Fate/snow night 雪降る街の幻想曲





七章 白い少女の笑顔、内面の夜叉





 遠坂が言峰の教会へと連絡して、すぐに事後処理をする為に言峰は学校へとやってきた。未だに学校の生徒や

教師達は目覚めてはいない。言峰はこの惨状を見て、顔色を一つも変えなかった。



「これはこれは―――随分と派手な。小さな地獄、と言った所か」



 淡々と無表情に言峰はその一言で片付ける。その後に唇を歪めて薄ら笑いを浮かべる始末。ここが教会でない

だけ、マシなのだろう。教会でコイツと対峙した時、俺は退魔衝動の赴くままにコイツに斬りかかってしまいそ

うだ。言峰の謎の威圧感に、俺は顔を顰める。



「だが、少々手温いな。やるのならば徹底的にすればいいものを。間桐慎二は半端だということか」



 理解に苦しむと、言峰は漏らす。俺からすれば、言峰綺礼という存在が何を考えているのかがまったく理解で

きない。コイツとは、確実にそりが合う事はないだろう。

 事後処理と、一般人の記憶操作は任せろと言い残し言峰は去っていく。奴が視界から消えてから、詰まってい

た息を溜息とともに吐き出す。士郎達と一緒に、名雪達がいた場所へと戻る。アイツ達に関しては、言峰に任せ

る気は毛頭ない。言峰は信用できない……得体が知れなさすぎる。



「祐一、どうした?」



 士郎が心配そうな声色で語りかけてくる。考え込みすぎていて、表情が硬くなっていたようだ。苦笑して、何

でもないと手を振る。納得した士郎は、そうかと納得した。屋上前の踊り場につくと、名雪達は地面に横たわっ

て気を失っている。だが、その表情には苦痛や恐怖は浮んでいない。ただ、無邪気な表情で眠っている……そん

な感じだ。

 壁に凭れかかっていた舞は、俺達が戻ってきたのを見ると安堵の表情に。どうやら、ずっと意識を繋ぎとめて

いたらしい。かなりの精神力だ。いつも通り無表情の舞に戻ったのを見て、俺は安心した。思わず、子供を褒め

るように頭を撫でてしまう。



「……何?」



 あまり知らない人間の前で撫でられるのが恥ずかしいのか、舞の頬が薄らと赤く染まる。何でもない、と頭か

ら手を離す。すると残念そうな表情をする舞に、かなり萌えを感じた。その舞の視線が、士郎達へと向く。



「……その人達、誰? 後ろにいる外套を着た人と、鎧を着た人……何か妙な感じがする……」



 アーチャーとセイバーがその言葉にむ、と反応する。見た目は確かに普通じゃないが、舞の場合セイバーとア

ーチャーの外見ではなく存在そのものに何か違和感を感じたのだろう。異質な力を持つだけの事はある、という

事か。

 舞には、いや、ここにいる皆には今日の事は綺麗さっぱり忘れてもらった方がいいだろう。その方が皆の為で

あるし、何より混乱もない。記憶の辻褄あわせなら、事後報告などでどうにかなる。舞の正面に顔を持っていっ

て、じっと眼を覗き込む。



「…ゆ、祐一?」



 顔が真っ赤になっている。流石に異性の顔が至近距離にくれば、照れもするか。そんな純情な舞の反応に俺は

思わず微笑んでしまう。だが、すぐに表情を戻し舞の記憶を消す為の行動に入る。



「――――魔眼、解放」



 眼を瞑り、魔眼の封印を解除する為の言霊を紡ぐ。俺の左眼だけが、黒から紫へと色が変わる。左右両目の色

が違う俺を見た舞が、驚きの表情を浮かべた。今から行う事に、少しの後悔とやるせなさを覚えながら、舞と視

線を合わせる。



「祐一、左眼の色―――」



「ごめんな、舞」



 全部言い切る前に、俺は舞に謝った。え、と疑問の声を上げる前に舞の目と俺の魔眼の視線が交差する。ぐっ

と力を込めて眼を見開く。びくん、と舞の体が軽く痙攣した後、ゆっくりと瞼を閉じながら舞は意識を失う。意

識を失った舞に、もう一度ごめんと謝罪をする。ただの自己満足にすぎない俺の謝罪。決して届くことはない、

独りよがりな俺の心。それでも、言わずにはいられない。そうしなければ、俺の心が潰されてしまいそうになっ

てしまうから。

 舞の記憶を消した後、同じように名雪達を一人ずつ揺り起こして記憶の改竄を続ける。一人一人、消した後に

舞と同じように謝罪を入れる。最後に北川をチョップで叩き起こす。男には容赦しない。



「んぐぁ……い、いてぇ」



 意外とすんなり起きたので、拍子抜けする。手刀を叩き込まれた部分を擦りながら、北川が上半身をゆっくり

と起こす。軽く頭を振った後に辺りを見回し、今の状況を把握しようとしている。



「一体、何があったんだ? 急に目の前が赤くなったと思ったら、意識が混濁して……」



 あー、そっから先が思い出せねーともどかしそうに身悶える北川。妙にくねくねと動くので、気色悪くなりも

う一度脳天にチョップを叩き込む。ずびしと結構良い音が鳴った。



「ぬぁ、何しやがる相沢っ」



 非難の目つきでこっちを睨む北川の視線に眼を合わせる。その一瞬で十分、小さくすまんと謝ってから眼に力

を込めた。眩暈を起こしたかのように倒れこむ北川の体を、受け止める。北川の記憶を改竄するか否か、正直少

し迷った。久瀬は記憶を消さず、そのままにしているのに北川の記憶だけ消すのはどうなのかという葛藤があっ

たが、結局消した方がいいだろうと最終的に判断を下した。それに、俺が記憶を消さなければ後ろに控えている

遠坂がやっていただろう。どちらにせよ、記憶の改竄は行われるのが必然だっただけ。その過程が違っただけな

のだ。

 廊下に横たわる皆を置いて、俺達は救急車とパトカーのサイレンが鳴り響く穂群原学園を後にする。恐らく、

言峰が辻褄を合わせる為に呼んだのだろう。救急車から数人の救急隊員が飛び出し、学校の中へと慌しく入って

いく。武装を解いたセイバーと士郎が話すのを耳にしながら、久瀬は大丈夫だろうかとぼんやりと考えた。早い

段階で結界の破壊に成功していたから、それほど大事には至っていないと考えて良い。問題は肉体より、精神の

方。



「相沢君、大丈夫?」



 心配そうな遠坂の声に反応し、その声がした方へ向くと三つの視線が俺を射抜いていた。いや、霊体化してい

るアーチャーを含めると四つになるか。また顔に考えが出ていたのか……色々と重症だ。軽く息を吐き、手で顔

を覆う。軽く頭を振り、思いつめないように思考を切り捨てる。



「ん、大丈夫。ちょっと思いつめすぎたみたいだな」



 今、こんな所で思いつめすぎて立ち止まるわけにはいかない。ランサーにこんな所を見られたら、叱咤される

だろうなと苦笑する。こんなんじゃ、マスターとして適正不十分だ。士郎のほうがよっぽど、自分の責務を果た

そうとしてる。

 士郎も無茶をする性質だが、俺も人の事はまったく言えない。ランサーに頼ろうとする気配がまるでない。下

手すると拗ねられそうだ。



「む、今何か変なこと考えなかったか祐一」



 微かに顔を顰めながら士郎。貴様はエスパーか、と言いそうになったが言えば士郎の言葉を肯定している事に

なる。口に出しそうな言葉を飲み込み、んなわけないと返す。さて、警察に事情聴取を取られる前にさっさと逃

げたほうが無難だ。その辺りは言峰に押し付ければ良い。雑談しながら、俺達は穂群原学園から離れていった。






 時刻は過ぎて、夕飯時。今日のご飯は和食オールで、士郎による作品。そして、学校にいて結界の効果に毒さ

れていた筈の藤村先生と桜ちゃんもいる。二人とも、それほど堪えていないみたいだ。



「――でも不思議よね、ガス爆発だったって言うのにその爆発の場所がまったく分からないなんて」



 藤村先生が勢い良くご飯をかっ込みながら喋る。学校での事件は、突発的なガス爆発という事で言峰によって

処理されたらしい。色々不可解な謎は残っているだろうが、それほど気にされる事はないだろう。再発防止に努

めるとか、そういう注意のほうが先。結界の被害者の生徒や教師達の記憶も消され、あの時の校舎内での真実を

知っている人間は、俺達と間桐、言峰だけ。非日常な出来事は、日常の出来事によって押し潰される。その逆も

また、同じだ。



「ですねぇ。俺達はすぐに異常に気付いて、すぐにそこから離れたからぴんぴんしてるけど……他の生徒達は大

丈夫だったんですか?」



「ん、それは大丈夫。教師も生徒達のほとんどは軽い意識混濁だけだったみたいだから。ただ、少し重症の人も

いたみたいで、その人達は少しの間入院だって」



 おかわりー、と藤村先生がどんぶりを士郎へと差し出す。既に三杯目である。普段の藤村先生ならまだしも、

今日は結界によって毒されていた筈。それなのに、なんでこんなに元気なんだ……? 俺、藤村先生の持つどん

ぶり一杯で腹が膨れる自信がある。



(それはな、祐一。藤ねぇが虎だからだよ)



 頭の中に士郎の声が響く。驚いて思わず士郎の方へ目線を向ける。しかし、士郎はマイペースに自分の料理を

摘みながら自己採点していた。俺の視線に気付いて、怪訝そうな表情に。頭の中に響いたのは、幻聴だったらし

い。しかし、随分と納得できる幻聴ではあった。きっと現実で士郎に言っても、同じ答えが帰ってくると確信で

きる。



「シロウ、私もお願いできますか?」



 セイバーも士郎に茶碗を差し出す。器の大きさが違うが、藤村先生と同じ三杯目。確かにご飯が進む食事では

あるが、流石に喰いすぎではないかと。俺は二杯ぐらいで十分です。まぁ、気持ちは分からなくも無い。士郎の

ご飯は美味しいからな。水瀬さんちの秋子さんほどではないけど、男子高校生としてはほぼ上位クラスの料理ス

キルが備わっている。レベルに換算すれば佐祐理さんクラスっ。恐るべし、衛宮家の家政婦。



「むぐ……んっ、ご馳走様」



 箸を指に挟み込み、両手を挟んで食事の終わりを宣言する。空となった食器を台所まで持っていき、水につけ

ておく。食器の汚れはこびりつくと取れにくいからなぁ……大変だ。冷蔵庫の中から麦茶を出して、コップに注

いで飲み干す。

 全員の食事が終わり、士郎と桜ちゃんが揃って洗い物。遠坂とセイバーはじっとテレビの鑑賞。そして、藤村

先生はというと、



「相沢君、それダウト」



 藤村先生の一声と共に出したカードを裏返す。それを見た藤村先生がきーっと悔しがりながら、ばらまかれて

いるカードを回収していく。何故か俺は藤村先生と二人でダウトなんぞをしている。シュールだ。二人でダウト

なんて、やるもんじゃない。見ている方もやっている方も哀愁が漂う。



「藤村先生、やめましょう。なんか虚しいですってば」



 脱力しながらそう持ちかける。こういうゲームは四人以上でやる方が面白い。麻雀しかり、カードゲームしか

り。もう少し何かマシな選択はなかったのか……。薄々分かっていたのかすぐに藤村先生はトランプをケースに

直した。確かに、何もする事がなくて暇なのは確か。

 ……少し、外の風に当たりに出ようか。色々と思う所もあるのだし、一人でゆっくり考え事をしたい。宛がわ

れた自室へ向かい、上着を回収。それに袖を通しながら、居間へと戻る。



「士郎ー、俺少し外歩いてくるわー」



 台所で桜ちゃんと洗い物を続ける士郎に、声をかける。皿を洗う手を動かしたまま、士郎はこちらへと振り返

って夜道に気を付けろよーと忠告を投げかけた。セイバーと遠坂の俺を射抜く視線を感じながら、士郎の忠告に

右手を軽く上げて了解の意を返す。衛宮邸を出た俺は、適当に何か買っていくかと考えてマウント深山商店街の

方へと歩いていく。

 コンビニで肉まんを二つ買い、商店街の中にある小さな公園のベンチに座って肉まんを頬張りながら空を見上

げる。視界に写るのは満天の星空。空は晴れているが、俺の心の中は曇っている。



「……未熟、だな。感情のコントロールが出来なくて、あんな風になるなんて……」



 思い出すのは間桐との一件。未だ間桐に蹴りをいれた感触が、残っている。何かを護る為ではなく、自身の保

守の為でもない。怒りの感情だけで、俺は自分と同じ人という存在を手にかけようとした。魔に堕ちた人ではな

く、人として正常な意識を持つ存在モノを。



(あまり気に病むな)



 頭の中に直接声が響く。俺とまったく同じで、どこか違う声。退魔衝動から生まれた、俺の別人格の七夜。ラ

ンサーとの念話の要領で、七夜と会話する。



(気に病むなって言われても、無理。あと少しで、取り返しのつかない事をしてたんだぞ)



 人という存在の殺害。死者、死徒、魔に落ちた人とは違う。ましてや魔術師でもない、それこそほとんど一般

人と変わらない人間を手にかけようとした。今まで自分のしてきた事を考えれば、偽善者と言われるかもしれな

い。しかし、それは俺が引いた最低限の倫理。



(だが、そうはならなかった。結果良ければ全て良し、って言葉があるだろう)



 七夜の言葉に苦笑するしかない。確かに過程はどうあれ、結果が良ければいいのだろう。最も、その過程の中

に最悪の手段が紛れ込んでいれば話しは別だ。今は、間桐を手にかけずに済んだ事を喜ぶべきだと七夜は言う。

確かに、その通りかもしれない。



(…ん、サンキュ七夜。お前が相棒で良かった)



 心底そう思う。互いにストッパーであり、最大の親友であり、本音をぶつけあえる存在。そういった存在がい

る俺は、恵まれているんだろう。志貴や他の皆も、同じ。俺は、本当に恵まれている。



(照れるような事を言うな。考え込みすぎるのは、祐一の悪い癖だぞ)



 思わず苦笑してしまう忠告を残して、七夜の声が聴こえなくなった。普段の七夜は、必要な時以外はずっと眠

りについている。魔力供給不足でずっと眠っているセイバーと同じようものだ。必要な時になれば、自動的に目

を覚ます。頼もしい相棒、それが七夜なのだ。

 と、座っている俺の前に気配が一つ。少し注意力を散漫しすぎたみたいだ。カツアゲ目的の不良やチンピラだ

ったなら、早々にお帰りいただこう。



「こんばんは、お兄ちゃん」



 しかし、聴こえたのは予想外に幼い少女の声。それも、どこか聞いた事があるような声色だった。



「は? ……っ!」



 視線を下ろし、少女の姿を目の当たりにした俺は驚きで一瞬固まり、すぐさま座った状態の脚力だけでベンチ

から飛び退く。俺の前に現れたのは、バーサーカーのマスター――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン

という少女。

 油断しすぎていた……まさかこんな公園で出会うなんて。今の俺にはランサーがおらず、向こうには霊体化し

たバーサーカーがいる筈。しかし、イリヤスフィールの周囲からはその威圧感が感じられない。



「イリヤスフィールか……。俺に何か用か?」



 それでも警戒心を隠さず、慎重に言葉を選ぶ。すぐにでもランサーとの念話のチャンネルを繋げるよう、意識

しておく。俺の行動に唖然としていたイリヤスフィールだったが、唐突に膨れっ面になる。その年相応の表情に

一瞬毒気を抜かれた。先日の魔術師としての顔とのギャップが激しい。



「その反応は失礼じゃない? それに今は戦う気はないわ。散歩中にたまたまお兄ちゃんを見かけたから、話し

かけただけだよ」



 その表情と声から、嘘を言っているようには見えなかった。まぁ、確かに女の子にするような行動じゃないな

と内心反省しつつ、ベンチへと戻る。ベンチに座り、すぐ横の空いてるスペースを叩く。



「イリヤスフィールも座れよ。疲れるだろ?」



 素直に俺の言葉に従って、横へと座る。そうだ、と声を上げてイリヤスフィールがこっちを向いた。



「私の名前、長いから言い辛いでしょ。だから、イリヤでいいよお兄ちゃん」



 まったくその通り。アルクェイドの名前も長ったらしくて、少々言い辛いのだがイリヤスフィール……いや、

イリヤの名前も負けず劣らずだ。この申し出は、正直ありがたい。



「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらう。っと、そういや自己紹介してなかったよな」



 以前はイリヤが一方的に名乗り、即時にバーサーカーと交戦状態に入ったからイリヤは俺の名前を知らない。

だからこそ、お兄ちゃんと呼んでいたのだろう。俺にそんな趣味はない。イリヤも俺の名前を聞きたそうに待っ

ている。



「初めまして、イリヤ。俺の名前は相沢祐一……魔術師ではなく、退魔師だ。俺の事は祐一でも、祐ちゃんでも

好きに呼んでくれ」



 言い終わる前に手を差し出す。イリヤは俺の最後の冗談に不思議そうな顔をした後、にぱっと少女らしい笑顔

を浮かべて俺の手を取った。二人でベンチに座り、何も語らずただ満天の星空を見上げる。



「ユウイチは、魔術師じゃないんだね」



 イリヤの語りかけに、視線を星空から戻す。座高の高さが違う為、イリヤは俺を見上げ、俺はイリヤを見下ろ

す形になる。表情には笑顔がない。ただ純粋に、俺が魔術師ではない事を確認しているだけ。



「あぁ、生憎と才能がなくてな……強化も出来ない、落ちこぼれさ。その代わりに、退魔師としては優秀だった

から別にいいんだけど」



 自画自賛、というわけではない。親父の裏づけありの、事実。魔術師としては三流以下でも、退魔師としては

俺は一流。別に魔術師という職業になんら興味はない。

 イリヤは退魔師という言葉の意味が分からなかったらしく、何なのかと聞いてきた。出来るだけ簡潔に、分か

りやすく説明する。拙い説明で分かったか不安だったが、イリヤは聡明らしくすぐに理解してくれた。しかし、

すぐに表情が疑問に変わる。



「でも、ユウイチはバーサーカーと戦った時に空間転移をしてたわよ。現代の魔術師には到底出来そうもない、

完全な空間転移を」



 無邪気に聞き尋ねる子供のように、イリヤは上目遣いにこちらを見上げる。流石に俺の魔眼の事を言うわけに

は行かないしな……適当にはぐらかすしかないか。



「ん、企業秘密だ。男も女と同じようにミステリアスな所が合った方が格好いいんだよ」



 気障っぽく言いながら指を振る。自分の疑問に答えてくれなかったことに、イリヤは不満そうだったがすぐに

笑みを浮かべた。まぁ、これは俺の切り札だからな……そうそう安易にばらすわけにはいかない。いつでも最後

のカードは出す時になるまで伏せておかなければ。

 こうしてイリヤと話していて、やはり気になる事がある。イリヤの周囲から、まったく何の気配もしない。こ

こまで近付いても、バーサーカーの威圧感が感じられないのだ。



「……バーサーカーはどうしたんだ? 霊体化して待機させてるのか?」



 辺りの気配を探るが、やはり何も感じない。ここにいるのは、俺とイリヤの二人だけだ。



「ううん、今は連れてない。お城でお留守番させてるの」



 お城って……この冬木市に城なんてあったかな……。というか、そんな物あったらすぐに気付く筈なんだが。

それを指摘すると、イリヤは答えてくれた。新都から離れた場所に大きな森があり、その中に城が建っているの

だという。そういえば秋子さんが新都の外れに大きな森があるって言ってたっけか。

 貴族のする事は良く分からん、と心の中で呟く。



「前は悪かったな。バーサーカーは大丈夫だったか? 勢い良くセイバーに斬られてたけど」



 イリヤは俺の言葉に驚く。まさか、謝られた上に心配されるとは思ってもいなかったのだろう。聖杯戦争とは

魔術師同士の殺し合いだ。殺し、殺される――――それが当然の事だ。



「……ユウイチって変な人だね。まさか、バーサーカーを殺したのを謝られて、その上心配までされるなんて思

ってもみなかった」



 怒るのではなく、本当に怪訝そうに俺の顔を覗きこむ。じーっとイリヤの赤い眼に見つめられていると、困惑

が強くなってくる。後、やはり少しは照れてしまう。



「ん……、なんとなくな」



 頬を掻く。本当に、バーサーカーの事を聞いたのには何の理由もない。強いて言えば、話題がなかったからと

でも言えばいいか。



「大丈夫よ、バーサーカーは強いから。それに、聖杯戦争っていうのはそういうものだって理解しているし。ま

ぁ、バーサーカーを殺されたのには怒ったけど」



 頬を膨らませて、ぷんぷんと怒るイリヤ。言っている事とは裏腹に、表情は楽しそうだ。本当は対して気にし

ていないのかもしれない。イリヤが言っていたように、バーサーカーには後、残り十一個の命の蘇生ストックが

ある。並のサーヴァントでは、それを殺しつくす前に倒されてしまうだろう。

 それがイリヤの絶大なる自信に繋がっているのかもしれない。



「そっか……そういや、イリヤはこんな所で何してるんだ? 一人で出歩いたら、他のマスターに襲われるだろ」



 俺も人の事は全然言えないが、その辺りを気にしていてはいけない。



「んー……なんとなく、かな。ずっとお城に篭ってると、疲れるし」



 心底楽しいといった表情で笑う。やはり年相応の笑顔がイリヤには似合っている。その笑う表情を見て、なん

か柔らかそうな頬だなーと感じた。その好奇心を抑えることなく、俺はその頬を引っ張る。



「ひゃ、ひゃひするほ? ひゅういひ?」



 両頬を指で摘んで引っ張られ、ちゃんと喋れないイリヤ。それが面白くて、すぐに離すつもりだったのだが止

められなくなってしまう。くいくいと、痛みを感じないように優しく引っ張る。



「いんや、引っ張り心地の良さそうな頬だったんでな。引っ張ってみた」



 たてたてよこよこまる書いてちょんちょん、と言うようなノリでイリヤの頬を引っ張り続ける。ひにゅ、ふに

ゅ、はにゅ、とイリヤは擬音を上げながら悶えていた。散々イリヤの頬を蹂躙し尽し、軽く謝りながら優しく頬

を撫でた後に手を離す。



「うぅ……もうっ、レディの顔を弄ぶなんて最低よ?」



 引っ張られ続け少し伸びてしまった頬を押さえながら、イリヤが文句を言う。少々やりすぎてしまったかと苦

笑。まぁ、これもイリヤの頬が柔らかすぎるのが悪いという事で。



「気遣いのイギリス紳士と言われるこの相沢祐一に向かって、その言い草はないだろう」



 大袈裟に言い返す。一瞬、俺の冗談にぽかーんとした表情のイリヤだったがそのうちに小刻みに体が震え、次

第に口からは抑え切れない笑いの声が響きだした。



「ふ……くす、あははははははっ。ユウイチって、本当に面白いね」



 目尻には可笑しさのあまりか、涙すら浮んでいる。イリヤはお腹を押さえて、夜の公園に良く響くほどに笑い

声を響かせた。



「それは暗に俺を馬鹿にしてるのか?」



「ううん、ふふっ、違うよ。褒めてるつもりよ、一応」



 笑いながら言われても、とてもそうは思えんのだが……。未だに笑い続けるイリヤの姿を視界に収めながら、

複雑な思いを抱き続ける俺。そこまで面白くもないと思うんだが。俺と北川がしている普段の奇行を見せたら、

どんな事になるのだろうか。興味が尽きん。



「あは……はぁ、落ち着いた。……ねぇ、ユウイチ」



「ん、何だイリヤ?」



 指で目尻に浮んだ涙を拭い、落ち着いてからイリヤが俺に話しかけてくる。イリヤの表情に笑みはない。何か

真剣な事が聞きたいのだろうか。



「ユウイチは……シロウやリン達と一緒にいるの?」



 表情を消して、イリヤは先程までの無垢な少女ではなく、聖杯戦争に参加する魔術師の一人―――バーサーカ

ーのマスターとして、俺に話をしてきた。以前も見た、魔術師としての顔を宿すイリヤの表情に戦慄を感じなが

らも、感嘆を抱く。幼く見えても、イリヤは立派な魔術師なのだ。



「あぁ、そうだ。俺は二人とは仲間だし、友達だからな。アイツらと戦う、なんて選択肢は選びたくないんだ」



 それでも、結果として最後には争うことになるのかもしれない。俺がランサーのマスターである限り、その結

末は覆る事はない。それが少し、辛くもある。



「ユウイチは友達思いなんだね。魔術師からしたら、その感情は無意味なものだけど」



「そうだろうな。でも――俺は魔術師じゃない、退魔師だ。俺は俺の思うままに生きて、行動する。誰にもそれ

を制限する事なんて出来ない」



 そう、もう自分の選択で、行動で、後悔はしたくない。八年前のように自分の弱さで起きてしまった事を、繰

り返さない為にも。俺は俺の信じる道を行く。俺の正しいと思う道を歩み続けるだけなんだ。



「……魔術師じゃない、か。少し、羨ましいかな」



 イリヤの寂しげな声。そのまま、少し会話が途絶えてしまう。無言の状態が続き、かなり気まずくなってしま

った。



「……イリヤは、何でこの聖杯戦争に参加したんだ?」



 咄嗟に口に出たのは、そんな言葉。もう少し何か他の事はなかったのか俺、と後悔する。俺の言葉に、イリヤ

はすぐに答えてくれた。



「聖杯は元々、アインツベルンのものよ。私はアインツベルンの人間、参加するのは当然だわ」



 なるほど……聖杯戦争のプロセスを創ったのは、遠坂、マキリ、アインツベルンの人間だ。遠坂が英霊を召還

して使い魔に定着させるサーヴァントシステムを、マキリがそのサーヴァントを律する為の令呪を、そしてアイ

ンツベルンが願望機となる聖杯を創り出した。その経緯で言えば、確かに聖杯はアインツベルンの物になるだろ

う。

 ……聖杯、か。もし、俺がこのまま聖杯戦争を続けて、俺が聖杯を手にしたらどうしただろうか。何かを願っ

ただろうか? ランサーには願いなど無いと言ったが、もし一年前の奇跡が起こっていなければ、俺は聖杯に願

っていたかもしれない。――――アイツらを、皆を助ける為に『奇跡』を起こしてくれと。



「……ユウイチ?」



「――――え?」



 我に帰ると目の前には魔術師ではなく、年相応の顔をしたイリヤの姿がある。俺は今更何を考え込んでいるの

か。奇跡は起こって、アイツらは助かった。それが今の現実だ。IFの事を考えても仕方がないのに。



「そろそろ帰るね。遅くなるとセラに怒られちゃう」



「送らなくて平気か?」



 そう言うとイリヤは首を横に振る。



「平気だよ。それに、本当ならユウイチも私の敵なんだもの。だから、ここでお別れ」



 にこやかに悲しい事を言うイリヤに、心が痛む。だが、本当の事だ……逃げる事は許されない。俺はイリヤの

敵であり、士郎達の味方であり敵だ。――――でも、



「……そうか。でもまた、こんな風に会えるかな?」



 ――――こんな希望を抱く。イリヤとは、また魔術師としてではなくただの人として、もう一度会って話して

みたい。



「……会いたいの?」



 きょとんとした表情のイリヤが俺を見上げる。



「あぁ、次は士郎も連れてさ。一緒に飯でも食おうぜ」



 きっと士郎も賛成してくれるだろう。寧ろ今ここでイリヤと会っていたのが士郎でも、同じ事を言っただろう

な。アイツは本当に魔術師とは思えないほどにお人良しで、不器用で、頑固者で、優しい。アイツが自らの信念

を誰かに言われて曲げるなんて事は、決してないだろう。

 イリヤと会っていれば、またこうして会おうとしたに違いない。



「……うん。ユウイチがそう言うならいいよ」



 じゃあね、とイリヤは銀色の綺麗な髪をなびかせながら、夜の公園を走り去っていく。その後姿を見送りなが

ら、俺は思う。イリヤは子供のように無邪気すぎて、善悪の判断が曖昧なんだ。だから、人を殺す事になんの疑

問も持たない。

 魔術師としての思考としては正しい。しかし、一人の少女としてはそれは間違っている。



「悲しいな、それは―――」



 誰に言うとも無く、呟く。もし出来ることならば、イリヤには聖杯戦争を降りてもらいたい。あんなまだ幼そ

うに見える彼女が、こんな血塗れの儀式に参加するべきではないのだ。どうにかしてイリヤを説得できないもの

か、と考えながら俺は人気の消えた公園を後にした。



[interlude 4−1]




 夜の新都。その新都内には、遊具も何もないただ広いだけの公園がある。昼でも人気がないのに、夜になって

さらに人気の失せたその場所―――十年前の聖杯戦争終結の地に、夜の闇に紛れてその影は立っていた。



「……」



 影の正体は先日、召還されたばかりのサーヴァント、アサシン。何をするでもなく、ただ人気のない公園でじ

っと夜空を見上げていた。その瞳には、無機質な光だけが灯っている。



「……せっかく最低な亡者生活を楽しんでいたっていうのに、まさか……こんな辺鄙な所へ、俺が呼び出される

とはな」



 表情は酷く疎ましそうである。だが、その不愉快そうな顔と相反するかのように、アサシンの声は酷く嬉しそ

うだ。それは、再び現世へ舞い戻った嬉しさと言うより……

 ――また、『獲物人間』を解体できるという殺人衝動を満たせられる為の、喜び狂気の声だった。

 アサシンは呼び出したマスターである老人から離れ、新都の公園で佇んでいる。彼は聖杯戦争が終結したこの

場所で、ここに残る無数の思念――――負の感情を一身に感じていた。



「ここは心地良いな。怨念、憎悪、恐怖……色々な負の感情が渦巻いている」



 くっくっと押し殺した歪んだ笑いを浮かべる。手に持った短刀を弄びながら、アサシンはその負の感情を感じ

続ける。ふと、アサシンは不意に今までかけていた気配遮断をやめた。今までその場に存在しないかのように気

配が希薄だったのが、濃密なまでの気配へと変わる。何を思って、アサシンが気配遮断を解除したのか。

 その原因は、すぐに現れた。



「……見つかってしまったか。気配遮断を断ってしまったのは失敗だったな」



 しかし、言葉にはまったく苦々しさは含まれていない。それどころか、アサシンは面白そうに笑いを浮かべ続

けている。弄んでいた短刀を、しっかりと逆手に持つ。

 アサシンの言葉に答える声が一つ、夜の公園に響いた。



「嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。俺が近付いてきたのに気付いて気配遮断をやめただろ」



 赤き魔槍を肩に担ぐ蒼のサーヴァント。ざっ、ざっと足音を立てながらアサシンへと近付いていくのは、ラン

サーだ。その表情には、怪訝さと戦意しかない。



「しかし、どういうこった? アサシンはあの山門にいた奴だった筈。テメェ、一体何なんだ?」



 そう、ランサーは以前一度アサシンと戦っている。柳洞寺の山門に佇んでいた陣羽織を羽織り、ランサーの持

つ槍と同じほどの長さの長刀を、自由自在に振るった凡そ暗殺者とは思えない暗殺者のサーヴァント。あれこそ

が、今回の聖杯戦争におけるアサシンのサーヴァントだ。だが、今ランサーの目の前に立つのも確かにアサシン

のサーヴァント。気配遮断を使う事が、何よりの証拠。

 ならば、元いたアサシンはどうなったのか。



「あぁ、あの寺にいた偽者か。アイツなら俺が召還された直後に解体してやったよ」



 アサシンの冷笑は変わらず。その様子にランサーはちっと舌打ちを鳴らす。別にあのアサシンの死を慈しむワ

ケではない。ランサーにとって戦いとは生きるか死ぬか、それに限る。だからこそ、戦いの果てに死んだのなら

ば一人の戦士として本望だろう。

 だが、このアサシンはそれを嘲笑ったのだ。ランサーにとって、命を賭して散っていった戦士の死を嘲笑うな

ど許しがたい事。弱者だと言えど、それは当て嵌められる。



「アサシン……テメェはここで潰す」



 怒りを露にして、ランサーはゲイ・ボルクを構えた。戦士の誇りを侮辱したアサシンに対して、ランサーは容

赦などしない。今の自分の持ちうる限りの能力を全力に使い、この相手を叩き伏せるだけ。自身にかけられてい

る“制約”など関係ない。

 戦闘態勢に入ったランサーを視界に収め、くっとアサシンは心底面白そうに笑いを浮かべた。今から始まる同

じモノ同士の戦いコロシアイ。それが、楽しみで仕方ない。



「御託はいい……さぁ、殺しあおう」



 その言葉を合図に、アサシンとランサーが地を蹴る。先制はランサー、アーチャー戦時のような神速の突きが

アサシンに向けて放たれた。視界に赤い軌跡しか残らないその一撃を、アサシンは短刀の小さい刃の部分で正確

に弾き返す。動揺せず、ランサーは連続で突きを繰り出し続ける。

 その軌道を見切り、アサシンは短刀で弾き返しながら間合いを詰めていく。ランサーの放った一発の突きを横

に弾き返し、アサシンは一気に間合いを詰めた。地を這うように疾走し、ランサーと肉薄せんばかりに接近して

すれ違い様に斬りつける。



「ちぃっ―――」



 槍を盾代わりにして防ぐ。短刀とゲイ・ボルクが交差し、火花を散らす。離れていったアサシンへと、再び槍

を振るって追撃を行う。それを先程までと違い、防ぐことで弾くのではなくアサシンが短刀をランサーの一撃と

交差するような軌道で繰り出すことによって、弾き返す。

 ランサーは妙な既視感デジャビュを感じていた。このアサシンの動きを、以前どこかで見た事がある。しかし、生前では

ない。聖杯戦争に呼び出されてからである事は、確かだ。だが、一体何処で……?

 ランサーの考えを他所に、体はひたすら槍での攻撃を放ち続けていく。凄まじいスピードで二騎のサーヴァン

トの攻防が繰り広げられ、剣戟音だけが夜の闇に響く。それはあたかも、二日前のアーチャーとランサーの戦闘

の再現に見えた。違うのは相手がアサシンという事と、ランサーが少しずつ焦りを見せているという事。



(くそ、戦いずれぇ……っ。令呪の効果さえなけりゃ……!)



 現在、ランサーには言峰により一つ令呪が使われている。内容は『諜報活動に専念し、全てのサーヴァントと

戦い引き分けろ。宝具が躱されればすぐに退け』という命令だ。この令呪のせいで、ランサーは一度目の戦いの

時は本気では戦う事が出来ない。

 それだけではなく、アサシンの戦い方自体がランサーにとってはやりにくい。思う存分に戦いあう、というラ

ンサーの願いとは違い、アサシンの戦闘方法は殺すこと。それはランサーも同じだが、二人の間ではその過程が

違いすぎた。ランサーは相手を倒すまでの戦闘の過程を楽しみ、アサシンはいかに相手を殺しつくすかという事

を楽しんでいる。



(下衆が……っ!)



 苛立ちが募る。ただ殺す事だけを楽しむなんていうのは、ただの殺人快楽者だ。死力を尽くしての勝利こそ、

ランサーにとってどんな銘酒にも劣らぬ、最高の美酒。アサシンの在り方は、ランサーにとって許せるものでは

ない。

 突きから一転、ランサーはゲイ・ボルクを横薙ぎに払う。点から線に攻撃の仕方が変わり、こればかりもアサ

シンの持つ短刀では防ぎきれなくなった。受け止めればそのまま、勢いをつけた横薙ぎがアサシンの体を襲う。

体を沈め、その横薙ぎを躱す。地に伏せるような格好だったアサシンの姿が、突如ランサーの視界から掻き消え

たと思った瞬間、ランサーは左肩に鋭い痛みを感じた。一瞬の後、斬られたのだと気付く。

 だが―――ランサーは痛みより、相手の攻撃方法に驚いた。突如真下にいたアサシンの姿が消え、次の瞬間に

は真上からの斬撃。それは、数日前に味合わされた攻撃方法。感じていた既視感の正体が分かった。アサシンの

姿が、その時一瞬だけ戦った相手――相沢祐一と完全に重なる。



「……テメェ、何者だ。何でユウイチと同じ技を使いやがる?」



 間合いから離れたアサシンを見据え、疑問をぶつける。その間に、ランサーは斬られた左肩にルーン刻みつけ

治癒を促す。問われる疑問に、アサシンは怪訝そうに顔を歪めるのみ。ランサーの問いの答えを、アサシンは持

っていないのだ。



「そのユウイチとか言う奴が誰かは知らんが、これは七夜暗殺術の技。七夜最後の生き残りの俺が使うのは道理

……まぁ、アンタが知るはずもない、か」



 薄く笑いながら、アサシンは掌で目を覆い隠す。すぅ……っと息を吸い込み、ふっと全て吐き出した。そのア

サシンから、ただ純粋に殺すために放つ殺気が溢れ出る。閉じていたアサシンの眼が開く。

 その眼は、不気味なくらい蒼く光っていた。ランサーは自身の傷をルーンで癒しつつ、それに恐怖と言う感情

を抱いた。



「まぁ……そろそろ終わりにしようか。アンタとの殺し合いは楽しいが、もっと他の奴とやってみたいんでな」



 彼とて英雄と呼ばれる前は、ただの人間だ。駆け抜けた数多の戦場で、対峙した幾人もの敵に恐怖を抱いた事

はある。その中でも、ゲイ・ボルクを託してくれた師匠と相対した時の恐怖は大きかった。だが、アサシンの持

つあの眼は別格だ。



 
――否、これは恐怖を超え、既に『死』を押し付けられている。




 ランサーは槍を構えなおす。ギリギリまで矛先を地面へと向ける独特の構え……いつでも宝具を発動できる体

勢だ。セイバーには初撃で躱されてしまったが、あれはセイバーの持つ直感力と幸運の補正が高かった故。そう

そうランサーの槍を躱す事が出来る者など、いはしない。

 令呪の束縛がランサーを襲うが、その命令など聞く必要はない。ランサーはこの場をもって、このアサシンを

聖杯戦争から脱落させる。辺りの空気が殺気で凍りつき、静寂がその場を覆う。

 数瞬の後、二人は同時に地を蹴った――――!



「“刺し穿つ死棘の槍ゲイ・ボルク――!”」



 先制はやはり獣の様な速度を持つランサー。セイバーとの戦いと同じく、相手を確実に葬る為に放つ一撃――

心臓を穿つという結果を先に持ちその過程を不要とする、ゲイ・ボルクの真名を発露。結果だけを持った赤い軌

跡が、アサシンの心臓目掛けて走る。それは全てを狂わせるほどの幸運を持ちえなければ躱す事の出来ない、不

可避の攻撃。

 アサシンは疾走をやめず、向かい来る自らの死を具現化する槍を見据えている。その瞳の中に恐怖はなく、口

元には微笑すら浮かんでいた。それは死を前にしての達観の笑みでは、決してない。――その死の具現ですら、

殺すべき対象だと確信している笑み。果たしてそれは、アサシンの持つ短刀が翻った時に起きた。



 ――――アサシンの心臓を貫く筈だったランサーの槍の矛先が、翻った短刀によって斬りおとされる。矛先を

斬りおとされた自分の槍を見て、ランサーは驚愕の表情を浮かべた。それが隙を生み、続けざまに槍の半ばを付

近を切断。間髪入れずランサーの懐へと入り込み瞬時に左太腿、右腕、右肩から左腰、左腕、右太腿、左肩、そ

して横薙ぎに胴体を切り裂いた。血を撒き散らしながら、ランサーの体はいくつかのパーツに分かれて地面へと

散乱する。



 ……一瞬で行われた解体作業。ランサーの流した返り血を浴びながら、アサシンは佇む。その足元には無残な

姿を晒す槍の騎士、ランサー。胴体が上半分だけになりながらも、ランサーにはまだ息があった。だが、その呼

吸はひゅー、ひゅーとか細い。既に虫の息。助かる術など、ありはしなかった。



「解体のしがいがあったぜ、アンタ。でも、あの隙は頂けないな……武器を破壊されてもあんな隙は見せちゃい

けないよ」



 やれやれと、アサシンは首を振る。その言葉には多少の皮肉が篭ってはいたが、大部分は彼の本心からの忠告

であった。ランサーはそれに反論する事が出来ない。言葉を紡ぐ余裕がないだけでなく、驚きで隙を見せたのは

確かに自分の失態だったからだ。虫の息ではあるが、ランサーはちっと舌打ちをする。



「……は、お前…言う通り……だな。あれは、完全に……俺のミスだ。しか、し……どうやって、かはっ、俺の

ゲイボルクを、斬りやがった……?」



 言葉を紡ぐ毎にランサーの呼吸が弱くなる。もう、一分も持つまい。そのバラバラにされたランサーの体のパ

ーツが、ずぶずぶと地面へと……否、地面にある闇へと引きずり込まれていく。

 残るのはランサーの上半身のみ。闇はゆっくりと、その身体を飲み込み始める。



「俺の眼は異常でね……。この世に存在する全てのモノに、黒い線と点が見えるんだ。線をなぞればどんなモノ

でも切断でき、点をつけばそのモノは……死ぬ。即ち、俺の眼にはモノの死が見えてるんだ」



「……バロールの、魔眼。はは……っ、それなら納得…げほっ、できらぁな」



 はははは、と血を吐き出しながらランサーは笑う。それをアサシンは興味の欠片もないように見下す。彼の興

味はただ人を殺すこと。既に終わったものには興味など持ちようがない。



(こんな所で終わるなんてな……くそ、結局満足に戦えなかったぜ。心残りもありすぎだ……バゼットを救えな

かった事に、アーチャーとケリをつけれなかった事。それに……もう一度ユウイチと会って見たかったな。酒で

も飲み交わしたかったぜ……)



 心中で愚痴を零す。あーあ……本当情けねぇと、ランサーは夜の公園で自身の願いが叶わなかった無念と、微

かな笑い声だけを残して、地面の闇へと飲まれていった。

 ランサーが闇に飲まれていったのを見届けたアサシンは、次に自分を飲み込もうとする闇から離れる。捕食す

べき対象がいなくなった闇は、ごぼごぼと地面へと吸い込まれていくように消えた。それを確認し、アサシンは

血が一滴もついていない短刀を仕舞う。視界には相変わらず、目に映るもの全てに黒い線と点が走っている。い

つ見ても気分のいいものじゃないなと、アサシンは僅かに眉を顰めた。

 だがこの気味の悪い光景も彼にとっては日常。彼に視界には、いつでも死が映されている。そしていつも彼は

その線と点をなぞり、全てを殺してきた。それが、当然の日常だったのだ。



「ほ……ランサーを殺したか、アサシン」



 背後から聞こえた老人の声。アサシンはさらにその眉を顰める。元々気分が悪かったと言うのに、現れた老人

のせいでさらに気分を害してしまった。彼のマスターでありながら、彼の狩るべき人ではないモノ。その老人が

近くにいるだけで彼の中の血が疼くが、令呪の縛りにより狩る事が出来ない。

 そして老人から漂う腐臭。肉が腐り、精神が腐り、魂が腐っている臭い。それが酷く不快感を思させる。



「臓硯の爺か……家から出てくるなんて珍しいな。身体の部品でも探しにきたのか?」



 振り返りすらせず、アサシンは背後に現れた老人……間桐臓硯に話し掛ける。間桐という苗字から分かるとお

り、この老人はライダーのマスターである間桐慎二と、間桐桜の祖父。そして魔術師としてのマキリ、その現当

主である。



「何、生憎と今の儂には必要ない。ただお主を迎えに来ただけじゃよ」



「……冗談もほどほどにしておけよ、爺」



 殺気を漂わせるアサシン。しかし、その途端アサシンの身体を見えない鎖が縛り付ける。それに抗おうとする

が、令呪の縛りを解く事は出来ない。令呪の存在をアサシンは疎ましく思う。



「ほ、くわばらくわばら……だが、令呪の制約によってお主にワシは殺せぬよ」



 一瞬だけ漏れでたアサシンの殺気に、怯える素振りを見せる臓硯。だが、召還した際に使われた令呪の強制力

によって、アサシンは自分に危害をくわえる事が出来ないのを臓硯は知っている。だがそれでも、アサシンの持

つあの蒼眼の輝きには、心の底から恐怖を感じていた。



「……狸が。いや、この場合クソ蟲と言った方がいいか」



 心底疎ましげに吐き捨て、アサシンは霊体化。霊体化したアサシンを伴い、臓硯はランサーが散っていった公

園を後にする。



「安心するが良い。儂はお主の望みを邪魔する気は毛頭ない。好きなように行動せい」



「そうさせてもらう。だが、いつか貴様も……アレも殺すぞ」



「ほ、やってみせい」



 静かにアサシンと臓硯は言い争いながら、夜の闇へと消えていく。後に残ったのは寂寥感の残る公園の姿。何

事もなかったかのような公園の姿が、また明日、人々の目に映るのだろう。



[Interlude out]




つづく





ステータス表が更新されました。


CLASS   アサシン(真)
マスター   間桐臓硯
真名   不明
身長・体重   不明
属性   混沌・悪


筋力  C    魔力  D
耐久  C    幸運  C
敏捷  A+    宝具  ??


クラス別能力
気配遮断  A  サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を断てば発見され
         る事はまずない。だが、攻撃に移るときは気配遮断のレベルは大きく下がる。


保有スキル
七夜暗殺術 A  祐一と同じ七夜の暗殺術。


直死の魔眼 EX バロールの魔眼。物の『死』を視る事が出来る。理論上、彼に殺せないモノはない。幻想
         種ですら殺せる、伝説級の魔眼。


宝具
不明





後書きと言う名の座談会


祐樹「ランサー脱落」


ランサー「俺の出番終了かよ」


祐樹「だって、話が進まない」


ランサー「ち、結局あんまり活躍できなかったじゃねぇか」


祐樹「嫌いじゃないよ? ただ、物語の盛り上がりに欠けると思って」


ランサー「ま、終わった事だ。ぐちぐち言ってもしゃあねーよ」


祐樹「そう言ってもらえると助かる」


ランサー「しっかし、俺のゲイボルクが……」


祐樹「見事に真っ二つ」


ランサー「元には戻るけどよぉ。相棒が破壊されるのは辛いぜ」


祐樹「さて、次の話はどうなるか。お楽しみに」


ランサー「ユウイチと酒でも飲みたかったぜ」


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