4 Fate/snow night 雪降る街の幻想曲 Fate/snow night 雪降る街の幻想曲





六章 剣の騎士、セイバー





 遠坂が俺達の前から去ってから二時間ほどが経つ。壁に凭れかからせている士郎の横に座り、俺

は窓の外から見える月を見上げていた。

 何もする事がない時や、静かに考え事をしたい時は俺はこうやって月を見上げるか目を瞑って寝

転んでいる。横で眠る士郎から寝息が聴こえるのを聞きながら視線を廊下へと戻す。地面には士郎

の身体から流れ出た血がそのままの状態で残っている。


「……心臓を一突きか、良く瀕死とはいえ生き残れたな」


 ランサーが放った一撃は鋭く正確に左胸の心臓を貫いていた。運が良かったのか、寸前で火事場

の馬鹿力が働いたのか分からないが士郎は死んでいない。俺にはそれが素直に凄いと思えた。

 英霊の攻撃を初見で見切ったとも言えるのだ、それがどれだけ凄いか。生半可な鍛え方では不可

能な芸当には違いない。日頃から鍛えていると言っていた士郎だから、出来たのか。

 まぁ、なんにせよ士郎は生きている。それが嬉しかった。


「さっさと起きろ、この寝ぼすけ」


 苦笑しながら士郎の頭を小突く。小さな衝撃で士郎の頭が揺れ、それと同時に変化が訪れる。士

郎の顔が歪み、うっすらと瞼が開いていく。


「士郎、気が付いたか?」


 まだ少し呆けている士郎の眼前に顔を突き出す。寝惚け眼で俺の顔を見つめていた士郎だが、一

瞬で目が覚めたのかびくっと顔を一気に引いた。しかし、士郎は壁に凭れかかっているのだ、その

結果は……



ごんっ。



「……っ〜!」


 うぁ……今のは効いただろう。思いっきり頭を後ろに引いたから、その文壁にぶつかる時の衝撃

も半端じゃない。その証拠に士郎は両手で後頭部を必死で押さえつけている。

 目には薄らと涙が浮かんでいる。


「だ、大丈夫か?」


 士郎の痛みを想像し、俺は顔を歪めながらそう訊いた。きっと、大丈夫じゃないだろうがすぐに

痛みは引く筈だ。槍で心臓を一突きにされた瞬間の死の感覚と痛みに比べれば……。


「っ〜……? あ、祐一か……。あれ、ここ……学校? 何で……!?」


 そこまで言って、何が在ったのか思い出したようだ。ランサーに貫かれた瞬間の恐怖が蘇ったの

か、士郎は軽く震える。そしてすぐに左胸へと手をやる。


「……心臓を貫かれたのに……傷が、ない


 制服の左胸の部分は破れて血塗れだが、体には傷一つついていない。遠坂が使った、あの宝石の

魔力のお蔭だろう。

 今、士郎が手に持っている遠坂の宝石……これをアイツは切り札だと言っていた。予想だが、か

なり昔から魔力を注入し続けていた筈。じゃなければ破壊された臓器の修復、心臓の再生などでき

る訳が無い。

 それと、遠坂の実力もなければ士郎を救う事も出来なかった筈。


「一体、何があったんだ? ちょっと忘れ物を取りにくれば、士郎が血塗れで廊下に倒れてるんだ

から……」


 俺は何も知らない、という事を強調するように言葉を選ぶ。無意識の内にこうやって相手から情

報を聞き出そうとする冷静な思考……それが少し嫌だ。

 心の内での葛藤を知る由もない士郎は、俺の言葉に軽く口ごもる。仮に話したとしても、頭がお

かしくなったのかと思われるのはまず間違いない。校庭で男が二人、槍と短剣で斬り合っていて、

一人が自分に気付き追いかけ、槍で心臓を一突きにされ殺された……。すぐに信じられる訳がない。


「……まぁ、何にせよ士郎が生きてて良かった。何があったかは知らないけど、家まで送って行く

よ。立てるか?」


「何とか……。自分で歩けるよ」


 差し出した手に掴まり、士郎は意外にまっすぐと立ち上がる。が、やはり少し足元がおぼつかな

い様子。それは仕方ない事かもしれない。

 床に染み付いた血を二人で拭き取り、まだ少しふらついている士郎に肩を貸しながら俺達は学校

を出て、士郎の家へと向かっていった。







 士郎に肩を貸し衛宮家へと歩く道の中、俺達は何も話さずにいる。士郎は話す気力がない為、俺

はさっきのランサーの事を考えている為。

 聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントの数は七騎。その中で同じクラスのサーヴァントが呼ばれる事

は決してない。俺のサーヴァントであるオーディンがランサーであるのは本人がはっきり証言して

いる。だけど、アイツも槍を使う事からランサーのサーヴァントの筈。……元々、聖杯戦争にあま

り詳しくない俺では、分かるはずもないか。



 一先ず、その事は置いておくとして。アイツが使っていたあの血の様に紅い槍。情報を限定すれ

ば自ずと正体は分かる。



 多分、アイツはケルトの英雄・クー・フーリンだろう。だとすれば、あの槍はゲイ・ボルク。穿

てば『必ず』心臓を貫く魔槍。因果の逆転を利用した、対人戦闘では究極の威力を発揮する宝具。

 単一戦闘での戦いを得意とする英霊か……あのランサーが聖杯戦争の勝利者になっていてもおか

しくはない。でも、こっちにも反則的な強さを持ったオーディンってランサーもいるんだ。そう簡

単に勝ち抜きさせはしない。


「……っ、鍵、出さないと」


 士郎が緩慢な動きで制服のポケットから、門の鍵を取り出す。いつの間にか、衛宮家に着いてい

たらしい。

 ふ〜む、俺の悪い癖だな。改善しないと。


「……ただいま」


 明かりの点いていない衛宮家に、士郎の声が小さく響く。それに続いて俺もお邪魔します、と一

言断りを入れてから靴を脱ぎ家に上がる。

 今の士郎の状況を言い表すとすれば、満身創痍。それに尽きる。その状態の士郎に肩を貸したま

ま、衛宮家の居間へと連れて来る。居間に常備されているコタツに士郎を座らせて、俺もその場に

座り込む。


「どこか、気持ち悪いとか痛い所とかないか?」


 俺がそう言うと士郎はどこもなんともない、と言って首を横に振った。そうか、と頷いて俺は仰

向けに身体を投げ出す。

 ……それにしても、何度もこの家には訪れているが今気付いた事がある。防御用……否、そんな

大層なものではない。何かしらの警戒用結界が張ってある。よくよく集中すればすぐに分かった物

を……俺って実は集中力散漫だったりする?

 まぁ、それはともかく。これを張ったのは士郎なのか? ……いや、士郎からは微弱な魔力しか

感知出来ないから、とてもこの家に張ってあるような結界を作り出せるとは思えない。だとすれば

この家の関係者か。

 それとは別に、これで分かった事が一つ。俺の目の前にいる衛宮士郎という青年も、俺と同じ魔

術師であるという事だ。


「……祐一、お茶いるか?」


 いつの間にか、士郎が台所の方へと移動していた。ふむ、お茶か……そういえば学校が終わって

から何も飲食してなかったっけ。それにランサーを追う際とか色々な所で動き回ったから少し喉が

渇いている。


「おう、出来れば熱々の緑茶にしてくれるとありがたい……?」


 とそこまで言って、何か違和感を感じた。んー……何だ、この妙な感覚は。何かを忘れてるよう

なもどかしい感じだ。


「緑茶ね……分かった」


 士郎がごそごそと台所の奥で蠢いている。あー、士郎の家にあるお茶って結構旨いんだよな、久

しぶりに飲むのも悪くないかも。……え、士郎が入れる?


「って! お前、何してるんだ!?」


 慌てて起き上がり、台所にいる士郎の所へ一直線に駆ける。俺の突然の大声に士郎は驚いた表情

をして、その後こっちを非難するような目つきをした。


「驚かすなよ、祐一。何してるって、お前がお茶が欲しいって言うから入れようと」


「そうじゃなくてっ。お前、ふらふらじゃないか。お茶なら俺が入れるからっ」


 一体何考えてるんだ! そんなふらふらな状態で無理しようとするなんて……。茶葉と湯飲み類

を士郎からひったくるように奪う。

 茶葉を入れた急須にお湯を注ぐ。蓋を閉めて軽く上下左右に揺らしてから湯飲みにお茶を入れる。


「ほら、呑め。少しは落ち着くだろ」


 手渡した湯飲みを済まなさげに受け取り、士郎はゆっくりと緑茶を飲み干す。テーブルの上には

お握りが数個丁寧にラップに包まれて置いてある。誰かが置いた物らしい。


「落ち着いたか?」


 こくりと頷く。どうやら、足元もはっきりしてきたし視点もはっきりしてきているようだ。士郎

に断りを入れて、テーブルの上のお握りを貰う。

 俺が食べた具の中身は鰹節だった。醤油を掛け、混ぜ合わせておりご飯とばっちり味がマッチし

ている。腹が減っていた俺には嬉しい代物だ。



カランカランカランカラン!!



『!?』


 士郎の家に張られた結界が激しく反応する。驚いた衝撃でご飯が喉に詰まった。必死で喉に詰ま

ったご飯を流し込み、襲撃者の正体を予測。

 ありえるのは士郎を殺そうとしたランサー、奴しかいない。遠坂、と言う可能性も否定出来ない

が、助けた奴を態々殺しに来ることはしないだろう。


「……アイツか


 小さく士郎が呟く。アイツ、とはランサーの事に違いない。次の瞬間、屋敷の電気が落ちた。そ

れで衛宮家の居間は暗闇に包まれる。

 気配が俺と士郎、そして襲撃者ランサーの三つになる。生き残る為には士郎と一緒に逃げるしかないか。


「士郎、お前が使える魔術は何だ?」


「え……? な、何を言ってるんだ……?」


 いきなり俺の口から『魔術』と言う言葉を訊いて、士郎が動揺する。だけど、今はその動揺する

暇さえない。今この瞬間に、ランサーが俺達の命を奪いに来るかもしれないのだから。


「隠す事なんかない。俺もお前と同じ魔術師だからな」


 辺りに視線をやり、警戒しながら俺は士郎に自分も魔術師である事を話す。どうやら、俺が魔術

師だって事に気付いていなかったらしい。最低でも俺の持つ魔力を感知ぐらいしているだろうと思

ったんだが……読み違えたようだ。


「……強化だけなら」


 ……チッ。士郎から感じる微弱な魔力から左程期待は出来なかったけど強化だけと言われ、思わ

ず舌打ちしてしまう。だが、ないよりマシだ。俺なんてその強化すら出来ないのだから、士郎の方

が立派だろう。

 『七ツ夜』を構えて、襲撃に備える。


「なら、何か強化しろ。さっきの奴が来る」


 気配が消えたり現れたりし、上手く場所を特定出来ない。もし襲ってきた奴が暗殺者アサシンのサーヴァ

ントであったとしたら、俺と士郎は既にこの世にいなかったかもしれない。

 それを考えれば、まだ俺達が生き残る術はある。俺のランサーを呼べば助かるかもしれないが、

今注意を逸らせばその瞬間に死ぬ。くそっ、先に呼んでおけば良かった……!


「うわっ、藤ねぇが持ってきたポスターしかない!」


 士郎が自衛隊募集のポスターを手に悲鳴を上げる。そんな物でも今は何かの役に立たせるしかな

い。強化を掛けさえすれば、ポスターでも剣ほどの耐久性を得られる筈だ。


「いいから、さっさと強化しろ! 死にたいのか!」


 いらついて、真琴ばりの癇癪を起こす。俺の叱咤を聞いて、士郎は目を瞑り魔術回路を……!?


「……魔術回路形成……成功。同調、開始トレース・オン


 な、何やってるんだ……? 魔術回路を一から作るなんて、自殺行為もいい所だぞ……!?

 昨日今日魔術師になったわけじゃないんだから、魔術回路を作る必要なんてない筈だ。何で士郎

はこんな真似を……。


「ぐ、が……ぁ! ……全工程、完了トレース・オフ!」


 魔術師としては異常な事をしての強化が終わり、士郎の手に持つポスターが魔力で包まれる。見

た目に変化はないが、ポスターの強度は通常の木刀……否、真剣ほどの強度があると考えられる。

 ポスターの強化が終わってすぐ、共に天井からあのランサーが槍の一撃と共にやってきた。


「士郎、飛べっ!」


 奴が落ちてくる様がスローモーションに見え、叫ぶと同時に俺と士郎は前に転がるようにして避

け、即座に振り返った。


「……よう、お二人さん。また会ったな」


 軽い笑みを浮かべて、ランサーは俺達に話しかけてきた。これから殺そうとする奴に、こんな気

軽に挨拶する奴も珍しい。ただ、その手にはゲイ・ボルクが握られている。

 今度は逃がす気は無さそうだ。


「一体どんな魔法を使いやがった? 心臓を貫いたのに、生きてやがるなんて……。お蔭でまた会

いに来る羽目になったじゃねぇか」


 そこまで言って、視線を士郎から俺へと移す。俺を視界に入れ、奴はにやりと嬉しそうに笑う。

 数時間前、不意打ちとは言え攻撃を当てた俺に興味を覚えていたようだ。


「さっきは世話になったな。傷は治ってるが、この借りを返しにきたぜ」


 俺に斬られた右肩を指差しながら、楽しそうに笑う。

 ……クー・フーリンは勇猛果敢で戦闘を好む、という伝承を訊いた事があるがどうやら本当らし

い。奴の俺を見る目は、新しい玩具を手に入れた子供のように楽しそうだ。本来なら、偉大な人物

に目を付けられれば喜ぶ所だろうが、命が関わる上に戦う相手として目を付けられればたまった物

ではない。


「別に返さなくていい。そのまま英霊の座まで持って帰れ」


 ていうか、正直本当にそうしてくれ。世界の抑止力である英霊とまともに打ち合ったら、命がい

くつあっても足りない。ただでさえ、三咲町ではアルクェイド、シエルさん、秋葉ちゃんの大喧嘩

に巻き込まれたり、琥珀さんの遠野家地下王国に送られて生死の境を彷徨ったりしたのに。


「……はっ、こんな状況でそう言う冗談言う男は嫌いじゃねぇぜ。だけど、運が無かったな。いけ

すかないマスターだが、命令でな。お前らには死んでもらう」


 そこまで言って無造作にゲイ・ボルクを突き出してくる。それを学校で捌いた時と同じく『七ツ

夜』で弾き、士郎を抱え障子を突き破りながら庭に飛び出て、奴から距離を離す。

 抱えた士郎を庭に下ろし、構えを取る。


「……士郎、まかり間違っても倒しに行こうとするなよ。お前の力じゃ、奴には勝てない」


 士郎にはこう言ったが、俺が全力を出し切っても奴を倒せる確率は三割にも満たない。俺の持つ

『七ツ夜』のリーチとゲイ・ボルクのリーチ差はいかんともしがたい。片や短刀片や槍である。

 あまりにも分が悪すぎる。


「…分かった」


 士郎が頷くのを確認し、ランサーの方へと向き直る。奴は壊された障子をまたぎながら、ゆっく

りとこちらへと向かってくる。妙に親父臭い動きだと、こんな状況だが思ってしまう。


「ちっ、お前本当に何者だ? 本気じゃないとはいえ、俺の攻撃を受け流すなんて」


 声は心底信じられないような、しかし表情は酷く嬉しそうな感情を表している。既に、俺達――

正確には俺か――を獲物己の敵として認識しているみたいだな。真っ直ぐ、俺のみを見つめてきている。


「少なくとも規格に当て嵌まるような魔術師じゃないぜ。それに、これから殺そうとする相手の名

前を訊く必要があるのか?」


 ……気配が変わる。さっきまではまだ友好的な態度で接してきていたが、今のランサーからは友

好的な部分は完全に消え去っている。身体に漲る殺気も前日のライダー以上の濃度に染まる。


「……そうだな。じゃあ、そろそろ本気で死んでもらうぜ」


 その言葉が終わると同時にランサーが疾る。これまでと違い、本当に視覚では捉えきれない速度

で、紅い稲妻のような槍の一撃が俺と士郎に向かって打ち出されてくる。



ギィィィィィィン!



「ぐっ!?」


 電撃が走った……否、そんな生易しいモノではない。今のは狙って防いだわけではなく、ほとん

ど生存本能だけが働き赤い軌跡が自分の身体に突き刺さる前に、『七ツ夜』の刃が槍と衝突。

 その瞬間、腕が引き千切れるかと思った。

 数tトラックが出せるだけのスピードで腕にぶつかってきた……実際そんな状況に遭った事はな

いが、きっとそういう風にしか言い表せれない。


「うわっ!」


 そのまま衝撃で吹き飛ばされ、士郎にぶつかり五mほど後退する。痛みを訴える右腕を奮い立た

せ、ランサーを睨みつけるように立つ。

 今の奴の一撃、防げたのは本当に奇蹟に等しい。あんなのを連続で打ち込まれれば、数合も持た

ずにあの世逝きだ……!


「そらよっ!」


 満足に体勢を整える暇もなく、ランサーは再び俺たちに肉薄し、次の一撃を放ってくる。その攻

撃目標は……俺じゃない!? 



ガイィィィィィン!!



「ずっ!?」


 第二撃は、少し離れた場所に移動させられた士郎に向けて放たれた。それを手にしている強化さ

れたポスターで、何とか弾き返す士郎。俺も援護する為に奴に攻撃を仕掛けようとするが、


「そらそらそらそらぁ!」



ギィン
ジャァァン

       ギキィィン
バキィィィィ!




 士郎を攻撃する合間に、俺に向かっても容赦無い魔槍の弾丸が撃ち込まれてくる。俺に攻撃が行

った瞬間に士郎が距離を取ろうとするが、瞬時に槍が放たれていく。

 槍の一撃で軽く吹き飛ばされた俺は、一か八かランサーに向かって突撃を開始する。


「おぉぉぉぉぉ!」


 地面すれすれを移動し、一瞬でランサーの懐へと辿り着く。戻りがない奴の槍が俺に向かって放

たれる。


「喰らえ……!」


―閃鞘・三蹴二斬―



どごっ、どがっ、どぐんっ!



 それを紙一重で躱し、ランサーの両胸、腹部を蹴り上げる。それを受けて少し体勢を崩したとこ

ろに、続けざまに両腕を断たんと斬りかかる。



パキィィィィィン!!



 だが、両腕を断つ為に放たれた二つの斬撃は、全て奴の槍によって防がれてしまった。攻撃を弾

かれた事によって、俺の体勢は大きく崩れ奴に大きな隙を見せてしまう。


「甘ぇぞ、魔術師!」



ドゴォォォォォォッ!!



「がぁ!?」


 突きから一転、横に薙ぎ払われた槍を受け流せず、俺はまともにそれを喰らって士郎と共に土蔵

の中へ弾き飛ばされる。どごっ、と言う音が聞こえ呼吸が一瞬止まった。


「ご…ほっ!?」


 びしゃっ、と俺の口から血が飛び出す。今の一撃で、内臓に致命的なダメージを負ってしまった

……! 満足に呼吸が出来ない。


「良く持ったな、赤い髪の魔術師。そこの男ほどじゃないにせよ、楽しませてもらったぜ」


 目の前に青い鬼神。手には血のように真っ赤に染まった心臓を穿つ槍ゲイ・ボルク


「黒髪の魔術師も、人間にしちゃとんでもない戦闘力だ。こりゃ、死んだら英霊の仲間入りかもな。

……さて、そろそろお別れだ。もう生き返んなよ、小僧」


 確実な死が迫る。令呪でオーディンを呼ぼうにも、その前にあの槍で俺達の心臓を貫かれて終わ

りだ。今度こそ俺達の心臓を貫こうとする呪いの槍。

 死んだ。 そう思った瞬間……。




魔力の奔流が土蔵を渦巻いた。




ギィィィィィィィン!!



 その後に剣戟音。突然、土蔵に現れた何者かが俺達を殺す筈であったランサーの槍を切り払った

のだと気付く。


「っ! 七騎目のサーヴァントかっ!?」



ギィィィィィ
ガィィィィィン!!



 鋼と鋼同士がぶつかりあう音が二度聞こえ、気配が一つ、土蔵から去る。そして俺と士郎の目の

前にはランサーの攻撃を防いだ影。

 ――銀色の鎧を纏い、全てを射抜く新緑の瞳、月夜に映し出される金髪。


「―――問おう。貴方が、私のマスターか」


 それは俺にではなく、横にいた士郎に向けて発せられたものだった。


「サーヴァント・セイバー。汝の召還に従い、参上致しました」


 セイバー……。最強とうたわれるサーヴァント。


「―――っ」


 士郎が左手を見る。そこにははっきりと聖杯戦争のマスターである証……“令呪”が浮かび上が

っていた。

 士郎が、セイバーのマスター……。


「―――これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある」


 それは、サーヴァントとの契約の言葉……。それが交わされれば、その瞬間から士郎は聖杯戦争

の参加者、マスターの一人……セイバーを従える魔術師となる。


「ここに、契約は完了した」


「け、契約ってなんの!?」


 慌てた様な士郎の声。やはりと言うか、士郎は聖杯戦争の事をまったく知らないようだ。今、セ

イバーと交わした契約の事も何の事か分かっていない様子だし……これは、素人と何ら変わりない

知識なのかしれない。

 セイバー……その『少女』は士郎の問いに答える事無く、土蔵の外を睨む。


 ―――その先にいるのは、真紅の槍を構えた英雄。ケルトの英雄、クー・フーリンと呼ばれたケル

ト民族最強の戦士。


 ざっ、と言う音と共にセイバーは外へと駆け出す。


「まさか……?」


 士郎が立ち上がり、外へ駆け出す。俺も慌てて起き上がって、士郎の後を追う。


「やめ―――」


 ろ、と叫ぼうとしたまま士郎は硬直する。それもその筈。俺達の前で繰り広げられている『戦闘』

を――――誰が止められようか。



ギィィィィィン
ガキィィィィィィ

ヂィィィィィン!



「くっ!」


「………」


 ――――あのランサーが守りに入っている。いや、入らざるを得なくさせられている。セイバーの

持つ武器が『視認かくにん』出来ないのだから。




 ――そう、視えない。セイバーは確かに『何か』を手に持っている。彼女がセイバーと名乗ったか

らには持っているのは十中八九間違いなく、『剣』だろう。しかし、あのランサーには分からない。

 どれだけの長さ、どれだけの幅、どんな形なのかさえも。




ヂィィィィィィン!


「チィ! 貴様、自分の武器を隠蔽するとは恥知らずか――――!」


 焦り文句がランサーの口から発せられる。視えない武器を槍で弾き返し、その衝撃で魔力の火花が

飛び散る。恐るべきはセイバーの魔力量だ。

 セイバーの一撃一撃には、とんでもない程の魔力が込められている。それは士郎にも分かっている

筈だ。肉眼ではっきりと視える魔力の猛りが目に映っているのだから。

 槍と剣が犇めき合い、弾き合い、そして再び鬩ぎ合う。ランサーの槍がセイバーの使う武器によっ

て弾かれ、そこから火花が飛び散る。


「―――っ」


 微かな一息で両腕に力を込め、セイバーが視えない武器を振り上げる。決めるつもりだ。


「っ、甘いわ戯け―――!」


 それが振り下ろされる瞬間に、獣の様な速さでランサー後ろに跳び回避。目標を失った大斬撃は地

面へとめり込み、小さなクレーターを作り出す。


「馬鹿、何やってんだあいつ……!」


 悪態が士郎の口から出る。今まで敵に後退も進行も許さなかったセイバーが、迂闊に攻撃を仕掛け

たと思ったのだろう。だが、それは違う。


「シャアァァァァァ――――!!」


 脚を引き絞り、前方に大きく跳躍。一秒にも満たない時間で、セイバーへと近付きその槍でセイバ

ーの鎧を貫こうと……


「……っ」


 だがしかし、地面に振り下ろしたままの武器をセイバーは『自身が回る』事によって生じる遠心力

で引き抜き、そのまま接近してくるランサーに向けて横一文字に薙ぎ払う! 


「……なっ!?」


 瞬時にランサーは空中で体を捻り、槍で薙ぎ払いを防ぎきった……!


「……」


「……」


 両者が互いに不満そうな顔をする。それはそうだろう、互いに相手を倒すつもりで放った攻撃を防

がれたのだ。

 ……正直凄いとしか言い様がない。これが英雄同士の戦い。アーチャーと奴が戦っている時にも感

じたが、これが過去の英雄の力……。世界との契約によって英霊となっている後押しもあるだろうが、

それを感じさせない戦いだった。


「――ランサー、かかってこないのですか。来ないのならば、こちらから行きますが?」


 視えざる剣を下段に下ろし、セイバーがランサーに問いかける。


「チッ、挑発しても無駄だ。お望み通り行ってやってもいいが……その前に訊く。お前の宝具、それ

は剣か?」


 ゲイ・ボルクを構えなおし、セイバーを睨みつける。いらつきが頂点に達しているのか、ランサー

の視線は険しい。相手の持つ武器の種類が分からないのが、余程気に触ったのだろう。


「さぁどうかな? 戦斧かもしれん、鉄扇かもしれない。もしかすれば、魔術効果の付属された鉄球

かもしれないぞ槍兵ランサー


 ここまできて、セイバーは余裕を見せる。いや、余裕ではなく冗談なのだろう、セイバーなりの。

 ……ちょっと、と言うかかなり悪質だが。

「く、言うじゃないか剣使いセイバー。ジョークの面白さも優秀ってか?」


 その言葉をきっかけに、ランサーは槍を下段に下げる。傍から見れば戦闘の意思を捨てたようにも

見えるが、闘志だけは消えていない。

 今さっきの言葉も、何十合と打ち合ってあの武器を剣だと感じたから確認した所だろう。


「……?」


 ランサーから殺気が消え、セイバーは僅かに戸惑いを覚えている。だが、油断なくその視えない剣

を下段で構えている。


「……ついでにもう一つ訊くがな。お互い初見だ、ここらで止めとかねぇか?」


 ……変だな。アイツほどの能力なら、セイバーを抜いて俺達を殺して逃げる事も出来る筈だ。

 いや、あいつが本当にクー・フーリンなら、そんな事はしないか。伝説によると、クー・フーリン

は正々堂々とした戦いをすると残っている。それが真実かどうかは定かじゃないが、奴と戦ってみて

それが本当の事だと感じた。

 奴は、ただ強い敵と戦いたいだけ。真正面からぶつかり合い、その結果勝ちを得る事を目的として

いるようにも見える。


「悪い話じゃないと思うぜ? オマエのマスターは惚けて使い物にならんし、オレのマスターも姿を

現そうともしない大腑抜け。それに、あそこにいやがる小僧の事もあるしな……」


 ぎろりと、獣のように鋭いその視線が俺に突き刺さる。ドクン、と心臓が跳ねた。


ドクン


 胸が苦しい。奴の敵意が身体に染み込んでくるようだ。殺意に反応し、自分の身体が反射的に戦闘

体勢に入っていく。武器を握る手に汗が流れ、目には奴しか映らない。生き残る為に脳細胞がありと

あらゆる作戦と行動を思考する。


ドクン


 退魔衝動の脈動が早くなる。相手は死徒ではないというのに、強い相手だと言うだけで俺の身体と

二つの意識が歓喜の声を上げる。今すぐにでも殺りあいたい。そんな考えが頭の中によぎる。


「――断る。貴方はここで倒れろ、ランサー」


「……っ」


 セイバーの声で、正気に返った。はぁ、と小さく息を吐き出し気持ちを静める。

 ここまで退魔衝動が反応したのは、三咲町の死徒と戦った以来だ。俺の意識と七夜の意識が嬉しさ

の声を上げた。強い相手と戦える……ただ、本能の赴くままに戦いあいたい。その意識に呑まれかけ

た。


「たくっ……少しはこっちの提案ぐらい呑んでくれてもいいだろ。元々本気でやりあうつもりはなか

ったんだが――――」


 空気が歪む。ランサーの纏う闘気の質が変わった。衛宮家の庭が、数時間前の学校のグラウンドと

同じ空間に変貌する。


「宝具――!」


 視えざる武器を構えなおすセイバー。だが、無理だ。あれが本当にゲイ・ボルクなら、避ける術な

ど存在しない……!


「……じゃあな。その心臓、貰い受ける」


 決定的な一言で、俺は奴の真名がクー・フーリンだと確信する。ランサーが地を離れ、その槍を構

えセイバーの足元へと突き出す。セイバーは跳躍でそれをかわし、その武器でランサーを斬り伏せよ

うと……


「駄目だ、セイバー!! その槍は『刺し穿つ死棘の槍ゲイ・ボルク』だ――――!!」


 なりふり構わず、俺はセイバーを助ける為に叫んだ。奴の口から、槍の真名が紡がれようとしてい

る。それが紡がれた瞬間―――


「“――――刺し穿つゲイ”」


 ―――それがセイバーの死だ。空中にいるセイバーには、それを避けうる手段は無い。否、元々そ

れに避ける術など存在しない。


「“―――死棘の槍ボルク―――!”」


 それは『心臓を貫く』と言う『結果』を持ち、紅い軌跡を描きながら因果を捻じ曲げつつセイバー

への心臓へと突き刺さ――!


「くっ……!?」


ブシュウゥゥゥゥゥゥ……!


 ――――る筈であった。だが、セイバーはその『結果』を覆し、回避した。それでも完全に回避す

る事は不可能だったらしく、セイバーは左肩を押さえながら地面へと降り立つ。


「は………ぁ…!」


 たたらを踏み、セイバーは左肩から大量の血を流している。銀色の鎧が、赤い血で汚れていく。だ

が、それも少しずつではあるが傷が癒えていっている。


「躱したな、セイバー……。我が必殺のゲイ・ボルクを」


 自らが放った一見必殺の宝具を避けられ、ランサーは仇敵を見るかのようにセイバーを睨みつける。

 
「っ……ゲイ・ボルク? 御身はアイルランドの光の御子か!?」


 ランサーの真名を知り、驚きの声を上げる。だが俺はそれよりも、どうやってセイバーがランサー

一撃ゲイ・ボルクを回避したのかが気になる。あれは避ける避けないという問題ではなく、結果と過程が逆

になっているんだ。

 即ち、既に当ると決まっている攻撃を、避ける事など為しえない。それを可能にするには、余程の

強運が必要になる……。


「……チ、これを放つ時は必殺なんだが……、やっぱり有名なのも厄介なもんだな」


 ランサーから殺気が薄れ、槍が消える。完全に戦闘の意志を消したランサーの様子から、撤退する

気のだと気付く。


「マスターからの命令だ。今回はこの辺で失礼するぜ。それと……」


 ランサーはセイバーから視線を外して、薄く笑いながら俺を睨む。別段、気に触るような事はな

いし殺気が篭っているが、セイバーに向けていたほどの量はない。


「おい、お前。何で俺の真名を見破った? 少なくとも、俺はお前の前じゃ宝具は使ってない筈だ

ぜ?」


 校門での遠坂とのアーチャー戦でも、俺と戦った場所でも、奴は宝具を使ってはいない。なのに

自分の正体を見抜かれた事を少々疑問に思っているようだ。


「お前の持っている赤い魔槍の情報を整理したら自然とそう感じただけだ。それに、お前は『心臓

を貰い受ける』って言っただろ? それで確信した」


 もう少し……後少しでも叫ぶのが遅れていれば、セイバーの心臓は貫かれていた。 いや、もし

かすればセイバーならば回避できていたかもしれない。


「なるほどな……、やっぱりお前は面白ぇぜ。貴様、名前はなんて言うんだ?」


 奴にはそんなつもりはないだろうが、こちらは威圧感か何かで押し潰さそうだ。それを気合で耐

え抜く。


「……相沢祐一だ。覚えとけ、クー・フーリン」


 丹田に力を込め、相手の威圧感を押し返すように答える。そんな俺の様子を面白そうに見つめた

後、ランサーは笑みを一層濃くした。


「祐一か……覚えたぜ。おい、誰にも殺されるんじゃねぇぞ。お前は俺が倒すんだからなっ」


 そう捨て台詞を残し塀を越え、闇の中へと衛宮家の襲撃者……ランサーは消えていった。


つづく




ステータス表が更新されました。


CLASS   ランサー
マスター   不明
真名   クー・フーリン
性別   男
身長・体重   本編参照
属性   秩序・中庸


筋力  B    魔力  C
耐久  C    幸運  E
敏捷  A    宝具  B

クラス別能力
対魔力  C  第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔
        術・儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

保有スキル
不明

宝具
刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)  ランク:B  種別:対人宝具
レンジ:2〜4  最大捕捉:1人


CLASS   セイバー
マスター   衛宮士郎
真名   不明
性別   女
身長・体重   本編参照
属性   秩序・善


筋力  B    魔力  B
耐久  C    幸運  A
敏捷  C    宝具  C

クラス別能力
対魔力  A  A判定以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の
        魔術師ではセイバーに傷をつけられない。

騎乗   B  騎乗の才能。大抵の乗り物は人並み以上に乗りこなせ
        るが魔獣・聖獣ランクの獣は騎乗不可。

保有スキル
不明

宝具
風王結界(インビジブルエア)   ランク:C  種別:対人宝具
レンジ:1〜2  最大捕捉:1個




後書きと言う名の座談会


祐樹「ふぅ……やっとセイバー召還、ランサー撃退まで進められたか……」


??「まったくもう、さっさと改訂済ませなさいよ」


祐樹「ん……おぉ、凛ではないか。今回の後書きアシスタントはお前か」


凛「んー……気は進まないけどね。祐一に頼まれたし」


祐樹「そう言うな、祐一ばっかりだと可哀想だしな(読者が)」


凛「最後の方に聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするけど……」


祐樹「気にするな。さて、長くなるといかんからさっさと済ますか」


凛「そうね。早い所帰って出番待たなきゃいけないし」


祐樹「お前の出番すぐだしな。それでは、次回予告」


凛「セイバーを召還した士郎、祐一はランサーを追おうとするセイバーを止める」


祐樹「そこに凛とアーチャーも現れ、マスター三人勢揃い」


凛「何も知らない士郎に現状を把握させる為に、私達は衛宮家に上がる」


祐樹「そして、彼らの疑問の対象が祐一に移っていく」


凛「次章、第一幕最終話。どうぞ、お楽しみに♪」


祐樹「似合わんぞ」


凛「黙りなさい」


ガンドを放つ。


祐樹「ひぶぅ!?」


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