Fate/snow night 雪降る街の幻想曲





三章 刹那の日常(後編)





[Interlude3−5]




「だぁぁ、もう! やめてくれ!」



 遠野家のリビングで争い合うアルクェイドとシエル先輩、それと秋葉に向かって俺は無駄と分かっているが、

叫ぶ。はぁ……まったく、毎日毎日これじゃ、俺の身体が持たないっての。これに付き合って笑っていられる、

祐一の凄さが今になって分かった気がする。

 膝の上に丸まって傍観を決め込んでいるレンを撫でながら、俺は溜息をつく。こういう時、猫はなんて気楽な

んだろうと羨ましくなっても、誰にも責められないと思う。



「遠野君は黙っていてください。いい加減にこのあーぱーと秋葉さんに思い知らさなければならないんです。私

と遠野君の愛は本物だと」



 シエル先輩、愛って言うのはちょっと大げさすぎる気が……。



「あらあら、シエル。とうとうメシアンのカレーが頭にまで達しちゃったの? へーんだ、志貴は私と愛し合っ

てるんだもんねー」



 おいこら、俺の意志は無視かアルクェイド。別にお前が嫌いってわけじゃないけど、愛し合ってるってのは少

し行きすぎだと思うんだが。



「何を血迷った事を言ってるんですかお二人は。兄さんは遠野家の長男ですよ? なら、私の物に決まってるじ

ゃありませんか!」



 うん、まったく訳が分からない理論だぞ秋葉。いつもの事ながら、この三人の争いはいつまで経っても終わる

事はない。いい加減、止めるはめになるこっちの身にもなって欲しい。これのせいか、最近は妙に溜息が多いし

胃が痛い事がある。一度、あのやぶ医者に見てもらうべきか。

 そんな俺の後ろから翡翠とシオンは、三人を呆れた目で見ていた。



「志貴、これは最早彼女達にとって日課となっているようですね」



 そんな日課は新聞紙に丸めてぽいしてしまえっ。いや、比喩ではなく本当にそうしてくれればどれだけありが

たい事か……。



「シオン様、そのような日課は非常に迷惑になるかと。主に私や志貴様に」



 さりげなく毒を吐く翡翠が素敵すぎて、惚れてしまいそうだ……と、祐一なら言うだろう。俺からすれば、こ

こまでさりげに毒を吐くようになった翡翠に、恐ろしささえ覚えている。

 ……そういや、さっき電話が鳴ってたな。琥珀さんが取りに行ったけど誰だろう?



「え……ゆ、祐一さんですか!?」



 ぴた、と今まで行っていた争いが嘘のように静まった。俺の後ろにいる翡翠とシオンが、小さく息を呑んだ気

配が伝わってくる。レンはレンで耳がぴくぴくと反応している。



「はい……。はぁ、分かりました。少々お待ちくださいね♪」



 弾んだ声の琥珀さんが、電話を持ってこちらに向かってくる。すぐに俺は翡翠と一緒にリビングの惨状を片付

け始めた。既に事後処理は主に俺と翡翠、もしくはシオンの仕事だ。色々と気苦労が絶えない。



「よいしょっと」



 テーブルの上に琥珀さんが電話を置いた。そして、スピーカーへと切り替える。



「いいですよ〜」



『あぁ……よっ、久しぶりだなー皆』



 電話から聴こえてくるのは、確かに祐一本人の声。あぁ、本当に祐一だ……こうして声を聞くのは一年ぶり、

本当に懐かしい。今は確か、冬木市ってところにいるはずだ。



「久しぶり、祐一。元気そうだな」



 懐かしさを声に込めて、親友であり従兄でもある奴に挨拶をかける。



『あぁ、そっちも元気か……って、そのメンバーに限って元気じゃないってのはないか』



 苦笑と確信を込めた物言いに、俺は乾いた笑いを漏らすしかない。真祖の吸血鬼と、代行者、錬金術師など普

通じゃない人間ばっかりがいて、元気じゃないわけがない。琥珀さんと翡翠は普通の人だが、この二人も色々な

意味で規格外であるから一般人とも言えない。秋葉も言わずもがなだ。

 ……俺も普通とは言いがたい事に気付いて、少し落ち込んだのは内緒である。



「えぇ、こっちは元気よ。祐一の方は相変わらず? そっちでも志貴みたいに女誑ししてるの?」



 なんだその『志貴みたいに』ってのは。別に俺は女誑しなんかしたことない……ぞ? 疑問系になってしまう

のには意味は無い。ないったらないのだ。

 それに、女誑しというのなら祐一の方が圧倒的に上田さんだ。俺なんて足元にも及ばない。



『こらアルクェイド、言うに事かいて女誑しとはなんだ。その称号は志貴のものだし、俺はそんな事した覚えは

まったくないぞ!』



「……無自覚の女誑しほど恐ろしいものはないです。祐一君も遠野君も、両方女誑しですよ」



 シエル先輩のトドメの一言に、電話の向こうの祐一は完全にショックを受けてしまったようだ。スピーカーの

向こうから、『俺は女誑しじゃないやい』といういじける声が聞こえてくる。かく言う俺も、シエル先輩の言葉

にぐさっときていた。



「そんな事はどうでもいいだろ。で、何の用なんだ祐一。そっちには、過去の清算に行くって言ってたけど」



 露骨に話を逸らす。あからさまに話を変えた俺を、シエル先輩とアルクェイド、秋葉がじっと半目で睨んでく

るが、それを気合で無視。慣れてきてしまっている自分に、少しだけ虚しさを覚える。



『あぁ……八年前の決着は着いたと思う。他にも、色々とあったけどな』



 聴こえてくる祐一の声は、憑き物が落ちたような感じがする。その声を聞いて、俺達は少し安心した。やっと

祐一は、自分の過去と決着をつけられたのかと。まだ少し引き摺っている節はあるが、後は自己の問題だ。祐一

の心の持ちよう次第だろう。



『で、電話をかけたのは少し声を聞きたかったから、かな。ちょっと厄介な事に巻き込まれて、色々考えている

うちに志貴達の事を思い出したから』



 ……厄介な事? 何かあったのだろうか。その話に移った時から、祐一の声がどことなく真剣みを帯びてきて

いた。何か、余程の事なのかもしれない。



「厄介な事、ですか?」



『あぁ……シオンやシエル先輩なら分かるだろう。――――聖杯戦争と言えば』



 酷く硬い声でそう言った祐一。その、聖杯戦争という言葉を聞いたシエル先輩、シオン……そして、アルクェ

イドの三人は表情を驚きの物に変える。だが、俺や秋葉達にはさっぱりだ。



「まさか、こんなに早く始まるとは……今回のは早すぎます……」



「抑止力たる英霊……呼び出す……甚大ではない魔力……」



 ぶつぶつとシエル先輩とシオンは呟く。思考の海に嵌っている二人に説明をしてもらうのは期待できそうもな

いので、険しい表情をしているアルクェイドに話を聞いてみる。今当てになるのはこいつしかいない。



「志貴や妹、メイド達に分かりやすく説明すると、聖杯戦争って言うのは七人の魔術師と使い魔による、聖杯の

奪い合い……殺し合いよ。ただ、使い魔って言っても呼び出されるのは過去に英雄と呼ばれていた人物なの」



 ……魔術師とその使い魔の殺し合い。そんな訳の分からないものに、祐一は巻き込まれてしまったのか。それ

に過去の英雄って元々は人間……それも実在した人間だ。いくら俺達が無知とはいえ、それが凄い事であること

は分かる。



「それで、祐一。巻き込まれたという事は、貴方は聖杯戦争自体にほとんど関係ないという事ですか?」



『いや、俺はマスターだ。サーヴァントのランサーもいる、聖杯戦争の正式な参加者って事になってる』



 シオンによると、聖杯戦争に参加する魔術師はマスターと呼ばれ、七騎の使い魔……サーヴァントと言うらし

い……が存在すると言う。セイバー剣騎士アーチャー弓騎士ランサー槍騎士ライダー騎乗兵キャスター魔術師アサシン暗殺者バーサーカー狂戦士

そして召還される英雄には、なれる役割が決まっており剣を扱える者ならばセイバーに、弓を扱える者ならアー

チャーになるらしい。

 正直、話の規模が大きすぎて把握しきれない。



「ねぇ、翡翠ちゃん。私達、何だか蚊帳の外ね」



 寂しそうに翡翠に縋り付く琥珀さん。目には目薬で流された嘘涙。そんな琥珀さんを翡翠は、仕方なくといっ

た様子で撫でる。



「琥珀……貴方達だけでなく私と兄さんもです」



 まるで理解できない俺達は、揃って肩身を狭くして話を聞いていた。



『志貴達に分からなくてもいいさ。で、今の所遭遇したのはランサーとバーサーカー、ライダーって所か。セイ

バーとアーチャーのマスターは、俺の友人で協力体制ににあるから味方と考えていい』



 ……? あれ、なんか祐一の言う事に矛盾がある。ランサーってのは、確か祐一のサーヴァントとか言うのだ

ったはずだ。それと遭遇って、言い方として何か矛盾が出る。その辺りを祐一に指摘すると、納得したようにあ

ぁと漏らす。



『簡単な事だよ。遭遇したのは今回召還されたランサーで、俺のランサーはどうやら十年前の聖杯戦争の時から

現界していたランサーらしいし』



「待ってください、十年間も英霊が現界し続ける事など不可能な筈。それに、それでは聖杯戦争のルールを明ら

かに逸脱している。サーヴァントの数は七体が限度―――」



 ……何ていうか、話についていけないんですが。俺や秋葉達はアルクェイドやシエル先輩達と違って、魔術師

の事とかは良く分からないんだから仕方ない。



『えーと……何でだっけ? ……あー、なんか本人が言うには聖杯の中身を浴びて受肉したとか言ってる』



 戸惑いがちの祐一の声が電話向こうから聞こえる。祐一本人もその辺りの事情には詳しくないようだ。シオン

達はそれを聞いてさらに思考の海へと潜ってしまう。



『聖杯戦争は降りる事も可能らしいけど、今更降りるのも無理だろうし、する気もない。十年前、母さんが何を

見て死んだのか分かる気がするしな』



 ……そうだ。祐一の母親は魔術師同士の戦いで死んだと、祐一から聞いたことがある。それが、聖杯戦争とか

いう訳の分からない事だったのか。



「……気をつけて下さい、祐一。聖杯戦争は文字通り戦争。サーヴァント同士の戦いだけでなく、魔術師だけを

狙ってくる事もあります。如何なる場合であろうと、気を抜かぬように」



『その辺りは身に染みてる。サーヴァントと生身で打ち合ったからな……まぁ、また余裕が出来れば電話する。

それじゃ、また』



 なっと驚くシオン達を他所に祐一は、晶ちゃん達にもよろしく伝えてくれ、と言って電話を切った。非常識に

もほどがある、サーヴァントと生身で戦うなんてと呟くシオンとシエル先輩を宥めて、俺達は祐一が無事に生き

残る事を祈りながら、その日は眠りについた……。



[interlude out]




 ぴっ、と通話終了ボタンを押して子機を床に置く。時間を見ると、六時半の少し前。話し始めたのが……六時

ぐらいだった気がする。三十分近く話しこんでいたようだ。久しぶりに話したから、長電話になってしまった。



「そろそろ出ないとやばいか。あ、フギンとムニンの偵察はまだ続けてるのか?」



 何か新しい発見があるかもしれないと思い、ランサーに質問を投げかける。しかし、めぼしい情報は手に入っ

てないらしい。後、キャスターの使い魔に見つかりかけた為あんまり派手に動く事は出来ない様子。フギンとム

ニンにはもう少し街の偵察をしてもらった方がいいか……。

 重要な情報が手に入る事は期待していないが、まぁ細かい情報でも情報は情報である。大歓迎して迎える。



「んじゃ、俺は行く。連絡できたら令呪で呼ぶから」



「あぁ。さて、それでは秋子殿の作った夕食を頂くとするか」



 セイバーも言っていたが、サーヴァントはというのは高純度の魂であるから栄養源(?)は魔力、もしくは人

間の魂だ。食事の必要はない。だけど、秋子さんにそんな理屈は無駄だ。家族で食事は当然の事、と秋子さんは

思っているからその辺りの事情などなきに等しい。断ればその先に待っているのは、恐怖のみ……!

 寒気を感じて震える。ランサーと共にリビングへ降り秋子さんに挨拶。後の事を任せて、俺は水瀬家を出る。

外は冷え込み、コートなしではかなり辛い。寒さに凍えながら、俺は衛宮家への道のりを走って辿っていった。



[interlude 3−6]




 新都から暫く離れた所に、密林の樹海を思わせる大きな森がある。冬木市に住む人々は、その場所を『冬木の

自殺の名所』として忌み嫌い、恐怖していた。その漆黒の闇が支配する物言わぬ森の中、木々の合間を縫うよう

にして進む一つの影。


 ―――先日、祐一と士郎を襲ったランサーのサーヴァント、クー・フーリンである。


 蒼い豹を思わせる彼は、自身の得物である槍……『刺し穿つ死棘の槍ゲイ・ボルク』を手に持ち正に目にも止まらぬ速さで

地を駆けていた。今、彼がこの場に存在し森を駆け抜けているのには理由がある。

 この森は、とある外国の貴族の人間によって私有地となっている。一体、どんな物好きがこんな所を……と冬

木市に住む人々は首を捻ったのだが、その貴族の面々……今この森の所有者となっている人物にとっては、この

場所ほど『好都合』な所はなかった。

 理由は二つ。

 第一に、人気がまったくなく街からそれなりに離れている事。

 第二に、広大な敷地で下手をすれば迷ってしまうほどの広さであり……そして、結界を張り自分にとって有利

となる場所が作れる事だ。

 その貴族のファミリーネームは……アインツベルン。

 二百年前、聖杯戦争の基盤を作り上げた三つの家系の一つ。そして、今この森にいる者の名はイリヤスフィー

ル・フォン・アインツベルン。バーサーカーのサーヴァントを従える、今聖杯戦争最強と言っても過言ではない

マスターだ。



(バーサーカーか……面白そうな戦いになりそうだ)



 命を懸けた戦いをする前だと言うのに、ランサーの表情には歓喜の感情しか見えない。先程、この森に入る際

結界を破って侵入した。既に、相手側には自分が侵入した事は筒抜けだろう。

 出迎えられるまでもなく、こちらから出迎えてやる。そんな事を考えながらランサーは疾走。走っているラン

サーからは足音がまるでしない。今彼の足にはイーサのルーンが刻まれている。静寂、静止といった意味をもつ

ルーンを刻む事により、完全に足音を断っているのだ。



「……」



 丁度見晴らしの良い場所……広場のように見えるそこに足を踏み入れたと同時に、ランサーの足が止まった。

ゲイ・ボルクを握る手に力が入る。外界から切り離されたその空間に、ランサー以外の姿が現れる。

 イリヤスフィールとそのサーヴァント、真名を英雄ヘラクレスと言うバーサーカーがランサーの目の前に立つ。



「ようこそ、私のお庭へランサー。お出迎えが遅れてしまい申し訳ありませんでした」



 淑女然と優雅にスカートをたくし上げて一礼するイリヤスフィール。これが普通の状況ならば微笑ましく感じ

るのだろうが、彼女の背後に立つバーサーカーの存在が全てを相反させていた。



「はっ、こっちから土足で踏み込んで出迎えも何もないだろうが。ま、茶でも出してくれるなら遠慮なくもらう

けどな」



 肩を竦め、澄ました表情で皮肉をぶつける。



「あら、シャコウジレイって言う日本の言葉を知らないのランサー? レディとしての礼儀よ」



 先程のまでの大人びた表情は消え、あどけない少女……その中に魔術師としての感情を交えて、イリヤスフィ

ールは対峙するランサーに話しかける。アインツベルンの名を冠する彼女は、恐ろしいほどに魔術師として……

そして■■の器として完成されていた。



「訊いてみただけだ、ハナから期待なんかしてねぇよ。さて、じゃあとっととおっぱじめようぜ」



 軽く笑いを浮かべて、ゲイ・ボルクを構える。イリヤスフィールも静かにランサーを嘲笑い、自身のサーヴァ

ント・バーサーカーに命令を下す。



「……いいわ、バーサーカー。思う存分戦いなさい」



 圧倒的な威圧感と共に、バーサーカーが一歩前に出る。狂戦士と槍兵が出揃い、木々に囲まれた広場は互いの

命を懸けた試合会場……闘技場コロシアムとなった。



「さぁ……戦りあおうぜバーサーカー……!」



「■■■■■■ーーーーーっ!!」



 互いに咆哮し、ランサーは風のように大地を跳びバーサーカーは爆音と共にランサーへと肉薄せんとする。手

には巨大な斧剣。それを薙ぎ払う様にして振るう。うなりを上げてランサーの体を絶たんとせん暴撃は、しかし

獣のような速さを持つランサーに掠りもせずに空振りした。ランサーは手に持つ魔槍で稲妻の一撃を放つ。

 が、鋼のような灰色の肉体に阻まれて貫通することは叶わず。



「ちっ、何て硬い体をしてやがんだ……!」



 バーサーカーの宝具である十二の試練ゴッド・ハンドの効果により、生半可な攻撃はバーサーカーの体に傷一つ付けることは

出来ない。それに、今現在のランサーは本気を『出せない』状況だ。ランサーにとって圧倒的に不利な状況であ

る。



(……面白ぇ。今回の聖杯戦争に呼び出されたのは余程の幸運だったな……。ま、唯一の不満といえばいけ好か

ねぇ言峰がマスターだって事だけか、よっ!)



 繰り出される攻撃を持ち前の俊敏さで躱し、一瞬で数十発の槍撃をバーサーカーへと打ち込む。だがやはり、

全て十二の試練ゴッド・ハンドの効果によりその攻撃が貫通する事はなかった。ただ、貫通しないだけでありバーサーカーには

少量ずつだがダメージを与えているのは事実。先日の祐一との戦闘が良い例だろう。

 試練により十二の命のストックを得たヘラクレスだが、それでも完全に不死身である訳ではない。ゲルマン神

話のジークフリートは、龍の血を浴びる事によりその不死性を発揮したという。だが、龍の血を浴びた効果がな

くなればジークフリートは不死でなくなる。即ち、世界に不死などと言うものは存在し得ない。死して生き返る

のは不死ではなく、蘇生だ。



「どうしたの、ランサー。やっぱりバーサーカー相手では勝てないかしら?」



 バーサーカーの攻撃に対し、ひたすらに防戦に徹し隙を見て槍を打ち出し続けるランサーの姿を見て、イリヤ

スフィールは自身のサーヴァントの強さを確信し戦うランサーへと声を掛ける。

 静かな森の中に激しい剣戟音が響き渡り、その衝撃がうなりとなって周りの木々を揺らしている。



「そう慌てんなよ、今回は倒す為に来てるわけじゃねぇんだ。俺が楽しめるだけ楽しんだら、さっさと帰らせて

もらうつもりだからな」



 ランサーの言葉に偽りはない。今回の交戦は倒す為ではなく、様子見。本音を言うのならば、死力を尽くし戦

い尽くしたい所であるのだが、それが出来ない以上頃合を見て撤退するつもりだ。



「……私とバーサーカーが逃がすとでも?」



 明らかな敵意と嘲笑、そして侮蔑をランサーへと向けるイリヤスフィール。幼い姿に似合わぬ感情を宿してい

るイリヤスフィールを見やり、ランサーは小さく驚くと共に賞賛を送る。



(こりゃあ、バーサーカーは良いマスターに巡り会えたな。ちと色気が足りねぇが、そこらへんは……あのアー

チャーのマスターの嬢ちゃんと同じく将来に期待ってとこか)



 本人達……とりわけ凛が聞けばぶん殴られても仕方ない事を考えているランサー。口元が笑いの形に歪められ

ている。その間も、繰り出される攻撃を躱し槍を打ち出す。

 英霊同士の戦い……それは、見る者を魅了するような舞踏であった。幾たび鬩ぎあう、槍と巨剣。弾かれよう

とも、再び相対し火花を散らすその姿。魔術師であろうと、一般人であろうと目にすれば圧倒されてしまうだろ

う。それだけ、二人のサーヴァントの戦いは素晴らしかった。

 赤き魔槍が鋼鉄の如きバーサーカーの肉体を穿とうとするも、やはりそれは弾かれる。自身の不甲斐なさに、

ランサーは舌打ちした。



(まったく、本気で戦えないのがこれほどいらつくとは思わなかったぜ。本当なら、あの弓兵とも全力で闘りあ

いたかったのに、よっ!)



 怒りといらつきが攻撃に現れる。怒りの感情によってランサーが放った槍撃は、今まで放った中で一番威力が

あり、しかし一番大振りで隙が大きかった。



「■■■■■■■ーーーー!!!」



 理性を失っていても、本能で敵の隙を突く。直感スキルの為せる技が、バーサーカーにランサーの一瞬の隙が

出来た事を教える。



「……っ、こなくそ……!」



 大振りで少し体勢が崩れたランサーを屠らんと、バーサーカーは今までと違い横薙ぎでもなく振り下ろしでも

なく、自身の持つ武器を下から振り上げた。咄嗟の事にランサーは完全回避は不可能と悟り、槍で受け止める。

 斧剣と、魔槍が触れ合う。



「ぐぉぉぉぉぉぉ……!」



 触れ合った衝撃で後方に吹き飛ばされる。受け止めた槍からの振動が手に伝わり、酷く痺れる。あれをまとも

に喰らったと思うと、ランサーは背筋がぞっとするのを抑えられなかった。

 それと同時に、こんなに楽しい戦いが出来る場を与えてくれた世界の意志に感謝した。彼自身、聖杯に興味が

あるわけではない。ただ、強者との戦いを望んだだけ。それに世界の意志が答えただけの事だ。



(へっ、生前はフェルグス叔父貴、今回の聖杯戦争では不可解な弓兵アーチャーに……祐一とか言う坊主と出会えた事は幸

運だな。俺の運も捨てたもんじゃない)



 死と隣り合わせの戦い。殺るか、殺られるかしかない決闘。自身の中に流れる民族の血が滾るのを、ランサー

ははっきりと自覚する。そして、自らが手に掛けてしまったとはいえ最高の親友と出会えた幸運、死しても尚強

者と戦える幸運に感激する。もっとも、彼の幸運はEと一番低いのだが。



(さて、本当ならこのまま一気に“片付けたい”所だが……)



 相手がヘラクレスならば、『刺し穿つ死棘の槍ゲイ・ボルク』で心臓を穿とうが宝具の能力によって蘇生するだろう。ラン

サーの宝具は一見必殺。発動する時が相手を倒す瞬間であるが、死から蘇生する相手となると分が悪い。



(それに、今のままじゃ完全に宝具を使いこなせないしな)



 忌々しそうに舌打ち。そろそろ引き際かとランサーは思う。生死を賭けた決闘の際に背中を見せ逃げ出すとい

うのは、彼にとって人を騙し討ちするのと同じほど許されない事だ。しかし、今の自分はサーヴァント……魔術

師の使い魔である。令呪によってある命令を下されている彼は、ある意味忠実な僕というのに相応しかった。



「さて、今回はこれで引かせてもらうぜ。生憎とこんな所で怪我なんて負ったら、あのセイバーのマスターと一

緒にいた強い坊主と全力で戦えなくなる」



 脳裏に浮かぶのは祐一の姿。サーヴァントとして現界し、自他共に認める最速の槍使いである、自分の攻撃を

躱し尚且つ掠り傷だが自分にダメージを負わせた青年。

 目下、ランサーがセイバー、アーチャーと同じほど戦いたいと思っているのが祐一である。ゲイ・ボルクを使

ってしまえば一瞬でけりはつけれるが、それでは面白くない。やるなら、武器での打ち合いだと勝手に決め付け

る。

 ランサーの言葉を聞いたイリヤスフィールは、きょとんとした顔をする。



「……それって、小さなナイフで戦っていたお兄ちゃんの事?」



「あ? ……嬢ちゃん、アイツの事知ってんのか?」



 先程までの戦闘の緊張感が薄れ、ランサーとイリヤスフィールは世間話モードへと移行した。バーサーカーも

ランサーから戦意が消えたのを見て、攻撃を中止。こちらもマスターの命令に忠実な使い魔だ。



「えぇ。あのお兄ちゃんは、バーサーカーに生身で戦いを挑んできた人だもの。興味も湧くわ」



「はっ、やっぱりあの坊主は面白いな。アイツと闘りあうのが楽しみだぜ」



 祐一が聞けば、本気で嫌な顔をする事間違いない。人間だろうと英霊だろうと、祐一はやりたくない事はやら

ない人間なのだ。彼だって死にたくないと思っているのだから。



「……ふぅ〜ん」



 その言葉を聞いたイリヤスフィールは何かを思案するような顔になり、一言うんと頷いた。



「ランサー、今回は貴方の事見逃してあげる」



 当然、それに怪訝な反応を示すのはランサーである。先程まで自分を逃さないと公言していたと言うのに、そ

れが今になって撤回するのだから。



「どういうつもりだ?」



 何か企んでいるのかと、目を細めてイリヤスフィールを直視。



「別に、ただ気が変わっただけよ。でも、次会った時には殺すから。バーサーカー、帰りましょう」



 颯爽と身を翻し、優雅な身のこなしで自らが付き従えるサーヴァントと共に森の中へと消えていく。少々呆然

としながら、ランサーはそれを見送る。

 が、ふっと苦笑を浮かべて手に持つ槍を消した。



「まったく、本当にお前は何者なんだ? 祐一よ」



 そして自らもゆっくりと――その足取りはこの森の中に来た時よりも軽くなっているように見える――その場

所から姿を消した。

 互いに、『もう一度、祐一と会ってみたい』という望みを抱きながら。



[interlude out]



「お邪魔します」



「あ、いらっしゃーい。遅かったね」



 衛宮家に辿り着く時には、辺りはすっかり暗くなっていた。時刻は……七時を少し回った所だろうか。居間に

入ると、藤村先生、桜ちゃん以下朝のメンバーが揃っていた。

 そうなると今現在、衛宮家には俺と屋根上にいるアーチャーを含めて、七人の人間がいる事になる。水瀬家な

ら人口密度が多すぎて、破裂しそうだ。



「じゃあ、今日から暫くお世話になります」



 軽くバッグを肩に引っ掛けなおし、藤村先生と士郎にそう挨拶をする。聖杯戦争中だけとはいえ、お世話にな

る家だ。礼儀だけはきちんとせねば。



「はい。よろしくね、相沢君」



「待て藤ねぇ。この家の責任者は俺と親父……親父が死んだから今は俺だろ。何で藤ねぇが家主みたいな言い方

なんだ?」



 心底意外そうな表情で、士郎が待ったコール。家主は確かに、士郎ではあるなぁ。



「え、何言ってるのよ士郎。この家の名義は藤村ウチなのよ? それに私は士郎のお姉ちゃん。ほら、どっちが偉い

かはっきりしてるでしょ?」



 どうだ、と藤村先生は胸を張る。……栞には勝っている様子。しかし、それほど大きくはない。失礼だとは思

うが、そんな事を思ってしまう。知られたら千切られるな。



「……だったら食事ぐらい自分で作れるよな」



「ごめん士郎。それだけは許して。士郎のご飯食べられなくなったら、私生きていけない!」



 本当に泣きそうになりながら、藤村先生は士郎に縋り付く。そんな先生を士郎は、必死で振り払おうとする。

だが虎の力は恐ろしく、引き剥がす事は出来ない。流石、虎。我等人間の力では到底太刀打ち出来る生き物では

ないのだ……!

 俺には関係ないから別にいいけど。



「士郎、藤村先生と戯れるのもほどほどにな。で、俺は何処に荷物置けばいい? 屋根の上で生活しろと言うの

なら、恨みながら生活するが」



「……本気、相沢君?」



 遠坂が呆れ顔で俺を見ている。学校でいる時のような、猫かぶりではなく半分素の表情が顔を覗かせていた。

衛宮家では、猫かぶりをするつもりはない様子。俺の平穏が約束されていてとても嬉しい。



「ん、士郎が屋根だって言うんなら本当にそこにいるさ。生憎、サバイバルは得意でな」



「へぇ、そうなんですか? でもどうして?」



 スカートを軽く押さえながら、桜ちゃんが炬燵の中に足を入れる。手には江戸前屋のドラ焼き。俺はドラ焼き

よりも鯛焼きの方が好きだ。



「いや、親父がな。『自然の中で生きれないようじゃ、戦場を生き残れん』とか何とか言って、小さい時の俺を

引っ張って、森やら谷やら山奥やらに置いていきやがったんだ」



 いや〜、あれは流石に焦ったね、と笑う。俺の言葉に、桜ちゃんは顔を引き攣らせて笑う。良く見ると遠坂や

士郎、セイバー、藤村先生全員笑顔が引き攣っていた。

 親父と一緒の時は毎日がサバイバルだったからな。いや、志貴達と一緒の時とか青子さんとゼルレッチ爺と一

緒の時の方がやばかったか。死徒二十七祖と戦うわ、魔法使い二人に特訓の名を借りたイジメをさせられるわ…

…本当、良く生きてたと思う。あれ、目から熱い何かが出てきそうだ。



「別に屋根にいろなんて、そんな事は言わない。離れに部屋が空いてるからそこにいてくれ。遠坂、隣だけどい

いか?」



「えぇ、断る理由はないわ。ただ、相沢君が『夜這い』なんて掛けてこなければね」



 意地悪そうな笑いを浮かべて、遠坂が俺をからかってきた。士郎が小さく「あかいあくま」と呟いている。あ

る意味、遠坂の性格を的確に言い表すのに相応しい言葉だ。被害者だからこそ、名付けられると思われる名であ

る。

 しかし……俺からすれば児戯にも等しい。あくまなら、遠坂よりも一歩も二歩も上手と思われる遠野家最強、

割烹着の悪魔と交戦経験がある、さらには勝利を収めている俺だ。あかいあくまとの戦闘にも、白星を飾ってや

ろうではないか。



「ほう、遠坂嬢は俺に『夜這い』を掛けて欲しいのか? ふむ、そうかそうか。なら、今日の深夜一時頃に部屋

に行ってやるから準備しておけ」



 出来るだけ自然な笑みを浮かべて、遠坂に反撃の言葉。午前一時という時間指定には特に何も意味は無い。動

揺もなしに反撃がくるとは予想していなかったのか、遠坂は面食らって少し赤くなる。が、一瞬でポーカーフェ

イスを取り戻してこれまた笑みを浮かべて俺の牽制球を打ち返す。



「あら、冗談でしたのに。本気に取るなんて、相沢君ってもしかして私の事を? 困ってしまいますね」



 ふーむ、そう来るか。まぁ、あながち間違ってはいない。俺は遠坂の事は好きだ。勿論、友人としてである。

まぁ、今回はこの遠坂の打ち返した球を利用するか。決着がつくか、つかないか……どうなるかな。



「ん……あぁ、俺は遠坂の事が好きだ。だから、『夜這い』をする」



 笑みを消して、体の中からこみ上げてくる笑いを堪えながら真剣な表情で遠坂を真正面から見つめる。俺の嘘

の告白に士郎、藤村先生、桜ちゃんが驚愕の表情。遠坂も驚きの表情を浮かべて、顔を段々と赤くしていく。り

んごのように真っ赤になって、固まる。

 すぐに復活して、しどろもどろになりながら必死で言葉を探っている遠坂。



「あ、う、えと、相沢君の好意は嬉しいんだけど……うぅ」



「………ぷっ。あははははっ!」



 笑いを堪えるのをやめて、笑う。流石にこれ以上は洒落になりそうにならないので、やめておこう。急に笑い

出した俺を、怪訝そうに見つめる三人と嵌められた……っ、とも言わんばかりに顔を顰めているのが一人。



「くっ……迂闊だったわ。衛宮君と同じように扱えると思ったけど、とんだ食わせ者ね、貴方」



 私の負けよ、と降参宣言。ふっ、あかいあくまとの初戦闘にも白星を飾ってやったぜ。



「ふ、もっと修行するんだな」



 最後に軽い追い討ちをかけて、勝利の美酒を味わう。人をからかう事に至上の喜びを見出す俺、相沢祐一に勝

とうとするには少しばかり修行が足りなかったようだな。後は、詰めの甘さか。










 あはー、ステータス状況が更新されました♪



 相沢祐一



 スキル――あくま ランク:A



 人をからかう人が持つ先天技能。遠坂凛の持つ、「あくま」のランクはA+。しかし、ここに祐一の保有スキ

ル「からかい」ランク:EXが加わると、あくまからまおうへと変化し、「くろいまおう」ランク:EXとなり、

凛を超える。

 同性、異性、サーヴァントを問わず祐一のからかいの対象となる。主な被害者はあゆ、名雪、真琴、香里。ち

なみに、琥珀の「あくま」ランクはA++。










「……くろいまおう



 戦慄を含んだ呟きが士郎の口から聴こえる。何か言ったかと問いかけると、あからさまに視線を逸らした。ど

うやら、士郎の中では俺>遠坂の勢力図らしい。ちなみに琥珀さんを入れると、俺=琥珀さん>遠坂っぽい。

 悔しそうに負けの味を噛み締める遠坂を放置して、士郎と俺は居間を後にする。セイバーが呆れた目で俺を見

ていたが、無視。士郎の後ろをついていくと、母屋から離れの方に移動していくつかある部屋の一室に案内され

た。



「へぇ……綺麗な部屋だな」



 ベッドは置いてあるし、ちゃんと机も設置してある。エアコンもあるしで、至れり尽くせりと言った所だ。こ

こが衛宮家の客間なのだろう。以前、凍死しそうだった所を士郎に助けられた時は、あいつの部屋で寝かせられ

ていたから、離れの方に来たのはこれが初めてだったりする。



「無駄に部屋だけはあるからな、好きに使ってくれ。遠坂も……好きに使ってるから」



 諦めの混じった士郎の言葉から、既に衛宮家客間の一室は遠坂軍によって制圧されているのが分かる。こうし

て衛宮軍の領地は、徐々に遠坂軍によって侵略されてしまうのだろう。衛宮家の行く末を案じながら再び居間へ。

士郎と一緒に台所へと入る。



「さて、祐一。朝言った通り、お前の料理の腕を見せてくれ」



 まな板と包丁を出して、台所に置く。失礼して、冷蔵庫の中にあるものを覗かせてもらう。夕飯まで時間がそ

んなにないから、手の込んだものは無理そうだ。いや、作れるんだが藤村先生辺りが暴れそうで怖い。

 まぁ、軽く作るか。味噌汁、ひじきの煮物、天ぷらに……軽い惣菜辺りにした方が良さそうだ。ぱーっと頭の

中でメニューを決めて、調理に取り掛かり始めた。

 ――――で、俺の目の前には調理し終わった料理達の姿。うむ、特に目立つ失敗はなさそうだ。士郎を呼んで、

炬燵に運んでいく。



「おぉ〜!」



 藤村先生が歓喜の雄叫びを上げる。箸をかちかちと鳴らし、今にも料理を食いつくさんばかりだ。遠坂、桜ち

ゃんも驚きの表情で俺の作った料理を見る。そして、全員席について食事を開始した。

 結果だけ言うと、俺の料理の評価はかなり良かった。セイバーは無言で食べながらこくこくとかなりの速度で

頷き、桜ちゃんは唸りながらも美味しそうに食べる。対照的に遠坂は悔しそうに食べ、士郎はそんな二人を見て

不思議な顔をしていた。食事が終わり、藤村先生が唐突に「うちの組の専属コックになって」と言ってくるとい

うハプニングがあったが、楽しい団欒が行えた。

 ――――さぁ、これからは夜。日常は終わり、非日常が始まる。


つづく



後書きと言う名の座談会


祐樹「衛宮の団欒。料理できるっていいなぁ」


祐一「お前は料理できないもんな」


祐樹「むぅ……市販の物を使えばできん事もないんだが……レパートリーが肉じゃがとコロッケだしなー」


祐一「上手いのか上手くないのか結論に困るレパートリーだな……」


祐樹「一応、下手ながらもある程度の料理は作れるんだぞ? 手の込んだ物はできんが」


祐一「料理は出来て、そんする事はないからな。覚えた方が特だし」


祐樹「だなぁ……料理の勉強しようかな」


祐一「お勧めするぞ。さて、今回は割と短い改訂だったな」


祐樹「いや、本当は40kb超えるところだったんだが、多すぎてもどうかと思って」


祐一「なるほど。展開を途中で切ったと」


祐樹「そうそう。まぁ、根本的なストーリーは変わってないから」


祐一「それは既に別の作品だぞ」


祐樹「仰るとおりで」


祐一「自覚あるなら問題なし。次回予告は……」


祐樹「んー。状況に応じてしたりしなかったりだからな。今回はなし」


祐一「了解。それでは、次回の話を楽しみの人は楽しみにしていてください」


祐樹「プレッシャーよなぁ……頑張るかぁ」


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