Fate/snow night 雪降る街の幻想曲





四章 漆黒を纏いし闇、影





 食べ終わった食器についた汚れを、洗剤を含ませたスポンジで洗い水で流す。冬場の洗い物が、俺は一番嫌い

だ。寒いのが嫌いである俺は、冬場に洗い物をするのが一番嫌いなのは必然。手からじわじわとしみこんでくる

ような寒さに耐えつつ、天ぷらを盛り付けていた皿を洗い続ける。



「祐一、電気温水器つけないのか?」



 士郎からかけられた言葉に、俺は雷を打たれたように固まる。そんな便利な物があるのなら、何で初めから言

わないんだっと士郎を割りと本気で殴った。

 いきなり殴られて士郎は唖然としたようだが、憮然とした表情で文句を言ってくる。まぁ、ちょっとしたお約

束を果たしただけだと言い返すと、諦めたような溜息をついて湯飲みに緑茶を注いで炬燵に脚を突っ込んだ。電

気温水器のスイッチを入れ、暖かくなったお湯を利用しながら洗い物を終わらせる。食器籠に全部突っ込み、俺

も熱い緑茶を入れて戻る。

 食事の後の、和やかな空気。いつもは賑やかな藤村先生も、今ばかりは静かに食後の茶を楽しんで……



「むむっ、士郎前にあげた蜜柑まだ食べてなかったの? 駄目じゃない、腐っちゃうわよ。ほら、皆ノルマは三

個か四個。食べて食べて」



 ……この人はいつでも騒がしい。強制的に手渡された蜜柑を見つめ、皮をむき始める。まぁ炬燵に入りながら

蜜柑を食べるというのは、日本古来の楽しみの一つである。いい感じの冷たさを保っている蜜柑を頬張り、束の

間の幸せに浸る俺。あぁ、炬燵最高。アイラブ炬燵様。

 と、セイバーが手渡された蜜柑を見ながら難しい顔をしているのを発見。どうやら、食べ物というのは分かる

のだが食し方が分からない模様。セイバーに蜜柑の皮むきのレクチャーをして、実についている白い物は食べら

れる物だと説明して剥き終わった蜜柑を手渡す。



「……ほぉ、甘くて美味しいです」



 暫く、そのようにしてみんなで軽く世間話をしながら炬燵の中で蜜柑を頬張り続けた。時刻が午後九時前に差

し掛かろうとする時間、藤村先生と桜ちゃんがそろそろ帰ると言い出す。最近は物騒で、夜道は危ないから士郎

が桜ちゃんを送って帰ろうかと申し出たのだが、藤村先生が代わりに送っていく事になった。

 サーヴァントとか魔術師ならばまだしも、痴漢とか強姦魔が出たとしても剣道の段所持者である藤村先生がい

るなら安心だ。冬木の虎の異名は伊達ではない。腕っ節が強いのが、藤村先生のアピールポイントである。

 玄関先で二人を見送り、居間へと戻る。さて、日常に身を置くべき人達は帰った。ここからは、非日常――血

生臭い『裏の』世界に生きる者の時間だ。士郎が人数分の緑茶を注ぎなおし、全員で炬燵に入る。屋根の上で待

機、監視を行っていたアーチャーも居間へと姿を現して遠坂の後ろに立つ。そうして、聖杯戦争に関する作戦会

議が始まった。



「さて、今後の事だけど。同盟を組んだ私達の最終目的は、バーサーカー及びあの正体不明のランサーの撃破。

それまでに、どうにかしてサーヴァントの数は減らしたいんだけど……」



 実質、サーヴァントの数は八。この時点で色々とルールに支障が出ているのだが、気にしている暇もない。俺

だって、ランサーの過去の事はほとんど知らない。十年前の聖杯戦争からずっと、現界している事ぐらいだ。

 いつかは聞き出してやる。まぁ、ともかく。ランサーを抜きにすれば、一番の強敵なのはバーサーカー。次に

強いと思われるのは、ここにいるセイバーもしくはあのランサークー・フーリンだろう。単純な近接戦闘ではセイバーかも。



「サーヴァントの所在に、マスターの情報はまったくなし。今の所真名が分かってるのは、今回のランサーとラ

イダーね」



 真名が明らかになれば、おのずと戦略を立てることが出来る。弱点を突くという事も出来るかもしれないが、

所詮は人間の知恵。英霊に果たしてそれが効くのかは分からない。何より、ランサーの場合宝具を発動させられ

ればその時点でアウトだ。



「情報がまったくないってのが辛いわね……まぁ、最初は必ずそうなんだけど。いや、二騎のサーヴァントの真

名が分かっているだけでも幸運か」



 居間を静寂が包む。このままでは埒が明かない。どうせこのまま動かなければ、情報が入ることはないんだ。

それならば、こっちから動くしかないだろう。



「なら、新都と深山町の辺りを見回らないか。動かなければ情報が入ることはないんだし……危険かもしれない

けど、動くべきだと思う」



 俺の提案に遠坂は考え込む。動かなければ情報は入らない、しかし動けば必然的に危険の度合いは増す。虎穴

にいらずんば虎児を得ず、急がば回れ。色々な考えが遠坂の頭の中に巡っているものと思われる。

 ここで、俺の提案を底上げするような助っ人が現れた。



「ユウイチの言う通りです、凛。このまま無駄に時を過ごしていれば、いつあのバーサーカーが突然現れるか分

からない。しかも、漁夫の利を狙い他のサーヴァントが現れないという保証もない」



 セイバーの言う通りだ。聖杯戦争とはその名のとおり戦争。必要最低限のルールは制定されているが、こと戦

闘に関してはルールも何もない。勝利する事が全て。聖杯を手にするのは、たった一組のマスターとサーヴァン

トだけなのだから。



「……そう、ね。このまま時間を無駄にする気はないし、そうしましょう。で、編成は?」



「そりゃ、マスターはサーヴァントと行動するもんだろう。分ける必要性も何もないと思うが」



 遠坂にはアーチャー、士郎にはセイバーがいる。そして、俺にはランサー。口には出さないが、全員サーヴァ

ントを使役している。自然と、それぞれの組み合わせは決まる筈だ。



「それだと、祐一はどうするんだ?」



「ん? いや、俺は一人で回るけど」



 ごく自然の流れだと思う。しかし、士郎はそう思わなかったらしく目を見開いて驚いた表情。遠坂やセイバー

の表情に変化はないが、内心何を言っているのかと言っているのかもしれない。



「馬鹿言うな。そんなの危険すぎるだろう」



 危険には違いない。だけど、その方が効率が良いのは確かだ。一人より二人。二人より三人。見回る人間の数

が多くなれば、回れる場所も拡大して何か情報が手に入るかもしれない。人海戦術だ。

 その辺りの事を説明しても、士郎は駄目だの一点張り。まぁ、士郎の言う事も十分承知の上なのだ。これが士

郎達よりも危険度が高いというのは。ま、ランサーと合流さえすればその危険もぐっと下がるわけだが。



「深入りはしない。どう足掻いても俺じゃサーヴァントに勝つのは、無理。万が一、遭遇なんぞしたら全力で逃

げる。足の速さと逃げ方だけには自信があるさ」



 以前のライダー戦で証明済みだ。あれが本気ではないとしても、防御に徹して逃げるだけならば可能な筈。死

徒と戦ってきた経験を生かせば、大丈夫……だといいなぁ。少し不安が胸をよぎるが、気にしても仕方ない。

 こちらも譲らないという姿勢をとる。そのまま俺と士郎は睨みあう。が、すぐに士郎が溜息をついて視線を逸

らした。諦めたらしい。



「分かったよ。遠坂も、いいよな」



 視線を投げかける。呆れた顔を隠そうともせず、肩を竦めて了承の意。セイバーとアーチャーも、反論する様

子はない。こうして、俺達のすべきことは夜の見回りという事になった。それぞれが各自別れ、三班ずつに別れ

深山町、新都の二つを見回る。もし何かあれば、すぐに合流する事。取り決めごとはこんな所である。どのチー

ムがどこを見回るのかを書くと……



 第一チーム、衛宮士郎・セイバー組――――深山町衛宮家近辺

 第二チーム、遠坂凛・アーチャー組――――新都

 第三チーム、相沢祐一(ランサー)組―――深山町水瀬家近辺



 と言う感じになる。遠坂達が新都なのは、双方ともに優れた能力の持ち主であるから。士郎達は色々と難点が

残る為に深山町の散策となった。で、唯一一人である俺は水瀬家や学校、その他の見回りだ。



「それじゃあ……今は十時前ね。十時になったら門の前で別れて、一時ぐらいにはまた衛宮家に戻る事。何かあ

れば、どちらかのチームと合流。オーケー?」



 オーケーボス、と敬礼したら殴られた。なんつー女だ、遠慮なしのぐーだぞ。やはり香里と同じ種類の人間だ

こいつは。二人とも、もしかするとメリケンサックなんぞ持ってるのではないか。だとすると二人とも武闘派の

女だ。怖い怖い。

 外は冷えるので全員きちんと行動に支障がない程度の防寒着を身に付け、衛宮家を出る。遠坂はいつも学校に

着てきている赤のコート。何かあった時の為に遠坂は宝石を何点かコートの裏に仕込んでいるようだ。士郎と俺

は、それなりに動きが制限されず且つ割と暖かさを確保できるGジャンである。アーチャーの着ているあの赤い

外套……防寒性はなさそうだが、大丈夫なのだろうか。いや、それよりもなんつーか格好良い。惚れそうだ。



「……む、今何か不穏な気配が」



 眉間に皺を寄せてアーチャーが呟く。俺の考えが何か不穏な気配を持ってしまったのか。下手な事考えると、

変なことになりそうだな……自重自重。衛宮家の門前に一度、集合する。



「それじゃあ、気を付けて。相沢君、本当に無理しないでよ。……じゃ、行きましょう衛宮君」



 各自、それぞれの持ち場へと散っていく。士郎と遠坂は途中まで道のりが同じなので一緒に、俺は二人とは反

対方向である。二人を衛宮家の門前から見送ってから、俺は水瀬家の方へと歩いていく。

 時刻は十時過ぎ。空に浮かび上がる太陽はなく、今はただ虚ろな月が下界を照らす。月の色は蒼白。街を蒼く

照らし上げ、闇を蒼い闇へと仕立て上げる。その中を、俺は急ぐ事もなく歩き続ける。

 人気は皆無。通り魔事件、昏睡事件、神隠し……冬木市に集中して起きている様々な事件がテレビにより報道

されている事で、夜に出歩く人影はほとんどない。聖杯戦争の時期に起きているこれらの事件、確実に聖杯戦争

絡みだろう。少しずつ、少しずつ冬木市に住む人々の命が蝕まれていく。

 やはり、聖杯戦争は呪われた殺し合いだ。何でも願いを叶える願望機せいはい。それを手にする為に、七人の選ばれた

愚か者魔術師達が殺しあう。あぁ、生き残った者が願いを叶える権利を得る。さぁ、自分の欲望を具現化させる為に殺

しあうがいい。……胸糞悪い。

 そこまで考えて、気分が悪くなった。頭を軽く振って、気持ち悪さを振り払う。気配に注意しながら、俺は見

回りを続ける。こういう風に街を歩く事は滅多にないなと思い、可笑しくなった。いつもは忙しすぎて、そんな

暇なんかないのだから仕方ないか。あゆと頻繁に遭遇する商店街、栞に案内された公園、ものみの丘、水瀬家の

近く……順に歩いて異常がないかを確認する。

 水瀬家の前まで来て、そろそろランサーと合流するかと思い立つ。令呪を通して話しかける前に、もう一度神

経を研ぎ澄まし周囲の気配を探る。と、何か二つの反応が高速でこちらへ向かってくるのを察知。



(何だ……、使い魔の類かっ!?)



 いきなりビンゴか、と懐から七ツ夜を取り出す。水瀬家の前で戦闘になるとは思いもしなかったが、四の五の

言ってられる状況じゃない。使い魔とはいえ、油断するわけにはいかない。少しでも情報持ち帰らせる事などさ

せん。緊張感が最高潮に達しようとした時、二つの気配がついに俺の目の前に現れ、



「およ、ご主人のマスターじゃないですか。どうしたんでっか、こんなとこで」



「け、青臭いガキか。こんなとこで突っ立ってると貫くぞ!」



 ………………こいつらか。あー、今さっきまで物凄い具合まで高まっていた俺の緊張感を返してくれ……。無

駄に神経が磨り減ってしまった。緊張感が一気に失せた反動で、俺は脱力。やる気が失せてしまった。

 丁度良い、ランサーを呼ぶか。色々とこいつらに文句を言いたいがきっと暖簾に腕押し、馬耳東風だろう。令

呪に魔力を通してランサーに念話で話しかける。



(ランサー、聴こえるか)



(あぁ、良好だ。どうした)



 水瀬家前にフギンとムニン達といる事を伝える。見回りをする事を言うと、待っていろと言う言葉と共にラン

サーとの念話が途切れる。寒さで冷える手に、息を吐きかけながらランサーを待つ。フギンとムニンは相変わら

ず五月蝿い。いや、騒がしいのはムニンだけでフギンに向かって喚いている。

 まぁ、身体が小さい分声も小さいから近所迷惑にはないっていない辺りが救いだろうか。がちゃり、と言う音

が背後から聞こえる。ランサーが出てきたらしい。



「待たせた。秋子殿に一言断ってきたのでな……差し入れだ」



 水筒を差し出す。中身はどうやら熱い緑茶のようだ。寒さで凍えそうだったので、この差し入れはとてもあり

がたい。水筒の蓋に茶を注いでゆっくり飲む。熱さが身体に染み渡って暖かくなってくる。



「ふぅ……」



 ランサーと二人、熱い茶をゆっくり飲み干す。ムニンがフギンに猿轡をされて呻いているが、そんな事はどう

でもいい。今は茶で落ち着きを得たい。

 水筒に入ったお茶が全部なくなり、俺はランサーを従えて再び歩き出す。



「で、フギン。何かめぼしい情報はあったか?」



「いんやぁ、さっぱりやね。警戒心たっぷりで、動くもんも動けへんし」



 まぁ、そんな簡単に情報が入るとは思っていない。結局は、遭遇するか仕掛けるか、もしくは仕掛けられるか

しかないのか。サーヴァントの数は、アサシン、キャスター、バーサーカー、ランサー、ライダー……当面は五

騎だ。順調に消化して、残るのはアーチャーとセイバー……正直気が進まない。だけど、いつかはぶつかる事に

なるのだ。迷いは己を殺す。迷ってはいられない。



「引き続き、情報収集を。つけられるような事にはなるな」



 ランサーの言葉にフギンは了解しましたーっと頷く。ムニンは猿轡をしたまま喚きたてる。そんなムニンをフ

ギンが宥めて、二匹は夜の闇へと去っていった。

 いいコンビだなー、あの二匹。軽く苦笑しながら学校方面への道のりを歩く。今のところは、これといって目

立った異常は見当たらない。いや、唯一学校には既に感知済みの異常があったか。



「……確かに、結界が張られているな」



 正門前で、ランサーが学園を見上げながら呟く。視線へ険しく、目には視えない結界を睨みつけている。俺だ

けで学校に入り、グラウンドから適当に見回るが何もない。携帯のデジタル時計を確認すると十一時。この時間

には、既に宿直の先生や警備の人間も帰宅しているだろう。深夜の穂群原学園に人の気配はまったくない。

 念の為、校舎内も見回るべきだろうか。………いや、危険すぎる気がする。ここは既に他のマスターのテリト

リー内だ。そんなところにのこのこ入っていけば、どんな罠が待っているものか。学校の登校時にも十分危険な

のだが、相手が確実に敵を減らす事を考えるのならばこういう場面で何かしら仕掛けるものだと思う。

 弓道場、体育館と回ってから穂群原学園を後にした。いつもは通いなれた学校であるが、夜になると不気味に

見える。一年前、舞との魔物の戦いの際にも思った事だ。普段通いなれた場所ほど、光が落ちてから訪れるとま

ったく別の場所のように思えるものなのだ。

 互いに無言のまま、静かに歩き続け俺達はかなり広い公園に辿り着いた。栞とデートまがいの事をしたところ

より、少し大きい。しかしベンチや街灯、自動販売機……それ以外には何もない。だだっぴろいくせに、酷く寂

れた公園だ。



「こんなところがあったのか……」



 まったく気付かなかった。何もなく寂れた公園ではあるが、何もせずぼーっとしたり人と会いたくない時には

使えるかもしれん。

 俺のマイベストスポットの一つに登録しつつ、ランサーと会話に集中する事にする。



「聖杯戦争が正式に始まって三日……脱落組はなし。本格的に減り始めるのは一週間後ぐらいからだろうな」



 一週間以内に交戦、もしくは相手の情報を探るなどして確実に勝利する為の布石を得る、もしくは作戦を立て

る。そこからが本格的に聖杯戦争が始まるのだ。それまでに起こる不可解な出来事は、参加者にとっては些細な

事であり気にするべき事柄ではない。それが、尤も一般的な魔術師なのだから。

 うちの家の奴らも、似たようなものだ。まぁ、何事にも例外はありうちの奴らにもマシな奴は少しはいる。そ

れだけが唯一の救いといえば救いだ。



「……ともかく、現状でサーヴァントは八体。うち、ランサークー・フーリンとライダー、バーサーカーとは交戦済み。アーチ

ャー、セイバーとは同盟。情報なしはアサシンだけ、キャスターは柳洞寺に陣取ってる……」



 迂闊に動けやしないから、いらいらしてくる。いらついて頭を掻き毟って、落ち着きを取り戻す。ともかく、

最後にはセイバー、アーチャーとも戦って勝たなきゃならない。その前に、なんとかしてサーヴァントの数を減

らさないと……憂鬱になってくる。



「しかし……マスターは一般的な魔術師とは違うな」



 思考の海に浸っていると、ランサーの独り言のような言葉が耳に入る。俺が一般的な魔術師とは違う、か……

間違ってはいない。魔術師とは言い難いし、非情に徹しきれない部分があるから甘さが残っている。魔術師とし

ては、失格だ。



「まぁ、そうだな。自分でも魔術師らしくないって思う」



「聖杯戦争に選ばれた魔術師……マスターは己のサーヴァントをつかず離れず、自分の傍へと待機させる。それ

が、マスターはまったく逆の事をしているからな」



 言葉の所々に、皮肉が混じっているような感じを受ける。それを裏付けるかのように、ランサーの俺を見る目

に明らかに拗ねたような、呆れているような、納得いっていないような輝き。未だに納得していないらしい。

 結構、根に持つタイプのようだ。



「仕方無いだろ。俺がマスターだってばれる訳にはいかないんだ。それに、ランサーには秋子さん達を守って欲

しい。連れて行けば、セイバーに即座に斬りかかられるぞ」



 完全フル武装化したセイバーが、あの不可視の剣を構えて立ち塞がる姿を幻視する。――勘弁してくれ、魔力

不足なのを差し引いても、勝てるような気が一切沸き起こらない。威圧感と殺気だけで死ねる自信があるぞ。

 威圧感だけを取るのならばバーサーカーが随一だが、セイバーは剣の技術やスピード全てにおいて圧倒的なモ

ノを誇っている。あれが魔力完全の状態で召還されていたら、まず勝てない。



「確かにな。セイバーの持つ直感スキル、剣技共に恐ろしい。奴と本気で打ち合えば、激戦は必死だろう」



 ランサーもそれを知っているからこそ、強く反対は出来ないのだろう。前回に召還されているのなら、セイバ

ーと戦った事もある筈。故にマスターとばれる訳にはいかない。セイバーはこの聖杯戦争において優勝候補の一

騎なのだ。



「まぁ、暫くは様子見だな。もし、サーヴァントと戦う事になったなら連絡してくれ。俺も可能な限りする」



 頷くランサー。さて、現在の時刻は……十一時を少し回った所か。まだ随分と時間が残っている。時間ギリギ

リまで、見回りを続けた方がいいか。時間があれば、柳洞寺の方にも行った方が良さそうだし。



「もう少し見回りを続けよう。一時まで、まだ結構時間が――――」



 言葉を続けようとして、俺は口を紡ぐ。しかし、唇が動かない。突如生まれた、この悪寒によって俺の身体は

金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。否、悪寒などと言う生温い言葉では表現しきれない。これ

は、もはや絶望、深淵、常闇、死……あるのは絶対的な恐怖と死の存在。そして、暗い昏い魔力の胎動。

 滲み出てくるような黒い魔力の影響か、公園に灯っていた街灯が光を失っていく。一瞬のうちに、公園の電気

が全て消え去り闇に包まれる。



「な、何なんだ……!?」



 恐怖により震える身体を両腕で掻き抱き、震えを止めようと試みる。だが、上手くいかない。それどころか、

さらに震えは強まっていくばかり。死徒と対峙した時の恐怖など、この恐怖の前には微塵にもならない。



「ら、ランサー。魔力遮断を解除、相手が何か分からないが……このままじゃ死ぬ」



 純粋な恐怖。ただ死ぬだけ、とはいかない。得体のしれないモノを前にした恐怖が、こんなにも恐ろしいもの

だったとは知らなかった。俺の言葉で、ランサーは魔力遮断を解除する。抑えられていた魔力が、身体から溢れ

出ていく。深く深呼吸し、心を落ち着かせる。 それで、多少は恐怖は和らぐ。

 ランサーの手に神代の武器、神槍「大神宣言」が現れる。漆黒の鎧、金色の輝く腕輪がランサーの身体に具現

化され、戦闘体勢に移行。黒い魔力を持つ存在がいると思われる方向へ、体を向き直させる。



ゾクン……!!




「っ……!?」



 瞬間、自分が死んだと幻視させられた。ばっと自分の体に触れ、心臓の鼓動を確認。そして肉体が欠けていな

いかを確認し、全て正常である事に安堵する。軋間紅摩や、直死の魔眼を解放した志貴、吸血鬼としての能力を

フルに解放したアルクェイドを見た時とは、比べ物にならない。



「…な、何だよあれ……」



「分からん。だが……この禍々しい魔力、あれと同一……」



 ランサーには心当たりがあるらしいが、今は聞いている暇などない。ランサーについてはわからない事だらけ

だが、こいつは俺のサーヴァントだ。ちゃんと話してくれる……そう信じている。

 信頼に値するサーヴァント、それが俺のランサーだ。



「離れていろ、人間の身であれと争うには危険が大きすぎる」



 ランサーの言葉に従い、俺は黒い魔力を纏うモノ――あえて例えるならば、『影』だろう――から少しずつ離

れていく。念の為に、無関係な一般人が巻き込まれないよう魔眼を開放し、この公園と外界の空間を切り離す。

 未だに体には恐怖が残っている。ランサーも、あの異常な存在には多少の恐怖があるはず。あれに勝つことな

ぞ、出来るのだろうか。いや、必ずしも勝つ必要はない。現在の状況では、明らかに情報不足であるし手札が少

なすぎる。切り札と呼べるモノもない。

 隙を見て撤退し、こちらが勝てる状況を作り出すしかないだろう。



「ランサーっ、外界と公園を切り離した! 宝具の使用も許可、やりすぎない程度にやれ!」



 俺の言葉にランサーは呆れたように息を吐く。息を吸い込んだ次の瞬間には、戦神オーディンとしての姿を取

り戻し『影』と対峙する。ランサーが自身の体に、指を走らせルーンを刻む。刻んだルーンはアルギズ保護ウルズ

のルーン。刻まれたルーンが効果を発揮し、ウルズにより身体能力が強化、アルギズによって慰め程度だろうが

魔力の防御壁……体全体を包む結界を作る。

 『影』がゆらゆらと、海に浮ぶ海月のように蠢く。頼りなく、突風が吹けば吹き飛ばされてしまいそうなほど

動きは緩慢だ。しかし、それとはまるで正反対にあれは襲い来る者、敵と認識した者を全て容赦なく飲み込む。

あんなものに飲まれたら最後、生きて出ることなど叶うのか。



「……あれの正体を確かめてみる必要があるか



 小さい呟きがランサーから聴こえる。それに疑問の声をあげる前に、己の槍を振りかざしてランサーはサーヴ

ァントではない何かに向かって突撃していった。



[interlude 4−1]




 『影』へと向かっていったランサーは、自分からの攻撃は数えることほどしかせず主に敵からの攻撃を躱して

の反撃……カウンターを仕掛けていた。自ら攻撃しては、大きく隙が出来る。そして、敵の攻撃を受けるという

ことは即ち、ランサーの敗北……死を意味する。



「くっ……!」



 黒い触手がランサーの数ミリ先を掠める。掠った腕の部分が、焦げたように黒くなった。触手が『影』へと戻

り、一瞬後全ての触手が堰を切ったかのように襲い来る。

 紙一重でその襲い掛かってくる触手を、全て回避。反撃に槍を振り上げ、『影』を縦に切り裂く。何かを切り

裂く手応え。敵の体の部分に当ると思われる場所が真っ二つになっていたが、それもすぐに再生してしまう。そ

れに舌打ちし、ランサーは槍を振り触手を払い距離を取る。



「厄介な……ダメージを与えることすらできんのか……」



 いくら攻撃で相手の体を切り裂こうと、瞬く間に再生されてしまい致命傷を与える事すら叶わない。それどこ

ろか、戦っている相手に致命傷というモノがあるのか……否、生きているという事すら怪しい。存在している以

上、生命があるという事ではある。しかしあれには命の息吹がほとんど感じられない。あるのは、貪欲なまでの

絶望と死の気配。そして敵を捕食しようとする食欲。



(やはりこの気配……しかし、確証がない。聖杯の中身がこのようになるとは考えられん)



 思考を纏める間にも、襲いかかってくる触手を切り払っていく。触手が千切れ、切り裂かれ、吹き飛ばされて

いくが切り裂かれた場所から新たな触手が生えてくる。このままではジリ貧……追い詰められてやられてしまう。

 ここでランサーがやられるということは、マスターである祐一も死ぬという事だ。まだ前途有望な青年を、こ

こで死なせるわけにはいかない。この聖杯戦争の結末を見届ける義務が、自分にも彼にもあるのだから。



「――――『天馬召還スレイプニル』」



 『大神宣言グングニル』を振るいながら、ランサーは静かに呟く。真名を紡がれ、ランサーの持つ一つ目の宝具が効力を

発揮する。ゆらりと空間が揺らぎ、八本脚の灰色の馬が具現化。力強く大地を踏みしめ、雄叫びを上げるが如く

両前足を振り上げた。ランサーは自分を捕食せんと迫り来る触手を薙ぎ払い、召還された灰色の馬へと跨る。主

を乗せた馬は、空へと飛び上がって触手の射程範囲から逃れる。

 ――この馬こそ、戦神オーディンの愛馬・スレイプニル。北欧神話にて、彼が幾多の戦場を駆け抜けたと伝え

られる、天空を舞う天馬。スレイプニルは戦により命を落とした死者を、戦神オーディンの管理する国『ヴァル

ハラ』へと導く力を持っていると、伝承に記されている。オーディンが己が妻、フリッグと同等の信頼を寄せる

自身の愛馬なのだ。



「……」



 『影』は動かない。じっと、スレイプニルに跨り空を舞うランサーの姿を見つめ続ける。触手が届かぬ場所に

逃れられ、『不満そう』に触手をふらつかせる。

 あれを倒せない以上、この場は退くしかない。が、マスターである祐一を回収し離脱しようとしてもあれがそ

う易々と獲物を逃がすだろうか。それはないだろう。ならば、一時的にでも構わない。一瞬でも動きを封じられ

れば。



「マスター、宝具を使う! 出来るだけその場から離れろ!」



 ランサーが下した決断は宝具の使用。今の状態で放てば、祐一も巻き添えになる可能性が大きい。声を張り上

げて、遠くまで逃げろと叫ぶ。

 それを耳にした祐一は、即座に体内の魔力を脚部に集中させ『影』から距離を取る。動く物体を捉えた『影』

は次の標的に祐一を決めた。走り出すのと同時に、触手が祐一に向かって迫る。その触手を、空から一気に急降

下してきたランサーが切り払う。射程範囲から逃れ、尚且つランサーの戦いがぎりぎり見える位置まできた祐一

は、空虚の魔眼を解放し自分と周囲の空間を切り離す。脚部に集中させていた魔力を、今度は視神経へと流す。

 祐一が離れた事を確認したランサーは、スレイプニルの手綱を引き再び空へと舞い上がる。捕食すべき獲物を

失った『影』は、獲物を追うべくずりずりと地面を這うような速度で動く。

 その『影』を視界に収め、ランサーは槍を振るう。主の意思に同調するように、『大神宣言グングニル』は神話の伝承を

再現しようとするが如く光り輝き始める。槍の中から解放される魔力が、強風を生み出す。



「『大神グン――――



 淡い光に包まれた『大神宣言グングニル』を振りかぶる。その槍の貫くべき標的は、眼下に跋扈する闇の使者。神話の時

代、幾多の軍勢をも一振りで蹴散らし、一度振るえばどんな強靭な肉体を持った者だろうと一撃にて屠った神槍

が今、遥か時を経てその幻想を現代にて蘇らせる―――――――



      ――――宣言グニル……!!』」



 ランサーの手から、槍が放たれる。真名を解放された槍は、光の軌跡を描きながら一直線に標的の元へ。自身

に向かって真っ直ぐ飛来してくる物体に、『影』は身動き一つせず。そして、飛来する『大神宣言グングニル』は目標へと

突き刺さる。

 その瞬間『大神宣言グングニル』を包み込む魔力が爆発し、周囲一面を光が照らし視界を完全に奪い去る。祐一はその魔

力の猛りが荒れ狂う中、切り離した空間の内部で視界を奪う光の眩しさに目を閉じた。

 それだけではなく、発動した宝具の魔力が強力すぎ、切り離した空間の中にまで衝撃が伝わってくる。ぐらぐ

らと、地面が揺れ足場が安定しない。少しずつ、発動した『大神宣言グングニル』の衝撃が収まっていく。

 衝撃が止み、視界を奪い去る光の残滓が消え去る。うっすらと目を開けると、そこには先程まで公園だったモ

ノが煙に包まれていた。



「……これが、戦神オーディンの持つ槍……『大神宣言グングニル』」



 呆然と呟く。こうして目前でその幻想を見せつけられ、英霊の格の違い……そして宝具の威力の恐ろしさを痛

感させられる。これならば、世界の抑止力として君臨しているのも頷けるものだ。最早、人の身で到達できる範

疇を超えてしまっている。これが英雄であり、英霊。絶対的な抑止力の守り手。

 空間を接続し、祐一はスレイプニルに跨り空に滞空するランサーを見上げた。雄雄しく静止したその姿は、見

る者を圧倒し魅了する。そのランサーは、爆心地を見つめたまま険しい表情を崩さない。ふと、右手を突き出し

て何かを引っ張る動作を行う。

 すると、煙に包まれていた場所から『大神宣言グングニル』が飛び出し、一直線にランサーの手元へと戻る。槍を消し、

祐一のいる場所まで降りてきた。



「やった……の、か?」



 煙は未だに晴れず。公園は隕石が落ちたように、削り取られている。あの爆発の中心地にいたのだ、ただでは

済まない筈だ。少なくとも、五体満足ではいられない。



「……そうだと、いいのだが」



 不吉な予感は拭えない。拭えるどころか、その濃度は減る事もない。宝具の直撃を受けた場所の、土煙が段々

と風に流され晴れていく。ランサーと祐一はそのまま視線をそこに投げ続け、

 ――二人の視線が凍りつく。宝具の直撃を受け、吹き飛んだかに見えた敵は何事もなかったかのように、その

場に君臨し続ける。死の濃度は濃く、さらに深く祐一とランサーを包み込む。



「本当の、化け物か……。逃げ切れるか?」



 後ずさりし、祐一はランサーにあの『影』から完全に逃げ切れるかを問う。今この場であれを倒せるべき手札

を、祐一達は持ち得ていない。トランプで例えるならば、相手は最強のジョーカー。こちらは、ほぼ最弱の札で

戦っていると言ってもいい。

 ジョーカーに勝つには、ジョーカーを切り捨てられる三枚の三のカードが必要なのだ。それを揃うまで、この

相手に勝つ事は出来ない。



「愚問だ、逃げ切れるのかではなく、『逃げる』のだ」



 『大神宣言グングニル』を消し、祐一に手を差し伸べる。差し伸べられた手を握り返し、祐一はランサーに引き上げられ

スレイプニルに跨らせられる。二人の男を乗せたスレイプニルは対して重そうな意志を見せない。戦場を駆け抜

けたこの天馬は、それぐらいの重さでは脚を震わせることはないのだ。



「空間を接続する! 『接続コネクト』……!」



 魔眼を解放した祐一が即座に公園の空間を通常空間と繋げる。空間が繋げられた事を感覚で理解したランサー

は、手綱を勢い良く引く。主の命に従って、スレイプニル地を蹴り上げて空へと舞い上がり、その勢いで公園か

ら素早く離脱していった。

 ――――後に残るのは死の気配を纏った『影』のみ。身に纏う黒装束のようなものは、宝具の直撃を受けたせ

いか所々破け、千切れとんでいる。捕食すべき対象がいなくなり、『影』はゆっくりと……くすくすと笑い声の

ようなものを上げながら、移動を始めた。



イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ。

クルシイ、クルシイ、クルシイ、クルシイ、クルシイ、クルシイ、クルシイ、クルシイ。

アツイ、アツイ、アツイ、アツイ、アツイ、アツイ、アツイ、アツイ、アツイ、アツイ。

タリナイ、タリナイ、タリナイ、タリナイ、タリナイ、タリナイ、タリナイ、タリナイ。

オナカヘッタ、エイヨウガタリナイ、タベル、ニンゲン、ニンゲン、タベル。エイヨウタリナイ、タベル、

オナカヘッタ。サーヴァント、タベル。

クスクス、クスクス。オカシイ。イタイノニ、オカシイ。タノシミ、アノサーヴァントト、ユウイチセンパ

イタベルノタノシミ……。デモオナカッタヘッタ、オナカヘッタカラニンゲンタベル。



 公園から死の気配が消え去り、残るは破壊の爪跡。そして、その公園の近くに住む五つの民家から、住んでい

た家族が一人残らず失踪するという事件が、翌日テレビのニュースにて報道される事となった。一部では夜逃げ

ではという風に囁かれていたが、食事途中だと思われる痕跡が見出され何かの事件に巻き込まれたものとして、

警察は総力を挙げて事件の解決に望んでいるという。



[Interlude out]



「ここまでくれば大丈夫だろう」



 ランサーはそう言って、俺をスレイプニルから下ろす。先程の公園から、遠く離れた場所までスレイプニルで

空を駆け抜けてきたから、流石にもうあれからは逃げ切っただろう。安堵が生まれると、俺とランサーが一緒に

いた事を他のマスター達に知られていないかが心配になってくる。

 かなりのスピードで移動していたから、肉眼で確認する事は出来なかっただろうが魔力の残滓で気付かれるか

もしれない。正直、迂闊だっただろうか。



「何だったんだ……あれは」



「分からん。あれの気配は私が感じた事のあるものであったが、確証がまったくない。まったく未知の敵と考え

ていいだろう」



 ランサーには心当たりがあるようだが、確証がない上に思い違いであるという事も否めない。そう、あれはも

うまったく未知の敵……サーヴァントとも魔術師ともつかない、敵だと認識するしかない。

 下手をすれば、あれの存在がこの聖杯戦争を全て狂わせてしまう可能性すらある。いや、既にサーヴァントの

数の時点で狂いが生じているか。聖杯戦争にどんどん狂いが生じていく。ただの偶然なのか、起こるように仕向

けられたのか……定かではないが、動くのがますます難しくなってくる。



「はぁ……これ以上無茶苦茶になるのは勘弁して欲しいな……」



 まったくもって俺のついた愚痴は、ほとんど懇願に近い。今以上に状況がややこしくなられると、嫌にもなっ

てくる。今出来るのは、そうならないよう祈る事だけだ。

 溜息と共に時間を確認する為にポケットに入れた携帯を取り出す。デジタル画面に表記されている数字は、衛

宮家で取り決めた時刻の約三十分前。



「げ、もうこんな時間なのか……。まずったな、ここから士郎の家まで何分かかるんだ……?」



 逃げる事だけを考えていたから、方向なんて覚えちゃいない。水瀬家と衛宮家の距離は大分離れているから、

それ以上の距離を離れていると考えていいだろう。となると、十分じゃとても間に合う事は出来ない。

 遠坂と士郎にいらん心配をかけさせてしまいそうだ。眉根を寄せてしかめっ面で唸る俺。



「なら、空から行けばいいだろう。近くまで、私のスレイプニルで送ろう」



 スレイプニルの手綱を引く。灰色の天馬は、俺のすぐ前でその歩みを止める。意志の強そうな瞳で、じーっと

俺を見つめてくるスレイプニル。正直、ちょっと怖い。

 スレイプニルに跨り、ランサーは俺を引き上げ乗せる。馬になんて乗るのは、これがほとんど初めてだが乗り

心地がかなり良い。スレイプニルだからなのか、それとも馬全てがこんな風なのか。判断はつかないが、馬術と

いうのも悪くはないかもしれない。



「どうやら、スレイプニルはユウイチの事を気に入ったようだな」



 自身の愛馬を見ながら、ランサーはそう漏らす。まったく分からないのだが、そうなのだろうか。そうすると

神話に登場する馬に気に入られる俺は、結構凄かったりするのか。動物マスターだったりするのだろうか。

 そんな事を考えていると、いつの間にか俺達は遥か空の上を駆けていた。真下にはまったく別の街に見える冬

木市がある。



「……ランサー、一時に衛宮家に間に合うように飛んでくれ。この街を、上からじっくり見てみたい」



「分かった」



 俺の我が侭を、ランサーは嫌な顔一つせず聞いてくれた。こういったところは、主に忠実なサーヴァントと言

った所だろう。実際には戦神オーディンという大物で、とても一介の人間に従うべき存在ではないのだが。



(上から見た冬木市って、こんな風に見えるのか……)



 ―――空を飛びたい、と子供の時にふと思った事がある。

 ……いや、俺だけではないだろう。空というのは、人間が一生を生きる内に一度は憧れるものだ。人間単体の

力では、及ぶ事の出来ない領域。自身の立っている現実せいじょうから離れ、空想いかいへと旅立つ行為。人は皆、それに憧れ

る。ただ、それを大人に近づいていく毎に、少しずつ忘れていってしまう。

 俺は、その空への憧れの忘却という行為がとても怖かったのを覚えている。『空』とは、人間の深層心理にあ

る俯瞰の風景だ。



(でも、俺は今まで忘れていた)



 それは、俺も大人に近づいている証拠だろう。それに対する恐怖は今ではもう無い。あるのは、悲しいという

感情だけ。何か心の中に空洞が出来たような、落ち着かない感覚。伽藍……とでも言うのか。だけど、いつかそ

れにも慣れてしまい忘れてしまうのだろう。

 俺は、それがひどく悲しい事だと思った。心の中が空虚になって、孤独を感じてしまう。



「……雪?」



 ふと、空を見ると白い結晶が街を包んでいた。

 ――ゆらゆら、ゆらゆら、ゆらゆらと。 白い雪が街へと降り立っていく。何故か、俺にはそれが白い羽根に

見えた。一年前、一度は消えたあゆの背中にあったような羽のように。



「……ユウイチ、どうした?」



「……えっ!?」



 ランサーにかけられた声で我に返る。こちらを振り返って怪訝そうな表情を見せていた。それに何でもないと

答え、すぐに空へと視線を戻す。白い羽に見えた雪は、最早ただの雪になっていた。

 未だに、過去に囚われているという事なのだろうか。あんな幻を見るなんて。過去にけりをつけたのと、吹っ

切るのとでは、やはり違いがあるのだろう。溜息をつき、空から降り落ちる雪景色を眺める。



「ユウイチ、この辺りで下ろした方がいいか?」



「え、あ、あぁ。そうだな」



 衛宮家の近くも遠くもない場所まで到着し、スレイプニルを地上に着地させて俺を下ろす。召還されたスレイ

プニルを返還し、ランサーは武装解除。魔力遮断を施して、相沢槍士という人間になる。



「では、私は家に戻る。気をつけて戻れよ、マスター」



 念を押して、ランサーは水瀬家への道のりを戻っていく。俺もそろそろ時間だと思い、衛宮家へと――今の俺

の家に戻っていった。


つづく




後書きと言う名の座談会


祐樹「結構、厳しくなってきたかなー」


祐一「ランサーと影の初戦闘か。強いな、影」


祐樹「ほとんど全ての生物の天敵だからなー。人間、サーヴァント問わず吸収」


祐一「俺、かなりピンチ?」


祐樹「うむ」


祐一「殺すぞ♪」


祐樹「喉元に七ツ夜を突きつけるんじゃありません(汗」


祐一「ま、ともかく。これをアップしたのは新年だな」


祐樹「ん、ついに新年だな。あけおめ」


祐一「ことよろ」


祐樹「早い所連載終わらせないと……時間がorz」


祐一「気張れ。そうとしか言い様が」


祐樹「おう……では、今回はこの辺にて」


祐一「それでは」


二人「新年あけましておめでとうございます! 今年もどうぞよろしく!」


SSの間へ戻る。
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