を逸らした。

「君に力を与える。償いの為ではなく、君の大切な人達を護る為の力を」

それは俺の方へ歩み寄ってくる。そして、俺の両頬に触れてゆっくりと顔を近づけて……

「うむぅ!?」

――キスをしやがった。突然の事に、俺は反応出来ずされるがままにされていた。

「……ん」

「……〜ぷはっ! な、何すんだ!?」

俺は思いっきりそいつを睨みつける。あと少しで舌まで入れられかけた。父さんが言ってた“でぃ

ーぷきす”って奴か?

「君に力を与えたんだよ」

そいつは唇を舌なめずりした。ぞくっ、と俺の背中に悪寒が走る。これは近所の女の子が俺を見

ている時と同じ感覚だ。

「だ、だったら今までこの『アカシックレコード』に来た奴全員にキスしたのか?」

「してないよ」

……こいつ、俺をおちょくってるのか? 七夜、どう思う?

(お前は……、死に掛けてるって言うのに良くそんな事が考えられるな……)

七夜の呆れた声が聞こえてくる。むむ、失敬な。

「じゃあ、何でキスなんかしたんだ!? しかも後一歩遅かったら舌入れられてたぞ!」

「ん〜、強いて言うなら、君が好きになったから……かな?」

そいつは顔を赤く染めて、俺を見た。

「……お前、女なのか?」

「ん〜、基本性別概念は女よりだよ。生殖器官だって女だし」

そりゃ、女だ。かんっぺきに女だ。

「……まさか、私が人間に好意を持つなんてね。世界は分からない事だらけだね。おっと、根源

が言う台詞じゃないか」

自分で言って、自分で突っ込んでる。今分かった。こいつは、俺のボケのライバルだ。

(ボケのライバルって何だよ……)

うるさい、七夜。俺がそう決めたんだ。でも、力って何だ? 何も変わってないけど……。

「不思議そうだね。君に与えたのは、魔眼さ」

「魔眼……。石化の魔眼か魅了の魔眼か?」

(魅了の魔眼は元々あるだろう)

七夜が不思議な事を言う。魅了の魔眼なんて持ってないぞ、俺。

「いや、空間を制御する魔眼さ。今まで、この魔眼を持っていたものはいない。名前も無いから、

君がつけてくれ」

空間を制御する魔眼……。

「……『空虚の魔眼』。理由はないけど、それがいい」

「分かったよ。じゃあ、そろそろ戻った方がいい。君のお父さんも心配しているだろうからね」

そいつはそう言って、もう一度俺にキスをした。今度は俺も抵抗しなかった。なんだか、そいつの

顔が悲しそうだったから。

「……じゃあね、相沢祐一。出来れば、もう一度会いたいな」

「会えるだろ」

「え?」

俺の言葉に、そいつは心底驚いた風な声を出した。

「父さんが言ってたぞ。『双方が会いたいと思い続けていれば、いつか必ず会える』って」

(……祐一)

「……ふふ、本当に君は不思議だね。ありがとう、少しは気が楽になったよ」

「おう。じゃ、俺行くな」

「うん。頑張って、彼女達を救うんだよ」

その言葉を最後に、俺と七夜の意識は完全に消えた。





「空虚……か」

祐一が消えた空間の中で、世界の根源とも言えるべき存在である『それ』は、悲しいという感情

を表に出して溜息をついた。

「……相沢祐一には『何も無い』。彼の根源はまさしく『空虚』。何もあらず、何も存在しえ

ない。

果たして、彼はそのまま自らの心に飲まれるのかはたまた、彼を救う者が現れるか」


『それ』は暗闇の中へゆっくりと消え去っていった。

――後に残るのは何も無い。

そこは世界の根源。……主がいなくなれば消え去る瞬間虚数空間。

『根源』と言う主を失った空間はゆっくりと崩壊していった。





「………ち!」

……………ん。

「……いち!」

何か、聴こえる……。

「祐一!!」

「……と、さん?」

目を覚ますと、目の前には目を真っ赤に腫らした父さんの姿。その上を見ると、真っ白い天井。

俺には真っ白いシーツが掛けてある。

……病院、だろうか?

「良かった……。やっと目を覚ましたか」

「……父さん、ごめん。俺……」

起き上がり、俺が何か言おうとするのを、父さんは手で制した。

「何も言うな。お前の辛さを分かってやれなかった俺の落ち度だ。……すまん」

「!? な、何やってるんだよ、父さん!」

父さんが俺に向かって土下座している。

「いや、これは俺のケジメだ。お前の気持ちを察してやれなかった俺に対するケジメなんだ」

「……そんな事ない。俺が弱かったせいなんだ。父さんのせいじゃない」

「それじゃ俺の気が治まらんのだ!」

「静かにして下さい! ここは病院ですよ!」

看護婦さんからの一喝で、俺達は押し黙る。七夜一族ってのはこう、なんで女性に弱いかな?

  「……ぷっ」

「はははははは……!」

不意に俺達は笑いあう。勿論、押し殺し笑いでだが。ひとしきり笑いあった後、父さんが真面目

な顔をしてこちらを向く。

「祐一。お前が俺を許しても、俺自身が自分を許せん。だから、殴れ」

「……分かった。行くぞ」

力いっぱい拳を握る。父さんが歯を食い縛り、俺の拳を待つ。大きく振りかぶって、父さんの頬

へ叩きつけ……



ぺちっ。



「は……?」

「はい。終わり」

納得いかなさげに、父さんは俺を見る。それを見届け、俺は横になった。

「父さん。俺、もっと強くなりたい。名雪に、舞に、あゆに償いをしたい」

「……祐一」

そんな俺を、父さんは真っ直ぐと見据える。

「…今はしっかりと休め。快復したら、本気で相手をしてやる」

「……あぁ」

父さんの本気か、どのくらいなんだろうな……。そんな考えを浮かべながら、俺の意識は深く消

えていった。







「もう償いは終わっただろう」

七夜が沈痛な面持ちで俺を見る。だけど、

「そうなのかな……」

俺には自信が無い。俺の償いは終わったんだろうか……。

「名雪達を見ろ。お前と一緒にいる時も、笑えているじゃないか。あゆも、真琴も、舞も、栞も、

香里も、美汐も、佐祐理さんも」

「……それが上辺だけの笑顔だとしたら?」

「いい加減にしろっ!! あんな綺麗な笑顔が上辺だけだと!? 訂正しろ! その言

葉は名雪達に対する侮辱だ!」


七夜の絶叫が闇の中にこだまする。

「…悪い。そうだよな、上辺だけであんな笑顔を浮かべられる筈ないよな」

「やっと分かったか。祐一、あの笑顔の源はお前なんだよ」

「……なんで?」

「は?」

素っ頓狂な声を上げる七夜。なんでだよ、不思議な事言ったか俺?

「あれは楽しいから笑ってるんだろ? 其処に何で俺が関わってくるんだ」

「……お前は一度、病院で神経を診てもらう事をお勧めする」

オイ。それは暗に俺の神経がおかしいと言ってるのか? 自慢じゃないが、俺は人の感情に

は鋭い方だぞ。

「まぁ、祐一らしいけどな……っと、そろそろ夜明けが近くなってきたな」

俺と七夜の世界に罅が入る。それは、まるでガラスに衝撃を与えたかのように次々と拡散して

いき、何本もの光明が差し込めた。

光が俺達の間を区切り、七夜の姿がぼやけていく。

「祐一。俺達は2人で一人だ。お前が死ぬ時は俺が死ぬ時でもあるんだ。それを忘れるなよ」

「……あぁ。でもな、縁起でもない事を言うな。俺は、聖杯戦争で死ぬつもりはない。遠坂や士

郎、名雪やあゆ達を絶対に護り抜く。それが、俺の誓約ゲッシュだ」

誓約ゲッシュ。 それはケルト神話でクー・フーリンらケルト民族が自らに課す言わば一種の枷である。

それを破ったものには皆、例外無くその力を失うという。

「士郎達も、か……。もし、あいつらが敵に回ったとしたらお前は一体どうするつもりだ?」

「言うまでもない」

そこで言葉を区切る。


『――何があろうとも、自らの誓いは果たす。それが、俺の信じる道だから曲げる訳にはいかない。

それが、相沢祐一と言う『人間』伽藍洞が持つ、唯一の『真実』全てなんだ』



まったくの異口同音に俺と七夜はその『言霊』ことばを言う。それは、かつて俺が三咲町での死徒騒

動の際に言った誓いの言葉。

「そうか」

もう七夜の姿は見えない。光が完全に俺達を阻んでいる。

「じゃあな。また会おうな」

「いつでも会えるだろ。心の中に語りかけたら、俺は答えるさ」

違いない、と苦笑してその『夢世界』から俺の存在意識が消えた。

以後、本編に続く



後書きと言う名の座談会(そろそろ名前も飽きてきたw)

祐樹「実は、Fate/snow nightには4個の別設定があったのだ」

祐一「いきなりだな」

祐樹「いいだろ。言いたいんだから。1つはキャスターに逆らって死に掛けたアサシン・佐々木

   小次郎を祐一が助けて自分のサーヴァントにするもの」

祐一「アサシン好きだもんなー。燕返しの時、興奮してたし」

祐樹「この設定だと、祐一は聖杯戦争の事はほとんど知らないのだ。サーヴァントの存在は母

    親から聞かされていたんだけどな」

祐一「へぇ」

祐樹「2つ目は月姫の遠野志貴がイレギュラークラスとして祐一に召還されるもの」

祐一「ありがちだな」

祐樹「まぁな。でも、戦い方が同じだからある意味他のマスター達にとっては戦いにくい相手だぞ」

祐一「直死の魔眼に空虚の魔眼だからな。俺が空間を制御して相手を取り押さえているうちに、

   志貴の直死の魔眼で17分割……おわ、卑怯丸出し」

祐樹「3つ目は祐一自身がサーヴァント、クラス・バーサーカーかセイバーとして召還されるもの」

祐一「セイバーは士郎、バーサーカーの場合マスターはイリヤか?」

祐樹「うーん、そこらへんは設定段階で消えたからなんとも……。でも、凛だったかな多分」

祐一「どちらにしても、俺の戦い方はアサシンだと思うんだが」

祐樹「いいの。『七ツ夜』だって短刀だけど、元は剣なんだから」

祐一「で、4つ目は?」

祐樹「無視か。まぁいい。4つ目は今のと似たようなもんなんだけど、英霊としてジャンヌ・ダル

   ク、那須与一、衛宮切嗣の中のどれかを召還するもの」

祐一「切嗣さん? えっと、上からクラスに直すとセイバー、アーチャー、キャスターか」

祐樹「でも問題発生。俺、切嗣はともかく上の2人の宝具なんて知らんぞ」

祐一「佐々木小次郎と同じ、宝具なしでも良かったのでは?」

祐樹「考えたけど、書ききる自信がなかった」

祐一「ヘタレめ」

祐樹「でも、次回更新の際、ちょっと偽・予告編でも書いてみようかと」

祐一「ページ稼ぎか」

祐樹「悪いか」

祐一「開き直るし」

祐樹「いいだろう? ネタの構想が浮かばないんだから。では、次回更新はかなり遅れる

   と思いますが、気長に待っていてやってください」

祐一「では、今回はこの辺で」

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