Fate/snow night 雪降る街の幻想曲





三章 聖杯戦争参戦





 戦神オーディン。北欧神話の中でも一番有名であり、魔術師、一般人を問わず伝承を調べてい

る者や歴史を知る者ならばほとんどの人間がその存在を知っているだろう。

 遙か太古、神々がこの地にいたとされる神話の時代。聖地アースガルドで神々は人に干渉する

事をほとんどせずに暮らしていた。だが、戦乱というものは人であろうと神であろうと関係なく

起こる物である。



神々の黄昏ラグナロク〉。



 聖地アースガルドで起こった神々同士の最終戦争。その戦いでオーディンや息子達の雷神トー

ル、妻のフリッグや家族は全て死に絶えた。その際に、オーディンは世界と契約したのだろうか。

 それは歴史にも記されず、本人であるオーディン以外に知る者はいない。







 祐一と契約したオーディンは魔力が漲るのを感じる。しかもかなりの量、上質の魔力だ。


「おい……こっちは死に掛けてるんだぞ。早く助けてくれないか……?」


 祐一の魔力に感心していたオーディンはその言葉に我に返る。自分らしくない失態を見せたと

心の中で反省しつつ、まずはライダーにやられた傷の回復から始めた。

 傷のある箇所に手を触れ、そこに指で何かを描き始める。祐一はそれをルーン文字だと理解し

た。

 オーディンはルーン魔術の始祖とも言われている。世界樹ユグドラシルに吊り下がり、彼の持

つ神槍『大神宣言グングニル』で自分の体を貫き、ユグドラシルに固定した。

 この行動は全て魔法の儀式であり、オーディンはその儀式を行い九白夜……言い換えれば九日

後にユグドラシルに隠された知識……ルーン文字を発見し、それを用いてルーンを開放したのだ。


(そういや、母さんも少しだけルーン魔術を使ってたっけ……)


 自分の母親もルーン魔術を使っていたのを思い出す。確か、今オーディンが描いているルーン

の名前は……〈治癒ソウイル〉のルーン。

 治癒の名が示すように傷つけられた箇所を修復する為に用いられるルーンだ。

 刻まれたルーンが脈動を始め、傷ついた祐一の体を癒していく。流れる血が止まり、傷が塞が

った。次に腹部の下辺りまで進行していた石化が時間を戻すように元に戻っていく。


(凄いな……。母さんが使った〈治癒ソウイル〉のルーンより強力だ)


 元々、祐一の母親はルーン魔術を専攻していたわけではない。どちらかと言えば、苦手として

いたし使う機会も数えるほどだった。なら何故ルーン魔術を無理して会得したのかと過去、幼か

った祐一は母親に聞いた事がある。


『何で苦手なルーン魔術を覚えようとしたのか……? そんなの、分からないわよ』


 曰く、本人にも分からないのだそうだ。恐らく、気紛れに専攻しようとでも思ったのか、魔術

師としての自分が苦手な物があると認められなかったのか、そのどちらかであろう。

 石化が完全に解け、漸く自由の体となった祐一は固まっていた部分を解すように柔軟を行う。

何か後遺症があるのでは、と多少心配になったがどうやら何もなさそうだ。ただ、短剣で貫かれ

た部分の事を意識すると軽い幻痛がするのは仕方の無い事だろう。


「助かったよ。ありがとう」


「何、私のマスターとなった者だからな。当然の事をしただけだ」


 オーディンは淡々と応える。だが、その淡々とした言葉の片鱗には暖かみがあった。


「でも、まさか北欧神話の神、オーディンが俺のサーヴァントになるなんてな……ん? ちょっ

と待てよ、と言う事は俺もマスターになる権利があったって事なのか?」


 その祐一の疑問に答えるように左手にかぁっと焼けるような痛みが走る。それに顔を歪めなが

ら袖を捲ると、みみずばれのような痣の代わりに不可思議な紋様が刻まれていた。


「これが……マスターである証、令呪≠ゥ」


「そう。私達サーヴァントに対する絶対命令権を持つ消費型の魔術刻印のような物だ」


 魔術刻印と言う言葉を聞いた祐一は軽い痛みを感じた。魔術師と言う生き物は自らの究めた結

果を後の子孫へと残す。それを形とした物が魔術刻印だ。



 それぞれの家の魔術師は、その刻印を後継者と認めた子孫に刻む。その際の痛みは想像を絶す

るという。祐一も例外ではなく、聖杯戦争に参加する前に母親から魔術刻印を刻まれた。当時ま

だ小さな少年だった祐一からすれば、魔術刻印が移植される時の激痛は死と同義であっただろう。

 それに、魔術を使えない祐一にとっては無用の長物でもある。




「マスターとなる魔術師は呼び出す英霊の媒介となる物を使用してサーヴァントの召還を行う。

でも今のは『再契約』だ。変じゃないか?」


「私を召還したマスターは既に死んでいる。そこに、マスターの権利を持つ……君の名は?」


 自分のマスターの名を知らないのには問題があるのだろう、オーディンはそこで祐一に初めて

名を問うた。


「相沢祐一だ。でも、マスターが死んでるって……まさか、お前が殺したのか?」


 最後の言葉には殺気を込めてオーディンを睨みつけるように訊く。その視線を受けてもオーデ

ィンは物怖じ一つしない。かたや人間、かたや英霊である。一介の人間である祐一の殺気を受け

てもオーディンにとっては取るに足らないのだろう。


「それだけは否定する。詳しくはマスターであろうと言えぬが、それだけは信じて欲しい」


 真摯な目でオーディンは祐一を見つめる。二つの双眸が祐一を射抜く。


「……分かった、信じるよ。悪い、疑ったりして」


「それが人間として当然の反応だ。魔術師としては少し規格外かもしれんがな」


 薄く笑いながらオーディンは横目に、呆然と尻餅をついている久瀬を見る。それも一瞬、すぐ

にマスターである祐一に視線を戻し手に持った槍を消した。


「さて、マスター・ユウイチ。あそこに倒れている一般人はどうする? 明らかに知られている

が……記憶消去かもしくは、消すのか?」


 最後の言葉には、多少己のマスターを試そうとする意味合いが込められていた。決断力に判断

力、そして何より祐一が本当に仕えるべきマスターであるのか。オーディンはそれを知る為に、

このような質問を問いかける。


「……オーディン、間違っても『消す』なんて言葉、俺の前で二度と言うな。魔術師としては甘

いかもしれないが、俺は人を傷つけるなんてしたくない」


 結果は、魔術師としては甘い。しかし、人間としてはこれ以上ないほど主君の素質を持ってい

る。その答えに満足したオーディンは微笑を浮かべながら、祐一に先程の不躾な質問の事を謝罪

した。

 ライダーの短剣に貫かれた際に落とした『七ツ夜』を拾い、祐一は未だに現実へと戻ってきて

いない久瀬の下へと歩いていく。


「大丈夫か、久瀬?」


 差し出される祐一の手を見て、久瀬ははっと我を取り戻す。顔面を蒼白にして祐一の貫かれた

腹部を視界に収める。しかし、そこには短剣に貫かれた痕どころか男性にしては綺麗な肌しか見

えていない。

 ただ、服の腹の部分が小さく破れている事からさっきまでの映像が夢や幻の類でない事は一目

瞭然であった。


「傷が……」


 先程まで夥しい量の血が流れていた箇所の傷が、跡形もなくなっている事に唖然とする。


「安心しろ。完全に塞がってる」


「塞がってるって……」


 開いた口が塞がらないとはこの事だろう。久瀬は目の前の光景が信じられなかった。

 相沢祐一が只者ではないのは分かってはいたが、ここまで人間離れしていたとは思いもよらな

かった。いや、今では彼は本当に人間かとも思い始めてもいる。


「なんにしろ、無事で良かった。家は何処だ? 送っていくぜ」


「…頼めるかい。今日は信じられない事がありすぎて頭の整理が追いつかない」


 満身創痍と言った風貌の久瀬。これでもまだマシな反応だろう。普通の人間ならば記憶がロッ

クを掛けてしまい、その日の事を忘れてしまうだろう。


「あっ、そう言えばあの女性は!?」


 思い出したように久瀬は叫ぶ。それに祐一は顔色を蒼白に変える。ふらふらしていた久瀬をオ

ーディンが抱えて、公園へと急ぐ。







 辿り着くと、そこには女性が倒れたままになっていた。即座に脈を測り、かなり危険の状態で

あると分かり焦る。


「やばい……血が圧倒的に不足してる。後、記憶とか精神力といったものまで吸い取られてる。

オーディン、さっきの〈治癒ソウイル〉のルーンで治せるか?」


「傷ついた傷の治癒ならば可能だが、精神力や血液までは補給は出来ない。精神力の方は彼女次

第だが、それ以外はなんとかなる」


 その言葉を信用し、祐一と久瀬はオーディンを見守る。先程のように〈治癒ソウイル〉のルーンと違

う紋様のルーンを女の人の体に描き発動させた。傷が癒え、女性の顔から死相が消え安らかな寝

顔へと変わっていくのを見届け、二人は安堵する。


「これで良いだろう。それと、一応悪いとは思ったが彼女の記憶を消して別の記憶を植えつけて

おいた」


「それくらいなら別段怒りはしないさ。寧ろ感謝してる」


 襲われた時の記憶など無い方が良い、と祐一は安らかに眠っている女性の髪の毛を撫でる。見

た所、祐一達と同じ年齢か少し上といったところか。地面に放置しておく訳にも行かず、女性を

ベンチまで連れて行き座らせてその場を去った。





 公園から少し離れたところで祐一はふと、オーディンが実体化したままでいる事に気付く。


「オーディン、霊体化しなくていいのか? 現界中は魔力消費を抑えた方が良いんだろう?」


 サーヴァント……いや、英霊とは最高純度の魂である。契約者、即ちマスターが魔力供給を必

要最低限まで抑えれば霊体となる事が出来るのだ。だが……


「それだが、私は通常のサーヴァントと違って霊体化する事が出来ない。代わりに固有スキルと

して『魔力遮断』と言う物がある」


「『魔力遮断』?」


「アサシンの持つ、『気配遮断』と同じような物だ。私の体に流れる魔力の気配を外界から遮断

する。これを解かない限り、私はサーヴァントどころか魔術師にすら思われない」


 それはある意味気配遮断より便利なんじゃ……、と心の中で思う祐一。霊体化出来ないという

事は現界魔力を消費し続けるという事だが、その量は微々たる物だ。実体化していても、サーヴ

ァント……ないし魔術師とも疑われないというのは便利と言う他にない。


「既に『魔力遮断』をしている。今の私から魔力の気配がするか?」


 言われ集中してみると、確かにオーディンからは魔力をほとんど感じられない。これなら、情

報収集などに便利だろう。


「相沢君、あれは一体何なんだ? それに、君は一体……」


 今まで黙ったままでいた久瀬が唐突に切り出してくる。このまま何も聞かずにいてくれれば…

…と、夢のような期待を抱いていた祐一は軽く落胆の溜息をつく。


「……あれはサーヴァントという存在。ここにいるオーディンも同じサーヴァントだ」


 話し出すと、オーディンが祐一を非難するような目で見る。それを視線を合わせ黙らせる。呆

れたような諦めるような溜息をつき、オーディンはそれっきり黙りこむ。


奴隷サーヴァント……?」


「あぁ。そしてサーヴァントを従えるのは聖杯戦争に選ばれたマスターと呼ばれる魔術師だけだ」


「ちょっと待ってくれ。魔術師? マスター? 聖杯戦争……? 一体何を言ってるんだ?」


 信じられないのも無理はないだろう。祐一にとっては普通だが、久瀬は何も知らない一般人。

魔術師の事など知らないに決まっている。


「真実を述べているだけだ。この世界には科学じゃ証明できない神秘を使う者……魔術師が存在

する。そして、俺はその魔術師であり聖杯戦争のマスターでもある」


 尤も、自分もマスター……マスター候補であった事に気付いたのはオーディンと契約した時で

あるが、サーヴァント召還をしろと言われても触媒など持たない祐一だ。まともな召還など出来

る筈もないと自分でも思っていた。


「つまり、相沢君は魔法使いなのか……?」


 その言葉に祐一は首を横に振る。久瀬は思い違いをしている。それを祐一は正す。


「違う。久瀬、魔術と魔法というのは別物なんだ。人間の力で到達できる神秘を魔術、そしてそ

の魔術ではとても到達出来ない神秘のことを魔法と言うんだ」


「では、魔法使いは存在しないのか?」


 その問いにも祐一は首を横に振る。


「いや、この世界には確か五人の魔法使いが現存している筈だ。その一人は人間じゃないんだが

な」


 無駄に熱血な所と冷徹な部分を併せ持つ魔法使いの老人の事を思い出し、祐一は失笑する。


「それで、聖杯戦争というのは……」


 一番重要な部分だ。ここまで関わってしまったのなら、話しておくべきだろう。そう判断して

祐一は話を続ける。


「久瀬も聞いた事があるだろ。イエス・キリストの血を受けた聖なる杯。そして、この聖杯戦争

でマスターと七騎のサーヴァントによって奪い合いをされる万能の願望機だ」


「七騎……!? あんなのが七騎もいるのか!?」


 自分が殺されそうになった化け物が七騎もいると知り、久瀬は珍しく声を荒げる。


「あぁ、剣の騎士・セイバー、弓の騎士・アーチャー、槍の騎士・ランサー、騎乗兵・ライダー、

魔術師・キャスター、暗殺者・アサシン、そして狂戦士・バーサーカー。全て、聖杯戦争に呼び

出される役割クラス名だ」


役割クラス……?」


 急に様々……しかも到底信じる事の出来ない情報を聞かされ、久瀬の脳は情報を整理しようと

活発に働き始める。肯定否定……今の話を聞いてそんな選択肢が現れ、久瀬はさっきまでの事が

現実である認識し肯定を選ぶ。

 落ち着いた久瀬は話の続きを促す。


「久瀬、お前は過去の英雄といえば何を思い浮かべる?」


 それに少々考え込む久瀬。


「ジャンヌ・ダルクや安部清明だろうか。それが一体……?」


「サーヴァントって言うのは、その過去の英雄なんだよ。英雄と呼ばれた人物達の中の何人かは、

未練や願いなんてものがある。それを叶える為に英雄達は世界と契約して、英霊となり、聖杯戦

争が起きれば呼び出される。それがサーヴァントとなって戦うんだ」


 そこで一度言葉を切り、


「ただ、呼び出されるにも条件があって召還者である魔術師がその英霊の縁の物を持っていない

といけない。それがなければほとんど博打になるけどな」


 その説明を聞き、久瀬は茫然自失とする。


「では、そこにいるのは……」


「北欧神話の神、戦神オーディンだ。ただ、俺が召還したわけじゃなく『再契約』したから誰が

召還したとかは分からない」


 苦笑する祐一。久瀬は頭の中で再度情報を整理しようとするが、うまくいかない。だがしかし、

自分が祐一によって助けられたのだけは分かる。それに、この聖杯戦争と呼ばれる争いに自分が

介入すべきではない事も。


「おい、久瀬。ここか?」


「え……? あ、あぁ、ここだ」


 久瀬の家に着いた。祐一の予想していた通り、久瀬宅も相当大きい。倉田家と同じくらいだろ

うか?


「礼が遅れてすまない。さっきは助かった」


「いや、別にいいさ。それより久瀬」


 先程の戦闘のような真面目さの祐一に久瀬は緊張する。


「お前は今日の事を覚えていたいか?」


「…正直忘れたい。でも、それは逃げているのと同じだ。だから、僕は今日の事を覚えていたい」


 その言葉に、祐一は胸を穿たれた気がした。







 ……八年前、祐一はこの街であった悲惨な出来事を『忘却』した。そうしなければ、彼の心は

砕けてしまっていたからである。少々違うが久瀬も似たようなモノだ。だが、彼はそれを『記憶』

として留めておく事を決めた。


(強いな……)


 祐一はそう思う。


「そうか。じゃあ、俺は家に帰る。もし何かあれば、これを使え」


 祐一は懐から丸い玉の様な物を出し、それを久瀬に渡す。


「これは?」


「空蝉弾。俺が作った空間移動用の弾だ。下に投げつければ範囲内にいる者全てを別の場所に移

動させる。場所は水瀬家の俺の部屋だ」


 またも御伽噺に出てくるような摩訶不思議アイテムを渡され、久瀬は苦笑する。


「もうこれから何があっても驚く事はないかもね……。ありがとう」


 空蝉弾を懐に入れて久瀬はそれじゃ、と家へと入っていく。それを見届け、祐一とオーディン

は水瀬家への道のりを歩き出す。










「ここだ」



 行きとは違い、ゆっくりと新都から水瀬家へと戻ってくる。その間、祐一とオーディンはほと

んど喋る事はなかった。別段、話すことがなかったわけではないが、互いに何も切り出そうとせ

ずに沈黙を保ったまま戻ってきてしまったのである。


「ここかマスターの工房か……」


「いや、工房じゃなくて俺が居候してる家だよ」


 よくよく見ると、家全体に結界が張ってある。恐らく、祐一の母親が生前張った物だろう。オ

ーディンが勘違いするのも無理はない。

 本来、魔術師の家では双子と言うのは異端。どちらかに魔術を教え、片方には魔術の存在すら

教えずに生きさせる。しかし、相沢家……というより祐一の母親や秋子は少々違うようだ。

 双子が魔術を知っている代表的な例は、蒼崎姉妹だろう。ただ、あの姉妹はありとあらゆる意

味で異常と言わざるを得ない。


「ただいま」


「おかえりなさい……あら?」


 祐一の後ろにいるオーディンを見て秋子は少し驚く。


「あの、後ろの方は……?」


 いつも柔和な微笑みで全てを寛容に許してしまう秋子だが、彼女にも戸惑いの感情があったよ

うだ。叔母の普段見ない表情を見て大げさだが感動しつつ、祐一は彼女にとって尤も辛いであろ

う現実を突きつける。


「……俺のサーヴァントのランサー、オーディンです」


「っ……!? そんな……聖杯戦争がまた始まるなんて……」


 突きつけられた現実に、秋子は悲痛の表情を浮かべる。十年前に自身の姉を失っているのだか

ら当然だ。祐一も同じ気持ちだろう。そのまま立っているわけにも行かず、三人はリビングに移

動しソファに座る。


「あの痣はどうやら、マスターの証である“令呪”だったようです。今は完全に変化して三つの

“令呪”になってますし」


 左腕に発現した令呪を秋子にも見えるように掲げる。サーヴァントに対する三つの絶対命令権

である令呪。マスターである魔術師の英霊に対する抑止力であり、命を繋ぐべき命綱だ。

 サーヴァントとして呼び出される英霊は、聖杯を手に入れる為にマスターとなった魔術師を『

利用』する。用がなくなれば、殺されたとしても仕方ない。それを防ぐ為の令呪であり聖杯戦争

を勝ち抜く為の令呪でもある。


「……これも血筋なんでしょうか? 十年前、姉さんがマスターとして選ばれて聖杯戦争に参加

したように、その子供である祐一さんまでもマスターとなるなんて……」


 自分の家族達がこぞってマスター候補になり、命を賭けた戦いへと向かっていくのをただ見て

いるだけしか出来ない……そんな何も出来ない自分に嫌気が差す。

 悲しみと憤りに震える秋子を見て、祐一はいたたまれない気持ちになる。自分が叔母を苦しめ

ている……それが何より辛かった。


「祐一さん、一つだけ……約束してくれませんか?」


 俯いたままでいた秋子が顔を上げ、いつも微笑みを浮かべている表情を今は涙で濡らし真っ直

ぐに祐一を見据える。


「必ず、必ず生きて帰ってきて下さい。もう……姉さんや宗次さんを失った時のような、悲しい

想いはしたく……ありませんから……っ」


「……分かりました。魔術師としても、家族としても、約束します。俺は、この聖杯戦争を必ず

生き抜いて帰ってくる事を」


 誓いを胸に、祐一は決意する。何があっても、皆を巻き込ませず自分も必ずこの聖杯戦争を生

き抜き、この日常へと帰る事を。


「……すいません。どうにも涙脆くなってしまって……やだわ」


 私も年かしら、と秋子は苦笑しながら言い繕う。その言葉に祐一は心の中でこう即答した。


(いいえ、秋子さんは十分若々しいし恐怖を覚えるほどに謎な存在です)


 顔にも出ず、完全にポーカーフェイスで隠し通している。変なところで魔術師然としている祐

一であった。


「ランサーさん。祐一さんの事、お願いします」


「任せてもらおう。マスターは私が護り通してみせる」


 秋子の願いを聞き届け、自らの威信を賭けてマスターである祐一を護る事を誓う。


「秋子さん、聖杯戦争中は出来るだけ水瀬家にはいない方が良いと思うんです。ですから、明日

辺りから水瀬家を出て新都のホテルにでも泊まろうと……」


 秋子や他の関係ない人を巻き込まないよう、この家を離れて新都のホテルで寝泊りをして聖杯

戦争に関する情報を集めるべきだと思い祐一はその事を秋子に伝えようとする。が、


「却下します」


 いつも一秒と掛からず了承を繰り出す秋子が、その了承よりも速いスピードで祐一の提案を即

刻却下する。全てを言い切らない内に却下され、祐一は一瞬唖然としてしまった。


「……いや、でもですねぇ」


 はっと意識を取り戻し、懲りずに秋子を説得しようと試みる祐一。オーディンは我関せずとい

った表情で秋子が入れた珈琲を呑む。程好い苦味が喉を潤してくれる。


「駄目ですよ、ホテルなんてお金が掛かります」


「お金の心配なら必要ないですって。預金通帳にかなり余裕がありますから」


 互いに譲り合わぬまま、平行線を辿る話し合い。秋子も祐一も微笑みを崩さないままに相手を

説得しようとするがそれも理解されぬままに時間だけが過ぎていく。


「どうしても出て行くんですか?」


「一時的にだけですから」


 秋子の様子が少し変わったのを感じ、祐一はこの論争が秋子が折れて終わるのだと確信した。

安堵感に包まれ、祐一の笑顔にも余裕が戻る。しかし、それは間違いであった。


「……分かりました。では、出て行く前にこのジャムを食べて」


「やっぱり水瀬家を出たら名雪達とかに迷惑が掛かりますよね! ホテルに泊まるのはやめよう

かと思います!」


 どこからともなく取り出されたオレンジ色のジャムを見た瞬間、祐一の笑顔から余裕が消え顔

を蒼白にして提案を取り消す。甥の取り乱しように秋子をくすくすと笑う。

 その心には何故ここまで自分のジャムを食べるのを嫌がるのか、という疑問が渦巻いていたが

それを顔に出す事なく二人の論争は秋子の勝利に終わった。


「で、マスター。この家を拠点として、情報収集をするという事で良いのだな?」


「あぁ、不本意ながらそうなってしまった」


 諦めの溜息をついて、祐一とオーディンの二人は今後の行動について話し合う為に二階にある

祐一の部屋へと向かっていった。



[Interlude2−1]



 久瀬がライダーに襲われたその日の深夜。既に深山町に住むほとんどの家の住人は寝静まり、

虫の微かな囀りだけが夜の街の音である。

 しかし、大きい洋館の明かりは未だに光を失わぬまま家の中を照らし出していた。祐一のクラ

スメイトであり、魔術師である遠坂凛の住居。そしてこの家の主……遠坂凛は自宅にてサーヴァ

ントの召還を行い、確かな手応えと共に英霊を呼び出した。。しかし……


「最悪……」


 彼女が最も力を発揮できる時間まであと一時間だったのだが、遠坂の家の呪い『ここ一番と言

う所でポカをする』が発動してしまった。家の時計が一時間早くなっているのを忘れていたのだ。

召還した筈の英霊は彼女の目の前には現れず、代わりにリビングの方からは壮絶な音が聞こえて

くる。急いでリビングへと向かい、歪んでしまったドアを蹴破ればぼろぼろになったリビングの

姿が。

 そして彼女の目の前にはリビングの大惨事を引き起こしたと思われる人物。


(よし、やってしまった事は仕方が無い。諦めよう)


 うん、そうしようと自己暗示。そうでもしないと諦めきれない。


「それで。アンタ、なに」


 意を決して放たれた言葉は、そんな自分でも訳の分からないような言葉であった。いきなり『

アンタ、何』呼ばわりされた彼も、呆れたような表情をする。


「開口一番それか。これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたものだ」


 そして小さく、「これは貧乏くじを引いたかな」と呟く。凛の額に青筋が浮かぶ。ここで怒っ

てはいけない。クールダウン。クールダウン。そう言い聞かせる。


「……確認するけど、あなたは私のサーヴァントで間違いない?」


 もし目の前の人物がサーヴァントではないとか言えば、即刻ガンドを撃ち込んで強制退場願う

つもりだ。それも八つ当たりを込めた凶悪無比な。


「それはこちらが訊きたいな。君こそ私のマスターなのか。ここまで乱暴な召還は……二度目で

ね。正直状況が掴めない」


 両手を肩まで上げて訳が判らないといったジェスチャーをする。

 ……二度目? 少し気になった凛だが、今はこいつが自分サーヴァントか確認するほうが先だ

と考える。


「私は初めてよ。そういう質問は却下するわ」


「……ふぅ。まぁ、それは良いとしよう。だが私が召還された時に、君は目の前にいなかった。

これはどういう事なんだ? 説明を願おう」


 それを聞いて凛は呆れた。


「本気? 生まれたばかりの雛鳥じゃあるまいし、目を開けた時にしか主を決められない、なん

て冗談は止めてよね。インプリンティングも良い所よ」


 赤い外套を纏ったサーヴァントは顔を顰める。


「まぁいいわ。私が訊いているのはね、あなたが他の誰でもない、この私のサーヴァントかって

事だけよ。それをはっきりさせない以上、他の質問は全て却下よ」


 ここで相手にイニシアチブを取られれば終わりだ。いつでも余裕を持って優雅たれ、それが遠

坂家の家訓である。相手に反撃の機会すら与えず、畳み掛けるように言い放つ。


「……召還に失敗しておいてそれか。せめて一言、何か私に対して言うべき事があると思うが?」


「そんなのないわよ。主従関係は一番初めにハッキリさせておくべき物だもの」


「―――む」


 気に障ったのか、サーヴァントの眉が上がる。


「ふむ。主従関係はハッキリさせておく、か。やる事は欠点だらけだが、口だけが達者らしい。

――あぁ、確かにその意見には賛成だ」


 そう言って、サーヴァントは笑う。だが、それは凛を嘲笑する笑いだ。


「どちらが強者でどちらが弱者なのか、明確にしておかなければお互いやり辛かろう」


 そして、あぁだこうだと言い合っている内に凛はついにキレた。そうして、凛の一回目の令呪

は「自分に絶対服従しろ」と言うとんでもない事に使われた。

 遠坂凛、サーヴァント・アーチャー。聖杯戦争参戦。



[Interlude out]



つづく





ステータス表が更新されました。


CLASS   ランサー
マスター   相沢祐一
真名   戦神オーディン
性別   男
身長・体重   194cm  76kg
属性   秩序・善


筋力  B    魔力  EX
耐久  B    幸運  B
敏捷  A    宝具  A

クラス別能力
対魔力  B  魔術発動における詠唱が三節以下の魔術を無効化。
        大魔術・儀礼呪法を以ってしても、傷つけるのは困難。

保有スキル
不明

宝具
不明


CLASS   アーチャー
マスター   遠坂凛
真名   不明
性別   男
身長・体重   187cm  78kg
属性   中庸・善


筋力  D    魔力  B
耐久  C    幸運  E
敏捷  C    宝具  ??

クラス別能力
対魔力  D  第一工程シングルアクションによる魔術行使を無効化する。
        魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動 B  マスター不在でも現界できる能力。ランクBだと二日間は現界可能。

保有スキル
不明

宝具
不明




後書きと言う名の座談会


祐樹「今回は後書きに言うべき事柄は特に無し!」


祐一「おい!」


祐樹「黙れ! さっさと次回予告だ!」


祐一「……俺とオーディンはこれからどうするかを話し合う」


祐樹「結果、互いに別行動で聖杯戦争に関する情報を集める事に」


祐一「翌日、学校へ向かった俺は校舎を包み込むように張られた結界に気付く」


祐樹「それは範囲内にいる者全てを溶解するほどの凶悪な代物であった」


祐一「さぁ、本来在る筈の無い歴史。ここからどのように展開していくのか」


祐樹「次章をお楽しみに!」


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