Fate/snow night 雪降る街の幻想曲





六章 マスターに選ばれし者





 退屈な授業が続く。遠坂と香里は優等生らしく真面目に教師の話を聞き、ノートにひたすら文字を刻み続けて

いる。陸上部三人組の内、三枝さんと氷室さんは先の二人と同じようにノートを取っているが睡魔に襲われてい

るのか、時々動きが止まる。そして、蒔寺は完全に爆睡していた。

 美綴は教師の目を盗み、机の下で携帯電話を操作中……メールでもしているのだろうか。視線を固定させてい

ると、美綴が突然振り向く。俺の視線に気がついたらしい。



(言うなよ……っ)



 アイコンタクトで証拠を漏らすな、と進言してくる。別に言う気はないので、了解と意を込めて視線を送り返

す。安心したらしい美綴は再び、携帯電話に集中する。

 久瀬の姿を探す。遠坂や香里と同じ優等生な久瀬の事だ、きっと二人と同じ行動を取っている事だろう。見つ

けた久瀬は、俺の予想を裏切り手にした小説を読んでいた。ふと思い出したように、教師が黒板に書き込んだ文

字を書き写す。



(こうして見ると、結構他人の授業態度を見るのも楽しいな)



 そして俺は適度にノートを書き写しつつ、人間観察に勤しんでいた。数学の授業を受け持つ教師は、あからさ

まな行動を取らない限り注意をしない。それも、ちゃんと授業を受けていないと分からないようなテスト問題を

出すものだから、この授業はほとんどの生徒が真面目に受けている。蒔寺はきっと後で泣きを見ることだろう。

 授業終了のチャイムが教室に鳴り響く。教師は自分の責務は終わったとばかりに颯爽と立ち去る。色々な意味

で切り替えが早い教師だ。本日の授業はこれで終わり、教師と入れ違いに担任の葛木が入ってくる。特に変わっ

た連絡事項もなく、すぐに解散となった。



「蒔の字、起きろ。クラブ活動の時間だ」



 HR中も爆睡していた蒔寺を、氷室さんが揺さぶる。冬木の黒豹こと蒔寺楓はぴくりとも動かない。ぐがーと

も言わんばかりにひたすら眠り続ける。



「蒔ちゃーん、起きてよぉ」



 三枝さんの困った悲鳴が教室に響く。その声にびくりと蠢く黒豹。ゾンビのように緩慢な動きで、蒔寺は机の

上から起き上がる。流石三枝さん。蒔寺は彼女に弱いみたいだから、ある意味パブロフの犬状態にまでなってい

るものと思われる。

 さて、俺もいつまでも座ってるわけにもいかないし、帰るか。途中で士郎を拾い、衛宮邸まで世間話をしなが

ら歩く。話しながらだと、すぐに衛宮邸についた。士郎は自室へ行き、俺は宛がわれた部屋へと移動し制服から

私服に着替える。やっぱりこっちの方が落ち着く。居間へと赴くと、セイバーがお茶請けに手を伸ばしながら緑

茶を啜っていた。



「おかえりなさい、ユウイチ」



「ただいま。士郎は?」



 道場で鍛錬をすると言っていました、とセイバーは言う。それに納得してから、俺は炬燵に脚を入れてお茶請

けに手を伸ばす。士郎が用意したのは、草加煎餅のようでこのパリパリ感が堪らない。熱い緑茶と草加煎餅を交

互に口に運び、小さな幸福感に浸る。

 玄関の扉が開く音。続いて、とんとんと居間に気配が近付いてくる。



「早いわね、相沢君」



 居間に現れたのは遠坂。赤いコートを脱ぎ捨て、制服のまま炬燵に入ってくる。ふと、昨日の部屋での物音が

何だったのか確認してみたくなった。大した事ではないのだろうが、何か気になる。

 それを口にすると、遠坂は簡潔に説明してくれた。宝石に魔力を込めていたのと、簡単な実験を行っていたら

しい。遠坂家はシュバインオーグを祖とし、シュバインオーグの持つ魔法……第二魔法への到達を目標としてい

る。その為の実験だったらしい。知ってみれば何でもない事だった。後、士郎の魔術回路に関してのレクチャー

などをしていたと言う。少し士郎の動きが鈍く感じられたのは、そのせいか。



「ま、頑張れよ。何か協力できそうなら、無茶な事じゃない限り協力するから」



 そう言った瞬間、遠坂の目が怪しく光った。こう、何て言えば良いのか……効果音で表すと、ぎゅぴーんって

な感じぐらいに。正直、目撃した瞬間本気で恐怖を覚えた。



「協力してくれるのなら私のバックアップ……パトロンになってくれない?」



 いかん、遠坂の瞳が金に目が眩んだ奴のようになっている。宝石魔術は金がかかる魔術だから、確かに何かし

らの後ろ盾があるとかなり楽なのだが……こういう事を言うってことは、遠坂って結構貧乏だったりするのか。

 そう思うと、何と言うか憐れみの感情が湧き上がってくる。憐憫に満ちた目で、俺は遠坂を見つめた。



「ちょ、何よその生暖かい目。何でそんな目で見るのよっ」



「いや……何でもない。パトロンにはなれんが、昼飯ぐらいなら奢ってやれるから……っ」



 耐え切れず視線を逸らす。きっと、遠坂から見た俺は涙を見せて咽び泣いているように見えている筈。半分冗

談ではあるが、もう半分は本気だ。もし遠坂が貧困に喘いでいたら、食事ぐらいはどうにかしてやるつもりであ

る。まぁ、一ヶ月も二ヶ月も続くようでは無理があるのは仕方ない。

 そんな俺の姿を見て、何故か遠坂は泣きそうになっている。きっと、感涙に咽び泣くのを我慢しているに違い

ない。



「くっ……遠坂家家訓、遠坂の人間はどんな時も優雅たれ……。施しなんて受けないわっ」



 どうやら感涙ではなく怒りを堪えていた様子。怒りと自分の不甲斐なさに泣きそうになってらしい。うーむ、

別に施しってわけじゃないんだが……人の感性は人それぞれか。

 怒りに震える遠坂をどうどうと宥めつけて、冷静にさせる。なんとか落ち着かせて、三人でまったりしている

と士郎が戻ってきた。汗だくで、どことなくすっきりしたような表情だ。鍛錬は士郎の中で、ストレス解消の手

段に上り詰めているのか。



「ん、揃ったわね」



 茶を啜っていた遠坂が、士郎が来るとぽつりと呟く。自然と遠坂へと視線が集中する。炬燵の中央に置いてあ

る蜜柑を剥きながら遠坂は話を始める。



「学校に私と衛宮君以外のマスターがいるのは、少し前に話したわよね」



 一同、頷く。少し前に、遠坂から学校に三人目のマスターがいる事を告げられた。その時は、一瞬俺のことが

ばれたのかと肝を冷やしたが、それなら直接俺に攻撃を仕掛けてくるかと思う。色々な意味で遠坂は直球である

のだ。



「その三人目のマスター……慎二だったわ」



 苦虫を噛み潰した表情。士郎はその事に酷く驚いていた。俺は表面上こそ落ち着いているように見えるが、内

心ではありえないと否定的だ。魔術的な知識があっても、魔術回路のない人間がマスターに選ばれる事はない。

その可能性がゼロというわけではないが、少なくともそれではサーヴァントを現界させる事に無理ができる。今

のセイバーと士郎の関係と同じように、魔力供給が満足に出来なければサーヴァントは自然消滅してしまう。

 セイバーは、限りのある魔力を補う為に無駄な事はせず食事による少量の魔力補給と、魔力温存の為にひたす

ら眠り続けている。あるいは、間桐のサーヴァントも同じなのだろうか。



「でも、何で慎二が……アイツは、魔術師じゃないんだろ?」



「魔術師じゃないのは確かだけど、マスターである事に変わりないわ。アイツ自身が、一緒に組まないかって進

言してきたから、ブラフって線はないでしょ」



 肩を竦める。無論、協力なんてする気もなかったし跳ね除けてあげたけど、と遠坂は漏らす。遠坂の辞書に、

容赦という文字はないらしい。しかし……それだと、少し厄介な事になりそうだ。

 学校には結界が張られている。その結界を張った人物……間桐の可能性が一番高い。セイバーにはその手の魔

術は使えないし、士郎は論外。遠坂には張れるかもしれないが、性格上これも考えられん。アーチャーも右に同

じだ。そして、俺は魔術が使えない。

 となると第三者――士郎と遠坂以外のマスター、という事。そして、間桐がマスターである事が分かった。可

能性としては、それしかそれが一番妥当だろう。



「しかし……間桐は何かしら遠坂に固執してないか。朝の事も然り、さっきの協力体制の事も」



 言葉の裏側に、何かしらの執念……のようなものが感じられた。好意だけじゃない、それ以外の様々な感情を

含めての恐ろしいまでの執念。いっそ、悪寒すらしそうなほどに。



「……多分、私が『遠坂』の魔術師だからじゃないかしら。これでも、自分の魔術の腕には自信がある。その能

力と私自身を手にしたいんじゃない?」



 一歩間違えれば自意識過剰とも取れる遠坂の言葉。しかし、それは間違いである。遠坂の容姿は確かに人並み

以上……香里や佐祐理さん達と比べても遜色がない。そして、魔術の腕。心臓を貫かれ破壊された士郎の臓器を

完全に修復してみせた。宝石の中に込められていた魔力の量もさることながら、それを成し遂げた遠坂の手腕も

畏怖を覚えるほどに凄まじい。

 才能の違いがこれほどあると、嫉妬とかそういう負の感情を抱く隙もない。素直に凄い、という風にしか表現

できない。思わず苦笑いを浮かべてしまう。



「何よ?」



 睨み付けてくる。俺が苦笑したのを、馬鹿にされたものと勘違いでもしたのだろうか。それを否定し、ただ自

分の考えに苦笑しただけだと答えた。



「ま、マキリがまた力を得るにはその方が手っ取り早いって事もあるでしょうけど。半分以上は、慎二の思惑が

占めてると思うわ」



「そうかも、な。士郎はアイツの友達だって言ってたけど……正直、俺はアイツが好きになれない。第一印象が

悪すぎるし、間桐の人を見下すような姿勢が許せない」



 正義感ぶるわけじゃない。慣れてしまえばそれでいいのだろうが、俺はああいった奴とはそりが合わん。付き

合うなら、やっぱり士郎や北川といった奴の方が良いに決まっている。

 士郎は俺の言葉に少なからず落胆を覚えている。友達の事を悪く言われれば怒りもするだろうが、今の間桐慎

二の立ち振る舞いなどを振り返れば、そう思うのも仕方のない事。ましてや間桐慎二は聖杯戦争に参加している

マスターの一人。衝突は避けられない。アイツが俺達の敵になる事には、違いないのだ。



「慎二がマスターと分かっただけでも良しとしましょう。近いうちに戦うことになるでしょうけど……魔力不足

とはいえセイバーと正面から戦えば勝てるわ。バーサーカーが異常なだけだし」



 そう言って、遠坂は部屋へと引き上げていった。制服がしわになると女の子は色々気にするから、当然か。男

は別にしわになろうと構わないって意識が強い。俺と北川とかがまさしくそれだ。それでも、水瀬家にいた時は

秋子さんが暇を見て面倒を見てくれて助かっていた。あれには本当に感謝。少しは自分でなんとかする意識を持

った方がいいと思う。

 遠坂が戻って暫く雑談をして過ごしていると、藤村先生と桜ちゃんが帰宅。士郎と桜ちゃんを料理当番に任命

し、二人の料理姿を背中からにやにや見つめて過ごした。いやぁ、こうやって初心な二人を見るのは少し苛々感

を覚えるが、それを忘れるほどに面白い。からかうと強い反応を示す辺りが特に。遠野家と交流が出来る位置に

あったら、もっと楽しいと思う。

 激しい夕食戦争も終わり、藤村先生は桜ちゃんを家まで送り届ける。日常の中にいるべき人達はいなくなり、

非日常に身を置く魔術師達がその場に残る。今日もまた、見回りの時間だ。士郎とセイバーの二人組みに俺が加

わり、見回りを行う。



「今日はどういう感じに行くんだ?」



 昨日の見回りでは柳洞寺の周辺には行けなかったという。残るのは柳洞寺の周辺だけ。水瀬家の周辺は昨日の

時点で俺とランサーがあらかた見回った。新都は遠坂達が回っているが、やはり広すぎると思う。次の見回りは

全員で新都を見回ることになりそうだ。

 昨日で行けなかった柳洞寺に行くことに決まった。だが、あそこにはランサーの情報どおりだとすればキャス

ターのサーヴァントがいる。下手をすれば、そのまま戦闘に突入するかもしれない。その場合、尤も危険なのは

士郎だ。セイバーには絶対的な対魔力が備わっているし、俺もいざとなれば空虚の魔眼の空間操作で逃げること

が出来る。だが、士郎には対抗手段がない。集中的に攻撃されてしまえば、庇いきれなくて共倒れという事もあ

りうる。出来れば、そうならない事を祈りたい。念の為、ランサーと連絡を取ってセイバーに感づかれない程度

に尾行してもらう事にする。

 俺の不安がただの杞憂であって欲しい。それに縋る思いで、士郎達と一緒に柳洞寺へと向かっていった。



[interlude 4−3]



 闇の衣に包まれる柳洞寺の山門。石階段の周りは草木で生い茂っており、夜の暗闇をさらに深くし風は異形の

声と化してその場を蠢く。この柳洞寺には、キャスターとそのマスターが陣を張っている。冬木の中でも一、二

を争うほどの霊脈を持つ柳洞寺と、張られている結界を逆手に取れば防御陣地といしては申し分ないほどの威力

を発揮する事が可能だ。無論、一度中に入れば攻撃陣地としての転用も可能であるから、ある種難攻不落の要塞

と言っても過言ではない。

 だが、キャスターは召還されるサーヴァントの中で最弱と言われている。魔術師としての能力は一流を超えた

超一流。だが、召還されるサーヴァントのほとんどには対魔力が備わっており魔術は全て無効化、もしくはその

ほとんどを弱体化させられる。故に、キャスターは最弱と言われていた。今この柳洞寺に陣取るキャスターも、

それを理解している。だからこそ、正規の聖杯戦争ではありえない『ルール違反』を犯した。

 ――――サーヴァントによる、サーヴァントの召還。本来サーヴァントはマスターに選ばれた者が、正規の手

順を踏み触媒を用いて召還するものだ。マスターであるという事は即ち魔術師である事。キャスターのサーヴァ

ントとは魔術師のクラスだ。召還する事自体は不可能ではないのかもしれない。

 しかし、それは正規の聖杯戦争のルールから逸脱している。マスターの数とサーヴァントの数が釣り合わなく

なり、それが不確定要素となりどんな結果になるか想像もつかない。結果、数日前……祐一に令呪の兆しが現れ

るより前にキャスターが召還したサーヴァント――アサシンは、正規の英霊ではなかった。



「……ほう、よもや死した身で現世に迷い出るとは。どのような呪法を用いた、女狐?」



 蒼の陣羽織に五尺余りの長刀を携えた侍。呼び出されたアサシンは、出で立ちからしてセイバーと言った方が

よほど納得できた。長刀を扱う暗殺者など聞いたことがないし、何よりアサシンに召還されるのはハサン・サッ

バーハという固定された英霊のみ。そして、



「我が身の名を名乗るとすれば、佐々木小次郎とでも言えばいいか。最も、これとて真の名ではなく亡霊と化し

たただの名も無き武芸者よ」



 佐々木小次郎。日本の歴史上に存在したと『される』有名な剣客。存在すら不確かで、何より彼はアサシンと

して召還される筈は無い。存在すれば彼が該当するクラスは、セイバーのクラスのみ。この佐々木小次郎の名を

持つ男は、英霊よりの亡霊。架空の英霊であった。

 アサシンとしてキャスターに召還された小次郎は、柳洞寺の山門を触媒にして括り付けられた。柳洞寺への侵

入者を排除する門番として。その役目を彼は果たしていた。と言っても、この場に来たのはランサーのサーヴァ

ントのみでそれ以外に侵入者らしい侵入者はいない。ただの参拝客や敵意を持たぬものには一切その一刀を振る

う事はない。彼の望みはただ、強い者と心行くまで戦う事のみ。

 ――そんな彼の望みは、死して呼び出された今回も叶う事はなかった。



「むっ……ぐ……くっ」



 山門に佇むアサシンは、身の中から食い破られるような激痛に襲われていた。刻限にしてもうすぐ半刻ほどが

過ぎようとしており、その間アサシンは決して苦痛の叫びを上げようとせず断末魔を一文字に閉めた口の中で押

し殺し続ける。その精神力たるや、人間の限界を超えていた。



「ふ……ぐ、我が内から生まれ出るか……化生のモノよ……かはっ」



 ぴしゃりと、石畳に吐血された血液が散乱する。蒼の陣羽織は、体から流れ出る血の色で徐々に赤く染まって

いく。くの字に体を曲げて、アサシンはひたすら激痛に苛まれ続ける。

 だがそれも、すぐに終わりを告げるコトとなった。腹部が切り裂かれ、その中から腕が飛び出す。その腹部を

切り裂き出てきた手の先には、小さな銀色の光。月明かりを浴びて本来なら光り輝くのだろうが、今は多量の血

液で塗れて不気味な鮮やかさを醸し出す。その異形の手を、アサシンはいっそ狂気に狂ったとも思える笑みで見

ていた。



「化生に近き人外か……ふむ、亡霊を苗床に生まれるのだ、まともな輩ではあるまい……っ?」



 片目を閉じながら、可笑しそうに語りかけるように喋る。口元からは吐血した時についた血が付着しており、

傍から見れば壮絶な笑みになっているようにも見えた。そして、その命がもうすぐ尽きようとしていることも誰

の目にも明らか。

 突き出た腕が徐々にアサシンの体から抜け出し、暫くの後腕の主はこの世に生れ落ちた。亡霊佐々木小次郎と

言う名のアサシンの体を苗床にして。



「かっか、偽りのクラスから呼び出したにしてはまともなモノが出おったわ」



 林の中からしわがれた老人の声。生理的嫌悪を覚えても仕方ないほどに、その声からは不気味さが含まれてい

た。老人の声には、驚きとほんの少しの賞賛、そして少量の侮蔑が込められている。アサシンの中から『呼び出

された』モノは、その声に眉を顰める。

 召還の苗床にされたアサシンは、自身の中から出てきたもう一人のアサシンの姿を眼に収める。彼のまったく

見たことのない紺色の服――学生服に、血に塗れた短刀。そして、暗闇の中でも尚一層光り輝く蒼眼。自身の中

から呼び出され、そして今正に自分を殺そうとする者の姿を目に焼き付ける。



「く……修羅が如き人と妖怪もどきの老人か……は、長生きは出来ぬと見え―――」



 ――その先の言葉を紡ぐ事なく、用済みとなった佐々木小次郎と言う名のアサシンは新たなアサシンの刃によ

って、その身を十七以上のパーツに切り裂かれ殺された。その切り裂かれた肉片も、一瞬の内に何もなかったか

のように消え去る。後に残るのは、大量の血痕と彼のたった一つの名残の長刀のみ。その長刀も、主の血に塗れ

ている。

 偽りのアサシンを消し、ここに真なるアサシンがその存在を現す。その静かながらも、身が凍るほどの純粋な

殺気を感じながら林中の老人はカカと哂う。そんな老人を嫌ったか、アサシンは地を蹴り手に持った短刀でその

老人に斬りかかった。



「むっ――――!」



 闇の中で眉を顰める。その醜悪な顔を乗せた小柄な体から、首が転げ落ちる。眉を顰めた顔のまま、老人の頭

は地に落ちた。命令を送るべき中枢あたまを失った神経からだはゆっくりと地に倒れ伏せる。それを見届け、アサシンは静か

のその場を後に、



「――か、主を躊躇いもなく殺すとは。なるほど、まさしく殺人者アサシンというわけか」



 背後から声。即座に反転、未だに息を続ける老人を完膚なきまでに殺しつくすべくアサシンは今一度、短刀を

煌かせる。しかし、



「主に対して二度とその凶刀を揮うでない、アサシン――!」



 マスターによる絶対強制命令を行使され、風と同一化しようとしたアサシンの体は急静止する。今度は不愉快

そうに眉を顰めるのはアサシンだ。未だに老人に対する殺意は消えないが、見えない縛りがそれを拒否させる。

自身の体の調子を確かめるように、アサシンは手を握り開く。老人に対し敵意――殺意と同義――を見せた瞬間

にその縛りは発動する。



「まったく……年寄りを手にかけようとするとは……とんだ異常者じゃ」



 苦々しそうな言葉の割には、老人の声には喜悦に似た響きが篭っていた。地に落ちた首を拾い上げ、綺麗に寸

断された位置へと接着。数瞬の後、首と体が元に戻る。



「……気味が悪いな。人じゃない、ただの妖怪か」



 冷たい声で、淡々と言葉を紡ぐ。感情を押し殺した声音で、アサシンは己を呼び出した、自分のマスターと正

面から対話する。そうしている間にも、自分の中で目の前の人にあらざる者に対しての殺意が消える事なく燻り

続ける。だが、令呪によって縛られた彼は本能のままに狩ることを許されない。



「人の身などとっくに捨てたよ。さて、無事に呼び出しは終わった。どうせ儂には逆らえんのだ、ついてくるが

いい」



 闇に沈んでいく後姿。心中の思いを表面に押し出す事なく、アサシンは自身のマスターとなった老人に霊体化

を行い追いかけた。



[interlude out]



 柳洞寺の長い長い石の階段の下までやってくる。空気の澱みが肌で直接感じ取れ、気分が悪くなる。静かに、

慎重に石階段を歩いて登っていく。ここまでくると、柳洞寺にキャスターがいるというランサーの情報は確実な

のものに違いはないと思う。空気――いや、魔力の澱みが敏感に察知できる。

 キャスターのクラス能力である陣地作成によって、柳洞寺はキャスターの要塞じみたものに変えられてしまっ

ている。中にいる修験僧や、柳洞達の体調が心配だ。



「これは……」



 山門の真下まで来て、セイバーが声を漏らす。視線は真っ直ぐ柳洞寺の境内へ。明らかに異質な気配が柳洞寺

の中からするのを、セイバーは感じ取っている。自分と同じサーヴァントの気配を。



「……?」



 ふと、血の匂いを感じた俺は士郎達から視線を外してその匂いのする方向へ目を向ける。さして時間はかかる

ことなく、その元凶は見つかった。石畳に散乱する血痕。その上に五尺余りの血に塗れた長刀。近付いて手に取

ってみようとすると、その長刀は霞のように跡形も残らず消え去った。

 一瞬、ただの幻だったのかと思うが血の匂いははっきりと俺の鼻に残っている。ここで、この柳洞寺の石畳の

上で何かがあったのは間違いない。何故か嫌な予感が強くなってくる。



「……二人とも、今は戻ろう」



 その予感が、俺を余計に慎重にさせる。柳洞寺の異変、消えた長刀、血痕。その何もかもが、不安感をさらに

強くさせていく。だからこそ、今は引くべきだ。今の状態でキャスターと事を交えれば、セイバーがいれば勝て

るかもしれない。



「何故ですか、ここにサーヴァントがいるのは明白――」



「だからだ。柳洞寺を舞台にすればここの結界を逆手に取られて、こっちが不利になる。相手方の情報も定まら

ない内に、本拠地へ踏み込むべきじゃない」



 山門に背を向ける。セイバーは苦虫を噛み潰したような表情でいたが、最後には納得したのかゆっくりと石階

段を下り始める。その後姿に、士郎は安堵した表情を浮かべていた。



「何か、嫌な予感がしたから……」



 苦笑しながら紡がれる言葉。士郎な魔術の腕はさほど高くないが、気配や空気に対しての感覚が鋭敏な所があ

る。こういう第六感……所謂、直感力というのは大事だ。理屈だけでは説明しきれない、直感を信じて俺は今ま

で生き抜いてこれた。だからこそ、その裏づけというわけじゃないが同じ事を感じていた奴がいて安心を覚えて

しまう。

 一先ずは、いきなりキャスターと戦う事にならなくて良かった。下手をすると俺とランサーの関係がばれ、三

つ巴の争いになる可能性も否めない。魔術師という生き物は須らく感が鋭い奴が多い。それも遠坂クラスの魔術

師になればその鋭さも一級品。慎重に慎重を期して、さらにその上から慎重を被せても不安が残るぐらいだ。



「……」



 石階段から一度柳洞寺へ振り返り、夜の闇の中に立つ山門を見据える。ここで一体何があったのか、そしてそ

れを引き起こしたのは何者なのか。この聖杯戦争中に、明らかになる事だろう。






 柳洞寺の異変を遠坂に伝え、暫くは現状維持という事で夜は明ける。朝はいつも通り、藤村先生が騒がしく朝

食を食べつつ士郎がそれに突っ込んで過ぎていく。相変わらず美味しいご飯を作る、士郎と桜ちゃんである。こ

の二人のご飯は美味しい。今時、本当希少な少年少女である。色々な意味で。

 特別天然記念物に認定しても良いぐらいだ。この二人がくっつくと、きっと色々な人が祝福してくれる事であ

ろう。邪魔するような奴がいれば俺がぶっ飛ばす。



「頑張れよ、桜ちゃん、士郎」



 含みを込めた笑みを二人に向けて、肩を叩く。士郎はまったく訳が分からないといった表情で首を傾げるが、

桜ちゃんは意味を悟った様子で赤くなって俯いてしまった。うむ、初々しいのう。

 藤村先生と桜ちゃんが先に出て、その後俺達も一緒に出る。出掛けに士郎が弁当を作って、俺の分も作ろうか

と言ってくれたがそれも悪いと思ったので辞退。遠坂は素直に弁当を作ってもらっていた。出来ばえをを見てか

ら、俺も作ってもらえば良かったと少し後悔。物凄く美味そうなんだもの……。士郎はきっと将来いい主夫にな

るに違いない。

 魔術師なのに、良い主夫とはこれいかに。士郎に言うと間違いなく拗ねるか落ち込むかなので、友達としてク

ラスメイトとして仲間として黙っておく。真実を告げる事が何も正しい事ではない。内容によって、伝えるか伝

えざるべきかを判断するのだ。その辺りを理解していると人生色々潜り抜けられる。



(人生の処世術って難しい)



 つくづくそう思う。ぼーっと午前の授業を消化し終わり、屋上で士郎達と昼ごはんを突付く。まぁ、俺のは購

買で奮戦の末手に入れたパンなので、突付くという表現は間違いではあるが。とりあえず、美味いのでそんな野

暮な事を気にしない。今日は当たりだな。



「……相沢君、それ美味しいの?」



 遠坂が俺の食べている『超絶! 死ぬほど美味い唐揚げコロッケパン』を見て、顔を引き攣らせた。横で遠坂

と同じように食べている士郎の視線が気になると語りかけてきている。確かに、名前が変ではあるが不味くはな

い。普通に美味いし。



「死ぬほどって事はないが、結構美味い。げふ……さて、次は『七星色のクリームパン』行くか」



 ここの食堂は妙なもん売ってるから、ついつい好奇心を刺激されて買っちゃうんだよな。結構当り外れが大き

いけど、楽しくてやめられない。しかし、この間の『永遠が見えそうなワッフル』はやばかった。本気で逝きか

けたし、甘すぎて。



「んぐ……あまっ。んぅ……しかし、とふぉさか。ふぁっこうのふぇっかいについてふぁ、ふぁいじょうふなの

か?」



「口に物入れたまま喋らないでよ、何言ってるか分かんないわ」



 迷惑そうに顔を顰めている。それは道理だと納得し、口の中に甘ったるい味が残るパンを噛み砕きコーヒーで

飲み干す。コーヒーの苦味が多少口の中の甘味を洗い流したが、これは昼食としては機能しまい。精々三時のお

やつ程度で、腹に溜まらない上に高カロリーだ。女の子にとっての天敵だな。



「だから、学校の結界。三人目のマスターが間桐だって事は、この学校の結界を張ったのは間桐だって考えられ

るだろう。昨日変に挑発して、いきなり発動なんて勘弁だぞ」



 言い切り、甘すぎるクリームパンを一気に口の中に放り込み噛みつくす。残ったコーヒーを飲み干して、俺の

昼食は終了。今日の結果は五分五分。最初のから揚げパンは美味しかったが、さっきのパンはもう喰いたいと思

わない。今度北川にでも勧めてみよう。



「………………やば。そっか、その可能性が一番高いんだった……」



 思いっきり失敗してしまったという顔を、平手で覆う。遠坂の様子から察するに、間桐慎二がこの結界を張っ

たもしくは張らせたマスターだと考えなかったみたいだ。こういう抜けてる辺り、遠坂と言う人物に好感が持て

る……って、曖昧に笑っている状況ではない。

 寧ろ事態はかなり不味い方向へ流れたかもしれないのだ。間桐慎二の性格から察するに、今俺が言った結末に

なる可能性が一番高い。



「慎二がそこまでするとは思わないけどな」



 間桐慎二を擁護する意見を出すのは、やはり士郎。一番付き合いの長い友達だからこそ、信じてやりたいとい

う士郎の心には共感を覚える。だが、間桐慎二はマスターでありこの学校の中の三人目のマスター。それを言え

ば俺は四人目となるわけだが、今は捨て置く。学校に結界を張ったと考えられるのは、間桐慎二しかいない。

 しかし、可能性が一番高いだけであり確実ではない。確証がないのである。



「……まぁ、思い過ごしかもな。間桐がこの結界を張った証拠なんかないんだし」



 言い聞かせるように呟いた俺の言葉に、安心した表情をする士郎。でも、嫌な予感が拭える事はない。間桐が

この結界を張った証拠があるならば、すぐにでも解除させ――――



 ――視界が赤く染まる。まるで血が流れたかのように。



 弾けたかのように三人の体が反応する。立ち上がり、現在の状況を把握するのに五秒もかからない。学校に張

られた結界が不完全な状態で発動したのだ。



「ちっ、嫌な予感ばっかり当るな! 外れてくれてもいいだろうに!」



 悪態をつきながら、結界に飲み込まれないように意識をしっかりと保つ。遠坂の妨害によって不完全な状態で

結界が発動したのが幸いした。完全な状態で発動していれば、恐らくまともに動く事もできず魔力の塊に変換さ

れていたかもしれない。だが、今の状態でもかなり厳しいのだ。

 なら、魔術師としての素養のない人達……学校の生徒や、皆は……。そこまで考えて最悪の結末を予想してし

まい、背筋を悪寒が襲う。



「二人とも急ぐぞ! 早いところこの結界を消さないと取り返すがつかなくなる――!」



「えぇっ、アーチャー!」



 霊体化して待機していたアーチャーを実体化させて、鮮血に染まる屋上から校内へと戻る。そのいつも俺達が

昼食を取るべき場所で、いつものメンバーがこの結界の発動によって苦しんでいた。最悪の状況が俺の目の前で

繰り広げられ、怒りだけがこみ上げてくる。



「おい名雪、しっかりしろ! 大丈夫か!?」



 堪えきれず、皆に駆け寄る。名雪を抱き起こし、意識が朦朧としている名雪の頬を軽く叩いて意識を取り戻さ

せる。少しだけ目を開けた名雪は、焦点の合わないまま俺の顔を見つめた。



「…あ、ゆ……いち。なに、これ……。身体が、重いよ……」



 途切れ途切れの言葉。何が起こったのかも理解できず、呼吸がままならず苦しみだけが体を支配している。そ

んな名雪や皆の姿を見せ付けられて、悔しさと不甲斐なさが押し寄せてくる。血が出るのではないかというぐら

い拳を握りこみ、廊下に叩きつけた。

 痛みが腕を伝い、痺れが後に襲う。



「喋るな……じっとしてろ。必ず助けるから」



 名雪の体を刺激しないように壁に凭れかからせる。少しずつ、この結界によって魔力に変換されつつある名雪

達の体。香里、栞、天野、舞、佐祐理さん……今ここにはいない、あゆと真琴。もしこの場に全員が揃って、魔

力に変換させられていく姿を見せ付けられたら。

 なりふり構わず術者を殺すだろう。今もこうしている間に、名雪達の体が魔力に変わっていこうとしている。

時間はない、急いでこの結界の術者を――――



「――祐一」



「っ、舞!?」



 壁に凭れたままの舞の声。意識も、目の焦点もはっきりしている。この結界の中、身を守る術を持たない筈な

のに。この中で活動出来るとすれば、魔術師の能力を持つ者かその術者。そして何かしらの耐性を持つ者。舞が

分類されるならば、三番目。魔物という異能を持つ能力者。非日常に対する耐性が出来ているのかもしれない。



「っ、何が……起こったの?」



「……分からない。舞は平気なのか?」



「はちみつくまさん……でも、ぽんぽこたぬきさん」



 普段寡黙で表情をまったく変えない舞が、静かに表情を苦痛へと歪めていく。息も荒く、呼吸が乱れているの

にも関わらず意識だけははっきりと保っている。魔物との戦いの経験が、舞の耐性を培っているのか。

 ともかく、このままではどちらにせよ舞の意識より体の方が持たない。急がなくては。



「俺は遠坂と士郎と一緒に原因を探しに行く。舞、少しだけ頑張ってくれ」



「……はちみつ、くまさん。祐一……気を付けて」



 舞の微かな声援を背に、俺達は階段を駆け下りる。時間的な余裕はもはやない。一時間もしないうちにこの結

界は学園中の人間を全て、魔力へと溶解しつくす。四十分……否、三十分以内にケリをつけなければ後遺症が残

る可能性すらある。急いでこの結界を張った術者を倒すしかない。



「アーチャー。サーヴァントの気配は?」



「……二階だな。だが、この結界の基点は屋上と三階に二つにあるぞ」



 二階……どうする?



1.二階へ行く。

2.遠坂達と結界の基点を破壊しに戻る。

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