Fate/snow night 雪降る街の幻想曲





五章 間桐と言う名の持つ意味





 衛宮家への道のりをゆっくり歩く。時刻は約一時過ぎ。未だに雪の降りしきる道を、静かに歩き続ける。傘な

んてあるはずもなく、降り続ける雪が俺の体に付着して白い結晶と化す。このままでは、上着が濡れてさらに寒

くなってしまう。少し急ごうと思い、歩くスピードを上げた。黙々と、何も語ることなく雪道を俺は歩き続ける。

一時を十分ほど回った所で、衛宮家の門前に辿り着く。

 閉めきっている門を開いてもらう為、呼び鈴を鳴らす。大きな音ではないが、それなりに響き渡る音が俺の耳

にも聴こえる。近所迷惑になる事はないので、安心だ。

 とんとんとん、という足音が近付いてくる。がたっと言う音と共に、衛宮家の防壁である門が開く。顔を覗か

せるのは、家主である士郎だ。背後にセイバーの姿も見える。



「ただいま」



 寒さに震えながら言葉を発する俺に、士郎は苦笑を浮かべながら家の中へと誘導する。戸を閉め切ると、漸く

一息つけたような気分になり安心した。こういう時に、煙草を吸ったりするのだろうか。俺は煙草は吸わないか

ら、良く分からない。



「おかえり、祐一。お茶でもいれるか?」



 士郎の申し出をありがたく受け取る。居間へと移動して、炬燵に篭っている遠坂の対面に陣取り暖を取る俺。

はぁぁ……暖を取れて、幸せに絶頂に至る。だらしなく顔を緩めて、頬を炬燵にくっつける。

 そんな俺の姿を、遠坂とセイバーは呆れたように見つめていた。気だるそうに視線を動かして、何か文句ある

かと問いかける。



「……これがあのバーサーカーと渡り合った相沢君だとは、とても思えないわね」



 同感ともばかりにセイバーも小さく頷く。あー……二人の言う事もあながち間違いじゃないな。確かにあれは

俺だけど、『俺』ではない。『相沢祐一』ではなく『七夜祐一』。別の人格に等しい。

 尤も、極端に言えば両方『相沢祐一』であり『七夜祐一』なのだ。今の姓と前の姓だけの違い、ただそれだけ

だ。私的には七夜の方が馴染みが深いのではあるが。



「ほら、緑茶……で良かったか?」



 寝転ぶような体勢になっている俺の目前に、湯飲みに注がれた熱い緑茶が置かれる。白い湯気がもくもくと湯

飲みから立ち上り、見るだけで熱くなりそうだ。ありがたく頂こう。

 起き上がって、両手で湯飲みを持ちゆっくり緑茶を口に含む。体の芯に染み渡るように、暖かさが広がってい

く。やはり、緑茶は飲み物として最高だ。



「ふぅ……」



 緑茶には人の心を落ち着ける効能があると思う。焦りや、怒り……そんな感情を、緑茶は静かにゆっくりと鎮

めてくれる。だから、俺は緑茶という飲み物が好きなのだ。まぁ、この渋みが癖になっているのもある。

 全員に緑茶を注いでから、士郎も炬燵に脚を突っ込む。さて、関係者は全員揃った。互いに見回りを行った結

果について、述べる事にしよう。手に入れた情報を、交換しあう時間だ。



「まずは私達からね。一応、新都中心に見回りを行ったけど特に異常らしき異常はなかったわ。尤も、それ自体

が異常だって事もありえるけど」



 遠坂の方はまったく情報なし、と。まぁ、まだ一度の見回りだ、そんなすぐに尻尾を掴ませるような奴が、聖

杯戦争のマスターに選ばれる事はないだろう。

 士郎とセイバーの方は、何か情報があったのだろうか。期待は出来ないが、もしかすればという事もある。俺

がそうだったように。



「俺達の方も、特に何にもなかった。柳洞寺の方には、いけなかったんだけど」



 案の定、士郎の方も情報はなし。柳洞寺の方までいかなかったということは、キャスターの所在にも気付いて

いない様子。教えるべきなんだろうが、ここで教えると疑われること確実だろう。今日に遭遇したあの正体不明

の『影』についても、今の所黙っておくべきか。

 サーヴァントの数、重複しているサーヴァントのクラス、そして正体がまったく掴めない『影』……これ以上

不確定情報を増やす必要はないだろう。少なくとも、今の状況では余計な混乱を招くだけだ。



「まだ初日だ、そんなすぐに情報が集るわけないさ。地道に探すしかない。明日は、俺も士郎達と一緒に柳洞寺

までいってみる」



 やっぱ一人だと危ないわ、と苦笑を漏らす。探索中に心細くてびくびくしてたと真実味を込めて話すと、士郎

は曖昧な笑みを浮かべる。遠坂は苦笑のような、呆れのような笑みを浮かべて湯のみの茶を口に含む。俺も残り

のお茶を体に流し込む。少し冷めてしまった緑茶が、少し味気ない。やはり緑茶は熱いのに限る。大した情報を

得られなかった俺達は、それぞれ風呂に入って各自の部屋へと引き上げた。

 宛がわれた部屋で、七ツ夜の刀身を磨き上げる。手入れを欠かせば、いくら名刀とは言え刃毀れを起こしただ

の錆び付いた刃物に堕ちてしまう。七ツ夜は俺の掛け替えのない相棒であり、最高の短刀だ。これを堕落させた

となれば、親父に殺される。

 ふと、隣の遠坂の部屋からがたごとと細かい音が聞こえる。何かしらの実験か、調べ物をしていると言った所

だろう。聖杯戦争はただ戦うだけで勝ち抜けるものではない。




 ――聖杯。救世主メシアが最後の晩餐の際、使用したと言われる聖なる盃。聖杯を守護する者は、考え、言葉、行動

において純潔である事が条件である。だが、聖杯を守護していたヨセフの子孫は、ある出来事により心を乱され

聖杯守護の資格を失った。そして、アーサー王が求め、結局得られなかった伝説の魔術用具。

 あまりにも有名な伝説だ。その聖杯を巡っての、魔術師達の抗争。二百年前に完成し、今回で確か……五度目

だっただろうか。たった五度、されど五度こんな馬鹿げた戦争が行われた。その度に、何人の人が犠牲になった

のか。考えると憂鬱になる。

 これ以上考え込んでいると、流石に朝起きるのが辛くなりそうだ。布団の中で暖まりながら、寝るとしよう。







 ……朝。離れの客間に漂ってくる、朝食の匂いで目を覚ます。寒さで震えながら、枕元に置いている携帯のデ

ジタル画面を確認。表記されている時刻は、六時過ぎ。

 …………六時。寝た時間を逆算すると、四時間ほどしか寝ていない事になる。道理で、今日は何時にもまして

毛布と布団が恋しいわけだ。毛布に包まったまま居間に行っちゃダメだろうか。……ダメだろうな。気合を入れ

て起き上がる。冬の寒さが身に染みて、痛い。さっさと制服に着替えて居間へ行こう。

 最後にちらっと温もりが残っているベッドの上の毛布を見る。やっぱり我慢できん、毛布に包まって行こう。

床に毛布が擦れないよう包まり、居間まで移動する。重いけど、寒さに比べればこんなもの。はぁ、ぬくぬく。



「起きたか、祐一……?」



「…ゆ、祐一先輩?」



 居間に入ってくる気配を感じて振り向いた士郎と桜ちゃん。俺の姿を見ると同時に固まる。やはり、毛布に包

まって入ってきた事に、脳の処理が遅くなってしまったのだろう。でも、寒いのだから仕方ない。



「な、何やってるんだよ」



「毛布に包まっている。寒いのだ」



 そのままの状態で炬燵まで移動する。脚を突っ込み、これで完璧。上半身、下半身ともに防寒は完了だ。思わ

ず顔が緩む俺を見て、士郎と桜ちゃんが笑っている。むぅ、妙に悔しくなってきた。何か仕返しはできんものか

と画策していると、士郎と桜ちゃんがエプロンをつけて台所にいるという事でぴんとくる。

 非常に良いからかいの条件が揃っている。さっき仕返しだ。



「にしても、士郎と桜ちゃんは仲良く朝食作りか。良いねぇ、恋人ですか、ラブラブですか、新婚気分ですか」



 頬を炬燵にくっつけニヤニヤしながらそう言うと、二人は顔を真っ赤に染めた。ほぉ、この反応はやはりお互

いを意識しあってるからかな。んー、士郎と桜ちゃん。お似合いカップルだと思う。



「な、な、何言ってるんだ祐一!? 俺達はそんな……!」



「そ、そうですよ祐一先輩! いきなり何を言うんですか!?」



 二人してわたわたと手を振り回す。だ〜か〜ら〜……そうやって過敏に反応してる事自体、お互いが意識しあ

ってるって自白してるようなもんだろう。生暖かい目で俺はそれを見守る。



「えぇ〜、とてもそうには見えないけどな〜。だって二人とも、料理してる姿を後ろから見ると恋人というか夫

婦というか……もう、俺お邪魔かなぁと」



 二人はさらに真っ赤になって俯いた。ふふふ、これだから人をからかうのは止められないな……。ん〜、でも

桜ちゃんは何処となく嬉しそうだな。やっぱりこれは“当たり”だろうか?



「おっはよ〜……ん? あれれ、何か変な雰囲気。何かあったのかにゃ?」



 固まったままの二人を前に、どうしようか悩んでいると藤村先生が強襲。固まったままの二人を見て、首を傾

げる。虎の来訪により、二人は凍結症状が解除されて朝食の準備を再開。背後だから良く分からないが、耳たぶ

が少し赤いのできっと顔を赤く染めている事だろう。



(藤村先生、桜ちゃんってやっぱり?)



 食卓に座って餌を待つ虎の如く飢えている藤村先生に、小さく声を掛ける。



(相沢君もやっぱり分かる? そうなのよー、桜ちゃん士郎の事好きなのよ)



 机の上に放置してあった新聞を手に取りながら、藤村先生は面白そうな表情をする。共通の話題としてはちょ

っとアレだが、気にしちゃならん。見てて微笑ましいのと同時に、少しじれったい。



(やっぱりですか。でも、士郎はその事に気付いてないみたいですけど)



(そうなのよー、切嗣さんと同じで。私としては、桜ちゃんが不憫で不憫で。だから、こっそり応援なんかしち

ゃったりしてるのよ)



 じれったいなぁ、という表情をしながら藤村先生。本当に士郎の事を大切に思ってるんだなぁ。衛宮さん家の

士郎君は本当に果報者だ。頬杖をついて、士郎の後姿を眺める。



(はぁ、士郎の朴念仁。あれぐらい分かるだろうに)



 俺が大仰に溜息をつくと、藤村先生も溜息をついた。きっと藤村先生も士郎の鈍感ぶりに呆れて……



(士郎も相沢君だけには言われたくないでしょうね……)



(待ちなさい、何故そうなる)



 いきなり理不尽な事を言われて、俺も反論する。俺は士郎ほど鈍感で朴念仁じゃないぞ、と続けて言う。だけ

ど、藤村先生はそんな俺をまじまじと見つめて呆れたような、哀れんでいるような溜息を吐いた。

 む……、それはちょっと失礼な態度じゃないか?



(だったら、相沢君は水瀬さん達の事、どう思ってるの? ほら、いつも屋上前の踊り場で一緒に食べてる子達

も)



 不思議な事を聞くものだ。名雪達の事をどう思っているのか……そんなの、聞く必要もないだろう。分かりき

った事だ。



(名雪達は大切な友人ですが)



(……訂正するわ。相沢君は士郎以上の鈍感で朴念仁よ)



 なんでさ。

 重い溜息をつく藤村先生の答えに、思わず士郎の口癖を呟きそうになる。そりゃあ、鈍いとは思うが士郎や、

志貴ほどじゃないと思う……ぞ。少し間が出来たのには、絶対的な自信がなかったからだ。だがしかし、俺は奴

らほど鈍くはない。その筈だ。

 ふと、ぺたぺたと足音が聞こえてくる。それも、物凄く気だるげというか、重いというか。動くスピードが著

しく遅い。この足音の正体は、なんとなく分かる。ほら、士郎も後姿からだが苦笑している雰囲気が。



「……おはよぅ」



 死にそうな形相の遠坂が居間に侵入してくる。朝起きるのが、そんなに辛いのだろうか。確かに今の時期、布

団から出るのが辛い。しかし、この遠坂の寝起きは異常としか思えん。名雪と遠坂、この二人は一種の病気では

なかろうか。



「……うぅ。士郎、牛乳頂戴」



 今の遠坂の状態を言い表すと、死にぞこない。もしくは、性質の悪い悪霊に取り憑かれているというと納得で

きる。きっと、牛乳と言う名の聖水でそれを清めるのだろう。今の俺は、物凄い上手い事言った。ノーベル平和

賞物だ。



「はいよ、遠坂」


 聖水牛乳を唯一所持する、衛宮家の家主である衛宮士郎は遠坂にそれを渡す。いや、想像してると凄い笑える。毛

布があった良かった、顔を隠して必死で笑いを押し殺す。そんな俺を藤村先生が不思議そうに見ていた。



「遠坂先輩が、先輩の事を名前で呼んでる……」



 あ、桜ちゃんがショックで固まってる。桜ちゃんの士郎への呼称は、“先輩”だからこれは微妙に痛いアドバ

ンテージだ。きっと、桜ちゃんの中で遠坂は恋のライバル化しただろう。ある意味、見物ではある。

 朝食が完成して、セイバーも居間に現れる。そして、藤村先生の一言。



「ところで、相沢君なんで毛布被ってるの」



「寒いからです」






 結局、俺の毛布は士郎とセイバーによって剥かれてしまった。まったく、人が寒いと言うておるのに酷い奴ら

だ。まだ炬燵があるからマシだが、なければ確実に凍えていた。やはり炬燵は偉大である。

 士郎と桜ちゃんの合作朝食を食べつつ、世間話に華を咲かせる衛宮家の住人達。



「はぁ〜、何かこんな風景も二日も経てば慣れてくるわねー」



 藤村先生がご飯をかっ込みながら言う。いえ、それはきっと藤村先生だけだと俺は思います。しかし、声には

出さない。下手すれば虎の咆哮が始まり、衛宮家に重大な被害を及ぼす事になる。そうすると、朝食が台無しに

なってしまう。飯を抜いての授業は、苦痛以外の何者でもないのだ。



「そりゃ藤ねぇだからだろ」



 あっさりと俺の心遣いを無に帰する士郎。当の本人は無関係そうに、桜ちゃん作成の魚の煮物をもぐもぐと咀

嚼中。達観の境地に至っているのだろう、士郎の表情には変化という変化が見られない。



「む、失礼ね。そういう士郎こそ、遠坂さんとセイバーちゃんがいるのに何の疑問もないじゃない」



 最初の頃は、セイバーはともかく遠坂が泊まる事に反対していたからな。ま、健全な一男子で遠坂に憧れてい

た士郎だから、仕方ない事だと思う。だが、それなら桜ちゃんはどうなんだろうか。……失礼ではあるが、遠坂

よりもスタイル抜群で性格容姿に非の打ち所も無い。日本の大和撫子を体現している。



「……まぁ、それは祐一のお陰でもある」



「ふぇ?」



 話を振られ、佐祐理さんのような声を出す。俺のお蔭って、別に何もしていないんだが。ただ、衛宮家に厄介

になってるだけだし、その上エンゲル係数の上昇にまで加担しているぐらいだし。



「こう女の子ばっかしだと、肩身が狭いからな。唯一の男の祐一がいてくれて助かる」



 あぁ……健全な男子である士郎だからこそ、こんな状況に慣れきれていないのだろう。俺も一応、健全な男子

ではあるのだが舞や佐祐理さんや名雪達やらと一緒にいて、もう慣れた。

 しかし、士郎も立派な男だという事ですねぇ。思わずにやつく。



「ほほう……士郎は、俺がいなければその身に宿る若く熱いパトスが爆発すると、そう言いたいのですね?」



 ある意味、男の本懐ではある。



「いや、誰もそんな事言ってないだろ!」



 図星なのか本当にそうではないのか判断はつかないが、士郎は立ち上がり素人にしては見事なツッコミを入れ

てくる。しかし……



「甘いぞ、士郎!」



 俺も立ち上がり、人差し指をビシッと士郎に向けた。突然の俺の行動に、みんな呆気に取られている。士郎の

ツッコミは見事だったが、それでも俺は言わなければならない。士郎のさらなるレベルアップの為に。



「そんなツッコミで笑いの頂点が取れると思っているのか! 北川や香里を見習え! 奴らのツッコミの技術、

タイミング、裏拳の角度、腰の捻り、表情、そしてスピード! 全てを備えてこそ、本当のツッコミ役なのだ!」



 バンと畳を踏み鳴らす。そう、俺のようなボケ専門の芸人にとってあいつらのようなツッコミ役は、必要不可

欠なんだ。じゃないと、俺達はただの奇人に成り下がってしまう。あえて自分を犠牲にし、笑いを取ったり周囲

を盛り上げようとしているのに、奇人の烙印を押されたのではあまりにも扱いが酷すぎる。

 だからこそ、ボケにはツッコミという相方が必要なのである。



「いや、いきなりなにさ!?」



 何故か士郎は怯えながらあとずさる。思いっきり顔が引き攣っている辺り、余程怖い物でも見たと言いたそう

である。それを俺だとか抜かしたら、問答無用でしばく。まぁ、ちょっと自分でも熱弁しすぎで変だとは思った

から仕方ない事かもしれない。



「すまん、ちょっと熱くなりすぎた、許せ。毎日、北川と香里のツッコミを見ているせいか、他のツッコミが甘

く見えてな」



 いやぁ、失敬、失敬と座りなおす。そしてご飯をがつがつとかっ込む。うむ、やはり白米は日本人の文化だ。

呆然としていた藤村先生や遠坂達も我にかえり、何事も無かったように朝食を再開。こんな風に和やかな食事は

本当、何時振りなんだろうか。水瀬家ではゆっくり朝食を食う時間すら、許されなかったからなぁ……。

 思わず涙腺が緩み、涙が溢れ出す。ご飯を食べながら涙を流すという行為は、傍から見るととてつもなく変に

思うわけで、



「な、何で泣いてるんだ? 祐一」



 それに気付いた士郎に指摘される。泣いてると聞いたセイバー達は一斉に俺を見て、怪訝な表情に。士郎の疑

問に答えるべく、俺は涙を拭う。



「いや……こんな風に和やかな朝食は、本当に久しぶりだったから……。水瀬家には俺の求める平穏がなかった

からさ……」



 そう言われ、俺の日常を良く知る士郎が思いっきり引き攣った笑いを零す。事情を知らない残りのメンバーは

揃って首を傾げる。士郎以外は、俺と深く関わる事がなかったから知らないのも無理は無い。

 出来るだけ簡潔に、分かりやすく普段の俺の日常を説明。最初は興味深そうに聞いていた遠坂達だが、話が進

むにつれてその視線に憐れみが込められていく。下手な同情なんかいらないやいっ。



「んー、水瀬さんは朝が弱いっていう蒔寺さんの言い分は正しかったのねー」



 蒔寺というのは、陸上部の蒔寺だろう。陸上部三人組は、名雪と仲が良さげみたいな感じだったから、名雪の

事も良く知っているに違いない。しかし、あれを朝が弱いというには優しすぎる。遠坂にも言える事だが……名

雪と遠坂は、本当に病気なのかもしれん。



「名雪の寝汚さは、そんな生易しいもんじゃないです。ギネスに申請してもいいぐらいですっ」



 祐一さんの本音大爆発。今のは俺の正直な気持ちだ。名雪の睡眠に対する欲求と、寝起きの悪さは本当にギネ

スに申請できるほどだと思う。いや、マジで。

 一度でも名雪の寝ている状況を見て、俺が体験している事を確認すれば同じ事を思うに違いない。香里もきっ

と、俺と同じ事を思っていると確信できる。



「……水瀬って、そんなに凄いのか」



 冷や汗すら流しつつ、士郎が慄く。普段、俺から名雪に関する色々な話を聞いていた士郎であるが、多少誇張

表現が含まれていると思い、虚言半分真実半分で聞いていたようだ。今度、本当に見せてみれば面白い反応が見

れるかもしれん。

 妙な空気に包まれたまま、その後朝食が続く。朝食が終わると藤村先生は職員会議、桜ちゃんは部活で先に出

て行き、代わりに俺が士郎と一緒に洗い物をする。それほどゆっくりする時間もないから、とりあえずさっさと

洗い物を済ませよう。



『――次のニュースです。冬木市にある穂群原公園が、台風が直撃したかのように破壊されているのを、本日早

朝付近の住民が発見しました。地面が破壊され大変危険な状態らしく、市は改修が済むまでこの公園の立ち入り

を禁ずるとの事です―――』



 さらに、その公園の周囲の民家から忽然と住民の姿が消え――と、テレビのニュースキャスターは淡々と事件

の内容を読み上げる。あの公園……穂群原公園って名前だったのか。大層な名前の割に、何もなさすぎたんだが

……適当に名付けたのかもしれない。

 そのニュースに過剰な反応を示すのは遠坂とセイバーだ。洗い物をしながら二人を観察していると、険しい表

情でテレビを睨んでいる。公園の惨状が映し出され、破壊の爪跡が凄まじい。これがランサーの宝具の力……サ

ーヴァントの持つ宝具の反則具合が、無理矢理にでも分からされる。

 二人もこれが、聖杯戦争関連の事件だと気付いたらしい。まぁ、現代であの惨状を再現しようとすれば戦車砲

でも放たない限り不可能。それも、破壊の際の爆音もさせずにとなると絵空事。



「……本当、夢物語みたいなものだよな」



 小さく溜息をつきながら呟く。士郎が何か言ったか、と問いかけてくるがそれにただの独り言だと答える。洗

い物も終わり、他に何か異常なニュースが流れていないかと確認の意味を込めて炬燵に脚を入れてテレビに視線

を向ける。

 だが、その後のニュースに特に気になる不審点は見つからなかった。新都のガス漏れ事故の名を持った、聖杯

戦争関連の事件は、起きなかった様子。時間も差し迫ってきたので、遠坂と士郎と共に学校へと向かおう。



「シロウ、またガッコウですか」



 冷たい視線を投げかけるのはセイバー。心なし……いや、はっきりと声にも冷たさが現れている。その冷視線

に貫かれ、士郎の顔に冷や汗が浮びだす。



「いや、だって休むわけにもいかないだろ……」



 困った表情。自分の命がかかってる状況でこんな事を言う辺り、士郎らしいというかなんというか。しかし、

そんな事を言ってるといつ他のマスターの奇襲を受けて殺されるとも限らない。その状況に、サーヴァントが近

くにいられなければその危険性もさらに倍増だ。

 セイバーの言いたい事も分からなくもない。士郎の身を案じての注意なのだ。



「……はぁ、まぁ私も許可を出しましたから。しかし、危険が迫れば迷わず令呪を使用してください」



 最後に念を押して、セイバーは俺達を見送る。歩いて登校しても差し支えない時間なので、今後の事について

話し合いながら脚を進めていく。

 丁度いい時間なのか、俺達の他にも多々穂群原学園の生徒の姿。最近の異常な事件が起こっているのにも関わ

らず、皆明るく笑いながら日常を過ごしている。この風景が、いつ崩れ去るか分からない。恋人が、友人が、家

族が……聖杯戦争に巻き込まれ命を落とすかも知れない。

 だからこそ、『今』という時間が須らく尊いものなのだ。今の時間は一瞬にして過ぎ去っていく。その一瞬を

後悔のないように生きるのが、人間のあるべき姿なのだと俺は思う。



「相沢君、何見てるの?」



 声を掛けられそちらへと向くと、遠坂の済まし顔が出迎えてくれた。衛宮家では本性を見せる遠坂も、ここま

でくるといつもの優等生遠坂凛、またの名を猫かぶりモードに移行している。本性を知っていると、ギャップに

苦しむ。



「いや、何でもない。少し考え事」



「そ。ふぅ……今日も見回りしなきゃね。まったく、疲れるわ」



 夜更かしはお肌の敵なのに、と呟く。魔術師と言っても、やはり遠坂も女の子。自分の肌の事を気にしている

のか。いつもぼけぼけとしてる名雪や、あゆもいつも気にしている様子だから、女の子の常識なのだろう。

 男はそんな事気にする奴は……いないとも言い切れないが、ほとんどいない。



「ま、手入れを欠かさなきゃ大丈夫だろ。遠坂は元が良いんだから」



 肩を竦めてフォローする。どうしてこうも俺の周りは元々が出来すぎてる女の子が多いのだろうか。遠野家し

かり、水瀬家しかり。正直、どきどきさせられる事が多々ある。心臓に悪い。



「あ、ありがと……お世辞でも受け取るわ」



 赤くなり、照れながらそっぽを向く。む……もしかすると、こういう所が北川とかに女殺しとか言われる謂れ

なんだろうか。天然の女誑し、というのが北川内部での俺の愛称らしい。無論、聞いた直後に斬刑に処してやっ

たが。



「考えると、俺達とあのバーサーカーのマスターの子以外にも、マスターがいるんだよな……」



「それだけじゃなくて、あの前回の聖杯戦争のランサーのマスター、もよ」



 ……あはは、そのランサーのマスターは俺なんだよなぁ、冷や汗が出てこないか心配だ。というか、士郎はと

もかく遠坂とセイバーにばれた時には、正直視線だけで殺されるかも。

 思わず引き攣りそうになる頬を指で掻く。これは、可能な限り裏方に回って遠坂とセイバーの二人ににばれな

いように動きたい。じゃないと、敵として相対する殺意ではなく、また別物の殺意でやられそうだ。



「でも、こっちはサーヴァント二騎に人間離れした戦闘力を持つ相沢君、それに私だっているんだもの。必ず勝

てるわ」



 ふふん、と優等生スマイルを振り撒く。俺は今、全校生徒の前で叫びたい。お前達が知っている遠坂凛は、猫

を被っているだけだ、と。そして、やはり戦力計算の中には士郎は入ってないのね。

 それを自覚しているのか、士郎が黄昏た雰囲気を醸し出す。きっと背中は煤けて見える事だろう。



「な、何で遠坂が衛宮と相沢と一緒にいるんだ!?」



 学校の校門に辿り着くと、一人の男子生徒が俺達を見て驚いていた。記憶に無いか心当たりを探してみるが、

まったく記憶に無い。初対面の相手、のようだ。香里のような、髪の毛に軽いウェーブがかかっているのが特徴

的だ。

 ふと、士郎の口からシンジという呟きが聴こえる。



「……士郎、知り合いか?」



「え、あ、あぁ。桜の兄貴の、慎二だ。間桐慎二」



 ―――桜ちゃんの、兄? 似ている部分を見つけようと、間桐兄の顔を眺める。だが、似ている場所をまった

く見つけられない。あまりにタイプが違いすぎる。だが、そういう兄妹もいるのかもしれない。

 似ている似ていない、そんな事は重要じゃないのだから。



「あら間桐君、おはよう。どうしたの、こんな所で」



 いつも以上に猫を被った、薄ら寒い遠坂の言葉。背筋にぞくっとした寒気が俺と士郎を襲う。幸いな事に、遠

坂は間桐の方を向いていて気付いていない。



「別に……僕は今来た所さ。で、何で遠坂はその二人と一緒なんだ」



 疑問ではなく、これでは尋問の言い方だ。黙秘を許さない、相手が話すまで終わる事のない尋問。高圧的な態

度が、癇に障る。



「さっき学校まで来る道の途中で、会ったんです。ちょっとした知り合いですから、変じゃないでしょう」



 流石に衛宮家に逗留する事は言わない遠坂。言えばまず、士郎がどんな目に遭うのか興味はあるがとりあえず

不憫に思う事は確かだ。後は、自分自身の評判を気にして、と言った所か。学園のアイドル且つ優等生ともなる

と、その辺りを気にする様子。遠坂の元の性格が大きな原因の一つだろうな。



「じゃ、じゃあ相沢は何でだよ。今一緒に歩いてきたけど、相沢は衛宮と家がまった逆じゃないか」



 まぁ、近くはないな。衛宮邸と水瀬家の距離は結構離れてるから、歩きだと大体三十分以上かかる。脚に魔力

流して本気で走れば、一瞬で着く距離だが滅多にする事じゃないし。



「俺は今、士郎の家に厄介にならせてもらってる。ちょっとした事情、って奴だ」



 俺は肩を竦め、大仰に溜息をつく。



「それに、俺と遠坂はクラスメイトだ。別に一緒に登校したって、不思議じゃないだろ」



 俺と遠坂は葛木が担任の同じA組だ。他にも、美綴や香里、久瀬に陸上部三人組とも同じクラスである。本当

にごく稀であるが、美綴や陸上部三人組と一緒に来る事もあるぐらいだ。遠坂と一緒に来ても、不思議ではない。



「そうよ、間桐君。私と相沢君、それに衛宮君は友達なの。これで満足?」



 呆れたような遠坂の言葉に、間桐は苦虫を噛み潰したような表情をする。歯軋りをして、まだこっちに噛み付

いてくる。



「うるさいっ、遠坂と衛宮達なんかが釣り合う訳ないだろ! だいたい衛宮、お前いまだに桜を家に入れてるよ

な。いい加減にしろよ、桜は僕のモノなんだから」



「……おい、ちょっと待て間桐。桜ちゃんを物扱いするな」



 間桐の桜ちゃんの人権を完全に無視した発言に、我慢できずに突っかかる。怒りを露にして自分に突っかかっ

てくる俺に、間桐は不愉快そうに眉を顰めた。視線は相変わらず、他人を見下しているように冷ややかだ。



「はぁ? 何偉そうな事言ってんの? 関係ない奴はすっこんでろよ」



 腕を組み、自分が優れている自分が上に立つ者だと示すかのように口を紡ぐ。その行為が、視線が、行動が酷

く俺の怒りを刺激し続ける。



「関係ないなんて事あるか。桜ちゃんは士郎の後輩、士郎と俺は友達だ。それに、桜ちゃんとは知り合いだし、

もう友達なんだ。後輩の事を気遣うのは先輩として、普通だろう。もう一つつけたせば、人をモノ扱いなんて許

されない」



 そんな思考を持つ奴には、嫌悪感すら覚える。自然と間桐を見つめる視線には、殺気が篭ってしまう。魔術師

である士郎と遠坂は、それを敏感に感じ取る。直接この殺気を浴びせかけられている間桐も流石に感じたのか、

怯えた表情を見せた。だが、それを抑えて気丈な態度を取る。



「う……ふんっ、殴りたければ殴れば? でもその場合、相沢は停学だろうな。ほとんどの女の子からも無視さ

れるぜ。いいのか?」



「慎二!」



 士郎が声を荒げる。だが、そんな間桐の言葉は今の俺には何の意味も持たない。



「――知ったこっちゃない」



「え?」



 間桐の表情が変わった。見下したような笑みが消え、呆けた様な表情を形作る。



「知ったこっちゃないって言ったんだ。別に女子から無視されようが、退学になろうが構わない。生憎、親父の

仕事に付き合えば生きていけるからな。俺にとっては痛くもかゆくもないんだ」



 手を握り締める。感情を抑えながら淡々と語る俺の言葉が本当だと気付いた間桐は、今度こそ本当に怯えて悪

態をつきながら去っていった。

 大きく息を吸い、吐き出す。それで、溜め込んでいた様々なモノが体の中から出て行く。



「……間桐。マキリ、か」



 小さく呟く遠坂の声。どことなく悲しさとやるせなさが含まれたその言葉に、俺は疑問を覚える。それにして

も、今の遠坂の言った言葉……マキリ。マキリと言えば、聖杯戦争の基盤の一つ、令呪に関する事柄を作り上げ

た一族の事だ。何の関係が……む。



「遠坂、今マキリって言ったけど……さっきの間桐がそのマキリの人間とか言わないよな」



「ご名答、間桐君はマキリの人間。遠坂やアインツベルンと肩を並べた魔術師の一族よ」



 ……ビンゴか。それを聞いた士郎の表情は、驚きの一言。間桐慎二はマキリの魔術師の末裔……即ち、アイツ

が魔術師であるという証明――――



「ま、間桐君は魔術師じゃないけど。桜もね」



 って、あら。何でそんな結論に達するかね、遠坂女史。先祖が魔術師なら、その子孫が魔術師なのはほぼ確実

だと思うんだが。教室に向かいながら、俺はその辺りの疑問をぶつけてみる。



「簡単な事よ。今のマキリは完全に衰退して、魔術回路も魔術刻印すらも失っているもの。今の間桐は魔術師と

しての能力を失った家。桜からも感じないでしょ?」



 魔術師としての遠坂の言葉に偽りはない。どうやら、アイツがマスターだという可能性はほぼ皆無とみていい

ようだ。士郎と別れ、遠坂と俺は自分の教室へと向かっていく。



[interlude4−2]



 時間は間桐慎二が祐一達の下を走り去った直後に戻す。祐一からぶつけられた殺気に怯え、間桐慎二は悪態を

つきながら彼らから離れた。否、逃げた。

 それが間桐慎二の中にあるプライドに傷をつける。魔術師一族の末裔としてのプライド――マキリの最後の後

継者としてのプライドに。彼はマキリの血筋の最後の後継者だった。だが、魔術回路は父の代に既に枯渇してお

り自分が生まれついに回路は消滅。刻印も刻まれる事はなかった。選ばれた人間となる筈だった彼は、その素養

を受け継ぐ事なく育った。

 それでも、自分はマキリの最後の後継者である。それだけが、間桐慎二を今まで形作ってきていたプライドで

あった。それが、衛宮士郎によって、遠坂凛によって、そして相沢祐一によって踏みにじられた。耐え難い屈辱

が、間桐慎二を襲う。



(くそっ、くそっ、くそっ。たかが衛宮や相沢の分際で……! マキリの後継者の僕を侮辱するなんて……許さ

ない、絶対許さない)



 怒りしか間桐慎二の心中にはない。マキリの後継者である彼には、魔術刻印は刻まれていない。そして、魔術

師でもない。彼はマキリの後継者でありながら、魔術師になりえなかった。

 衛宮士郎は自分の事を魔術師ではなく、魔術使いだと言う。それを彼は知らない。彼は、魔術師になりたかっ

た。選ばれた人間になりたかった。それは、最早叶わぬ遠き幻想ユメ

 ――――否、それはもうすぐ幻想ではなくなる。自分はもうすぐ、本来なるはずだった魔術師になる事が出来

るのだ。



(僕はマスターだ。聖杯戦争に選ばれた“魔術師”なんだ。聖杯戦争に勝利して、聖杯の力で魔術師になれる)



 彼はマスターだった。この穂群原学園に結界を張り巡らせているサーヴァント――ライダーの。この聖杯戦争

に勝ち抜くことが出来るのならば、どんな事でもしてみせる。自分は魔術師という特別な人間なのだ。それが本

来あるべき姿なのだから。



(遠坂も、僕の実力を思い知れば考えを変える筈さ。相沢や、衛宮なんか足元にも及ばない)



 遠坂凛に対して、彼は憧れと恋心に等しい感情を抱いていた。一流の魔術師である遠坂は、同じく一流の魔術

師の末裔である自分とあるべきなのだ。歪んだ感情が間桐慎二の心中に渦巻く。



(相沢……鬱陶しい奴。アイツを殺して、水瀬達も僕が貰ってやるさ……)



 彼の持つ書物が怪しく存在感を際立たせていた。まるで主の歪んだ感情に呼応するが如く。



[interlude out]



つづく



後書きと言う名の座談会


祐樹「間桐慎二の心中描写の追加。そして色々ギャグテイスト盛り込みました」


??「虫唾が走りますね」


祐樹「今回のゲストは、間桐慎二のサーヴァント、ライダーです」


ライダー「よろしくお願いします。しかし、このシンジの心中描写は必要だったのですか?」


祐樹「題名が題名だし。じゃないと、名称偽称で公開できん」


ライダー「なるほど、道理です」


祐樹「自分で、現段階の間桐慎二としての心理描写は的確ではないかと自負している」


ライダー「身の程を弁える事です。修行不足は否めません」


祐樹「う。カッとなってやった、今は反省している」


ライダー「青少年の主張のような弁解は不要です。私が求めるのは姿勢ですので」


祐樹「了解。今後一層腕を磨き精進する事を誓います」


ライダー「そうです。くれぐれもシンジのように歪まぬよう」


祐樹「ここまで歪むのも稀だと思うが」


ライダー「シンジは色々とヘタレ精神が身についてますから」


祐樹「辛口コメントどうも」


ライダー「事実ですが」


祐樹「恐ろしい。その実、Sと見せかけて真性のえ……」


ライダー「それ以上言うと締め上げますよ?」


祐樹「締め上げてから言わないで」


ライダー「それは失礼を。しかし、私とアヤコの絡みはないのですか?」


祐樹「まぁ、善処します」


ライダー「よろしい。……ふふふ、アヤコとの絡み、楽しみです……」


祐樹「ステンノとエウリュアレと姉妹だって言うのが分かるなぁ……」


綾子「うぁっ、何今の寒気っ!」


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