Fate/snow night 雪降る街の幻想曲





五章 サーヴァント同士の戦い





 夕焼けが沈み、辺りは暗闇へと包まれようとしていく。その中で俺は体育館の屋上で空を見上げ

るように寝転んでいる。下から聞こえてきていた活発な声も、今では途切れ途切れにしか聞こえて

こない。

 授業が終わったのが、午後三時半ぐらいだったから……この空の模様だと今は午後六時って所だ

ろうか。ポケットにいれてある携帯を取り出し、今の自分の考えがあっているかを確認する。

 携帯のデジタルに映し出されている数字は……六時二分。俺の体内時計もあながち捨てたもので

はないという事が実証された瞬間である。


(……阿呆くさ)


 あまりに何もする事がなく、そんな風に何かを考えなければ時間を潰す事が出来ない。折角、誰

にも気付かれずにここまで上がったというのに、ここで何かをしてばれてしまえば下手すら説教、

運が悪ければ停学にでもされかねん。

 適度に真面目ぶり、適度に不真面目な俺の印象が完全に悪いほうへと傾いてしまう。それだけは

まかりならんのだ。


(北川も俺と同じような評価だろうな)


 自分の親友を思い出し、軽く苦笑する。いつも俺と即席漫才をしあう仲の北川だ、きっと俺と同

じような行動を取っているに違いない。今頃、家で何か雑誌でも読んでるのだろうか。

 そんな事を考えながら、俺は懐から短刀……『七ツ夜』を取り出し、刃を出す。カシャッ、と言

う音が鳴り冷たく煌く銀の刃が柄から飛び出てくる。その側面を指で埃を取るようになぞる。今まで

数え切れないほどの魔に落ちた者や、死者、死徒を葬ってきた俺の相棒。しかし、この曇り一つな

い刀身を見ていると、とてもそんな修羅場を潜り抜けてきたとは思えない。

 まるで、芸術品のような美しさと煌びやかさを兼ね備えている……そんな感じさえする。


(刀崎の最高傑作たる二本の『七ツ夜』……一つは俺に、一つは志貴に渡された)


 ただ、その二本の『七ツ夜』には少し相違点がある。それは、刀身の長さと強度だ。志貴の持つ

方の『七つ夜』は俺の持つ『七ツ夜』よりも刀身が短く、強度も多少低い。それでも、旧古来より

伝えられてきた日本刀に負けず劣らずの強度を持っているが。

 それと、区別をつける為に柄に彫ってある名前が微妙に違う。志貴のは『七つ夜』で、俺のは『

七ツ夜』。ひらがなとかたかなの違いだが、分かりやすい。


(でも、あんまり意味無いよな)


 どちらにせよ、音は一緒なのだ。直接字を見るまで、俺も気付かなかったくらいである。さて、

対する俺の『七ツ夜』だが……志貴の持っている物は、親父によると『七ツ夜』のコピー品である

らしい。だから、二つの短刀はある意味兄弟でもある。


(俺と志貴も、ある意味兄弟みたいなもんか。実際は従兄弟だけど)


 三咲町にいる、親友の事を考えて俺は目を瞑る。そのまま時間がくるまで黙っていようと思った

のだが、不意に左手にある令呪に痛みが走り、それから頭に声が響いてきた。


(ユウイチ、聴こえるか?)


 ランサーが俺に話し掛けてきたようだ。多分、俺が学校に行っている間に何か情報を掴んだのか

もしれない。


(何か、情報でもあったか?)


 少し期待を込めてランサーに返事を返す。


(あぁ。冬木の中に、柳洞寺という寺があるだろう?)


 柳洞寺……柳洞の家で、冬木の中で一番大きい寺だ。後は、あそこは冬木の中で霊脈が豊富であ

る場所であり、魔を退ける結界が張ってある場所でもある。そこに張ってある結界は、魔力を持つ

存在……サーヴァントならば、何かしらの制約を受けてしまう場所なのではないだろうか。


(柳洞寺に、キャスターが陣を張っているらしい。フギンがそう言っている)


 ……最悪だな。聖杯戦争の中で、最弱と言われているキャスターのサーヴァント。魔術師キャスターと言う

名が示すとおり、生前魔術師であった英雄がなれるクラスだ。他のクラスに比べて、見劣りはして

しまう。しかし、特筆すべきなのはその魔術の才と技術だ。

 キャスターになれる者は全て、魔法使いに一番近い位置に存在した魔術師でもある。その英雄達

の魔術ともなれば、結界を利用する事なども可能だろう。


(厄介だな……。俺の方でも、学校に人を溶解して魔力にするタイプの結界が張っている奴がいる)


(ふざけた真似をする輩だ……! 一般市民を巻き込んでまで勝ち抜きたいのか!)


 あまりに非人道的な行いにランサーの怒りの感情が俺にも流れ込んでくる。しかし、俺もランサ

ーの意見には同感だ。こんな事を躊躇いなくやる奴なら、真っ先に倒すべき存在である。


(で、それ以外に何か情報は入ったか?)


(いや、危うくキャスターの使い魔にばれそうになってしまってな。下手に動けば逆に危険になっ

てしまう)


 ちっ、ランサーの所在がばれるとそこにいる秋子さんや名雪達にも危険が及ぶか……。暫くはフ

ギンとムニンに情報収集を任せるしかないな。

 その旨をランサーに伝えると、文句はないそうですぐに了解してくれる。で、今俺がどこにいる

のかと訊かれ、学校の結界を調べる為に隠れていると言うとランサーは今すぐこっちへ向かうと言

い出す。

 それだと、俺がマスターだと言っているような物だ。俺一人で調べるというと案の定ランサーは

反対する。頭の中で口論する、という常識外れな行為を行い最終的に俺が令呪を使うという脅しを

かける事で勝利した。


(まったく、こんな事で令呪を使われては堪らんぞ。いいか、無理はしないと約束してくれ)


(わぁってる。じゃあ、名雪達の事頼んだ)


 念話を切り、携帯に目を落とすと時刻は午後七時半前。知らぬまに時間が過ぎていたようだ。辺

りは完全に闇に閉ざされ、人の気配がまったくしない。屋根からグラウンドへと一直線に飛び降り、

掛けられていた鍵をピッキングで開け、薄暗い廊下を気配を消しながら歩く。

コツ、コツ、コツ……。

 足音が反響し、普段より大きく聞こえる。もう学校の警備員ですら帰っているかもしれない時刻

だが、誰かに聴かれないかと不安になってしまう。そんな事、ありはしないと言うのに。


「夜の学校に来るのも久しぶりだな……」


 ふと、そんな事を思いつく。舞の力の時に来て以来だったからな。あの時は本当、びっくりした

よなぁ。名雪のノートを取りに来ただけなのに、何か異質な気配を感じて教室の外に出てみれば、

そこには長身の女生徒の姿。まさか、あれが舞だとは思いも寄らなかった。

 それに気付かず、話しかけていると突然背後に気配を感じ振り向こうとする前に、舞が走り出し

て俺の後ろの何かを斬ったのだからさらに驚く。異質な気配が消えると、何事もなかったように舞

は去っていこうとしたっけ。それを引き留めて、アレは何だと問い詰めれば、一言……魔物と。

 あれは舞の力だったのにな……。今では、すっかり制御して自由に操れているっぽい。


(皆も舞の力を知っても、接し方を変えなかった。名雪達には当たり前だろうけど、舞にとっては

それは酷く嬉しい事だった)


 何せ、いきなり泣き出したくらいだからな。泣きじゃくる舞の姿を思い出し、俺は苦笑する。と、

そんな事を考えているうちに、既に屋上前の踊り場まできていた。

 屋上への扉をゆっくりと開ける。学校に入った時にもそうだったが、ここは一段と甘ったるい空

気を醸し出している。まるで、ウツボカズラか食虫植物の中にいるような感じだ。

 獲物を待っている……そんな描写が相応しい。


(魔力の基点は……あそこか)


 屋上の端のフェンスに近付く。床を見てみると、一見何もないようにも見えるが、薄らと魔方陣

のような物が描かれている。魔術師でないと、見ることすら叶わないが。

 その魔方陣に手を触れてみる。分かりやすい結界だが、これを解除する事は不可能だろう。いや、

結界と言っているがもはや異界に近い。これほど高難度の結界を解除するのは並大抵の魔術師でも

難しいのではないだろうか?

 何も出来ない自分の不甲斐なさに、嫌気がさし魔方陣に手を触れたまま俺はその場にい続ける。

唯一の救いは、まだこの結界が完成していない事。こんな物が完成した状態で使われれば、どうな

るかなんて想像出来ない。いや、したくもない。ただ、間違いなくこの学校は地獄になるのだけは

確かだ。


(………っ?)


 誰かがこの屋上に向かってきている。一瞬だが、気配を感じた。


(ちっ……!)


 すかさず気配を殺しながら、フェンスを乗り越えて屋上からグラウンドへと飛び降りる。脚力だ

けで地上に降り立ち、決して音を立てずに体育館の方へと移動。屋根に上り、校舎の屋上に目を凝

らす。しかし、距離があるのと暗闇による視界の悪さの為、ほとんど見えない。

 それを補う為に、体内に流れる魔力を視覚神経に流し視力を強化する。常人の何倍もの視力を有

するようになった俺の目が、屋上にいる人物を映し出す。


「……遠坂!?」


 小声で驚く。うっすらと遠坂の背後の空間が歪んでいる。だけど、冷静に考えれば彼女がマスタ

ーであると言うのは予想できる。死徒二十七祖が第四位、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオー

グの系譜の一つである遠坂家。そこの魔術師が聖杯戦争のマスターに選ばれる確率は高い。


「まさか、この結界を張ったのは遠坂なのか?」


 だとしたら、俺は遠坂を倒すしかない。遠坂の召還したサーヴァントが何かは知らないが、術者

さえ倒してしまえば、この結界を解除できる筈。

 遠坂は結界の基点へ近づくとその基点に魔力を注ぎ込もうとしている。視認する限り、それは魔

力の補充の類ではなく妨害の為らしい。


(……良かった。遠坂じゃなかったんだな)


 少し安心した。しかし、遠坂の行動は屋上の給水塔の上に現れた『異形』によって阻まれる。全

身蒼一色で統一されている衣服……いや、一種の鎧。遠坂もそれに気付いたのか、ばっと背後を振

り返る。


「サーヴァントか……」


 そのサーヴァントは遠坂と一、二言を話すとその手に自分の持つ武器を持つ。その武器は、不気

味なほどに紅く、血のように真っ赤な色をした魔槍。



 ……槍だとすれば、奴のクラスはランサーと言う事になる。だけど、それは変だ。俺のサーヴァ

ントはランサー……戦神オーディンだ。同じクラスが召還されることは、本来ありえない。なら、

オーディンのクラスが違う?

 それも却下。アイツ自身が自分のクラスをランサーだと明言している。そこに嘘はない。だった

ら、一体どういう事なんだ……?

 そのまま傍観していると遠坂は全力でフェンスまで走りより、そのままフェンスを乗り越える。

真っ直ぐ地面に落ちていく途中、彼女の横に男が現れ着地の衝撃を逃す。あれが遠坂のサーヴァン

トなのか。

 グラウンドの中心まで走るが、相手はサーヴァントと言う名の英霊。逃げ切れるはずもない。校

庭のど真ん中で双方は睨みあう。遠坂を庇うようにランサーらしき男は正反対に、真紅の服装をし

た男は前に出る。

 何言か言葉を交わした後、二人の英霊の戦いが始まった……。



[interlude3−1]



 凛はその戦いに目を奪われていた。



 彼女とて魔術師。サーヴァントが人間とは根本的に違う事は分かっていた。魔力は無論のこと、

身体能力が人間とは比べられないほど桁外れに高い。彼女自身、若干十八歳にして一流魔術師と何

ら遜色のない……否、下手をすれば一流の上に超がつくほどの技術、知識、魔力を兼ね備えている。

自他共に、優秀な魔術師である事が証明されていた。

 その彼女の前で、人間を超えた存在……かつての英雄、今や世界の守護者たる英霊と英霊が激突

しあっている。これに目を奪われなければ、魔術師として失格だろうと言う意識さえ今の彼女には

あった。


「はぁぁ!」


「おぉぉぉ!」



ギャキィィィ
キィィン

                           カキィィィィ
       カァァァン
ギィィィィン!


 紅い魔槍と夫婦剣の攻防。凄まじいスピードでそれが鬩ぎ合い、弾かれ、また鬩ぎ合う。その剣

戟は既に視認できるだけでも五十を超えている。



 これが英雄の戦い。かつてこの地上に君臨し、数多の戦士達を倒してきた最強の人間同士の争い。

それぞれが得意とする得物を用いて、立ち塞がる敵を屠る。



 しかし、不可解な点がある。



 二つの双剣を操る彼のクラスはアーチャー。だとすれば、彼の尤も得意とする得物は弓。にも関

わらず、彼が使うは剣。しかも敵の紅い魔槍によって幾度と無く夫婦剣を弾かれようが、一瞬後に

は既に彼の手元にある。

 本来、サーヴァントが持つ宝具は一つないし二つ。多くとも三つが限度だ。何度も取り出せる宝

具など、ありえない。


「ふん!」


「ちっ!」


 ランサーはアーチャーの首を貫くつもりで槍を突き出す。それを紙一重で双剣で弾き返し、アー

チャーはさらにランサーとの距離を詰める。

 しかし、一瞬にして放たれる槍の一撃を防ぐ事によって後退させられる。それが何度も何度も続

けられていた。



 ランサーの攻撃が点から線へと切り替わる。突きではなく払いに変わった攻撃を夫婦剣を交差さ

せる事により防御。その一合を最後に二人は間合いを離し打ち合うのをやめる。


「一体どういう仕組みだ? 二十七も弾き飛ばしたってのに、まだ出やがる」


 睨んでいるのはアーチャーが両手に持つ黒白の剣。そのどちらにも陰陽の印が刻まれている。何

かの暗示であろうか、宝具としての性能は低くともそれからは頼もしい鼓動が聞こえてくるような

幻視を抱く。


「ふ、それを君に教える道理はないだろう? まぁ、これが私の宝具と言うわけだ」


「……チッ、アーチャーの癖に双剣使いとはな。意地でも得物を出さねぇつもりか」


 不機嫌そうに舌打ち。先程までこちらが優勢で押していたと言っても、アーチャーは自身の得物

である弓を出さずに、双剣だけで全てを払いきった。本気ではあるが、全てを出し切っていない。

そんなアーチャーの様子にいらつきを覚える。

 が、ふっと苦笑にも似た不敵な笑みを浮かべた。これほどまでに楽しめたのは久しぶりだと、自

分の記憶が教えてくれる。強敵との出会いが、今のいらつきを吹き飛ばした。


「……いいぜ訊いてやるよ。テメェ、何処の英雄だ? 二刀使いの弓兵なんて知らねぇぞ」


 体勢はそのままに、しかし殺気を出すのを止めてランサーはアーチャーにそう質問する。あの紅

い外套を着、剣を使う弓騎士の話など、訊いた事がない。


「そういう君は分かりやすいな。槍兵には最速の英霊が選ばれると言うが、君はその中でも選り

すぐりだ。それに、君が持つその赤い魔槍。それを考えれば君の正体はアイルランドの光の御子…

…だろう?」


 片目を瞑り、皮肉気にアーチャーはそう言い放つ。



 ――――――瞬間、世界の時間が止まった。辺りを包む空気が、全て凍ったかのような幻覚。そ

れはランサーを中心に起こっていた。凛は背後でそれを感じ取り、息をするのさえままならなくな

る。

 アーチャーも皮肉気な表情を止め、ランサーを一直線に見つめる。


「――――ほう、よく言ったアーチャー」


 先ほどまでの殺気なぞ、子供騙しとも言わんばかりの殺気がランサーのサーヴァントから発せら

れる。今、このグラウンドは完全に異界と化した。



 人間であろうと、動物であろうと、何であろうとこの異界に入る事はままならない。入った瞬間

が自分の命がなくなる時。鈍い人間だろうと、この殺気を浴びて何も思わない筈はないだろう。


「―――ならば食らうか、我が必殺の一撃を」


 ランサーの構えが変わり、その表情も変わる。今までと様子が一変したランサーの姿を視界に納

め、アーチャーも構えを変える。


「止めた所で、君がやめる訳がなかろう? ならば、その槍。避けて見せよう」


「……ほざけ、弓兵アーチャーごときが調子に乗るな」


 ランサーの体が沈む。その瞬間、周囲の魔力マナが凍りついた。



[Interlude out]



「宝具……!」


 空気が変わる。ランサーと思しきサーヴァントは構えを変え、その体を沈める。グラウンドに渦

巻く魔力が、あの槍へと収束していく。貪欲なまでに魔力を喰らうアレを理解し、酷く吐き気を覚

える。そして、またもう一つの事に気付く。



 死ぬ。遠坂のサーヴァントであるアイツは死ぬ。あの紅い魔槍に貫かれて絶命する。それ

は逃れられない事実。もし、それが回避できるとすれば方法はただ一つ。第三者の介入……



「――――誰だ……………!!!」


 しかし、必殺の一撃を放つと思われた青いサーヴァントは突如学校へと走る。その先を見れば、

この学校の男子制服を着た人物が校舎内へと入っていくのが見えた。


「生徒!? まだ残ってたのか!」


 まずい……! 目撃者は消すのが魔術師の間で交わされている暗黙のルール。あのランサーのマ

スターも例外ではないだろう。だとすれば、さっきの生徒が口封じの為に殺される!


「くそっ!」


 体育館の屋上から直接学校へと跳躍。悠長に玄関から入る暇なんかない、窓ガラスを突き破って

侵入。ガシャァン、と派手な音がして俺の身体は不恰好に廊下に投げ出された。

 余った力を利用して、前転をする要領で身を起こす。すぐに校舎内の気配を探り、見つけると同

時に気配を殺す事もなく廊下を駆け抜ける。



 何故、何故……俺は学校内の気配を探って、生徒がいない事を確認しなかった……!? こんな

可能性はあり得たはずなのに……、完全に俺の落ち度だ……!



 階段を飛び降り、すぐに廊下を右へと曲がる。


「……っ!」


 逃げた生徒とランサーを見つける。しかし、既に男子生徒はランサーの槍に心臓を貫かれてゆっ

くりと廊下に倒れる所だった。

 再び、目の前で命が失われるのを見ているだけしか出来なかった自分に、酷く怒りを覚える。そ

して関係のない人間の命を奪ったあのサーヴァントに対しても。


「…貴様ぁぁぁぁぁ!!」


 『七ツ夜』を逆手に構え、突進する。油断していたのか気が緩んでいたのか、突然背後から聞こ

えた俺の声にランサーは驚いたようだ。


「ちっ、まだいやがったか!」


 予想外の敵襲に見舞われるランサーは、真紅の槍を横薙ぎに振るう。横から襲い掛かってくる槍

払いを体勢を低くする事によって躱し、スピードを落とさずに突っ込む。すれ違い様に『七ツ夜』

で斬りつける。


―閃鞘・七夜―


「くっ!?」


 それをすんでで避けられ、そのまま遠心力を利用し槍を払ってくる。


―閃鞘・八穿―


 『七夜基本技』と呼ばれる物の一つ『閃鞘・八穿』で槍払いを避け、ランサーの頭上から強襲す

る。



ザシュッ!



「がぁ!?」


 奴の右肩を抉り、その傷口から血が噴き出す。それを俺は冷めた目で見つめていた。

 思考が冷える。心は怒りで打ち震えていると言うのに、頭ではこの戦いを第三者からの視点で見

ている気分だ。目の前で人が貫かれるのを見せ付けられたせいか、今の俺には感情と言う物が完全

に欠落してしまっている。


「……どうしたサーヴァント。それでも英霊の一人か?」


 自分でもぞっとするような声が、口から発せられた。柄を圧し折らないばかりに『七ツ夜』を握

る右手に力を込める。そうでもしないと、何も考えずに奴に斬りかかっていってしまいそうなのだ。


「テメェ……チッ、もう来やがったのか。……この借りは返すからな」


 ランサーのサーヴァントはそう言って、廊下の奥へと消えていった。姿が見えなくなり、俺の怒

りが収まり変わりに喪失感と悲壮感が沸きあがる。


「………」


 目の前には血塗れになって倒れている生徒。心臓を一突きにされ、ほとんど即死に近い。だけど、

まだ完全に死んでいる訳じゃない。こんな時、何も出来ない自分が恨めしい。魔術が使えたら……

そんなIFの事を考えてしまう。

 今から俺のランサーを呼んでも、間に合わないだろう。ただ、命が失われていくのを見ていくし

かない。悲しさが溢れ、目から涙が零れ落ちる。涙は廊下へと零れ落ち、地面に触れると同時に破

裂。脆い人間と同じ……悔しさで気が狂いそうになる。


「……っ!」


 先程までの緊張感が戻ってくる。俺が辿ってきた廊下の先には、学校には不釣合いな赤い色。赤

い外套を纏った白髪のサーヴァント。遠坂のサーヴァントだろう。


「……」


 視線がぶつかり合う。俺も向こうも動かない。しかし、先に向こうからこちらへと攻撃を仕掛け

てきた。



 ランサーほどのスピードではないにしろ、恐ろしいほどの瞬発力。

 奴が左手に持つ刀身が黒く染まった剣で斬りかかる。それを躱し、続いて放ってきた右手に持つ

白い剣を『七ツ夜』で弾き返す。


―閃走・六兎―


 すかさず、『閃走・六兎』で蹴り上げる。浅かったが、相手を怯ませる事は出来たらしくその一

瞬の隙をついて、防御をする暇すら与えず斬撃を繰り出す。


―閃鞘・八点衝―



ギャキキキキキキキン!!



 その全ての斬撃を、奴は全て両手に持つ双剣で捌ききった。やはり、英霊の力は伊達じゃない。

生前の能力もずば抜けて優れていたのだろう、今の斬撃を全部目で追って対処していやがった。信

じられない動体視力だ。


『……』


 互いに思うは驚愕。俺は奴の恐るべき動体視力と戦闘力に、奴は人間である俺に一瞬だが隙を突

かれたという事に対して。二人の殺気が膨れ上がる。


「アーチャー!」


 しかし、その殺気も白髪のサーヴァントの向こうに現れた遠坂が来た事により霧散した。遠坂は

こちらまでやってくると、アーチャーの横で立ち止まる。


「あのランサーは……って、相沢君……!?」


 自分達の前に立ち塞がるように立っている俺の姿を見て、遠坂が驚く。と、すぐに魔術師として

の顔に戻り敵意を目に宿し俺を睨みつけてくる。


「……相沢君がここにいるって事は、さっきのランサーは貴方のサーヴァント?」


 俺がさっきのランサーのマスターだって疑われているらしい。分からないではないが、生憎と『

あの』ランサーのマスターじゃない。


「信じられないとは思うけど、違うよ。ランサー……アイツなら、向こうに逃げていった」


廊下の先を指差す。俺の言葉に遠坂は一度、こちらの真意を測るような目を向ける。それはたった

数秒であったが、長い時間に思えた。

 俺の目に嘘が無い事を見抜いたのか、遠坂は一度小さく息を吐きアーチャーにランサーを追うよ

うに命令する。遠坂の命令に白髪のサーヴァント――アーチャーは、一瞬俺に顔を向けるが、すぐ

にランサーが消えた方向へ向かっていく。

 後に残るのは、俺と遠坂……そして、ランサーに襲われた生徒だけ。

 ふと、遠坂ならばまだ息があるこの生徒を助けられるのではないかと言う事に気付く。


「遠坂っ! この生徒助けられないかっ!?」


「えっ? ……っ!?」


 俺の足元に倒れている生徒を見て、遠坂が絶句する。


「これ……」


 蒼白の表情の遠坂。そうか、やはり遠坂はまだ人の生き死にを明確に見たことがなかったのか。

俺はもう既に嫌になるほど、数多くの死体や骸を見てきた。だからこそ、まだこの生徒が生きてい

るが分かる。


「生徒を追っていくランサーをすぐに追いかけたんだが、間に合わなくて……。まだ息があるんだ、

お前の治癒魔術で助けられないか?」


 こうしている今にも、生徒の命の灯火が消えようとしている。手遅れにならない内に、治癒しな

いと……。もう、目の前で人が傷ついて死んでいくような姿は見たくないんだ……!


「……方法ならあるわ。これを使えば……」


 ポケットから出てきたのは、紅い宝石。じっと見つめると、その中には大量の魔力が込められて

いた。遠坂の持つ切り札なんだろう、その宝石は。



だけど……



「……頼む、助けてやってくれ」


 今はその遠坂の切り札だけが、この生徒を助けられる唯一の方法なんだ。俺には、この生徒を助

ける方法がない。遠坂にとってこの生徒を助けても何の得にもならないのは分かっている筈。


「……分かったわ」


 それでも、遠坂はこんな俺の虫のいい話を聞き入れてくれた。廊下に血塗れで倒れている生徒の

顔を見る為に、遠坂が仰向けにする。

 窓から差し込む月明かりによって照らし出されたその生徒の全貌を知った俺……否、俺と遠坂の

二人は表情を驚きに変えた。火のように燃えているような赤色の髪、男性と言うにはまだ幼さの残

る少年のような顔立ち。


「し、士郎……!?」


 ランサーに襲われた生徒の名は衛宮士郎。俺の友人であり、北川と柳洞のクラスメイト。その士

郎が胸を槍で貫かれて、廊下に血塗れになって倒れていた。今はまだ微かに息があるばかり。

 ……虫の息。まさにその通りであった。

 しかし、何故こんなところに士郎が……と思うがすぐにあり得なくもないかと気付く。士郎は良

く、部活動連中の備品修理をしていた。恐らく今日もそんな理由で残っていたんだろう。

 そして校庭でアーチャーとランサーの戦いを目撃して、ランサーに口封じの為に殺された……そ

のあまりの不運な巡り合わせに、俺はやりきれない思いを抱く。


「……冗談、あんたに死なれたら私が困るのよ。あの子に為にも


 士郎に覆いかぶさるような格好になっている遠坂から、何か呟き声が聞こえた気がした。あまり

に小さすぎるその言葉を聞き取れず、俺は遠坂に訊き返す。


「今、何か言ったか、遠坂?」


「別に、なんでもないわ。ちょっと黙ってて」


 日頃見るクラスメイトとしての遠坂の顔から、一人の魔術師として顔になる。遠坂が魔術師であ

る事は気付いていたが、魔術師としての遠坂を見るのはこれが初めてだ。

 俺も少々違うが魔術師。だが、魔術を何一つ使えない落ちこぼれ。遠坂とは月とすっぽん……否、

天と地以上の差がある。仕事柄、魔術師と関わる事はあまりない為、他の魔術師の実力と言う物が

どうにも分からない。

 しかし、こうして遠坂を見ていると相当な実力の持ち主なのかと思う。


「偽造した臓器を代用しつつ、心臓丸ごと一つの修復か……こんなの、一流でも難しい芸当じゃな

い。出来たら時計塔に即採用して欲しいくらいだわ……」


 苦々しそうな顔で愚痴る。宝石を手に握り、貫かれた心臓の部分に手を置き、呟く。






 学校の廊下で、死に掛けている生徒の蘇生を行う遠坂。それを背後から見守る俺。ゆっくりと、

ランサーの槍によって貫かれた士郎の身体の傷がどんどん塞がっていき、顔に血色が戻る。

 宝石に溜まっていた魔力は、既に中身を失い宝石内に魔力は残っていない。


「………ふぅ」


 しゃらん、と宝石が士郎の胸の上に落ちる。遠坂の横にしゃがみこみ、士郎の胸に手を当てて心

臓の鼓動を確かめる。


ドクン、ドクン、ドクン。


「……はぁ」


 今まで保っていた緊張感が、一気に弛緩する。安心したのか、視界が揺らぎ俺は廊下のど真ん中

……士郎のすぐ横にへたり込む。

 もう士郎は大丈夫だ。少なくとも、死ぬ事はほとんどない。


「……ありがとう、遠坂」


「別に、目の前で知り合いが死ぬのなんて見たくなかっただけよ」


 遠坂は左右のツインテールを揺らし、そっぽを向く。照れているらしい。

 しかし、言葉遣いが普段の遠坂とはまるで違う。やっぱり猫被りだったんだな……。これを学校

の生徒が知ったらどう思うのだろうか。


「……で、何で相沢君がここにいるの? マスターでもないのに」


 さっきまでの雰囲気は消え去り、言い逃れは許さないと言った表情で追求してくる。まぁ、向こ

うも俺が魔術師だって気付いてるんだから別に言い訳する必要はないな。

 小さく溜息をつき、話し始める。


「学校に張られた結界の情報収集。今日気付いて、調べに来たんだよ」


 俺がそう言うと、遠坂はふぅんと軽く頷く。俺も同じことを訊き返すと遠坂も結界を調べにきて、

魔力を流し込み結界の完成を妨害させようとしたらしい。だが、そこでランサーに介入されて妨害

も失敗に終わったと言う。

 ただ、少しでも魔力を流し込めたから二日は完成が遅れるのは確実なようだ。


「相沢君も魔術師でしょう? 妨害の一つでもしたのよね?」


「いや、何も。何しろ、俺は魔術の一つも使えないし」


 え、と遠坂が呆ける。うん、当然だろう。俺からは魔術師の気配がするのに、魔術が使えないっ

て言うんだから。

 別段、今まで困る事はなかった。別に魔術師でありたいとかそういう考えは持っていなかったし、

今の生活……退魔の仕事をしながら日常にい続けられるだけでも十分だ。だが、士郎が死に掛けて

いたと言うのに、何も出来なかった自分が悔しい。


「魔術が使えないって……魔術師の血筋なんでしょう、貴方の家。相沢って苗字だから間違いない

はずだけど……」


「間違っちゃいないよ。ただ単に、俺が落ちこぼれみたいなもんだから」


 肩を竦め、苦笑する。魔術師としては最下位どころかランキングにすらされないだろう。魔術を

使えない者は魔術師じゃない、とか言われて。どうでもいいんだが、な。


「遠坂、さっきの……アーチャーだっけ、追わなくていいのか?」


 びくりと、遠坂の身体が震える。どうやら、さっきの赤いサーヴァント……アーチャーのサーヴ

ァントの事をすっかり忘れていたらしい。

 いっそ、アイツが哀れだ。一瞬ほど殺し合いをした奴だが、哀れすぎて泣けてくる。こちらを睨

みつけながら、遠坂は立ち上がる。俺の所為じゃないだろう。


「そうね、そろそろ私は行くわ。相沢君は?」


「俺は士郎が起きるのを待つ。送っていくよ」


 士郎の身体を抱え、壁に凭れかかせる。先ほどまで死相が浮かんでいた顔には、お世辞にも安ら

かとは言い難いが安心したような表情が浮かんでいた。それを見て俺も安心する。


「そう……相沢君、サーヴァントと出会ったら全力で逃げなさいよ。人間の能力で英霊に勝てる筈

ないんだから」


 そう言った遠坂の顔はこちらの身の心配を心からしている本気の表情だった。その忠告を受ける

が、既に二、三度ほど交戦しているこちらとしてはちょっと後ろめたい。しかもその一人が遠坂の

アーチャーだから尚言い難い。


「じゃ、衛宮君の事よろしくね」


 遠坂が廊下の奥へ消えていく。それを見送り、壁に身を預けた。たくっ、本当に最近の俺はつい

てないな……。


つづく





ステータス表が更新されました。


CLASS   ランサー
マスター   不明
真名   不明
性別   男
身長・体重   本編参照
属性   秩序・中庸


筋力  B    魔力  C
耐久  C    幸運  E
敏捷  A    宝具  B

クラス別能力
対魔力  C  第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔
        術・儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

保有スキル
不明

宝具
不明




後書きと言う名の座談会


祐樹「衛宮士郎、殉職」


祐一「原作通りだから仕方ないだろ」


祐樹「そうだけどさ。でも、いきなり死ぬ主人公ってのも凄いよな」


祐一「まぁ、確かに」


祐樹「さて、プロローグも架橋に近づいてきました」


祐一「所々、アーチャーの言葉に何か深い意味が込められているような……?」


祐樹「本来、ある筈のない歴史はこれからどう動いていくのか?」


祐一「それを知る者は、誰もいない……」


祐樹「次章をお楽しみに!」


祐一「ほら、さっさと改訂作業進めろ!」


祐樹「ひぃ!? わかりましたから、斬艦刀はやめてー!」


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