1.



 何を迷う必要がある、相沢祐一。俺と衛宮士郎では、この結界の効力を消し去るような能力は持ち合わせては

いない。この中でその力を持っているのは遠坂ただ一人。俺が行った所で、何の役に立つというのか。それなら

ば、士郎と一緒に結界の術者を探して解除させるべきだろう。



「遠坂、お前は結界の基点の破壊を頼む。俺は士郎と一緒に二階へ行く」



 喋りながら士郎へ視線を送る。俺の視線を受けた士郎は断る事なく、頷く。それに難色を示すのはやはり遠坂

だ。サーヴァントとマスターがいる二階に、サーヴァントのいない状態で乗り込むのは自殺行為に等しい。それ

を踏まえた上で、遠坂は反対する。



「なら、こっちもサーヴァントを……セイバーを呼べばいい。こういう時の為に、令呪があるんだろ」



 セイバーがいれば、戦力がこちらに有利になる。しかし、令呪は三回限定の消費命令権だ。一度、遠坂を切り

伏せようとしたのを止めようとした時に令呪を使っている。今この場で使うと、残りは後一つ。

 この結界の排除を優先する為には、それしかない。俺がランサーを呼べれば呼ぶのだが、ばれるわけにはいか

ないのだ。士郎や遠坂を敵に回すような事はしたくない。



「令呪の使い方は分かる? 左手に神経を集中させて、絶対に成し遂げろって意志を込めて言葉に表して」



「……来い、セイバーーーーっ!!!!」



 それは言霊となり、令呪を通してセイバーを召還する。士郎に左手に輝く令呪の刻印が一つ、光を失う。真っ

赤に染まる廊下の空間が歪み、そこからセイバーの姿が現れた。既に銀色の甲冑を身に纏い、手には目に見えざ

る不可視の剣。中世の騎士をそのまま体現したかのようなセイバーの姿。

 否、騎士そのものだ。英霊としての真名はうかがい知れないが、セイバーのあり方は騎士の佇まい。きっと、

生前も勇ましいほどの騎士だったと窺える。



「召還に応じ、セイバー参上しました。――令呪を使うほどの事態なのですね、シロウ」



「セイバーの力が必要だ。この結界を張った術者を倒す為に、セイバーにはそいつのサーヴァントの相手をして

ほしい」



 否定はあらず、セイバーは力強く頷いた。残った結界の基点を破壊すべく、遠坂はすぐにその場所へ向かって

いく。俺達三人も急いで鮮血に包まれる廊下を駆け抜ける。ガラス越しに見える教室の中では、談笑しながら昼

食を取っていたと思われる生徒達や、教師の苦悶に苦しむ姿が垣間見れた。士郎も目撃したのか、表情が硬い。

 階段を駆け下りるのも億劫で、一気に飛び降りる。着地の衝撃で脚が痺れるが、この程度の痺れは我慢できな

い事はない。どしん、という音と共に士郎が真横に現れる。しかし、着地の衝撃が堪えたのか痛みに顔を顰めて

いた。こんな状況だが、思わず笑ってしまう。

 だがすぐに表情を戻し、士郎とセイバーと共に再び走り出す。二階の廊下へ体を投げ出した時、猛烈な悪寒が

背筋を駆け抜けた。



「くっ……!!」



 直感だけを信じ、士郎を廊下に押し倒すように自分も廊下に倒れこむ。その直後、すぐ頭上から――――



「はぁっ――!!」



 耳障りな金属音。見上げると、唸りを上げながら空を舞う銀色の短剣がセイバーによって弾かれていた。その

柄の部分には、長い長い鎖。見忘れる筈がない、あの武器はつい先日見た。



「っ、ライダーかっ!」



 立ち上がる。視線の先には露出の高い黒いスーツを着込んだ紫髪の女の姿。見間違う事などなく、久瀬を襲っ

ていたライダー。今、この時この瞬間にこの場所にいるという事は、奴がこの学校の結界を張った術者のサーヴ

ァント。間桐慎二のサーヴァントである可能性が限りなく高い。



「……久しぶり、ってわけでもないか。四日前に会ったばかりだもんな」



「…………」



 俺の軽口にライダーは沈黙を返す。倒すべき敵と語り合う口はもうないって言う訳か。こちらとしても、悠長

にのんびり会話をしている暇などない。一分一秒でも早くこの場を切り抜け、術者にこの結界を解除させなけれ

ばならない。さらに、奴が俺の事をランサーのマスターである事を知っている可能性もある。無用な会話でそれ

をばらされる心配もあった。

 それを考えると、この沈黙はこちらにとっても嬉しい事だ。



「シロウ、ユウイチ。ライダーは私が相手をしましょう。貴方達はマスターの方を」



 剣を握り締めながら、セイバーは視線をライダーから外さず言う。それに頷き、士郎を伴って廊下を再び駆け

出す。その俺達の行く手を阻むべく、意志を持つ蛇のように銀色の凶器が襲い掛かってくる。だが、



「貴方の相手はセイバーだ、騎乗兵ライダー――――!!」



 最強の称号を欲しいままにするセイバーの一撃によって切り払われる。断続的に響き続ける剣戟音を背に、俺

と士郎はマスターを探すべく疾走。突き当たりの廊下を曲がったその先に、

 ――――本を携えた間桐慎二が悠然と立っていた。



「っ、慎二……」



 士郎の脚が止まる。自分の目で確かめるまで、間桐の事を信じていたようだが、この状況ではもう十中八九こ

の結界を発動させ、学校を地獄に変えたのは目の前にいる間桐慎二……。

 懐から『七ツ夜』を取り出して、戦闘態勢を取る。



「へぇ……衛宮はともかく、相沢もこっちの人間だったんだ。知らなかった」



「……慎二、何で、こんな事をしたんだ」



 怒りを押し殺して、士郎は間桐に問いかける。持てる自制心を全て費やしているらしく、士郎の右手はそのま

ま折れてしまうのではないかというぐらい握り締められていた。冷静に見ているが、俺も士郎と大差はない。怒

りに身を任せたままでは、逆に返り討ちにあう。



「何でだって? はっ、サーヴァントってのは人の魂を喰えば魔力も得られて強くなるんだろ。そっちの方が手

っ取り早いからに決まってるじゃんか。ま、本当はただの脅しのつもりだったんだけどさ」



 けらけらと間桐は本当に可笑しそうに笑う。この学校に張った結界が、ただの脅しだと……?



「何でそんな事をする必要があった! そして、何で発動させた!?」



 思わず叫んだ。ただの脅しならば、発動させる必要性はない。魔術師同士での戦いは、一般人の目の触れない

場所で行われるもの。抑止力にしても、こんな人目の多い場所にする必要は皆無。そして、なんら聖杯戦争の戦

いが起こっていないというのに、いきなりの結界の作動。それも、無関係な人達が大勢いる状態で。



「見せしめさ」



「……何?」



 一瞬、間桐が何を言ってるのかまったく理解できなかった。見せしめ……って、一体誰に対しての見せしめだ

と言うのか。



「遠坂の奴と、それに衛宮……それと、お前だよ、相沢」



 楽しそうに笑っていた表情が一転して、般若の形相に。間桐の瞳には、狂おしいまでの憎悪が滾っている。そ

の憎悪の瞳で、真っ直ぐに俺を射抜く。不覚にも、少し気圧された。



「昨日はよくも僕をこけにしてくれたな……まぁ、どうせここで死ぬんだから別にどうでもいいか」



 にやにやと薄ら笑いを浮かべる間桐。右手に持った本を掲げる間桐の周囲に、黒い魔力の塊が生み出される。

その一つ一つが、当れば致命傷を負う事になるほどの威力を持っている。魔術師としての適正を持っていない間

桐がこんな事を出来るというのは、アイツの持っているあの本に何か秘密があるのだろうか。

 間桐の顔が優越感に歪む。絶対的な勝利、自分が有利であると確信した表情だ。



「誰がこんな所で死ぬって? 冗談、俺はやりたい事も多々あるし生きて帰るって約束したからな。俺はそれを

確実に成し遂げる」



 秋子さんにそう約束した。ランサーのマスターとして、魔術師として、人間として……俺はこの聖杯戦争を必

ず生き抜いてみせる。俺が死ねば、名雪達が悲しんでしまうから。

 それに、何より彼女が出来ないまま死ぬのはごめんだ。俺は死ぬ時は大往生か自分の責務を果たした時と決め

ている。だからこんな所では死ねないんだ。



「はっ、強がり言っちゃって。ま、相沢が死んだら水瀬達は僕に任せなよ。僕なしで生きてはいけなくしてあげ

るからさ……」



 間桐の言葉にぎり、と歯を食いしばる。苛立ちが限界にまで達し、すぐに廊下を蹴って駆け出そうとした俺だ

が、



「……慎二ぃぃ!!」



「っ、止めろ士郎!」



 傍らに設置してあった掃除用具箱からモップを取り出し、間桐の元へと士郎が駆け出す。自分に向かって突進

してくる士郎を視界に収めた間桐は嘲りを含んだ表情で笑う。



「本当に衛宮は馬鹿だな……!」



 消え去れ、という意思表示と共に本を持たない左腕を振るう。間桐の周りにゆらゆらと浮遊していた黒い魔力

の塊が一瞬動きを止め、瞬きする間もなく士郎の下へと疾走する。



(やばい……っ)



 士郎にはあれを止める手立てはない。ただ黙って士郎がやられるのを見ているわけにはいかない。俺もすぐに

地を蹴って士郎の行動を止めに行く。だが、俺のその考えと行動はまったくの杞憂に終わる事になる。モップの

箒部分を取り外し簡易木刀にした士郎は、



「邪魔だ……っ、強化、開始トレース・オン……!」



 瞬時に士郎の魔術回路が起動し、簡易木刀が魔力を通され強化される。木材以上の強度を持つに至った木刀を

一振り。襲い掛かる三つの魔力の塊は、それで完全に掻き消された。だが、限界強度以上のダメージを負った強

化木刀は粉微塵に砕け散る。



「ひっ!?」



 間桐の表情が優越の笑みから、恐怖の表情へとシフトした。怯えたように脚を後ろに下がらせ逃げる体勢を取

るが、その前に士郎が全力で間桐の顔面に拳を叩きつける。みしり、という骨の軋む音が耳に聴こえてきた。



「ひぶっ!」



 情けない声を上げて間桐が吹き飛び、廊下に倒れ伏す。今の一撃は、鼻の骨に皹でも入ったかもしれない。倒

れ伏した間桐へ追い討ちをかける気なのか士郎は止まらない。その士郎目掛けて、唸りを上げながら飛来する銀

色の光。

 それに気付いた瞬間、脚に負担がかかるのを省みず一気に士郎の下へ駆ける。飛来する短剣を『七ツ夜』で弾

き返し、すかさず士郎を抱え間桐とその傍らに現れた『ライダー』から距離を取る。どうやら、セイバーをスピ

ードで巻いてきたらしい。サーヴァントで最速と言われるランサーともタメがはれるほどのスピードを保持して

いるようだ。



「はっ、ひっ……お、遅いぞライダーっ! 僕が、マスターの僕が殺される所だっただろうが!」



 鼻血が出る自分の鼻を押さえながら、自分を助けたライダーを罵倒する間桐。ライダーはそれに何の感情も宿

す事なく、無言を貫く。少し、ライダーが哀れに思えた。

 と、学校全体から血の色が消えていく。すぐに、鮮血に染まっていた廊下はいつもの見慣れた廊下に戻る。ど

うやら、遠坂とアーチャーが結界の基点の破壊に成功したようだ。これで学校の皆は大丈夫だろう。



「シンジ、結界ブラッドフォートの基点が破壊されたようです」



「言われなくても分かる! くそっ、本当にグズで役に立たない奴だなっ」



 地団駄を踏む。ますますライダーの事が哀れに思えてくる。抱えられたままで下ろせと喚く士郎を放して、廊

下に解放した。士郎の体が短い悲鳴と共に廊下に沈む。背後から数人の足音が近付いてくる。



「シロウ!」



「相沢君、士郎、大丈夫!?」



 結界を破壊した遠坂達と、ライダーに振り切られたセイバーだ。これで戦力はこちらが五対二で圧倒的に有利

になった。これ以上は無駄な事をする気はない。間桐の行った行為は許せるものじゃないが、それよりまずは脱

落させる事を考える。



「どうする間桐。降参するか? それとも……ここで死を選ぶか?」



 殺しはしない。だが、続けるというのならば完膚なきまでに叩き潰す。それこそもう二度とこの戦いに参加で

きなくなるまで徹底的に。



「…くそ、くそっ。何でこの僕が相沢と衛宮なんかに……、僕は間桐の後継者なんだぞ! 魔術師になるべくし

て生まれたのに何でだよっ!」



「……情けないな」



 その慟哭を聞いて、俺は心底呆れた。こいつは、自分では何もせずに魔術師になれると思っている。それが、

俺は心底憐れに思えた。魔術師の家系に生まれ、魔術師ではないという劣等感。それが間桐をここまで歪めてし

まったのかもしれない。

 俺と間桐はほぼ対極に位置するのだろう。俺は魔術師でないことを気にはしていない。間桐は魔術師でないこ

とに強い反感を覚えている。



「間桐、お前は自分が魔術師になるべくして生まれたと言ったな。違う、魔術師とは極め目指す者だ。士郎を見

ろ。コイツは幼少の頃から父である切嗣さんに魔術を教わり、今までずっと修行を積んできたんだ。対して、お

前はどうだ?」



「魔術回路が無いのに、どうやって修行しろって言うんだ!」



 ヤケになって叫ぶ。血が薄れていった結果、間桐の体から魔術回路が完全に消滅してしまった。魔術回路とは

魔術発動の際、体内に流れる魔力を制御する役目を果たすモノ。それがなければ、自分自身の中に流れる魔力を

使って魔術を使うことが出来ない。それが間桐の魔術師に対する劣等感に拍車をかけているのだろう。

 だけど、魔術回路がなくとも魔術の使役は可能だ。かなり限定されてしまうが。



「何も、魔術回路が無くても魔術が使えないわけじゃないだろう。何かを媒介にし、魔術を使用するというのは

珍しい事じゃない。お前は、その『努力』修行と言う行為を放棄したんだ」



 そう。間桐に魔術回路がなくとも、例えば……ルーン石を用いる魔術等は何とか使える。間桐はそれを分かろ

うとしなかった。逆を言えば、魔術回路もある俺には一通りの魔術の発動を試みては見たがどれも発動までには

至らず。どんな魔術も、俺と適正しなかった。ルーン石に関しては、簡単なものならいくつか発動する事が分か

っている。

 最も、それで魔術師とはとてもではないが言えないのであるが。



「もういい、降参して教会に保護を求めろ。お前を見てたら、怒る気も失せたよ」



 湧き上がっていた怒りが、間桐の姿と生き様を目の当たりにして消えていく。俺とほぼ真逆の生き方をしてき

た間桐に同情したからかもしれない。もしくは、俺と間桐が似ていると思ったからなのか。『七ツ夜』の刃を仕

舞い、ポケットに手を突っ込む。



「何だよ……へ、おい、相沢。お前そんな事言っていいのか? 僕が命令すれば、ライダーは水瀬達を殺す事も

出来るんだぜ?」



 へらへらと何が可笑しいのか、間桐は嗤う。虚勢なのだろうが、今の間桐の台詞は俺にとっての禁句。鎮火し

始めた怒りが、再び再燃を始めた。再燃した怒りは、明確なる意志を持って殺意へと切り替わっていく。

 ――――カチリ、と脳裏で音がする。

 俺の中のスイッチが、完全に切り替わる。



「……殺す」



 もう躊躇いは完全に消えた。あるのは目の前にいる『敵』を殺すという意志。それを止めるべき理性は消え、

その意志に従って体の中から殺気を解放する。



「……え?」



「殺すと言ったのが聴こえなかったのか、間桐。今お前は言ってはならない事を言った。見逃してやると言

ったが、自分から死を選んだみたいだな……。ならば、汝が魂、極彩と散らせてやる」




 右手ごと仕舞いこんだ『七ツ夜』を取り出し、切り裂く為の刃を出して逆手に持つ。感情を消し努めて無表

情を作りながら、ゆっくりと、間桐とライダーへ近づく。背後で士郎達が絶句しているのが、気配で感じ取れ

る。だが、そんな事は関係ない。今はただ、目の前のこいつを……『殺す』だけ……。



「ひっ……ラ、ライダー、あいつを殺せ!」



 恐怖で引き攣った表情をしながら、間桐はライダーに命令を下す。何も喋ることなく、ライダーは間桐の隣

から疾走を始める。じゃらじゃらと、短剣に繋がれた鎖が不快な音を立てながら俺に向かって唸りを上げて襲

い掛かってくるのを、冷静に見つめていた。

 ――――遅すぎる。



―裏閃鞘・舞―



 それを風に流されるようにして躱す。避けられた事に微かな驚きを示すライダーだが、すぐに続けて攻撃を

しかけてくる。その全てを、『裏閃鞘・舞』を使って全て躱し続ける。鎖が廊下に向かって叩きつけられ、甲

高い音を立てた瞬間に、一気に間合いを詰めて懐へと潜り込む。



「――っ!?」



 七夜の技とは即ち、気配を殺し相手を殺す技なり。極まれば、姿をも殺して動くことも出来る。懐へと潜り

込むことに成功した俺は、ライダーの腹部へと手を当てた。



「……邪魔だ」



―裏閃鞘・崩落―



 魔力とは違う、体内に流れる人間の秘められた力……『気』を、ライダーの腹部に当てた手の部分から一気

に送り込む。急激に放たれる気は、爆発的な力を生み出し衝撃でライダーの体は暴風に薙ぎ払われたかのよう

に吹き飛ばされる。

 その光景を呆然と見つめる間桐だが、すぐに悲鳴を上げて俺に背を向けて走り出す。自身を保護するものが

なくなれば、すぐに逃げるか……だが、逃がしはしない。



「逃がすとでも思ってるのか?」



 袖から黒針こくしんと呼ばれる針を出す。俺の魔力を小さな針に流し込んだ代物で、強度だけが高い以外は普通の針

と変わらない。それを、必死に逃げる間桐の影へ投擲する。



―裏閃鞘・影縫い―



 黒針は間桐の影へと突き刺さる。突き刺さったと同時に、背を向けて走っていた間桐の体ががくりと動きを

止めた。衝撃で、間桐の息は少し止まったかもしれない。



「ぐっ……え、は、脚が、動かない……!」



 必死で逃げようとするが、脚は地面に吸い付いているかのようにそこから離れない。『裏閃鞘・影縫い』は

黒針に込められた魔力を霧散させる、黒針を影から抜く、もしくは込められた魔力以上の力で無理矢理引き剥

がす以外に、逃れる術はない。

 だが、間桐は魔術師じゃない。それ故に、間桐は影縫いを解く事はできないのだ。動きを止めた間桐へ、ゆ

っくりと近付いていく。



「ひっ、た、助け……!」



「……断る。蹴り穿つ……!」



―閃走・六兎―



 助けを乞う間桐の言葉を聞き流し、鳩尾に瞬時に六発の蹴りを叩き込む『閃走・六兎』を放つ。まともに入

ったせいで、下手をすれば内臓破裂を引き起こしているかもしれない。まぁ、それも自業自得だ。吹き飛んで

いく間桐だが、咳き込みながらもたたらを踏んでこらえている。



『祐一、止せっ。それ以上やると本当に死ぬぞ……!』



 ふと、脳裏に俺と同じ声が響く。別人格と言っても差し支えのない、俺の掛け替えのない相棒の七夜の声。

止める必要なんてないだろう……俺はさっきこいつを殺すと宣言した。なら、その通りにするだけだ。



『怒りは分かるが、落ち着け! このまま感情に流されれば、後で必ず後悔するぞっ』



 必死で制止する七夜の意識と、それに抗い続ける相沢祐一の意識。スイッチを切り替えた瞬間から、俺は相

手の命を奪うことに躊躇いは持たない。間桐の命は、ここで尽きさせる。



「閻魔の大王によろしくな、間桐。弔毘八仙、無情に服す……」



―閃鞘・五凶星―



 確実に間桐を仕留めようとせんと、俺は相手を確実に殺す事を前提に作られた七夜基本技の一つ、『閃鞘・

五凶星』を放つ。両腕、両脚を切り落とし、体を五つの肉片へと解体する事から『閃鞘・五凶星』の名が付け

られた七夜基本技の中で『閃鞘・一風』と並ぶほどの威力を持っている技だ。この技が決まれば、失血死、シ

ョック死……このどちらかで息絶えることになる。恐怖に引き攣る間桐の表情を見ながら、その身を切り裂こ

うとする俺の背後から士郎の制止の声が響く。



「やめろ、祐一っ!!」



 それを聞いても俺の体は止まらない。いや、傍から士郎の制止を聞くつもりなどない。間桐は、この俺の手

で完膚なきまでに殺す。だが、それを止める存在がもう一つあった。

 前方からひゅんと、風を切る音。視覚に収める前に俺の直感と本能が悲鳴を上げた。『閃鞘・五凶星』を放

つ体勢から無理矢理体を捻り、飛んできた短剣を『七ツ夜』で弾き飛ばす。このままの体勢では追い討ちをか

けられると判断し、士郎達の所へ一気に跳躍。それと同時に脳裏でカチリという音が鳴り、切り替わっていた

俺の中のスイッチが元に戻る。



「……『裏閃鞘・崩落』をまともに食らって立ってられるなんてな。やっぱ人間とサーヴァントの能力の差は

大きいってか」



 いつものように軽口を叩く俺に、士郎の安堵の溜息が聞こえる。冷静になった頭で、さっきまでの行動を俺

は反省していた。確かに、少し頭に血が上りすぎていたみたいだ。怒りで状況判断が出来なくなるなんて、ま

だまだ経験不足と修行不足って事か。七夜というストッパーがいてくれて、本当に頼もしく思う。

 短剣を投げたライダーは、間桐を庇うように前に立つ。その間桐を縛り付けていた『裏閃鞘・影縫い』の効

果も、俺の攻撃で無理矢理に引き剥がされて効果を失っている。



「げほっ、がは……くっ」



 痛みで悶えながらも、間桐は俺を睨みつけてくる。その俺を見る視線の中には、はっきりとした恐怖があっ

た。だがそれよりも、俺に対する憎悪の方が勝っているらしい。



「シンジ、ここは撤退します」



 腹を押さえる間桐の体を抱えたライダーは、信じられない行動を取った。あろうことか手に持った短剣を自

分の喉下に近づけると、その短剣で躊躇いもなく自分の首を切り裂いたのだ。



『っ……!?』



 あまりの事に唖然とする俺達。自分で自分を傷つけるなんて、一体何を考えているのか。脳裏にふと、マゾ

なのかという考えが浮んだのだがそれが逃げる為の行動と繋がらない。短剣によって切り裂かれた首から、血

液のシャワーが溢れ出る。それが何か引っかかる。ライダー……石化の魔眼、メデューサ、首、血液……それ

らにまつわる事を、俺は最近耳にしなかったか。



『私達が一般的にペガサスと呼んでいる幻想種は、斬り落とされたメデューサの首から生まれたものなのよ。

メデューサは魔眼持ちであると同時に、騎乗能力を保有しているの』



 ――そう、遠坂がこう言っていた。となると、ライダーの今の行動は……。そこまで考えて、俺はライダー

の前に血で描かれていく魔法陣を見た時、自分の考えが当っていると気付く。それと同時に、アーチャーの叫

び声が廊下に響いた。



「伏せろっ、ライダーは宝具を使う気だぞ!」



 アーチャーの言葉に、俺達は廊下に倒れ付す。風の嵐が廊下中に吹き荒れ、眼を開けることも叶わない。聴

覚だけが働く状況で、ライダーの『真名』を紡ぐ声が響く。



「『騎英の手綱ベルレ・フォーン』――――!」



 廊下に伏せた俺達の真上を、物凄い衝撃とともに何かが通り過ぎていく。それが通り過ぎる瞬間の暴風で体

が吹き飛ばされそうになるが、飛ばされれば一巻の終わりだ。凄まじい破壊音が止み、気配が消える。

 ゆっくりと眼を開けば、そこは凄惨たる光景と化していた。



「……っ。凄いな……」



 廊下の床は無残に破壊され、教室の窓や壁なども完全に吹き飛んでいる。破壊された場所から中が丸見えに

なっており、そこには苦しそうに倒れている生徒達や教師の姿がある。結界が消失した今、これ以上悪化する

事はないだろう。



「……遠坂、こういう時はどうすればいいんだ?」



 士郎が感情を抑えた声で遠坂に尋ねる。無表情を装っているがが、ぎりぎりと歯軋りの音が耳に聴こえた。

士郎の気持ちは分からなくもない。俺自身、間桐のした事をとてもじゃないが全部許す事は出来ない。舌打ち

をして、『七ツ夜』の刃を仕舞ってポケットに突っ込む。



「……教会に連絡して綺礼に任せればいいわ。事後処理は全部監督役の仕事だし」



「言峰……綺礼、か」



 教会にいる監督役の姿を思い出し、顔を顰める。アイツの前に立つと、威圧感で気分が悪くなる。いや、そ

れだけじゃなく退魔衝動まで激しく波打つ。ただの人間に退魔衝動が反応する訳が無い。なら、アイツは人間

じゃないのか? ……いや、あいつは確かに人間だ。それ以外の魔に関する匂いがしない。でも、それなら退

魔衝動が反応する理由が……。

 一体、あの監督役……何者なんだ。



「相沢君、行くわよ」



「……あ、あぁ」



 遠坂の呼びかけに上の空で答え、士郎と遠坂を護る様に後ろを歩くセイバーとアーチャーのそのさらに後ろ

から、ゆっくりと歩みを進める。言峰に対する疑問を頭の中に押し込み、遠坂が公衆電話から教会に電話をか

けるのを見つめながら、俺は小さく溜息をついた。



つづく





人物情報が更新されました。


間桐慎二 十八歳 一般人
身長・体重 本編参照
使用魔術  なし

備考
聖杯戦争の基盤を作り上げたマキリの一族。本来ならば魔術師になる筈だったが、慎二の代で魔術回路が枯渇。
魔術刻印も受け継がれず、普通の人間として生を受けた。本人はその事に対し強い劣等感を感じており、遠坂
凛に対して愛情にも似た憎悪を持っている。その劣等感から、性格も歪んでしまった。衛宮士郎とは友人関係
になる。


間桐臓硯 ??歳 魔術師?
身長・体重 本編参照
使用魔術  不明

備考
マキリの一族で最年長。アサシンのマスターとなり、今回の聖杯戦争に絡んでくる。首を落とされても生き返
る、200年以上も生存しつづけるなどなど全てにおいて、不明な点が多い。慎二と桜の祖父。


三枝由紀香 18歳 一般人
身長・体重 本編参照
使用魔術  なし
備考
祐一、香里、凛のクラスメイト。陸上部のマネージャーで、陸上部のマスコット的存在。本人にはその自覚な
し。いつも氷室、蒔寺と共にいる。癒し系女の子。三人娘の中である意味最強な人。


氷室鐘 19歳 一般人
身長・体重 本編参照
使用魔術  なし
備考
祐一、香里、凛のクラスメイトパート2。陸上部で高飛び専門。それなりの記録を保持しているが、満足はし
ていない。「壁は越えるものであり、越えても次の壁がある」と氷室的名言を残している。三人娘の中で、蒔
寺専門のストッパー的な役割を果たしている。


蒔寺楓 19歳 一般人
身長・体重 本編参照
使用魔術  なし
備考
祐一、香里、凛のクラスメイトパート3。陸上部のランナー。自称、冬木の黒豹で冬木の虎と呼ばれている藤
村大河に一方的なライバル心を持つ。いつも何かしら騒がしいが、人としての分別はついている。しかし、や
はり騒がしいのに変わりはない。




ステータス表が更新されました。

CLASS   アサシン
マスター   キャスター
真名   佐々木小次郎
性別   男
身長・体重   本編参照
属性   中立・悪


筋力  C    魔力  E
耐久  E    幸運  A
敏捷  A+    宝具  ??

クラス別能力
気配遮断  D  サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。本来のアサシンではないので、
         気配遮断のランクが下がっている。


保有スキル
脱落により、スキル不明。


宝具
脱落により宝具不明。


CLASS   アサシン(真)
マスター   間桐臓硯
真名   不明
身長・体重   不明
属性   混沌・悪


筋力  C    魔力  D
耐久  C    幸運  C
敏捷  A+    宝具  ??


クラス別能力
気配遮断  A  サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を断てば発見され
         る事はまずない。だが、攻撃に移るときは気配遮断のレベルは大きく下がる。


保有スキル
不明


宝具
不明






後書きと言う名の座談会。(疲れるよー)


祐樹「自分の遅筆さが嫌になる」


祐一「なら早く書けよ」


祐樹「無理だ……ラグナロクやったりあるし、文章にできん……」


祐一「阿呆」


祐樹「うぅ……一日が四十八時間ぐらいだったらなぁ」


祐一「なげっ」


祐樹「大学行って、十時間ぐらいラグナロクで十時間ぐらい執筆にあてるぞ」


祐一「そんだけやりゃぁ、書けるだろうな」


祐樹「うむ……ま、とりあえず頑張るか」


祐一「頑張れよー」


祐樹「んじゃ、次の話で再見」


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