――否、これは恐怖を超え、既に『死』を押し付けられている。
ランサーは槍を構えなおす。ギリギリまで矛先を地面へと向ける独特の構え……いつでも宝具を発動できる体
勢だ。セイバーには初撃で躱されてしまったが、あれはセイバーの持つ直感力と幸運の補正が高かった故。そう
そうランサーの槍を躱す事が出来る者など、いはしない。
令呪の束縛がランサーを襲うが、その命令など聞く必要はない。ランサーはこの場をもって、このアサシンを
聖杯戦争から脱落させる。辺りの空気が殺気で凍りつき、静寂がその場を覆う。
数瞬の後、二人は同時に地を蹴った――――!
「“刺し穿つ死棘の槍――!”」
先制はやはり獣の様な速度を持つランサー。セイバーとの戦いと同じく、相手を確実に葬る為に放つ一撃――
心臓を穿つという結果を先に持ちその過程を不要とする、ゲイ・ボルクの真名を発露。結果だけを持った赤い軌
跡が、アサシンの心臓目掛けて走る。それは全てを狂わせるほどの幸運を持ちえなければ躱す事の出来ない、不
可避の攻撃。
アサシンは疾走をやめず、向かい来る自らの死を具現化する槍を見据えている。その瞳の中に恐怖はなく、口
元には微笑すら浮かんでいた。それは死を前にしての達観の笑みでは、決してない。――その死の具現ですら、
殺すべき対象だと確信している笑み。果たしてそれは、アサシンの持つ短刀が翻った時に起きた。
――――アサシンの心臓を貫く筈だったランサーの槍の矛先が、翻った短刀によって斬りおとされる。矛先を
斬りおとされた自分の槍を見て、ランサーは驚愕の表情を浮かべた。それが隙を生み、続けざまに槍の半ばを付
近を切断。間髪入れずランサーの懐へと入り込み瞬時に左太腿、右腕、右肩から左腰、左腕、右太腿、左肩、そ
して横薙ぎに胴体を切り裂いた。血を撒き散らしながら、ランサーの体はいくつかのパーツに分かれて地面へと
散乱する。
……一瞬で行われた解体作業。ランサーの流した返り血を浴びながら、アサシンは佇む。その足元には無残な
姿を晒す槍の騎士、ランサー。胴体が上半分だけになりながらも、ランサーにはまだ息があった。だが、その呼
吸はひゅー、ひゅーとか細い。既に虫の息。助かる術など、ありはしなかった。
「解体のしがいがあったぜ、アンタ。でも、あの隙は頂けないな……武器を破壊されてもあんな隙は見せちゃい
けないよ」
やれやれと、アサシンは首を振る。その言葉には多少の皮肉が篭ってはいたが、大部分は彼の本心からの忠告
であった。ランサーはそれに反論する事が出来ない。言葉を紡ぐ余裕がないだけでなく、驚きで隙を見せたのは
確かに自分の失態だったからだ。虫の息ではあるが、ランサーはちっと舌打ちをする。
「……は、お前…言う通り……だな。あれは、完全に……俺のミスだ。しか、し……どうやって、かはっ、俺の
ゲイボルクを、斬りやがった……?」
言葉を紡ぐ毎にランサーの呼吸が弱くなる。もう、一分も持つまい。そのバラバラにされたランサーの体のパ
ーツが、ずぶずぶと地面へと……否、地面にある闇へと引きずり込まれていく。
残るのはランサーの上半身のみ。闇はゆっくりと、その身体を飲み込み始める。
「俺の眼は異常でね……。この世に存在する全てのモノに、黒い線と点が見えるんだ。線をなぞればどんなモノ
でも切断でき、点をつけばそのモノは……死ぬ。即ち、俺の眼にはモノの死が見えてるんだ」
「……バロールの、魔眼。はは……っ、それなら納得…げほっ、できらぁな」
はははは、と血を吐き出しながらランサーは笑う。それをアサシンは興味の欠片もないように見下す。彼の興
味はただ人を殺すこと。既に終わったものには興味など持ちようがない。
(こんな所で終わるなんてな……くそ、結局満足に戦えなかったぜ。心残りもありすぎだ……バゼットを救えな
かった事に、アーチャーとケリをつけれなかった事。それに……もう一度ユウイチと会って見たかったな。酒で
も飲み交わしたかったぜ……)
心中で愚痴を零す。あーあ……本当情けねぇと、ランサーは夜の公園で自身の願いが叶わなかった無念と、微
かな笑い声だけを残して、地面の闇へと飲まれていった。
ランサーが闇に飲まれていったのを見届けたアサシンは、次に自分を飲み込もうとする闇から離れる。捕食す
べき対象がいなくなった闇は、ごぼごぼと地面へと吸い込まれていくように消えた。それを確認し、アサシンは
血が一滴もついていない短刀を仕舞う。視界には相変わらず、目に映るもの全てに黒い線と点が走っている。い
つ見ても気分のいいものじゃないなと、アサシンは僅かに眉を顰めた。
だがこの気味の悪い光景も彼にとっては日常。彼に視界には、いつでも死が映されている。そしていつも彼は
その線と点をなぞり、全てを殺してきた。それが、当然の日常だったのだ。
「ほ……ランサーを殺したか、アサシン」
背後から聞こえた老人の声。アサシンはさらにその眉を顰める。元々気分が悪かったと言うのに、現れた老人
のせいでさらに気分を害してしまった。彼のマスターでありながら、彼の狩るべき人ではないモノ。その老人が
近くにいるだけで彼の中の血が疼くが、令呪の縛りにより狩る事が出来ない。
そして老人から漂う腐臭。肉が腐り、精神が腐り、魂が腐っている臭い。それが酷く不快感を思させる。
「臓硯の爺か……家から出てくるなんて珍しいな。身体の部品でも探しにきたのか?」
振り返りすらせず、アサシンは背後に現れた老人……間桐臓硯に話し掛ける。間桐という苗字から分かるとお
り、この老人はライダーのマスターである間桐慎二と、間桐桜の祖父。そして魔術師としてのマキリ、その現当
主である。
「何、生憎と今の儂には必要ない。ただお主を迎えに来ただけじゃよ」
「……冗談もほどほどにしておけよ、爺」
殺気を漂わせるアサシン。しかし、その途端アサシンの身体を見えない鎖が縛り付ける。それに抗おうとする
が、令呪の縛りを解く事は出来ない。令呪の存在をアサシンは疎ましく思う。
「ほ、くわばらくわばら……だが、令呪の制約によってお主にワシは殺せぬよ」
一瞬だけ漏れでたアサシンの殺気に、怯える素振りを見せる臓硯。だが、召還した際に使われた令呪の強制力
によって、アサシンは自分に危害をくわえる事が出来ないのを臓硯は知っている。だがそれでも、アサシンの持
つあの蒼眼の輝きには、心の底から恐怖を感じていた。
「……狸が。いや、この場合クソ蟲と言った方がいいか」
心底疎ましげに吐き捨て、アサシンは霊体化。霊体化したアサシンを伴い、臓硯はランサーが散っていった公
園を後にする。
「安心するが良い。儂はお主の望みを邪魔する気は毛頭ない。好きなように行動せい」
「そうさせてもらう。だが、いつか貴様も……アレも殺すぞ」
「ほ、やってみせい」
静かにアサシンと臓硯は言い争いながら、夜の闇へと消えていく。後に残ったのは寂寥感の残る公園の姿。何
事もなかったかのような公園の姿が、また明日、人々の目に映るのだろう。
[Interlude out]
つづく
ステータス表が更新されました。
CLASS アサシン(真)
マスター 間桐臓硯
真名 不明
身長・体重 不明
属性 混沌・悪
筋力 C 魔力 D
耐久 C 幸運 C
敏捷 A+ 宝具 ??
クラス別能力
気配遮断 A サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を断てば発見され
る事はまずない。だが、攻撃に移るときは気配遮断のレベルは大きく下がる。
保有スキル
七夜暗殺術 A 祐一と同じ七夜の暗殺術。
直死の魔眼 EX バロールの魔眼。物の『死』を視る事が出来る。理論上、彼に殺せないモノはない。幻想
種ですら殺せる、伝説級の魔眼。
宝具
不明
後書きと言う名の座談会
祐樹「ランサー脱落」
ランサー「俺の出番終了かよ」
祐樹「だって、話が進まない」
ランサー「ち、結局あんまり活躍できなかったじゃねぇか」
祐樹「嫌いじゃないよ? ただ、物語の盛り上がりに欠けると思って」
ランサー「ま、終わった事だ。ぐちぐち言ってもしゃあねーよ」
祐樹「そう言ってもらえると助かる」
ランサー「しっかし、俺のゲイボルクが……」
祐樹「見事に真っ二つ」
ランサー「元には戻るけどよぉ。相棒が破壊されるのは辛いぜ」
祐樹「さて、次の話はどうなるか。お楽しみに」
ランサー「ユウイチと酒でも飲みたかったぜ」