十年前、大きな火事があった。

俺はその大きな火事の数少ない生き残りでもある。

その時、俺を助けてくれた男は身寄りの無い俺を引き取り、自分の子供にした。

そいつの子供になるのに抵抗は感じなかった。

あの火事を境に俺は両親も家も失ってそれこそ身体一つきりだったから。

子供の俺に出来ることは無く、子供心にこれからどうなるのか不安を感じていた。

そんな時にそいつはやって来た。

しわくちゃの背広にぼさぼさの頭。

どっかの会社のサラリーマンというよりもうだつのあがらないルポライターのような病院にあるまじき格好。

それが第一印象。普通なら、警戒するものなのだろうが俺は違った。

そいつの声には裏が無く、とんでもなく優しい声で「こんにちは」なんて声をかけてきた。

話を聞くところによるとそいつはなんでも俺に自分を引き取るなんていう。

まったくの赤の他人にそんなことを言うなんてよくわからないやつだと思ったけれど、このまま孤児院に行くよりもいいだろうと、そいつの所に行こうと決めた。

そう告げるとそいつは本当に嬉しそうに笑って荷物をまとめだした。

まあ、その速度はなんとも不器用で遅かったのだけど。

なんとか荷物をまとめ終えた後、俺にとっては忘れられない記憶の始まりだ。

なんでも家に来る前に教えておかなくちゃいけないことがあるらしい。

と、朝の挨拶のように振り返ってそいつは俺に告げた。

「初めに言っておくとね、僕は魔法使いなのだ」

そのときから、俺はそいつ、衛宮切嗣の息子、衛宮士郎になった。

―――そんな

懐かしい

   夢を見た―――

Fate―Code:Fake

風が強い。

あたりに立ち込める獣のような獰猛な殺気はその一閃で跡形もなく吹き払われた。

ぎいいいん、という硬質なモノがぶつかり合った音が土蔵に響く。

夜の闇の中で散る花火。

俺は呆然とそれを見ていた。

俺を直死せしめる赤銅色の鋭すぎる槍の穂先は見事なまでに打ち弾かれ、戸惑う槍の男にさらに追い討ちをかける。

彼らが己の武器を打ち合ったのはたったの二度。

だというのにその二度は悪夢のように鮮やか。

二秒にも満たないその攻防は常人には理解できない。

俺を殺すことに何の障害も無かったはずの男は一瞬の攻防の内に自らの不利を悟ったのか身体をかがめて跳ねるように外へ飛び出していった。

訳も解らず、何が起きているのかも解らず、ただじっと座っていることしか出来ない俺に彼女は静かに振り返った。

夜の風は強い。

土蔵の中はこんなにも静謐な空間だというのに無遠慮に隙間から吹き込んでくる。

月にかかっていた雲は幸いなことに風によって追いやられ、わずかに顔を覗かせる。

さぁ、と仄かな月光が空気が清浄化される。

声が出ない。

気がつくと俺は銀光に照らし出される彼女を映画のワンシーンのように見つめていた。

月の光が照らし出すは騎士なる乙女の姿。

宝石のような翡翠色の瞳はこちらをじっと見据えている。

わずかな光さえあれば黄金に輝くのだろうその髪は月光に良く映える。

「問おう。貴方が、私のマスターか」

決して大きくはなく、しかし小さくもないその声は凛として。

「…マス……ター……?」

機械的に問われた言葉を問い返した。

いきなりマスターだとか言われても俺には何のことだとかは解らない。

思考はあの男に殺されたときからとうに正常ではなく、十年前の大火の時のように夢現の判断が出来ていない。

まるで高熱に魘されいるのを客観的に見ているみたいだ。

彼女から伝わってくる空気は清涼なもので、だから意識がハッキリとすることが出来たのかもしれない。

「……………………」

件の少女は目して語らず。

こちらが言葉を発するのをただじっと待っている。

だが、何を言えばいい?

この状況で何を言えばいいのだろうか。

今日、俺は殺されて、なんでか生き返ることが出来て、また殺されそうになって、俺に出来ることはなく命からがら逃げ出して、もう一度あの槍が俺の心臓を貫くかどうかのその間際、いきなり眼前のこの少女が現れてあの死を具現化したような男をたった二回の攻防で退けた。

だが、そんな複雑な思考は今の俺の裡にはなく、ただ目前の少女を声もなく見つめるだけで精一杯。

それだけが俺の思考を占めていた。

「サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上した。マスター、指示を」

その瞬間、左手に十年前の火傷が再発したようなジリジリとした痛みが走った。

腕の付け根から手の甲に至るまで蚯蚓腫れのように腫れていた箇所が鋭い熱になって蛇みたいに直下してきた。

自分の意志に関わりなく暴れだすかと思った左手を思わず押さえつける。

それが彼女にとっての戦いの始まりの鐘になったようだ。

「これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに、契約は完了した」

契約とは一体なんであるのかは理解できる。

だが、一体何のための契約であるのか俺にはちっとも理解できない。

すべては俺という魔術師の常識の範疇外にあった。

彼女はそんな俺の様子に興味を示すこともなく、外への扉へと視線を向けた。

その翡翠色の瞳には、俺のときのように油断をすることなく完全な殺気の塊となった男がこちらを睨みつけながら、否、彼女を睨みながら槍を構えていた。

呼び止めるまもなく彼女は風を纏って外へ飛び出していった。

あれほどの暴力の塊を相手にするって言うのに何の躊躇いも戸惑いもなく、その姿に再び我を忘れた。

しかし、それは一時の刹那、立ち上がるとあの少女の後を追わなければと言う観念に突き動かされた。

だって、あの娘はどう見たって俺よりも小さくて、あの男に敵うはずなんてないんだから。

不思議なことに、身体の痛みはあまり感じられなかった。

俺は躓きながらまろびながらもなんとか扉の淵に手をかけて、少女の最悪の姿を振り払いながら「ヤメロ」と叫ぼうとしたけれど、それは目の前で繰り広げられる戦いによって霧散した。

その戦いを俺は目を見開いて見ていた。

再び月は雲に隠れ、再登場を今か今かと待っている。

打ち響かれる鋼と鋼の衝突音。

ガラスを引っかくような耳障りな音と違ってそれは戦場に響き渡るマーチのよう。

遥か昔の戦場とはこうだったのかと誰にも思わせるような壮麗なぶつかり。

槍の俳優の一撃はそれこそ全てが芸術的に繰り出され、ヒロインである少女はそれを容易く払いのけ、返す刃で男を圧する。

なんてこと。

あの少女は獣を体現するようなあの男を自身の力のみで退けているのだ。

これに驚かずに何を驚くと言うのか。

少なくとも男の体躯は俺よりも大きく、体つきもがっしりしている。

それをあの小柄な少女が弾き飛ばすのは信じがたいことであったがそれも事実だ。

俺だって、魔術師なのだからその理由くらいははっきりと解る。

少女の身体に保有される魔力の容量は桁違いに大きい。

見たことはないがそれこそ大魔術師以上だと思う。

男の方だって、ただの人間と比べるととてつもなく大きいのだが、あの少女に比べるといささか劣るだろう。

男の攻撃がピンポイントで行われる精密射撃なら少女の一撃はまるで戦車の大砲にも似て烈火にして怒涛。

大きな波が小さな波を飲み込むように彼女の一撃は激しさを増していく。

その彼女に飲み込まれることなく繰り出される攻撃を防いでいた男は忌々しげに眉を寄せだ。

「チッ!」

こんなに離れているのに俺にも聞こえてくるような舌打ちを残して青い槍の騎士は大きく飛び退いた。

「獲物を隠すとは貴様それでも英雄か……!」

そう、彼女がその手にしている武器は俺にはおろかあの青い騎士にも見えないのだろう。

知っているのは彼女だけだ。

それに答えることなく彼女は再び突進して行く。

その両手に握られたおそらくは鋼である何かを槍の騎士に打ち込むために…

一足飛び。

ただの一息で三十メートルもの間合いを詰めて、疾風の如き素早さで打ち出されたその一撃は大気を切り裂くといった生ぬるいモノではなく、大気を爆発させるような反響音を残して男に吸い込まれていった。

ガンッ!!!

直下型の地震のような響きと、眼の眩む閃光の如き煌きは夜の闇を刹那の白に漂白した。

「グッ!!!」

打ち下ろされた何かの一撃を自らの槍でなんとかやり過ごした男はそれでも生じた衝撃波によって宙に吹き飛ばされた。

空中でトンボを切って着地するもその消耗の度合いは今までよりもはっきりとしていた。

体力的にというよりも精神的にといったほうが正しい。

それもそうだろう、何よりも彼女の手にしている何かの間合いを未だに確認することが出来ないのだ。

戦闘において敵の武器は何かを知っているのと知っていないのでは大きく異なる。

剣には剣の、槍には槍のそれぞれの対処法がある故に。

だが、それはこの少女には通じない。

見えない武器を目にしてはその対処法の何れを選択してよいのかわからないのだから。

しかしそれもここまで、恐らくは彼女は剣の英霊だ。

何者かまでは解らないのだがそれでも彼女の振るう武器が剣だとわかる。

なぜならこの槍の騎士、ランサーはセイバーを除く全ての英霊とは既に最初の勝負付けを済ませているからだ。

イレギュラーなクラスは考えられまい。

彼女の立ち居振る舞い、その武器の特性を総合すると剣以外にありえないのだ。

英霊中最高のサーヴァントと言われるセイバーが現れたのならこれで聖杯戦争は開催されると言うことだ。

槍の騎士はそう考えると槍を下ろして敵意を治めた。

「なぁ、セイバー。ここらで終わりにしようじゃないか」

なにを言われているのか解らずに戸惑っているセイバーと呼ばれた騎士の少女。

「俺は元々様子見に過ぎないんでな。もとよりここで終わらせるつもりはない。既に引き上げ時だ。お前とは俺が枷のない状態で勝負付けをしたい」

「断る。私は闘争を目的に此度の戦争に参加しているわけではない」

「は、そうかよ。じゃ、お前はここで終われ。未だ始まりではないが構うまい。早々にご退場願うぜ」

「いいや、ここで終わるのは貴方の方だ、ランサー」

セイバーの返答を予想していたのか、ランサーはくくと低く笑うと再び槍を構えた。

大気が冷たく、嵐を髣髴とさせる魔力が槍を中心に巻き上がる。

穂先は低く背をかがませ、最高の獲物を前にしてランサーの顔はまさしくハンターと言うに相応しいほどに冷たかった。

そして、その構えは俺の知るところである。

あの赤い騎士との一騎打ちで最後に繰り出そうとした脳髄に氷柱を刺しこまれるような感覚は間違いのないものだ。

あの時と同じように俺は息をすることも出来なくなった。

「宝具…」

彼女もその鋭敏な感覚でこれからランサーの繰り出す一撃を必殺と理解したのか、両手で剣を握り締め、厳しい顔つきで微塵の隙もなく構える。

「じゃあな、セイバー。その心臓、貰い受ける」

戦場は異界と化した。

こんな魔力の渦をこの身をもって知るとは思わなかった。

いや、思うことなんてなかった。

思うことすら戸惑われるほどの魔力の洪水。

世界は一瞬にして氷に囲われたかのように凍りついた。

理性を持った獣が怜悧な牙を持って駆け抜ける。

穿たれた大地は土煙と鳴動を起こし破砕する。

ランサーの姿は掻き消えたかと思ったら次の瞬間にはセイバーの前にあった。

何を考えているのかその槍の狙いは彼女の足元。

俺から見てもあからさまなほどに失策な一撃。

俺にさえそう感じられたのだから少女には当然のように失策中の失策と取られただろう。

彼女はそのあからさまな下段への攻撃を飛び越えながらランサーを斬り伏せるために腕を振りかぶる。

しかし―――

「刺し穿つ」

槍の騎士から放たれるは槍の真の名の一欠けら。

「死棘の槍」

結ばれた言霊は槍の真なる圧倒的な力を解放する。

「ッ!?」

悪夢めいた槍の軌道。

彼女の足元に魔風を伴って繰り出された紅の槍は奇怪な軌跡を描いて彼女の心臓を抉り出す。

吹き飛ばされる少女。

砕け散って光の粒と貸す鎧。

彼女の纏う鎧など何の抵抗もなく槍は少女の胸に突き刺さる。

大きく吹き飛ばされる少女の身体は大きく弧を描きながら地面へと落下した。

その胸からは大量の血が流れ出し、常人ならばもはや生きていることさえ敵わぬほどの傷だ。

であるというのに、少女は立ち上がった。

「これは呪詛ではなく、因果の逆転……」

弱弱しく、それでも意識ははっきりとしているようだ。

…もう驚き通しで何を驚いたらいいのか解らない。

あの槍の奇妙な動きも驚きながら胸を穿たれて生きている少女も驚きだ。

槍は槍にあるまじき軌跡を描きながら自然に少女の胸に突き刺さっていった。

まるで始めから突き刺さることが決定されていたかのように。

全ての事象は因があるからこそ発生し、その結末に果が生起する。

結果が原因よりも先に発生することはありえないのが世界の法則だ。

だというのに、槍はその理を越えて突き刺さる。

この場合はつまり、彼女の胸に突き刺さったと言う結果を持ったからこそ槍は不可能な弧を描いて彼女に突き刺さっていたのだ。

因果律の逆転。

死と言う結果があるのならば必ず死に至らしめる必殺の槍。

放たれた時点で必ず心臓を突き刺す呪いの槍。

それにも関わらず少女は生きていた。

真に驚くべきなのは彼女の方だ。

彼女は自身に備わっている未来予知じみた能力でそれを察知し、全力で身体を反転したのだ。

勿論、それだけではあの槍を避けることなど出来はしない。

彼女自身に並外れた幸運があったからこそ彼女は今も生きている。

しかし、その傷は大きく、何者であれ戦闘においてこれは致命傷だろう。

「はぁ、はぁ」

息は荒く、剣を杖にして膝をついてかろうじて立っているのがやっとの状態だ。

それでも彼女の視線はランサーを貫くように射抜いている。

それはランサーにとっては絶好の好機。

だが彼は憤怒の形相を持って槍を握り締めるだけだ。

ぎりり、と彼の口から歯軋りの音が零れる。

「躱したな、セイバー。我が必殺のゲイ・ボルクを…」

かろうじて聞き取れた声は抑えきれない激情をこらえているかのようだ。

それにしてもゲイボルクとはあの槍の名前なのだろうか。

だとしたらあの男は一体なんだと言うのだろうか。

「ッ!?ゲイ・ボルク…御身はアイルランドの光の御子か!」

ランサーは眉をしかめてセイバーを見た。

だが、それは何よりも雄弁に彼の正体を告げていた。

数瞬、敵意が薄れた。

しかしそれも刹那の懐古に過ぎないのかランサーは再び槍を構え、セイバーと対峙する。

少女の身体から流れ出ていた血は止まり、傷口さえ塞がっている。

が、やはり消耗は激しいのかまだ立ち上がることも出来ないようで呼吸も酷く、迫り来る戦いの鐘の始まりを待つ。

ガタ…

誰が、それを思考に残せたであろう。

俺の視界の片隅にはこの家のもう一人の住人の姿が映っていた。

そんなことを失念していた自分を心底ののしりたい衝動に襲われた。

こんな真夜中にあれだけの物音を起こせばどんな人間でも気になって見に来るというのが常識だ。

セイバーもランサーも己が敵を討つ思考にのみ没頭していたためか行動がわずかに遅れる。

先に動いたのはランサーだった。

ただその標的は少女ではなく、突如としてこの戦いに現れた乱入者であった。

セイバーは膝立ちであったのと虚をつかれたのか災いとなり動作が遅れる。

それは致命的なまでの初動の遅れ。

「や」

何を言おうとしたのかも解らないまま叫んだ。

ランサーはそんなことには気をとられるはずもない。

目標に向かって駆けるのみ。

脳裏には既にアイツの死は確定されて胸からおびただしい血を流していた。

それは、なんて残酷で、なんて唐突で、なんて無意味な死の形。

間に合わないと知りつつ気がつくと俺は走り出していた。

目の前で誰かが殺されようとしている、それだけで理由は十分だ。

それが自分の家族ならなおさら。

何も考えないでただ走る、走る、走る。

目の前で起きるアイツの死をこの目で確かに直視する。

ランサーの槍が絶死をもって放たれる。

パキィンッ

最高級のグラスが互いにぶつかり合って破砕する音が木霊した。

赤い槍の一閃はさらなる銀光の一閃によって退けられた。

「ばッ」

「…ッ」

「なッ」

異口同音。

それぞれがそれぞれに驚愕してその現象を直視する。

とりわけランサーにはそれが顕著に現れている。

セイバーと戦ったときとは比べ物にならないぐらいの速度とは言え、普通の人間であれば何が起こったのかもわからないまま一突きで殺されていたはず。

それがよりによって弾き返される結果になろうとはこの場の誰もが夢想だにしていなかった。

ランサーの槍に重なるように抜き放たれたそれは雷光の速度を持って弾いた。

綺麗な三日月を描く惚れ惚れするようなその軌跡。

トス、と俺の目の前にさきほどの硬質の鋼が砕け散った原因が地面に突き刺さった。

それは、どこかで見たことがあるような綺麗な日本刀の切っ先だった。

剣の少女はそれに構うことなく隙だらけのランサーに肉薄する。

「クッ」

セイバーどころか人間さえしとめることが出来なかったランサーの顔は怒気に歪んだ。

剣が重圧を持って振り下ろされる。

今度はランサーの方が虚をつかれたのかその形相は必死だ。

かろうじて、その剣筋を捌くと此処までとばかりに彼は塀の向こう側へと飛び去り、去って行った。

あとに残されたのは未だに状況の一つさえ把握できていない俺。

胸を苦しそうに押さえながら今にもランサーの後を追おうとしているセイバー。

そして、俺以上に現状が理解できていなさそうにペタンと床に座り込むあいつの姿だった。

そのボケッとした無事な顔を見た瞬間、俺もなんだか気が抜けて地面に座り込んでしまったのだが、ともかく、アイツに怪我がなくてよかった。

はぁ、と一息つくと庭の惨状が目に付いて頭を抱えたくなったのはまた別の話だ。


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